大学の履修関連で、先週は金曜の分を執筆できずすみませんでした。
「……これは」
「ただの洞窟……じゃないようだねぇ」
座標ポイントにあったもの。
それは何時ぞやの「形のある島」にどこか似通った、不思議な雰囲気の洞窟。
違うのは、植物と蔦で覆われた周囲の岩肌とは裏腹に、洞窟の入り口はとても綺麗であること。
それも、歴とした様式に基づいた素晴らしい白亜の出入り口が設置されていた。
「明らかに天然ものじゃないね。かといって、大昔の遺跡っていうには真新しい」
「怪しい、ですね」
いくら特異点の無人島とはいえ、こうもあからさまに不審だとなぁ……
「なるほどな。これが感じていたものか」
「それじゃあ、ここに何か?」
「潜んでいる可能性は十分にある。この状況の打開の一手になるやもしれないな」
行くも戻るも危険あり、か。
どうせ通信は繋がらないし、結界のせいかパスを通じた念話も使えなかった。
ここで引き返すよりは、進んだ方がまだいいと直感のようなものが囁いてくる。
「なあに足踏みしてんだい。こんなに面白そうなものがあるんだ、いっちょ乗り込んでやろうじゃないか」
「些か不安が残りますが……マスター、不思議なのですが進んだ方が良いと感じています」
「俺もだ。バーサーカーはそれでいい?」
「君が行くところ、その全てに伴い矛となり盾となる。そう誓ったからには異論はないとも」
よし、と一息自分に気合を入れる。
不安半分、恐怖が少し。
それにどこかワクワクする気持ちを心に孕み、一歩踏み出す。
そうして皆で門を潜り、洞窟の中に入ると──
「これは……!」
「人工の建造物……!?」
「複雑怪奇、と言わざるをえない光景だな」
なんとも形容し難い景色だった。
入り口と同じ、見惚れるような白い石材で作られた建造物が幾重にも積み重なっている。
階段や柱、壁、床、屋根、部屋などが秩序なく繋がり、重なり、接合し、まるで奇怪な迷路のようだった。
「いいねぇ、滾るよ……! 財宝の匂いがぷんぷんするじゃないか!」
「ど、ドレイク船長! 前に出すぎです、まさかそのまま──!」
「覚えときな、マシュ」
こちらに勝ちな笑みを浮かべながら、ドレイク船長は。
なんの躊躇もなく、
「アタシと冒険するってのは、優等生ぶってちゃダメってことさ」
「ドレイク船長!」
瞬く間に船長の姿が消える。
慌ててマシュと二人で覗き込むと、ドレイク船長は空中で体を捻り、回転させる。
そのまま新体操の選手の如く、危なげなく迷宮の一角に着地してしまった。
「ほら、なぁに尻込みしてんだい! さっさと来な!」
「あ、相変わらずの大胆さです」
「なんというか、凄いよね」
「どうしましょうマス……マスター!?」
こっちを見たマシュがギョッとした顔になる。
どうしたのだろう。何か俺におかしいところでもあるのかな?
「あの、何故ごく自然とバーサーカーさんの脇に抱えられているのでしょうか……?」
「え、だって
「うむ。口は閉じていたまえ、舌を噛むからな」
「お二人とも慣れすぎでは!?」
ははは、この程度の高さなら最初に空にレイシフトしたのに比べれば。
こうすればバーサーカーの不思議な指輪の力で衝撃も少ないし、カルデアで練習済みだ。
「ではマシュ殿、行こうか」
「これはもう迷っている場合ではないですね……はい! マシュ・キリエライト、行きます!」
船長に倣い、勢いよく迷宮に向けて飛び降りてもらう。
ゾッとする浮遊感と、内蔵があるべき場所から浮いているような感覚が全身を駆け巡った。
刹那の間に宙を舞った体は、数秒の無重力状態を体験した後に着地の衝撃を受けた。
「おふっ」
「無事
「うん、平気。ありがとうバーサーカー」
「お安い御用だ」
「来たね。さあて、
痺れる体を解すのもそこそこに、探索開始だ。
「ん、また別れ道かい」
「これで何度目でしょう……」
「このままだと来た道を忘れそうだね」
意気込んで進んだはいいものの、分岐路に不規則な階段、かと思えば行き止まりに魔物の類。
滅茶苦茶にも程がある。
もはや、一人だけ迷いなく進んでいく船長についていくような形になってしまった。
「んー、右だね」
「ああ、また躊躇なく……直感で進んでいますが、本当に平気なのでしょうか?」
「立ち往生するよりは良いのだろうな」
恐れ知らずとは船長のような人のことを言うのだろう。
「でも、不思議と嫌な感じはしないね」
「確かに。振り回されていますが、忌避や嫌悪などは感じません。むしろ……」
「ネロ陛下みたい?」
「そうです」
船長と同じように、ネロ陛下も大勢を強引に人を引っ張っていく人だった。
それは人を惹きつける力のようなもので、ドレイク船長にも同じようなものを感じる。
「それに、自分がこれと決めたものには真摯に、真っ直ぐに向かっていくところとか、時々妙に現実的なところはジャンヌみたいだよね」
「これが、歴史に名を残した人間特有の性質のようなものなのでしょうか?」
「んー……多分そういうことじゃないと思う」
「? それはどういう?」
船長の後ろ姿を見る。
好奇心と探究心、何よりも勇気に溢れたその背中。
似ているとは言ったけれど、これまでの旅で出会ったどの人間とも全然違うタイプの人だ。
でも。
「勇気や覚悟を持って、一歩踏み出せるかどうか。きっと、それだけなんじゃないかな」
「一歩踏み出せるかどうか……」
彼女の足は止まらない。
救国のために戦い続け、悩みながらも止まることはなかった、あの聖女のように。
ローマのため、あらゆる傲慢と不遜を貫き歩み続けた、かの華の皇帝のように。
「だから、同じように信じられる。そういう人な気がするんだ」
「先輩……」
そう、だから。
いずれ来るだろう時、フランシス・ドレイクという人間が
あの足で、その地点まで到達できてしまうのだろうと、そんなことを思うのだ。
「よーし、次左行ってみようか!」
「……多分」
「一応、道筋は記憶している」
「私もです、ご安心をっ」
この気持ちが正しいことを、信じよう。
それからしばらくの間も、終着点の見えない探索が続いた。
上を見上げれば、そこに静謐として鎮座するのは無数に積み重なった階段や壁、部屋の数々。
地上の入り口からどれだけ降りてきたのか、もはや時間感覚と一緒に曖昧になってきた。
「だいぶ奥まで来た感じがするねぇ。こりゃ相当だ」
あの船長でさえも、少し呆れたような声で呟いている。
「平気ですか?」
「うん。どこかに閉じ込められた時を想定したシミュレーションは受けてるしね」
カルデアの技術は凄い。
あらゆる事態に対応した仮想シミュレーションが用意されていた。
屋上から飛び降りて、サーヴァントにキャッチしてもらい着地するやつも早速役に立ったしね。
「……その、マスター。提案なのですが」
「んー?」
「て、手を繋ぐというのはどうでしょう?」
「んー……えっ」
今なんて? なんて言われた?
「あっ、えっと、手?」
「は、はい。互いの感覚を感じながら進むことで認識が狂わないようにするのです。はぐれる危険がなくなりますし、そうすれば多少ストレスの緩和にもなると思うのですが、すみませんやはりこのような状況で不謹慎でしたでしょうか」
「マシュ、落ち着いて。リラックス」
マシュの目がぐるぐるしてる。めっちゃ捲し立てたな。
「うーん……でも、悪くない、かもね」
「で、ですよねっ!」
「バーサーカーも道は覚えてくれているし。今進んでる感覚を忘れないようにするのも大切だ」
うん、そうだ。それだけなのだ。
だからマシュの頬がちょっと赤くなってたり、やけに心臓の音が煩いのも気のせいで。
「じゃ、はい」
俺は勤めて平成を装いながら、彼女に見えるよう右手を持ち上げた。
「し、失礼します」
「ん……」
小さい。そして柔らかい。
指も掌も細く、あんな大きな武器を扱っているとはとても思えないほどきめ細かい。
ふと気がつく。
マシュの手は、たとえその力を持っていても無双の英雄のものではないのだと。
滅多にないから断言はできない。けれど彼女の手は、
あの時は、そんなことにさえ気が付かなかったけれど……
「──あの時も。こうして、握ってくれましたね」
心臓が強く跳ねた。
まさに思い浮かべたあの情景に、マシュの声がぴたりと重なったから。
横目で見ると、彼女はちょっと恥ずかしそうね下を見ながら、懐かしげに笑う。
「まだそれほど経っていないのに、何故か懐かしいです。それほど先輩との思い出を積み上げてきたということでしょうか」
「……そうだといいね」
少なくとも、俺はマシュと出会い、ここまで旅してきたことを喜ばしいと思っているから。
「しっかし、ご大層な
「「っ!」」
やっば、いきなり船長が話し出すからびっくりして強く握っちゃった!
マシュの顔がすごく赤い。なんなら俺もその数倍は赤い気がする。
「これまでの意匠を見るにギリシャ……
「あの話? フランシス・ドレイク、貴公には何か心当たりが?」
「何だいあんた、そんな古臭いナリして知らないのかい?」
呆れたね、と背中越しに嘆息しながら、船長は人差し指を立てる。
「クレタ島の〝ラビリンス〟。ギリシャの神話の時代から語り継がれてきた、御伽噺みたいなもんさ」
「ラビリンスって、どこかで聞いたような……」
「ん、んんっ。クレタ島とはギリシャにある島の一つです。神話では、そこにはかつてとある〝迷宮〟が建てられており、その中には──」
「──っ。止まりな」
まるで、弦を引いた弓のような声だった。
これまで途切れることのなかったブーツの足音が止まり、俺達も自然と足を止める。
「……なるほど。どうやらようやく
マシュと顔を見合わせ、背後でずっとしんがりをしていたバーサーカーにも合図する。
手を離し、武装した二人を伴って船長の隣まで行き──息を呑んだ。
「これは……!」
「どうやら、随分と派手にやり合ったらしい。あの結界を張った張本人かは分からないけどね」
「なんて激しい戦闘跡……!」
これまでにも何度か通過した、開けた部屋のような構造の場所。
そこはみるも無惨に破壊されており、そこかしこに夥しい数の陥没や裂傷が散見された。
とても人間業とは思えない破壊の跡。特に多いのは何かで切り裂いたような痕跡だ。
「相当な怪力の持ち主のようだな。堅牢な迷宮の壁や床をここまでにするとは」
「こんなことできんのは、あの超人どもくらい──ッ!?」
ッ! いきなり激震が!?
思わずたたらを踏んでしまうほどの激しい揺れが、前触れなくやってきた。
慌てて姿勢を持ち直すが、すぐにまた同じものがやってきて慌ててバランスを取る。
「また地震!?」
「いえっ、断続的に続くこれは、まるで誰かの足音──!?」
まさか、と思ったのも束の間のこと。
「────みつ、けた」
それが、現れた。
浅黒い、屈強で頑強な筋肉の鎧に包まれた巨躯。
手足に締められた鉄枷に鎖はなく、それがこの迷宮では自由の身であることを表すよう。
両手には人など真っ二つにしてしまえるような斧槍を携え。
そして。
その顔は、
「あれは、もしかして
「この魔力量、そして迷宮! 間違いありません! あれこそがクレタ島のラビリンスに幽閉されていたという怪物! 世界の神話に名を連ねる、ミノス王の牛と名付けられたもの!」
伝説の怪物、その名前は……!
「真名、〝ミノタウロス!!!」
「オオォオォォオオオオォォ────!!!」
何という雄叫び!
ただ叫んだだけで周囲の瓦礫が吹き飛び、先の地響き以上の振動が体を打つ。
マシュが構えた大盾の後ろにいなければ、俺などあっさり吹き飛ばされていただろう。
「どうする? あれは相当に厄介な相手になるが」
「マスター、相手のテリトリー内であるここでは不利です! 私とバーサーカーさんが押さえ込めば撤退は可能です!」
「落ち着きな!」
雷のような怒号が轟いた。
同時に、火薬の匂いと共に聞き覚えのある発砲音が迷宮内に木霊する。
ミノタウロスの肩に、裂傷が走った。
振り返ると、そこには銃を構えた船長がいる。
「今ここで退いて、なんになる!」
「ドレイク船長、流石に今は──!」
「ここが正真正銘ミノタウロスの迷宮だってんなら、〝アリアドネの糸〟なしにどうやって脱出しようってんだい?」
「っ、そうでした……!」
一瞬にしてマシュの顔色が変わった。
ミノタウロスという名前しか聞いたことがない俺にはわからないが、脱出は困難らしい。
それに、ミノタウロスはさっき「見つけた」と言った。
つまり、俺達が迷宮内にいることを感じ取れるのだ。どこに逃げようといずれ見つかる。
もし逃げられても、この迷宮を維持する力より先に俺達が力つきる可能性も低くない。
「……やるしか、ない」
「よぉし、いい目だ藤丸!」
ドン! と力強い衝撃が背中を駆け巡った。
それは船長の手が俺の背を打ち付けた音で、彼女は俺達の誰より前に立つ。
これまでのように、いつものように。恐れなど感じさせない、頼もしい背中を見せた。
「弾は当たった! 血が出た! ならアイツは倒せる! 気張りな、三人とも!」
「船長……!」
「ひとつ教えといてやるよ! アタシはこの海を出たらね、絶対にやるって決めてる
「夢……?」
両手に携えたマスケット銃を、ミノタウロスに向けながら。
顔だけこちらに振り返った船長は、冷や汗の伝う顔に力強い笑みを貼り付けてみせた。
「続きはこの修羅場をくぐり抜けられたらさ! どうだい! こんな簡単な約束も果たせないで、ビビって死んで、それでいいのかい!?」
──ああ、それは。
それはなんて卑怯で、心強い鼓舞なのだろう。
だって、
「いいわけない……死にたくないから、ここにいるんだ!」
「マスター……」
「マシュ、バーサーカー! やろう! こんなところじゃ、終われない!」
こんな中途半端で、終わってたまるか!
「はい……はい、はい!! 勿論です、マスター!」
「その一言を待っていたぞ、マスター」
二人が船長の隣へ並ぶ。
俺にとって一番頼りになる、俺の仲間。
最も信頼する俺のサーヴァントに、命運を託そう。
「ぶちかまそうじゃないか!」
「マシュ・キリエライト! ミノタウロスの迷宮を踏破します!」
「貴公、異形の戦士。灰の英雄の名の下に相見えよう──!」
「し、ねぇ…………っっ!!」
伝説の怪物との戦いが、始まった。
オケアノスは長くなりそうです。
読んでいただき、ありがとうございます。