その分幕間が一話減ってしまいますので、ご了承下さい。
楽しんでいただけると嬉しいです。
この、声は……っ!
「レフっ……!」
半ば確信しながら、ネロ陛下のさらに背後を見る。
そこに立って、憎らしげな笑顔で拍手をしていたのは──紛れもない、レフ・ライノールだった。
緊張で体が強張る。自分でも驚くほど怒っているのがわかる。
隣にいるマシュが、大楯の持ち手を強く握る音が不思議と大きく聞こえた。
「いや、いや。その程度の戦力でロムルスを倒しきるとは、冬木の時より多少力を付けたのか? デミ・サーヴァントふぜいがよくやるものだ」
『……やはり君か。おかしいと思ったよ、ロムルスを倒したのに特異点の修復は始まらない。ならば聖杯を所有する連合の魔術師……つまり君を倒さないと、事態は収束しない』
通信機越しのドクターの言葉に、レフはフンと鼻を鳴らした。
「だが、所詮はサーヴァントだ。いくら力をつけようとも──聖杯の力には敵わない」
「「「「っ!」」」」
息を呑む。
レフが胸の前で掲げた手の中──そこに、ジル・ド・レェが持っていたものと同じ黄金の欠片が現れたのだ。
「あれは……聖杯!」
「はい、前回のものと形状は一致しています。感じる魔力の膨大さから見ても、間違いありません」
「あれがお前達の求めていた……むう、凄まじい力だな」
「油断するな。あの男……不気味だぞ」
……聖杯はとても強大な力を持っている。
オルレアンでは、ジル・ド・レェがとんでもない怪物を召喚していた。
同じようなものを出されたらまずい。あの時よりずっとここにある戦力が少ない。
『宮廷魔術師が、王の危急をあえて見過ごすとはね。すっかり裏切りが板についた……というより、それが素なのかな。活き活きとしてるよ、君』
「……聖杯を渡せ、レフ・ライノール」
一歩前に出て、正面から睨みつける。
俺がこんなことをしても意味がないのはわかってる……でも、所長を殺された恨みがあった。
「ほう、いっぱしの口を利くようになったじゃないか少年。聞けばフランスでは大活躍だったとか……まったく、おかげで私は大目玉だ!」
カッと目を見開いたレフが、大きく口を開けて叫んだ。
無意識に、一歩後ずさる。すかさずマシュが隣にやってきた。
見た目は人間のはずなのに、その気迫はまるで……あのジル・ド・レェの怪物のようなそれだ。
「本来ならばとっくに〝神殿〟に帰還しているはずなのに、貴様達のおかげで子供のお使いさえできないのかと追い返された! ああなんと腹立たしい!」
本心から苛立っているように、顔をものすごい形に歪めるレフ。
……まるで八つ当たりだ。子供のように感情を剥き出しにして、俺たちへ怒りを向けてきている。
じっと睨み返していると、レフはフッと息を吐いて表情を元に戻す。それから心底面倒そうな顔をした。
「結果、こんな時代で後始末だ。聖杯を相応しい
『……そうか。その時代を狂わせる人間や英霊に聖杯を預けてしまえば、その力で自然と時代は狂っていく』
「……だが。あの方は、誉れ高き神祖はそれを望んではいなかった」
ネロ陛下が引き継いだ言葉に、神祖ロムルスの最後の言葉を思い出す。
〝ローマは永遠だ。故に
むしろその逆、自分でローマをもう一度導こうと……そしてネロ陛下に負け、後を託していた。
「フランスでは、召喚されたジル・ド・レェがそうでした。ですが神祖ロムルスは違ったからこそ──」
『──君が自らの手で干渉するしかなかったということか。皮肉だなレフ教授、この時代に君のような人類の裏切り者はいなかったわけだ!』
「──ほざけカス共。どいつもこいつも思い通りに動きもしないゴミの寄せ集めが、最初から期待などしていないわ!」
叫び、レフは俺を見る。
「君もだよ藤丸君。凡百のサーヴァントをかき集めたところで、私を阻めるとでも?」
「……俺はもう、あの時とは違う」
無力なままなのは変わらない。でもただ所長が殺されるのを傍観していた時とは違う。
あの時より、少しは魔術を知った。マスターとは何かを知った──英霊達と、絆を結んできた。
「俺は、皆が繋いでくれた絆があなたに負けるとは思っていない!」
「ああ、確かに君は変わった。立派に成長したのだろう。無駄にあがけば無駄に苦しむとも理解できない、その愚かさが実に増長したとも!」
「っ!」
「そしてやはり思い違いをしているようだ。聖杯を回収し、特異点を修復し、人類を──人理を守るぅ? 馬鹿め、すでに貴様らにはどうにもならんわ!」
……あの時も、こいつはそう言った。
所長を嘲笑い、カルデアの人たちを殺して、全ては無意味だと罵った。
その時からこいつは何も──何も、変わってない。
「抵抗は無意味、結末は確定した。貴様らが何をしようと無意味、無為、無能! 実に哀れだ、ハハハハハッ!!!」
「っ、そんなことはない……!」
「レフ・ライノール! ここであなたを倒します!」
「事情はよくわからんが、あやつを倒せばローマは元に戻るのだな?」
「ここまでやってきたのだ、助太刀しよう」
ネロ陛下と、荊軻さんも並ぶ。
そんな俺たちに──やはりというか、レフは醜悪な笑みを浮かべた。
「せっかくだ。哀れに死にゆく貴様たちに、今私が! 我らが王の寵愛を見せてやろう!」
「っ!?」
「聖杯が……!」
輝いている……!?
オルレアンで見たものよりもさらに強く、そしておぞましい光を発する聖杯。
レフの手の中で輝くそれは、全身が寒気立つような威圧感を発した。
「お、おおおぉぉぉオオオオ────!」
その輝きに、レフが包まれて──!
「くっ!」
「フー、フォウッ!」
「下がってくださいマスター、危険です!」
「なんだ、このオーラは……!」
「なんと邪悪な……!」
輝きはどす黒い瘴気に変わって、俺は思わず両手で顔をかばった。
ロムルスの一振りに匹敵する風圧が吹き荒れ、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ……!
《──ハ、ハハハハハ》
やがて、それが収まった時にいたのは。
この世のどんなものよりも大きくて、おぞましくて、恐ろしい──何より醜い怪物だった。
「なんだあの怪物は……! 醜い! この世のどんな怪物よりも醜いぞ、貴様!」
《ハハ、ハハハハ! ソレはソの通リ! この醜さこそが貴様ら人類の証明、これこそが貴様らを滅ぼすのだ!》
声すらも恐ろしい。
大元はレフのものだが、まるで男や女、若い人や年老いた人のものがいくつも重なって聞こえる。
それは互いが互いを汚し、聞くに耐えない気持ちの悪い声を作り出しているのだ。
『この反応、この魔力……サーヴァントでも幻想種でもないぞ! これは──伝説上に存在する、本物の〝悪魔〟の反応か……?』
《改めて自己紹介しよう。私はレフ・ライノール・
魔神、フラウロス……
「おぞましい……やはりおぞましいぞ貴様! これでは悪逆そのものではないか!」
「地に突き立つ、巨大な肉の柱……通常のサーヴァントの比ではない大量の魔力……ドクター、これは!」
『……フラウロス、七十二柱の悪魔……まさか、彼の言う王とはまさか……』
「ドクター!」
「マシュ、油断しないで!」
「っ、はい!」
皆が武器を構える。
俺もほとんど魔力は残っていないが、それでも王座にそそり立つ巨大なイカの足のような怪物を睨んだ。
「──レフ・ライノールッ!!!」
その時──〝彼〟の声が聞こえた。
「っ!?」
思わず後ろを振り返る。
すると、開けっ放しになっていた扉の向こう──俺たちの頭より上を、一つの影が飛ぶ。
目で追うと、その影は俺たちの上を飛び越えて、そのまま怪物になったレフに激突した。
《グオオオォオオオオッ!? き、貴様……!》
「焼きつくされよ! その醜きソウルごと!」
「「バーサーカー(さん)!?」」
怪物の四角い目玉の一つに大斧を突き立てているのは、バーサーカー。
外で《薪の王》と戦っていた彼は、蠢く怪物に雷を発する大斧を更に深く沈み込ませていく。
「マスター、退避しろ! 宝具を使う!」
「っ! マシュ、ネロ陛下、荊軻さん! 今すぐ逃げよう!」
「は、はい!」
「むう、あの怪物を前にして逃げるというのか!?」
「それほど危険な攻撃をするということだ、急げ皇帝!」
冬木で一度だけ見たバーサーカーの宝具が脳裏をよぎる。
あれは死の概念そのもの、解き放たれたら英霊であっても死んでしまう──そんな危険なものだ。
全力で走って、マシュたちと一緒に部屋の外に出ると、四人でとても重い扉を閉め始めた。
「〝──これより開くは禁断の扉、人を貶める呪縛の監獄〟」
その途中で、バーサーカーの詠唱が始まった。
「〝其はかつて一人の小人見出したる、悲しく、恐ろしき人の真実なり。されど真は永遠に変わることなく。ならばこそ我は受け入れよう、その絶望を。謳え、嗤え、狂え。意思あるならば全てを嗤うがいい〟」
少しずつ狭まっていく玉座の間の光景、その中で魔神フラウロスの体よりも黒く輝く光。
天井高く、フラウロスの屹立で崩壊した天井の向こう側に、赤く蠢く黒い空の穴が見えた。
刻一刻と迫るタイムリミットに、俺は全身の力を両手に込めて扉を押す。
「〝その果てに、すべからく絶望すべし。あまねく人よ、我が苦しみを見よ、憎しみを聞け。この残酷を、その身をもって知るがいい〟」
《貴様ぁあああああッ!! 既に終わった時代の残りカスの分際で、王の寵愛たるこの姿に傷をぉおおおお!》
「〝来たれ死よ、我らが人の内に眠る暗黒よ。呪いの輪《ダークリング》の下に、解き放て〟──一度滅びてもらうぞ、レフ・ライノール!」
そして、ついに扉を閉め切ろうかという刹那、その瞬間。
「宝具解放──《
固く閉ざした扉の向こうで、激震が轟いた。
「ぐうううぅ!」
「くうっ!」
「す、凄まじい衝撃だぞ! あの騎士は何をしたのだ!?」
「今はこの扉を抑えろ! さもなければ吹き飛ぶぞ!」
あの時は遠くで見てるだけだったけど、こんなに威力があるなんて!
他の三人に比べればちっぽけな力だが、この壁のような巨大な扉を破壊せんと迫る衝撃を押し返す。
それは城そのものすらも揺らして、天井から今にも蝋燭のシャンデリアが降ってこないかと慄いた。
耐えて、耐え続けて、何秒が経過しただろう。
少しずつ揺れが収まっていく。それに伴って扉を内側から押す力も弱まっていき。
ほどなくして、完全にピタリと振動が収まった。
あまりの落差に、俺たちは思わずバランスが崩れて扉に体を押し付ける。
「「あ……」」
その際。偶然にもマシュと手が重なった。
「す、すみませんマスター」
「う、うん、俺も」
すぐにパッと体ごと引く。いけない、こんな状況なのに何やってるんだ俺。
数秒ほどマシュと見つめあって、「んんっ!」というネロ陛下の咳払いにハッと我に返った。
「な、中はどうなっているのでしょうか?」
「ドクター、そっちの観測ではどうなってますか?」
『ううん、魔神フラウロスの反応は……微弱だね。どうやら彼の宝具は効いたようだ』
「それならば早く開けるぞ! あやつ一人にあの怪物を任せ続けるのは余は心苦しい」
「ああ、そうだな。藤丸、マシュ、開けるぞ」
「はい、荊軻さん」
「バーサーカーを助けないと」
あの宝具はすごい力を持っていたが、その分かなり消耗していたはずだ。
はやる気持ちを抑えながら、扉に手を伸ばした──その時。
バン! と大きな音を立て、扉が内側から開いた。思わず尻餅をついてしまう。
「マスター! まだここにいたのか!」
「バーサーカーさん!?」
「ば、バーサーカー、レフは──」
「
とても慌てた様子でまくし立てるバーサーカー。
ふらふらと体を揺らし、今にも倒れそうな彼の後ろをふと見ると。
「──人は」
そこに、
「私をこう呼ぶ。〝神の鞭〟と──」
そして、視界は極光によって白一緒に塗り潰され──暗転した。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回で本当の本当に終わり。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。