結城家に着いた頃にはやはり12時を回っており、美柑も先に寝ていたので、物音を立てずに自室に入り、着替えてそのまま寝た(風呂は宇宙船の中で済ませてきた)。
翌朝、ぐっすり寝ていると、強い衝撃で叩き起こされた。
「ふぁっ!?」
何が起こったか分からず、間抜けな叫び声を上げる。
「おはよう、リト」
体を起こすと、明らかに不機嫌な美柑が、ベッドの傍らに腕を組んで立っていた。
「お、おはよう……美柑」
「説明してくれるわよね? 昨日のことと、ソレも」
ソレ、と言いながら視線が私から若干ずれてることに気付き、視線の先を追うと、ララが全裸で横になっていた。
ひくっ…と、顔がひきつる。
つまりこれはあれか。私は、『碌な説明もせずに深夜まで家を空け、そして家族の心配もよそに勝手に帰って来て、女をベッドに連れ込んで気持ち良さそうに寝ていた』ことになるのか。
これは酷い。
弁明させてもらうなら、私は昨日、ララをちゃんと余ってる部屋まで送って、「ベッドに入ってくるな」と厳命しておいた。
その結果がこれだ。改めて直面すると、この状況は酷すぎる。
「……先に、今の時間だけ訊いてもいいか?」
「今は朝の6時。朝ごはんの仕込みは済んでるから、ゆっくり話を聞かせてね?」
うわーこの世界に来てから美柑の一番の笑顔だ。寒気がするね。
「えー……では」
一先ず美柑の方に改めて向き直り、正座をする。
起き抜けで非常に喉が渇いていたので、一度咳払いをし、ゆっくりと話し始めた。
ーーかくかくしかじかーー
「……え~と、何? つまり、ララさんの婚約者のフリをするはずだったのが、本当に婚約者候補になっちゃったってこと?」
とりあえずは、ララがリトのことを好きだと言い出したことから、ララの実家に行き、家族と会って、婚約者候補になったことだけ説明しておいた。こうやって見るとめっちゃ流されてんな私。
「そうです」
「……だからコレなの? もう少し気を遣ってほしいんだけど」
再び、美柑の視線が私の背後に移る。ララはまだ全裸で熟睡中だ。今は寝ていてもらう方が話を進めやすい。
「違うんだ。違うんです。聞いて下さい」
やはりそっちを先に弁明しておくべきだっただろうか。でも正直そっちは精神的にも物理的にも目を逸らしたかったのだ。
「俺はちゃんと自分の部屋で寝る様に言ったんだ。昨日は部屋まで送った。マジで疚しいことは無い。断じて」
「……その言い方だと、これが初犯じゃないみたいね」
「うぐっ」
墓穴掘った。
「だから昨日、服を買いに行こうって言ったのね……はァ、おかしいと思ったのよ。リトにそんな気が利くなんてって」
「美柑からもララに言ってくれよ……こいつ、何が駄目なのか分かってないんだ。きっと」
美柑の溜め息を聞き、力無く項垂れる。
本当に勘弁してほしい。別にララの裸を見てどうなるという訳でも無いんだけど、物理的接触は本当に困る。
アホみたいに柔らかいのだ。この女。男になってから、特にそういうのに敏感になってる気がする。
「リトも参ってるって訳ね……ララさん、ちょっと変わってるもんね。お風呂も1人じゃ落ち着かないって言ってたし」
ララの家にはSPも多数いるが、同時に侍女も沢山いる。あのメイドがそうだろう。いつもお風呂に入る時は複数の侍女と一緒に入っていたらしい。それを聞いた美柑は「何ソレ鬱陶しそう」と言っていた。同意見だ。
「……まさかお風呂は一緒に入ってないわよね?」
「…………」
フイ、と目を逸らす。
君の様な勘の良いガキは嫌いだよ、というフレーズが頭を過るが、本当になんでこんなに勘が良いんだろう。
「リト……あんたねぇ」
「すみません」
素直に非を認めるしかない。結果的には私から誘ったのだから。
だってあれはしょうがなかったのだ。
宇宙船でのことだ。お風呂があると聞き、じゃあ入っておこうとなって、当然の様にララは一緒に入ろうと言ってきた。
当然私はそれを断った。するとあろうことかララは、「じゃあザスティン一緒に入る?」とザスティンに言い出した。バカか???
本当に男相手でも気にしないのかこの女、と戦慄した。信頼してる身内だけだと思いたい。せめてそのぐらいは。
動揺してるザスティンがあまりにも憐れで、「分かった。俺と一緒に入ろう。ララ」と誘ってしまった。
宇宙船にはザスティン含めて、男のSPしかいなかった。立場上ララに誘われて断れる人物は1人もいない。私が犠牲になるしかなかった。
ザスティンにとってララは護衛対象であると同時に、『絶対に逆らえない上司の娘』なのだ。そして直前に不可抗力とは言え、その上司の妻に手を出そうとしていた。一緒にお風呂とか、メンタルブレイクにも程がある。
ザスティンはほっとした顔をした後、「リト殿も男なのだな……」と言ってきた。てめーのために代わってやったんだろうが。
回想終了。
このお姫様には一刻も早く1人でお風呂に入れる様になってもらいたい。でなければ身がもたない。
「……まあ、この件に関しては根気強くララを諭していくしかない」
「言っとくけど、私から見たらリトも同罪だからね?」
「はい」
組んでいた腕をほどき、美柑は腰に手を当ててはァ…と溜め息を吐いた。
「まあ今回はもういいけど……今度からはもうちょっとちゃんと事前に連絡すること。いい?」
「はい」
「じゃ、ご飯にしよっか。ララさんのこと、起こしといてね」
そう言って、パッと振り向いて美柑は部屋から出ようとしていた。
「え、俺がぁ?」
折角いるんだから起こしたげてよ。なんで兄に全裸の美少女託そうとしてるの。
「ララさんのそういうとこ、仮にも婚約者候補なら、リトがどうにかしなさいよ。私はノータッチで行くから。じゃ、頑張ってね♪」
ドアで半分顔を隠しながら、美柑は意地の悪い笑みを浮かべてそう言い捨てた。
無情にもそのままドアを閉めて階段を下りていく。
どうせリトにララに手を出す度胸は無いと踏んでいるのだろう。心配をかけた意趣返しの意味もありそうだ。
「……起きろララ」
何にせよ朝から疲れた。
私は出来るだけララの体を見ない様にしながら、昨日よりも若干乱暴に、ララの肩を揺さぶった。
ー学校ー
「よぅリト……昨日ぶりだな……」
「……おはよう猿山」
教室に着くやいなや猿山に絡まれ、辟易する。
そういや昨日は、学校でも色々あったことをすっかり忘れていた。
「……誰?」
「こいつは猿山。俺の友達だ」
ララが猿山に対してキョトンとしていたので、サクッと紹介しておく。
「そうなんだ。おはよーサルヤマ!」
「お、おはようララちゃん……!」
ララが笑顔で挨拶すると、猿山は緊張からか顔を赤くし、そして隠しきれない程ニヤけていた。
「なんだよリト、オメー分かってんじゃねェか~」
猿山が肘で小突きながらそう耳打ちしてくる。別にお前のために紹介した訳ではない。
原作でも多少絡みはあったし、リトと関わる以上ララが猿山のことを知らないままなのも変なので、まあここで知り合っておいてもいいだろう、と思っただけだ。
猿山は多分悪い奴じゃないしな。多分。
猿山がその場に留まったので、なんとなく3人で話してると、ワラワラと他の男子も寄ってきた。
猿山が案外普通にララと話せているから、自分達もワンチャンララにお近づきになれると思ったのだろう。揃いも揃って気色の悪い笑みを浮かべている。
そういう人間に対してもララは笑顔で平等に接する。『そうした方が良い』と判断してそうするのではなく、素でこれなのだ。人当たりが良いのではなく、単に偏見と決め付けが少ないだけだから、誰にも真似出来るものじゃない。
まあ、同時に相手が『嫌な人』だと判断したら、ハッキリ拒絶するタイプだが。
不愉快に感じながらも、ララが拒絶しないからあまり話に交ざらずに事を見守っていたら、予鈴が鳴った。
骨川先生が教室に入って来たので、それぞれ席に着く。
自然と溜め息が漏れた。
「結城君、今日日直でしょ? 号令お願い……」
「え?」
骨川先生に言われて初めて気付く。黒板の隅の日直の欄に『結城』の名が書かれていた。よくよく見たら隣に『西連寺』の名前も書かれている。
……なんで『ゆうき』と『さいれんじ』が同じタイミングで日直なんだ? 出席番号順じゃないのか。いや、そんなことより号令か。久しぶりだな。
「えー……きりーっ、れーーっ」
『おはようごさいます』
ガタガタと椅子を鳴らしながらクラス全員が号令に合わせて起立し、挨拶する様に懐かしさを感じる。
全体的に挨拶にやる気が無いのと、たまに遅れてる奴がいるのはご愛嬌だ。
「はい、おはようございます。出席を取りますね……」
HRを聞き流しながら、欠伸を噛み殺す。今日は寝不足気味だ。だいたいララのせいだが。
「悪いな西連寺。日誌書くの任せちゃって」
「ううん、いいの。私が勝手にやっただけだから」
時は過ぎて放課後。学級日誌は西連寺が書いてくれたので、後は教室のゴミ箱のゴミを捨てに行くだけだ。
「リトー! 一緒に帰ろ♪」
クラスの連中が各々下校したり部活に向かう中、ララが一目散に飛び付いてきた。いちいち抱き付くな。
「ララ、まだゴミ捨てが残ってるからちょっと待ってろ。なんなら先に帰ってもいいぞ」
「そうなの? じゃあ待ってるね♪」
「あ……ええと、いいよ。ゴミ捨ても私がやっとくから」
そう言いながら、ゴミ箱を持って教室を出ようとする西連寺。
「いや、流石にそれはーー」
悪いよ、と続けようとした所で、西連寺が足を縺れさせて転びそうになる。
咄嗟にララの腕を振りほどき、大股で西連寺に近付いて肩を掴み、抱き寄せる。
慣性が働いてバランスを崩しそうだったので、肩を掴んだのと逆の腕で西連寺の腰を支え、何度かたたらを踏んで踏み止まる。
なんとかお互い転けずに済み、ほっと溜め息が漏れる。
「さいーー」
近い。
西連寺に話しかけようとしたら、思ったより近くに顔があった。
目が合った瞬間バッと音がしそうな勢いで離れる。何故かバンザイしてる格好になった。間抜けだ。
「……ご、ごめん。大丈夫か?」
「……うん、ありがと。結城君」
あ、笑った。
そう言えば、今日は日直で接する機会が多かったはずなのに、今初めて目が合った気がする。
避けられていた……のか。多分、
「ええと、ゴミは一緒に捨てに行こう。日誌も職員室に届けないといけないし、全部任せるのは悪いよ」
「……そうだね。一緒に行こっか」
日誌を西連寺に預けて、床に散らばったゴミをさっさと集める。
「じゃあな、ララ。後で」
「うん、じゃあねー♪ リト。春菜も」
「あ……うん。またね、ララさん」
ララが手をぶんぶんと振ってきたので、ゴミ箱を片手に持ち替えて手を振り返す。
ララは終始笑顔だったが、手を振り返した時、尻尾が元気に動き回っていた。
さて、先程の出来事だが、見覚えがあるな。原作のイベントだ。
所々抜けてたりララがいたりで変化が大きいが、さっきのToLOVEるに関してはほぼ同じことが起こった。世界の修正力を感じる。
完全に忘れてた。今さら思い出してどうする。
「結城君は……ララさんのこと、どう思ってるの?」
「ん?」
自分の間抜けっぷりを嘆いていたら、西連寺がおずおずと話しかけてきた。
「ララか……昨日話したけど、ララは箱入り娘でさ、ずっと不自由な生活を送ってたんだよな。この留学が人生最大の我儘って感じで」
「うん……」
「だから、今まで知らなかったこと、いっぱい知れたらいいなって思う」
「その……好き、とかは……?」
「うん?」
「あ、ほら、ララさんは『結婚したい』とか『好き』って言ってたけど、結城君はどう思ってるのかなって……」
「ああ……」
そっちか。いやそりゃあそっちだよな。
的外れな返しをしてしまい、頬に熱が集まるのを感じる。
「それは特には。今はララのことは家族として受け入れてるって感じかな」
「そうなの?」
「うん。ララには悪いけど、今の所は応えられない」
「そうなんだ……」
そう言って、西連寺は俯いてしまう。
声には安堵の色を感じるが、表情はあまり優れなかった。
結局、その後は会話らしい会話も無く日直の仕事を終え、校門でララと合流してから西連寺とは別れることとなった。
西連寺とのToLOVEるの翌日、本来なら今日がララが転校してくる日……だったはず。
であれば、少なくとも今日か明日にはギ・ブリーがやってくるはずだ。
こいつのことは割と覚えてる。ララを含め他人のことを道具の様に扱う見かけ倒し野郎だ。
序盤の方に出てくることと、見た目のインパクトが強くてまだ覚えている。逆に他の婚約者候補とかレン以外碌に思い出せん。覚えるに足らないということだろう。
こいつは体育教師かつ女子テニス部の顧問である佐清先生に擬態して、あろうことか西連寺を人質にしてリトに接近してくるのだ。
原作では運良く西連寺に怪我は無かったが、分かってて危険な目に晒す必要も無い。
よって今日は西連寺のことを監視することにする。元はストーカーしていた身だ。この程度は朝飯前である。朝飯はしっかり食べたが。
「西連寺君……君、学級委員でしょ? ララ君に学校の案内お願い……」
「あ、はい……」
特に何事も無く放課後。原作通り西連寺がララに学校案内をするらしい。
もう既にララが学校に来始めて3日目なんだが、何故今日なのか。まあ、一昨日はさっさと帰って、昨日は西連寺が日直だったから仕方無いのかもしれない。
因みに、今日ララに教材や諸々の支給品が届いたので、晴れて体験入学から正規入学に転向だ。
そこかしこが中途半端に原作通りだな。
「よろしくー♪ 春菜」
「うん。行こっか、ララさん」
さて、尾行を続けるか。
校内を一通り案内し終わって、次は部活動の案内という所で、西連寺とララが何か話してる様だった。
確か好きな人がどうたらみたいな話をしてた気がする。この二人はその手の話題が多い。
二人を観察しつつ、頭上に注意する。うわっ、来た。
野球部が打ったボールが飛んで来たので、それを避ける。来ると分かっていれば造作も無い。
地面を打ったボールはそのままララ達の方に転がり、それを拾ったララが野球部に興味を示したらしい。
そして原作通りララは弄光のボールをあっさり打ち返し、迫ってきた弄光を即行でフッて、勝負を持ちかけられていた。
確かこの後はララが何故かリトに勝負を託し、ララによって改造されたバットでリトが振り回される(物理)のだ。
……うん、隠れよう。
少し出していた顔をそっと茂みの中に隠し、見つからない様に息を潜める。
ララが私がどこにいるのか知らない以上、そう簡単に見つかりはしないだろう。
何事かララが弄光達に言った後、一目散にこちらにやって来る。え、嘘、バレてる?
と思ったら、少し手前で立ち止まり、デダイヤルを取り出す。バレてる訳では無いようだ。
「くんくんトレースくん!」
ララがデダイヤルから犬の形をしたメカを取り出す。
あれは……覚えてないが、どう見ても匂いで対象を探し出すメカだろう。
まずいな。流石にこの距離では一発で見つかってしまーー
「これと同じ匂いの人を探してね♪」
「ちょっと待てやーーー!!!」
そう言ってララが取り出したのは、
思わず立ち上がってツッコんでしまった。隠れた意味とは。
いやもう隠れた意味とか知らん。どっちにしろ見つかるわこんなん。
私はずんずんとララの下まで歩き、ララの手からパンツを引ったくる。
「あ、リトー♪ いたんだ!」
「勝手に、人の、下着を、持ち出すな」
一言一句、噛んで含める様に言い渡す。
この女に誰かモラルと言う概念を与えてくれ。
「あれ? 怒ってる? ごめんね」
「いや……もうしないならそれで良い」
溜め息を吐きながら、パンツをカバンの中にしまい込む。これが洗濯済みの物か使用済みの物かで議論の余地がありそうだが、匂いを辿ろうとしたことから……いや、考えるのは止めよう。
「ララ様、そんな汚らわしい物を触るべきデハありません」
「そう? でも、リトが嫌ならもう止めるね」
「……そうしてくれ」
何故か私がdisられる形になってるのは不服だったが、まあペケの気持ちも分からんでもないので呑み込んだ。
これ性別逆だったら殴って良いやつなのにな。
「あ、そうそう! リトにお願いがあったの!」
ララにぐいぐいと腕を引っ張られる。あーはいはい。
バットを渡され、バッターボックスの前に立つ。バットの改造はされなかったのは幸いだ。原作と流れが違うからだろうか。
「一本勝負だ!」
「あ、はい」
これ、負けたら本当にララと弄光が付き合うことになるのだろうか。全く想像出来ないし、ララも付き合う気は毛頭無いだろう。それだけ
……やりにくいな。
数回バットを素振りしておく。渡されたのは木製のバット。しっかりと芯に当てなければそう飛ばないだろう。
少し迷って、長く持つことにする。こちらの方が慣れている。
バッターボックスに入り、バットを下で軽く振り、ホームベースを二度程叩く。特に意味の無いルーチンで息を整え、バットを構える。
「……どうぞ」
「ふんっ、覚悟は出来たようだな……」
弄光が大きく振りかぶる。言うだけあって、フォームは綺麗だが、無駄に動作がデカいのはただカッコつけてるだけだろう。
「食らえっーー弄光ボール!」
ダセぇ。
名前のダサさはともかく、ひたすらに速い。しかしただのストレート。ナメられてるのかストレートが持ち玉なのか。どちらにせよ好都合。
ボールの軌道を追いながらバットを振り下ろす。芯にさえ当てればボールはまっすぐ飛んで行くのだ。無駄なことを考える必要は無い。
カーーッン
「ぐべっ!?」
「あっ……」
結果はピッチャー返しだった。そう、ボールとは基本的に飛んで来た方向に返っていく物なのだ。真っ直ぐ打ちすぎたのと、単に力負けしたのが要因だな。
しかし綺麗に顔面に決まってしまった。エースならピッチャー返しくらい処理してみせてほしい。いや、悪いとは思っている。
「やったー! リトの勝ちー♪」
ララが小躍りしながら抱き着いてきた。
「これ勝ちか……?」
これ勝ちなのかな。打ったし試合なら一塁打って感じだから、勝ちかもしれない。
「え? リトの勝ちでしょ? ほら、倒してるし」
倒す(物理)。
「まあ……じゃあ、そういうことで。失礼しました」
キャッチャーや他の部員に断ってグラウンドを出る。本来なら弄光の介抱をしてやりたい所だが、経緯が経緯だし、その辺は野球部員に任せよう。
「えと……お疲れ様。結城君」
「おう」
グラウンドを出た所で西連寺が待っていた。
「結城君って、野球もやってたの?」
「あー……まあ、子供の頃に友達とそれなりに」
結城リトは元サッカー部なのに、野球が出来るのも変な話だが、それは適当に納得してもらうしかない。
私自身はサッカーより野球派だ。子供の頃は野球少年になるのが夢だった。
「次は私が所属してるテニス部を紹介するね」
「はーい! リトも行こー♪」
「なんで……」
野球部を後にし、次はテニスコートの方に向かう。何故か私も引き連られながら。
女子テニス部は今日も活動してるみたいだが、西連寺は参加しなくても良いのだろうか。
「今日は自主練なの」
さいで。
「ようこそテニス部へ」
コートの中心に、少しチャラいが爽やかな好青年と言った風情の男、佐清先生が立っていた。
遠巻きにキャーキャー言ってるテニス部員がいる。
「佐清先生はインターハイで常に上位にいた実力者なのよ」
「ふーん」
西連寺の紹介にどうでも良さそうに相槌を打つララ。こういう所妙に温度の無い奴だ。
「大したことじゃないよ……フフ」
一見爽やかに笑う佐清先生の顔を見て、ゾッとする。
今、一瞬こっちを睨んできた。
間違いない。こいつはギ・ブリーだ。本物の佐清先生の身の安全が気になるが、原作では後々普通に出てたから、そんなに心配することは無いだろう。
よくよく考えたら、こいつは明確にこちらの人間に危害を加えようとしたことはなかったな。単に力が無いだけかもしれないが、そういう意味では平和主義と言えるかもしれない。
その後、一通り運動部の案内も終わり、西連寺と別れて帰路に就いた。
ギ・ブリーが仕掛けてくるのは明日だ。気を引き締めていこう。
prrrrr
「ん?」
下校途中、リトの携帯に着信が入った。誰だろう。美柑かな。
「もしもし」
「ーー結城リトか。ララ・サタリン・デビルークのことで話がある」
声を聞いた瞬間、私は来た道を走り出した。
声の主は佐清先生、即ちギ・ブリーだった。
クラスメートがどうのと脅し文句を述べているが、いちいち聞くまでも無い。電話は切った。
後ろからララが呼ぶ声が聞こえるが、それも今は良い。どうせ追いかけてくるだろう。来ないなら来ないでそれでいい。
携帯に着信が入る。今度はメールだ。
内容は捕まった西連寺の写真と「部室で待つ」という文言。
必死に足を動かす。出来るだけ急ぎたい。急がないと、ていうかーー
「明日じゃねぇのかよ!!」
叫ばずにはいられなかった。
体育倉庫のドアに手をかけ、勢いよく開け放つ。
「西連寺!」
西連寺は気色悪い触手に捕まり、その触手は服の中まで行き渡っていた。
思わず舌打ちが漏れる。
「ほー、なかなか早かったな、結城リト。もう少しのんびり来てくれても良かったのに……」
「死ねええええええ!!」
佐清先生、もとい、ギ・ブリーが振り向く前に飛び蹴りを食らわす。
「ぶげらっ!?」
ギ・ブリーはそのまま壁に激突し、棚の上の物が落ちてきて下敷きになった。
見てみると、ギ・ブリーの擬態が解かれ、元の小さくてひ弱そうなぬいぐるみの様な生物になって失神していた。
うむ、変態に慈悲は無い。この世界の共通認識だ。
もし私が着くのがもう少し遅ければ、西連寺がどうなっていたか分かったものではない。全くもって腹立たしい。
「リトー? いきなり走り出して、どうしたの?」
さて、西連寺にまとわりつく触手を取り除こう、と思い立った所で、ひょこっとララが部室のドアから顔を出した。
「わっ、何これ! 春菜!? リト、どういうこと?」
ララが西連寺の様子を見て、目を見開く。
「多分こいつのせい」
ひょいとギ・ブリーを拾い上げ、ララに見せる。
「何これ?」
「さあ? 佐清先生の姿をしていたんだけど、変態だと思って蹴り飛ばしたらこの様だった」
「オヤ! これはバルケ星人じゃないですか。優れた擬態能力を持つ代わりに、肉体的には極めてひ弱な種族ですよ」
「へーー……あ! これ、ギ・ブリーか! なんか見覚えあるなぁって思った」
「知り合い?」
「イチオー婚約者候補。でも私この人キライ!」
「まあ、一般人を人質に取ろうとしたみたいだし、碌な奴じゃないのは一目で分かる」
「春菜を巻き込むなんて、ホンット最低!」
ぷんすか、と怒りながらララはデダイヤルを取り出した。
「じゃーじゃーワープくん!」
便器型のワープメカが現れた。これに流された物は地球外まで飛ばされることになる。一体何を思ってこんなメカを作ったんだろう。
「それじゃあリト! 早く春菜を下ろしてあげよっ」
「そうだな」
ギ・ブリーを流し終え、早速西連寺の救出に取りかかる。
幸い、速攻でギ・ブリーを倒したおかげで、西連寺の制服は無事だ。
西連寺の体を支え、服の中に入り込んだ触手をララに取り除いてもらう。
「んしょ、んしょ……あっ♪ 春菜って意外とーー」
「余計なことは言わなくていい」
西連寺を救出し、触手もじゃーじゃーワープくんで流した後、一旦西連寺を保健室に運んだ。
御門先生が不在だったので、勝手にベッドを使わせてもらう。
程なくして、西連寺が目を覚ました。
「う……んん……」
「目が覚めた? 春菜」
「ララさん……? 私、どうして……」
「西連寺、どこまで覚えてる?」
「ゆ、結城君!?」
「あ、ああ……」
ちょっと離れた位置から様子を窺っていたんだが、めちゃくちゃ驚かれてしまった。なんかごめん。
「わ、私……結城君達と別れた後……あれ……?」
そこから覚えてないのか。なら都合が良い。
「西連寺、俺達と別れた後にすぐに倒れてさ。それで、俺達はそれに気付いて、保健室まで運んだんだ」
「私が、倒れた……?」
不思議そうに自分の体を見下ろす西連寺。そこにララが抱き着いた。
「それにしてもっ」
「わっ」
「よかったー! 春菜が無事で!」
「ラ…ララさん!?」
「体は何とも無いか?」
「う、うん……最近、体調を崩したつもりもなかったんだけど……」
「あー……まあ、自分じゃ気付けないこともあるしな。動けるか? 今日は送ってくよ」
「う、うん……え?」
「ララはどうする?」
「私も一緒に行くー♪」
体調不良でなくても、気を失っていたことに変わりは無い。念のため送って行った方がいいだろう。
戸惑う西連寺を他所に、カバンを持って帰り支度をする。
ギ・ブリーは人を道具の様に扱うクソ野郎だったが、別にその価値観を否定する必要は無いと思う。
ギ・ブリーにとって世界とはそういう風に回ってる物なのだろう。
だがその世界にララは相応しく無い。
「……帰ろうぜ。二人とも」
「行こっ! 春菜!」
「あ、うん……あの、ありがとう、ララさん、結城君」
「いいよー。大したことしてないし」
「右に同じ。気にするな」
ララに相応しいのは、こういう世界だ。
『好きな男のパンツを持ち歩く女子高生』という字面のヤバさ。
早く他のヒロインも出したいですねぇ。