黒騎士シリーズ一式集めるために火の炉で周回してたんですが、あっさり武器落ちるものなんですね。
今回は灰の回。
楽しんでいただけると嬉しいです。
火が揺らめく。
儚く、繊細で、それでいて美しい光が、私の凍てついた体を癒していく。
それはまるでこのソウルすら包み込むような暖かさ。不死人が唯一感じる、安らぎの寄る辺。
ああ、それでもまだ寒いのは……やはりこの身を蝕む、かの冷たい谷の騎士の氷があるからこそだろう。
「やあ、調子はどうだい」
眠りと現実の狭間にいるような気分で火を見つめていると、後ろから声がした。
我ながら緩慢に首を回せば……そこには青い頭巾に顔を包んだ、小柄な一人の翁が。
「……グレイラット。貴公か」
「ああ。その調子だとまだ回復はしてなさそうだね?」
「かの騎士は暴虐に昂っていたが、しかし見事な騎士だったよ。確かにこの身を食いちぎっていった」
自嘲げに笑い、自らの腕を見る。
命の熱たるエストと篝火の力によって再生した私の右腕は、しかしいまだに冷たい氷に覆われていた。
この砦に帰ってきてから半日、ずっとここにいるが、いくら待てども僅かにしか溶けてゆかない。
幸い鎧の方は直せたが、しかし肝心の腕がこれではどうにもなるまい。
「はは、灰の英雄にそこまで言わせるとは。儂もイルシールには行ったが、やはりあそこの騎士は強いさね」
笑いながら、グレイラットは私の横へ腰を下ろす。
そうして同じように火を見た。彼は不死ではなかったが……しかし、ソウルを持つのならばやはり心惹かれるのだろう。
「それで、これからどうするんだ? あんたのことだ、あの坊主に力を貸してやるんだろう?」
「ああ、そのつもりだ……彼にはそうするに足る、強い魂がある」
火防女とダ・ヴィンチの尽力により、マスターは魔力を回復して意識を覚醒した。
その後きつく火防女とドクターロマンに絞られ、今は明日の……
「見事なものだ。あれほどの戦いを乗り越えながら、まだ戦うとは」
「次の敵は強いんだろう?あの坊主が命を落とさないか心配だ」
「なに、そうならないようにするさ……」
グレイラットに答えながらも、私は先ほどの話し合いを思い返した。
竜の魔女は、聖女ジャンヌ・ダルクではなかった。
それが最後に相対したジャンヌ殿の見解であった。
私のソウルが根本から同一していないという見解の通りだった。彼女のソウルはロスリック城のガーゴイルにどこか似ていたのだ。
すなわち、人工物。自然に生まれ落ちたソウルではなく、何者かによって形作られた仮初の命。
彼女はジャンヌ・ダルクの別の側面というには、あまりにも
そこに憎しみ以外の一切の感情はなく、思考はなく、回顧もなく──記憶すらも存在しえない。
そもそも、だ。
彼女がこの特異点発生の起点というのならば、ジャンヌ殿によって撃退された時点で崩壊が始まってもおかしくない。
だというのにカルデアの観測ではいまだに揺らぎは直らず、依然としてこの特異点は存在しているという。
であれば聖杯の所有者は彼女ではなく、他に所有する、〝復讐の聖女〟という彼女を作り出した者がいることとなる。
この見解において、ジャンヌ殿は一つの結論を導き出した。
竜の魔女を作り出したのは、元帥ジル・ド・レェ……
そして聖杯を手に入れた彼は、かの竜の魔女を願望器の力で作り上げた。彼の望む復讐の乙女を。
彼はジャンヌ殿の死後、狂気にその身を落として多くの子を殺し、その果てに死んだという。
ああ、確かに復讐を望むだろう。誰より敬愛する彼女の
──ああ、やっと貴方を解放してあげられる……私という枷から……だから……どうか泣かないでください。
「……他人事とは思えんな」
「どうかしたかい?」
「いや……さて、どうしたものか。これでは次の戦いでは弓を一度引けるかどうか、といったところだ」
かの騎士の宝具は私の霊基にまで響き、この身を凍りつかせた。
完全に復帰するには数日必要だが、突如として竜の魔女の居城に謎の魔力反応が出現したという。
ジャンヌ殿の予測では、それはジル・ド・レェが呼び出した
そしてマスターは、まだ戦うと言った。決して諦めなど浮かべない瞳で、私たちに向けて。
……私が最も好む、生きる者の目だ。
「なに、あんたなら一度あれば十分だろう?」
「む?どういう意味だ?」
聞き返せば、グレイラットは虚空へ手を伸ばし、ソウルから何かを取り出した。
現れたのは、布に包まれた何か。槍ほどもありそうなそれを、グレイラットは私へ差し出してくる。
それを左手で受け取り、膝の上に置く。そうして布を取り払うと……
「これは矢、か?」
「ああ。この国の鍛治師の連中が鍛え上げた特注品さ。なんでもワイバーンの骨と鱗で鍛え上げた代物らしい」
内より現れたのは、黒い一本の矢。
竜狩りの大矢よりもさらに太く、重いそれは凡そ尋常なものではないだろう。
ただの人では、持ち上げることすら叶わない代物。だからこそグレイラットに託されたのだろうが……
おそらく作るのに用いられたワイバーンも一匹ではあるまい。このようなものが作れるとはな。
「アンドレイの親父程じゃないが、この時代の鍛治師の腕もバカに出来ないってもんさね」
「その通りだな……感謝する。これがあれば、十分戦働きができそうだ」
「そいつはよかった。ワシも不死でもないのに、わざわざこんな物騒な時代で目覚めた甲斐があったよ」
「……貴公は、火の時代の後何を?」
グレイラットは少し黙し、それから懐かしむように虚空を見上げて語りだした。
「色々なところへ行ったさ。あんたが火の時代を終わらせ、世界は変わった。故に人は寄る辺を失い、暗黒の中、新たな世界を生きる他になかった」
「……このソウルに潜む闇を尊んだわけでない。さりとて、正しい選択だったかは今も悩むよ」
私は知っている。暗闇を歩く恐ろしさを。
信じるものなき心細さを。何もかもがわからぬ中で歩き続ける苦難を。そしてそれこそが人の道たることを。
だから私は選んだ。それが辛く、苦しく、悍しいと知っていて、その上でその責め苦を負わせたのだ。
たとえ重荷だとしても、人は人として生きることが真だと信じたが故に。
「だが人に道が生まれことは確かだ。だからこそワシは、そんな奴らの助けとなるべく義賊を続けた。滅びた遺物から使える物を盗み、それを人に与えた」
「やはり貴公は強いな。座り込み、止まってしまった私とは違う」
私の時間は、旅は、あの荒野で止まった。
誰もいない火の炉で一人、世界を見つめることが我が宿命──
「馬鹿なことを言うんじゃない」
その声に、心の底から驚いた。
好好爺たるグレイラットの口から出たとは思えぬ、冷たく、怒りに満ち溢れた声。
一度たりとて聞いたことのないその一言に、私は腕ばかりか全身が凍りついたような錯覚に襲われた。
「ワシが強かったんじゃない。あんたが強かったから、弱いワシでもこの重い腰を上げられたのさ」
「私が……?」
その意味を、私は図りかねた。
「ワシは義賊だ。人から物を盗み、それを売る、どう言おうと薄汚い鼠だ」
確かに、それは褒められるべき所業ではないのだろう。
現に彼は、その罪によって牢に囚われていた。あの時偶然私が出会わなければ、ずっとあそこにいただろう。
だが……
「だが、あんたはそれを誇りと言った。この卑屈な心を強いと嘯いた。その言葉がワシにとってどれほどの勇気になったか、あんたは知らないだろう?」
「それ、は…………」
言葉に詰まる。
勇気。それは私が持たないもの。最後の最後まで怯え、使命という名の枷に捉われ続けたこの身に宿らぬもの。
私は、知らない。分からない。勇気がなんなのか、それがどれほどの力になるのかを、経験していないのだ。
「知らなくてもいいさ。だが、これだけは忘れないでくれ……あんたがワシを、最後まで義賊でいさせてくれた」
「……っ!」
「だからワシは誇ろう、あんたが勇気と信じたワシの矜持を。
その言葉に、私は過去を思い出す。
ーーあれは、単なる気まぐれだった。
かの巨人の王を降し、ロスリック城にたどり着いた私は、もう一度あの高壁を登って城へ盗みに入るという彼に協力を申し出た。
興味本位だったのかもしれない。どこか儚く揺れる彼のソウルを案じたのかもしれない。
遠い過去だ。戦いの記憶ばかりは刻まれているというのに、私自身の思いは朧げで。
ただ、彼を一人で行かせれば、幾度とない奇跡で生還した彼が消えてしまいそうで。
だから私は、ふとその感情に従ったまで。本当になんてことない選択だった。
だというのに、頭巾の奥からグレイラットの老獪な瞳が私の瞳を見つめる。
静かに、そして確かにここに在るかの義賊のソウルは……私とは比べ物にならぬほど、気高いものだった。
「あんたがどう思おうが……ワシにとってあんたは、紛れもない英雄さ」
「………………」
「ワシにできるのはここまでだ。あとは託したよ、灰の英雄様」
そう言って、グレイラットは去っていった。
「……そう、か。彼にとって、私の言葉は誇れるものだったか」
ずっと、何も救えなかったと思っていた。
見捨てるばかりだと、裏切るばかりで何も残せないのだと。
ああ、けれど……私の旅は、全てが間違いではなかったのかもしれない。
「ば、バーサーカー……?」
「大丈夫ですか……?」
「……ああ、貴公らか」
頬に伝う何かを拭い、新たに背後に現れた二人へ答える。
振り返れば、そこには一人の少年と一人の少女が。壁から顔を覗かせ、不安げに私を見ている。
何かを案じるような彼らに私は笑い、こちらへ来るように手招きをした。
「もう休息は十分なのか?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
「先輩はルーソフィアさんのお説教から逃げてきたんです。私は後輩としてそれに付き添いました」
「いやーマシュそれなんで言っちゃうかなー……」
「はは、彼女も随分と話すようになったものだ。さりとて貴公、無茶への忠告は受けておくものだぞ?」
「はい、肝に銘じます……」
苦笑いをし、頬をかくマスター。
それにおかしそうに微笑み、笑うマシュ殿。とても世界を救う戦いの最中とは思えない、穏やかな彼らの時間。
その時間に少しの間でも共にいれるこの身の、なんと幸運なことか。
私に時はない。灰を被った骨董品が刻む時間は、とうの昔に止まってしまった。
ああ、けれど。それでも彼らに残し、受け継いだものがあったのなら。
「……悪くないものだな」
「え、何か言ったバーサーカー?」
「いいや、なんでもないさ。それで貴公、火防女にはなんと叱られたのかね?」
「いや、それが魔力の使い方が荒いって怒られてさ……」
「ですが、最初の特異点でここまでの奮闘は評価に値すると思います!」
あとしばらく、彼らと時を刻んでみよう。
そう、兜の下で笑った。
読んでいただき、ありがとうございます。
次かその次で、ようやく終わりです。
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