これで終わりのはずでしたが、結局当初の予定通り人物紹介合わせて55話で終わりそうです。
楽しんでいただけると嬉しいです。
──ああ、なんと勇ましきソウルか。
踊り子は、静かな狂気に浸ったソウルに僅かながらの戦慄と感嘆を感じた。
今、目の前に並び立つ意志ありし死者たちと、その後ろで煌々と輝く、矮小なるソウルを持つ少年。
ああ、その熱を忘れてどれほど経っただろうか。今もなお他者に縛られ使われるこのソウルを溶かしてはくれまいか。
それは、記憶から生まれる願望ではない。理性から溢れる憧憬でもない。
本能だ。かの番犬同様に獣と堕した彼女にとって、それは亡者と同様に抱く本能的な欲求なのだ。
思考の枷無くしてソウルを求めることが本能であれば、獣と亡者の何が違うのだろう。
いいや、何も違わない。だからこそ彼女は渇望し、帰郷を求めるのだ。冷たく、しかし暖かいあの神々の街を。
「コォォォォォ……!」
故に、彼女は闇と炎を司る双魔剣を振りかざし、踊り子の本懐たる優雅な動きでそのソウルに迫る。
ああ、この刃でその胸を切り裂き、ソウルを取り出せばこの寒さは収まるだろうか。きっとそうに違いない。
人の子よ。神にソウルを捧げよ。それこそがお前たちの役割である──
「おっと、させないよ。講演にはオーディエンスが必要なんだ」
「ちょっとちょっと、注目する相手が違くってよ!」
だが、それを重ねた音の二重壁が阻む。
緩やかに、しかし確実に藤丸の首を狙った双魔剣の剣劇は、アマデウスとエリザベートの音楽魔術が防いだ。
疼く踊り子の本能。お前たち死者の仮初めのソウルなどに興味はない。その〝熱〟を私は求むるのだ。
「オォォォォオオ……!」
「こいつは、また奇妙なサーヴァントだな……!炎とよくわからない呪いとは……!」
「あら、炎なら私も負けていませんことよ?」
音の壁に、紅蓮が加わる。
双魔剣と同等、あるいはそれ以上の炎が清姫の扇子より生じて、踊り子を焼き尽くさんとする。
その勢いに押され、踊り子はゆらりと後ろへ下がった。遠のいた〝熱〟を見据えて、再び双魔剣を構える。
「コォォォオオ!!!」
「チッ、律儀にマスターだけを狙うとはお利口だな!こちとら怪我が治ったばかりの重症だってのに!」
「ちょっと、無駄口叩いてないでさっさと指揮しなさいよ!こいつ変な動きばっかでムカつくわ!」
「あらあら、二人ともお口が悪くてよ?」
必死に踊り子の猛攻を耐えしのぐ二人に、マリーの歌唱魔術が加わった。
二人の魔力が一段と活性化し、その感覚にニヤリと不敵に笑って、かたや指揮を、かたや歌い続ける。
そんなサーヴァントたちに、踊り子は猛る本能のままに甲高い叫びをあげて襲いかかった。
「死ねい、この匹夫どもが!」
「はあぁぁぁっ!!!」
また、マリーの歌はその他への戦場へも届いていた。
怪異が繰り出す触手や、その陰から滲み出てくる小さな魔物を叩き伏せ、ジャンヌらは前へ進んでいた。
一心に、もはやこの局面において全くの躊躇のない気勢で、英霊たちは倒すべき敵へと一歩一歩近づいていく。
彼女らの頭の中には、一つの目論見があった。それは藤丸が思い返したものと同じ、出立前の会議での結論だ。
『だから──少しでも早く倒すために、宝具の一斉展開での制圧を推奨する』
彼らが狙うのは、切り札による圧殺。聖杯のエネルギーを取り込んだこの怪異を倒すにはそれしかない。
無論ジル・ド・レェもそれは理解している。だからこそ全力で怪異を操って迎撃を敢行した。
竜のように長い首がおぞましい音を立てて伸張し、下の部分に亀裂が入る。そして左右に分かれ、無数の触手が現れた。
それを大きく持ち上げ、怪魔たちを突破していきたサーヴァントたちに思い切り叩きつける。
「〝宝具、疑似展開〟!!!」
英霊とて、まともに受ければ大きな痛手となるだろうそれに──大楯の少女が前へ出た。
「〝
「マシュ!」
魔力によって汲み上げられた幻想の壁が、少女の細腕二本を支えに怪異の物量攻撃を受け止める。
おおよそ頼りなさげなそれは、しかし決然とした彼女の表情に応えるようにしっかりと防ぎきった。
(私も、ここに立っている!英霊の皆さんとともに戦っている!先輩のサーヴァントとして!)
一つ、この戦いが始まるよりずっと前……特異点へやってきた時から、マシュには一つの疑問があった。
私は、役に立てただろうか?あの力無くとも決して何者にも屈さぬ、尊敬する彼の隣に立つのに相応しいだろうか?
大勢に助けられてきた。最初の聖杯探索、最初の戦争、今ここにいる彼らがいなければ到底たどり着けなかった。
その中で、藤丸立香は
それは、
多くに支えられ、
(だから、私も選びたい──────!)
マシュ・キリエライトは望むのだ──この先にある、生の勝利を。
「このまま支えます!皆さん、お願いしますっ!」
「おのれ、英雄擬きの小娘が──!」
小癪にも耐えしのいだ人理の盾に、怪異の背中に移動したジル・ド・レェは唾を飛ばして激昂する。
「ええ。ですがそんな彼女たちだからこそ、我々は力を貸すのです」
マシュを殺さんとする怪魔を切り捨て、守護騎士は笑った。
彼はこれまでの彼らの戦い、その全てを見ていたわけではない。
だが、十分にこの腕をふるうに足るものたちだと判断した。この身をかけて守るに値する勇者だと。
「これまでお力添えできなかった分、私も一矢報いましょう!」
ゲオルギウスは、その剣の切っ先を天へと掲げる。
その身が輝き、そして怪異の体に赤銅色の紋章が現れた。
それが示すのは──竜。
「これは、まさか!?」
「〝
そして、と彼は笑い。
「かの大英雄の剣は、決して竜を見逃さない」
「──〝邪悪なる竜は失墜し、世界は今洛陽に至る〟」
天高く、城ほどの大きさを誇る怪異よりも高く飛んだジークフリートは、その青き極光を再び解き放つ。
それは二度邪竜を滅ぼしし剣。昨日のものよりかは小さくとも、確実に怪異の体を削り取るだろう。
「……善と悪は、所詮立ち位置の問題でしかない。だから俺に、あなたを悪と断じて斬ることはできない」
ジークフリートという英雄は、他者からの願望によってその生涯を消費し、王の欲望がため死した男だ。
なまじ他人の
「だが、彼はあなたを悪としなかった。自分は正しいと叫ばなかった。ただ、
見過ごせないと、受け入れた上でどうにかしたいと、そう不遜にも叫んだ。
「だからその叫びに応えよう!善でも悪でもなく、俺自身の正義をかけて──!」
英雄は、少年の願いに応え剣を振り下ろす。
「〝
繰り出された竜殺しの一撃は、ひと時とはいえ〝竜〟の概念を施された怪異を大きく傷つける。
翼の片方を切り裂き、本体にすら絶大なダメージを与え、聖杯の魔力を持ってしても瞬時には再生できない損傷を与えた。
「我が復讐を止めるか、竜殺しの英雄ッ!」
苛立たしげに絶叫するジル・ド・レェに、藤丸を殺すことばかりに執着していた踊り子がようやく気がつく。
それまで細く軽い手足によって繰り出されていた、不規則かつ予測のできない猛攻がやっと止んだ。
〝聖杯の所有者を守る〟というソウルに刻まれた呪いが、踊り子の気をジル・ド・レェへ誘う。
「今よ!併せなさいアマデウス!」
「無論、余裕で併せるとも。僕は天才だからね!」
その隙を、二人は見逃さない。
「
エリザベート・バートリー。
カーミラの少女時代の姿を象ったこのサーヴァントが現界したのは、果たしてバーサークアサシンへのカウンターか。
彼女にとってこの時代での戦いは、最初からカーミラを倒すこと、ただそれだけにあった。
先の戦争でその願望は果たされ、彼女は消えゆくカーミラに「お前と同じにはなりたくない」と叫ぶ。
それは無意味な言葉だ。過去の歴史が確定している以上、
だからこそ彼女はここに立っている。共に戦う仲間のために。過去を受け入れ前へ進むと言った、少年のために。
「やれやれ、おてんばな歌姫に併せるのは一苦労だ。まあ、僕にかかればなんてことはないがね」
そんなエリザベートに、アマデウスは呆れ笑いを浮かべる。
彼もまた、藤丸らに感謝している。彼らがいなければ、アマデウスたちもまたここまで来れなかった。
何より、またマリーの死に際に立ち会えなかっただろう。あの騎士がいなければ、後悔を繰り返すことになった。
それと、もう一つ。
自分がサーヴァントとして、似合わぬ教師役などをしたマシュのために、あと一度先輩として何かを示したかった。
「フィナーレよ!〝
「聴くがいい!魔の響きを!〝
解放された魔力が、巨大な城と音楽隊へと変じて解放される。
「…………ッ!!!」
魔音と魔曲、その二重奏。踊り子が気が付いた時にはもう遅く──絶大な音の破壊が、その痩身を打ち据えた。
かろうじて構えた双魔剣が直撃を防ぐが、勢いは衰えを知らず、そのまま吹き飛んで再生途中の怪異へ激突した。
なおも勢いはとどまる事を知らず、地面に触手という名の根を張っていた怪異は空へと打ち上げられた。
「なぁ!?この巨大質量を押し上げるだとッッッ!!???」
「はぁ、はぁ……!」
ようやく支えるものを失い、盾を下ろして肩で息をするマシュ。
「お疲れ様でした、マシュ。ここからは私が参りましょう」
その横に、清姫が並んだ。
「想い人にこそ巡り会えませんでしたが、友達もできましたし、存分に戦えました。得るものの多い現界と言えたでしょう」
扇子を開き、火の粉が舞い散るそれを宙を舞う怪異へと向ける。
魔力が炎へと転換され、宝具の発動準備が完了していく中で、ちらりと藤丸の方へと視線を向けた。
アマデウスとエリザベートの後ろで控える彼は、清姫の視線に気がついて頷く。彼女はクスリと笑った。
(素敵な殿方には出会えましたが、今からの姿を見れば幻滅されてしまうでしょう)
その狂気、逸話に身を任せ、清姫は宝具を発動する。
「〝これより、逃げたる大嘘つきを退治します……!〟」
炎が、燃える。
強く、大きく、恐ろしい大火炎が、清姫の体を包み込み、やがて一つの長い身と化して龍へと変ず。
〝
嘘をつき逃げ出した僧侶を、隠れた鐘ごと龍となって焼き殺した伝説が具現化したもの。
「キシャァァアアアアアア!!!!!」
文字通り、烈火の如くうねりをあげて清姫だった龍が空を舞い、怪異を踊り子とジル・ド・レェごと焼き焦がす。
炎への耐性もそれなりにあったが、そんなもの関係ないと言わんばかりに全身を燃やし尽くし、残っていた右翼を炭にした。
「──綺麗だ」
その炎を見て、思わず藤丸は呟いた。
「おのれ、この匹夫共がぁぁあ!!!」
しかしその咆哮にハッと我を取り戻し、腹の底から力を込めて叫びあげる。
「今だ、
「──応」
遠く、しかして確かに届いたその声に、灰は短く答えた。
昨日、最初に戦場を訪れた藤丸たちが身を隠していた崖の上。今は丸裸になったそこに、灰はいた。
傍に火防女を置き、彼はまっすぐに天へ打ち上げられた獲物を見据えて狙いを定める。
「よくぞ、ここまで戦った。貴公らの志に敬意を。私もそれに応えるとしよう──!」
ソウルより取り出したるは、長く太い漆黒の矢。
翁より賜ったそれを、呪術や魔術、そして火防女の歌で極限に強化した肉体で大弓に番える。
竜を狩るために作られた太古の大弓は、未だにその概念を付与されたかの怪異を屠るに相応しい。
「ヌゥンッ……!」
ゴ、ギギギギギギ!!!
鈍い音を立て、弓が引かれていく。
あまりの重量に、強靭な灰の体でも節々に絶大な負担が走り、特に治りかけの右腕からは不快な音がする。
踏みしめた両足は地面に陥没し、一目でどれほどの力が込められているのかを火防女に実感させた。
「なるほど、凄まじき代物だ……だが、面白い!」
戦いの記憶から生じた狂気が、灰の口を笑いへと誘う。
──やらせぬ
それに水を差すように、突如として灰の右腕に異変が起こった。
皮膚を食い破り、内側から大量の氷柱が現れたのだ。それは鎧を破壊し、大きく灰の力を削ぐ。
ガクン、と頂点まで達そうとしていた矢が中ほどまで戻された。火防女は息を飲み、灰自身も瞠目する。
「……なるほどな。ソウルを奪われてなお、主人を守ろうとするか。大した忠義だ」
──やらせぬ
灰の言葉に応えるように、騎士の冷笑がソウルに響いた。
だが……
「灰の方……」
「見く、びるな……!」
腕を食い破られた痛みなど意味がないと言わんばかりに、灰は矢を引きしぼる。
──やらせぬ!!!
再び主人に向けられた死の一撃に、全力で抵抗するかの如く灰の右腕が壊れ始めた。
骨は砕け、筋肉は千切れ、飛び散った鮮血が瞬く間に赤い結晶となって地面に散乱する。
このまま矢を放てば、再び灰の右腕は木っ端微塵になるだろう。治癒にはより長い時間を要するに違いない。
「腕の、一つ、程度、くれてやる……ッ!」
傷は経験、死は手段。幾多の死闘を経て武器となったその恐怖は、むしろ灰に力を与える一方だった。
それを糧に、灰は宝具──死の概念の一部を矢に乗せ、あの怪異を射抜けるほど大きくする。
「オ、オォォォォォォォォォオオオオォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」
雄叫びとともに、ついに限界まで引き絞られた矢は放たれた。
その風圧に、まず引っかかっていただけの鎧が吹き飛んだ。
続けてやってきた反動に、右腕が粉々に砕け散った。
最後に、鼓膜をつんざくような音を立てて飛んだ黒矢の余波に、崖が崩れ落ちた。
「火防女!」
「灰の方……!」
崩壊する崖の上、灰は残った腕で火防女を抱きしめ、その場から飛び退いた。
十メートルはある崖が石や岩の山と化し、その近くに降り立った灰は失った右腕の幻肢痛を無視して空を見る。
空を切り裂き、ジェット機のような音を立てて突き進んだ矢は──確かに、踊り子ごと怪異を地面に縫い止めた。
「────────ッ!!!!!」
「な、んだ、とぉおぉおおおお!!?」
深く地面に突き刺さった黒矢は激しく怪異を痛めつけ、そして踊り子のソウルに大きな穴を穿つ。
格子のような兜の奥に隠された目を見開き、踊り子は自分のソウルが壊れたことを自覚して驚愕する。
矢を掴むが、引き抜こうとする力も、意志も残っていない。
──ああ、この冷たさは。
その代わり、踊り子の薄弱な思考には一つの思いがあった。
矢の尻の部分、そこにわずかに付着した氷。おそらく灰の右腕から侵食したのだろうそれ。
──
微かに残った記憶、その中にある忠義の騎士を思い返し、踊り子は満ち足りた顔で目を閉じる。
その体から氷の粒のような魔力が流出し、そして矢から離された腕が地に落ちた時──踊り子は、消滅した。
「何故ッ!何故お前たち匹夫如きに、我が復讐が邪魔されるのだあァアアアア!!!」
暴れ、抜け出そうとするジル・ド・レェ。
しかし、度重なる宝具によるダメージと灰が矢に付与した死の概念により、怪異の体は端から壊死していく。
聖杯をもってしても再生できないダメージに、ついに完全に動きを止めた怪異を、英霊たちは見上げる。
すると、先頭で旗を握りしめていたジャンヌの前に硝子の階段が現れ、怪異まで続いた。
「これは……」
「お行きなさいな、ジャンヌ」
「わっ!?」
ポン、といきなり肩を押され、ジャンヌは思わずたたらを踏む。
踏み出したその足は、階段の一段目へとかかっていた。驚いて振り返ると、そこにはマリーがいる。
一度別れ、そして再開した〝友達〟は、ジャンヌににこりと笑いかけた。
「ここから先は、貴女の道よ。いいえ、貴女以外は行けないわ」
「マリー……」
「ジャンヌ・ダルク。国のため身を捧げた、献身の聖女……彼の願いを、終わらせてあげなさい」
「……ええ!」
ジャンヌは、階段を駆け上がった。
(……ありがとうマリー。そしてマスターと、英霊たちよ。貴方たちが共にいて、戦ってくれて本当に良かった。そのおかげで、私はやっと──)
「……ジル」
「ジャンヌ・ダルク…………ッ!」
そして、彼女はたどり着いた。
宝具祭り。
次回、特異点修復。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。