楽しんでいただけると嬉しいです。
「うーん……ないな」
トレーニング器具の下から顔を出して、思わず唸る。
一通りトレーニングルームを確認したけど……やっぱり見つからない。一体どこに落としたんだろう。
「絶対怒られるよなぁ……」
いつもよりいくらか軽い自分の手首を触り、そんな独り言が口からこぼれる。
いつも使ってる通信機が、気がついたらどこかに失くした。まるで肌身離さず持っていた物をなくしたように。
寝る間際になって、外そうと手を見たらいつの間にかなくなっていたのだ。
探したが、部屋の中にはなかった。とりあえず最後に寄った場所から順に探してるけど……ここじゃなかったか。
割と愛着も湧いてたんだけどな。カルデアからの支給品だし、見つけないと何か言われそうで怖い。
「時間も遅いし、早く見つけ……」
その時、突然後ろで物音がした。
「っ!?」
い、今のはなんだ……?トレーニングルームには俺以外、誰もいないはずだし……
「だ、誰かいるのか……?」
「ンフォウ!」
「ってフォウか!」
ダンベルの影から出てきたのは、おなじみなんの生物かもわからない白いやつだった。
そういえば、こいつは一緒に連れてきて、なんとなく鼻が利きそうだから探すのを手伝ってもらってたんだった。
たまたま廊下を徘徊してるとこにばったり出くわし、ついてきた事を完全に忘れてた。
「フォウ、そっちにはあった?」
「ンフォウ」
「そっか……じゃあ、ここはもう諦めよっか」
フォウの頭を撫で、腕を伝って肩に乗ったのを確認するとトレーニングルームを後にする。
「あとは……食堂か」
懐中電灯のスイッチを入れて、真っ暗な廊下の先を照らす。
こんな状況だ、電力も極力抑える方針で、管制室とカルデアを守ってる磁場の形成装置以外の電源は夜は切られる。
長細いライトの光が照らしている、ほんの3メートルほど先までしか、俺の目には見えていない。
コツコツと靴底が廊下を叩く音と、肩にいるフォウの息遣い。そして自分の呼吸音以外、無音の世界。
それが酷く心細くて、自然と自分の部屋に向かう足は速くなってしまう。
「……中山に見せられたホラー映画思い出すな」
夏だからって、なんでホラー映画観賞オールとかしたんだ。馬鹿だろ昔の俺。
特に一番怖かったのは、あの小学校の怨霊の……っ!?
「いっ、今何か動かなかった?」
「フォウ?」
カタカタと何かを叩くような音に、恐る恐るライトをそちらに向けると……吹雪が窓を叩く音だった。
「はぁ……神経質になりすぎなのかな」
思わず出た安堵の息とともにこぼれたのは、そんな自嘲的な言葉だった。
なんだか最近、変なことが起きている気がする。誰もいないのに廊下で視線を感じたり、おかずが減ってたり……
これじゃあまるで、本当のホラーだ。余計に昔見た映画を思い出して背筋に悪寒が走る。
「早く食堂行って寝よう」
「フォウ!」
「はは、一緒に寝るか?」
通じてるのかよくわからない会話をフォウとして、恐怖を紛らわせつつ歩いた。
そうしているうちに少しずつ目も慣れてきて、ある程度慣れた廊下を右へ左へと前に進み続ける。
しばらくして、ついに食堂にたどり着いた時……ドアのない入り口から漏れる光に、首を傾げた。
「俺の他にも、誰かいる……?」
なんだか無性に不安がこみ上げてきて、懐中電灯を消すと近くの壁に背中を貼り付けるような体勢になる。
不思議そうにこっちを見てくるフォウに、これも通じているのか不明なものの、人差し指を口に当てる。
フォウも何かを感じているのか、自分のもふもふの尻尾で体を隠した。それを見て、俺もこっそりと食堂に近寄る。
一歩一歩、抜き足差し足。音を消し、サバイバル時のように気配を隠しながら、ちょいと半分だけ顔を出して中を伺った。
すると、ちょうどタイミングを見計らったかのように中の光は霧散して、食堂は暗くなる。
「あれ……?」
気のせい、だったのか……?
「フォウ」
「って、なんだよ」
急に顔を叩かれたかと思えば、フォウはすんすんと鼻を鳴らして厨房の方を向く。
そちらを見ると、ぼんやりとした光が台の下から漏れていた。
おまけにガサゴソと何かを漁る音までする。さっきは消えたんじゃなくて移動してたのか。
「(コクリ)」
「フォッ」
フォウと頷きあって、入ってきたときのように音を立てず、カウンターに近寄る。
そして手をつき、身を乗り出して厨房の床を見下ろすと──
「あったわ!」
「ふがっ!?」
痛ってぇ!? なんか突然下から出てきたものに顎をかち上げられた!
「もう、こんなとこにクッキーを隠すなんて。ちょっとした味見ができなくなっちゃうじゃない」
せり上がってきた鼻血を抑えるために上を向いている俺の目の前で、飛び出したものは嬉しそうに喋る。
なんだか聞き覚えのあるような……いや待て、それよりも話したってことは、人間で良さそうだ。
「ずずっ……あ、あの」
「お腹は空かないけど、でも甘いものは別よね。まだ私も女の子でいいはずだし……」
だめだ、全然聞いてない。鼻血はなんとかでなさそうだし、ちゃんと顔を見て話そう。
「あの、ちょっといいです……か」
「何よ、私は今ささやかな楽しみ、を……」
そして、初めて見たその顔に。
俺は、心臓を氷漬けにされたような感覚を覚えた。あるいは存在しないはずのものを見たような。
ありえない。ありえるはずが無い。そう何度も自分の中で言葉が反芻して、でも目が釘付けになって離せない。
「所…………長………………?」
「ふ、藤丸! なんでここに……」
そこで、俺を見て慌てふためいていたのは──カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィア。
綺麗な白い髪、きつめにつり上がったつり目、けれど俺の知っているよりどこか険が取れた表情。
全て、オルガマリー所長と一致する。一瞬にして脳裏に冬木の記憶がフラッシュバックした。
ヒステリックな様子、バーサーカーと楽しそうに話していた姿、悲痛な、心を切り裂くような最後の絶叫。
呆然と立ち尽くす俺の目の前に、あの人と同じ見た目の誰かがいる。俺の目の前で死んだ、彼女の……
「ま、まずいわ、ここは……!」
「所長!」
「ひゃあっ!?」
「ドフォウっ!?」
何やら杖のようなものを握った所長?の手首を掴んで、感情のままに叫ぶ。
その拍子に所長?と肩のフォウの体がぴょんと跳ねた。
「本当に所長なんですか!?あの時生きてたんですか!?一体どうやって……!」
「ちょ、離しなさいよ!じゃないと魔術が……!」
「答えてください!本物の所長なら、どうして……どうして俺たちに生きてたことを教えてくれなかったんですか!」
ピタリ、と所長の動きが止まる。
それまで俺の手を振りほどこうとしていた手から力が抜け、そのまま顔と一緒に徐々に下へ落ちていった。
「……言えるわけ、ないじゃない。だって私はもう、死んでるんだから」
「どういう……!?」
「とりあえずこの手を離しなさい。もう逃げたりしないわ」
「あ……」
気がつけば、かなり力のこもっていた手を離す。
そうして初めて、所長の手首がとても細かったことを認識した。まるでどこにでもいる女の子みたいだ。
俺よりもずっとすごい魔術師なのに、何故か……俯いている所長は、その手首と同じくらい頼りなく見えた。
「藤丸、ここに貴方以外は?」
「……いません」
「そう……ならとりあえず、あっちに行きましょうか」
厨房から出てきた所長は、俺の横を通り過ぎてテーブル席の方に向かう。
それを追いかけようとして、俺はふと厨房に入ると、さっきまで所長が何やら探していた下の方を見た。
すると、そこはエミヤと一緒に作ったお菓子類を入れてた場所だった。
立ち上がって所長を見ると……脇にちゃっかりクッキーの入ったタッパーを抱えている。
「元気……なのかな?」
「フォーウ?」
思わず苦笑いしながら、開けっ放しだった戸棚を閉めて後を追う。
所長は案外すぐ近くの席に座っていた。立てかけた杖に光の玉が灯り、そこだけ明るくなっている。
「ほら、何してるのよ。座りなさい」
「あ、はい」
言われるがまま、目の前に腰を下ろす。
もう一度じっと所長の顔を見るけど……やっぱり本物にしか見えない。とても偽物でない雰囲気だ。
「ちょっと、人の顔ジロジロと見て何のつもりよ」
「あ、すみません……今でも所長が生きてたって信じ切れなくて」
「だから私は……ええ、そうね。順を追って説明しないとわかるはずがないわよね」
仕方がないというようにため息を吐いた所長は、一度目を閉じた。
そして両肘をテーブルにつき、両手を組むと口元を隠して……スッと冷たい光を放つ瞳を見せる。
「これから話すことを、誰にも言わないと誓えるかしら」
「それはどういう……」
「いいから。私がこれからあなたに話すことの全てを、絶対に秘密にすること。特にロマンにはね。さもなければ……」
そこから先の言葉はなかった。
けれど、もし喋ったらどうなるかは確実にわかっていたのでコクコクと全力で首を縦に振る。
「よろしい……さて、どう話したものかしら」
「その……あのカルデアスから、どうやって?」
「じゃあそこから話しましょう……あなたたちが見ていた通り、私はあの時死んだわ。カルデアスに飲み込まれ、永遠にね」
「ッ!」
やっぱり所長は死んでたんだ……ずっともしかしたらなんて思ってたけど、そんな甘い話はなかった。
それをどういうわけか生きていた本人に聞くっていうのは不思議な気分だが、思わず拳に力が入る。
「無限の苦しみを味わうはずだった。後悔と悲観に暮れながら、終わらない地獄を見続けるはずだったの……あの方が、蘇らせてくれるまで」
「蘇らせる……!? 一体誰が!」
思わず身を乗り出した俺に、所長は簡潔に一言。
「灰の方よ」
「──ッ!!!??」
「あの方は僅かに残っていたはじまりの火の力を使い、かろうじて残っていた私の魂の残り滓に
「そんな、ことが……」
一気に体から力が抜け、椅子に座り込む。
やがて、じわじわと感情が心の底から湧き上がってきた。
「バーサーカーが、所長を助けてくれたんだ……!」
それは喜びと、感謝の気持ちだ。
バーサーカーはいつも、俺の思いもよらない奇跡をくれる。
俺がくじかけた時、いつも颯爽と助けてくれる。
最初に出会った時も、冬木での戦いも、オルレアンでだって、俺ができないことをしてくれた。
「やっぱりバーサーカーは、俺の英雄だ」
「そんなに喜ばれると、何だか複雑な気持ちになるんだけど。私のように何もできなかったものが……」
「そんな……! 所長がいたら冬木を生き残れましたし、それに俺よりずっとすごい魔術師じゃないですか!」
もう一度立ち上がり、迷惑にならないくらいの音量で訴えかける。
もしも所長が生きていたら言いたかったことを、どうせなら今ここで言ってしまおう。
冬木では色々と教えてくれて、ありがとうございましたって。そして助けられなくて……ごめんなさいって。
「所長、俺──」
「残念だけど」
そんな俺に、冷水を浴びせかけるように。
「私はもう、魔術師でも……このカルデアの所長でもないわ」
そう、ごく冷静に所長は断言した。
次回に続く。
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