灰よ、燃え尽きた世界に火を灯せ   作:熊0803

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前回の話、罪の獣ではなく罪の異形でした。修正しておきました。

今回は主に灰がメイン。

楽しんでいただけると嬉しいです。


ガリアでの戦い 4

 

「あれが……」

「皇帝の、一人……!」

「偽の、ではあるがな」

 

 待ちくたびれた、と口にした男を前に、三人は体を強張らせる。

 

 そんな彼らを前に、ふくよかな頬を支えていた拳を肘置きから外し、更にもう一方の手も使って男は立つ。

 

「実に退屈な時間であったが、まあそれだけの価値はあったぞ」

「何だと……?」

 

 訝しむネロに、男が笑い彼女を指で指し示す。

 

「美しいな。ああ、実に美しい。その美しさは世界の至宝であり、まさにローマにふさわしいといえよう」

「なっ……」

「それに、そこの奇妙な盾を持った少女。お前もな」

「っ……!」

 

 突然の賛辞に、ネロとマシュは状況も忘れて顔を見合わせたくなった。

 

 しかし、男は顔こそ笑っているものの、その目は真剣だ。つまり本心から零れ落ちた言葉である。

 

 何という余裕、何という姿勢。ネロにも通ずるその在り方に、藤丸たちは驚きを禁じ得ない。

 

「さあ、名乗るが良い。我が愛しきローマを継ぐ者よ」

「──っ」

「おや、沈黙か? 栄光あるローマ帝国の皇帝ともあろう者が、戦場ではその雄弁さを忘れるか?」

 

 男の雰囲気に当てられ、つい声を出せなかったネロに彼はまるで嘲笑するように口を歪める。

 

「それとも、よもやこの私と名乗りもせず戦おうというわけではあるまい? であれば、期待外れの皇帝という他にないが……」

「──言ったな。僭称皇帝、不遜にも皇帝を名乗る男よ」

「ほう、良い顔になった。では改めて名を聞かせよ。貴様は誰だ。この私に剣を執らせる貴様は──何者だ?」

 

 試すかのような言葉。これでもなお名乗らぬというのならば、相手にする価値もないと言わんばかりの言。

 

「──ネロ。余はローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス。貴様を討つ者だ、覚えておけ!」

 

 傲岸不遜なる男の挑発に、今度こそネロは堂々と胸を張り、よく通る凛とした声で答えた。

 

 それはまるで、舞台の上の歌姫のように。威風堂々たる佇まいは、男のそれに勝るとも決して劣りはしない。

 

「良い。それでこそローマの支配者よ。そういえばそこな客将たちよ、遠い異国から参ったと見受けるが、ついでだ。貴様たちも名乗ることを許す」

「……藤丸立香、です」

「マシュ・キリエライト。マスター・藤丸のサーヴァントです」

「ふむ、なるほど。聞き慣れぬ響きだな」

 

 またも感心したように、男は太い指を自分の顎にあてがい、興味深そうな目で藤丸たちを見る。

 

 咄嗟に答えた二人は、やはりその佇まいにネロに似通った()()を心のどこかで感じていた。

 

 彼らが皇帝、というものに会うのはこの特異点に来てから初めてであるが、本当にこれが名前だけの皇帝なのかと疑問を覚える。

 

「しかし、そうか。そこの……なんと言ったか? ええと」

「ふ、藤丸です」

「ああ、そうそう。そしてそこな少女がサーヴァント……ほうほう、なるほど。これがマスターとサーヴァントか」

「……何を仰っているのですか?」

「いや何、私の知るそれとは違うものだったからな。あるいはお前たちのようなものが本来の形なのかもしれぬ」

 

 要領を得ない言葉ではあったが、しかしこの言葉で男のことについて幾つかのことを藤丸たちは理解した。

 

 まずこの男は、マスターやサーヴァントと言った魔術的な言葉についてある程度の意味を理解している。

 

 すなわち、()()()側にも魔術師……それもサーヴァントを召喚できる相手ががいるということ。

 

 先日襲ってきたカリギュラから分かっていたことだが……カルデアにとってはその魔術師が()()ということが重要だ。

 

「貴方には、聞きたいことがあります。連合について、聖杯について……そして、そちらにいると思われる魔術師について」

「好奇心旺盛な娘だ。だがよかろう、それでこそこちらも戦い甲斐があるというものだ」

 

 男の手に、黄金の剣がどこからともなく現れ、その体から魔力が溢れ出た。

 

 凡そ人間の術とは思えないそれにネロは驚愕し、そして藤丸たちは息を呑むのと同時にまたひとつ気付いた。

 

 この男も──カリギュラと同じように、この特異点に召喚されたサーヴァントの一人なのだ、と。

 

「我が黄金剣、黄の死(クロケア・モース)の錆になりたくなくば、防げよ娘。そして今代の皇帝よ。先ほどの威勢、偽りではないと示してみせよ」

 

 さすれば、と男は言い。

 

「その暁には、俺が貴様たちの質問とやらに答えてやろう」

「「っ!」」

「その言葉、違えるでないぞ! 藤丸、マシュ! あの皇帝の名を語る不届き者を処断してくれようぞ!」

 

 紅蓮の剣を構え、臨戦態勢に入るネロに、藤丸たちも戦闘に備えた。

 

 

 

「それで良し。さあ、せいぜい楽しませてくれ!」

 

 

 

 雄々しい声で言い放った男の剣が、ネロの前へと陣取ったマシュの大楯へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴガァンッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あちらも始まったか)

 

 本陣から響いた、金属同士がぶつかり合うようなその音に、灰は戦いの始まりを悟る。

 

「グゴァアアアア!」

「フンッ!」

 

 そして同時に、自らのソウルに引かれて襲い来る怪物の攻撃をも察知して回避した。

 

「グゥゥウウ……!」

「やはり貴様らは変わらんか」

 

 罪の異形は見た目に反することなく、非常に鈍重だ。それこそ絵画世界の烏とは比べ物にならない。

 

 おまけに足音も予備動作も大きく、わざわざ唸り声で知らせてくれるので、灰にとっては()()()()()部類の敵である。

 

「オォオオオオオ!」

「ゴアァアアア!」

 

 もっとも、一体だけならば、の話だが。

 

「チッ!」

 

 即座にソウルから道具を取り出し、それをあらぬ方向へと投げる。

 

 放射線を描き、地面に当たった砕けて白い粉塵を撒き散らしたそれは、染み付いたソウルの匂いを濃く発した。

 

 〝誘い頭蓋〟と呼ばれるそれにほんの数秒、異形らは意識を持っていかれた。

 

「グオォオオオ!」

 

 ありもしないソウルに引かれ、異形の一匹が粉塵へと体をもたげて襲いかかる。

 

 その拍子に、腹部に隠されていた無数の目玉が剥き出しになり──そこに灰はスパイクメイスを叩き込んだ。

 

「ハァッ!」

「ゴッァアアアアッ!?」

 

 通常の武具よりも出血量の高いそれのトゲが食い込み、目玉がいくつも潰れて異形に壮絶な痛み与える。

 

 痛覚までは鈍くはならなかった異形は絶叫し、容赦なく弱点を叩いた灰は引き抜いたスパイクメイスを構え直すと……

 

「さらばだ、異形よ」

 

 再び、自らが引き裂いた目玉にスパイクメイスをぶち当てた。

 

 極限まで強化された灰の筋力、スパイクメイスの太く、鋭い刺とそれが伸びる鉄塊の重量、そして容赦なき全力攻撃(フルスイング)

 

 それら全てが合わさり、異形はさらなるダメージを受ける。それも一度ではなく、四回も。

 

「グ、ゲァ……」

 

 それほどのダメージを受ければ、いくら堅牢な体を持つ異形とてその肉体を滅ぼすには充分だった。

 

 断末魔の唸り声を上げ、異形は倒れる。そのままフッと解けるように消えていき、ソウルが灰の中へとやってきた。

 

「さて、残り三体だ」

「ウゥウウウ……!」

「オォオオオ……!」

「ガァアアアァア……!」

 

 異形を一匹倒すのにかかったのは、たったの五秒。

 

 それは誘い頭蓋の効果が切れるまでの時間であり、残りの異形が正気に……まあ元よりそうであるかは疑わしいが……戻る。

 

(さて、どう片方を引き付けるか……)

 

 こちらに殺気を向けてくる異形たちに、スパイクメイスを構えつつ灰は考える。

 

 彼にとっての最大の敵は、圧倒的な力や速さでもない。極端に言ってしまえば特殊な力や周りの環境もそうだ。

 

 力があるというのならば躱せばいい。速ければその速さに慣れるまで死を繰り返せばいい。手段というものは案外ある。

 

 

 

 であれば、何か。

 

 

 

 それは数だ。数こそ力という言葉を、彼はその身で誰よりもよく知っている。

 

 あの図体の相手が同時に三体、灰の経験則からして辛い戦いになることは間違いない。

 

(奴らとて間抜けとは言い難い。誘い頭蓋のソウルの匂いは覚えられただろう。なら……)

 

 別の手段で異形たちを引き離す。そう結論付けた灰は、スパイクメイスを両手で握り締め……

 

 

 

「ウォオオオオオオオオオッ!」

 

 

 

 その瞬間、第三者の咆哮が轟いた。

 

「ッ!?」

 

 オルタたちが抑えているローマ兵か、あるいは新たな敵が現れたかと灰は声のした背後を振り返る。

 

 だが、こちらに向けて猛然と爆走してくるのはそのどちらでもなく……何より灰にとって予想外の相手だった。

 

「「「ガァアアアァア!!!」」」

 

 棒立ちしていた灰を異形たちが見逃すはずもなく、両手と顔の指のような器官を広げて覆い被さろうとする。

 

「っ、しま──」

「フンッ!」

 

 だが、その一体が横を通り抜けた何者かの斬撃によって、先ほど灰がそうしたように目玉を破壊された。

 

「グォオオウウ!?」

「今だ!」

「ッ!」

 

 その声に咄嗟に両手に力を込め直し、怯んだその一体に、残りの二体の下を潜り抜けるようにして接近。

 

 そして体全体を回して遠心力をつけ、下からスパイクメイスをお見舞いした。規格外の筋力により異形が宙を舞う。

 

「せぁあああっ!」

 

 そして、無防備な異形の腹に突き立てられる()()の切っ先。

 

 裂帛の叫び声と共に繰り出された刺突は更に異形の体を押し、こちらの様子を伺っていたローマ兵らの上に落ちた。

 

「オォオオオオ!」

「ヴァアァァアアアア!」

 

 彼らの悲鳴を聞いたのも束の間、まだ残っている二体の気配に振り返った灰は完全に戦闘態勢に戻っていた。

 

 まず、先に接近してきた異形のドスドスと動く短い足に向けてスパイクメイスをスイングする。

 

 ぐらり、と揺れた異形の体はスパイクメイスを振り抜いた灰に向けて倒れ……その後ろから突き出された大剣に頭を貫かれる。

 

「ヴォオオオオアアア!?」

 

 絶叫し、後ろへと後退する異形。

 

 ちょうどその後ろから走ってきていた異形は減速できず、二体がもつれて転んだ。ズシン、と地響きが起こる。

 

 どうにか立ち上がろうともがく異形たちは──ふと、自分たちの体に影がさしていることに気がついた。

 

 

 

「これで──終わりだ」

 

 

 

 振り下ろされるは、最後のデーモンのソウルから作り出された大斧。

 

 寸分の狂いもなく、重なった異形たちの頭部に落とされた大斧は、彼らの思考を頭ごと切り裂いた。

 

 異形が倒れた時と同等の地響きが、その場の全てを揺らす。大斧は頭部ばかりか、大きく地面を抉ったのだ。

 

「……ふう。それなりに手強かったぞ」

 

 土煙と共にその体を消滅させた異形を見届け、灰は大斧を地面から引き抜くと肩に担いだ。

 

「やあ、貴公! 見事な戦いぶりだったな!」

 

 不意に、背後から声をかけられる。

 

 先ほどから共に……ごく自然と一緒に戦っていたその者の声に、灰は己のソウルが震えた気がした。

 

 同時に、火の時代の鮮明な記憶の一部を思い起こしながら振り返ると……大剣を担いだ〝彼〟がやってくる。

 

「まさに一騎当千! 最初に出会った時も驚いたものだが、やはり貴公の強さは凄まじいな! ワッハッハ!」

「……貴公も。貴公も、相変わらず無双の勢いだった。二万年という時を経ようとも、決して忘れぬほどに」

 

 灰の声には、懐かしさと感慨が乗っている。

 

 それは、相変わらずの〝彼〟の豪快さに対する呆れか、あるいは……その最期を見届けた哀しさからか。

 

 

 

 ああ、けれども。

 

 

 

 こうして再会できた。あの頼もしき盗人が言ったように、この時代にも自らに縁ある者がいた。

 

 異形を見た時から、もしもと思っていた可能性が、思わぬ形で早速やってきたのだ。

 

「助太刀感謝する」

「なに。多勢に無勢などと、そんなものを見過ごしては()()()()()()()の名が泣く。相手が貴公となれば、尚更な」

「やはり変わっていないな。カタリナのジー……」

 

 

 

 

 ゴガァンッ!! 

 

 

 

 その時、本陣の方から一際大きな音がした。

 

 懐かしさに浸っていた灰の意識はすぐさま戦場へと戻り、そしてそこにいる今の仲間たちへと向かう。

 

「む、なんだ今の音は」

「すまない貴公、また後で話そう」

「あ、おい!」

 

 静止する声も振り切って、灰は本陣へと走る。

 

 幸いにもそこまで離れてはいなかった為に、すぐに辿り着いた。

 

 本陣を囲う幕を大斧で切り裂き、中へ飛び入る灰。

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあったのは──一人の男を前に苦戦する、マスター達の姿だった。

 




さて、この助っ人は何者なのか。

そして藤丸たちは皇帝の一人に勝てるのか。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。
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