……この地に来たのはどれくらい振りだろうか。
白く染まった山肌に要は一人、躊躇いの足跡を残していた。雪化粧が施された草木が記憶の情景と異なり、要の位置感覚を狂わせている。元々村以外何もない所だったが、それでも目に付く自然の形から昔の面影が僅かに伝わり、確かにここであったという実感があった。
要は当然、懐かしい日々がそこにあると思っていた。
しかし、あったのは人の気配が一切ない雪に埋もれた廃村だ。一体何があったと言うのか。開拓が酷く遅れ時代に取り残された小さな村であったが、困ったときは隣人同士で助け合い、それぞれが村の為に出来る役割を担ってずっとやり繰りしてきた集落だ。皆喉かなこの村を愛し、この地で生きる事を好んで長年暮らしてきた。だから村総勢で移住したなどということはよっぽどでない限り考えられない。詳しく様子を調べようにも、手入れのされていない村中の深雪を掻き分けて家々を探索するのはあまりにも時間がかかってしまう。だがその必要もないのかもしれないと要は心の隅で思っていた。なぜなら遠目で確認出来る範囲の家屋はどれも半壊しており、自然劣化とは言い難い傷の数々が村のあちこちに残されていたからだ。
早くから村の零華に向けて近況報告を兼ねた手紙を送っていたが、返信は一度もなかった。それは、こういうことなのか。
要は凄惨な現実を直視し、絶望に膝を折った。おそらく大規模な雪崩が起こったのだ。村が壊滅したのは降雪が酷かった去年の冬頃だろう。だとすれば、その前に書いた手紙は零華の手元に届いていたはずである。返さなかったのか、返せなかったのか。いずれにせよ、家族は勿論、零華の生存の見込みは限りなく薄かった。
なぜもっと早く戻って来なかったのかと、要は悔やんだ。要は零華の為に村を出た。どうしてもはっきりさせなければならない事があったのだ。そうしないと要は零華と心から笑い合うことが出来なかった。
最後に見た零華の顔が視界にちらつき、要は両手を握りしめた。村での別れの際、零華はどんな心境だったのか。零華に追われて袖を掴まれた時、決心が鈍るのを恐れて振り返らなかった事が要の後悔をさらに深める。どんなに嘆こうとも、それは取り返しのつかない過去になってしまっていた。
しかしながら微かな願いが要の胸をざわつき、その足を久世の宮へと動かしてゆく。
直近で見たあの夢。それだけが唯一の頼みの綱で希望だった。夢というには妙に生々しく、あれは実際に起こっていることであるように感じられていたのだ。要もそれほど詳しくはないが、久世に古くから巫女を奉る慣わしがあるということだけは知っていた。
……零華はある時から何らかの理由で久世の巫女になっている。今はその儚い望みに賭けるしかなかった。