楽しんでいただけると嬉しいです。
「くっ……!」
コフィンの中で閉じた瞼を開けた時、そこに広がっていたのは光のトンネル。
見るのは三度目になるそれは、相変わらず凄まじい力で俺の体をその先へと引っ張っていた。
前回でどのように耐えればいいのか、なんとなくわかっていたので腰を落として体を固定する。
パァ──────!
やがて、一際強く体が引っ張られた時──目の前から眩い光は消え、代わりに長閑な光景が広がっていた。
「今回も成功、ってことかな?」
「はい、どうやら無事にレイシフトできたようです」
隣から聞こえる声に振り向けば、鎧姿になったマシュが立っていた。
ふと後ろを見ると、オルレアンの時と同じようにドレスを着たルーソフィアさんと、バーサーカーもいる。
カルデアの制服に変わった自分の服装を最後に見て、ほっと安堵の息をを吐く。問題なく転移できたみたいだ。
「風の感触、土の匂い……どこまでも広くて青い空。不思議です、映像では何度も見たはずなのに、こうして大地に立って、自分の目で見るだけでこんなに鮮明だなんて」
「そうだね、マシュ」
こんなに平和そうなのに、狂った過去のどこかだというのだから不思議な気持ちになる。
機械に囲まれて生きてきた現代人だからか、空気が美味しく感じる。サバイバルの時を思い出すな。
大きく深呼吸をしていると、モゾっと胸元が蠢く。
「フゥー……ンキュ、キュ?」
「フォウ!?またついてきたのか!?」
ギョッとして見ると、ぽんっと白い毛玉が飛び出した。
フルフルと顔を振ったフォウは、俺の顔を一瞬見つめると、右肩に飛び乗って腰を落ち着けてしまう。
「キュー、キャーウ!」
「フォウさん、今回も同行すると言ってるように思えます。狭い基地より外の世界の方がいいのでしょうか」
「まあ、別にいっか……」
謎の深いフォウのことは一旦置いておき、とりあえず相談をしようとバーサーカーたちの方に振り返る。
「ああ、本当に美しい……イルシールや、絵画世界とはとても似付かない……」
「あなた様がこの世界を作ったのですよ、灰の方」
「さて、どうかな……それよりもマスター、ここはとても都には見えないが」
「あ、そういえば。首都に転移させるって話だったけど……」
言われて初めて、先に受けていた話と状況が違っていることに気づいた。
右をみても左を見ても、広がるのはなだらかな丘陵地。建物は一つもなく、実に長閑だ。
なんだかオルレアンの時に酷似した状況に、ふと空を見上げて──俺の目は釘付けになった。
「……やっぱり、アレがある」
「光の輪、ですね……私の目には、オルレアンの時と全く同じもののように見えます」
空にポッカリと開いた、とても大きい穴。
手を伸ばせば届きそうで、けれど決して触れてはならないような、そんな気さえする謎の現象。
宇宙にまで達していそうなそれを見上げていると、ププーと通信機が自分の存在を主張した。
「先輩、通信のようです」
「みたいだね。もしもしドクター、聞こえてますか?」
『ザ、ザザ──じまるくん、聞こえてるよ。こちらの声も届いているかな?』
「はい」
ノイズの後に、ドクターの声。俺を含めたその場にいる全員が、手首の通信機を注視する。
『観測は……うん、安定してきた。そちらの情報も届き始めている。レイシフトは今回も成功したようだ』
「みたいです。でも、場所が違うみたいで……」
『うん? あれ、本当だ。そこは首都ローマ……ではないね』
「明らかに丘陵地です、ドクター。もしやポイントがずれたのでしょうか?」
『ちょっと待ってね……よし、こちらでも正確に確認が取れた。そこは首都じゃない、ローマ郊外だ』
転移位置は固定したはずなんだけどなあ、とぼやくドクターに俺たちは動揺を隠せない。
普段はフワフワしているように見えるけど、ドクターとカルデアの職員さんたちのの仕事はとても正確だ。
となると、問題があるのはこの場所の方? 特異点になったことで、首都に行けるはずだった俺たちはここにいる?
「では、時代のほうはどうでしょうか」
『そちらは間違いなく、特異点の存在する一世紀だよ。ローマ帝国第五代皇帝──ネロ・クラウディウスの統治する時代だ』
「ネロ・クラウディウス?」
「ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。西暦37年に生まれ、五人目のローマ皇帝となった人物でございます」
首をかしげると、ルーソフィアさんが補足してくれる。
「名君と称えられた皇帝でしたが、晩年には母親や近臣との不仲によりその影響力は揺らいでいき、後半生においては暴君と呼ばれました」
「へえ……」
簡潔にまとめられた説明に、思わず簡単の声を漏らす。
オルレアンの時にも、百年戦争のことを説明してくれたっけ。ルーソフィアさんがいれば歴史には困らなさそうだ。
『そう、そして君たちが今いるのは、まだネロ皇帝が名君と崇められていた時代だ。だから人々に皇帝が愛された頃の、繁栄の都ローマが君たちを迎えるはず、なんだが……』
「どこを見ても、丘陵地です。羊がいないのが惜しまれるほどの」
「キャーウ!」
「白い動物ならいるけどね」
テシテシと頬を叩いてくるフォウの頭を撫でる。羊と比べるには、ちょっと小さすぎるけど。
『なら他に、何か変わったものはないかい?目に見えるものでなくてもいい、何かの音とか』
「変わったもの、ですか……」
全員口を閉じて、感覚を研ぎ澄ませたのを肌で感じ取った。
音を立てず、静かに耳を済ませると……どこからか、何かがぶつかり合うような音と怒号が聞こえた。
「……聞こえ、ます」
『なんだって?』
「これは……戦ってる?」
「どうやらそのようだ。多くのソウルを近くに感じる」
「おそらくは人間同士の交戦中でしょう」
俺たちの言葉を受けたドクターは、すぐに解析をして音の発生源を探してくれる。
その結果、丘の向こう側で大規模な戦闘があることを告げられた。そしてそれが、本来の歴史にないことだとも。
兎にも角にも、まずは様子見をするためにバーサーカーとマシュを前衛にして移動を始める。
「いけぇええええええええ!!!」
「怯むな!進めぇ!」
「押し返せぇえええ!」
丘の裏側に隠れながら向こう側を覗いた時──そこには戦場が広がっていた。
「……間違いありません、戦闘中のようです」
「うわ、戦ってる人の数があっちとこっちで5倍くらい違う……」
「片方は大部隊で、もう片方は極めて少数の部隊ですね」
「戦況を見るに、多勢に無勢といったところか」
眼前で繰り広げられているのは、とても戦いとは呼べないような戦力差での攻防。
争いというよりは、包囲網。圧倒的物量で押し潰さんとしているような、そんな一方的な光景。
『他に彼らの特徴は?』
「大部隊は『真紅と黄金』の意匠。小部隊もまた『真紅と黄金』の意匠ですが、少々趣が異なります」
『真紅と黄金……ローマで最も好まれた色だ。ということは、帝国の正規軍……? 反逆者を追い立てているのか?』
「いや、どうやらそれは違うようだ」
ドクターの言葉を否定し、バーサーカーは小部隊の方を指差す。
そちらでは、小部隊を率いている若い……女の子と言ってもいい人が、ほとんど一人で軍隊を相手取っていた。
まるでサーヴァントかと思うような凄い奮闘ぶりを見せているその人に、驚きを隠しきれない。
「凄い……あれ、サーヴァントかな?」
「いえ、そのような気配は感じません。おそらくこの時代の人間でしょうが……」
「レイシフト前の会議で確認した時の情報では、確かあちらが首都方面だったな?」
『うん? いきなり何を……ああっ、本当だ!じゃあ、あの部隊はあんな少人数で首都を守っているっていうのか!?』
「なんだって!?」
もう一度戦場の方を見てみる。
確かに……よく見ると、小部隊の方は逃げるために戦うというよりも、これ以上進ませないようにしている?
大部隊の方はそれとは逆に、小部隊を押しつぶしてでも進もうという、一種の執念すら感じられた。
『ともかく、だ。過去の文献にこのような争いは記録されていない、つまり本来起こっていない戦争が行われているということになる』
「つまり、これこそがこの時代の歪み、ということですね」
「それなら……」
あとは、どちらに加勢するか。
少なくとも、あの人たちが悪い人には見えない。俺の目には首都を守ろうと必死に戦っているように見える。
マシュたちと視線でどうするかを確認して……俺に委ねるように頷く三人に、心を奮い立たせた。
「……このまま大部隊の方が勝ったら、首都が蹂躙されると思う。あの人たちを助けよう」
「はい、私も先輩の強気な方針に賛成します!」
「彼女らのソウルの色を見ても、それが正しいようだ。あの兵士たちのソウルの昂りはあまりに苛烈すぎる」
「くれぐれも怪我のないように参りましょう」
『よし、意見はまとまったね。こちらでもなるべく状況を見るけど、規模が規模だ。サーヴァントや怪物を相手にする時と同じくらいに気を引き締めてくれ!』
ドクターの忠告を聞くや否や、俺たちは戦いへの介入を始める。
「バーサーカー、何かこっちに注意を引けるような事はできる?」
「ふむ……まずは意識を引きつけて、彼らの体勢を整える時間を稼ぐということだな?」
こくりと頷くと、バーサーカーはふっと兜の中で笑った。
バーサーカーが両手を何かを握るような形にすると、その手の中に岩から削り出したような大きな斧が現れる。
オルレアンでも目にした見るからに強そうなそれを肩に担ぎ、膝立ちになっていたバーサーカーは立ち上がる。
「ではマスター、手を」
「え、うん」
ほぼ反射的に、バーサーカーから差し出された手を握り返す。
「では行こうか」
「へっ?」
「バーサーカーさん、まさか──!?」
次の瞬間、俺は空を飛んでいた。
「え、ちょ、何これーっ!?」
ドンッと腹の底を叩くような衝撃がしたかと思えば、気がついたら目の前には青空があった。
え、何これ!?俺なんで空飛んでるの!? いや違う、バーサーカーが飛び上がったのに引っ張られたのか!?
「舌を噛むぞ。口を閉じて私に掴まるんだ、マスター」
「な、何がなんだかわかんないけどっ!」
とにかくこのまま振り落とされたら死ぬことはよくわかったので、バーサーカーの首に両腕を回す。
「それでいい──はぁっ!!!」
俺が掴まった瞬間、バーサーカーは大斧を勢いよく振り上げた。
ドッガァアアアアアン!!!
そして──振り下ろす。
着地地点は、大部隊と小部隊がぶつかっている場所から少し大部隊の側。
オルレアンでボルドを吹っ飛ばしたのよりもやや弱いくらいの雷と衝撃が、思い切り地面に炸裂した。
誰かの悲鳴と、何かが盛大に捲れ上がる音が聞こえる。俺は両足まで使ってバーサーカーの体にしがみついた。
「──マスター、もう目を開けていいぞ」
「ほ、ほんと……?」
バーサーカーの言葉に恐る恐る目を開けて……後悔した。
そこにあったのは、有り体に言って地獄絵図だった。
俺たち……というより大斧を中心にクレーターのように地面が陥没しており、その周りには死屍累々の様子が広がっている。
衝撃で吹き飛ばされたか、あるいは雷を浴びた兵士たちが転がっていて、無事な兵士たちは俺たちを凝視しており。
その目には明らかな畏怖が宿っていて。明らかにやらかしたのが目に見えてわかった。
ふと見れば、小部隊を指揮していた女の人も、ぽかんとしている。
「マスター、頼む」
「え、頼むって……」
そこでようやく、なんで俺のことをバーサーカーがわざわざ連れてきたのか理解した。
ため息をつきたくなりながら、バーサーカーの体に絡みつかせていた手足を解き、地面に降りる。
そうすると、やや乱暴なやり方に若干バーサーカーを恨みつつも、女の人に向かってこう叫んだ。
「俺たちは味方です!援護します!」
若干やりすぎだけどな!
不死人は脳筋ってそれ常識だから←
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