どこからともなく押し寄せてくる、凄まじい重圧。要は落とした松明を拾い上げ、その光の届く範囲全てに注意を払う。今の所変わった様子はない。が、人の道理を一変させてしまうような、強大な力が迫りつつあることは老婆でなくとも分かる。老婆に違わず、要の本能もこの場に居てはならないと警告しているのだ。しかし、血を流し過ぎたせいか、視界がぶれてその場で立っているのがやっとだった。老婆の相手をするのに夢中で怪我の具合を気にしていられなかったが、どうやら深手ではあったらしい。
これが雨音の言っていた災厄というものなのだろうか。だとしても、零華を置いて逃げるなどという選択肢はない。何が起ころうと第一に優先すべきは零華の身だ。要は朦朧とした意識の中、ふらつきながら横たわる零華の元へ足を運んだ。
身をかがめ、要は零華の頬に触れようと指を伸ばす。異様な程、冷たい肌だった。まさかと思い、要はその手を口元へ滑らせた。僅かでさえ息がかかる感触はない。要は慌てて零華の腕の脈を確認した。
「……嘘だ」
どんなに強く指を押し当てても、零華の身体は要の期待に応えることはなかった。
「なら、僕は一体何のために村を……」
要は己の感情をぶつけるように、地面に両手の拳を叩きつける。襲い来るのは、身を引き裂かれるような痛みと、尽きることの無い悲しみ。この先零華と共にあるはずだった人生が、音もなく崩れ去っていった。今しがた過去の存在となった零華は、止めどなく溢れ出す思い出の中でより一層輝きを増してゆく。最愛の想い人を失うと言うのは各も残酷な事なのか。もう、この先の己の未来に零華は存在しない。その受け入れがたい事実が、要の感情を狂わせてゆく。
……気づけば、辺りは既に地獄と化していた。あちらこちらと行き交う亡者達の悲鳴と、全ての巫女を弔うように燃え広がる蒼い炎。そんな久世の終焉を、要は呆けた表情で眺めるだけであった。
結局人は、死に抗うことは出来ない。それは故意であっても、必然であっても、いつかその時はやってくる。上手く立ち回っていたつもりでも、どうしても後悔が残ってしまう。こうして思いがけず直面した時、人はどうしたら良いのだろうか。
認めることも拒絶することもせず、放心のまま要は覆いかぶさる様に零華を抱きしめた。もはや要に生きる希望も、意思もなかった。
(これがあの世へ続く黄泉の門であるというのなら、ここで亡者に命を差し出してもいい。……だから、僕を零華の元へ誘ってくれ)
要が自暴自棄に己の願いを乞う中、いよいよ久世が積み重ねた罪への裁きが下されようとしていた。