ストックホルム症候群、そんなものがあるらしい。

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古典では「女」と書いて、娘と読む。古典では「妹」と書いて、愛しいあなたと読む。
そんな事を考えて書いた自己満小説です。



蛇竜が如く

この物語は一人の男の物語である。

 

 その童は秘境、幻想郷の人里にて産声をあげた。農家の三男だった。性は無し、名は辰巳。辰巳の時刻に生まれたから辰巳。何のひねりもない名前で、生まれた童も当然の如くごく一般的な人間だった。彼に転機が訪れるまで彼は本当に何の特徴もない人の子だった。

 

 しかし転機は唐突に訪れた。彼が数えで5歳となる年、好奇心ゆえに彼を含む8人が人里を飛び出し恐ろしい鬼にさらわれてしまう。未だ弾幕ごっこなど存在せず、恐ろしい妖怪が闊歩していた当時の妖怪の山で鬼退治のための人質に取られた彼等はその後、当代の博麗の巫女によって救出された。しかし、妖怪の山に入り込んだ子供らに非があるという理由で鬼に賢者からの処罰は無く、その強い鬼は退治されることもなく戦闘を楽しむだけ楽しんで何処かへ消えていった。

 

 この事件を機に人里の人々は妖怪に対する恐怖を増大させたが、しかし攫われた当事者の一人である辰巳だけは違った。恋をしたのだ。あの鬼に。それは恐怖による錯覚かもしれない、自分は何かおかしいのかもしれない、そんな苦悶を抱きつつしかし諦めきれなかったのだ。己の恋心を自覚して後に、彼は生徒の殆どが寝てしまう上白沢慧音による授業を寝ないようになったし、家の手伝いの合間に暇さえあれば刀を素振りするようになった。彼は三男故に比較的自由度が高く、持ち得る自由の全てを己の恋の成就の為の準備に注ぐことが出来た。

 

 時は流れ弾幕ごっこというゲームが各勢力に認知され始めるようになり、彼が齢17を数えるようになった時に彼は出奔した。家に置き手紙一つ残して、有り金と鈍刀を引っさげて無謀にも妖怪の山へ向かったのだ。

 

 

 

「貴様ッ!人里のものだな!これより先は我ら天狗の地である!速やかに出て行くが良い!さもなければ命はないッ!」

 

 無論、監視役の白狼天狗が出てくる、そんな事は分かっていた。一応紙面上では弾幕ごっこについて伝えられており、以前のように即座に殺害という事は無いものの警告無視が行われたとなれば、やはりあっさりと侵入者を殺してしまうような状況にある。だが、この辰巳は一つ目の賭けに勝ったのだ。妖怪の山に入り、すぐに殺されなかった。これこそが何よりも自分の恋を運命が応援している証拠である。故に恐れる事なく、戸惑う事なく、ためらう事なく行動に出るとしよう。

 

「鬼に会わせて下さいッッッ!」

 

 刀を脇に置き、土下座ッ。何のためらいもなく地に頭を擦り付け、手のひらは上向きッ!最上位の服従を示すッ!敗北のベストオブベストッ!

 

 

 反応出来ない。どうすれば良いのか。この山の監視役である犬走椛をして初めて見る状況。鞍馬天狗が人の子を鍛え、交流した話は知っているものの、まさか自分がこんな状況に置かれようとは夢にも思わなかった。

 

「……とりあえず説明しろ。なんなんだお前は」

 

 

 もはや会話の主導権は完全に辰巳のものとなっていた。そして土下座している男が土下座したまま、土下座されている白狼天狗に説明を始める。

 

 

 「俺は辰巳って名前なんですが十数年前にこの山で鬼に攫われたうちの一人です。いろんな人に迷惑をかけた。それでもッ、俺はその鬼に恋をしてしまったんです。今でもあの鬼のことが忘れられない。夫婦になりたいッ!最悪でもこの想いをどうにかして伝えたいッ。だから、あなたらに迷惑を承知で言う。頼む、俺を彼女に会わせてくださいッッッ」

 

 組織の天狗的に言えばここは完全に鼻で笑って追い返しても良い場面である。しかしまぁ、仕事で退屈な日々を過ごす存在にとってラブロマンスがいつの時代も娯楽となるのは当然のこと。しかも当事者が過去の上司相手に懸想していて、千里眼によって逐次経過を見ることが出来るとなればまぁ、面白そうなので一人の妖怪として背を押してしまうのも仕方ないのではないか。そう、これは仕方ないのだ。

 

 「ふふふっ…そうだな、お前を鬼に合わせる事は出来ない。しかし、お前に少し助言してやろう。」

 

 少し偉そうだったか。いや、勿論人間相手に強く出るのは天狗的に全然問題無いのだが言動に出てしまうとは、よほど天狗の縦社会にストレスがたまっていたのだろうか。休みと娯楽がもっと必要だな。

 

 「聞き逃すなよ。一つ、私の名前は犬走椛だ。二つ、鬼はもうこの山にいない。鬼は地底へ降りていった。三つ、貴様それなりに鍛えているようだが危機感がなさすぎる。せめて武器くらいマトモなものを使え。四つ、他の妖怪の前では絶対に媚びるな。もう一度言うが貴様は危機感がなさすぎる。以上だ」

 

 ……我ながらとてもタメになるお話である。とは言ってもこの程度の助言がタメになる辰巳の危機管理能力が極めて低いのだ。彼の剣の腕は半人庭師未満、人里の自警団以上といったものであり、とてもではないが中級妖怪以上相手に生き残れるものではない。そういう意味では私相手に初手土下座は現状で最も有効な手段だったのかもしれない。

 

 辰巳は土下座をやめない……。媚びるなと注意されてなお土下座し続けるとはたまげた馬鹿である。が、馬鹿の方が案外上手く行くときもあるというものか。

 

 「ありがとうございます!それと、そのもし知っていたら教えて欲しいんですがッ、俺が惚れた鬼の名前は伊吹萃香さんであっていますかッ⁈…幻想郷縁起に書いてある鬼の名前は知ってるんですけど、どの鬼かまでは分からなくて…。あってるとは思うんですけど…念のために…」

 

 これはひどい。普通に考えたら、聞かれた側からしたら「知るか」と一蹴したくなるような発言である。とはいえ、一度助言した以上、二度も三度も変わらないので教えてやろう。

 

 「はぁ…、お前が惚れた相手かどうかはともかく、お前をさらった鬼は伊吹萃香様で間違いない。そら、私の昼食時も近いからさっさとこの山を降りて博麗神社へでも行ってこい。日が沈まないうちにな。」

 

 「犬走さんッ、ありがとうございましたッッッ」

 

 

 

 

 何という優しさだろうか。何という寛大さだろうか。感謝、圧倒的感謝。犬走さんはなんて良い人なのだろうか。犬走さんの助言を無駄にしないように行動しなければ…。まず行くべきは博麗神社だ。そこで魔除けの霊符を購入して、霖之助のところまで安全に行けるようにしてもらった後、香霖堂で良さげな武器を探そう。そしたら、地底へ向かう方法を探さなくては…。

 

 「よし、幸い殆ど山を登ってないから、今から歩けば日が沈む前に博麗神社に到着出来る。これなら今日中に香霖堂に到着できる筈だ。急ぐぞ」

 

 しかし、数年前に巫女が変わって、当代の巫女はまだ11とからしいが霊符の効果は大丈夫なのか。いや、仮にも博麗の巫女に選ばれるほどなのだから俺より遥かに強いのだろう。あ、そうだ。ついでに恋愛成就のお守りも買っておこう。霖之助の所に泊めて貰えば宿代は要らないから多少の奮発は構わないだろう。そう、未来への投資というやつだ。

 

 

 

 彼はどうやら森近霖之助の所で武器を貰う挙句、寝泊りまでさせてもらうつもりらしい。何と図々しい男だろうか、と言いたいが友人同士なんてこんなものなのかもしれない。上白沢慧音の授業を寝ずに受けており、惚れた相手故に妖怪や半妖に対して無頓着な辰巳と、半妖であり蘊蓄を語るのが好きな霖之助は親友といっても過言でない程の仲のようであるから今回のようなことも過去に何回かあったのだろう。そもそも、霖之助は自分より随分歳下の家出少女を何回も家に泊めて、かなりの物を無料であげている事を考えれば元よりそういう男なのだと私は思う。

 

 二礼二泊一礼。神社の詳しい参拝方法など知らぬとばかりに手水舎を無視して賽銭箱へ直行しお金を投げ入れる辰巳。

 

「あの〜、博麗さんはいま大丈夫ですか〜。」

 

「ズズズズッ……」

 

 茶を啜っている彼女が当代の博麗の巫女である博麗霊夢である。現在まだ子供である彼女は妖怪の賢者によって生活が保障されているので大して働いていないが生活が保障されている。まるで高等遊民のような余裕綽々ぶりだ、羨ましい。数年後にネタ半分とはいえ賽銭乞食もどきになるなど一体誰が予想できるだろうか。

 

 「まちなさい。お茶を飲みおわったら話を聞いてあげるわよ。」

 

 博麗神社までの長い階段を歩いて登ってきた相手に対して、お茶を飲み終わるまで待たせるあたり、流石博麗の巫女だけあって図太いものである。

 

 「ふぅ…、それで何のよう?よく歩いてきたわね。」

 

 「この分のお金で出来るだけ高い効果の魔除の霊符と、恋愛成就のお守りを下さい。あ、あと地底への行き方って知ってますか?」

 

 「はい、どうぞ。地底ねぇ…。詳しくは知らないけど地底って言うくらいなんだから地面に空いてる穴から行けるんじゃないかしら。ただ、あんたみたいなのが行っても死ぬだけだと思うわよ。何しに行くのよ?」

 

 「天狗の犬走さんから俺の想い人が地底に降りていったって聞いたので。恋心を伝えに会いに行くんです。ただ、それより先に香霖堂にこれから行くつもりです」

 

 空気がざわめいたか?辰巳の馬鹿丸出しの返答に興味を持った存在でもいたのだろうか。だとしたら、そいつは相当に愚直な人間が好きな、鬼みたいな存在なのかもしれない。

 

 「そっ、まぁせいぜい頑張りなさい。ただ、あんたが勝手に死にかけても私は動けないから。覚えときなさい。」

 

 「うっ、大丈夫です。覚悟はしましたから。」

 

 

 そう。覚悟はもうしたのだろう。今更戻るなどそんなことは出来ないぞ。そうすれば一生後悔する事になるだろうからな。

 

 その覚悟に歓喜するように空気が震えたような気がした。

 

 

 「へぇ、なかなか面白い奴じゃないか。今時珍しいくらいの馬鹿な人間だね。」

 

 

 

 「おーい。霖之助入るぞー。」

 

 香霖堂に到着した。夜も更けているので家主の了承も得ずに入っていく。霖之助の方も夜にわざわざ外に出て来客対応など基本的にしないようなのでこれでいいのかもしれない。

 

 「おや、また泊まりに来たのかい?君といい、魔理沙といい、ここを無料の民宿かなにかと勘違いしていないかい?」

 

 さもありなん。彼の中での認識では家出した時の避難所であり、加えて頼めば何でもしてくれる友人とかそんなものだろう。

 

 「おう!家出したから泊めてくれ!ついでに何か強い武器とかあるか?」

 

 「はぁ……泊まっていくのはいいけど、武器なんて何に使うんだい。まさかとは思うが、何処かの誰かに喧嘩でも売りにいくんじゃ無いだろうな。」

 

 当然の反応だった。いくら友人といえ、いきなり強い武器が欲しいとか言われたら誰だってそうなる。八卦炉を簡単に魔理沙に渡すような霖之助であるから、恐ろしい武器をポイッと渡してしまうかと思いきやかなりまともな反応である。それだけ魔理沙へ思うところが強かったということなのかもしれないが。

 「いや、惚れた相手に会いにいくのに強い武器が必要なんだ。」

 

 かくかくしかじか…と、事の成り行きを説明しつつ協力を求める。友人である霖之助は辰巳が惚れた相手が鬼であることを知っているので中々スムーズに話が進み、夕食をつまみ、酒が入り、話がそれて、酒が入り、話がそれて……

 

 「…あっちの壺は……として有名な…そうこの杖は……由来の…、この剣は特に……ヤマタノ……、伊吹大明神と……かのヤマトタケル……を変え……の力…」

 

 最低だ。こいつ親友を酒で潰しやがった。半妖の霖之助が辰巳より酒に弱いわけもなく、となればこれは明らかな計画的犯行だろう。目的のために手段を選ばないといえば聞こえがいいかもしれないが、やった事は紛う事なきクソ野郎である。

 

 翌朝になっても酒が抜けずに頭痛に苦しむ霖之助に適当に物を持っていく事を了承してもらい、永遠亭印の頭痛薬を飲ませて颯爽と香霖堂を去る辰巳。良さげな剣を一つ卑怯な手段で手に入れようとした割にアフターケアを忘れていない。5分もせずに二日酔いは治るだろうと急いで地底へ向かうのだった。

 

 「つっ、あああああっ!あいつ、なんて物持って行きやがったんだ。あの剣は非売品の棚に置いておいたはずだろっ。一見するとただのボロ刀なのになんでピンポイントでそれだけ持っていくんだ…」

 

 その疑問に対する答えは明確である。昨晩、酒にや酔った霖之助が数時間にも渡って喋り続けた品目の中にあの草薙の剣があったからである。草薙の剣だけやけに蘊蓄を長く喋っていた。というか、何故そんな所に神刀があるのか。私にはそれが一番の驚きだ。

 

 

 「よしっ、武器も手に入れたし、地底へ行くぞ…とは言ったもののどうやって地底へ行こう…。偶然にも穴は見つけたんだが、空を飛べない俺にはこの深さは厳しいぞ」

 

 穴の前で右往左往と、こいつは何をやっているのか。空を飛べない人間には落ちる以外の選択肢などないし、そうしたら脆弱な人の身では死亡確定である。梯子で降りれるほどの深さではないのは一目みてわかると思うのだが。

 

 「ええいッ、ままよッッ!」

 

 アホがいた。いや、阿呆で馬鹿なのは知っていたがまさかそのまま穴に飛び込むとは何という愚かさだろうか。常識的に考えて死亡確定である。

 

 ゴシャグチャバキョメキドチャッ……

 

 おお辰巳よ、なさけない。まさかこんな結末に終わるとは…。これは、地底側に対する嫌がらせではあるまいか。まぁ、火車が回収するだろうからそうでもないのか。期待していたほど面白くならなかったなぁ。

 

 

 

 

「……」

 

 「おっ、死体発見。全く、穴に落ちて死ぬなんて馬鹿な奴だねぇ。パルスィ〜、こいつ持ってくよ〜。」

 

 「好きにしなさい。しかしこいつ、死んでも刀を離さないだなんて、そんなに愛着でもあったのかしら妬ましい。」

 

 

 「あっちゃあ〜、こいつ空飛べなかったのか。死体の最期だけ見て帰るか。」

 

 

 ガタゴトガタゴト。体が揺られて、なんだろう、いでぇぇぇ!身体中がッ、痛い!

 

「いでぇぇぇぇ!なっ、なんだこりゃぁ!」

 

 生きてる。死んだと思ったけど全然生きてる!なんで!怪我が少しづつ治ってる!なんで!

 

 「ぇぇぇぇ、あんたまだ生きてたのかい。完全に死体だと思ったんだけどねぇ。あたいの見間違いか?」

 「うぇっ、火車ぁ!あ、あの、ここってどこですか?」

 

 「地底だよ。旧地獄の中心、旧都の近くさ。あと、別にかしこまんなくても良いよ。ここでそんなだったら舐められるからね」

 

 なるほど。地底にはどうにか来れたのか。なんで生きてるのか自分でもわからないが、そういう事もあるだろう。っと、そうだ。舐められないようにしなくては。

 

 「そうか。分かった。」

 

 「んじゃ、あたいはさとり様のとこに帰るからあんたも達者でな。」

 

 「あぁ。」

 

 地底というからもっと暗いかと思っていたが全然明るくて活気があるな。なんだか随分と体の調子も良いし、早速探すか。

 

 ダアァン!

 

 うぉっ、なんだ?妖怪同士で喧嘩か?他所でやれよ。さっさと他の場所に…

 

 「ん?おい、そこのお前!人間だな?」

 

 ちっ、面倒なことになりそうだ。ん、あの一本角は鬼か?

 

 「そうだが。それがどうかしたか。」

 

 「へぇ、結構気骨ある人間じゃないか。何しにこんなとこまで来たんだい?」

 

 「惚れた女を探しに来たのだ。貴様、鬼だろう。伊吹萃香という鬼がどこにいるか知っているか?」

 

 「へぇ。とんだクソ度胸だ。喧嘩で勝ったら教えてやるよ。我が名は星熊勇儀!鬼の四天王が一人ッ!生憎さっきの喧嘩で盃の中身吹っ飛んじまったから、お前は私の手から盃を落とせば勝ちだ。」

 

 なんだこいつは。ふざけているのか。手から盃を落とせば勝ちだと?それが喧嘩だと?我をどれだけ馬鹿にすれば気がすむのだ。

 

 「断る。盃を捨てろ。」

 

 「何?嫌だね。どうしてもっていうなら捨てさせてみなッ!」

 

 そこまで言うのなら、盃が持てぬよう腕を切り落としてやろう。足を踏み出す。剣を振るう。ッッ、振りが遅い。この体は貧弱過ぎる。こんなもの、避けて欲しいと言っているようなものではないか。クソッ、やはり躱された、返しの拳が飛んで……

 

 「ゥボァァッッ…」

 

  痛い。痛い。痛い。体を治さなくては。肉体を作り変える。今度はもっと力強く、もっと柔軟に、もっと頑丈に、もっと素早く、もっと、もっと!

 

 皮膚に鱗が見え始める。グチャグチャになった肉が蠢いて致命傷だった怪我が消えていく。目はまるで蛇のように瞳孔が縦に。

 

 「あんた、ただの人間じゃないね?随分すごいもの持ってるじゃないか。持ってる剣に侵食されているのかい?」

 

 「ほざけ。どうでも良いだろう。我は我だ。たとえ我が何者であろうが伊吹萃香を好いている気持ちに変わりはないッ!」

 

 「ははははははっ、萃香おまえ、随分好かれてるじゃないか。見てるんだろ、出てこいよ。」

 

 なんだと。いるのか?ここに?伊吹萃香が?なんてことだ。格好悪い所は見せたくない。想いを伝えたい。俺が!誰でもなく俺が!この想いを伝えたいのだ!

 

 「見ているのなら聞けぇ!伊吹萃香ぁ!我は/俺はお前に惚れている!一目惚れだ!目の前の鬼に勝った後で求婚するから待っていろぉ!」

 

 「よぉし、その啖呵気に入ったァ!本気で相手してやるからかかってきなァ!」

 

 無論。言われなくともそのつもりだ。好きな相手の前では負けられない。だから、体はくれてやる。草薙の剣の好きなようにすれば良い。人間で無くなっても構わない。でも、この心だけは譲るつもりはない。武器の分際で使い手を取り込もうなんて、いや違うな。武器に取り込まれる無様なんて萃香に見せたくないのだ。

 

 「おおおおおおおっ!」

 

 さっきの様に力任せの一刀ではない。人間を辞めて、超強化された膂力で叩きつけるようだったさっきの一刀は獣のそれであった。しかしこれからは違う。技を振るう。人外の膂力で武を行使する。

 

 しかし相手はかの語られる怪力乱神。物理的な強さで言えば幻想郷でも上位に君臨する鬼の中でも最上位の四天王である。踏んできた場数が違い過ぎる。刀身が危険であると即座に判断し、全身を使って対応していく。

 

 凄まじい攻防。1秒に10を超える致命の攻撃が両者の間で交差する。膂力は勇儀が上。速度は同等。殺傷力は辰巳が上。リーチの差分だけ辰巳が有利だが、勇儀も慣れてきている。戦局は硬直していた。

 

 「どうやら盃を落とさず、斬撃を喰らわずってのは無理みたいだ。だからこれで決めるとするよ。」

 

 四天王奥義 "三歩必殺"

 

 「ひぃぃぃっっっ!」

 

 早い。速い。疾い。あまりに流麗な動作だったが故に認識よりも速く1歩めは踏み出される。自身の体に刀が刺さるのも御構い無しだ。死ななければ安いものだと、逃げられない様に体を貫通する刀を筋肉で締めて固定する。

 

 「ふぅぅぅっっっ!」

 

 踏み込み。相手の足の甲を地に亀裂が入る程の力で押さえつける。あまりの威力に一般人ならば切断を余儀なくされるほどの肉片へと足は姿を変える。

 

 

 「みぃぃぃぃっっっ!!」

 

 炸裂する。この幻想郷に存在する何者でも無傷でなどいられない拳撃。まさしく必殺技。余波で家屋が数十棟倒壊し、遠巻きでヤジを飛ばしていた奴らも吹っ飛ばすほどの威力。

 

 回避は不可能だった。故に取る手段はたった一つ、殴り飛ばされる前に盃を持つ腕を破壊する。この戦いで刀は確かに最も重要だろう。刀が自分を強くしているのだ。それが無くては戦いの土俵にすら上がれない。……本当にそうか?大事なのは覚悟なのだ。覚悟こそが道を切り拓くのだ。

 

筋肉で固定されて抜けなくなっている刀から手を離す。肉体に供給されていた力が無くなる。だが、まだ体内に力は残っているのだ。狙うは手首。早く、速く、疾く、相手の拳よりほんの少しでも速くッ!

 

 ドガガガァァァァッッッ!

 

 「……惜しかったね。引き分けだ。あんたは胸に大穴が空いて、治る気配が無い。私は手首を千切られて盃を落とした。」

 

 「 ぇ 」

 

 「生きてりゃあんたの勝ちで良かったんだけどね。まぁ、強かったよ」

 

 「 ぁ」

 

 「ん⁈まだ生きてるじゃ無いか⁈、萃香ッ、薬持ってきなッ!」

 

 「はあっ!なんで私が…」

 

 「あんたに惚れてここまで来て、私から盃を落として勝った男だぞ。」

 

「わかったよッ。持ってくるからっ!ほら、あっちの私が持ってきただろっ」

 

 薬酒がブチまけられる。茨木の百薬枡の半分ほどの効果しかないが、それでも延命だけなら十分である。そして延命さえ出来れば、勇儀の体に刺さった草薙の剣が体を勝手に治していく。半刻も経てば傷は治っていた。

 

 

 「ぁぁあ」

 

 生きてるのか?という事は勝ったのか。我ながら信じられないな…

 

 「起きたかい?あっぱれ!今回の勝負、あんたの勝ちさ。体はもう治ってるだろう?萃香ならほら、そっちにいるからさっさと求婚してきな!」

 「あ…、お、おう!」

 

 

 「あ、あのッ、一目惚れでしたッ!伊吹萃香さん、俺と夫婦になって下さいッッ!」

 




草薙の剣はヤマタノオロチの体から出てきたもので、ヤマタノオロチは伊吹大明神と同じだと言われており、伊吹童子はその子供だという。

平安日本では女=娘なので親子の関係とかも全然アリなのかもしれないしそうでないのかもしれない。(光源氏とかもいるしね)

つまり何が言いたいかというと、草薙の剣なんてものが香霖堂にあるのが悪い、と責任転嫁しておく。


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