楽しんでいただけると嬉しいです。
「双方剣を収めよ!既に勝敗は決した!」
その一声で、戦いは終わった。
俺たちが参戦したことで小部隊は一気に形成を逆転し、何倍もの人数の大部隊を撃退した。
そして今、多くの兵士が倒れている丘の下に響いた美しい声に俺たちは動きを止める。
「これ以上の争いは無用!投降するならば命はとらぬと約束しよう!」
凛々しく、この場の空気を掴むようなその声に、相手の兵士たちが一斉に剣を取り落とす。
多分、恐ろしかったんだろう。突然空から理不尽が降ってきたかと思えば、数で勝っているはずなのにやられるんだから。
それから、同じように剣を納めたもう片方の兵士たちによって、生き残った兵は捕縛された。
俺もルーソフィアさんに軽傷を治してもらいつつ、未だに斧を担いでいるバーサーカーに話しかける。
「ああいう作戦なら、前もって一言言ってくれればいいのに」
「なに、急を要する状況だったからな。貴公には悪いことをした」
「先輩が無事で良かったものの、本当に驚きました……」
本当にびっくりした……滝壺(落ちても平気な高さ)に蹴り落とされた経験がなければ、気絶してたくらいには怖かった。
良いのか悪いのかよくわからない爺ちゃんとの思い出に感謝していると、こちらに近づいて来る足音に気がつく。
「貴公達、首都からの援軍か?」
問いかける声に振り向くと……そこに立っていたのは、小部隊を指揮したあの女の人。
いや、こうして間近で見ると、もう女の子と言っても良いくらいだった。それもかなり綺麗な見た目だ。
とても戦っているとは思えない容姿にアンバランスな赤い剣は、どこか気品のある雰囲気と相まって不思議に感じる。
「てっきり道は封鎖されていると思っていたが……まあ良い、褒めてつかわすぞ」
寛大、と言って良い態度を取る女性の言葉遣いからは、やはり育ちの良さを感じさせるものがあった。
舞台を指揮しているくらいだし、結構偉い人なのは間違い無いだろう。それにあの実力は普通じゃない。
「ありがたい。して、貴公らは?」
「ふふん、よくぞ聞いた。余の名は──」
「ご報告します!」
女性が名乗ろうとした途端、走ってきた兵士の人が叫ぶように話に割り込んできた。
兜の中で切羽詰まった表情を浮かべ、息を荒げているその人に、なんとなく嫌な予感が頭をよぎる。
「なんだ、申してみよ」
「だ、第二波がやってきます!敵との距離、あとわずか!」
「なんだと!?」
女性とシンクロした動きで、大部隊のやってきた方向を見ると……うっすらと土煙が見える。
俺でもわかる、あれは援軍だ。それも先ほどと同じくらいの規模がありそうなレベルの地鳴りが近づいてきている。
「ええい、次から次へと連合帝国め!」
『連合、帝国……?』
「皆のもの、戦いだ!立ち上がり、剣を取れい!」
女性のたった一声で、それまでルーソフィアさんに治療されていた兵士達が一斉に立ち上がった。
そしてすぐさま隊列を組みなおし、捕虜を背後に盾で壁を作って、女性と俺たちを前に体勢を整えた。
「すまぬが、異国の者とお見受けする者達よ。再び余に力を貸してはくれぬか?」
「勿論です!マシュ、バーサーカー!」
「ああ」
「はい!」
盾と大斧を構える頼もしいサーヴァント達に、俺もサポートをするべく頭を回転させる。
「うむ、その意気込みや良し!余と轡を並べて戦うことを許そうではないか!」
そして女性が赤い剣を構え、俺たちはまた戦いの心構えを決めた。
『気を付けろ藤丸くん!先ほどと同じくらいの規模、それにこの先頭にいる反応は──!』
ドクターが飛ばした警戒の声。俺は集中力を高め、うっすらと見えてきた軍勢に目を凝らす。
見るからに屈強な兵士達の先頭に、明らかに雰囲気……というより、次元が違う空気を纏った相手がいた。
「オォオオオオオオォオオオオオ!!!」
士気を高めるためだろうか、ここまで聞こえてくる怒号のような声の合奏の中で、一際大きな声を発している。
やがて、距離が3桁から2桁に落ちた時──目の前にいたバーサーカーが、大斧を振り上げた。
もう三度目ともなればなにをするのかは分かっていて、咄嗟に「マスター、後ろへ!」と叫んだマシュの盾に隠れる。
ドッガァアアアアアン!!!
間断なく、今日二度目になる竜の咆哮のような雷鳴が鳴り響いた。
それは先ほどよりも大きく、けれど誰も倒してはいない。しかし軍勢と、先頭のその人の進行は留まらせた。
『ナイスだバーサーカー君!敵の動きが止まったぞう!』
「む、先ほどから聞こえるこの声、一体どこから聞こえておるのだ」
「後ほど説明します。それよりも、あれは……!」
マシュも、俺と同じ人を見た。
釣られるように隣にいた女性もその人に目をやって──驚いたように、目を見開いて固まった。
そればバーサーカーも同じで、油断なく大斧を腰だめに構えて、その人が動き出すのを見張っている。
『気を付けろ!そこにいるのは──サーヴァントだ!』
そして──まるでタイミングを見計らったように、ドクターの声がその正体を告げた。
「──よもや、ここで相見えるとはな」
「我が、愛しき、妹の、子、よ」
驚きと、どこか悲しさを含んだ声音の女性に、その相手。いいや、サーヴァントは答える。
短く切りそろえられた髪。輝く黄金の鎧と、鮮烈な赤いマントを強靭な肉体に纏い、赤い瞳でこちらを睨んでいる。
その体から溢れ出る威圧感は──紛れもない、オルレアンで何度も戦った英霊のものだった。
「叔父上……否、あえてこう呼ぼう。いかなる理由か死より彷徨い出て、連合軍に与する愚か者よ!」
「え、今、なんて……」
「叔父上、と言ったように私には聞こえましたが……」
どういうことだ。この女性と、あのサーヴァントは血縁関係なのか……?
「余の」
混乱する俺たちを前に、サーヴァントが言葉を発する。
さっきもそうだったように、やや片言じみた口調で、サーヴァントは顔の前で拳を握りしめ。
「余の、振る舞い、は、運命、で、ある」
そう、ゾッとするほど強い意志を込めた声で言い放った。
「捧げよ、その命。捧げよ、その体。全てを、捧げよ!!!」
ただの言葉。
けれど、一声ごとに吹き飛ばされそうなほどの重圧を含んだそれは、サーヴァントだからの一言では片付けられない。
まるで生まれながらにして、そうであったかのような。人に命じ、圧することが当然のような、恐ろしいまでの強い言葉。
「くっ、叔父上、どこまであなたは……!」
「オ、オ、オオオオオオオオオオォオオオオオ!!!」
「マスター、来ますっ!」
「わかってる!」
雄叫びを上げ、サーヴァントが動き出す。
「ぬん!」
すかさずその進路にバーサーカが割り込み、大斧を振り下ろした──
「ヌゥンッ!!!」
「──ッ!?」
ゴガァン!と盛大な音を立てて、岩のような大斧がかちあげられる。ボルドでさえも押しのけたあれが、だ。
その光景に思わず目を剥き、一体なにをしたのかとサーヴァントを見て、その突き出された拳に更に驚いた。
「まさか素手で!?」
「あのパワー、そして先ほどからの意思疎通の困難さから推測すると、あのサーヴァントのクラスは──」
「私と同じバーサーカー、というわけか。面白い!」
バーサーカーの手から、突如として大斧が消える。
代わりに、古ぼけた手甲の上から握りしめていたのは──皮と金属でできた、ナックルのような武器。
「オオォォォ!!!」
「セィァ!!!」
また繰り出されたサーヴァントの剛腕に、バーサーカーのストレートが叩き込まれる。
注目しているせいか、妙にスローモーションで迫った二つの拳が衝突した瞬間、空気が破裂したような音が響いた。
いや、実際に破裂してしまったのだろう。そしてそれを皮切りに、両方の兵士たちが怒号と共に進行を始めた。
「マシュ、頼む!」
「はい!マスター、指示を!」
当然のこと、俺たちも棒立ちでいるわけにはいかない。支援するために魔力を回し、指示を出し始めた。
いざ戦いが始まってしまうと、俺はマシュとバーサーカーに頼りきりだ。魔術礼装なしではガンドも撃てない。
だから自然と後ろで声を張り上げるだけになってしまうが、それでも決して楽なわけではない。
一分一秒、周りで戦っている他の兵士たちの動き、こちらが押されている場所、マシュたちの状況。
その全てを分析し、ルーソフィアさんの授業で頭に叩き込んだ戦術の中から最適と思うものを選び取る。
間違えないように、見誤らないように、慎重に、時には一歩引いて、そうやってできることをこなす。
「恐れるな!我らには心強い味方がいる!」
「ウォオオオオオオ!!!」
けれど、オルレアンの時よりも少しだけ楽に感じるのは、やはりあの女性がいるからだろう。
俺よりもずっと優れた指揮官である彼女と、ルーソフィアさんの歌で強化されたローマの屈強な兵士たち。
人数の差なんてものともせずに、まるで彼ら全員が一つのように凄まじい勢いで相手を押し返していた。
「オォォォオオオ!!!!」
「ハァアアアアア!!!!」
そんな状況を維持できているのは、やはりバーサーカーの存在も大きかった。
戦場の中心で、サーヴァントと真っ向から拳で殴り合っている。俺の目には早すぎて、残像しか見えない。
拳打の音が響く度にこの空間全体が揺れるような錯覚を覚えるそれは、見ているだけで体が竦むほどだった。
「ヌゥエアッ!!!」
「グッ!」
まずい、拳を弾かれた!相手はもう次の攻撃をしようとしてる!
「バーサーカー!フォースだ!」
「フンッ!」
咄嗟に飛ばした指示に、バーサーカーは体から白い衝撃波のようなものを発した。
それは、危ない体勢だったバーサーカーに拳を振り下ろそうとしていたサーヴァントの体を逆にのけぞらせる。
バーサーカーはその隙を見逃さず、拳を開いて翳す。
遠目に見えたその掌には──ゆらゆらと揺らめく、赤い炎が灯っていた。
「〝大発火〟」
大爆発。
先ほどよりもさらに大きな音が、戦場の真ん中で轟いた。
誰もが動きを止め、振り返る。そして大きく膨れ上がった炎と……それに吹き飛ばされたサーヴァントを見た。
「グガァッ!」
地面に倒れ伏したサーヴァントに、ほぼ全員の動きが止まった。
ナックルのようなものを構え直すバーサーカーと、剣を振りかざして叫びを上げた女性以外は。
「いまだ、押せ──────っ!」
『おおおおおッ!!!!!』
そして、さらにこちらの攻勢は激しさを増していく。
いくら同じローマ兵と言っても、こちらにはルーソフィアさんの支援がある。マシュの峰打ち?によって、数も最初の半分ほどだ。
程なくして、徐々にあちらの数が減っていった。相手のリーダーに痛手を与えたことで、こっちの士気が増したんだ。
「マシュ、俺はバーサーカーの所に!」
「わかりました!お気をつけて!」
けれど、なんだか不安に駆られた俺はマシュに一言断ると、兵士たちの間を必死に潜り抜けていった。
そして、先ほど大爆発が起きた場所にたどり着くと……そこには立ち上がろうとする、サーヴァントの姿があった。
「何故、何故だ、我が愛しき妹の、子よ……!」
「これ以上の闘争を望むのならば、私も本気で相手をせざるをえないが」
「バーサーカー!」
名前を呼びながら、戦いの邪魔にならないようにある程度の距離で立ち止まる。
サーヴァントは赤い瞳で俺を一瞥して、それからバーサーカーを怒りのこもった目で睨み上げた。
「退くならば、こちらも手出しはしない。まだ色々と情報が揃っていないのでな」
「……何故、捧げぬ。何故、捧げられぬのだ……!」
言葉が通じているのかもわからない呟きを残し、サーヴァントは消えていった。
「倒した……?」
「いや、それほどの深傷ではない。おそらく霊体化して退却したのだろう」
『むむ、バーサーカーのクラスにしては理知的な判断だな。もしや相手にもマスターが……?』
ドクターの考察もそこそこに、バーサーカーに声をかけていまだに戦いあっている背後の戦場に戻る。
そうしてバーサーカーが参戦し……程なくして、戦いは再びこちらの勝利に終わった。
●◯●
「……うーむ、困った。ここはどこであろうか?」
ちょっと展開が急だったかな?
次回はローマへ。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。