永遠神剣の宇宙にあるまじきほのぼの
人間味を感じられない部屋に響いたのは、そこにあったベッドに死体のように横たわっていた少年の口から出た言葉だった。
その言葉も、部屋の内装に見合った人間味を感じられない硬い言葉であり、彼の所作も合わせて機械なのではないかと言われても誰も否定できないであろうものだった。
そんな少年……マキナは一度目を閉じ、もう一度目を開く。
それだけで、先ほどまでの機械的な雰囲気から、わずかではあるが人間味を宿したと傍目に見てわかる状態になっていた。
彼が部屋の扉に視線を向ける。
何か音が聞こえてくるわけではない。
けれど、彼の脳は今の時間帯と普段の様相から、ここから起きることを知っていた。
パタン、と扉が開く。
部屋の外、扉の開いた先にいた少女が目を覚ましているマキナの姿を見て目を丸くする。
そんな少女の様子を見てマキナは表情を緩め、それを見た少女……ユーフォリアも笑顔になる。
それはまるで、彼女自身の蒼穹の髪色と合わせて、マキナに青空で燦爛と輝く太陽を思わせる笑みだった。
「おはよう、ユーフィー」
「うん、おはよう、まーくん」
かちゃりと食器が音を鳴らす。
ダイニングで朝食をとるのはマキナとユーフォリアの二人だけ。
そもそも、この家で暮らしているのは二人だけなので、それ以外の誰かが来る場合はマキナにも伝えられているために二人だけで何もおかしなことはないのだが。
「そういえば、まーくん何か思い出せた?」
首をかしげたユーフォリアの言葉に、マキナは苦笑しながら首を横に振る。
マキナは俗に記憶喪失と呼ばれる類の人間……いいや、
人間にしか見えない見た目をしていようとも、その内側は人外たる証拠を示すように機械によって構成されている。
そんな彼は、その記憶領域に破損があるためにユーフォリアと出会う以前のことをほとんど覚えていない。
出会った当初からそのことを気にしていたユーフォリアは今日も今日とてそのことを問いかける。
それに対してマキナが首を横に振るまでがワンセット。
もしも思い出してしまったら、かつてユーフォリアの両親も含めての四人暮らしから二人暮らしに変わった時と同じように、また生活が崩れるかもしれないと思えば、ユーフォリアはそのことを喜べばいいのか、それとも悲しめばいいのかよくわからなくなって複雑な気持ちになる。
「思い出せなくても別に問題ないよ」
毎日のように一緒に過ごして、その度にその気持ちを表面に出せば相手に不安を与えてしまうと思ったのか、いつの頃からかユーフォリアは感情を顔に出さないことがうまくなった。
それでも彼女と近しい関係性にある人物ならば誰でも彼女が不安などのネガティブな感情を隠していることはわかる。
マキナもまた、彼女が隠している感情を
「思い出してこの生活が壊れるかもしれないなら、思い出せないままでも問題ないよ」
「……もう」
もともとユーフォリアに拾われて、何も記憶がないままユーフォリアの両親にも受け入れられて、そうして四人で暮らしていた。
記憶の一部……というよりも機械として与えられた命令を思い出したことでその生活は崩れ、そして今二人で過ごすことになっている。
二人暮らしそのものが嫌だ、なんてことは二人ともノータイムで否定するが、一度生活が崩れたことは一つの懸念を与えている。
マキナの過去には何があるのか、知りたい気持ちがないといえば嘘になるが、それで今の生活が崩れるくらいなら知らなくてもいい、という気持ちが本人の中にもユーフォリアの中にもあった。
相手が思い出さないことを望んでいる自分にユーフォリアは嫌な気持ちを抱いていたが、それはまた別の話。
少なくとも、今こうしてマキナもこの生活を楽しんでいることを理解できたのはユーフォリアにとって間違いなく嬉しかったし、少しその言葉が恥ずかしくて顔を赤くしていた。
「新婚生活が壊れたら困るしね」
そのことに気がついていたマキナは、少し態とらしいまでの言葉で話を断ち切りにかかる。
この言葉を放てば、ユーフォリアがもう、と文句を言いたげになりながらもそれ以上の言葉を何も言わないことを知っていたから。
目覚める前、目覚めた直後、相手の感情の機微の審査、そういったちょっとした部分で彼が普通の生命体ではなく”機械”生命体なのだということを理解させられるが、それでもこうしてユーフォリアと話すマキナは、ユーフォリアが好きになった男の子のままだった。
「最初の頃は大変だったもんね」
苦笑するユーフォリアに合わせて苦笑するマキナだが、その時のことを思えばその程度で済ませられるはずもない代物だった。
まず、二人とも料理をしたことがない。
マキナがレシピを
次に、ユーフォリアが結婚したということを聞いて彼女のことを知るエターナルたちがこぞってやってきた。
エターナル同士から生まれた子供、生まれながらのエターナルということで数多のエターナルがユーフォリアのことを知っていて、その純粋さを知っていたゆえに、彼女が騙されているのではないかと心配してやってきたのだ。
唯一の例外は倉橋時深。彼女だけは、すでにして何があったのかを未来視の瞳で確認していたのかやってくることはなかった。
代わりに、二人での生活が始まる前に少しばかりの干渉があったのは、今にして思うにそれが他のエターナルたちがやってきたことと同じだったのだろう。
そのことを思い出して、少しばかりしんみりとする。
あの時の事件のせいで、ユーフォリアにはわずかばかり他の面々に対する確執と呼ぶには小さ過ぎる壁が生まれていた。
自分が男を見る目を信用されていないということが発覚したので、マキナのことが信用できるのだということを見せつけてやる、とちょっとだけ他の人たちに対して悪感情を抱いてしまっていた。
「ユ、ユーフィー?」
「うん、なあに?」
その思いを思い出したことで、彼の信用できるところを確かめようと思ってしまった。
ユーフォリアはマキナの正面からその横にまで回り込み、腕を抱くようにして至近距離から顔を見つめている。
彼女には性的な知識はまるでないが、それでも裸を見られるのは恥ずかしいという気持ちはあるし、見知らぬ異性に胸を触られるのは嫌だし、キスをするのは好きな相手だけだということはちゃんと知っている。
だから、彼女が何かするよりも先にキスできてしまう距離での行動というだけで、ユーフォリアがキスをされても問題ないと思っていることがはっきりと伝わってしまう。
甘い、甘い声。普段の彼女からは考えられないほどに甘えた、媚びた声。
それらにマキナは動揺する。
マキナは見た目には16歳程度の少年。
その見た目だけではなく精神性も、記憶を失う前であればわからないが今の彼は見た目相応であろうと判断できる程度。
ユーフォリアは、本来であれば見た目には10歳ほどなのだが、夫婦としてあるためにマキナが変な邪推をされないように概念情報をいじって一時的に同年代程度にまで成長している。
それでも頭一つ分程度はマキナの方が大きく、結果としてユーフォリアの濡れた瞳に上目遣いをされるような形になった。
「キス、したい?」
それはどちらが、なのか。
聞いたマキナにもわからなかった。
「うん、したいよ」
それは自分が、なのか。それとも彼の表情がしたいと言っているのか。
答えたユーフォリアにもわからなかった。
ただ、どちらからともなく唇が近づいたことは事実だったし、数秒後に二人の距離が0になったのも事実だった。
この作品は、ユーフォリアと新婚になった男の子のほのぼのです。
そして夫婦だから敬語なしだ……