高校卒業の日、中野二乃は想いを伝える───

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恋の覇道の行方

 五月との喧嘩をきっかけに私は真の意味で変わることはできた。執着し続けたみんなそっくりだった頃に、林間学校で出会った金髪の彼…………まぁ、結局それは今は愛しの彼の単なる変装だったが。その片想いに決着をつけるために長い長い髪と一緒に全てさよならした。……………した、はずだった。

 私たち五つ子が全員本番で初めて赤点回避した学年末考査。その結果と「何か変えてくれそうな気がする」という直感的で抽象的な理由で新しい家にまだ居たいと父親に報告しに単騎で乗り込んだ時、彼はバイクで颯爽と現れた。

 エンジンを蒸すその姿はとても普段からじゃ想像出来ないし、柄でもないのは火を見るよりも明らか。正直腹を抱えて笑えるくらいには似合ってなかった。…………似合ってなかった、のに。あの時の姿は私の目には逞しく、カッコ良く見え、そして幼き日に読んだ御伽噺の白馬の王子様みたいだった。

 そんな風に錯覚を感じた上に、変に雰囲気に充てられたからだろう。彼がバイクでネオンサインが燦然と煌めく街を駆け抜けていくのを振り落とされないと背後で抱き着いていた時、私はふと言葉を紡いでいた。

 

 

「────好きよ」

 

 

 恋心とさよならしたはずなのに、何故か私はその言葉を口にしていた。彼とは生徒と家庭教師の関係。私たち五つ子が全員赤点回避をしてしまえば、“家庭教師”としての彼との関係は一旦終わってしまうと思ったから? 変装していたとはいえ片想いの相手であったことに変わりはないから? それとも…………いや、何はともあれ告白してしまった。その事実に変わりはない。

 

 でも、思えば私と彼の最初の頃の付き合い方は五つ子の中でも間違いなく最悪と言えるに違いない。

 いきなり私たちの家庭教師だと言って現れた彼。私には大切な家に現れ、大切なものを壊す得体の知れない存在。それが私の彼に対するファーストインプレッションだったせいで、随分と酷いことをしていた。

 彼の授業を受けないのは勿論のこと、他の姉妹たちにも何やら色々言って教えを受けさせないように手を回したり、彼の飲み物に睡眠薬を盛ったり。悪辣極まりない行為だと自覚はしている。

 だが、それでも彼は教えることを諦めなかった。しかも、絶対に仕事に関係ないところまでも気遣いしてくるし、終いには「お前らには五人一緒にいてほしい」の思いだけで私と五月の喧嘩にまで介入してきた。どこまでお人好しなんだ、と呆れたくもなるが、多分きっとそういうところもなのだろう。

 

 私は好きになった。林間学校で変装していた君を別人だと思い込んだまま好きになってしまった。

 それに気付くと居ても立っても居られなくなった。バイクの上での告白が聴こえてなかったと言ったから、私は正面から「あんたのことが好きって言ったのよ」と言ってやった。「あんたみたいな男だって地球上に好きになってくれる女の子が一人くらいはいる」の発言に「それが私よ、残念だったわね」とも言ってやった。

 

 …………分かっている。先述の通り、生徒と家庭教師。そもそも恋仲になるはずない関係性なのに、加えて私は彼に酷い仕打ちをし続けてきた。彼の立場で考えて、そんな奴、私なら願い下げだし、恋愛対象として見れるわけがない。でも───対象外なら無理にでも意識させる。それが私の導いた唯一の答えだった。

 だから、私はわざわざバイト先を一緒にしたり、旅行先で会った彼が温泉に浸かっている時に押しかけたり、真夜中に父親の目を欺いて彼に会いに行こうとした。…………まぁ、結局失敗に終わったが。

 でも、その全ては私の恋を叶えるため。私が幸せになるため。その一心で走り続けた結果の話だ。現に好意を向けられることに慣れてない彼には効果覿面だった。

 

 そして、その果て。彼との真の意味で契約終了の高校の卒業式の日。今日、私は彼に告白しようと呼び出した。あまりにもベタすぎるのは承知だったが「式終了後に体育裏に来て」とメールで送って。

 私はすぐに向かった。制服に皺が出来ても構わないから、全力で走った。先に到着して、先に心の準備をしようと。私からちゃんと想いを伝え直すんだから────

 

 

「まだ……いない、わね…………」

 

 

 春先とはいえ、全力疾走すれば身体は火照るし、汗は滴る。少しは身嗜みを整えながら、同時に息も整える。胸元でギュッと手を握りながら、私は思う。

 

 大丈夫、ちゃんと言える。今まで何度も好きだと言ってきたのだ。今回はその締めであり、確実に王手を打つだけの話。抱き着いてもやるし、なんならキスだってする。その関係性を確実のものにするなら、なんだってする。

 

「…………悪い、待たせたな」

 

 そう言って訪れた彼に私はとびっきりの笑みを浮かべて一言。

 

「待ってないわよ、フー君」

「なんかこう…………一年近くそう呼ばれてるのに未だに慣れないな」

「そう? そう思ってくれるなら、私としても嬉しいわ。新鮮な気持ちを味わい続けているわけだし」

「物は言いようだな。…………まぁ、でも、俺の生徒の中で一番変わったのはお前だからな。新鮮なのは確かかもしれん」

 

 今日が卒業式だから、というのもあるだろう。私と彼の間で思い出話が華開く。あの時はああだっただの、あの頃はどうだったの。そんな他愛のない話だけで永遠と続けれる気がしたが、私はそれを惜しげに中断する。

 

「…………二乃?」

「あの…………私の話を、聴いてくれないかしら?」

「別に構わないが……今更なんだ?」

 

 彼の鈍感っぷりに呆れながらも、私は深呼吸する。卒業式に体育館裏に女子に呼び出される。少し考えれば何の要件なのか分かりそうなのに、分からないのが彼らしい。

 視界の端には桜が芽を付けていた。せめて、咲いていてくれればもうちょっと雰囲気ある告白になっただろうにと思うが、こればっかりは卒業式の時期的に仕方ない。

 

 

「────フー君、大好きだよ。私はあなたが好き。あなたが私の家庭教師じゃなくなっても、同じ高校に通う人じゃなくなっても、ずっと一緒にいたい。いつかは結婚したい。そう思えるくらいに大好きだから、私と…………私と付き合ってくれませんか?」

 

 

 告白した勢いで頭を下げる私。めちゃくちゃ真面目に告白している風だが……いや、確かに真面目に告白してはいるのだが、それよりもきっとトマトのように赤くなったその顔を見せるのが恥ずかしいと思って下げてしまった。

 

 その後、少し流れる沈黙。それはきっと彼が答える言葉に迷っている時間なのだろうと思って、顔を上げて────私は唖然とした。

 確かに迷っている表情を浮かべてはいた。だが…………“違う”。そうじゃない。私は“そういう意味”の迷っている表情を期待していたんじゃない。

 心臓がうるさく跳ねる。呼吸が乱れて仕方ない。ただ、鈍感な彼だ。そんなことに気付かず、しっかりと言葉を選んで、その返答を寄越してきた。

 

 

「…………悪い、それには応えてやれない。俺にはもう…………三玖がいる」

 

 

 その言葉は彼と出会った中で一番私の心に真っ直ぐ刺さった。血が滞る感じ、手先なんてもう自由に動きそうになかった。だが、涙を流すことはなく、ただひたすらにははっと乾いた笑いが漏れるだけ。

 

「そっ、か…………三玖だったんだね、フー君が選んだのは」

「ああ、ずっと俺を見ていてくれたしな」

「…………そうだよね。───うん、お似合いだと思う。でも、三玖を泣かせたらタダじゃおかないから」

「分かってるよ。ちゃんと幸せにするって約束する」

「じゃあ、安心かな。フー君、それじゃ…………」

 

 その言葉を最後に、私は逃げるように彼の前から走り去った。静止する彼の声を振り切って走り去った。流れる景色は速く、走って体育館裏に来た時よりも速いことは分かった。でも、震える身体が私の手足を重く縛っているように感じさせていた。

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 どこまで走ってきたのか。いつの間にか見覚えのないところにまで来ていた。家まではスマホの地図で帰れはするだろうが、今すぐに帰る気にはなれず、近くにあった川の高架下へと向かった。

 人気の無いそこで私は体育座りする。水面に映る自分の顔は何処か死んでいる顔をしていた。それもそうか、失恋した訳だし。

 

 

「──────っ!」

 

 

 分かっていたじゃないか。私が選ばれるわけないって。酷いことをした上に、私がした彼へのアプローチなんて言ってしまえば単なるゴリ押し。阻む全てを力と勢いで捩じ伏せる戦法。そんなので他の姉妹…………特にちゃんと恋と戦ってきた三玖に勝てるはずなんてなかったのに。

 自覚すれば涙が止まらない。彼の前ですら見せなかった失恋の涙が溢れる。嗚咽が止まらない、呼吸の仕方を忘れたかのように咳を吐く。高架下で人気がないことを良いことに私は全力で泣き続けた。

 

 

 一花は私のことを“恋の暴走機関車”と思っていたらしい。それは正鵠を射た喩えだと思う。

 自分が幸せになるために、恋を叶えるためにずっと走り続けた。他の誰に何と言われても構わない。私は私の道を行く。でも…………そんな私が唯一完全に止まってしまう方法があったのだ。

 それは、他の誰でもない最愛の彼に私が拒絶されること。まるで機関車が走るレールを途中で無理矢理ぶった斬られたようなもの。レールがなければ機関車は走れないし、それでも走ろうとすれば横転して大事故は避けられない運命。

 これに関してはどうしてもケアする手段がなかった。だって、どうすれば良い? 目的の彼から拒否られてしまえば、私の愛が向く先がなくなる。育む恋も萎れてなくなってしまう。

 

「これが失恋、なのね…………」

 

 この心の傷は墓場まで持っていくのだろう。いつかまだ見ぬ人と出会い、結婚したとしてもこの傷は永遠に癒えないのは目に見えている。

 でも、これを抱え続ける気はなかった。抱え続けたら、未練に呑まれて三玖に当たってしまいそうだから。それは三玖にとって、彼にとって……そして、私にとっても良い話ではない。

 だから、最後に一言。この気持ちにピリオドを打つために私は誰もいない川へ向けて言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

「さよなら、上杉……………フー君、お幸せにね」

 

 

 

 

 


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