オルレアン、終結。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「……ジル」
「ジャンヌ・ダルク…………ッ!」
ようやく、たどり着いた。
目の前で怪異の一部となり、自分を睨み上げるかつての友に、ジャンヌは憐憫にも似た目を向ける。
彼女は、
すなわち、彼女が火刑に処された後。悪逆を犯し、ジャンヌが最後まで信じた神を裁きによって証明しようとした。
清廉な騎士であったジル・ド・レェがこうまでなってしまったことが、自分への敬愛だと言うのなら。
ああ……やはり私は。
「……ジル、我が友よ。もはやこの場において、何も言うことはありません」
「では、その旗で私を貫きなさるか?それも良いでしょう……だが!その瞬間私はこの怪異に聖杯を明け渡す!」
聖杯を明け渡す。それはこの怪異の制御を手放すことを意味する。
元より強大なこの怪物は、聖杯の膨大な魔力を要にして操っているにすぎない。それを放棄すれば……どうなるかは明白だ。
怪異は壊れかけの体で、ありとあらゆるものを蹂躙するだろう。宝具を使ったサーヴァントたちにその相手は荷が重い。
「フゥ……フゥ……!」
血走った彼の目からは、本気であることが窺える。
(……そうまでして、この歴史を否定したいのですね)
ジャンヌは、悲しみに目を伏せた。
彼の醜態にではない。こうまでして英霊を歪ませる聖杯という器にでもない。
ただ……悲しかった。自分などのためにここまで堕としてしまった、その事実一点が。
であれば。
「……ええ。ですから、
「──は……?」
ジャンヌの体から、鎧が消え失せる。強く、固く、決して手放すことのなかった旗も風にかき消されるように。
その手に残るは、細身の剣ただ一振り。かつて聖カトリーヌ教会で彼女に授けられた、祝福の剣。
彼女はそれを引き抜き──そして、刃を両手で握りしめた。血が流れるのも厭わずに、彼女は跪く。
「〝諸天は主の栄光に。大空は御手の業に。昼は言葉を伝え、夜は知識を授ける。話すことも語ることもなく、声すらも聞こえないのに〟」
「ジャンヌ、何を──!?」
刃に血が伝い、ポタリ、ポタリ、と怪異の背を赤に染めていく。
聞いたこともないその言葉に、ジル・ド・レェは激しく困惑した。なんだ、いったい彼女は何をしようとしている──!?
「〝我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる。我が終わりは此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に〟」
聖カトリーヌの剣が、輝きを放ち始めた。
そこに至ってようやく、下で静観していた藤丸たちも異変に気付いて、ジャンヌを不安そうに見上げる。
それさえも、気にせずに。ただ彼女は言葉を紡ぐのだ。かつてのように、たとえその先に何も残らないとしても。
「〝残された唯一の物を以って、彼の歩みを守らせ給え〟」
「まさか、宝具……燃え尽きるとは……やめなさいっ!それだけはぁああああああああ!」
ようやく、彼女が何をしようとしているのか気がついたジル・ド・レェが手を伸ばす。
だが──もう遅い。
「〝主よ──この身を委ねます〟」
その瞬間、炎が爆裂した。
聖カトリーヌの剣の柄頭が花のように咲き誇り、そして怪異を丸ごと飲み込むような紅蓮の大火に成る。
太陽の如き眩いそれと、体を打ち付ける風圧に、藤丸は思わず両手で顔を庇って踏ん張った。
「くっ、一体これは──!?」
「清姫さんの宝具以上の火力……まさか、これは!」
『ああ、そうだ。彼女の宝具さ』
藤丸とマシュ。二人の疑問に、通信機越しにドクターロマンが答える。
『あの炎は彼女の二つ目の宝具。
「ジャンヌの、最期──!?」
「それじゃあ!」
『そう、そしてその概念故に』
──発動後の彼女は、必ず消滅する。
唖然とする他に、なかった。
特攻宝具と名付けられたその宝具、真名〝
そう続けられた説明に、藤丸は立ち尽くした。マシュも、その通信を聞いたサーヴァントも、皆。
何も言えなかった。ただ大きく燃え盛る紅蓮の華を、呆然として見上げるしかなかった。
だって、そんなのは。あまりに惨いではないか。此処まで一緒に戦って、支え合って、それなのに。
「……た……なら」
「せん、ぱい……?」
「知ってたのなら……なんで、教えてくれなかったんですか!なんで止めてくれなかったんですか!」
藤丸は、叫ぶ。心の赴くままに、怒りとも悲しみともつかない咆哮を、ドクターに投げつける。
彼は何者でもない16の少年だ。今まで共にいた誰かが目の前で死のうとする様など、受け入れられない。
『止めないさ』
「っ!」
だから、彼は断言する。
強く、けれど未熟な少年が受け入れられないことをわかっていたから、あえて突き放すように言う。
導くなどとは言わない。ただそれが彼の役目であると自負しているから、実行するまで。
『これは、彼女にしかできないことだ。だから止めないし、止めさせない。君に恨まれようとね』
「…………!!」
そう言われては、何も言えない。
彼に怪異は倒せない。
彼にジャンヌと同じような覚悟はない。
今目の前にいる英霊たちには、及ばない。
藤丸立香は、無力だ。
「お、オォオオオオオ!」
炎の中でジル・ド・レェは叫び、もがく。
肌を焼く熱に?違う。自分の復讐が終わらせられようとしていることに?違う。
「こんな、こんな理不尽があってたまるか!宝具を!英雄の誇りたるモノをこのような忌むべき炎に仕立て上げるなど!神よ!貴方はどこまで彼女を穢すのだぁああああ!!!」
許せぬのだ。
たとえその手段が魔道に落ちたとて、根底にあるのは願い。拭えなかった後悔をやり直したいのだ。
だからこそ、この炎を前にしてはもはや自分の復讐などどうでも良い。それよりもなお許容できぬ。
「────」
「……笑って、おられるのですか? この炎の中、どうして……?」
けれど、彼女は微笑んでいる。
他でもない焼かれた彼女が。誰よりも怒っていいはずの聖女は、共に焼かれながら笑っている。
熱いだろう、苦しいだろう。
なのにどうしてこの人は、こんなにも
「私は、この炎を疎んでいませんから。ええ、確かに辛いですが……それでも、生前もこの炎に見入ったものです。〝絢爛の業火〟と」
「馬鹿な!どうしてそのように言えるのです!なぜ、なぜ貴方はどこまでも──!」
「……信じて、いましたから」
今でも覚えている。
炎は肉を焼き、骨を焦がし、魂を溶かした。
人は言う。それは悲劇の最後だったと。
繰り返される異端審問に罵倒、信じていたもの全てに裏切られ。最後まで誰一人として彼女を理解しなかった。
ああ、きっと聖女は主を、人を、全てを恨んだに違いない──
「わかっていたのです、あの結末は。主の声を聞いたあの時からわかっていて、それでも私は嘆きと悲しみの中で失われていく命を、見捨てないと決めたのです」
そして彼女は、多くの命を救い、そして多くの命を奪った。
罪なき人も、罪深き人もいたのだろう。だが彼女はその一切を心に押し込め、ただ自国のために殺人を許容した。
それは大罪だ。すべての命は等しく価値があり、それならば自分には誰より悲惨な最後が相応しい。
だから聖女ではないと、彼女は言う。その行いに見合った最後を迎えたことに、感謝すら抱く。
「ええ、きっと理解されないのでしょう……それでも信じたいのです、人の道を」
「その末路がこの炎だと!?ありえない!こんな……こんな……っ!」
ジル・ド・レェの両眼から、滴が溢れ出した。
「こんなのは間違いだ……! そうまでして人を信じた貴女が報われぬ結末など、そんなことがあってたまるか!」
「──いいえ、間違いではなかった!」
誰より自分を思い、苦しみ抜いた友の言葉を、だがと彼女は断じる。
「私の最期が惨めでも! それでも救えた命はあった! だって──道は続いた!」
人を殺し、守り、殺し、守り、殺し……もう、自分がどちらをしているのかもわからなかった。
けれど、確かに続いた。続いたのだ、この国は、人間の歴史は、人の道は、平和を願う心は、命の営みは。
「私たちの殺戮の果てに、光が! 未来が! 希望が! 遠く! 遠くっ! あの子たちの時代まで!」
「ジャン、ヌ……」
走った。走って、走って、走り続けてーー信じた。
信じた末に、人はその手に勝ち取ったのだ。未来を。
「私の死後、さらなる犠牲と悲劇を繰り返しても、それでも私たちが望んだ未来はやってきた!」
──ああ、どこまで。
どこまでこの人は、信じるというのだ。
「……だから、もういいんです。きっと貴方は許せなくて。私の最後はどこまでも惨めで。それでも、私たちが信じた光は──遥か先まで、穢されず進んだのですから」
「ジャンヌ、貴女は──」
見上げるジル・ド・レェに、ジャンヌは笑い。
「だから、帰りましょう。私たちの在るべき
そして、光は爆ぜた。
「ジャンヌ────────っ!」
「先輩!」
思わず身を乗り出した藤丸。マシュはそれを守ろうとするも、すでに疲労困憊の体では盾を構え続けられる力がない。
他のサーヴァントたちも己の身を見るのが精一杯で──
「ヌンッ!」
そこへ、どこからともなく舞い降りた灰がハベルの大盾を地面に突き刺した。
おおよそ片手では易々と扱えぬはずの岩の大盾を以て、藤丸は荒れ狂う閃光と暴風──そして熱から守られる。
光は、天高く、どこまでも昇り──やがて、力を失ったようにふっと細くなっていった。
「……無事か、マスター」
灰は、満身創痍であった。
大盾に加え、自分の体さえも盾にした彼は鎧の各部が破損し、半壊した兜から焼け爛れた頬が露出する。
傷口から煙を上げながら振り返った灰は……力なく地面に膝をついたマスターに、ふとその心を察した。
「……マシュ、バーサーカー」
「……どうしたマスター」
「…………はい」
「体が、軽いんだ」
「…………そうか」
「ジャンヌと契約してからあった重さが、ないんだ」
「…………っ!」
マシュは、もう何も言えなかった。
彼女が上手く涙を流す方法を心得ていたならば、寄り添うこともできただろう。でもできないのだ。
それは灰も、集まってきたサーヴァントたちも、カルデアの者たちも、遅れてやってきた火防女も同じで。
誰一人として、藤丸を──
『──嘘だろ。これは』
それに水を差すように、ドクターのうわ言のような言葉が響いた。
「ドクター……?」
『巨大敵性体の消滅を確認……でも、そのほかに残っているこの反応は……!』
皆が、空を見上げた。
「あ……あぁ……っ!」
マシュは、そう声をあげてようやく涙を流した。
「う、そ……」
藤丸は、ありとあらゆる感情がごちゃ混ぜになった顔で震えた。
「ンー、フォウ!」
藤丸の服の中に隠れていたフォウが、顔を出して鳴いた。
「あら、なんて素敵なのかしら♪」
マリーが笑い。
「やれやれ、最後にこうなるとはね」
アマデウスが呆れ。
「ふふん、私は最初から信じてたわよ!」
エリザベートが胸を張り。
「またこのトカゲ娘は嘘を……ふふ、でも良い嘘です」
清姫が目を弓形に細め。
「ふ……これは予想外の結末だな」
ジークフリートは微笑み。
「ですが、悪くはありませんね」
ゲオルギウスはそう同調して。
「……これも、因果か」
「ええ、数奇な運命でございます」
寄り添う灰と火防女が、その光景に称賛を送った。
そうして、誰もが見つめる先で──宙に舞うジャンヌは、ふと目を見開いた。
「私、なんで……宝具を使ったはずなのに……」
「……やっと、届きましたな」
ハッと、ジャンヌは自分の手を握るその手に目を見開いた。
「聖杯を使い、貴女の霊基を宝具の使用前まで復元しました。ええ……どうやら私の負けのようです」
「ジ、ル……?」
そこにいたのは、ジル・ド・レェ。
怪異と共にジャンヌの宝具に焼かれた彼は、もう〝終わった〟のだろう。ジャンヌの手を握る右手と、胸より上しか残っていない。
彼の言う通り、聖杯は使われたのだろう。杯の形となった聖杯が、ジャンヌの胸に握られている。
粒子となって消えてゆく中で、ジル・ド・レェは笑っていた。まるで、かつての騎士だった彼のように。
「ではジャンヌ、私はこのまま地獄へ。ああ、それでも……」
やっと貴女を、あの炎から──
「ジル、待っ──」
言い切る前に、彼は消滅した。
「ジル……!!」
涙が溢れ出す。
悲しみではない。憐憫ではない。申し訳なさからではない。
「あり、がとう…………!」
ただ、喜びゆえに。彼女は泣くのだ。
「ジャンヌ!」
自分を呼ぶ声に、ふとジャンヌは下を見下ろした。
そこには、自分を迎えようと手を伸ばす仲間たちの姿がある。それはジル・ド・レェが最後にくれた、贈り物だ。
「……最後まで貴方は、私を導いてくれるのですね」
かつて彼は言った。彼女こそが旗であると、それ故に我らは進むのだと。
だがジャンヌからしてみれば……このような田舎娘を見捨てず付いてきてくれた彼こそが、導き手だった。
「マスター、みんな……!」
「ジャンヌ!」
落ちていった彼女は、藤丸たちに受け止められる。
見渡せば、そこには自分の帰還を喜ぶ皆がいる。そのことがどこか照れ臭く、ジャンヌは笑った。
「あの……帰ってきてしまいました」
「いいんです!ジャンヌさんが帰ってきてくれて、私たち……!」
「おかえりジャンヌ……!」
感きわまって涙を流している少年と少女に、皆呆れたように、だがどこか楽しそうに笑う。
ジャンヌもクスリと笑い、それから降ろしてもらうと裸足になった両足で、しっかりと立ち上がった。
「マスター、これを」
「これって……聖杯!?」
「は、はい、確かにこれは聖杯です!ということは……ドクターロマン!」
『ああ、こちらでも回収を確認した。第一特異点、修復完了だ!』
その言葉に、顔を見合わせた藤丸とマシュ。
「よく戦い抜いた。やはりマスター、貴公を選んで良かったよ」
その肩にバーサーカーが手を置けば、一気に実感が湧いてきて、じわじわと笑みが広がっていく。
「や……った────!」
そして、藤丸は両手を上げて歓喜を口にした。通信機越しに、司令室でも歓声が溢れる。
「ようやく成し遂げましたね、先輩!」
「やった!やったよマシュ!みんな!」
「せ、せせせ先輩!?」
「俺たちはやったんだ!」
感情が暴走しているのか、片手に聖杯を持ちながらマシュにハグをする藤丸。
ほう、と英霊たちが楽しそうに笑う。当のマシュは顔を真っ赤に染め、藤丸が正気に戻って謝罪するまで硬直していた。
『すぐに時代の修正が始まる。レイシフトの準備をするから、少し待っていてくれ』
「わかりました」
「やれやれ、やっと終わりか。ああケツが痛い。働きすぎたかな」
いの一番にいつもの奔放な口調で語り出したのは、アマデウスだった。
またマリーが注意するのを目に浮かべながら、藤丸とマシュが振り返ると──サーヴァントたちが、消え始めている。
「みんな……!?」
「皆さんどうして……」
「この時代が復元されたからだろう。彼らの役目が終わったということだ」
「特異点修復による、強制退去。私たちがレイシフトをしてこの時代から帰るように、彼らもまた座へ還るのです」
灰と火防女の説明に、英霊たちは頷いた。
いずれ来るとわかっていた終わりがやってきたことに、二人は沈鬱そうに顔を俯かせる。
この特異点での思い出を振り返り、消沈している二人にマリーとアマデウスが顔を見合わせ、肩をすくめた。
「藤丸、マシュ」
「なんですか、モーツァルトさ」
「えいっ」
ムニィ、とマリーが二人の頬を引っ張る。目を白黒とさせる藤丸たち。
「ふぁ、ふぁひも……?」
「全く、二人ともお別れの仕方ってのがわかってないね」
「それは、どういう……?」
頬から手を離したマリーと、アマデウスは揃って笑いながら言った。
「「別れは笑顔で」」
「「あ……」」
「僕たちだって君達とお別れするのは辛い。だけど最後がそんな顔じゃあ気も滅入るってわけだ」
「だから、最後は笑って送り出してちょうだいな?それが影法師である私たちへの最大の礼儀でしてよ?」
確かに、その通りだった。
誰だって決別は悲しいものだ。それなら精一杯、湿っぽい雰囲気は無くした方が気持ち良い。
そんな当たり前のことを思い出して、二人は笑った。それからマリーたちに向き直って、とびきりの笑顔を浮かべる。
「ありがとう、アマデウス、マリー!」
「お二人が最初に助けてくれなければ、私たちは倒れていたかもしれません!心から感謝します!」
「うん、いい顔だ。こんな大怪我こさえて戦った甲斐が、あったね──」
「ごきげんよう、二人とも!またいつか会いましょう──」
まず最初に、二人が天へ召されるように粒子となった。
「マシュ!
「ええ、実に良い戦いでした。これで晴れてお役御免ですわね」
次に声を上げたのは、エリザベートと清姫。笑顔で迎えようとして、ふと疑問に眉をひそめる。
「子イヌって何?俺のこと?」
「というわけで消えるけど、次会ったらよろしくね!あなた頑張ったから、これからは子イヌって呼んであげる!」
「いやちょっ、だからってなんで子イヌ──」
「じゃあねー」
疑問に答えることなく、それはそれは綺麗な笑顔でエリザベートが退去した。
手を伸ばして硬直した藤丸に、灰は苦笑してもう一度肩に手をのせる。
「……ええと、なんかよくわかんないけど。気に入られたってことでいいのかな?」
「まったく、本当にお馬鹿なドラ娘ですわ。聖杯戦争において、二度同じ人間に会うことなんて、それこそ奇跡でしょうに」
「清姫さんも、行ってしまうのですね」
「ええ、これでお別れです。二度と会うことはないでしょう……最期に醜い姿を見られたことは、少々恥ずかしいですけれど」
「醜い?」
首を傾げて、藤丸は記憶を辿る。
最期に醜い、と言われても、特に思い至ることはない。ああでも、もしかしたら……
「もしかして宝具のこと?アレすごい綺麗だったよ。カッコよかったし。なー、フォウ」
「フォーウ」
「またまた、嘘を……」
嘘が見抜ける清姫は、扇子で寂しく笑う口元を隠しながら、藤丸を見る。
すると、すっと笑みが消えた。次に疑問が浮かび、そして最期に宝具を使った時のような赤色に顔を染めた。
「嘘では……ない……!?」
「うん、本当のことを言ったけど」
「……こ、小指をお出しになってくださる……?」
「え? 別にいいけど……」
こう?と差し出した藤丸の小指を、清姫はがっしりと自分の小指で絡め取った。それはもうしっかりと。
その時見えた藤丸のソウルと、それにつながった
「で、では、御機嫌よう」
「あ、もうちょっと話を──」
マシュの制止に答えず、清姫もまた退去した。
まるで逃げるような退去の仕方に疑問を感じつつ、二人は次にやってきたジークフリートとゲオルギウスを見る。
「随分と騒がしい最期になったが、改めて礼を。望む戦いができた」
「ははは、まったくだ。ですがそれでよろしい。これからもあなた方の旅路が、笑顔で終わるよう祈っております」
「はい、ありがとうございます」
「お二人にも本当にお世話になりました。ありがとうございます」
「それではまた、いつか再び助力できることを願って──」
先にゲオルギウスが退去していき、その隣に残ったジークフリートは藤丸たちの肩に手を置く。
「きっと、これからも君達の過酷な旅は続くだろう。だが、どうかめげずに戦ってほしい。その中で多くの出会いと別れを繰り返すだろうが、前に進み続けるんだ」
「はい、わかりました」
「感謝を。偉大なる
「ああ。君たちの旅に、幸福な結末があらんことを──」
そして、ジークフリートも消え。
「皆、行ってしまいましたか……」
最期に、ジャンヌだけが残った。
「ん、あれ……?」
「これは……」
「どうやら、私たちが先のようだな」
「レイシフトの準備が整ったのですね」
だというのに、このタイミングで藤丸たちの体も少しずつ光になっていく。程なくしてカルデアに帰還するだろう。
残念そうな顔をする少年と少女に、ジャンヌも同じような顔で微笑むと……スッと、二人を抱きしめる。
「じゃ、ジャンヌ?」
「私たちもお別れは寂しいですが、やはりハグが普通なのでしょうか……?」
「ふふ、どうでしょうね……思えばたった数日のことなのに、長く共に旅をした気さえします」
思い返せば、この特異点にやってきてから一週間程度しか経っていない。
たったそれだけの間に、多くの人と出会い、戦い、その心を垣間見て……とても、濃い時間だった。
確かに心に刻まれたその旅路に二人が笑っていると、体を離したジャンヌが少しだけ寂しそうに笑う。
「ですが、この旅は歴史に残らない。特異点が修正されれば、全てなかったことになる」
「……でも、俺たちの心には残ります」
「私たちは、決して忘れません」
「そうですね……マリーたちもしんみりしたのはよくないと言っていましたから。それに、お二人とはどこかで会える気がします。私の勘は結構当たるんですよ?」
ジャンヌの言葉に、三人は笑い合う。
と、そこでふわりと藤丸とマシュの体が浮き始めた。後ろにいる灰と火防女も同様だ。
ジャンヌは数歩下がり、そうして繋がった二人の腕を手放していく。
「あの!」
「?」
「あなたに出逢えて、本当に良かった!」
「助けてくれて、ありがとうございます!」
最後まで感謝をする二人に、ジャンヌは驚き。
そして慈しむように笑って、最期に灰へと目を写した。
「人理の祖、旧世界の王よ。どうか彼らを頼みます」
「ああ。彼らの行末を、最後まで見守ると約束しよう」
「
今度は灰が驚嘆する番だった。
彼女もルーラーだというのなら、きっとこのソウルが見えていたことだろう。その奥にある感情も……
それでもなお共に戦った聖女に、灰は心からの敬意を抱いた。故にこそ、「貴公にも幸ある未来があらんことを」と言い残す。
「さようなら、皆さん。そしてありがとう──」
ジャンヌが見送る中で、藤丸たちはカルデアへと帰還を果たすのだった。
「…………………………」
そして、もう一人。彼らの帰還を見守る者がいた。
ジャンヌの宝具の余波で出来上がった崖の上に立つその人物は、白い外套に身を包んでいる。
まるで雪の中に潜む白狼の如きフードの下で、その人物は静かにジャンヌのことを見つめる。
すると、どこからともなく馬に乗ったジル・ド・レェが彼女に近づいてくる。
「……これが、人理ですか」
その呟きを最後に、風に吹かれてその姿は掻き消える。
その後には……一輪の、刃のような葉を備えた花が残っていた。
これにて終結。
幕間のネタ思いつかないので、募集してもいいですか?
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。