この作品は基本的に漫画版を参考にしております。そして今回はあまり流れは変わってません。
楽しんでいただけると嬉しいです。
月は沈み、そして夜が明ける。
日が昇るのと同時に、藤丸らは砦を出発し戦場へと再び赴いた。
道程は実に楽だった。
それまで空を支配していたワイバーンたちは、ファヴニールが消えた影響か弱体化し、統率を失っていたのだ。
もはや烏合の衆と化したワイバーンたちはフランス軍によって各個撃破され、藤丸らは城へと向かうことができた。
そして、今──
『いいかい、現在竜の魔女が占拠していた城にはとてつもなく大きな魔力反応がある。フランス軍も少なくない被害を受けて動けないし、藤丸くんの魔力回路も度重なる戦闘で疲労している。だから──』
砦を出発する前、最後の会議でドクターに言われたことを思い返す。
「……よし」
そうして最後の覚悟を決め、藤丸は目を見開く。
顔を上げれば──そこには、未だに荊に包まれた城。竜の魔女が消えた今も、ここにだけは暗雲が立ち込める。
「ここにジル・ド・レェが……」
『超高密度の魔力反応……間違いない、聖杯はそこにある」
ドクターロマンの言葉に、ぐっと藤丸は唾を飲み込む。
ここが最後の正念場だ。自分を見るサーヴァントたちのためにも、怖気付いて止まっている訳にはいかない。
「行こう、みんな」
「──いいえ、それ以上進む必要はありません」
藤丸の言葉に返したのは、サーヴァントたちではなかった。
誰もが弾かれたように顔を上げる。全員が皆、一様に声がした城の外壁へと意識を向けた。
そこに立っていたのは、不気味な衣装を纏う一人の男。肌白く、また今にも飛び出しそうな目が恐ろしい。
「ジル──!」
「お久しぶりでございます、ジャンヌ・ダルク。そして忌々しくも我が聖女を屠ったカルデアのマスターとサーヴァントよ。あなた方にはお初にお目にかかりますね」
最後の敵があちらからやってきたことで、藤丸たちの間に戦慄が走る。
そんな藤丸たちを見下ろして、胸に手を当て、慇懃な態度で頭を下げるサーヴァントキャスター、ジル・ド・レェ。
見覚えのあるその所作に、ジャンヌは悲しげに目を伏せた。
「……予測はついていましたが、やはりあなただったのですね」
「勘の鋭いお方だ。ええ、その通り。私こそがこの国に最初に召喚されたサーヴァントであり、そして──」
胸に置いた手を、ゆっくりと掲げるジル・ド・レェ。
天に向かって広げたその手のひらに、歪みが発生し──そして、冬木で見た黄金の欠片が出現した。
「それ故に、誰より早く聖杯を所有したサーヴァントにございます」
「聖杯……!」
「この目で見るのは二度目ですが、凄まじい魔力です……!」
「何故なのです、ジル。何故あなたは、竜の魔女を……」
未だに親愛の情を秘めた憐憫の目を向けるジャンヌ。
変わらぬ彼女にジル・ド・レェは優しく微笑む。それはまるで、最愛の人を思う表情のようで。
「もちろん、最初はあなたの復活を願いました。ですが叶わなかったのです。万能の願望機でありながら、それだけは叶えられないと……!」
だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には悪鬼のごとき形相へと変わり、藤丸とマシュが息を飲む。
聖杯を持つ節くれだった右手の指は歪み、その尖った爪先で今にも握りつぶしてしまいそうなほどだ。
(でも、それならどうして──?)
だからこそ、藤丸にはわからなかった。
死後、英霊になってまでもジャンヌの死を覆すことを望んだ彼が、どうしてこのようなことをするのか。
その結末がどうあれ、彼女が必死に守ろうとしたこのフランスを滅ぼそうとするのか……と。
「だからこそ、私は造り上げたのだ!私の望んだ彼女を!私の焦がれた彼女を!」
「それが、〝竜の魔女〟だったのですね。彼女が消滅するまでそのことを知らなかったのでしょう」
「ええ、そうですとも。何故ならば──その必要はないからです」
突如、地鳴りがどこからともなく聞こえてくる。
地面は激しく揺れ、大気が震えて──次の瞬間、盛大に破壊音を響かせて城が下から吹き飛んだ。
代わりに、二つの触手が現れる。それはかろうじて残った城壁を掴み、
「あれ、は──」
それは、イカのようでも、蛸のようでもあった。
それは、とてつもなく大きかった。それこそ城一つを飲みこめるほどに。
それは、あまりにもおぞましかった。この世界には存在するはずがない、そう思えてしまうくらいに。
『超ド級の魔力──まさか、ジル・ド・レェの宝具!魔力反応の正体はこいつか!』
「そう、これこそは異界より召喚せし我が宝具!此れを以てこの国を蹂躙した後に、再び我が聖女は降臨召されることでしょう!」
ジル・ド・レェの宣言に応えるように、怪異は遠吠えのような鳴き声を轟かせる。
「そして知らしめるのです!我が聖女の願望!我が聖女の復讐!邪竜百年戦争は、まだ終わっていないのだと!」
それを前に、さしもの藤丸も足がすくんだ。いくら覚悟をしても、彼は元々はただの一般人だ。
ただの人間が絶対に勝てないものを目にした時の反応は、恐怖と諦め。まさにそれが顔に張り付いている。
「それがあなたの望みなのですね……ですがジル、あなたは一つ思い違いをしている」
「ほう?私の言葉が間違っていると言いますか。ではジャンヌ・ダルクよ、どこが間違っているのです?」
「たとえ、あなたが望んでも。他の誰が望んでも……私は、決して〝
けれど、ジャンヌの強い言葉にハッとする。
「確かに、私の最後は惨めだったでしょう。裏切られ、嘲笑され、辱められたのでしょう。無念の最期と言える」
けれど、と彼女は言って。
「けれども──祖国を恨むはずがないのです」
あくまでも、愚直にも。それでもジャンヌ・ダルクは、やはり恨めるはずがないのと叫ぶのだ。
「憎めるはずがないのです。だって、
正面から、ジル・ド・レェとその背後にそびえる高層ビルのような怪異を前に立ちふさがる後ろ姿。
その姿に、何度勇気をもらったことだろうか。誰より辛いはずなのに毅然と立つ彼女に、何度励まされただろうか。
ああ、この人は──本当に、全てを背負って生きた英雄なのだ、と。
「もう、このようなことはやめなさいジル……私はたとえどれだけの時が経とうとも、こんなことは望みません」
「……相変わらず、お優しい。本当にお優しい言葉です」
嘆くように訴えかけるジャンヌに、再びジル・ド・レェの顔に微笑みが戻る。
彼は本心よりその心に感服していた。生前と同じように、まさに聖女にふさわしい情けだと。
「ですが、あなたはその優しさ故に一つ忘れている」
「え……?」
ジル・ド・レェは微笑みを消し、目を飛び出さんばかりにさらに見開き、歯を剥き出して。
「あなたが憎まずとも、私はこの国を恨んだのだ」
いつも、脳裏によぎる光景がある。
「全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ……!」
けれど、届かない、届かない、届かない。
当たり前だ。だって
それでも手を伸ばした。死後も請い願った。けれど結末は、永遠に変わることはなかった。
「たとえ、神とて、国とて、王とて、我が復讐の邪魔はさせぬ……!」
「なんだ、あれ……ジル・ド・レェが、怪物と合体して……!」
「正体不明のエネミー、敵性サーヴァントを取り込んで変形していきます……!」
何故、あそこにいなかった?
何故、私は救えなかった?
何故誰も、彼女を救ってくれなかったのだ?
「貴女は許すだろう。だが私は許さない!」
こんな結末は認めない。献身した彼女を裏切った国など、報われぬ聖女がいた歴史など、滅びてしまえばいい。
だから
「我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
「ジル……!」
怪異は、ジル・ド・レェをその頭部に取り込んで、まるで竜のような姿形へと変貌を遂げていた。
それはまるで、竜の魔女が駆る邪竜ファヴニールの如く。それだけで彼の抱いた思いがわかってしまう。
コォォォォォ…………
更には怪異の陰から滲み出るように、踊り子が姿を現した。
すでに壊れた竜の魔女を持ち去っていった痩身の女騎士は、冷気と殺意を纏って藤丸たちを睨み下ろす。
「先輩」
「……マシュ?」
震える声で自分を呼ぶマシュに、藤丸は隣を振り返った。
「私、わかりません。あれほどの、世界を滅ぼすほどの憎しみが、どうしても理解できないんです……!」
「……人間だから、なんだろうね」
愛故に人を愛し、また愛故に人を憎む。
表裏一体。人が知性を得てより幾星霜、決して変わらぬその真理。平和を生きた藤丸とてそれはわかる。
いいや、
(……ああ、でも。それじゃあダメなんだ)
いつの間にか、藤丸の足から震えは消えていた。
その足で一歩踏み出せば、あっさりといっていいほどに前へ進めて。マシュの制止も無視をして、藤丸は歩む。
「ジャンヌ」
「マス、ター?」
振り返った彼女の顔は、やはり沈んでいて。
それが不相応だとわかっていながらも、藤丸は笑いかける。そして怪異を見上げた。
「何です少年? 突然前へ出てきて……私と聖女の間に貴方如きが割り込んで、何か意見でも?」
「……俺に、貴方の気持ちはわからない。だってそれほど強い感情を抱いたことはないから」
それは藤丸の、率直な思いから来る言葉だった。
世界が焼却されたと知り、憤ったときさえもこのような心の芯まで震える憎しみは抱かなかった。
けれどきっと、自分もとても大切な人……ふと後ろにいるマシュの顔がよぎったが……が酷い裏切りを受け、殺されたら。
「でもきっと、その思いは間違ってないと思うんです」
「先輩!?」
『藤丸くん!?』
「っ──」
マシュが叫び、ドクターロマンが狼狽し、ジャンヌは目を見開く。
誰も彼もが注目する中で、藤丸はもう一度自分の仮定を考え直す。
もし、かけがえの無い人が心ない仕打ちをされて、後ろ指を刺されたまま、二度と手が届かないところへ行ってしまったら。
きっと──きっとその時は、その誰かを恨んでしまうのだろう。
「ほう、ではどうする?私の行いを見過ごすと?」
「違う。俺たちは貴方を止める。そうしなくちゃならない」
たとえその思いが、ねじ曲がっただけの純粋な願いだったとしても。
経験したこともない仮定を思い浮かべて、その恨みも、この国を滅ぼす理由もなんとなくわかってしまえるとしても。
けれどそれこそが、過去だというのなら。
自分たちが積み上げてきた歴史の、その一端だというのなら。
「たとえ、間違ってないのかもしれないとしても。貴方を見過ごすことだけは、間違いだとわかるから」
わかっている。場違いだ。おこがましい行いだ。自分如きが口を出していいことではない。
そうだとしても。藤丸立香は震える声を抑えて、崩れ落ちそうな足を力ませて、それでもそこに立つ。
それが過去ならば──今を生きる人として、藤丸立香は受け止めたいと、そう思ったから。
「……よろしい。ならば死になさい」
その瞳を鬱陶しがるように、ジル・ド・レェは融合した怪異の触手を放ち藤丸を殺そうとする。
それを、大楯が、歌声が、硝子の盾が、魔の旋律が、大剣の一振りが、守護者の剣が、紅蓮の炎が。
そして救国の旗が、尽く跳ね返した。
「──ありがとう、マスター。我ら死者が生者に肩を貸すように、貴方が死者に肩を貸してくれる人であることを、心から誇りに思います」
旗を振り、振り返るジャンヌの顔にはもう悲壮はなかった。
それは、藤丸を守るように並び立つサーヴァントたちとて同じこと。
今彼らは、彼ら自身の歴史を、人生を心より誇っているのだから。
「どうか指示を、マスター。我が旗、そして
「うん。行こう、ジャンヌ」
「マシュ・キリエライト、行きます!」
「無論だ」
「お任せを」
「オッケー!アタシの最高の歌、聞かせてあげる!」
「やれやれ、最後の公演は長いね」
「あら、素敵じゃない。さあ、踊りましょう、奏でましょう!」
「勿論です。あの珍妙なものを焼き焦がして差し上げますわ」
皆が賛同し、そして怪異を見上げる。
「終わらせましょう、ジル。この救いなき復讐に、終止符を打つのです」
「決着をつけよう、救国の聖女よ────────!」
そして、最後の戦いが始まった。
こうしてみると、ほんと邪ンヌって自分好みの設定してるというか。
だからこそ星狩りにも使ったんですけどね。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。