灰よ、燃え尽きた世界に火を灯せ   作:熊0803

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……今回で終わらせるなんて言ってたのはどこの阿呆でしょうね。

すみません、次回こそ終わりにします。

今回は灰がメイン。

楽しんでいただけると嬉しいです。


神の鞭 前編

 

三人称 SIDE

 

時は少しばかり遡る。

 

 

 

《グァアアァアァアアアアァアアアアアアァアアァアア!?》

 

 

 

 灰の宝具の余波を受け、崩れていく玉座の間に絶叫が轟く。

 

 世にもおぞましいその叫びは、口を持たないはずのレフ・ライノール・フラウロスから放たれるもの。

 

 脆弱な心の持ち主であれば、その声だけで発狂してしまうだろうと思えるほど醜悪だ。

 

「ぐ、ぅああああッ!」

 

 だが、灰のソウルは砕けない。

 

 この程度の断末魔、嫌というほど聞いてきた。

 

 触れるだけで身を削られる、覇王の纏う深淵よりはマシだ。灰は全力で宝具を展開し続ける。

 

 

 この宝具は、見ての通り実に大きな弱点がある。

 

 それは発動中、灰が動けないこと。

 

 疑似的に顕現したダークリングを媒介として吐き出される死の概念は、数多の敵を屠った灰にも難しい。

 

 しかし、それでいい。

 

 何故なら、死そのものに抗えるような存在は……それこそ、根源たる灰以外にいないのだから。

 

《ば、かな! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なァ!》

「まだ言葉を使うか、魔神ッ!」

《貴様如きの宝具に、何故私の王の寵愛がァアアアア!!?》

「その傲慢が貴様の敗因だ……!」

 

 黒く滑る皮膚を、水晶の如き鮮血色の瞳を、その姿を形作る聖杯との繋がりを死が蝕む。

 

 百では足りぬ。千でも足りぬ。

 

 まさしく万死。それを超える夥しい数の〝終末〟が、人理崩壊の黒幕の尖兵を喰らい尽くした。

 

「ぐぅ……!」

 

 やがて、ダークリングが消えていく。

 

 共に死の瘴気が薄れ出し、灰は渾身の力で大斧を瞳から引き抜くと飛び退いた。

 

 着地した瞬間、ガクリと片膝をつく。この宝具は灰の魔力を消滅一歩手前まで搾り取る。

 

 

《オ、オォオオオオオオオ……………》

 

 

 その代償として、目の前でフラウロスが崩壊していった。

 

 元より黒い体に亀裂が走り、そこから血でも魔力でもない物が流出していくと、その形を崩していく。

 

 この広間そのものを覆い尽くさんと言わんばかりの巨柱が消えた時……そこにいたのはレフ。

 

「くっ、これほどの力とは……!」

 

 苦悶に表情を歪めたレフは、灰と同じように膝を屈する。

 

「見誤ったな。《薪の王》とて、我が刃は止められぬ」

 

 フラウロスの崩壊する間にエストで回復をしていた灰は、その大斧の切っ先をレフに向けた。

 

 今にもその岩から削り出したような凶刃が首を飛ばしそうであるが、一つ彼には気になることがある。

 

「貴様、サリヴァーンはどうした。奴を護衛にしていなかったか」

「ククク……奴は別の特異点に置いてきたさ。()()()()()()()()()()()()()()の元へな」

「……そうか。ではあと一つだけ聞くとしよう」

 

 大斧の柄を両手で握り、いつでもレフを粉砕できる構えを取った灰は語りかける。

 

「ーー()()()()()()()()()()()()()()?」

「ーーク、ククク。ハハハハハ!」

 

レフは、嗤った。

 

 この圧倒的に不利な状況において、可笑しくて仕方がないとでもいうように灰を嘲笑うのだ。

 

 狂気に満ちた歓喜で眩んだ瞳は、もはや彼が元は人理守護の側にいたとは誰も思うまい。

 

「ああ、それこそ相応しい場所に捨てたとも! 貴様が後生大事に抱えていた逸話(もの)を奪ってやったのは、実に気持ちが良かったぞぉ! ハーハッハッハッ!」

「……そうか」

 

灰はようやく得心がいった。

 

 

 砕けた巨人殺し。

 

 

残るのは記憶のみで、実態が奪われた自らの力。

 

 

そしてーー戒めの呪い。

 

 

 全てに納得がいく。

 

 その上で……このレフ・ライノールという男に、深い〝憎悪〟を抱いた。

 

「これまでありとあらゆるものを失ってきたがーーレフ・ライノール。我が逆鱗に触れたな」

 

そればかりは許せない。

 

 灰にとって、()()()()を失うことそれだけはどのような屈辱よりも耐えがたいのだ。

 

 これ以上何も聞く気はない。

 

 灰はレフの首を……否、そのソウルごと両断しようと、大斧を振り上げーー

 

「ーー馬鹿め、私に時間を与えたな?」

「ッ!」

 

 その瞬間、《薪の王》と相対した時に匹敵する悪寒を感じ飛び退く。

 

 レフはゆっくりと立ち上がりーー再び輝きを放つ聖杯たる欠片を見せつけるようにした。

 

「この古代ローマを触媒として、私はこれまでにない大英雄の召喚を成功させている。喜べ火の無い灰、貴様らの健闘はこれにて無意味となる!」

 

 聖杯が掲げられ、その光で通常のものよりも大きな召喚陣が描かれる。

 

 そこから感じる恐ろしい存在感に、灰は即座にハベルの大盾を取り出した。

 

「さあ、人理(せかい)の底を抜いてやろう! 七つの定礎、その一つを完全に破壊してやる!」

 

 口が裂けるのではないかというほどに嗤ったレフは、聖杯から溢れ出る魔力を召喚陣に注ぎ込み。

 

 

 

「さあ、来たれ! 破壊の大英雄〝アルテラ〟よ!!!!!」

 

 

  

 召喚陣が、起動した。

 

「くっ!」

 

 眩い光が広間を照らす。

 

 兜の中で自らの判断に歯噛みした灰は、レフの醜悪な異形のソウルを頼りに突撃した。

 

 一歩進むごとに魔術や呪術で強化され、まるで弾丸のような速度に達した灰はレフを破壊ーーできなかった。

 

 

 

ゴウッ!!!

 

 

 

〝光〟だ。

 

 熱でもなく、力でもない、純粋にて圧倒的な〝光〟が灰の特攻を押し返したのだ。

 

「ぐぁあっ!?」

 

 大きく後退させられた灰は、パシッ!と亀裂の入ったハベルの大盾を緩衝材にする。

 

 灰の強靭な肉体は古竜の鱗から作られた大盾に受け止められ、すぐに体制を立て直した。

 

「何が……!?」

 

 兜のスリットから、召喚陣から現れたモノを見る。

 

「……………」

 

 そこにいたのは、〝大火〟だった。

 

 

(この、全てを破壊し尽くさんとするソウルはーー)

 

 

 彫刻のような美を持つ褐色の体。煌く銀髪。手荷物は、先刻光を放ったのだろう四色の光剣。

 

 灰の目には、その肉体全てを焼き尽くさんとする、理不尽なまでの〝破壊の魂〟とも呼ぶべき概念が見えた。

 

「さあ、大英雄アルテラよ。殺せ、破壊しろ、焼却しろ。その力で以て、ローマごとこの特異点を焼き尽くせ!」

「……………」

「ははははははは! 終わったぞ火の無い灰!カルデア! 人理継続など、夢のまたゆ」

 

 

 

ザンッ。

 

 

 

「黙れ」

「…………………………は?」

「っ!」

 

 レフは、左右に分かれた。

 

 呆けた顔のまま、まるで意味が理解できないという表情で、真っ二つになって床に倒れた。

 

 それを成したのは灰ではなくーーレフが召喚したはずの英霊アルテラ。

 

「…………」

 

 あっさりと召喚者を斬って捨てたアルテラは、無表情で転がる聖杯に手を伸ばす。

 

 すると、ひとりでに浮き上がった欠片はアルテラの手の中に吸い込まれて一体化した。

 

「貴公、なんのつもりだ……?」

 

 灰は、先のカウンターで痛む体を奮い立たせて問いかける。

 

 

 これほど破壊に満ちたソウルの持ち主が、よもや正義からレフを断罪したとは考えられない。

 

 唯一、敵を見定める自らのその目だけは信じてきた灰は、警戒しながらアルテラを見た。

 

 それに反応したかのように振り返ったアルテラはーーどこまでも無表情。

 

 

「ーー私は、フンヌの戦士である」

 

 

声は冷たく、重く。

 

「そして、この西方世界を滅ぼす、破壊の大王である」

 

 ゆっくりと振り上げられた光剣にーー先ほどとは比較にならない魔力と光が集い出した。

 

 

 

(あれは……まずい!)

 

 

 あまりに強大なそれに、外にいるだろうマスター達のもとへ灰は走り……

 

 

 

 

 

 

「人は、私をこう呼ぶーー〝神の鞭〟と」

 

 

 

 

 

 

 その直後、宝具()が解き放たれた。

 

 

 

直後、王宮が崩れ落ちていく。

 

 

 

 魔力によって再現されたローマ首都の王宮、その荘厳な外壁も、雄々しき扉も、煌びやかな装飾も、全て。

 

 

 

 連合帝国の中枢にして、その威光そのものだったロムルス無き今、もはや存在する意味はないと言わんばかりに。

 

 

 

否、それだけではない。

 

 王宮を内側から破壊した光は、首都全体はおろか、ほとんど勝敗が決していた戦場にすら及んだ。

 

 溢れ出た力を持つ極光は、都を、大地を、空気を、兵士達を蹂躙し、サーヴァントにすら襲いかかった。

 

 全て、全て飲み込んでいく。まるでそうすることが宿命のように、何もかもを粉砕するのだ。

 

 

 

 

「ーー私は、フンヌの戦士である。破壊の大王である」

 

 

 

 

 そうして破壊の限りを尽くした時。

 

 唯一、連合首都だったものの上に立ったアルテラは、とある方向を見た。

 

 

 

 その目が見据えるものは、連合首都が瓦解した今最もこの特異点で栄えた地ーーローマ。

 

「私は全てを破壊する。破壊の大王である」

 

 まるで壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返し、ゆっくりとアルテラは歩き出した。

 

 その歩みは決して速くはないが、しかし何人たりとも止められる力強さを持つもので。

 

 誰にも止められることなく、自ら止まることもなく。

 

 アルテラは、己に定められた破壊の宿命に従い歩いていった。

 

 

 

 

 

……そうして彼女が去って、少しして。

 

 不意に、カタリと元は王宮だった瓦礫の一角から音がする。

 

 静寂に満ちた空間の中でそれは嫌に大きく響き……二度目の音は、それより更に響いた。

 

 

「んの……重いのよっ!」

 

 

 そして、三度目は盛大に爆発した。黒炎と一緒に。

 

 何百キロもある瓦礫は、映画に使われる発泡スチロールのダミーのように吹っ飛び、同じ瓦礫に着地した瞬間砕けた。

 

 それを行った人物は、瓦礫のあった場所から立ち上がり、身に付けたマントの土埃を払うと悪態をつく。

 

「ったく、いきなりふざけんなっての……ほら、あんた達もさっさと出てきなさいよ」

「ぷはっ!」

「んはぁっ!」

 

 その人物ーージャンヌオルタに続いて、水中から息継ぎの為に浮いてきた時のような声で二人の少年少女が顔を出す。

 

 藤丸とマシュ。全身砂と傷に塗れた彼らは互いの顔を見て、生き延びたことにホッと息を吐いた。

 

「ど、どうにか生還できました……」

「オルタがいなかったら危なかったな……」

「せいぜい私に感謝しなさい」

 

 胸を張って不敵に笑うオルタ。

 

 あの光に飲み込まれる直前、壁をぶち抜いてやって来た彼女の宝具で相殺しなければ藤丸達は死んでいた。

 

 なので素直に感謝していると、三人のすぐ側の瓦礫がモゾモゾ、と言うには可愛すぎる音を立てる。

 

「よいしょ……っと!」

「ぬう! 本気で死ぬかと思ったぞ!」

「ブーディカさん! ネロ陛下!」

 

 顔を出したのは、ブーディカとネロ。

 

 女の身でもサーヴァントなので、ブーディカが小盾(バックラー)を着けた左腕一本で瓦礫をどかす。

 

 若干よろけながらも立ち上がったネロに、藤丸とマシュもどうにか立つと走り寄った。

 

「お二人とも、無事だったのですね。良かったです」

「ブーディカさんも、オルタと一緒に助けに来てくれてありがとうございました」

「いやいや。正門まで攻略しに来たら、ネロ公がなーんかピンチな予感がしてね」

「うむ! とてもスリリングな体験であった!」

 

 腕組みをしたネロは、力強い声音とは裏腹に随分と疲れた雰囲気をしていた。

 

 

 

 無理もあるまい。神祖ロムルスという、心理的にも物理的にも超のつく相手と本気で戦いを経て。

 

 その後に正体不明の魔神を名乗る怪物が現れたかと思えば、王宮ごと崩落した。

 

 これで驚かない人物がいたならば、きっとその人間は精神的にどこか超越しているのだろう。

 

 ネロを労おうとしていると、更に近くの瓦礫が動いた。

 

そこから一人の騎士が姿を現す。

 

「っと……無事だったかマスター。それにマシュ殿達も」

「バーサーカー! 無事で良かった」

「ご無事で何よりです」

「いや、私がもう少し踏ん張れれば良かったのだがな」

 

 悔しげに言いながら、灰は戦場の方を見る。それから少しの間立ったまま沈黙した。

 

「……ソウルを介して語りかけたが、どうやら火防女やユリア達は無事のようだ。しかし、スパルタクスと呂布があの光の直撃を受けたらしい」

「私も宝具を使わなければ危なかったからねー。おかげでネロ公を死なせずに済んだけど」

「感謝するぞブーディカ。それにしても……また、とてつも無い敵が出て来たものだな」

「……はい」

「……あんなサーヴァントがいるなんて」

 

 

 

 そう言って瓦礫の山を見渡すネロに、藤丸達も表情を暗くするのだったーー。




読んでいただき、ありがとうございます。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。

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