今回は少し長いです。
楽しんでいただけると嬉しいです。
三人称 SIDE
「ハァッ!」
「ぬぅんっ!」
半壊した砦の前、大勢の兵士がひしめく戦場に一際大きく響く、二つの叫び。
片や戦場に咲く一輪の花のごとき、真紅の皇帝。
片や世界の外より呼び出された過去の英雄、その若き日の影法師。
両者ともに征服者としての生を歩んできたもの、しかして生者と死者という明確に違う二人の王。
本来であれば、サーヴァントと生身の人では能力に決定的な違いがある。
それがかの有名な征服王イスカンダルともなれば、たとえ年若き頃であろうとその力は一級品だ。
「そんなものか、アレキサンダー3世!」
「ははっ! 君は本当にすごいね!」
だが、そんな前提など知らぬと言わんばかりに、真正面からネロは拮抗していた。
その細腕のどこにそんな力があるのかという力で剣を打ち合い、召喚された馬で突撃してくれば一瞬で全ての脚の健を切り裂く。
その剣気は、もはや英霊の域。
左右からネロを仕留めんと押し寄せてくる連合軍を押しとどめる藤丸たちは、それを見て思わず舌を巻いた。
しかし軍勢の勢いは凄まじく、一進一退の攻防を繰り広げるネロらを常に注視する暇もない。
「やはり僕の見立てに間違いはなかった! こうしてここにやって来て正解だったと、改めて心からそう思うよ!」
「訳の分からぬことを! 此の期に及んでまだ対話を望むなどとほざくつもりか!」
「ああ、その通りさ!」
アレキサンダーが右の手に握った剣を振り下ろし、ネロが紅蓮の剣で受け止める。
再び拮抗する中で、ぐんとネロに顔を近づけたアレキサンダーは、剣の間で飛び散る火花の向こうで笑う。
「これほどの力、これほどの戦略! 強大な連合に対して一歩も引かぬ立ち回り! 賞賛に値するよ!」
「ええい、貴様に褒められても嬉しくないわ! 何故そこまで余に固執する!」
ネロが柄を両手で握り、剣を切り払えば、アレキサンダーはひらりと躱して数歩分後ろに着地する。
両者ともに油断なく構えるが、不意にアレキサンダーが構えを解いた。
「決まっているだろう? 君が抗うからさ」
「……なんだと?」
「僕はね、この戦いに意味があるとは思えない」
先程までの白熱した様子から一転、至極落ち着いた声音で語り出す。
一見棒立ちしているように見えるが、隙のない様子に、とりあえずネロは耳を傾けることにする。
「僕は過去の英雄の影法師だ。だが、だからと言って人命を軽んじたりはしない。むしろ尊いもの、守るべきものだと思うよ」
「ならば、この状況をなんとする? 貴様の世迷言を叶えるため、今も兵士たちは傷ついているのだぞ!」
「うん、そうだ。だから速やかに
にこりと、どこまでも邪気なくそう言ってのけるアレキサンダーに、ネロは怒りと同時に恐れをも抱いた。
人命を尊重すべきとのたまっておきながら、同じ口でその時間を使って話し合おうというのだ。
並外れた胆力、そして厚顔さ。ある種英雄に相応しいその傲慢さは、世界全てをローマにせんとするローマ皇帝と似ていた。
「意味があるとは思えない、貴様はそう言ったな?」
「ああ、その通りだ。だって無駄だろう? 戦えば戦うほどに兵は傷つき、資源は減り、命が散る。そのことになんの得がある?」
「……それは」
「だが、君は今もなお抗い続けている。支配から、隷属を受け入れることから反逆し続けている。それは何故だい?」
一見して、アレキサンダーの主張は正しいものだった。
戦とはつまるところ、理由をつけた人命および資源の浪費に他ならない。
理由や大義があるからと相手を傷つけ、奪い、蹂躙し、陵辱する。戦いの本質とはすなわち略奪だ。
ネロは、歴代のローマ皇帝の一人としてよくそれを理解していた。
民に愛される反面、他者の土地を侵略して領土を広げてきたのだ……ブーディカにそうしたように。
「並び立つ皇帝の一人として在れば、無用の争いを行う必要はない。それなのに、どうして君は戦う?」
それは、征服王とまで呼ばれた男からの問いかけ。
同じ支配者として、誰かを踏みにじって来たものとして、剣を取る理由を見定める言葉。
「………………」
しばし、ネロは沈黙した。
周りには怒号と武器を打ち付け合う音が響く中で、ただ二人の周りだけが隔絶されたようで。
アレキサンダーは待った。この少女が、支配者の代名詞とも言える皇帝の名を持つ人物が、どう答えるかを。
藤丸もまた、マシュやバーサーカー、オルタなどに敵を押し返させなが意識の一部をそちらに傾けた。
「……無用、と言ったな」
果たして数分ほど経った頃だろうか。
不意にネロがこぼした小さな呟きに、アレキサンダーは不敵に笑む。
「言ったよ。ならどうする?」
「──許さぬ」
そして、顔を上げたネロは──心の底からの憤怒で彩られた表情を現した。
同時に溢れ出した怒気と覇気に、しかしアレキサンダーが一歩も引くことはなく、真正面から受け止める。
「たとえ、死した血縁であろうとも。名高き名君であろうとも、古代の猛将でも、伝説に名高き大王、神祖その人にさえも譲らぬ!」
高く声を張り上げ、ネロは叫んだ。
「今この時、この瞬間! 皇帝として立つのは、このネロ・クラウディウスただ一人である!」
戦場に轟く声は、アレキサンダーばかりか、他の兵士たちにさえも轟いた。
一瞬、すべての戦士が動きを止める。そうして戦場の真ん中で堂々と立つネロを見た。
「民に愛され、民を愛し、望まれ、そう在るのはただ一人! ただ一つの王聖!」
「……っ!」
「ただ一つだからこそ星は強く輝く! ただ一人だからこそ、民の期待も、敵を屠る罪さえも背負う傲慢が許されるのだ!」
魂の叫び。
現代においても度々よく聞くその言葉。その意味を藤丸は、今この瞬間真の意味で理解したような気がした。
それほどまでに、その小さくも雄々しい背中には、他の誰にも負けない圧倒的な〝覇〟があったのだ。
「たとえローマの神々全てがそう命じようとも、決して受け入れぬ! 決して退かぬ! 我が道を、我が運命を、我が覇道を! それらすべてを貫くこと、それが我が人生なり!」
「誰に否定されようとも、かい?」
「無論! 進み、栄え、そして華々しくあろう! それがこの余、ネロ・クラウディウス──ローマである!!!」
誰もが気圧された。
誰もが圧倒された。
誰もが畏怖した。
そして誰もが──心底見惚れた。
「──見事! その言葉が、僕はどうしても聞きたかった!」
ただ一人、嬉しさを隠しきれんと言わんばかりに応えたかつての王。そのただ一人を除いて。
「君には覇王に、いや皇帝になる資格がある! 栄華繁栄を誘う薔薇として咲く権利が! それこそ、人間だけが持つ業、堕落を示す獣──
「黙れ! もうこれ以上の問答は必要なし! 真正面から貴様を斬り伏せる!」
「やるがいい! 人類史の華、傲慢なる皇帝よ!」
問答を終え、再び剣を構えた二人は凄まじい勢いでぶつかり合った。
その際に発した衝撃で正気に返った兵士達は、再び怒号と雄叫びを上げて戦い始める。
「──マスター。私、驚きました。あれほどの前に進む、傲慢とも言えるほどの強い意思があるだなんて」
「ああ、俺もだよ……だから、突き進もう。最後まで一緒に!」
「はい!」
強く、爛々と目を輝かせる二人。
「ハッ、二人ともいい顔になったじゃない!」
そんな二人に寄ってたかってきた有象無象を、唸る旗でぶちのめしたオルタが笑う。
闘争の中で最も猛る憎悪を燃やした彼女は、自分をかつて打ち負かした彼らの強さに一種の敬意を持ち合わせていた。
すなわち……自分を負かしたのだから下手な相手に負けたら承知しない、という捻くれた思いを。
勿論そんなこと口に出さないし、気取られようものならマスターを黒焦げにするが、それでもあるものはある。
故に──
「マスター、宝具の使用許可を出しなさい!」
「へっ? なんで急に──」
「いいからさっさとするっ!」
「は、はいっ!」
物凄い剣幕のオルタに押され、藤丸は足りない魔力を補って、令呪の一角をオルタに使うことにした。
「いいわよマスター! ──〝これは、我が憎悪によって磨かれた魂の咆哮! 〟」
体に満ち満ちた魔力を使い、オルタは旗を翻すと腰から剣を引き抜く。
本来ならば自滅宝具に使われる聖カトリーヌの剣、しかして反転されたそれは他者を焼き尽くす炎を喚ぶ杖。
瞬時に剣から結界が展開され、ある一定の方向に対して、地面が今にも噴火しそうな〝真紅〟へと変わった。
「〝
宝具の名が告げられた瞬間──地面が、吹き飛んだ。
否、正確にはその下から湧き上がってきた膨大な黒炎によって爆発したように抉り取られた。
その上にいた兵士たちはことごとく焼き焦がされ、宙を舞い、あまつさえ炎の中から飛び出してきた槍に貫かれる。
やがて炎が収まった時、そこには黒こげになった地面が真っ直ぐに続いていた──ネロの方に向かって。
「行きなさい。あとは私とあのエセバーサーカー、古聖女でどうにかするわ」
「ありがとうオルタ!」
「ありがとうございます、ジャンヌオルタさん!」
「ふん、無駄口叩いてないでさっさと行く!」
しっしと追い払うように手を振るオルタに顔を見合わせ、頷き合った二人はネロの元へ駆けた。
連合軍の兵士たちは慌ててその道を塞ごうとするものの──空を切り裂き飛来した大矢に足を止める。
「彼女が言っただろう? 貴公らの相手は我らだ」
一斉に砦を見上げる兵士達に、塔の上に立って大弓を構えた灰がキザな台詞を言い放った。
『ファインプレーだ! いやあ、敵の時は厄介だったが、味方になると彼女は頼もしいね!』
「それよりドクター、ネロ陛下は!?」
『おっと、感心している暇じゃなかったか! どうやらアレキサンダー3世が本気を出したようでね! この魔力出力、彼女一人では荷が重そうだ!』
「急ぎましょう、マスター!」
「ああ!」
急ぎ足も急ぎ足、全力で腕と足を動かした二人は、ものの数分でネロの元へとたどり着いた。
「はぁっ!」
「ぬうぅ……!」
すると、そこではやや劣勢の戦いが繰り広げられている。
先ほどと姿が変わり、真紅のマントを纏ったアレキサンダーが押している。魔力上昇による霊基再臨だろう。
「「陛下!」」
「ぬっ、お前達か! すまぬがこの化物の相手を手伝ってくれるか! 業腹だが、余一人では攻めあぐねる!」
「はい、勿論!」
「ネロ陛下のサポートに入ります!」
「君たちも参戦か! 面白いっ!」
一人増えたというのに、アレキサンダーはなおも笑いながら剣を振るった。
そうしてマシュが参戦してから、彼らの戦いは少しずつ拮抗へと戻っていった。
剛剣を振るうネロと、鉄壁のガードを誇るマシュ。相性の良いこの二人に、さしもの英霊といえど一筋縄ではいかない。
もしロード・エルメロイ二世がいれば妨害をしただろうが、哀れ先ほどのオルタの一撃で瓦礫の下で瀕死だ。
「くうっ!?」
「いけるぞ! このまま攻勢だ!」
「承知した!」
「了解しましたマスター!」
「これ、はっ……! ちょっと、まずいね……!」
とうとうアレキサンダーの方が押されていく形となっていった。
後方の戦いも、数こそ連合軍の方が多いものの、その差をサーヴァント達が覆している。
それでも、こちらにもまだサーヴァントがいる。そう思った瞬間。
ズドォンッ!!!!
激音が轟いた。
「「「「っ!?」」」」
地面を揺らすほどのそれに、戦いも忘れて四人は振り返る。
「■、■■■■■■■■………………」
すると、なんということだろうか。
あれほど猛威を振るっていた黒いサーヴァントの体が大きく切り裂かれているではないか。
それを成したのは、相応の巨大な武器でもなければ、灰の魔術の類でもなく。
──ただただ大きな、〝風の刃〟だった。
藤丸達の前でふっと消えていったそれは、サーヴァントの心臓を易々と両断し──そして、巨躯が光の粒子となった。
『……今のは宝具、か?』
「魔力を感じましたが、いったい誰の……」
「ふ、はははっ!」
疑問を呈するロマンとマシュの言葉を遮り、アレキサンダーが笑う。
急いで3人がそちらに視線を戻すと、これまでにないほどギラついた目でアレキサンダーはこちらを見ていた。
「まさか、彼が倒されるとは! いやはやまったく、君たちは本当にすごいよ!」
「……負け惜しみか?」
「ああ、確かにそうだ。流石に君たちに加えて、彼を倒したサーヴァントまでやってこられたら勝ち目はない」
だから、と一度言葉を切り。
「次で、決着にしよう」
そしてアレキサンダーは、凄絶に笑った。
『魔力反応急上昇! 宝具が来るぞ!』
「マシュ、防御体制! ネロ陛下は──」
「余が斬る! お前達は防ぐことのみ考えよ!」
瞬時に計画を立てた三人は、可視化するほどに高まったアレキサンダーの魔力に用意をした。
三人が持ち場についたその直後、最高潮まで高まった魔力が解放され──先ほどのオルタのように、荒野が展開される。
「さあ、ゆくぞ!」
ほんの半径数メートルほど、しかし心象で世界を塗り替えたアレキサンダーは、馬に乗り叫ぶ。
『三人とも、来るぞ!』
「〝暗雲よ! 雷よ! 父よ! 見るがいい! 〟」
叫び、猛りながら黒馬が走る。
雷鳴を伴い、外套を翻して、若き日の王が剣を掲げ吠える。
これこそは最初の蹂躙。彼が共に駆け抜けた愛馬、その逸話が昇華された宝具。
「〝
「真名、偽装登録──
雷鳴の化身とさえ呼んで差し支えない突貫に、白亜の壁が拮抗する。
騎士王の聖剣も、祈りの聖女の従える竜すらも受け止めたそれは、征服王の一撃すらも防いだのだ。
「はぁあああああああっ!」
「負け、ないっ!!!」
「そのまま抑えておれ、マシュ!」
大盾を構え続けるマシュに命じ、跳躍したネロは彼女の肩を足場に更に飛ぶ。
狙うはブケファラスの背に乗ったアレキサンダーただ一人。下段に剣を構え、鋭い瞳で睨み据える。
「これで終わりだ、アレキサンダー3世ぇえええええええっ!!!」
「おぉおおおおおおおおおおっ!!!」
両者ともに、裂帛の叫び。
ブケファラスの力を維持したままに、アレキサンダーは炎を纏うネロの剣と自分の剣を交差させて──
キンッ、という音と共に光が爆ぜる。
やがて、それが収まった時。
荒野は消え──鮮血に塗れたアレキサンダーと、剣を振り切ったネロがいた。
「……余の、勝利だ」
「……ああ……そして僕の敗北だ」
言葉を交わし、一方が倒れる。
数瞬、沈黙が戦場を支配し──そして、程なくして一方の歓声で満たされた。
『魔力反応減退……アレキサンダー3世を撃破した!』
「やりましたね、マスター!」
「うん、そうだね」
喜びをあらわにするマシュに微笑み、ふと藤丸は倒れたアレキサンダーを見る。
するとどうだ、彼は最後の力を振り絞るように全身を震わせ、立ち上がっているではないか。
目を見張る藤丸達の前で、どうにか立ったアレキサンダーにネロが振り返る。
「……まだ立つか。流石としか言いようがないな」
「はは、まあ、ね……最後に、一つだけ。君の誇り高さは、その美しい花のような絢爛さは強さにもなるだろう。けれど、いつか──」
言い切る前に、アレキサンダーは微笑んだままに光の粒子を立ち上らせる。
これはもう時間がないと察した彼は、その表情を変えずに、そのまま消滅していった。
「……最後まで言わぬか、馬鹿者め」
呆れたように言い、それから藤丸とマシュに歩み寄るネロ。
「礼を言うぞ、二人とも。お前達にはいつも助けられてばかりだ」
「いえ、そんなことはありません。ネロ陛下の善戦の賜物です」
「はい。それがなければ勝利はありませんでした」
「ふっ、謙虚なことよ。ともあれ──勝敗は決した! この戦い、余の勝利である!」
剣を持つ手を振り上げ、高らかに宣言したネロに、兵士たちは同調するよう拳を振り上げた。
その後、ブーディカを拘束していたロード・エルメロイ二世の消滅も確認され、彼女は砦内の牢から救出されたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。