灰よ、燃え尽きた世界に火を灯せ   作:熊0803

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みなさん、2022年明けましておめでとうございます。

ようやく調子が戻ってきた?ので、帰ってまいりました。

しばらくはペースが崩れるやもしれませんが、よろしくお願いします。


雄牛の迷宮 後編

 

 

 

 

 

「オォォオオオオォッ!!!!」

 

 

 

 ミノタウロスの咆哮と共に、彼らは動き出す。

 

 斧槍と中盾を携えた灰は右へ。獰猛に笑うドレイクが左に。

 

 二人をどちらもカバーできるよう、大楯を構えたマシュが正面から肉薄した。

 

「オォオオオッ!」

 

 野太く吠えた獣は、最も目障りと感じた大楯へ刃を振り下ろす。

 

 本能的か、それがこの戦士達の守りの要と察知した故、剛力を以って斧槍を下へ薙いだ。

 

「受け止めますっ!」

 

 臆することなく、少女は踏み込む。

 

 二つの特異点にていくつもの修羅場をくぐり抜けた彼女に、威容への恐怖は小さく。

 

 それを上回る戦意を込め、抜群の踏み込みで振りかぶられた斧槍に()()()()

 

 

 

 カゴォンッ、と鈍い音。

 

 

 

 完璧に近いタイミングで衝突したことで、両断は叶わず拮抗する。

 

 自らに宿った技術(チカラ)の使い方を熟知してきた今のマシュに、それは容易いことだった。

 

 なおもミノタウロスは押し潰さんと、唸りを漏らして斧槍を押し込み続け──

 

「フッ!」

「ッ!」

 

 掬い上げるような銀閃が、斧槍を下から打つ。

 

 怪物が鉄面に光る双眸を巡らせれば、そこには自分と似通った武器を振り切った古鎧の騎士。

 

 驚くべきことに、英霊と昇華された己の剛力に真正面から対抗してきたのだ。

 

「オォォォオオッ!」

 

 邪魔だ、と言葉を叫ぶ代わり、嘶きのような声でもう一方の斧槍を横に薙ぐ。

 

 かち上げられた自らの腕の下を通過して、動き終えた後の姿勢でいる騎士を真っ二つにしてやろうとした。

 

 

 

 

 が、不思議なことが起こる。

 

 甲高い音を立て、斧槍が騎士の固く構えた中盾に当たった瞬間、()()()()()

 

 流れる水の如き動きにミノタウロスが驚く間も無く、騎士は全身で攻撃をいなす。

 

「ハァッ!」

「ッ!?」

 

 盾受け(パリィ)。灰が数多の敵を屠った技量が一つ。

 

 見事、怪物の柱のような腕ごと得物を弾いたことにより、体勢を崩させる。

 

「ハハァ! やるねぇ二人とも!」

 

 そこを狙い、ミノタウロスにできた〝穴〟へとドレイクが引き金を引く。

 

 小さな砲撃と形容すべき発砲音が、連続して八つ。

 

 聖杯の力で本来の性能以上を引き出された銃撃は、筋肉の鎧に傷をつける。

 

「ウ、ォアァアアァアッ!」

「ぐっ!?」

「くうっ!」

 

 さりとて、神代の怪物。その程度では怯みもせず、怒りの声を強く轟かせた。

 

 強引に振り回された斧槍により、前衛の二人が後退を余儀なくされる。

 

 追いかけようと、怪牛が踏み込んだ。

 

 瞬間、いつの間にか転がされていた複数の黒い壺が踏み潰され、爆発。

 

 迷宮に轟音が轟き、爆炎が立ち上る。

 

「ヒュ〜♪ いい威力じゃないか」

「いや……」

 

 油断なく、灰は面頬の奥で眼を細める。

 

 ほどなくして晴れた煙の中から、抉れた地面の中心で佇む無傷の巨躯が現れた。

 

「ふむ。中々の頑強さだな」

「伝説に名高きミノタウロス、伊達じゃないねぇ」

「っ、再び来ますっ!」

「消え、ろぉおおおオオォォオオッ!!」

 

 頭蓋を揺らす怒鳴り声とともに、猛然と三人へ突撃してくる。

 

 両の斧槍を揃え振り上げる様に、受け止めるのは危険と判断した彼らは各々回避。

 

「はぁっ!」

「ふっ!」

 

 マシュと灰が両側面に周り、圧殺するかのように大楯と中盾を突き出す。

 

 重々しく鈍い音が鳴り、左右に開かれた斧槍にて防がれる挟撃。

 

「オオオァッ!」

 

 それどころか、押し込む二人の膂力を完全に上回る力で弾き飛ばした。

 

 わずか数秒、彼らの足が地面から離れる。そこを見逃す怪物ではない。

 

 確実に攻撃を与えられる瞬間、赤い眼光を宙に走らせながら両腕に力み──

 

「アタシを忘れてないかィ!?」

「っ!」

 

 そこで、股下に潜り込んだニンゲンに気がついた。

 

 二人に意識が集中している数秒間、滑り込んだ彼女は首筋めがけて引き金を引く。

 

 流石に危機を感じたか、斧槍を引き戻して防いだことで、灰とマシュは難を逃れた。

 

「ハッ、いい反応するねぇ!」

 

 床に体を滑らせて背後に回ったドレイクも、体勢を立て直すと銃を突きつける。

 

 

 

《マシュ、バーサーカー、今のうちに次の指示を!》

《了解しました!》

《承った》

 

 

 

「邪魔、だぁっ!!」

 

 発砲される前に、ミノタウロスが勢いよく振り返った。

 

 そしてなんと、斧槍の一方を投げ打ってくる。

 

「いぃっ!? そんなのありかい!?」

 

 豪風とも呼ぶべき風切り音を伴う鉄塊に顔を引きつらせ、ドレイクはたちまち姿勢を崩す。

 

 本能的な行動だったが、功を奏して斧槍は彼女の帽子のみをもぎ取って背後の壁に突き刺さった。

 

「──隙を晒したな」

「ッ!」

 

 追撃を仕掛けようとしたミノタウロスの耳に、冷たい声が木霊する。

 

 殺意の発生源に目を向ければ、少女の大楯を足場に古騎士が跳躍するところであった。

 

 両手に携えるは、禍々しい形をした黒光りする大斧。

 

「ハァッ!!!」

「倒、すっ!!」

 

 唸りを上げ、全身を使い振り落とされた大斧へ、ミノタウロスは両手で握った斧槍で抗した。

 

 

 

 何度目かの大衝突音。

 

 

 

 大得物と大得物、おおよそ人が使うものではない武具同士がぶつかり合う。

 

 盛大に火花が散り、化け物じみた膂力で押し込み合うが、またそれによって互いを押さえ込み拮抗する。

 

 

 

 

 だが、不利なのは灰だ。

 

 空中にいる分、大斧しか体重をかける場所がなく、地に足をつけたミノタウロスより不安定である。

 

 大きな不利だが、さりとて今の彼にはそれを埋めるだけのものが存在していた。

 

「こいつを食らっても平気かい、化け物っ!」

 

 獰猛に笑うドレイクの背後に、虚空より出現するいくつもの砲塔。

 

 カルヴァリン砲。近世、艦載砲として活躍した無骨な兵器。それが四門。

 

「今だ、()ぇ────っ!」

 

 その一声により、黒鉄の砲塔が火を吹く。

 

 当たれば決して無傷では済まない威力。故にミノタウロスの反応は早かった。

 

「邪魔、だっ!!?」

「ぐっ!?」

 

 急に斧槍を支える力を抜かれ、灰の姿勢が崩れたところに左から極太の肘が叩き込まれる。

 

 面頬を強かに打ち付けた一撃で灰は硬直し、さらに背後へ振り向きながら斧槍が振るわれる。

 

「マシュ!」

「させませんっ!」

 

 刹那、マシュの大楯に走る魔力の光。

 

 それは彼女が受け継いだ逸話(スキル)の力であり、空間を超えて灰へと作用する。

 

 現れた半透明の白璧によって斧槍は防がれたが、気にかけることなく怪物は砲撃に備えた。

 

 

 

 

 

 一秒後、大爆音。

 

 

 

 

 

 先程と同等かそれ以上の激震と共に、全ての砲弾が着弾する。

 

 炎の花が咲き乱れ、ミノタウロスの体が覆い尽くされる。

 

 その間にマシュは灰を連れて退避し、ドレイク共々藤丸の近くまで後退した。

 

「……すまない、マシュ殿。助かった」

「いえ、いつもお助けいただいているのに比べれば」

「流石のあいつでも、こいつを食らっんなら無事じゃあ──っ!?」

 

 得意げだったドレイクの声が、凍りつく。

 

 目を見張る彼女に三人もそちらを見やり──同じように驚愕した。

 

「ぐ、ぅ……う!」

「み、ミノタウロス、健在です!?」

「おいおい、頑丈にも程があるだろ……!」

「一筋縄では、いかぬな」

「ま、も……る…………!」

「…………?」

 

 

 

(守る……守るって、今言ったのか?)

 

 

 

 マシュ達が臨戦体勢を取り直す中、藤丸だけは懐疑的に表情を変えていた。

 

 砕けて地面に転がった鉄面の奥に隠されていた、人間らしい顔。

 

 血に塗れたその顔は戦意に猛り、赤い瞳は猛獣のように煌めいている。

 

 その奥に何か、譲れぬ決意のような……

 

「やれやれ、全くこの海は退屈しないねぇ!」

「再び交戦に入ります!」

「立ち塞がるというのなら、打ち破らねばなるまい」

「……っ!」

 

 答えに辿り着く前に、再び戦いが始まろうかという、その時。

 

 

 

 

 

 

 

「──お待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 響いた声と足音に、全員がそちらを振り向く。

 

 廊下の向こう、迷宮の奥へと繋がる方向から、息を切らせて美しい少女が走ってきた。

 

「あれは……なんだい?」

「この魔力反応、第二のサーヴァントです!」

「えう、りゅあれ……!」

「……ふむ」

 

 ドレイクが訝しみ、マシュが警戒を強める。

 

 だが、これまでとは違う声音で名前らしき言葉を呟いたミノタウロスに、灰が武装を解いた。

 

「バーサーカーさん? どうしたんですか?」

「潮時、だな」

「え……」

 

 そうしているうちに、少女がこちらに到達する。

 

 彼女はミノタウロスの前に立つと、華奢な体でその巨躯を庇うようにした。

 

「ついていけばいいんでしょう!?」

「「「…………へ?」」」

「お目当ては私だけでしょう、これ以上はもういいわ!」

 

 なにやら、身代わりになるとでもいうような科白を並べる少女。

 

 藤丸、マシュ、ドレイク、三人は顔を見合わせ、キョトンとする。

 

 静かに武具をソウルに仕舞い込んだ灰が闘志を吐き出すように息を吐き、壁に背を預けた。

 

 完全に警戒を解いた彼に、何かを察した三人は、またミノタウロスと少女を見て。

 

「……えっと。お目当てじゃ、ないです」

「………………う?」

「…………はい?」

 

 場に、沈黙が訪れた。

 

 一拍、二拍と時が流れ、互いに気まずいような、呆気に取られたような顔を見せ合い。

 

 やがて現状の食い違いを理解すると、少女が頭痛を抑えるように額を抑える。

 

「……オーケー、わかったわ。どうやら貴方達、()()みたいね」

「違う? な、なんのことかわかりませんが、対話が可能ならば一度話し合いませんか?」

「ええ。そちらの方が私も楽でいいわ」

「ぅ…………」

「〝アステリオス〟、大丈夫よ。ご苦労様」

 

 ひとまず、対話と相なった。

 

 

 

 

 それから十数分ほどして。

 

「……つまり、貴方達がここへ来たのは聖杯探索の一環であって、私達を狙ってきたわけではないのね?」

「はい。この島に貴女方がいる、という事すら我々は知りませんでした」

「で。そっちは自分達を付け狙ってる〝誰か〟と勘違いして、島に結界を張ったってわけかい」

「どちらかといえば、閉じ込めるよりも連中(てき)の侵入を防ぐものだったのだけれど。それにしても紛らわしいのよ、貴方達」

「あはは……」

 

 呆れる少女に、藤丸達は苦笑するしかない。

 

 それからふと、彼は思い出したような顔をした。

 

「そういえば、貴女は……」

「〝エウリュアレ〟よ。クラスはアーチャー。完璧な少女偶像(アイドル)とされた女神、よく覚えておきなさい」

「エウリュアレさん。その、ステンノっていう女神様、知ってます……?」

「あら、(ステンノ)を知ってるの? どこかでサーヴァントとして召喚でもされたのかしら」

「はは……」

 

 苦笑いする藤丸とマシュの脳裏に、第二特異点の記憶がよぎる。

 

 形のある島、怪しげな女神、ダンジョン……大変な経験であった。

 

「まあいいわ。こっちのでかいのは〝アステリオス〟。バーサーカーね」

「ん。よろ、しく」

「よ、よろしくお願いします」

 

 軽く頭を下げるミノタウロス、改めアステリオスに倣って藤丸達も一礼。

 

 あぐらをかいてエウリュアレの後ろに座り込んだ彼からは、すっかり戦意が消えている。

 

「しかし、なるほど。ミノタウロスではなく、本来の名前であるアステリオスなのですね……」

「確か、ミノス王の牛、って意味だっけ?」

「この子は、偶然迷宮に迷い込んだ私のことを守ってくれていたの」

「先程も言っていましたね。エウリュアレさんは誰かに追われているのですか?」

「それがもう、厄介も厄介なやつに目をつけられて迷惑してるのよ。あんなド変態サーヴァント、ギリシャにもいなかったわ」

「「「「……!」」」」

 

 呆れと軽蔑を含んだ言葉に、藤丸達がアイコンタクトを取る。

 

 例のサーヴァントが強く興味を示した島に、サーヴァントが二人。

 

 この状況、偶然とは思えない。

 

 そのヴァイキングのサーヴァントか、あるいは繋がりのある者か……

 

「てっきり、そこの人間がアレのマスターだと思ったのだけど……違うようだし。はぁ、出てきて損したわ」

「す、すみません?」

「でも、そうじゃなかったらアステリオスをもっと傷付けてたかもしれないし。よかったよ」

「ふーん、そ」

 

 いかにも興味なさげに返答し、エウリュアレは藤丸らを見る。

 

「で。あんた達はこの島を出たいから、結界を解除してほしいのよね?」

「できれば、そうしていただけると助かるのですが」

「うーん、どうしようかしら……もしそれであいつらに見つかったら面倒だし、かといって殺されるのは絶対に嫌だし……アステリオスを見捨てるなんて、絶対に……」

 

 自ら解くか、あるいはもっと悲惨な方法をとるか。

 

 藤丸達としても、できれば前者が好ましい。

 

 

 

 

 難しい顔で考え込むエウリュアレと、それを見守る彼ら。

 

 最初に答えを出したのは──意外なことに、ドレイクであった。

 

「じゃあ、こういうのはどうだい? あんたら二人とも、()()()()()()()()ってのはさ」

「えっ?」

「フォフォ?」

 

 意表を突かれたか、エウリュアレは予想だにしないという反応を見せた。

 

「船長、それは俺達と同じようにってこと?」

「ま、そうだね」

 

 ニヤリ、といかにも悪そうに笑った彼女は、一歩前に出る。

 

 エウリュアレとアステリオスの両者をしっかりと見てから、声を大きく語り出した。

 

「要するに、アンタらはこの迷宮に引きこもるほど切羽詰まってるわけだろう? さっき見た通り、アタシらはそこそこやるよ。身を守るにはうってつけだと思うけどね」

「それは……そうだけど」

「アタシらは今、とんでもなく波瀾万丈な船旅の途中で、タフなやつは多ければ多いほどいい。ついでに男連中がやる気を出す花もね。つまりこれは、どっちにも利益がある()()ってわけさ」

 

 だから、と一言置いて。

 

「どうだい?」

「………………」

 

 エウリュアレは、再び難しい顔をした。

 

 その表情のまま、さまざまなことを思い巡らせているのが伺える目で黙考し。

 

 やがて区切りがついたのか、少し疲れたようにため息を吐いた。

 

「……そう、ね。悪くない話だと思うわ」

「よっし、そうこなくっちゃ。いやぁ、こんな面白いヤツら、見逃したとあっちゃ海賊の恥ってね!」

 

 満足げに大笑いするドレイクに苦笑する藤丸達であるが、しかし内心は安堵していた。

 

 互いのことを思い合っているように見える二人を置いていくのは、なんだか気持ちが良くない。

 

 なんとも言えない顔をしつつ、エウリュアレは背後を見る。

 

「貴方は、それでいい?」

「……エウリュアレが、それで、いいなら。一人は、さびしい」

「そう……なら、貴女の船とやらに乗ってあげるわ。せいぜい、良い部屋を用意することね」

「ハッ、威勢がいいね。それくらいがちょうどいいよ」

 

 こうして、比較的穏便に話は纏まり。

 

 新たにエウリュアレとアステリオスが旅路に加わった。

 

「それじゃあ、やってちょうだい」

「わかっ、た」 

 

 立ち上がったアステリオスが、迷宮を見渡す。

 

 直後、周囲の魔力が急激に変容するのを藤丸達は肌で感じ取った。

 

 驚いて周囲を見回せば、みるみるうちに白亜の回廊が姿形を変えていった。

 

 壁が、柱が、階段が消えていき、その奥から岩肌が露出していく。

 

 一瞬もしない間に、そこはなんの変哲もない天然の洞窟へと変わり果てた。

 

「す、すごい……一瞬で……」

「入り口が、すぐ後ろに……たったこれだけの距離が、あれほどの…………」

「英霊ならではの神秘、といったところだな」

「本当に、楽しみに事欠かない旅さね」

 

 

 

 

 

 ドレイクの言葉に、確かに、と頷いてしまう二人である。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

『──では、新たな英霊を二騎引き入れ、結果的に結界が解除されたということですね』

「はい、もう出航できると思います」

 

 通信越しに、火防女はそうですか、と答える。

 

 迷宮の消失と共にエウリュアレが結界を解き、こうして通信魔術も復活した。

 

『いやー、安心したよ。突然通信が遮断されたものだから。こちらでも存在の確認はできているとはいえ、焦った焦った』

「すみませんドクター、心配かけて」

『いや。おかげで新しい英霊の参入という、良い状況をもたらしたからね。ここは役得だったと思っておこう』

 

 あくまで楽観的に、しかし労わるような声音で言うロマンに藤丸とマシュは顔を見渡せ、微笑む。

 

 ゆるふわだのなんだのと揶揄っているが、こういったところに助けられているのは確かだった。

 

「しかし、ただ帰るってのも面白くないねぇ」

「はぁ?」

 

 ぼやくように言うドレイクに、エウリュアレが怪訝な声を上げる。

 

 アステリオスにしゃがませ、肩に陣取った彼女はすぐにでも島を離れたいという顔だ。

 

「いやね。この洞窟は奥があるみたいじゃないか。アンタらは行ったことあるのかい?」

「ないわよ。すぐ迷宮に迷い込んだのだから」

「奥、しらない」

「そうかい! 尚更、隅々まで調べつくそうじゃないか!」

「せ、船長! ここは船に戻った方が──」

「かぁー、真面目なことは言いっこなしだよ。さっきもそう言ったろ?」

 

 マシュが言い切る前に、肩に手を回して中断させたドレイクは人差し指を振る。

 

「冒険は行けるとこまで行ってこそ。途中で引き返すのは気持ち良くない。な? わかるだろ?」

「ど、同意を求められましても……」

「……でも、ちょっと気になるかも」

「先輩!?」

「藤丸、よく言った!」

 

 藤丸とて17の健全男児。男の子的な好奇心が疼くのは仕方があるまい。

 

「そら、アンタのマスター? がそう言ってんだ。異論はないね」

「わっ、ちょっ、船長!」

 

 我が意を得たり、と笑ったドレイクは、マシュが何かを言い募る前にそのまま連れていってしまう。

 

 少し楽しそうな顔をした藤丸も後に続き、当然のように灰が彼の背後を守るように歩み出す。

 

「……これ、私達も行かなきゃいけないのかしら」

「……う」

 

 

 

 

 

 そんなドレイクの思いつきにより、突発的な洞窟探検が始まった。

 

 

 

 

 

 道のりは案の定と言うべきか、楽ではなかった。

 

 道中には動く骸骨や怪物、どこぞの島を彷彿とさせる敵が待ち構えていたのである。

 

 アステリオス達がいた影響か、はたまたこの海に封じ込められた〝思念〟のせいか。

 

 おまけに道はかなり不安定で、魔術による身体強化がなければ藤丸は途中でリタイアするレベルだ。

 

「ゼェ、ゼェ……あ、あんなに敵がいるとはね」

「に、人間にはキッツい……」

「フォウ……」

「情けないわねぇ」

 

 迷宮探索以上に疲労しながらも、着実に一行は前へと進んでいた。

 

 現に、汗を拭う藤丸の目は道の先にある光を捉えている。

 

「あれが、出口みたいですね……」

「結局お宝の一つもなかったとは……」

「いえ、でも船長、もしかしたらこの先に伝説の武器とか隠されてるかも!」

「らしいねぇ、藤丸。そういうの、嫌いじゃあないよ!」

 

 体に最後の活を入れ、ドレイクと藤丸は大きく踏み出す。

 

 彼らの目にはまだ見ぬ秘宝への期待が滲んでおり、自然と出口へ向かう足も早くなった。

 

「俺達の冒険は──!」

「まだまだこれからさ──!」

 

 足早に、光の向こうへ踏み込んだ彼らを待っていたのは──

 

 

 

 なんの変哲もない、崖であった。

 

 

 

「…………と、徒労」

「まあ、こんなもんだよねぇ……」

「フォーウ……」

 

 がっくりとうなだれる二人。なんとなくこんなオチになる気はしていたのだ。

 

 ドッと沸いてきた疲労感にその場で腰を下ろす二人に、後からやってきたマシュ達が歩み寄る。

 

 彼女達は、崖の向こうを見て……ふと、灰が藤丸の肩に手を置いた。

 

「マスター。一概に無駄足というのは早計かもしれないぞ」

「……どういうこと?」

「立ち上がって、そして見たまえ。中々に()()()()ぞ?」

 

 不思議に思いつつも、他ならぬ灰が言うのならと藤丸は立つ。

 

 そして、自分よりも前にあるマシュの背中を見て、その少し後ろから覗き込み。

 

「────」

 

 その光景に、心奪われた。

 

 

 

 

 

 どこまでも、どこまでも広がる、大海原。

 

 

 

 

 

 茜の光に照らされて、美しく輝き続ける、彼方まで続く海。

 

 

 

 

 

 同じ様に、されど鮮やかに色づいた空の下、煌めく水面が優雅に波打つ。

 

 

 

 

 

 その穏やかな音が、香る潮風が、暖かな太陽が、その全てが。

 

 

 

 

 

「……キレイ」

 

 誰かが、そう呟いた。

 

 その場にいた誰か、かもしれない。

 

 あるいは、管制室からその光景を見た、カルデアの誰かかも。

 

 ああ、けれど、確かに。

 

「──行けるところまで、行ってよかった。こんなに、素晴らしいものが見られるなんて」

 

 藤丸立香は、聞いたのだ。

 

 その隣で、少女の小さな、けれど大きな喜びと感動を孕んだ、呟きを。

 

「この世界は。こんな色彩(いろ)をしているんですね……」

「…………そうだね」

 

 綺麗だと、彼も思った。

 

 でもそれは、きっと彼女の感じる何分の一にも満たないのだろうな、とも思った。

 

 だって自分は──こんなに、慈しむように笑ってはいないだろうから。

 

 

(君が、そうやって笑う度。俺は、まだまだ知らないなって、そう思うんだ)

 

 

 それを自覚する度、藤丸立香は思いを強くする。

 

 まだ、多くを知らない。

 

 多くを語り合っておらず、多くを共に過ごしてもおらず。

 

 でも。

 

 

(きっと、知らないからこそ。俺は──)

 

 

 ふと、マシュは音を聞いた。

 

 それは自分のすぐ隣からで、振り向いてみればそこには一人の少年がいる。

 

 彼は、そこに立っていた。まるで、自分が見ているそれを、感じているものを、少しでも多く共有するかのように。 

 

「先輩、海がとても綺麗ですね」

「……あぁ。とっても」

「船長は、約束を守ってくれました」

 

 

 

 アンタらが知らない海を、もっと見せてやるよ──

 

 

 思い返す。

 

 笑い合い、二人はまた海を見た。

 

 

(分かっていきたいと、思うんだ。少しずつでも、知れるように)

 

 

「くくっ、青春だねぇ」

「はぁ……さっさと船に行きたいのだけど」

「う」

「…………美しい、な」

 

 

(あの、掻き分けられぬ海原を進むような旅路の果て。その一端がこれならば──ああ、我が苦行に、意味はあったのだろうか)

 

 

 騎士は見る。

 

 素晴らしき光景。その中で笑い合う、得る者すべてに確と向き合う生者の輝きを。

 

 それは、なんて眩くて、愛おしくて……

 

 

 

 

 

『…………星の開拓者、か』

 

 

 

 

 

 ふと。誰かの呟きが木霊した。

 

 

 

 

 

 





ハッスルしすぎて九千文字近くになっちゃいました笑


読んでいただき、ありがとうございます。


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