零 -刺青ノ聲-   作:柊@

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導魂(ドウコン)刻印(コクイン) 九ノ刻

 

 要はしがみ付く様に腕に力を込めるも、空の器は底抜けで既に零華の魂は抜け切っている。ただ、純白の巫女装束が要の返り血で朱に染まってゆくだけだ。体の動きが鈍りつつある。もはや自分も長くはないだろう。要はぎこちない手つきで零華の瞼を下ろした後、互いに眠り合うように己の瞳をゆっくりと閉ざしてゆく。

 

 ……自分は道を間違えてしまったのだろうか。あの日、零華の気持ちに応えていれば、こんな結末を迎えることはなかったのかもしれない。そう要は旅立ちの日を思い返す。

 

 生い立ちなど知らなくとも、皆に囲まれた生活は、隣に零華がいる日常は、本当に幸せだった。それだけに、怖くなったのだ。いつか偶然、零華が本当の自分を知ってしまう瞬間が。それが疎んじるべきものだった時、訳ありの自分を零華は今までと変わらず接してくれるのかと。

 

 要の憔悴してゆく精神に、待ちわびたと言わんばかりに柊が牙を光らせていた。そんな二度と覚めることのない忌目に引きずり込まれる寸前だった。 

 

(イ……キテ……)

 

 肩を優しく触れる何者かの手が、要の意識を呼び戻してゆく。要が力なく振り返ると、そこには瞳に蛇を宿す女性が立っていた。身体は青白く、鱗に覆われた肌。……しかし、その顔は。

 

 要が驚きの余り固まっていると、女性は少し屈み、薄い笑みを浮かべてそっと手を差し伸べてきた。要は戸惑いながらも、引き寄せられるようにその手に己の手を重ねる。確かに触れたのだ。しかし、手繰り寄せられるままに立ち上がった直後にその奇跡の姿は消えてしまった。

 

 視線の先に映る棘獄の扉。……半開きだった扉が、いつの間にか完全に開ききっている。そして、老婆から救ってくれた耳飾りが足元にはあった。

 

「……これが、君の願いなのか」

 

 改めて零華を見つめ、満身創痍で要は問う。勿論答えが返ってくることはなかったが、零華ならきっと頷いているような気がした。

 

「分かった」

 

 今度こそ、零華の想いに応じよう。そうして要は確かめるように懐を探った。その感触に納得し、地面の転がる片割れの方の耳飾りを拾い上げ、眠る零華の耳に飾った。

 

「やはりこれはまだ君が持っていてほしい。……次にまた会える時まで」

 

 要は誓いを胸に刻んだ。他の誰の心から消えてしまっても、己だけは零華を忘れない為に生きる事を。そうすればいつか自分を零華が迎えに来てくれるように思えたのだ。

 

 混濁した意識に活を入れるように首を小さく振り、要は力強く己の行くべき未来を見据える。要は残された力を振り絞り、その一歩を踏み出した。

 

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