友人に相談し、どうにかこうにか完成させたのですが…一万文字超えかぁ。
ともかくセプテム最後の話。
楽しんでいただけると嬉しいです。
三人称 SIDE
「っと、なんだ。暗い顔をしているな」
「あ、荊軻さん」
藤丸達が沈んでいると、その近くの瓦礫に姿を見せなかった荊軻が着地した。
「あの英霊の様子を見てきたが、ゆっくりとローマ首都に向かって歩いている。あの速度なら今から追いかけても間に合うだろう」
「で、あるか……」
「でも、あれに勝てるの? 聖杯も持ってるんでしょ?」
現実的な戦力差を問いかけるブーディカに、藤丸とマシュは難しい顔をした。
真っ先に笑い飛ばしそうなオルタも、彼女自身聖杯の力がどれだけのものか知っているために無言でいる。
その空気を終わらせたのは、ドクターロマンの通信越しによる冷静な分析だった。
『戦力差は大きいが、どちらにせよ彼女の宝具で首都が消し飛んだらローマ帝国は消滅するだろうね』
「あれほどの破壊の化身だ、その後に貴公を殺して完全に滅するだろう」
「それは願い下げであるな。余は余の民も、ローマも、余自身もくれてやるつもりはない」
「じゃあ戦うしかない、か……」
「ですが、果たして勝てるでしょうか……」
冬木にて戦った、聖杯の加護を受けたセイバーオルタに匹敵する魔力量。
それを宝具を受けかけて実感したマシュは、体の震えを抑えるように左腕を右手で抱いた。
「倒せぬか、マシュ?」
「え?」
「余は、お前達の力があの者に劣っているとは思わん」
「ネロ陛下……」
「お前達は余を何度も助けてみせたではないか。名君カエサル、我が伯父カリギュラ。いずれも強敵だったが、お前達は見事倒した」
自信も十全に、胸を張ってネロは語る。
戦おうとしている当人である藤丸とマシュは、相変わらずのその揺るぎない姿勢に自然と聞き入った。
「断言しよう。神のことについてあれこれと言ったが、間違いなく余に運命と神々は味方している。だからこそお前達が来た」
ネロの言葉に、これまでの戦いが脳裏をよぎる。
オルレアンとは違った戦い。ネロ率いる軍と共に、様々なサーヴァントを打倒してきた。
「ローマは救われる。余の民は、ローマは必ず残る。神祖は言った、ローマは永遠だ、故に世界もまた永遠でなくてはならぬと。ならば、ローマは永遠に続くのだ」
「永遠に……」
「たとえその名が忘れられ、変わり、皇帝が、国が変わろうとも、永遠の帝国は在り続ける。それが人の繁栄の理、人間という
ネロの瞳は、遠くを見つめていた。
目の前の藤丸達に語りかけているようで、その目線はずっと先──遥か未来、ローマの名が歴史に刻まれた未来を。
目線だけではない。彼女を形作る者全てが輝きを放っているかのような錯覚さえ覚えてしまう。
あまりに圧倒的。
皇帝の覇気ではない。ネロという一人の女性のそれでもない──それはまるで、英霊の如き気迫。
(……混ざっている。この特殊な時代の中で、人間のものと英霊に昇華したソウル、その一片が)
藤丸達も、ブーディカ達英霊も圧倒される中で……灰だけが、彼女の魂の光を見つめた。
「……ネロ公、何言ってるのかよくわかんない」
しばらくして、正気に戻ったブーディカが静止しているネロに言う。
「む、そうか。正直余にもよくわからん」
「……でも、決意はできました」
静かに、マシュが告げた。
「私達が守るべきもの、守らなければいけない理。たとえそれ自体が消えても受け継げれていく人の証……」
「……そうだね。たくさんの人が、英雄が積み重ねたもの。俺達が絶対に取り戻さなきゃいけない……諦めちゃいけないもの」
胸に手を置き、囁くように言うマシュに、同じように藤丸も、そこに染み入ったネロの言葉から答えを導いていく。
あの日、大切だった普通のものを奪われ、その平穏を取り戻すために負けられない戦いに身を投じた。
あの日、炎の中で手を取られ、聖剣の輝きに呑まれそうになった中でも諦めない男に、共に進むと決めた。
今ここではない。
あの瞬間から、二人の……今を生きる人間の戦いが始まったのだ。
「たとえ、どんなに相手が強大でも、理不尽でも。それでもあがいて、必ず勝って取り戻す」
「そういうことですよね、ネロ陛下」
「うむ! それでこそお前達だ!」
次に目を開けた時、二人の目から恐れは消えていた。
腰に手を当て、満面の笑顔で頷くネロに、他のサーヴァント達も自然と表情を笑みへと変えていく。
この力無き少年と、英霊のようにあることを望む少女を前にして、英霊の自分達が沈んではいられない。
「ハッ! あんたらはそれくらい正直な方が、こっちも楽なのよ」
「あたしも付き合うよ。何かが蹂躙されるのを何もできずに見てるのはもうこりごりだからね」
「抽象的な話だったが……ネロ皇帝の強運なら信じてみてもいいかもしれん」
少しずつ、戦意が高揚していく。
全員の顔に闘志が宿り、いよいよネロが号令をかけようとした──その時。
『ローマ首都の方角から大量の魔力反応! これは……もしかして聖杯から漏れ出した魔力で召喚された魔獣か!?』
ロマ二の警告に緊張が走る。
自分達がやってきた方向を見ると、サーヴァント達は猛然とこちらに向かってくる魔獣の群れを確認する。
人間の藤丸には見えなかったが、ただならぬ雰囲気にそれが本当であることを実感した。
「おそらく、ネロ皇帝を殺すことでこの時代を完全に破壊するという意思があれらを突き動かしているのだろうな」
『聖杯が一体化している影響か……とにかく、迎撃しないとまずいぞ。まだこちらの軍は立て直しできていない、このままだと巻き込まれることになる』
「それならあたしが残るよ」
「ふむ。では私もやろう。怪物は専門外だが、人型以外の相手もたまにはいい」
ブーディカと荊軻が歩き出す。途端にネロは慌てた。
「ま、待てブーディカ、荊軻。お前達も共に行くのだぞ!?」
「じゃああれを誰が相手すんのさ。あんたらはアレを追いかけな。怪物退治はこっちでしてあげるから」
「だが──」
オオオォオ……
いずれかの怪物の咆哮が響く。
それは如実に、未だアルテラの宝具から回復していない兵士たちのタイムリミットを示していた。
ネロはこちらを振り向かないブーディカの背中をもう一度見て、「くっ」と悔しげに唸った。
「……すまぬ、我が好敵手。ブリタニアの女王よ」
「……早く行きな、馬鹿皇帝。あんたの世界を守ってきなよ」
それきり、止めていた歩みを進めるブーディカ。
もう戻らないことを察したネロは、表情を引き締めて藤丸たちに振り向く。
「さあ、いくぞお前たち!」
「ああ!」
「はい!」
「了解した」
「さあ、ぶちのめしに行きましょうか!」
最後の戦いが、始まろうとしていた。
●◯●
藤丸達は、このような状況を先んじて予想していたユリアの用意した馬を使いアルテラを追いかけた。
火防女を加え、ブーディカ、荊軻が迎撃している魔獣の大群を迂回しローマへの道を引き返す。
当然、道中にも魔獣は現れたが……藤丸達の勢いは止まらなかった。
野を越え、川を渡り、荒野を駆け……そして、夕暮れが地上を照らす頃。
「っ、見えました!」
「魔獣はいないようだな……仕掛けるぞ」
「ハンッ、あんたに言われなくても!」
霊体化していたオルタが実体となり、こちらに背を向けて歩いているアルテラに黒炎を纏った槍を射出する。
「………………」
数多くの兵士を屠ったそれを、アルテラは振り向くこともなく光剣で弾いた。
そのままピタリと歩みを止める。これ幸いと馬の腹を蹴り、藤丸達は最後の加速を行った。
数メートル前で手綱を引き、馬を止める。
長い間走り続け、いささか疲れの見える嘶きをあげる馬から降りて、藤丸達はアルテラを見た。
「やっぱり、すごい威圧感だ……」
「聖杯の魔力反応、健在……彼女を討伐すれば、まだ回収できます」
「油断するな。アレは並大抵の英霊ではない」
竜断の斧と紋章の盾を構える灰に並び、マシュとオルタが戦闘態勢に移行する。
「そこな戦士よ! それ以上は進ませぬ!」
「……行く手を阻むか、私の」
ゆらりと振り返るアルテラ。
その真紅の瞳に映るのは、やはり絶対的な破壊の意志。藤丸は生唾を飲み込む。
「……君を進ませるわけにはいかない。ここで止める」
「そう、阻んでみせるぞ。その先には絶対に行かせる訳にはゆかぬのでな」
国を、民を守るため、ネロは宣言する。
じっとそれを静かに聞いていたアルテラは、光剣の切っ先を彼女へと向けた。
「──私は、フンヌの戦士である。そして大王である。この西方世界を滅ぼす破壊の大王……全てを、破壊する」
「……わからぬ。何故世界を滅ぼそうとする? この世界は美しいもので溢れているというのに。花も、歌も、おうごんも、愛も良い。それなのに全て破壊するとは、勿体無いとは思わぬか?」
「……私は、破壊する」
蕩々と語るネロに、しかしアルテラは答えない。
否、言葉を変えないと言うべきか。
それが己の在り方であると定められたように、同じ言葉ばかり繰り返す。
「まるで、破壊の概念そのもののような……」
「……どうも貴様は放っておけぬな。その在り方に大いなる矛盾と苦しみを抱いているように見える」
まるで人形か、あるいは機械のようであるその様子に、藤丸達は流石に眉を潜めた。
その違和感を飲み込んで、ネロはさらに一歩前へと前進した。
「力では貴様に敵わぬだろう。だが、その在り方故に。余の愛が貴様に勝つ。そう覚えておけ」
「──愛など、私は知らない。美しさなど、わからない」
『どうやら自動的な応答ばかりではないようだが……もしかして、聖杯の力によって一種の暴走状態にあるのか?』
「なおのこと、もう一度あれを撃たせるわけにはいかんな」
この中で誰よりも間近にあの宝具を受けた灰は、その威力を文字通り身をもって知っている。
既にエストは尽きている。それでも足りず、〝女神の祝福〟すら使ってようやく全快した。
故に……
「少し、本気を出そう」
灰が、ソウルからあるものを取り出す。
それは一見して、赤くひび割れた長細い石のようであった。
灰の手の平に収まってしまうような、小さな石ころ。
しかしてそれは灰の持つ切り札の一つ、かつて〝火〟に触れた英雄が今際の際に残した力の残滓。
すなわち──残り火。
「フンッ!」
灰が手の中で残り火を砕く。
その瞬間、中に内包されていた力の残滓が灰の肉体、そしてソウルまで駆け巡った。
灰の体が、炎に包まれる。英霊という枠に収められた肉体は、かつてのようにその力を受け入れた。
『バーサーカー君の魔力が急上昇! これは……霊基の格そのものが向上している!?』
『へえ、自主的な魔力リソースの吸収か〜。さっすが、火の時代の英霊だ』
カルデアにて藤丸達を観測していたロマ二は、急激に上昇した灰の魔力に驚愕する。
「さあ、破壊の化身アルテラよ。決着をつけよう」
「破壊する──全てを」
アルテラの光剣が、輝きを放ち始めた。
そのままに悠然とこちらに歩んでくるアルテラに、ネロや英霊達が走り出す。
「みんな、最後の戦いだ! 頼む!」
「私が支えます、バーサーカーさんとオルタさん、陛下は攻撃を!」
「うむ!」
「了解した」
「言われるまでもないわ!」
「ふっ!」
マシュが誰よりも早く駆け、光剣から飛び出た光線状のエネルギーを防ぐ。
一拍おいて、その背後から灰とオルタの息のあった連携攻撃が繰り出された。
まずオルタが先ほども放った槍をいくつも放ち、それによってアルテラの視界を塞ぐ。
アルテラは光剣から七色の光を放ってそれを打ち消すが、重ねて斧と戦旗が振り下ろされた。
普段の相性の悪さなど感じさせない動きで与えられた一撃に、アルテラは光剣を一振りした。
宝具とまではいかないものの極光が横薙ぎに放たれ、二人は空中で身を捻る。
その回転を加え、光剣を振り切ったアルテラに改めて刃が殺到。
「──ハッ!」
だが、そこで予想外のことが起こった。
なんと光剣の四色の刀身が、ぐにゃりと粘土のように変形したのだ。
それは自動的に二人の攻撃を受け止め、それどころか曲がりくねる切先が正確に心臓を狙う。
「〝フォース〟!」
灰が一瞬でソウルの術を用いて、その体から放たれた力の波動が切っ先を跳ね返す。
「ふっ!」
その隙をついて、後ろに回り込んだネロが袈裟斬りを繰り出した。
それは聖杯によって強化されたアルテラを傷つけるまでは至らなかったが、
「む……」
声を漏らしたアルテラは、その場で駒のように回転すると変形する光剣で三人を打ち払った。
どうにか各々の武器で防御した三人は、ある程度アルテラから離れると鋭い目で観察する。
アルテラは、体内に格納した聖杯を使ったのか、背中の傷を治すと、ゆらりと光剣を下ろした。
「形を変える武器……いや、アレは光そのものか。隙が少ないな」
「どうすんのよエセバーサーカー。あんた、あのデカブツを倒した剣みたいなのあるんじゃないの?」
「……生憎と、心当たりはあるがね」
苦々しげに、面頬の奥で灰は答えた。
確かに、灰はあの光剣に拮抗するだけの武器を持っている。
かの大国ロスリックの双王子、そのソウルが一つになった聖剣。
光と炎。その力を携えた、数多ある灰の武具でも比類なきあの剣ならば拮抗もできよう。
だが、単に特殊な力を持つだけのストームルーラーであれなのだ。
二つの異形のソウルをより集めたあの剣など、呪いがかけられた今の灰には使えない。
「あんたのあのトンデモ宝具は?」
「彼女ほどの霊格になると、触れた瞬間にというわけにもいかんだろう。その間に聖杯の魔力で回復されれば意味がない」
「何よ使えないわね」
「ああ、私も困っている」
「私が言うのもアレだけど、もっと使い勝手のいい宝具にしなさいよ」
「抑止力に言ってくれ」
何しろこの男、死んでも蘇ることができる利点を生かして経験を積み、相手を殺してきた。
殴って殺す、しかし死んだ。ならば次はもっと強く殴って殺す。それでも足りないなら……の繰り返し。
つまり根本的に究極の脳筋である。ジャンヌもその類なので、うまく案が浮かばない。
「あの、一つ提案なのですが」
そこへ、警戒体制のままマシュとネロがやってきた。
「あらマシュ、なんかいいアイデアがあるの? 少なくともこいつよりはマシでしょうけど」
「聖杯によって迂闊に攻撃ができないのなら、その聖杯を奪取してはどうでしょう?」
●◯●
マシュの突拍子もない発案に、二人はキョトンとした。
パスを通じて彼女の言葉を聞いていた藤丸も、一瞬意味がわからず困惑する。
「……どういうことだ、マシュ殿」
「彼女は聖杯によって強大な魔力を保有しています。先ほどのネロ陛下の攻撃で、その力で自己治癒もできることがわかりました」
自分から仕掛ける気はあまりないのか、ジッとこちらを見ているアルテラを警戒しつつ二人は耳を傾ける。
「ならば、その魔力リソースを奪い取ってしまえば彼女に攻撃が通じるのではないでしょうか」
「元から断つ、ということだな」
「で、可能性はあるわけ?」
「それは……」
「……あるにはある」
小さく、慎重に確かめるように灰が呟く。
今度は三人が彼を見ると、灰は火の粉が舞う自分の胸鎧に手を置いた。
「今この体は、残り火の力で力を増している。そして今の私の目には、はっきりと彼女の中にある聖杯が見えている」
「それは誠か!」
「なんて凄いスキルでしょう……」
「で、どこよそれ」
驚くマシュやネロとは裏腹に、ごく冷静にオルタはアルテラの方を睨んだ。
「心臓部だ。我らの肉体はエーテルではあるが、そこから全身に力を送るのが最も効率的なのだろう」
「ふぅん……」
灰の説明を受け、少しの間黙り込む。
「じゃ、あたしがあいつの胸ぶち抜いてあげるから。あんたらの誰かが聖杯を奪いなさい」
「ええっ!?」
「なんと!?」
「……ほう」
それから、オルタは何気なくそう告げた。
その意味を深く考えるまでもなく、最も危険な役割であることは藤丸ですら明白にわかる。
慌ててパスで彼女に言おうとした藤丸だったが、その直前にギロリと睨みつけられて口をつぐむ。
強制的にマスターを黙らせた彼女は、そのまま腰の剣を抜くとアルテラへ向けた。
「あんたの宝具より私の方が使い勝手がいいわ。それでくり抜いてやるから、あんたは宝具の準備をしなさい。美味しいとこはあげるわ」
それにね、と彼女は一言置いて。
「この特異点に召喚されてから魔獣だの雑魚兵だの、弱い相手ばっかで体が鈍ってんのよ」
かつてオルレアンで藤丸たちの前に立ちはだかったときのように、獰猛に、冷酷に笑った。
「……ならば、余がその聖杯とやらを取ることにしよう」
「ネロ陛下がですか!?」
「案ずるな、マシュ。ローマを守るためだ」
普段通りの気迫で言い放ち、ネロがオルタの隣に立って剣を構える。
彼女はチラリと英霊でもない、人間であるネロを一瞥し……フン、と鼻で笑うとアルテラを見た。
(何故……英霊ですらないのに、ネロ陛下は)
一瞬だけ、マシュは困惑した。
それは、藤丸に対して抱いた疑念と同じもの。
確かに、ネロ・クラウディウスの力は人間のそれを越えている。だがあくまでこの時代の人間だ。
それなのに、臆さず、怯えず、前を向いている。守るために。破壊させないために。
その強い意思は──かつて、自分の盾を支えてくれた男に似ていた。
「マシュ!」
「っ!」
名前を呼ばれる。
振り返れば、あの時と同じ顔で彼は頷いていて。
「……私がバーサーカーさんを守ります! お二人は全力で聖杯の奪取を!」
次の瞬間叫ぶマシュには、もう迷いはなかった。
「オルタ、陛下! 全力で頼む!」
「ハッ! 上等じゃない!」
「目にもの見せてやろうぞ!」
「──すべて、破壊する」
気勢も十分に走り出した二人に、アルテラもゆっくりと光剣を掲げた。
そして、決死の戦いが始まった。
アルテラは強かった。
変幻自在の光剣に聖杯からもたらされる無尽蔵の魔力、本人の戦闘能力そのものさえ。
英霊アルテラは、その概念に西ローマ帝国の滅亡の要因を持つ。
いわばローマという国に対する特攻概念。それによって一種の知名度補正を受けているのだ。
さりとて、藤丸達カルデア陣営も決して劣っていたわけではない。
オルタはこれまでの鬱憤を晴らすように、堅牢なアルテラを相手に怒涛の攻勢を繰り広げた。
敗北は許されない以上、最後の戦いに遠慮する必要はない。存分に魔力を使い、好き放題に暴れた。
当然マスターである藤丸にも負担がかかるわけだが、彼は一言も苦悶を漏らさず、火防女のフォローの下指示を出し続ける。
それでも絶大なバックアップを受けたアルテラと互角とはいかず。
その差を埋めたのは、ネロだった。
人の身でありながら突出した力を持った彼女は、誇りと己の民、己の帝国への愛を胸に奮闘し。
その気迫はまさしく覇王の如く。
いかにアルテラが強大であろうとも、全霊以上の力を発揮した彼女と、消滅覚悟で暴れるオルタに、徐々に押され始め。
「せぁああああああっ!」
「む、ぐぅ……!」
ネロの斬撃の圧に押され、アルテラは後退する。
塵も積もれば山となる。その体には、二人の攻撃によって少しずつできた傷が無数についていた。
アルテラは、一度後退して聖杯を使い、その傷を治そうとした。
「マスター、搾り取るわよッ!」
「──やれ、ジャンヌ・ダルク・オルタ!」
残り少ない魔力を、藤丸はオルタに向けてパスで明け渡す。
それを受けたオルタは、初めて逃げの姿勢を見せたアルテラに狙いを定め。
そして、詠唱を開始した。
「〝これは、我が憎悪によって磨かれた魂の咆哮! 〟」
「っ……!」
「ガンドッ!」
宝具の発動を察知したアルテラが光剣を向ける。
しかし、文字通り雀の涙ほどの魔力をありったけ絞り出して放たれた藤丸のガンドがそれを弾いた。
蓄積したダメージによって少なからず疲弊していたアルテラは、たったそれだけで光剣をそらされる。
「さあ、食らいなさい!」
その間に、オルタは宝具の展開を済ませていた。
瞬く間に地面がひび割れ、マグマのように煮えたぎる。
それは不規則な軌道で地面を這い回り──アルテラの足元全体にぱっくりと口を開けた。
「〝
地獄の業火が咲いた。
「ッ……!」
宝具の直撃に、アルテラは歯を食い縛る。
せめてもと回復に充てようとしていた聖杯の力を、炎に混じった呪いを防ぐための障壁に使った。
少しずつ削れていく自分の胸。業火から突き出される槍が皮を、肉を抉っていく。
やがて、その中に秘された輝きが露出し始めた。
(──破壊する。この程度、なんともない)
炎に焼かれ、呪いを弾きながらも、暴走しかけた思考でアルテラは考える。
確かに手痛い一撃だが、それだけ。これを受け切って、あとは何もかも枯渇した彼らを殺せばいい。
我は大王。西方世界を灰燼に帰す破壊の化身──
「おおおおおおおおっ────!」
「ッ!!???」
だからこそ、それは彼女にとって予想外だった。
燃え盛る業火の中に、なんとネロが飛び込んできたのだ。
人間が、英霊の戦いに割り込んできたのだ。
「ネロ陛下、そのまま進んでください!」
いや、彼女だけではない。
その傍らには全てを防ぐ白亜の壁を、自分と彼女を守るために展開した
何故、と疑問を呈するアルテラ。
あの英霊は、あのおかしな英霊を守っていたはずなのに、何故この人間とともにいるのか。
そう思い、炎の向こうを凝視すれば──棒立ちになっていた古騎士は、ふっと幻のように消える。
赤い瞳を見開く彼女は──完全に、驚きで動きを止めていた。
「これが……余の……覚悟だぁああああああっ!」
「がっ……!」
ネロの白い指が、聖杯の欠片を掴み取る。
そのまま勢いよく腕を引き、アルテラから聖杯は抜かれた。
その瞬間、アルテラの中に満ち満ちていたもの全てが急速に失われていく。
「な、ぜ──」
「──眼に映るものが全て、本物ではない」
ドッ。
深くえぐられた胸を、何かが貫通する。
マシュに抱えられ、炎の中から脱出するネロから自分の体に視線を移す。
大きく損なわれた胸には──風を纏う、肉厚の刃が生えていた。
「これ、は……!」
「──友よ。貴公の剣を使わせてもらう」
数千度では足りない熱量の中、彼の鎧もまたアルテラの体のように少しずつ破損し始めていた。
やがて兜がひしゃげ……その奥にあった、血涙を流す赤い瞳をアルテラに向けて。
「終わりだ、破壊のソウルを持つものよ──《
炎の中から、黒い閃光が炸裂した。
●◯●
「くっ、ここまでみたいね……」
灰の宝具の発動直後、魔力の尽きたオルタが宝具を止める。
炎が消え失せ、後には中に閉じ込められていた黒光ばかりが光り輝いた。
やがて、その光も消えていく。
藤丸とネロ、火防女を後ろに盾を構えるマシュと、ほぼ魔力が尽きかけ、戦旗を支えに睨みつけるオルタ。
四者が見守る中で消えていった光の跡には……全身の大部分を黒く炭化させた、アルテラがいた。
「っ、まだ生きて……!」
「あれほどの攻撃を受けてもまだ……!」
絶望と焦りがない混ぜになった表情で叫ぶ藤丸とマシュ。
「いえ、お二人とも。もう終わりです」
火傷を負ったネロと、壊死しかけた右手を治療していた火防女が告げる。
驚いた三人は、オルタにも確認しようと彼女の方を向いて……何故かものすごく嫌そうな顔で彼女に睨まれている灰を見つける。
「火防女の語る通りだ。彼女の霊核は完全に破壊した」
「……ちょっと、なんで肩に手置いてんのよ」
「いや、これならばある程度魔力を譲れるのでな」
「あいっかわらず非常識ね……もういいから退けなさいよ」
「おっと、これは失礼した」
ほとんどカルデアに送還されかけていたオルタは、ソウルを介して灰の送った魔力で回復した。
そうするとぺしりと灰の黒焦げた手を払い除け、それから満身創痍のアルテラを見る。
「……フン。もうあれは死んでるわ。もうすぐ消滅するわよ」
「そ、そうか。倒したのだな!」
歓喜するネロ。ローマを脅かす脅威が去ったと知り、彼女はほっと安堵する。
「……そう、か」
が、アルテラが喋ったことで緊張が走る。
まだ動けるマシュが構えを取るものの、彼女は一歩も動くことすらできない。
それどころか、体から一粒、また一粒と光の粒子が立ち上り始めた。
「この、世界には……私の剣でも、破壊されないものが……在る、か」
「……破壊を定められた英霊よ。貴公とてかつては偉業をなし人理に刻まれた者。であれば、その強さは知っているだろう」
「ああ、そうだな……そうなのか……私の、
確かめるように言って、半分焦げた顔を上げたアルテラは。
「それは、少し。嬉しいな──────」
少女のような笑顔で、消えていった。
「……消えた、か。英雄アルテラ。また違うカタチで見えることもあろう」
「これでようやく終わりましたね……」
「ま、そこそこ楽しめたわ」
「大変、だったね……」
「藤丸様、帰還した後に今回の報告書と反省文です」
「アッハイ」
一気に空気が弛緩し、今にも座り込んでしまいそうな雰囲気になる。
それに微笑みながら、ふとネロは自分が握っていたものに目を落とと、随分と形が変わっている。
手の中で光り輝く黄金の杯を、ネロは藤丸に歩み寄って差し出した。
「受け取れ。お前たちの探していた聖杯とやらはこれだろう?」
「ありがとうございます、ネロ陛下」
「最後までありがとうございました」
「はっはっはっ! お前たちと一緒に戦うのは楽しかったぞ! うむ、これは余の伝記に書き記すのもやぶさかではない!」
機嫌がよさそうに高笑いする彼女に、藤丸とマシュは顔を見合わせプッと吹き出す。
それから三人で思い切り笑った。火防女とオルタ、灰はそれを無言で見守った。
しばらくして落ち着くと、灰が藤丸の腕輪に向かって声をかける。
「聖杯も無事に回収。任務は完了だろう、ドクターロマン」
『そうだね。もう今にも送還が……と。噂をすればだね』
ふっと、藤丸とマシュ、火防女の体が浮く。
それとは裏腹に、英霊である灰とオルタの体がアルテラと同じように魔力の粒子と化していった。
「ま、特に私は余韻なんてありませんし? さっさと帰ってきなさいよ、マスター、マシュ」
なんの躊躇もなく、むしろ自分から消滅を早めてオルタが真っ先に消えていった。
それを見て驚いていたネロだが、はっと悟ったように目を見開くと……寂しそうに笑った。
「……そうか。お前達も行く、のだな」
「はい」
「呂布やスパルタクス……ブーディカ、もか」
こくりと頷く二人。
「時代は修正され、この戦いもなかったことになるでしょう。けど……」
「俺達は、絶対忘れません」
「……余も、ローマの民も忘れるが、お前達は記憶しているか。うむ、ならば良し! 全米の感謝と薔薇のみを伝えておこう!」
しばらく迷うように考え込んでいたネロだったが、最後にはやはり堂々と胸を張った。
花が咲いたような笑顔に、藤丸達も腰元まで消滅した灰も笑い返し、最後の挨拶を交わす。
「突然現れた俺達を助けてくれて、ありがとうございました」
「何を言う! むしろなんの褒賞も与えられぬことが惜しくてたまらぬ!」
「ローマ首都の街並みは、本当に素晴らしかったです。美しいとさえ感じました」
「うむ! いつかまた来るが良いぞ!」
「ネロ・クラウディウス陛下。そのソウルに幸福があらんことを」
「お前もそこなバーサーカー? とやらと仲良くな!」
「……貴公のような王ならば、狩ることは望ましくないな」
「余はそう簡単にはやられぬぞ!」
最後まで、涙を流すことはなく。
どこまでも彼女らしく、汚れなど気にならない満面の笑みを浮かべ、ネロは藤丸達を見送って。
「さようなら、ネロ陛下──!」
「もし英霊として会うことがあれば、またいつか──!」
「またいつか会おう。異なる時代、異なる世界でも、きっとお前達はローマと繋がっているのだから────!」
薔薇を彷彿とさせる笑顔を最後に視界に収め、藤丸達は光と共にこの特異点から回収されたのだった。
「……人。紡ぎ、作り、伝え、育む者達」
名残惜しそうに空を見上げるネロを、夕陽の中から見る者が一人。
近くの岩山に立ち、たった一人でも輝くような気迫を備えた彼女に、フードの奥で唇を歪め。
「けれど、伝えるものが争いと悲しみ、終わりの歴史ならば。やはり人理とは──深淵の闇を孕むものに他ならない」
囁くような一言は、荒野に吹き抜ける風にその姿と共に消えて。
ただ、刃の葉を備えた一輪の花のみが残された。
読んでいただき、ありがとうございます。
さぁて、幕間どうするか…
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。