零 -刺青ノ聲-   作:柊@

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   -刺青(シセイ)巫女(ミコ)- 三ノ刻

 

 

 柊を刺青とし、肌に刻んだ巫女を供物とする儀式。それが、久世が幾多の苦難の道を歩んで辿り着いた儀式である。その因習は秘め事のように、久世の歴史の中で密かに紡がれていったのだ。

 

 現在、久世周辺の村々で夏の風物詩となっている灯篭流し。それは元々黄泉の門である常世海に、柊を流そうとした久世の初の儀式が発祥であった。

 

 ……時は遡る。

 

 初めてこの地に移民してきた久世の祖先達は、落ち着く暇もなく瘴気(しょうき)の毒に当てられることとなり、人々を狂わせる正体不明の奇病に長きに渡り苦しめられることになった。後の柊であるが、なんら知識のない当時の久世には対策を講じることも出来ずに、ただ脅威に晒される日々を送っていた。早くから分かっていたことは、医学的に前例のない不治の病であり、この病が人から人に移るということである。故に、久世は病の拡散を恐れ、この地に留まる他なかった。

 

 望まずして隠者となった久世の衆は、誰の手を借りることも出来ず、一族のみで日々奇病の究明に明け暮れた。しかし、疾患者はその精神にのみ異常をきたすばかりで、身体的な変異はおろかこれといった外傷や内傷もなく、また、環境や土地の状態を念入りに調べた結果、病原体や寄生虫などの感染の線も薄かった為、原因の解明は極めて難航した。

 

 進展の見せない久世と奇病との戦いは長丁場を強いられたが、ある時転機が訪れた。独自に研究を進めてきた久世がようやく儀式の原形に至ったのは、焦点を血液に当て調べ始めた頃だった。どういった作用か、生者と死者の血を混ぜ合わせた混血に病の鎮静効果が見受けられたのだ。不可思議なのは、解毒剤のように体内に摂取し抗体を取り入れるということではなく、混ぜ合わせる生者の血として、疾患者の血を使うだけで効能があるということだ。そうすることで憑き物が落ちたかのように、疾患者たちは皆完治の兆しを見せた。鎮静というよりも、その様は病が血を伝い死に血にそっくり移ってしまったかのようであった。

 

 しかしこれで全てが解決したわけではなかった。劇的な治療法を発見したかに見えたが、その効果は一時的なものでしかなかったからだ。あれほど正常に戻った疾患者達が、一定の時間が過ぎるとまた発作を引き起こし始めたのだ。

 

 医療とは程遠いまじないのような治療法に、医学では説明できない不可解すぎる現象。もはや他に手がかりはなく、久世はこれを突き詰めていくしかなかった。

 

 そうして更なる研究を繰り返していた結果、久世はある見解に辿り着いた。この病が人知を超えた精神の病であり、人以外に死に血に病を移すことが出来るということ。そして、おそらくはその移した血の細胞が死滅すると、病が揮発するように抜け出て、また人に還ってしまうものであるということ。

 

 よもや正気の沙汰とは思えない理屈であったが、確かにその症例は顕著に現れ、その後の追究で確信に至るに十分な成果を上げていった。

 

 それと並行して、久世はこの周辺の古い文献や資料に残る伝承から、常世海の存在を知り、この二つになんらかの因果関係があるのではないかと推測した。

 

 災いの元凶である瘴気を運ぶ黄泉の門。それはあくまで伝承上の話であるが、実際にそれが存在すると仮定すると、死者の国から出ずる瘴気が生者の精神に結びつき、この奇病を引き起こしているのではないか。そう久世は、常識の範疇外から見定め始めたのだ。

 

 であれば、起源は常世海にあったと言える。

 

 そうして生まれた儀式が、灯篭流しであった。灯篭に混血の印を施し、瘴気の温床である常世海へ還そうと試みたのだ。しかし結果は裏目となり、同時期に久世の衆全体の病の進行が早まる事態に陥った。危機にさらされてはしまったが、これは久世にとってまさに目から鱗であった。この件は、やはり瘴気と病が密接な関係であるということを物語っていたからだ。久世の衆の症状が重くなったのは、瘴気が生者の体を求めるように、印の生き血に誘われ引き寄せられたという所だろう。

 

 確信を得た久世は、次なる手立てを考えた。死者の国に近すぎず、またこの世から離れた場所。そこに灯篭のような無機物ではなく、血と心の通う器を絶えず供えればいい。

 

 瘴気は元々この世ならざる無形の概念であるが、その性質から人を捕食する魔物のように感じられた為、鎮めの儀式として生贄を捧げることにした。同時に、疾患者の心を(ひいら)ぐこの奇病を、疼ぐという言葉を語源とした植物から名を借り、柊と呼ぶようになった。

 

 柊にとって死に血は苗床に、生き血は餌となる。それを生ける依り代に刻めば、餌に困ることはない。そうして混血の印を施した人間を、供物にすることにしたのだ。

 

 これまでの過程から、柊は人間以外の感情に乏しい生物には無害で、心豊かな人間の脆弱な精神に宿りやすいということは周知であり、また、幾度か儀式を重ねるうちに、供物は感受性の強い女性と相性が良いということも明らかになった。

 

 そういった背景から、久世一族間で男性排除の傾向は強まり、現在の久世家のような一部例外を除いた女性のみの構成に変わっていった。

 

 ようやくここに、柊をその身に刻む刺青の巫女が誕生した。ついに、今に至る刺青の儀式が完成を遂げたのだ。

 

 柊に蝕まれるのは、多くが親しい人との死別で心を病んだ者達である。その悲しみごと全て受け止め肩代わりしてくれる巫女に、柊の参拝者は心底敬い、神と等しく崇めたのだった。

 

 刺青の儀式の一連の流れは、巫女の宮入りから始まり、刺青を刻む幾度かの『紫魂(しこん)の儀』を経て、最後に『(みぎり)の鏡』を割ることで巫女自身の未練を絶ち、巫女ごと禁忌の地に封印する『(かい)の儀』で終わりを迎える。

 

 『紫魂の儀』にて、巫女は刻女(きざみめ)と言う彫り師の手でその肌に柊を刻まれた。刻女は常に柊と対峙する役目を背負っていた為、災いを直視することで気が触れない様、目玉をくり抜かれていた。同様に、巫女の瞳にも刺青を刻むことは禁じられた。現世を映す瞳を通じて、柊が還ってしまわない為の処置であった。そして刻女が盲目とは思えぬ程精細に仕上げられる刺青は、いつしか蛇を模すようになっていった。理由は侵食するかのように肌を染め続ける刺青と共に、数多の柊に根付かれ段々と症状の重くなってゆく巫女の様子が、徐々にくちなわで締め上げられているように見えた為だった。

 

 『戎の儀』直前で使用される『砌の鏡』は、縁に血の印が施された儀式用の代物である。多くの柊と共鳴した巫女のみその効力が現れ、巫女の姿を映した鏡にその瞳を通して自身の柊を移すとされている。鏡を割ることにより、自身の柊を一時的に絶つことが出来るのだ。

 

 そして柊に肌を埋め尽くされた巫女の生涯の終焉である『戒の儀』は、奈落と呼ばれる大穴の奥深くにある、棘獄(しごく)という祠で行われた。四人の鎮女(しずめ)である幼子にそれぞれの四肢を杭で打ち付けられ、二度とこの世に還らぬよう封印されるのだ。この儀式が失敗すると、棘獄に眠る全ての柊が還ってしまう『破戒(はがい)』が起きてしまう。

 

 だから巫女は、己の想いを全て消し去り、現世との繋がりの一切を絶たなければならない。

 そうして歴代の巫女達は、孤独と共にその身を柊に捧げていったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所かしら」

 

 零華が食事を終えた頃、再び部屋に戻ってきた鏡華は零華と向き合い、さっそく久世の歴史、刺青の儀式について教えた。余計な事を省き、要点だけ拾った説明であった為、零華はすんなりと理解することが出来た。しかし、理解は出来ても、すぐには納得することは出来なかった。それはあまりにも現実とかけ離れた話だったからだ。

 

「本当に、そんなことが……」

 

「確かに、にわかには信じ難い話でしょうね」

 

 目を丸くして驚く零華に、鏡華は同調するように言った。

 

「はい、でも……、もしそれが本当なら、巫女は人々を救う為に犠牲になるんですよね」

 

「ええ。あなたのような悲しみを背負う人々の心を、真の意味で癒すことが出来るわ」

 

 鏡華のその言葉は、零華の心に深く響いた。今、自分は行き場のない悲しみに打ちひしがれている。もしもこの胸を刺す痛みを消すことが出来るなら、どんなに楽になれることだろう。同じ苦しみを持つ人の身代わりになる……。そう考えると、例え命を捧げることになっても、幾分か素直に儀式を受け入れられるような気がした。

 

「貴女のような若い女性に、その役目を任せるのは心苦しい所だけれど……」

 

 鏡華の表情は暗く、実に辛そうだ。零華の立場を想い、本当に親身になって考えてくれているようだった。

 

「……嘘ではないことは分かってはいるんですが、やはりすぐには信じられないです」

 

 別に巫女になる事が嫌でそう言っているわけではない。瘴気や柊の存在……、あげくに死者の国とくれば、思考が色々と追い付かないのだ。

 

「そうね、それが普通の反応よ。でも、きっとその体に柊を刻めば、貴女にも柊がどういったものか分かるようになるわ」

 

 当主の娘として、数多の巫女を見てきたのだろう。鏡華の弁には常に重みを感じられた。

 

「……おおまかな説明は終わったけれど、何か聞きたいことはあるかしら」

 

 様々な感情が胸中を渦巻く零華を余所に、鏡華は一息入れ、問いかけた。

 

「そういえば、さっき当主様と鏡華さんの会話で出てきた言葉なんですけど、流す、とはどういうことですか。それと、逆身剥ぎというのも教えてほしいです」

 

 ずっと気になっていたことだった。

 

「……」

 

 鏡華は視線を落とし、口を結んだ。途端にその顔が曇りを帯びてゆく。

 

「あまり気が進まないのだけれど、……話すべきよね」

 

 鏡華はひとしきり俯いた後、意を決したように強い視線を零華にぶつけた。

 

「流すというのは、直接的な意味を示せば、殺すということ。けれど、どちらかといえば、儀式に対してやむを得ない場合の犠牲に対して使うことが多いわ」

 

 やはり、と零華は思った。なんとなく予想はついていたのだ。人を供物とする久世にはもう、世間で通じる倫理は壊れてしまっているのだと。穏やかではない鏡華の発言にも、どこか諦観している自分がいた。

 

「逆身剥ぎは、最後の役目を全う出来ない状態になった巫女に、最終手段として用いられる儀式よ。言葉からある程度察しはつくでしょうけど、巫女の代わりに刺青を刻んだその肌を捧げるの」

 

 零華は言われるままに想像し、背筋に悪寒が走った。

 

「皮を、剥ぐということですか」

 

「……惨いとは、思うわ。けれど、仕方のないことなの」

 

 零華が思う以上に、久世は徹底していた。儀式の遂行の為なら、情けなど露ほどもないのだろう。そうまでして食い止めなければならない破戒とはどれほどに恐ろしいものなのか、零華にはまだ知るよしもなかった。

 

「今の巫女様は、俗世への想いが捨てきれずに、柊に心を蝕まれてしまったの。おそらく、もう……」

 

 鏡華は半ばで黙ってしまったが、夜舟との会話を聞いていた零華には察することが出来た。同時に、自分にはもう巫女になるまでの猶予が残されていないことも悟った。

 

「……最後に聞きたいことがあります。死に血はどうするんですか」

 

「柊に蝕まれる原因となった、参拝者と死別した者の血を使うのが通例ね。殆どない

けれど、原因が死別ではなかったり、死に血の持ち込みが難しい場合はこちらで用意することになっているわ」

 

 鏡華は悪びれなくさらりと言った。零華としては、その久世が用意する死に血の出所について聞いたつもりだったが、鏡華はそれきり触れることなく続けた。

 

「基本的に巫女様は生き残った者と、死んでいった者、両者の血で柊を背負うの。形式上ではあるけれど、それがどれほどの重みか貴女なら分かるでしょう」

 

 零華は口を閉ざし、反芻した。掛け替えのない人達との数々の別れ。……互いに思い半で、もう二度と相見まえることはない。こうなってしまった以上、要とももう会えないだろう。そう思うと、鏡華の言葉が深く突き刺さった。

 

「……」

 

 零華は感傷に浸り、返す言葉を失った。鏡華もその心を汲み取ったのか、口を噤んでいた。

 と、その静寂を破るかように鏡華は突然尻を上げ、前に身を乗り出した。目の前まで鏡華の顔が近づき、零華は恥ずかしさに思わず僅かに身を引いた。

 

「ねえ、その耳飾り素敵ね。とても貴女に似合っているわ」

 

 鏡華の手がゆっくりと伸ばされ、零華の耳元に触れた。

 

「え……、ありがとうございます」

 

零華は傾いた身体を片手で支えながら、逸らす様に畳に目を泳がせた。

 

「どこの店の物かしら」

 

「あ、これは、幼馴染から預かった物なんです。そう、大切な幼馴染から……」

 

「そうなの。差支えなければ、名前を聞いてもよろしいかしら」

 

「はい。要さん……、乙月(おとつき)要って言います」

 

「……その子は、今何処に」

 

「村を出て都会へ行ったきりです」

 

 色恋沙汰が好きなのだろうか。やたら食い下がる鏡華を零華は不審に思ったが、特に隠すことでもないので正直に話した。

 

「そう。じゃあ、貴女の恋人は無事なのね」

 

 ああ、そうかと、零華は納得した。もし要が同じ村の人間だとしたら、事情を知らない鏡華とって、まず雪崩の被害に遭っていないかが気になる所だろう。鏡華は心配してくれていたのだ。

 

「けれど、どうしてそんな間柄の貴女を置いていってしまったのかしら」

 

「……きっと私に魅力がないから、愛想を尽かしてしまったのだと思います」

 

 事実は少し歪曲しているが、こちらを見ようとしなかった要を思い出し、零華は自虐的に答えた。

 

「どうしてそう思うの」

 

 鏡華は耳飾りから手を放し、元の正座の姿勢に戻った。

 

「要さん、出て行ってからずっと帰ってきてくれなかったし、それに、よく遊んでいた子供も私のことを悪く言っていたので……」

 

 零華は落ち込むように俯き、目の下の辺りを指で摩った。鏡華はその様子をしばらく黙ったまま見つめていた。

 

「……貴女が卑屈になっていたら、世の女性も大変でしょうに」

 

 鏡華は呆れたようにため息をついた。

 

「憎まれ口を叩いていたのは、貴女の気を引きたいが為でしょう。子供は素直なものよ。貴女には本当にその子が嫌っているように見えたのかしら」

 

 零華はふるふると首を横に振った。確かに悪口だけで、とてもよく慕ってくれていたように思えた。

 

「その泣きぼくろを何か言われたようだけれど、それがたまたま目に付いただけで、その子にとってきっとなんでもよかったのだと思うわ」

 

 零華は悪口について何一つ言葉に出していないが、鏡華は言い当てた。そうして零華は無意識にしていた行動に気づき、慌てて手を引っ込めた。

 

 「女の私から見ても、貴女は美人よ。自信を持ちなさい。こんな見目麗しい子、他に見たことがないもの」

 

 そんなことを言われたのは初めてだった。むしろそれは鏡華に抱いた印象であったが、鏡華の場合は世辞なのだろうと、褒め言葉に慣れていない零華は困惑しながら勝手に解釈した。

 

「貴女が卑下しているそれも、私には艶めかしく感じるわ。どこか儚げで、守ってあげたくなるような……。その要って子の気持ちが分かるわ」

 

 鏡華はそう言いながら、優しい眼差しで零華の頭を撫でた。途端に、零華は妙な郷愁を覚えた。なぜだろう、鏡華には懐かしい匂いがするのだ。大分若く見えるが、夜舟を考えると鏡華は自分の母親くらいの歳だろうか。鏡華の包み込むような暖かさに、もしかしたら母親を重ねてしまっているのかもしれない。

 

「次期当主の立場で貴女に言っていいことではないのでしょうけど、……大丈夫。要って子には帰れない理由があるのよ」

 

「……そう、なんでしょうか」

 

 鏡華に言われて、零華は少し心が晴れた気がした。そう、要はいつも優しかった。思い返してみれば、要は常に自分を大切に気遣ってくれていた。別れる時に渡してもらった、この耳飾りが何よりの証ではないか。

 ……信じられていないのは、自分の方だったのだ。そう零華は再認識し、思い立った。

 

「お願いがあるんです。要さんから手紙が来るんです」

 

 零華は人生で今までにないくらいの決意の眼で、鏡華に訴えた。

 

「心離れが怖くて、いつも封を開けられませんでした。だけど、最後に要さんの気持ちを知っておきたいんです。どうか、これから来る手紙を私に渡しては貰えないでしょうか」

 

 巫女の事を聞いた今、それがどれだけ無理な願いなのかは分かっていた。それでも、どうしてもこの身が朽ちる前に、要の手紙の内容を読んでおかなければならないと思ったのだ。

 

「……それは、出来ない相談だわ」

 

 零華の熱意に対して、鏡華は冷たく反応した。それもそうだろう、巫女は俗世への想いを絶つべき存在であって、その行為は完全に背反している。ただでさえ当主の娘である鏡華が、それを許容出来るわけがないのだ。諦めきれず苦渋の表情を浮かべながら、もう一度懇願しようとした零華を、鏡華は平手で静止した。

 

「本来なら、ね。どうも私は貴女に思い入れをしてしまったみたい。いいわ、引き受けてあげる」

 

「本当ですか」

 

「けれどそんな事、巫女になる貴女には決して許されることではないの。絶対に、他言無用よ。これは私の立場だけではなく、貴女の身も危うくする案件なのだから」

 

 鏡華は厳しく律した。

 

「分かっています」

 

 零華は真剣な顔でこくりと頷いた。

 

「あと、貴女が手紙を返すことは出来ないし、私が先にその手紙に目を通させてもらうことになるけれど、それでもいいかしら」

 

「構いません」

 

 元々そのつもりだった。ただ、要の想いを無下にしてしまっていることに、いたたまれなくなっただけなのだ。それに、ここまで良くしてくれる鏡華に、これ以上の迷惑はかけられなかった。

 零華が心からの感謝を言葉で表そうとした瞬間、鏡華は口元に指を立てた。

 

「静かに」

 

 誰かが、足早に迫ってくるのが分かった。そうして少しの間も置くことなく襖が勢いよく開かれ、奥に夜舟の姿があった。

 

「鏡華、もう説明は終わっておるな」

 

 夜舟は開口一番に鏡華に尋ねた。

 

「はい、一通りは」

 

 頭を下げる鏡華を一瞥した後、夜舟は視線を零華に向けた。

 

「零華よ、巫女になる覚悟は良いか」

 

 早々激しい剣幕で、夜舟は問いかけた。

 

「では、巫女様は逆身剥ぎに……」

 

 鏡華は悲しげな表情を見せた。

 

「ああ、あれはもう駄目じゃ。完全に柊に侵食され、もはや自我を保っておらん」

 

 夜舟は荒々しい態度で、巫女の現状を早口で語った。

 

「まだ心の整理がついていないのも分かっておる。しかし、ゆるりと構えている暇はもうない」

 

「……」

 

 逃げ道などないことは分かってはいるが、いざ現実に迫ると口が重くなってしまう。そうして押し黙る零華を、夜舟はギロリとした眼光で見据えた。

 

「無論、お主に選択権はないことは承知であろう」

 

 なかなか返答をしようとしない零華に、夜舟は辛辣に言い放った。

 

「はい……、承知しています。大丈夫です」

 

 零華が力なく返事をすると、そのやり取りと見ていた鏡華はさらに深く眉を潜めた。

 

「では、すぐにお主の宮入りの準備を整える。しばし待たれよ」

 

 言い終わるより先に夜舟は襖を閉め、どたどたと豪儀な足音を鳴らしながら部屋から消えて行った。夜舟が退散した後、零華と鏡華の間には、重苦しい沈黙が流れた。

 零華は急すぎる知らせに落胆し、鏡華はそんな零華に憐憫の目を向けるだけで、そのまま言葉が交わされることはなかった。

 

 

 こうして零華は、故郷を失って数日の内に巫女として久世の宮に迎え入れられた。

 ……再び疼き始めた要への想いを胸に秘めて。

 

 

 

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