「おーっす、リト!」
「猿山か。おはよう」
結城リトになった翌日の月曜日、早めに家を出て記憶を頼りに歩き、漸く学校が見えてきて安心した所で、如何にも猿っぽい顔の男子に声をかけられた。
猿山ケンイチ。原作に登場する結城リトの友人代表だ。逆に他にどんな友達がいるのかさっぱり分からんってくらい、リトの男友達と言えばコイツだ。
名前の通り顔が猿顔だ。分かりやすくて助かる。西連寺は事前に写真で見てたからすぐに分かったが、紙面の上とは印象が変わってくるので、他のキャラクターは分からないかもしれない。
因みに携帯の待受は既に散歩の途中で撮った猫に変えてある。
アルバムの盗撮写真はそのままだ。流石に消すのもどうかと思うし。
「見ろよリト、春菜ちゃんがいるぜ」
猿山が肘をぶつけて来て、視線を前方やや右の方に向ける。
吊られて見てみると、確かに西連寺が歩いていた。校舎を探すために上ばかり見ていたから、気付かなかった。
そも、後ろからでは髪色以外に特徴らしい特徴が無いので、すぐには分からなそうだが、猿山はよく気付いたな。
「……うん」
なんと反応したものか。『結城リト』は西連寺のことが中学の時から好きだが、もちろん私にそんな気持ちは無いし、嘘を吐くのも憚られる。
嘘を吐くのは苦手だ。ボロを出しかねない。
「なんだ? その反応。愛しの春菜ちゃんだぜ~? 話しかけないのか?」
「いや、今はちょっと……」
「そんなんじゃいつまで経っても進展しないぜ? しょうがねえなあ、俺が切っ掛け作ってやるよ。よぅ! 西連寺!」
「ちょ、まっ……」
何を「やれやれだぜ」みたいな雰囲気で余計なことしとんじゃ……!
「猿山君……と、結城君? おはよう」
一瞬キョロキョロとした後、キョトンとした顔で振り返る西連寺。
「お、おはよう、西連寺」
「おはよう。折角だから、教室まで一緒に行かないか?」
お前そのコミュ力でなんで彼女いないの???
一瞬顔をしかめそうになるが、何とか堪える。
猿山のフットワークが軽すぎる。
「ええと、私で良かったら」
野郎二人にいきなり声をかけられて嫌な顔一つせずに応える西連寺。笑顔が眩しいぜ。
適当に世間話をしつつ、教室に向かう。教室の位置は普通に知らなかったので、一緒に行く人がいるのは助かるのだが、ぶっちゃけ猿山だけでも十分ではあった。
懸念事項だった靴箱と教室の席の位置は、靴箱にはクラスと出席番号、教室には教卓に席順が貼られていたので問題無かった。新学期だから、あるだろうとは思っていたが。
「リト、どうしたんだお前?」
「ん?」
時は過ぎて昼休み。
ただ机に座って授業を受けているだけでも、腹は減る。
美柑お手製の弁当をつついていると、不意に正面に座った猿山が話しかけてきた。
「今日は全然春菜ちゃんの方見てないじゃないか」
そんなことを把握してるお前が怖いよ。
「そうか?」
「いつもは授業中もチラチラ見てるのに、今日は全然だったぜ」
授業中にどこ見てんだよ。お前もリトも。
「いや……んー、そういうのやめようかな、みたいな」
どれから食べよう。卵焼き、唐揚げ、ポテサラ、ひじきの煮物、茹でブロッコリー……まあなんでもいいか。
「なんで?」
「気持ち悪いだろ。多分」
「なーんだ。てっきり、春菜ちゃんへの恋が冷めちまったのかと思ったぜ。今朝も反応が鈍かったし。てか、今更気付いたのな」
「ほっとけ」
とりあえず卵焼きを食べてみる。おお、柔らかい。優しい味付けだ。
「いいのか~? そんなこと言ってボケーっとしてる内に、他の奴に取られるかもよ?」
「んー……」
卵焼きを咀嚼しながら、気の無い返事をする。
別に、西連寺が他の男とよろしくするのは私としてはどうでもいい。リトが可哀想ではあるが。
ただ、この世界が原作通りなのだとしたら、この時点で既に西連寺はリトのことが気になってたはずなので、そうそう他の男が入る余地があるとは思えない。
「なんなら、俺が狙ってもいいんだぜ?」
「んあ? お前が?」
変な声出た。何言ってんだコイツ。
「告白でもしよっかな~♪」
「ええ……」
やめておけ、と言っておきたいが、こういうことに口出しするのもなあ……ん? いや待て。
「あー……いや、駄目だ。やめてくれ」
「……へへっ、冗談だよ! やっぱリトは変わんねえなァ」
……結城リトのフリをしている身としては、「変わらない」と言われるぐらいの方が丁度いいのだろうか。
まあ、猿山の行動を放っておく訳にもいかない。
何せ私は原作知識とは言え、『西連寺春菜が結城リトを想っている』ことを知っているのだ。迂闊に応援でもして、それが西連寺に知られたら、まあなんだ、傷付くかもしれない。そういうのはちょっとな。
私の与り知らない所では、好きにしてくれて構わないが、どうせ猿山も本気ではないだろう。
唐揚げを半分だけ齧って、ご飯を掻き込む。他のレパートリーがあんまりご飯と合わないんだよな。梅干しもあるけど、ご飯はおかずと一緒に食べる派だ。
「そんな風に言うぐらいなら、さっさと告白しろよなァ」
無茶言うな。好きでもないのに。
とは言え、他人の恋路を邪魔する理由なんて、『自分も好きだから』以外にそんなに無い訳で、結局『結城リトは西連寺春菜が好き』ってことになっちゃうんだよな。
「ま、リトにゃ無理か」
口の中噛んだ。いって。
ー結城家ー
「ただいま」
「おかえりィーリト。お父さん今日も帰り遅くなるってさー」
「ん、分かった」
美柑の言葉に返事をしながら、リトの部屋に向かう。
リトと美柑のお父さんって言ったら、漫画家だったよな。
結城栽培。連載何本も抱えた売れっ子漫画家だ。
母親は確かスタイリスト? とにかく、ファッション関係の仕事に就いていたはずだ。多分海外にいるんだっけ。
どちらも忙しくて家を空けがちだから、この家ではほとんどリトと美柑の二人暮らしなのだ。
机の上にカバンを置き、制服を脱ぐ。
そう言えば、今朝ネクタイを結ぶ時に四苦八苦したものだ。高校生の時に男装したことがあったからやり方は知っていたが、うろ覚えだしどうにも形が歪な気がして、何度もやり直してしまった。
Tシャツにジャージのズボンといった、動きやすい服装に着替え、ストレッチをする。
とりあえずは体を解す。捻ったり、伸ばしたり、回したり。
パキパキと骨の関節が擦れる音が響く。あー、気持ちいい。
まずは腹筋からしていく。
「1、2……」となんとなく数を数えながら、今後の予定を考えていく。
昨日はとりあえず、家のノートパソコンでこの世界のことを軽く調べてみた。
と言っても、彩南町がどの辺にあるのかとか、そんなんぐらいだが。
そいで私が住んでた町のことを調べてみたんだが、これに関しては無かった。
うん、無かった。
て言うか、私が住んでた町の位置に彩南町があった。
思わず「マジかよ……」って声が出たよね。
もしかしたら、私の家と結城家の位置が同じなのでは? と思ったが、これに関してはよく分からなかった。
町は同じ位置にあるが、地形は少し違う様だった。建物も軒並み違うし、やはり違う町だった。
他は基本的に同じだった。都道府県も、周りの国も、大きな変わりは無い。小さな変わりならあるかもしれないが。そも、私の地元が無いのも、偶々そこに住んでたから分かっただけで、そうでなければ小さな変わりに違いなかったろう。
「……20」
何となく、腹筋に捻りを加えていく。
こうなってくると、私の身体を見つけるのは難しくなってくる。試しに『結城夢子』で検索してみたが、前の世界では出るだろう、学生の時の大会の記録が出てこなかった。
私の身体に関しては一旦見切りを付けるとして、リトの精神はどこに行ったのだろう。
別の所に行ったか、まだこの身体の奥の方に潜んでる可能性もある。
前者は対処のしようが無いので置いといて、仮に残留してるのだとしたら、呼び起こす何かが必要なはずだ。
そも、こうなった原因は何なのか。私は前日まで普通に働いて、普通に寝ていたので、私には心当たりが無い。強いて言えば、私が寝てる間に見てる夢の可能性もある。実感としてその可能性は低いが。
結城リトのことをもう少し詳しく調べてもいいかもしれない。最近変わったことが起こったか、何か心境の変化があったか、原作との違いは無いか。
「50」
腹筋がプルプルしてきた。腕立て伏せに切り替える。
「1、2……」
本当に原因なんてあるんだろうか。元に戻れるのだろうか。漫画のキャラクターになるなんて話、二次小説以外では聞いたことも無い。
私は、元に戻りたい。結城リトに身体を返してあげたい。私には私の、結城リトには結城リトの人生があったはずだ。
……………………。
「リトー? ご飯出来たよー?」
「50……っ今行くー!」
腕立て伏せの後スクワットもこなし、返事をする。
はー…しんど…
そこそこの疲労感を抱えて、私は階下に降りていった。
カーペットには、少しだけ汗が染み込んでいた。
夕飯を食べた後は、汗をかいたこともあり、さっさと風呂に入ることにした。
「ふぅ……」
湯船に浸かると、肺の中の空気が温度上昇で膨張し、自然と溜め息の様な物が漏れる。
弱気になってきている、と思う。
今まではまだそんなに現実を受け止められてなかったのかもしれない。
一晩すれば流石に実感する。これは夢じゃない。
ずっとこのままだったらどうしよう、と思うのも仕方ない。
むしろ、ずっとでなくても、長期的にこのままになる覚悟は決めておいてもいい。
私はもうこの際それでいいが、どうするんだ、リト。
早く戻って来ないと、西連寺に想いを伝えることなく終わってしまうぞ。
どこにいるとも知れぬ結城リトの精神に語りかけてると、不意に、ポコッと水中の空気が漏れる様な音がする。
「……ん?」
ボコッボコッと激しい音に変わり、音の方を見ると、湯船が沸騰したみたいにボコボコと沸き上がっていた。
……えっ、ちょ、嘘だろ!?
瞬間、湯船が爆発した。
「うわっ! ぶぇっ!?」
爆発した結果、お湯を顔面から被ることになり、気管には入らなかったが目に入ってしまった。
何度か瞬きし、何とか視界が戻ってきた所で、聞き覚えのある少女(CV.戸松遥)の声が聞こえてくる。
「んーー、脱出成功!」
早いよバカ。
目の前には全裸の抜群のプロポーションを持った美少女、ララ・サタリン・デビルークがいた。
実際に見ると、ピンクの髪ってのはインパクトが強い。全体的に現実離れした造形もあって、どこか幻想的ですらあった。
「ん?」
今頃リトの存在に気が付いたのか、軽く手で胸を隠しつつ、不思議そうにこちらを見つめてくる。
作中ではそういう恥じらいの少ないキャラだったが、一応隠す所は隠すらしい。
「ちょっと待ってろ」
頭に乗せていたフェイスタオルを腰に巻き、一旦風呂から出る。
脱衣徐に置かれた自分用のバスタオルで体を拭きながら、棚から真新しいタオルを取り出し、ララに渡す。
「はい、タオル」
「あ、ありがとー」
笑顔でタオルを受け取るララ。
一先ず背を向け、ササッと身体を拭いてTシャツと短パンを穿く。
原作のリトの寝巻きはTシャツにパンツ一丁だったが、私はそれだと落ち着かないので、暖かい内はこのスタイルで寝るつもりだ。今日はすぐに寝れそうに無いが。
着替えて、一旦振り向く。
原作の様に隙を突いて勝手にリトの部屋に行っているかと思ったが、意外にもララはまだそこにいた。
依然、全裸のままだが、一通り体を拭いて、今ではタオルを体に巻いている。
風呂の熱気に当てられ肌は上気し、髪も湿ったままだ。
叫び声を上げなかったからだろうか。原作との違いに戸惑いつつも、ジロジロと見るものでもないので、視線を逸らす。
「ごめん。……えーと、君は?」
「? 私? 私、ララ。デビルーク星から来たの」
何を謝られてるのか分かってなさそうだが、とりあえず名前だけは聞けてよかった。無意識に「ララ」って呼んだら面倒だからな。
「あー……俺はリトだ。色々気になるが、一旦ここを出よう」
「えーと、うん、いいよー。よろしくね、リト!」
何がよろしくなのかは分からないが、多分すでに婚約者候補でっち上げのアイデアが浮かんでるのだろう。
頭の回転が早い女だ。
美柑に風呂から上がった旨だけ伝えて、部屋に向かう。
「……で、えー……デビルーク星だっけ? 初めて聞いたけど」
「うん! 見て、この尻尾。この尻尾がデビルーク星人の証なの」
生身の尻を突き出すな。
やっぱり、羞恥心が薄い
とは言え、ちょっと気になったので、ちゃんと見てみる。
尾てい骨の位置から生えていて、クネクネと動いている。これだけが別の生物みたいだ。
全体的に黒く、先の方がハート型になっている。
光沢は無く、毛が生えてる訳でもない。産毛ぐらいなら近くで見たら分かるかもしれないが、どうだろう。
感触も気になるが、敏感な箇所だということは原作知識で知っているので、下手に触るのはよそう。
そこまで考えて、すぐに視線を上げる。
「……本物みたいだな。ジロジロ見てごめん。もう仕舞っていいよ」
「いいよー。別に謝ることないのに」
「ララはもうちょっと裸を見られることを気にした方がいいぞ。それはそうと、お前服はどうした?」
うっかりしてた。普通全裸の人間がいたら、先にそっち訊くよな。ペケがどうせ来るからと安心していた。
「あー、それねー……もし上手く脱出できてたら、そろそろ来ると思うんだけど……」
こいつ説明する気ねぇな。
「……そのままじゃ風邪引くし、なんなら一旦俺の服貸すけどーー」
「ララ様ー」
突然窓がガラッと開き、グルグル目のヌイグルミみたいな奴が入ってきた。
「ご無事でしたかララ様ーーっ!」
「ペケ!」
うわ、完全に新井里美だ。「ジャッ◯メントですの!」という台詞が脳内再生される。
「よかったーー! ペケも無事に脱出できたのね!」
「ハイ! 船がまだ地球の大気圏を出てなくて幸いでした!」
そのままララの胸に飛び込み、再会のハグをする1人と1体。
ふと、リトの存在に気が付いたペケがこちらを向く。(グルグル目だから、どこを見てるのかはよく分からないが)
「ララ様、あの冴えない顔の地球人は?」
リトの容姿に関する評価は、作中でも割と意見の別れる所で、ペケの様に辛辣な評価もあれば、「カッコいい」と言われることもある。
私は鏡で見た時、割と冴えないなあと思った。瞳は綺麗だが。
ペケの評価に関しては、デビルーク王家の顔面偏差値が高過ぎて目が肥えてるだけかもしれん。ザスティンとかもイケメンのはずだし。
「この家の住人。リトって言うの!」
ペケを胸に抱えてララがこちらに向き直る。
「リト、この子はねー、ペケ。私が作った"万能型コスチュームロボット"なの」
「ハジメマシテ」
「へえ……」
不意に、ララが体に巻いてたタオルをこちらに投げて来たので、空中で受け取る。
「おっと」
「じゃ、ペケ、ヨロシクー」
「了解!!」
ペケが強く光り、反射的に目を瞑る。
光が弱まり、うっすらと目を開けると、そこにはドレスフォームのララがいた。
ペケはその名称の通り、登録したどんな服装でも再現出来るロボットだ。
このドレスフォームはララのお気に入りで、ペケの見た目が一番反映されている服装である。
「じゃーん!!」
おお……原作のリトも引いていたが、すげぇ格好だ。これが似合うのだから凄いと思う。
「キツくありませんか。ララ様」
「ん、バッチリ。よかったぁ。早めにペケが来てくれて。ペケがいなかったら、私着る服無いもんねーー♪」
「どう? 素敵でしょ、リト」
「あ、ああ」
適当に返事しつつ、意識は窓の外に向いてしまう。
まずいな……そろそろ来る……
「時にララ様、これからどうなさるおつもりで?」
「それなんだけどぉ。私、ちょっと考えがあるんだ♪」
ララがそう言った瞬間、黒服の男二人が突然窓から飛び込んできた。
二人ともララとは先の方がちょっと違った形をした尻尾が生えている。
「うぉっ!?」
原作知識で知っててもビビる。無駄に格好いい登場シーンだ。
ああ……土足でカーペット……
さて、どうしよう。
何て言うか、すっかり失念していた。この後どうするんだっけ。
流れは覚えてる。捕まりそうなララを連れて、窓から外に逃げて民家の屋根を伝って逃避行を繰り広げるのだ。
でもって、なんかララの発明品で最後は解決するはずなんだが、詳細が思い出せない。
特に何もしなくても原作の流れになると思っていたが、ぶっちゃけ今の時点で若干原作と違うし、ここからは自分で動かないとどうにもならない。
なんやかんや考えてる内にララが取り押さえられそうになってるし、とにかくなんでもいいから、外に連れ出そう。
うろ覚えだけど、多分ここでララの発明品使われたら悲惨なことになると思うし。なんか爆発した気がするし。
えーと、えーと、あ、あれでいいか。
丁度いい大きさのプリントがあったので、それを織る。織る。よし。
右手でエモノを持ち、左手は耳を塞ぐ。
三人はこちらの様子には気付いてない様だ。気付かれても意味が分からんだろうが、都合が良い。
巻き込まれない程度に近付く。少しでも注意を逸らせればそれでいい。勝負は一瞬だ。行くぞ。
「くらえっ!!」
日本の叡智! 紙鉄砲!!
パァンっ!!!
「な、なんだ!?」
「何をした!?」
「?」
狼狽える黒服二人と、キョトンとした表情のララ。思った以上に驚いてくれた。
これ見た目に反してすげー音するもんな。紙鉄砲を知らなかったら、一瞬何が起こったのか分からないし、狼狽えるのも無理はない。とは言えすぐに復活するだろう。
黒服が狼狽えてる隙に、ララの腕を掴んで、窓から外へ飛び出る。
「こっちだ!」
「リト!?」
「「待て!!」」
そのまま屋根伝いに走る。
ひぇ……よくこんなとこ走れるな。リトはパルクールの経験でもあるのか? 裸足で出ちゃったし、この後のことも考えると、シャワー浴び直さないと駄目だなこりゃ。
「リト…どうして?」
「ーーさあな! 事情は知らないけど、困ってんだろ? 少しだけ付き合ってやるよ!」
まあ実は事情は知ってるんだが、あのまま部屋で騒がれても困るのだ。
適当な所で地面に降り、人気の無い公園を走る。
それにしても、元サッカー部だけあってこの体は足腰が強い。今後の展開的に逃げ足は重要だし、日頃からランニングもしたいが、今のところは難しそうだ。
走っていると、街灯の光が何かに遮られ、視界が暗くなった。上を見ると、大型トラックが降って来ていたので、急ブレーキをかける。
間一髪ぶつからずに済んだ。
あっぶね……!
目の前にトラックが横たわり、道路を塞がれてしまった。
中に人はいませんよね? いないと信じよう。
「ジャマしないでもらおうか。地球人……!」
「はっ。大の大人が寄って集って女の子を追い回してんじゃねーよ」
事情は知ってるが、絵面が正直アレだと思った。
「ララ様……いい加減におやめ下さい。家出など!」
「やーよ!」
ああ、そうか。ここで初めてリトはララの事情を知るのか。
覚えてないなあ。ToLOVEる読んだの学生時代だもん。
「私もうコリゴリなの! 後継者がどうとか知らないけど、毎日毎日お見合いばっかり!」
「しかしララ様、これはお父上の意志なのです」
「パパなんて関係ないもん!」
べーっと舌を出して、懐から携帯電話の様な物を取り出すララ。
あれはデダイヤル。ララが発明した色んな発明品をどこからか取り寄せる為の物だ。
要は四次◯ポケットだ。
ララがデダイヤルを操作すると、突然タコ型のデカいロボットみたいなのが出てきた。
「うぉっ!?」
「ゴーゴーバキュームくん!」
「まずい! ララ様の発明品だ!」
名前を聞いて思い出した。と言うか、ララの発明品は安直なネーミングが多いから、名前さえ聞けばどういう物なのか大体想像は付くんだけど。
ララがゴーゴーバキュームくんを起動させる前に、そそくさとララの近くに寄っておく。
出来れば逃げたかったが、今から逃げた所でどうせ間に合わず、巻き込まれるだろう。
「それ! 吸いこんじゃえ!」
「「う、うわあああああああ」」
ララが指示した途端、凄まじい勢いでバキュームくんの口の部分が吸引を始め、黒服二人は吸い込まれてしまった。
黒服が吸い込まれた後も、吸引力はドンドン増していく。
それを見たララが、飛んで避難しようとするのを見て、すかさずしがみついた。
「きゃっ!?」
「あ、貴方! ララ様に何するんですカ! コノ不埒者!」
「ごめ、違うって! このままじゃ俺も吸い込まれちゃうよ!」
だから連れてって! 頼む! 爆発に巻き込まれるなんてごめんだ!
「あ、そうだよね。ごめん。掴まってていいよ」
「ありがとう!」
ララの腰に掴まったまま10m程浮き上がり、様子を見る。
うわあ……ドンドン吸い込んでいく。犬とか猫とかいるけど、大丈夫かな、アレ。多分大丈夫だけど。
「お、おい……止め方は?」
「…………」
「ララ様……?」
「これ……どうやって止めるんだっけ?」
「お前……」
分かってはいたが、なんて奴だ……。
「あーあ……」
ゴーゴーバキュームくんの許容量の限界を超えたのか、爆発し、吸い込んだ物も全部辺り一面に広がっていた。
ベンチ、バケツ、ゴミ箱、犬、猫etc.…
黒服の二人も折り重なる様に倒れていた。あれ大丈夫か……? と心配していると、上に重なってた方が起き上がり、もう1人の肩を担いでヨロヨロと退散していった。
「やーゴメンゴメン! あれ造ったの随分昔だから、使い方忘れてさ」
地面に降りながら、ララが軽い調子で謝ってくる。
「でも、ありがとねリト。助けてくれて嬉しかった!」
「さいですか……」
疲れた……もうさっさと帰って寝てしまいたい。
げんなりしてると、ララが腕に抱き着いてきた。
「ねえリト! 私と結婚しよっ」
「あん?」
疲れてるからガラの悪い返事になってしまった。素が出てる。
でも何言ってんだコイツ???
「さっき付き合ってくれるって言ったでしょ? 」
「…………言ったけど」
「じゃあ私と結婚してくれない?」
「待て待て待て待て。なんで結婚? 本気なのか?」
「私は本気だよ?」
「……そう言えば、お見合いが嫌だとかで家出してたんだっけ」
「う……いやぁ、それはね……」
「それで、俺を紹介して誤魔化そうって魂胆か?」
「だってパパってば酷いんだよっ!」
ぷんすか、とララのデビルーク王に対する不満や愚痴を聞き流しながら、どうしたもんか、と考える。
「……その感じだと、本気で俺と結婚するつもりって訳じゃなくて、単に家に帰らずに済む言い訳が欲しいだけなんだな?」
「んー、そうだよ?」
「親父さん怒らないか?」
「しーらない!」
プイッとそっぽを向いて、プクーっと頬を膨らませるララ。子供か。まあ、まだ子供か。
初期のララは我が儘でお子様な部分が随分目立つな。本来ならとっくにキレてる所だ。
「……お前の言い分は分かった。でも、俺も結婚する気は無いから、フリだけだぞ?」
どうせ拒否してもそうそうこのお姫様は諦めないだろう。なら、最初から要求を呑んだ方が楽だ。
それに、同情の余地もある。ララはずっと王宮で蝶よ花よと育てられ、閉鎖的な環境に身を置いていたのだ。
自由が無いのはツラいことだ。
「ほんとっ? やったー!」
「抱き着くな」
今度は正面から体ごと抱き締めてくるララ。柔らかいし良い匂いだしで落ち着かない。
「じゃあ、私リトの家に住んでもいい?」
「え?」
「あれ? ダメ? 地球でも、結婚したら一緒に暮らすものでしょ?」
「そうだけど……うち妹いるし……」
「そうなんだ! 私も妹いるよ、二人」
「そうじゃなくて、妹……美柑って言うんだけど、嘘吐きたくないから事情話してもいいよな? 多分大丈夫だと思うけど……」
「うん、いいよー。妹は大事だよねっ」
妹、と聞いて朗らかに笑うララ。きっと、ナナとモモのことを思い出しているのだろう。家出はしたけど、ララは家族が嫌いな訳ではなかった。
「帰るか……」
「うん!」
出会った時と比べて、随分明るい表情になった。遂に念願の自由を手に入れられる算段が付いて、嬉しいのだろう。
「ねえ、さっきの凄い音出してたの、なんなの?」
「あれは紙鉄砲って言ってーー」
そして、ToLOVEるな日々が始まるのだ。
今日はここまで
ぶっちゃけ先の展開とかあんまり考えてないし、のらりくらりと続けていこうと思います。