楽しんでいただけると嬉しいです。
どれくらいの時間が経っただろうか。
数分、数時間、あるいはほんの少しほどの時間かもしれない。
藤丸も、マシュも、ネロも、あるいはカエサル自身ですらもその感覚は朧げだった。
数多の敵を屠り、王を屠ってきた灰ただ一人が、徐々に衰えていくカエサルの力を実感していた。
「セァアッ!」
「シィッ!」
「ぐふっ……」
そして、百に届こうかという凌ぎ合いの末に、ついにネロと灰の刃が届いた。
紅蓮の剣とロスリックの騎士らの槍が、カエサルの体をその分厚い服と脂肪の鎧で守られた内側まで、深く切り裂く。
大きく後ろによろめいたカエサルは、自慢の黄金剣でその体を支え、傷口を抑えて血を吐く。
「こふっ、ここまでか。うむ、美しい女達に倒されるというのなら、それも悪くはあるまい」
「やった、のか……!」
「はぁ、はぁ……」
『こちらでも魔力の減少を確認。やったぞ藤丸くん、君たちは勝利したんだ!』
ドクターの言葉に、藤丸達の張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。
更にそれを証明するように、カエサルの体から魔力の粒子が漏れ出る。この世界から退去しようとしているのだ。
いよいよ勝利の確信を深めた四人を前にして、なおもカエサルは血に濡れた口元に不敵な笑みを浮かべた。
「見事であったぞ、お前達。どうやら外でも他のサーヴァント達が暴れていたようだが、よくぞ私をここまで追い詰めた。賞賛を送ろう」
「あなたの剣の腕は、非常に強力でした。先輩の指示と、皇帝陛下の剣技と、バーサーカーさんの援護がなければ倒せなかったことでしょう」
「いいや、盾の乙女よ。貴様もよく防いだ。まあ、その技量を上回るほどの者もいたがな」
ちら、とカエサルの碧眼が静かに佇んでいる灰へと向けられる。
半ば退去しているカエサルの目から見ても、ただそこにあるだけで灰は異様な雰囲気を纏っていた。
英霊と融合している少女とも、未だ生の中にある皇帝やあのマスターとも違う。あれは──
「貴様もよくやるものよ、太古の時代の王。そのような
「……さてね。召喚されるにあたり、
「全く、とんだ貧乏くじだ。そも、この私を一兵卒として運用すること自体がおかしかったのだがな」
「……祖先よ、貴方は」
満足げに笑うカエサルに、ネロは絞り出すように言葉を向けた。
それを聞いたカエサルは、それ以上は必要ないと言わんばかりに手で制す。ネロは口をつぐんだ。
「まったく、
「あのお方……?」
不審なカエサルの言葉に、ネロは眉をひそめておうむ返しに聞き返してしまう。
「そうだ、当代の正しき皇帝よ。連合の首都で、あのお方は貴様の訪れを待っている。私は正確には〝皇帝〟ではないが、死した我らでさえも逆らえんお方だ」
「あなたほどの人物が逆らえない相手、だとっ!?」
かのガイウス・ユリウス・カエサルでさえも逆らえぬ相手。
そう聞き、ネロはこれまでの連合との戦いの中で最も大きな驚愕に見舞われる。
「その名と姿を目にした時、貴様はどういう顔をするのだろうな。ああ、それもきっと美しいに違いない」
「っ……!」
「そして太古の王よ。貴様も覚悟しておくが良い。あのお方を守る、
「……やはり〝薪の王〟か」
「お前たちの驚く顔を、楽しみにしているぞ──」
仰々しく両手を広げたカエサルは、最後まで笑みを崩さぬままに──この世界から消えた。
「消え、た?」
魔力の残滓のみを残し、跡形もなく姿を消したカエサルに、呆然とネロは呟く。
つい先ほどまで戦っていたはずの祖先が、もういない。完全に魔術を理解していないネロには驚くべき光景だ。
「これは、なんだ……魔術の類のよるものなのか」
「その通りです、皇帝陛下」
「この世界から、消えたんです」
「今、何と……?」
「現世より退去する、ということだ。彼らは世界に刻まれた過去の記録、そこから現れる影法師。我らは虚無の存在であり、その亡骸が残ることはない」
『仮初の肉体が消えると、現界している間の経験が座に送られ、それで終わるのですよ』
「……よく、わからぬ」
灰らの説明を聞いてなお、しかし魔術についての知識に疎いゆえにネロは上手く理解できない。
「だが、先ほど奴が……否。あのお方が言っていたのは」
「真実だ。サーヴァントとは、人間が世界を守護する精霊へと昇華されたものに他ならない……最も、そうでない残り物も稀にいるがな」
「そう、か……つまり余は、貴公たちにあの名君カエサルを手にかけさせたというわけだな」
「皇帝陛下……」
マシュは、意気消沈した様子のネロに何かを言おうと口を開いた。
「いや、何でもないぞ! うむ、見事に皇帝の一人を倒したこと、褒めてつかわすぞ!」
それを察知したように、ネロは努めて大きな声でそう宣言する。
気迫にも似たその大声に、マシュは言葉を飲み込んだ。
その肩に藤丸が手を置く。振り返ったマシュは、頷く彼に少し複雑そうな顔で首肯した。
「これでガリアは、名実ともに余の下へ戻った。強大な連合帝国に一矢報いたのだ!」
『先ずは第一歩、というところかな』
「うむ! 余の想いのままに、余の民の願いのままに、神祖と神々に祝福されしローマが今、戻りつつあるのだ」
「おおーうぃ!」
はっはっはと、まるで無理やりそうしているように笑うネロに苦笑している藤丸たちの耳に、誰かの声が響く。
すわ新たな敵かと、声がした方を全員が振り返ると……こちらに向かってタマネギが走ってきていた。
「……はい?」
「え、っと……あれはタマネギの魔物でしょうか?」
「むう、また面妖な敵が!?」
「落ち着いてくれ、あれは怪物の類ではない」
思わず身構える藤丸たちを灰がなだめているうちに、タマネギが近づいてきた。
近くで見ると、それが白に近い色の鎧を纏った人であることがわかる。
特徴的すぎる兜と、ずんぐりとした体形で藤丸たちは見間違えたのだ。無理もあるまい。
「ふぅ、ふぅ、全く驚いたぞ貴公。いきなり飛び出していったかと思えば」
「すまない。だが、貴公は今までどこに?」
「何、少し兵士たちに追い回されたのでな。逃げておったわ、ワッハッハ!」
豪快に笑うタマネギ騎士。灰が兜の下で苦笑いをこぼしていると、「あの」とおずおずとマシュが歩み出る。
「バーサーカーさん、何やら親しげな様子ですが、その方は一体……?」
「ああ、紹介しよう。彼は〝《yellow》カタリナのジークバルト《/yellow》〟。火の時代に存在した国の騎士であり……
「「『えっ、ええええっぇぇえええええ!?』」」
あまりに予想外な紹介で、藤丸とマシュ、ロマンの三人の驚きの声が見事に重なった。
「……」
何度も交互に灰とジークバルトを見比べる二人を眺めながら、ネロはふと先ほどまで相対していたカエサルへ思いを馳せた。
(余は、必ずこの手にローマを取り戻す。それまでは絶対に……立ち止まるわけにはいかんのだ)
この日、ネロ・クラウディウスとその新たな客将たちの活躍によりガリアが奪還された。
まだまだ、戦いは始まったばかりだ。
●◯●
「……カエサルが敗れたか」
ガリアでも、首都ローマでもないどこか。
荘厳なる広間に、ポツリと玉座に座る者の口からこぼれた言葉が響く。
「ああ、そのようだ。聖杯への願いがあるというから使ってやったものを」
それに返したのは、かの者の前にて佇む紳士然とした緑色の礼服の男。
レフ・ライノール。かつてはカルデアに所属していた魔術師であり、全ての始まりを招いた男。
自らを王の従者と呼び、そして今は……この特異点となった古代ローマにおいて、連合の魔術師を務める者。
「まあ、一つ駒が失われただけだ。問題はないだろう。新たなサーヴァントを召喚すれば良い」
レフはカエサルの奮闘を、そのたった一言で切り捨てた。
彼にとってはどのような英雄、傑物であろうとも、等しく同じ価値──道具としての利用価値しかない。
たった一人、かの神々の時代を終わらせ、人理を築き上げた最後の王の残り滓を除いては。
「問題と言うのならば、この愚かなバーサーカーの方がよっぽどそうだ。いや、バーサーカーはそれで当たり前か?」
「う、ウゥウゥウウウウ……!」
ひどく蔑んだ目で、レフはちらりと跪いた男へと目を向けた。
おおよそ人に向ける者ではないそれの先にいるのは……逞しい体を黄金の鎧で包んだ、赤いマントの皇帝。
カリギュラ。かつて灰たちの参戦によって撃退された〝皇帝〟の一人、連合のサーヴァントである。
「こちらの命令に逆らうとはな。笑える話だが、血は水より濃いらしい」
「余の、運命に、我が愛しき妹の子、ネロは、関係なし。美しき子よ。お前は愛され、愛されるのだ……余の、運命には……」
「ふん、令呪がないのが口惜しいよ。だがその代わりに、貴様には
その時浮かべたレフの顔を見たものがいれば、こう言うだろう。
〝邪悪そのものだ〟、と。
「ッ!? こ、れは……!」
レフがかざした手から魔法陣が展開し、その効力が発動される。
それと同じ、悍しい色の魔力がカリギュラの体を包んだかと思えば、彼は急に苦しみ出した。
「己の姪をその手にかけろ。そしてこの時代の全てを破壊し尽くせ──まあ最も、それらを考えるような知性は残ってないと思うがね」
「ぐ、ぉああああぁああッ!!!」
大きく、獣の如き咆哮をあげたカリギュラは、ガクンと頭を落とすとそのまま動かなくなった。
だが、その体からは異様な威圧感を醸し出している。少しでも触れれば爆発しそうな、そんな怪しいものを。
「いやはや、サーヴァントとは不自由なものだな。どのような伝説を持ち、超人的な力を有していようと、使い魔という枷に嵌められている。世界を変革する力を持ちながら縛られているのだ、ここまで皮肉な話もあるまい!」
誰に聞かせるでもなく、レフは哄笑する。
人理の中で現れた無数の英雄たち、その一人が無様に跪いていると思うと、笑いが止まらなかった。
それを言うのならば、
忌々しき灰、火の燃え尽きた後の残り滓に引っ張られて召喚された《薪の王》の一人。
我が手中にある〝巨人の王〟とて、いかに強力であろうとも所詮は手駒に過ぎないのだから。
「なあ、君もそう思わないか?」
「……さて、どうかな」
「おっと、これは失礼。
また、笑いが漏れた。
「お前に運命なるものが存在するのならば、それは私だ。この時代の破壊、皇帝ネロの死、古代ローマ帝国の崩壊による人類史の死──それこそが定められた宿命。そして、我らが王より賜われた、私の責務であるのだからな」
ハハハハハ、という笑い声が、連合の城に木霊した。
読んでいただき、ありがとうございます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。