零 -刺青ノ聲-   作:柊@

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【弐】-鎮女(シズメ)- 一ノ刻

 

 村のもう一人の生き残りである、(つづみ)露葉。零華と同じく偶然が重なり運良く助かったわけだが、それが本人にとって幸せだったのかと言われれば疑問である。なぜならば、久世に拾われた時点で、露葉の人生は選択肢のない一本の道に決定づけられてしまったからだ。今はまだ幼く適齢ではない為、刺青の巫女に選定されることない。しかし、いずれそれは逃れられぬ運命となり、零華の後を追うことになる。……とはいえ、久世のしきたりの下ではあるが、あと幾年かは今までと変わらない生涯を満喫できるはずだった。

 けれどそれを夜舟は許しはしなかった。心に鬼を宿す当主が下した決断。それは見る者によっては、らしくない選択だと捉えられただろう。

 

 

 

 

 社の大広間にて、1人の侍女を4人の子供が囲っていた。これから大役を担う子供達に、儀式における儀礼や作法を学ばせているのだ。そこには仲の良い3人組に馴染めず、浮いている露葉の姿があった。夜舟と鏡華はその様子を、遠巻きに眺めていた。

 

「この件はお前の為にしたことではないぞ」

 

 夜舟は不必要な説明だと分かっていたが、誤解を生まない様、一応鏡華に言葉で表した。

 

「存じております」

 

 にべもなく、鏡華は答えた。

 

「ならよい。子供とはいえ、万が一を考えての事じゃ」

 

 夜舟の指す万が一とは、柊に心を蝕まれる事である。子供はその未熟さ故に、物事に対する考えが浅く、罪の意識に囚われることが少ない。そこに柊が付け入る隙はまずないと言っていいだろう。けれど前例がないだけで、確実とは言い切れない。夜舟の孫に当たる雨音(あまね)は、母親に似てか歳の割に利口であるように感じられていた。

 

「満足か」

 

「……人は皆平等。踏み躙ってよい心などありませぬ」

 

 娘が重役から下ろされたことに安堵を示さないどころか、鏡華は刺々しく物言いをした。

 

「当主様、鎮女は供物に非ず。……ゆめゆめ忘れぬ様に」

 

 鏡華に垣間見える、露葉の扱いを危惧する心。いや、それは零華に対しても言えることだった。鏡華には巫女や鎮女に情を移すきらいがある。夜舟は鏡華に小さな頃から当主としての在り方、その心持ちを嫌というほど叩き込んできたつもりだったが、どんなに厳しく律しようとその心だけは変える事が出来なかった。そんな鏡華は当主として、実に致命的であった。

 

「一端の口をきくようになったものよの」

 

 才覚は十分にある。夜舟と方向性こそ違うが、鏡華は人を掌握する力と、何事にも物怖じしない精神を兼ね揃え、その上勉学においても秀でた知力を持ち合わせていた。人望で言えば夜舟より圧倒的に鏡華が勝っているのだ。それでも後継には全くもって相応しくなかった。当主に最も不可欠なものが足りない。否、人として過剰とも言えるほど足りているせいなのだ。感情……、すなわち鏡華は非常に慈悲が深く、冷徹に成りきれないのである。

 

「全く、私の腹から出てきた子とは到底思えぬな」

 

「いえ、間違いなく私は母上の子供ですわ」

 

 微笑を浮かべ、穏やかな眼差しで鏡華は訴えた。その鋭い切れ長の瞳にどこまでも見透かさせているようで、夜舟は僅かに焦燥感を抱いた。もはや夜舟の内には人情などありはしない。なのに、鏡華は自分と同じ心が夜舟にはあると、疑いもなく確信している様相だった。

 当主の血族として生まれなければとても可愛がられたろうにと、柄にもなく夜舟は思った。

 

「……とにかく、露葉には正式に鎮女として振る舞ってもらわなければならぬ。間違いがあれば、お前も正してやるよう努めるのじゃ」

 

 夜舟は本来現巫女の鎮女候補だった雨音を外し、露葉へと変更したのだ。これで零華の鎮女は氷雨(ひさめ)時雨(しぐれ)水面(みなも)、露葉の4人の幼子に決定された。

 鎮女役割は主に巫女の身の回りの世話をすること。そして、最たるは戒の儀で巫女を封印する時に、巫女の四肢を杭で打ち付ける役目だ。刻目同様、常に柊と隣り合わせの危険な立場であるが、そこに幼子を使う理由があった。

 柊はそもそも病んだ心に巣食う魔物である。初めから情緒に揺れ動く感情がなければ、それほど害ではない。何が善で悪なのか、理解の及ばない未熟な幼子が鎮女には丁度良い。だから巫女に何よりも身近になる当主も、情を殺すことをまず第一に学ぶ。……そう、鏡華がどれ程優れた人間であろうが、ここを欠いてしまっては当主の責務を果たすことが出来ないのだ。

 

「補佐役として、尽力致します」

 

「その事じゃが……」

 

「一度請け負った身。最後までやり遂げとうございます」

 

 先手を取られ、夜舟は喉まで上った言葉を胸に戻す。正直不服だった。来る日も来る日も鏡華に当主を説きながら、なぜ今まで夜舟が儀式関連の実技をさせようとしなかったのか。それは鏡華から巫女を遠ざける為だった。

 

「ならば問おう。秋人の事は傷となっておらぬのか」

 

 柏木秋人(かしわぎあきひと)。その男は鏡華の夫であった。民俗学者であった秋人は、近辺に伝わる眠りの巫女の伝承についての調査の為、久世の門を叩いた。本来久世家は男性禁制である為、立ち入りが許されることはない。その上儀式を嗅ぎまわる学者など話も聞かずに門前払いにする所だが、客人(にいなえ)としてなら別である。若く、健康そうな男性である秋人は利用価値が高く、言うまでもなく夜舟の目にかなった。

 そうして夜舟に歓迎され招き入れられた秋人は鏡華と恋に落ち、間もなくして二人は二児を授かった。先の赤子は不運にも男子に生まれてしまい、久世では忌み子として扱われた。久世の掟で、男子は4歳になるまでに殺さねばならなかったのだ。例に違わず夜舟は側近に命じ、鏡華から赤子を遠ざけ始末した。後の赤子は女子に生まれ、雨音と名付けられた。初の子を失った悲しみからか、鏡華の愛情は強く向けられ、雨音は何不自由なくすくすくと育っていった。

 秋人はしばらく久世に身を置いていたが、ある日突然鏡華を捨て久世を出ていき、二度と帰ることはなかった。

 ……しかしそれはあくまで鏡華に対しての表向きの話。事実は夜舟が秋人を手にかけ殺してしまったのだ。久世の男の客人は、忌み子と同じくそうなる運命にある。跡継ぎが生まれれば、夜舟にとって秋人はもう久世に深入りした邪魔者以外の何者でもなかった。

 首尾よく決行したつもりだったが、頭の良い鏡華はうすうす気づいているだろう。しかし鏡華が秋人について夜舟に探りを入れることはなかった。

 

「もう過ぎた事にございます」

 

 少しばかり気丈に振る舞う鏡華の姿に、夜舟はその想いの深さを感じ取った。

 

「ただでさえ不向きな気性に、その心の患い……。柊の餌食となるぞ」

 

「……心配は無用です」

 

 常日頃、鏡華は儀式に消極的な姿勢を見せていた。それが今回どういったわけか、自ら進んで干渉しようとしている。初めは鎮女になる雨音を心配するあまりの行動かと思ったが、こうしてその懸念は解消されたはずだというのに、鏡華の意思は変わらなかった。どうやら見当違いのようだった。何か企みがあることは分かっていたが、他に思い当たる節もなく、夜舟はその真意を知るには至らなかった。

 

「時に、零華様の様子は如何でしょうか」

 

 秋人についてこれ以上詮索されるのを避ける為か、鏡華は話題を切り替えた。

 

「何も変わらぬ。反発することもなく、人形の如くただ流れに身を任せておる」

 

「きっと心を閉ざさねばやり切れないのでしょう」

 

「好都合ではないか。巫女に感情は要らぬのだ」

 

「人が完全に感情を消すことは出来ませぬ。もし抑え込んだ想いの箍が外れてしまえば、取り返しのつかぬ事態になりましょう」

 

 直前に失敗を経験していた夜舟には痛い言葉だった。おそらく遠まわしに前巫女のことを言っているのだろう。鏡華にしては珍しく責めるような発言である。何か意図があるのだろうと、夜舟は鏡華に乗ることにした。

 

「戯言を。なれば何が最善と考える」

 

「気晴らしが必要にございます」

 

「ほう、それはどのようなものか」

 

「吊牢に閉じ込められてばかりでは気が滅入ってしまいましょう。人払いをし、たまに宮内で自由にさせるのも一つの手かと」

 

「馬鹿な。災厄の権化を社に放つと言うのか。吊牢なくして伝染は止められぬ。過去そのような事が許されたことはないわ」

 

「故に人払いにございます。当主様の仰る通り、吊牢は柊が人目に触れぬよう巫女を隔絶する為の処置にございます。ただそれだけの物で、吊牢でなければならぬという決まり事はありませぬ」

 

「確かに警備を万全にすれば可能やもしれぬ。しかしその様な危険を冒してまで計らう価値があるとは思えぬな」

 

「価値は巫女様の息抜きに留まりませぬ。零華様にとって久世は馴染みの浅い地。そうした計らいが信頼と忠義を生むのです」

 

「……そう上手く行けばよいがな」

 

 口ではそう言ったものの、確かに鏡華の主張は一理あると感じていた。実の所夜舟も良いやりようはないかと模索していた所だった。夜舟が携わった巫女達は皆既の所で正気を保っていた者ばかりであったからだ。前回遂には逆身剥ぎまで追い込まれてしまった。もう失敗は許されないのだ。もしも本当に巫女の精神の安定にそれが必要なら、労を惜しむことはない。

 

「一考してみよう」

 

「零華様は素直で優しい子ですわ。きっと儀式に良い作用を及ぼしましょう」

 

 あれから夜舟も少し零華と話し合いをしたが、確かに鏡華のその印象通りの娘だった。零華は巫女として中々の逸材だ。他人を想うことにより、儀式に前向きであろうとする姿勢が少なからず見受けられている。柊を患う人々に自分を重ね、同情という形で目を向けているのだろう。それでもただ自暴自棄になる巫女よりよっぽど良い素質を持っていた。

 それよりも気がかりなのは、鎮女になる露葉である。露葉は気が弱く、何より零華を慕いすぎている。いざ戒の儀において支障をきたしては、命を拾った意味がない。

 

……早きに試させねばなるまい。

 

 数多の犠牲を積み上げ、ここまでやってきたのだ。もしも鎮女すら務まらぬ様なら、情けをかける余地はない。身体に流れる当主の血が、夜舟にそう囁いた。

 

 

 

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