零 -刺青ノ聲-   作:柊@

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導魂(ドウコン)刻印(コクイン) 三ノ刻

 

 うっそうと茂る木々を盾にし、要は遠目で社内の様子を確認する。久世敷地内の半分ほどの民家は寝静まっていたが、社はまだあちこちに明かりを灯していて、その全体像が分かる程光に満ちていた。すぐ傍の縁側から社内に侵入するのは容易であったが、渡り廊下には未だ人の僅かな往来があり、絶えない談笑がどこからともなく聞こえてくる。

 

 ここは後回しにするべきか、と要は悩んだ。しかし他に変わった建物があったとすれば、密集した民家とは随分と外れに位置する少し大きめの屋敷と、それに隣接していた長屋くらいだった。明らかに疎外された奇妙な一帯。どう見ても訝しく、異様でならない。要はあそこにも何か儀式との重要な繋がりがありそうだと感じていた。

 

 躊躇している暇はない。ここは一先ず諦めてそちらから巫女の手がかりを探そうと、要は屋敷の方角へと向き直った。

 

 瞬間、ぱきり、と木の枝の折れる音が境内に響き渡る。しまった、と要は顔を強張らせた。気持ちが急いて足元に十分な注意が行き届いていなかったようだ。要は反射的に社へと耳目をそばだてる。

 

「誰ですか」

 

 最悪な事に、渡り廊下で立ち止まった少女がこちらを見ていた。要は瞬時にしゃがんで雪陰に隠れたが、大木の裏方から一歩横に踏み出した要の姿を遮る物はなく、少女にほぼ発見されたようなものだった。

 

 要と少女はお互い微動だにせず、相手の動きを探り合う。要の心音は荒がり額に汗が滲んでゆく。出来れば逃げ出した家畜とでも勘違いして見逃してほしい所だった。

 

 しかし少女は思いがけない行動に出る。草履も履かず縁側を下り、こちらへゆっくりと迫ってきたのだ。非常にまずい事態に陥った。ここで闇雲に逃げ去っても騒ぎになり、かえって状況を悪化させるだけである。であればこの場におびき寄せ、一声を上げられる前に口を塞いでしまうのがいいだろう。そう考え、要はそのままじっと身を伏せ続けた。

 

「安心してください。人を呼んだりはしません。だから、動かないで」

 

 要の思考を先読みしたのか、少女は臆することなく小さな声で要に釘を刺した。相手は曲者かもしれないというのに、随分と落ち着いた少女である。こうなってはその言葉を信じるしかない。要は腹を括り、少女の顔が覗けるくらいに少し身を上げた。

 

「……その姿、宮大工の方ではありませんね。客人を招き入れたとも伺っておりません。余所者がどうやって久世へ紛れ込んだのですか」

 

 目前に現れた少女は思っていたよりも幼く、その坦々と語る口調とは相容れぬあどけなさを残していた。なぜだろうか、不思議とどこか信頼を置ける雰囲気があった。だが、どんな見た目であろうと社で暮らす人間である以上、儀式と密接な関係にある者かもしれないということを忘れてはならない。噂に違わなければ、久世は一癖も二癖もある閉鎖的な集落民なのだ。要はそんな味方か敵か定かではない少女の詰問に対し、どう答えれば良いのか分からなかった。

 

「とにかく、誰かに見つかっては一大事です。私がどうにか外へ出してあげますので、すぐにお引き取り下さい。支度をして参ります」

 

 そう言って背を向ける少女の腕を、要は半ば強引に掴んだ。

 

「待ってくれ、急用なんだ。大切な人を探している」

 

 必死な形相で訴えかける要に、少女は怪訝さを滲ませながらも耳を傾けた。

 

「この耳飾りを持った女の子を知らないか。名前は零華というんだ」

 

 要が取り出した耳飾りを見ると同時に、あれだけ表情の乏しかった少女の顔が、見る見るうちに驚嘆の面差しへと変わってゆく。

 

「にい……さま」

 

 己の頬を開いた両手で覆いながら、震えた声で少女は言い放つ。

 

「貴方は、要兄様ですか」

 

 そんな少女の突拍子もない問いかけに、今度は要の方が一驚を喫したのだった。

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