灰よ、燃え尽きた世界に火を灯せ   作:熊0803

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すみません、色々こねくり回しているうちに以前の更新時間になってしまいました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


雄牛の迷宮 前編

 

 

 

「はっ、はっ……!」

 

 

 

 走る、走る。

 

 白亜の回廊、無限の迷宮。

 

 一人の少女が、出口も分からぬままにひた走る。

 

 果たしてその美しすぎる相貌は、女神か小悪魔かと戸惑うほど。

 

 凡そ人々の思い描く、美しき少女をそのまま具現した偶像(アイドル)のようであった。

 

「はぁっ、はぁっ、ああもう無理!」

 

 やがて、悪態と共に彼女は足を止める。

 

 荒く呼吸を繰り返し、途端に堰を切ったように幾筋もの汗が頬を伝った。

 

 それさえも美しく、しかし彼女は嫌悪感をにじませながらそれを拭う。

 

「まったく、なんでサーヴァントになんてされてるのよ……ていうか、こんなに走ったの生まれて初めて……」

 

 疲労し、足は動かず、もはやこれ以上走ることはかなわない。

 

 その現実に苛立ちと、誰に対してでもない腹立たしさを汗の雫で外へ押し出す。

 

 

 

 

 サーヴァントとは人理に刻まれた故人の栄華、その影法師。

 

 しかして全てが万夫不当の屈強な大英雄であると前提づけられている訳でもなし。

 

 中でも彼女は、特にそういう意味では()()部類なのだ。

 

(ステンノ)も、駄妹(メドゥーサ)もいないし、どうしろってのよ……いや、別にあの子がいなくても大丈夫だけど」

 

 ええ、大丈夫。そう自分に言い聞かせるように嘯いてみる。

 

 すると彼女は自身本来の余裕を取り戻した気がして、周囲を見回してみた。

 

「そもそも、この迷宮って()()迷宮(ラヴィリンス)よね……? だとしたら脱出なんて無謀もいいところじゃない」

 

 もしもこれで、〝とある糸〟があったのであれば彼女も違う答えを出したかもしれない。

 

 しかし、()()()()()()()()()()存在故にこれが絶望的な現状であることを理解できる。

 

 それはもう、嫌な顔をこれでもかと作るほどに。

 

「というか、これ絶対いるわよね……本当にこの迷宮がそうだとしたら、()()が」

 

 次についたその悪態は、半ば確信めいたものが含まれていた。

 

 忙しなく、それまでより不安の混じった視線は何かを畏れているかのように。

 

 

 

 

 

──────────ッ!! 

 

 

 

 

 

「っ、やっぱり……!」

 

 彼女の懸念、畏怖に応えるかの如く、獣の雄叫びが届く。

 

 唸るなどというものではない。かといって普通の獣などでは断じてない。

 

 言うなれば()()のように鋭く、力強い、極太の咆哮であった。

 

 彼女の不運は終わらない。

 

「っ、後ろからも何か……ああもう、どうすればいいのよ!」

 

 サーヴァント特有の鋭さで感じ取ってしまった、()()とは別の何か。

 

 足音、気配、偶像として昇華された故の欲望じみたもの、あるいはその全て。

 

 いよいよ我慢の限界だというように、彼女は頭を抱えて目を瞑った。

 

 

 

 

 それは、ひと時の現実逃避の行為であり。

 

 だから彼女は、とにかくこちらに迫るものから先に逃げようと瞼をあげて。

 

 そこに立っていた、雄々しくも恐ろしき〝怪物〟に、その時初めて気がついた。

 

「…………………………」

「──っ!」

 

 直後。

 

 

 

 

 

 深き惑わす迷宮に、少女の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ん〜……?」

「? どうしましたドレイク船長?」

 

 いきなり変に唸って、どうしたのだろう。

 

 特段するべきこともなくて、マシュと三人並んで甲板で海釣りの真っ最中だというのに。

 

 もしやおかしな感触でも竿にかかったのかと思ったが、彼女は手でなく鼻を動かしていた。

 

「変わったね。空気の味が」

「空気の味、ですか?」

「それって、潮風とか海流的な……」

「あんたも中々慣れてきたね、藤丸」

 

 わしわし、と無造作に頭を撫で乱された。

 

 潮風が混じった髪は変な形で固定され、苦笑しながら彼女を見る。

 

「別の海域に出たってことですか?」

「どうかね。まあ、他の阿呆どももすぐに気がつくだろうさ。それに……」

 

 船首の向こう、舵が向かうままに進む彼方へ彼女は目線を伸ばした。

 

 その先に何かを感じ取ったような横顔を見ている内に、他の場所から声が上がる。

 

「島だ──! でっけえ島が見えたぞぉ──!」

 

 見張り台から、船底にまで届くのではないかという大声が轟いた。

 

 甲板にいた全員が反応し、俺もつられて前方を見て……その時グッと手の中で竿が引っ張られた。

 

 あっ、と言う間に強い引く力に竿は持っていかれ、小さな水音を立てて落ちてしまう。

 

「ああ……」

「あっはっはっ、災難だったねぇ」

「先輩、ドンマイです」

 

 後ろから俺の髪を直してくれてたマシュの励ましが、ちょっと響いた。

 

 

 

 

 それからすぐ、事態は動いた。

 

 船員達が船の各所点検や周囲の警戒を始め、俺達は甲板後方の会議室に集まった。

 

「……ふむ。間違いなく、あの海図に記されていた島に違いない」

 

 烏面の航海士が、静かに告げる。

 

 彼女が見下ろし、俺達も今一度確かめるように見下ろす机上には二つの地図。

 

 ヴァイキングの日記に記された導と、ここ数日の航海で作られた海図も一致していた。

 

「ひときわ大きい印……一体何があるのでしょうか」

「正体不明の敵対サーヴァントが、目標であるドレイク船長以外に大きく関心を示した。この事実から鑑みるに……」

「とんでもないお宝か、バケモンがいる。そういうことだろう?」

 

 なんとも自信ありげに笑う船長に苦笑するが、まあつまりはそういうことだろう。

 

「バーサーカーの意見は?」

「遠眼鏡を見た限りでは、不可思議なものは見受けられなかったが……少し気になるな」

「王、そう仰られると?」

「大したことではない。ただ、私のソウルが不穏なものを感じている。それだけだ、気にしないでくれ」

 

 あまり気に病ませないためか、そう締めくくった言葉に俺とマシュは顔を見合わせる。

 

 これまでの特異点でも、彼の危機感知能力と警戒心によって多く助けられてきた。軽んじるにしてはかなり正確だ。

 

 どうしたものか。思考を回転させている俺の考えを中断したのはパチンという音だった。

 

「では、こういたしましょうか?」

「清姫、何か意見が?」

「ええ。私見ですが、フランスでの戦いを見るに灰の騎士様の先読みはかなりのものと私も思います。であれば、あの島に上陸するのと同時にこの船にも戦力を残しておくべきでしょう」

 

 一理ある提案だ。

 

 元から船の全員であの未知の島に乗り込む、というのは俺達も船長も考えてはいない。

 

 船長の作戦では、ボートを使った少人数での上陸と探索を行う予定だった。

 

 そしてここでの戦力とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()存在を示す。

 

「そこで、こう分けてはいかがでしょうか。島には旦那様とマシュ、灰の騎士様、ドレイク船長が。船には私とユリア様。そして……火防女様が残るというのは」

「エミリアさんも?」 

「面白いね。アタシらに訳を聞かせてみな」

 

 はい、と清姫が頷く。

 

「フランシス・ドレイク。まずこれだけは言わせていただきますが、私……ひいてはカルデアにとって最も優先すべき人命は旦那様です」

「へぇ……それで?」

「島に旦那様も行ってしまわれる以上、マシュとこちらの最大戦力とも言える灰の騎士様が伴うのは必定。さりとて船に何かあっては海を渡る手段を失ってしまいます」

「なるほどね。それで超人(サーヴァント)のあんたが残るってわけだ」

「左様です。ユリア様はこの船では船長に次ぐ立場のようですし、いざという時に指揮を。そして火防女様には……非常時の伝達役になってほしいのです」

「……理解しました。ソウルの力ですね」

 

 静かに呟くエミリアさんの言葉に、俺もようやく事の仔細を完全に理解した。

 

 清姫は、もしも不測の事態……何者かの襲撃があった際、魔術的な連絡が取れないことを危惧しているのだ。

 

 そしてバーサーカーやエミリアさんは、魔術の枠にとらわれないソウルという古代の力で交信ができる。

 

 二重に互いの状況を把握できる状況を作ろうとしていたのである。

 

「ほーん。つまりはあれかい、なるべく船と島にいるアタシらの連携を取れるようにしとくってことだね?」

「理解が早くて助かりますわ……と、旦那様。ここまで話を勝手に進めてしまいましたが、よろしかったですか?」

「うん、いい意見だった。ありがとう清姫」

「うふふ、お役に立てたようで何よりですわ」

 

 広げた扇子に口元を隠し、おしとやかに笑う清姫に俺も笑顔で頷く。

 

 やはり、少女の姿をしていても英霊。非常に良い提案だった。

 

「ドクターはどうですか? 清姫の提案、結構いいと俺は思うんですけど」

「私も賛成です。未知の海域での探索、危険度は計り知れません」

『……うん、そうだね。こちらでも最大限カバーするつもりだけど、妨害は十分に考えられる。レオナルドもその島には霊脈が通っていると言っているし、魔術的な危険は鑑みて然るべきだ。こちら側としては異論はないよ』

 

 通信機越しの結論に納得し、俺はマシュを最初に全員の顔を見渡していく。

 

 誰の顔にも反対の意思がないことを確認し上で、この船での最終決定権を持つ人物を見た。

 

 彼女は待っていたかのように、両手を腰に当て、大きな胸を張って笑顔を作った。

 

「ようし、決まったね? それじゃあ早速、あの島に乗り込もうじゃあないか!」

 

 

 

 

 

 そうしていよいよ、俺達は未開の島に上陸することになった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「じゃあ清姫、エミリアさん。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、旦那様。おかえりをお待ちしていますわ」

「くれぐれも怪我のないように。もし傷を負ったとしても、必ず治して差し上げますので絶対に帰ってきてください」

「はい、気をつけます」

「マスターは必ず私達で守ります!」

「では行ってくる」

「ほら、湿っぽいこと言ってんじゃないよ! どうせならワクワクして行きな!」

 

 既にボートに乗り込んでいるドレイクさんは、彼女自身がとても楽しそうだった。

 

 それもそうかなんて思い直しつつ、船の壁に取り付けられた網はしごを伝ってボートに降りる。

 

 全員が乗り込み、清姫達+海賊の皆さんのお見送り付きで俺達は船から出発した。

 

 

 

 

 島まではすぐだった。

 

 剛力の持ち主であるバーサーカーによって、難なくボートは海の上を滑るように進んだ。

 

 苦もなく岸辺まで辿り着いて、俺達は周囲を見渡す。

 

「ヒュウ、でかい島だねえ。こいつは期待できそうだ」

「敵性体、魔力反応共になし。今のところ危険はありません」 

「バーサーカーは何か感じる?」

「危機という意味では直近には感じない。だが……」

 

 彼は、俺を超えて背後のどこかへ面頬を向ける。

 

 慣れというのだろうか。兜越しに彼がどこかを強く注視していることが感じ取れる。

 

「気をつけろ、マスター。この島には()()が渦巻き、深く根付いているぞ」

「……わかった。その忠告、覚えておくよ」

 

 っと、そうだ。まずは無事に上陸したことを報告しなくちゃ。

 

「ドクター、聞こえますか? 無事に上陸しました」

『ああ、こちらも状況を解析した。早速だが、その島のある場所から気になる反応が出てきた。座標ポイントを送る』

 

 わずか数秒後、端末から甲高い受信音が発せられた。

 

 送られてきた情報を同封されていた島の大まかな見取り図に合わせ、場所を割り出す。

 

「この辺りか……船長、まずはこの方向に向かいたいんですけど」

「どうやら何かがあるようです」

「へぇ。ま、あてもなく歩き回るのも楽しいけど、そういうのもいいね。ほら、日が暮れちまう前にさっさと行くよ!」

 

 元気よく拳を突き上げ、ドレイク船長はいの一番に歩き出した。

 

 一瞬で見取り図を把握したのだろう、その座標の方向に向けて迷いなく進む後ろ姿が頼もしい。

 

 続けて俺達も移動を開始。船長に追いつくとバーサーカーを殿に頼み、マシュを先頭として進む。

 

 

 

 

 少し進んだだけで、この島が遠目に見た以上に広いことがよくわかった。

 

 浜辺を移動してすぐ岩石地帯に入り、苦労して踏破したかと思えば現れた大河を迂回し。

 

 長閑な草原を通り抜け、座標の示す位置に存在する森に入る頃には三時間も過ぎていたのだ。

 

「そういやさ」

 

 ふとドレイク船長が声を上げたのは、粛々と登山をしている最中のことだった。

 

「ここ数日見ていて思ったけど、マシュは海を見るのは今回が初めてなのかい?」

「はい。そもそも、外に出たことがなかったので」

「……ふーん。そ」

 

 振り返ったドレイク船長の横顔に、一瞬で複雑なものがよぎったのを見逃さない。

 

 それは本当に瞬く間で、興味を失ったことを装うように平坦な表情で続けて俺を見る。

 

「藤丸は?」

「祖父に連れられて何度か。でも、海自体をちゃんと旅するのは初めてです」

「そうかい。どうりで二人とも、楽しそうに海を見てたわけだよ」

「うっ、そんなにあからさまだったでしょうか……」

「アンタの目が宝石に見えてくるくらいはね、マシュ」

 

 あ、マシュの耳が赤くなった。

 

 

 

 

 ふと船長が立ち止まる。

 

 どうしたのかと訝しんだのも束の間、こちらに振り返ってきた。

 

「それじゃあ、これから先もっといろいろな海を見せてあげるよ」

「いろいろなもの、ですか?」

「それをドレイク船長が?」

「そうさ。アンタらがこれまで見たこともないようなものを沢山ね」

 

 そう言って、ニカリと彼女は白い歯を見せて笑った。

 

 きっと驚かせてやれると、度肝を抜いて、感動させてやれると、そう確信がある笑い方。

 

 どこまでも自信に満ち溢れた、これまで幾度も見た〝彼ら〟のようなその笑顔に俺達は見惚れた。

 

 そんな俺達に、彼女はこう言うのだ。

 

「約束さ。期待してな」

「……はい」

「楽しみに、してます」

「ははっ! それじゃあ早速──」

 

 その次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 前触れなく、地面がひっくり返るような振動がやってきた。

 

 

 

 

「これは、地震!?」

「一体なんだってんだい!?」

「くっ!?」

「マスター!」

 

 しまった、今ので足を踏み外して……! 

 

「っと。危ないぞ、マスター」 

 

 バーサーカーに腕を取られ、斜面を転がり落ちることを免れた。

 

 ホッとしつつ、自分で姿勢を戻して自立する。

 

「ありがとう。それにしても、今のは……?」

「単なる地震ではなかったように思いますが……」

「なんともきな臭いねえ……」

「……っ。マスター、通信を」

「え? あ、ああ。うん」

 

 とりあえず、島の外にいるエミリアさん達がどうなったのか確かめようか。

 

 端末の通信相手を、カルデアから変更してっと……

 

「……あれ?」

「マスター、どうかしましたか?」

「……繋がらない」

「「「!!」」」

 

 三人が駆け寄ってくる。

 

 彼女達の前で、俺はもう一度端末を最初から操作するけれど、結果は同じ。

 

 まるで砂嵐の中にいるように、荒々しくも冷たい音が返ってくるだけだった。

 

「これは……まさか恐れていた事態が本当に…………」

「さっきの地震といい、なぁんかきな臭いねぇ……?」

「カルデアも……ダメか」

 

 通信圏外とかじゃない。端末の魔術そのものがうまく働いていないって感じだろうか。

 

 何者かの妨害。それもさっきの地震のタイミングを考えると……

 

「バーサーカー、いい?」

「試してみよう」

 

 それきりバーサーカーが押し黙る。

 

 俺とマシュ達は周囲の警戒をしつつ、彼がソウルの力でエミリアさんと話すのを待った。

 

「……なるほどな」

「どうだった?」

「なんとかソウルを介して意思は伝え合うことができた。どうやら魔術結界のようなものが発動し、船もろとも一帯を覆っているようだ」

「つまり、この島周辺に閉じ込められたということですね」

「どうしようか? 船に一旦戻りますか、船長」

「ふぅむ……」

 

 船長は難しげな顔を作り、腕組みをして唸る。

 

「火防女は、あちらで状況の解析を試みると言っている。ドクターロマンが示した座標の調査を優先してほしいと」

「たしかに、この突然の結界の発動にその座標ポイントにある〝何か〟が関与している可能性は捨てきれませんが……マスター」

「……うん」

 

 船長とバーサーカーを見る。

 

 二人は示し合わせたわけでもないだろうに、同時に俺を見返してきた。

 

 そして頷く。俺のしたいようにしてみろと、そう言うかのように。

 

「……俺は、このまま向かった方がいいと思います。あっちには清姫達もいるし、状況が分からないのなら近い方から解決する方がいいかな、と」

「なるほどね……よし、アタシは賛成だ。ワケわからないモンをワケわからないまま引き返すなんてのは、海賊の名が廃るってもんさ」

「マスターの判断に従います。エミリアさん達を信じましょう」

「では決まりだな」

 

 不安はある。何か嫌な気配も感じる錯覚すら覚える。

 

 けれど、ここで引き返してもどうにもならない気がした。

 

 

 

 

 そして俺達は、この島に潜む何かを確かめに再び進み始めた。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

この後の話を書くためにエウ×アスイラストを調べまくっている今日この頃。
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