~Out Side~
大観衆の前、大きな会場のステージの上に、一人の少女がいる。
先ほどまで大歓声を上げていた観客達も、今は息を呑んで彼女の姿を見ている。
息を吸い、少し震える肩を気持ちで抑え、少女は閉じていた目を開き、そして、その重い口を開いた……。
~Rin Side~
「今、なんて言った……?」
「じょ、冗談だよな?」
「冗談なんかじゃないよ。私はもう、アイドルを辞める」
今、私の目の前には4人の人がいる。ユニットの仲間である加蓮と奈緒、そして二人のプロデューサー。そしてついさっき、私はその4人に打ち明けた。『アイドルを辞める』って。
「ど、どういうことなの!だって!もうすぐで大きなライブだって……!」
「ストップだ加蓮。凛ちゃん、理由を聞かせてもらっても良いかな?」
「理由?聞かなくても分かるでしょ?」
「だとしても、だ。君の口からしっかりと聞かないことには納得も決断も出来ない」
「そ、そうだよ凛!ちゃんと聞かせてくれよ!」
「っ!私一人で、これ以上アイドルなんて出来ない!プロデューサーがいないこの世界になんて、何もない!!」
当たり散らすように叫んで肩で息をする。4人を見ると、プロデューサーさん二人はやっぱりといった顔。奈緒と加蓮は、どこか気まずそうにしている。そりゃそうだよね、二人には今そうしてプロデューサーが横にいるんだから。
一週間前……私のプロデューサーは死んだ
原因は交通事故。事務所から家まで送ってもらう最中に、信号無視をした車に横からぶつかられた。助手席だった私は軽症で済んだけど、プロデューサーは、衝撃で頭を強く打った。すぐに病院に運び込まれたけど、意識が戻ることは無かった……。
何が起きたのか、何を言われてるのか、何も分からなかった……。ただ一つ分かる事は、私の心の中に、ポッカリと大きな穴が開いてしまった事だけだった。
念のためにと病院に宛がわれた部屋で、何をするでもなくボンヤリとして過ごした。何人ものアイドルの仲間達がお見舞いに来てくれた。ニュースでは私の事故の話も出ていた。事故を起こした犯人は捕まって、今は取調べを受けているらしい。だけど、その全部が、もう私にとってどうでも良かった。
最初は、これからどうしようか、なんて無理して考えようとしたりもした。だけど、考えれば考えるほど、すぐにプロデューサーが出てくる。この世界で、何をするにもいつも傍にいてくれた……私の全てを変えてくれた人……だけど、今はもう、いない人……。
「二人に分かる……?今の今まで、当たり前のように話してた人が、一瞬で自分の前からいなくなっちゃうんだよ……もう、絶対に、どれだけ手を伸ばしたって届かない場所に行っちゃったんだよ!!」
「渋谷さん!」
「まだまだ一緒に頑張って行きたかった!!まだ見せられてない、トップアイドルとしての姿を見せてあげたかった!!見届けて欲しかった!!なのに!!」
「凛ちゃん!」
「私はっ!!プロデューサーの事が!大好きだった!!!その気持ちを伝えられないままで!!プロデューサーは死んじゃったんだよ!!」
「凛……」
「何度も悩んだ!何度も何度もそれじゃダメだって考えた!レッスンだって頑張ろうと思った!でもっ!!私の中のプロデューサーが、消えてくれない!!」
「……っ!」
「もう……何していいのか分からない……分からないんだよ……。助けてよ……プロデューサー……」
返って来るはずの無い助けを求めてしまう……。いつだって、傍にいて助けてくれた……誰よりも真剣に、私のことを見つめてくれていた人に……。すがってしまう……。
「凛……それでいいの?そんなんで、亡くなったプロデューサーさんは喜ぶの?」
うるさい……
「あたしは、もっと凛とアイドルやってたいよ!プロデューサーさんの分まで、あたしたちだって支えるから!」
うるさい
「逃げないで頑張ろうよ。そんなの、凛らしくないって」
「ライブまでもうすぐだしさ、一緒にレッスンして……」
「うるさい!!!」
「「っ!」」
「二人に何が分かるの?プロデューサーが喜ぶかどうか?プロデューサーの分まで支える?何にも分かってないくせに!上っ面だけの言葉なんて投げかけないでよ!!」
「う、上っ面なんかじゃ!」
「それじゃあ奈緒、どうやって私を支えてくれるの?私の世界を変えてくれて、5年間も一緒にいてくれて、心の底から大好きだった人がいなくなった私を、その人の分までどうやって支えてくれるの!?」
「そ、それは……」
「ねぇ加蓮。プロデューサーが喜ぶかどうか、加蓮に分かるの?」
「そ、それは……今の凛を見たら、きっと喜ばないって……」
「どうしてそんな事が分かるの!?私のプロデューサーでもない癖に!その人の気持ちが分かるっていうなら、今すぐその全部を私に教えてよ!今こうして叫んでる私に!プロデューサーはなんて言ってくれるのか教えてよ!!」
「っ!」
「私はあの人とだからアイドルをやっていられた!!あの人が笑顔を向けてくれるから頑張れた!!あの人が喜んでくれるから、どこまでだって行けるって信じてた!!私にとって、あの人はかけがえの無い特別だった!!」
「だけど……もう、いなくなっちゃったんだよ……。だから……もう、私にはアイドルをやる理由が無い……」
誰かにあたったってどうしようもない事くらい分かってる。だけど、どうしても軽々しく気持ちが分かるような事を言って欲しくなかった。だって……二人にはまだ、プロデューサーがいるんだから。
「凛ちゃん、気持ちは分かった。そこまで決意が固く、気力も出ないっていうなら、続けるのは難しいだろうね」
「ちょ、プロデューサー!」
「これ以上続ける事は、渋谷さんにとって現状ではマイナスの方が大きい。上にはそう伝えましょう」
「あんたも!何言ってんだよ!」
「加蓮、心に負った傷は、簡単には消えないんだ。それを、周りの人間が軽々しく何とかなる、何とかするなんて言っちゃダメなんだよ」
「奈緒もだ。続けた結果、渋谷さんに何かあった時、お前に責任が取れるのか?誰かの代わりっていうのは、そんな簡単なものじゃないんだ」
そう……私の受けた傷は、私にしか分からない……分かってほしくない。どうしたってその穴は埋められない。私は……
「だけど、今すぐに。というわけにはいかないな」
「え……?」
「次の大型ライブまで1週間を切ってる。怪我の後遺症なんかも無い以上は、これには出てもらうよ」
「で、でも私は!」
「悪いけど、ここは譲るわけにはいかない。君がライブに出るのを、俺の大事な同僚は、何よりも楽しみにしていたからね」
「渋谷さん。彼を失った悲しみは、きっと貴方が一番大きいでしょう。ですが、私達にしても、数少ない同期の同僚です。だからこそ、あいつの願いを、叶えてやりたいんです」
「あ……」
そう……だよね……。プロデューサーと、この二人のプロデューサーさんは同期で、そういう縁もあって私達もユニットになったんだもん。悲しいに決まってる……か。
「分かり……ました……」
「凛……!」
「でも、それで本当に最後だから。そのライブで引退の発表もする」
「気持ちは……変わらないのか……?」
「うん。もう……疲れちゃった」
「そこまでの意志なら、もう俺達では止められないな。後悔の無い選択をするといい」
「……今日は、先に帰ります。明日からのレッスンには出ますから」
「分かりました。トレーナーさんにはこちらから連絡します」
「ありがとう……ございます……」
何からか、誰からか分からないけど、逃げるようにその場を去った。何故かわからないけど、今、あの場にはどうしてもいたくなかった。だけど、あと少し、もう少し頑張ったら……私のアイドルとしての世界は終わりを迎えるんだ。せめて最後くらい、頑張らないと……。
~Out Side~
「ちょっとプロデューサー!もう少し言い方とかなかったの!?もっと説得するとか!」
「そうだよ!これでもし本当に凛が辞めちゃったら!」
「加蓮、一旦落ち着け。奈緒ちゃんも。人が一人死ぬっていうのは、そんな簡単なことじゃないんだよ」
「こうして直接来て、言葉として伝えてくれるだけでも、彼女は十分すぎるほどに頑張ったんです。これ以上、彼女の心を傷つけるわけにはいかないんですよ」
「だけど!」
先ほどの会話に納得がいかなかったのか、加蓮と奈緒はそれぞれのプロデューサーに詰め寄る。彼女達からすれば、ユニットの大事な仲間。いや、今となってはユニットとしてではなく、一人の親友として大切な相手が、自分達の傍を離れようとしているのだ。躍起になるのも仕方ないだろう。
彼らとてその気持ちは分かる。だが、それと同時に彼女の気持ちも分かってしまう。大事な仲間が、何の前触れもなく、突然いなくなった。そんな言いようの無い喪失感を、彼女は自分達よりまだ若くして、そして自分達よりも大きく感じているのだ。
「なぁ加蓮。俺とお前も、出会ってから今年で5年だ。最初は斜に構えてたけど、今ではこうして周りの心配をするにまで成長してくれてる」
「と、突然何……?」
「もし、俺がお前の担当を辞めたいって言ったらどうする?」
「え……?」
「勿論、そんな事は言うつもりは無いし、上から命令されたって跳ね除けてやるつもりだ。それくらい、俺はお前を大事に思ってるし、自惚れじゃ無く、大事に思われてると信じてる」
「……」
「でもな、凛ちゃんは、そんな相談すらなく、突然いなくなったんだ。それも、頑張れば会えるわけでもない、完全なお別れなんだ。この辛さは、加蓮にはまだ分からないだろうし、分かって欲しくないと思ってる」
「奈緒。一緒にやって行きたいっていう奈緒の気持ちはよく分かるし、出来ることなら私だって渋谷さん、北条さんと一緒に輝く奈緒を見ていたいと思ってます」
「うん……」
「だけど、私達の存在は、渋谷さんにとっては彼の幻影、彼を思い出す要因の一つになってしまう。そしてその度に、彼女の胸は締め付けられて、いずれ耐え切れない時が来てしまう。そうなってからじゃ遅いんです」
「……」
「彼女の事を本当に本気で考えるのなら、全てを聞いた上で、彼女の気持ちを尊重してあげることです。嘘偽りない、本当の気持ちを、しっかりと受け止めて上げることです」
二人の言葉は、彼女達の胸に確かに届いた。加蓮は凛の気持ちになって考えることが出来ていなかった。奈緒は自分の気持ちばかりを優先してしまっていた。そんな言葉が、彼女に届くはずは無かったのだと、改めて気付かされた。
でも、それで諦められるほど、彼女たちとて素直じゃなかった。たとえ気持ちを分かってあげることが出来なくても。たとえわがままだと思われようとも。これからも3人で、ステージに立ちたいと思ってるのだから。
それから数日で、凛の引退は事務所内に知れ渡った。何人ものアイドル達が凛にその事を聞きにきたが、凜は「今はライブに集中したいから」と、特に何も答えなかった。
その噂はすぐに外部にも広まり、ニュースやファンサイト、ネットなんかではその話題で持ちきりになった。凛は勿論、事務所も正式な発表などはせず、気付けばライブの前日となっていた。
~Karen Side~
「1,2,3,4、1,2,3,4、神谷、少し走ってるぞ!北条、動きが小さい!渋谷、ステップがぎこちない!」
「ストップ!お前達、明日が本番だっていう自覚はあるのか?こんな1年目のステージならまだしも、お前達はもう5年目になるんだ。こんな中途半端な姿をファンに見せるつもりか?」
「「す、すいません!!」」
「……」
「ふぅ……この調子じゃ今は無理そうだな。30分休憩を挟む。何かあるなら、今の内になんとかしておくように」
そう言ってトレーナー……麗さんはレッスン室から出て行った。今は私と奈緒、凛の3人だけ。多分、皆同じことで悩んでるから……どうしても動きに集中できない。だから私は……
「ねぇ、凛」
「何?」
「明日で、最後のつもり……なんだよね?」
「加蓮!」
「うん……そうだね」
「こんなんでいいの?私達3人の、こんな情けない姿が、本当に最後でいいの?」
「……良いわけない。そうだよね。ちょっと集中できてなかったかも」
「ちょっと?違うでしょ?まったく出来てなかった」
「ちょ、おい!言いすぎだろ加蓮!」
「言いすぎ?むしろ足りないくらいでしょ?嫌なこと、辛いことは誰にだってある。それがどれだけ大きかろうが小さかろうが、乗り越えなきゃ強くなれない。凛、あんたは今悲劇のヒロイン気取って甘えてるだけだよ」
「っ!」
「言い返せないでしょ?だって本当だもんね。そんな気持ち私達は分からない……分かりたくも無い!凛にとってアイドルって何!?プロデューサーさんしか無かったの!?」
「私は……」
「凛……あたしな、こないだも言ったけど、まだ凛や加蓮と一緒にユニットでやって行きたいって思ってるんだ。今回を最後なんかにしたくない」
「……」
「でも、凛がこれ以上はどうしてもって言うから、それならせめて今まで以上の、最高のあたしたちで終わりたいって、そう思った。だけどさ……今の凛を見てたら、それも難しいって、思っちゃうんだ」
「奈緒……」
「あたしたちのこと……信じられないか?代わりになんてなれないのは分かってる。けどさ、もう少しくらい、頼ってくれたっていいだろ?思いっきりぶつかって来てくれよ!あたし達は、その全部を受け止めるから!」
「「凛!!」」
「……っ!」
「ほんとは分かってる!!プロデューサーは、今の私の姿なんか望んでないって!!前を向いて頑張る姿を見せて欲しいって思ってるって!!アイドルとして、もっと輝いて欲しいって!!」
「でも!!それでもあたしは!!あたしにとってのアイドルは!プロデューサーが大きすぎたの!!夢なんてものも無かった私に、将来なんて漠然としか考えてなかった私に、未来なんて見てなかった私に!その全部を与えてくれた!!」
「キラキラした世界も!綺麗な衣装も!想いのこもった歌も!全部全部プロデューサーがくれた!それが無かったら、私はここにいない!あの人がいたから今の私があるの!」
「なのに!!なのに……あの人は、もういないの……ねぇ……どうしたらいいの……?頑張りたいっていう気持ちはあるのに……気持ちを裏切りたくないって想いはあるのに……心が……動いてくれない……」
「凛!ごめん!」
「辛いよな!苦しいよな!!そりゃそうだよ!あたしだって、もしプロデューサーがいなくなったらって思ったら、ちゃんと立ち直れる自信なんてないよ!」
「凛は、誰よりも頑張り屋で、いっつも私達のこと支えてくれてたもんね。何回もぶつかって、ケンカして、それでも前に進んで行けたのは、凛がいてくれたからだもん。だから、凛は強いんだ、こんな事で折れたりしないんだって、勝手に思っちゃってた」
「違うよな!凛は、強いんじゃなくって、強さをもらってたんだよな!心の底から信頼して、大好きな人から、ずっとずっと強さをもらって、一緒に頑張ってきたんだよな!」
「凛だって、女の子だもん。ずっと強くいられるわけ無いよね。気付けなくてごめん!だけど、もう大丈夫だから!」
「あたし達がいる!プロデューサーさんの分まで、あたし達が見届けてやる!」
「最後の一回だっていい!今度は私達が支えるから!!」
「心を動かすのに足りない気持ちは、あたし達が補ってやる!だから!!」
「「やろう!!凛!!」」
「加蓮……!奈緒……!」
全てを出し合って、私達3人は抱き合って泣いた。もう皆成人してるのに、子供みたいに思いっきり泣いた。思いっきり泣いて、ようやく分かった。私が苛立ってたのは、凛のやる気が無かったからでも、本音を言ってくれなかったからでもなくって、凛が私達の前で泣いてくれなかったからなんだって。
ずっと支えあってきて、苦しいこと、辛いこと、いろんなことを分け合ってきたつもりだった。それこそ、プロデューサーさんにだって負けてないって言えるくらいに。だけど、本当の本当に心から辛いって時に、ずっと涙を見せてくれてなかった事が、悔しかったんだと思う。
泣いてすっきりしたお陰か、今なら自信を持って言える。明日のライブは絶対に成功するって。今までの全部を足したって、足りないくらいの、最高の私達を見せられるって!
「1,2,3,4、1,2,3,4。……よし!そこまで!」
「「「はぁ……はぁ……」」」
「……何かを乗り越えたみたいだな。100点満点だ!」
「「「……っ!」」」
「やったーーーー!!」
「よっし!!」
「ふぅ……よしっ!」
「だが、気を抜くんじゃないぞ?明日のライブでやりきってこそだ!私の押した太鼓判を、台無しにしてくれるんじゃないぞ?」
「「「はいっ!!」」」
「うん!良い返事だ!それじゃあ今日はここまで!動きのイメージを忘れないようにしながら、しっかり身体を休めて明日に備えるように!」
「「「ありがとうございました!!」」」
「ねぇ、凛。奈緒」
「ん、何?」
「どした?」
「明日……頑張ろうね」
「あぁっ!勿論だ!」
「うん」
うん。大丈夫。きっと最高の私達を見せられる……。それが、最後の姿だったとしても……。
~Out Side~
時間は流れ、ライブもすでに終盤に差し掛かっている。残すところアンコールを除いて数曲。今は凛、加蓮、奈緒の3人が次に備えてスタンバイしている所だった。
スタッフ達は慌しく動き、他のアイドル達も化粧直しや振り付けの最終確認と各々の動きに手一杯のようだ。
そんな中、集中する凛の下に、加蓮のプロデューサーが駆け寄る。
「凛ちゃん」
「あ、加蓮の。加蓮なら向こうに」
「上から時間をもらった。トライアドの曲の後、もし凛ちゃんが望むなら、好きに使える時間だ」
「え……?」
「必要ないなら構わない。だけど、もしこれを本当の最後にするつもりなら、君はそこから、逃げちゃいけない」
「わ、私……」
「曲も準備してある。全ては君次第だ。本当はもっと早く伝えるべきだったんだけど、上からの許可が中々下りなくてね」
「……」
「あれ?プロデューサー?どしたの?」
「いや、ちょっと用事があってな。それじゃあ加蓮、俺は後ろで見てるから、最高の姿、見せてくれよ?」
「凛に浮気しちゃうようなプロデューサーさんには、見せてあーげない」
「ちょっ!そんなんじゃないっての。変な勘違いが起きるような言い方をするんじゃない!」
「ふふっ、冗談。ちゃんと見ててね?」
「……あぁ!輝いてこい!」
「奈緒、私も期待してますからね」
「おわっ!プロデューサーさんもいたのかよ!……でも、いいよ!今までで一番を、軽ーく超えるくらい、思いっきりやってやる!」
「……」
「凛!」
「いくぞ!」
「うん!」
全員が頷くと同時に天井のライトが落ち、スタンドマイクと共に足場がせり上がる。観客達のざわつきは、暗い中でもそのうっすらとした影を捉えた誰かの歓声で熱気を帯び始める。そして次の瞬間、その熱気は一気に会場中に点火される。
『『『鮮やかな色纏う波紋は 風受けて飛び立った キラキラとひかる 眩しい空へとーーー』』』
静かで、それでいて強い歌いだしが終わり、会場中の熱量は一気に跳ね上がる。スポットライトに照らされた3人の姿が、一斉に点いた照明によって神々しく照らし出される。今、この会場は彼女達が支配していた。
曲は終盤へと差し掛かり、落ちサビの直前にまで至った。これまでに無い気合のこもった声。キレのあるダンス。迫真とも言えるその表情から、歓声を上げていた観客達も、その雰囲気に完全に飲み込まれていた。そして、落ちサビが始まる。
加蓮『輝く事どこか恐れてた あの日の自分にただ ずっと』
凛『前を』
奈緒『向いて』
加蓮『信じて 伝えてあげたいよ』
凛『大切な想いを歌にのせ 空見上げ届けるよ』
奈緒「どこまでも響け 遥か彼方へとーーーー!!』
普段と違うパート分けに観客達が驚くと同時に、巨大なモニターに映し出されたのは、瞳にほんの少し涙をにじませた凛の姿だった。しかし、そこにか弱さなんかは無く、これまでに無い力強さを感じるほどだった。まるで、何かを決意したような……。
最後まで歌いきり、最後の振り付けの後、今日最高とも言える大歓声が彼女達に浴びせるように降り注いだ。間違いなく、誰が見ても過去最高と分かる出来だった。暗がりの中、達成感と同時に襲う最後だという事実に、加蓮、奈緒の二人は静かに涙を流しながら所定の位置に立つ。だが、凛はただ一人、中央へと歩を進めた。驚いた二人が声をかけようとするも、二人の乗った台は下がり始める。
ステージの上には、彼女だけが残された。
大観衆の前、大きな会場のステージの上に、一人の少女がいる。
先ほどまで大歓声を上げていた観客達も、今は息を呑んで彼女の姿を見ている。
息を吸い、少し震える肩を気持ちで抑え、少女は閉じていた目を開き、そして、その重い口を開いた……。
「知ってる人は多いかも知れないけど、2週間前、私は事故にあった」
「助手席に乗ってた私は運良く軽傷で済んで、今こうして皆の前にいられる」
「だけど……」
そこで一度、少女の声は止まる。この会場のほぼ全員が、その事件で唯一人、犠牲者が出たのを知っている。
もう一度息を深く吸い、また前を見つめる。
「だけど、その事故で、亡くなった人がいる。それが、私の担当プロデューサーだった」
「私がアイドルになるきっかけをくれて、私をここまで導いてくれて、私にたくさんの力を与えてくれた人」
「私は、あの人の事が、好きだった」
会場中が一気にざわめく。アイドルである少女から、特定の人が好きであるなどという言葉が出れば当然とも言えるだろう。だが、少女の言葉はこれで止まらなかった。
「そう。大好きだった。プロデューサーとしてだけじゃなくて、一人の異性として」
「こんなこと、アイドルが言うべきじゃない事は分かってる。でも、それだけ私の中で、大切な人だったんだって、知ってほしい」
「アイドルとしての、今の私を作ってくれた、かけがえの無い、一番大切な存在だったから」
凛のその言葉で、会場のざわめきは収まっていく。どこからか、すすり泣くような声も聞こえ始める。きっと、彼女の辛さを感じてしまったのだろう。
「私がアイドルをしてた一番大きな理由は、その人にあった。こんな風に言うと、不真面目に聞こえるかもしれないけど、私は本当に、真剣だった」
「でも……その人は、もういなくなっちゃった」
少女の声は沈んでいく。まるで、全てに絶望したように。
「私がアイドルを続けられたのは、プロデューサーがいてくれたから。全部全部、プロデューサーがいてくれたからだった」
「今の私には、その人を失ってまで、アイドルを続けていこうっていう想いが、沸いてこないんだ……」
「たくさんの人に応援されて、仲間の皆に励まされても、これから先を想って、そこにあの人の姿が無いっていう事実を突きつけられる」
「だから……私は、今日のこのライブで……アイドルを引退する……」
会場内は一気に騒然となった。止めないでと叫ぶファン。凛の言葉を聞いて泣き出した女の子。どう反応すればいいのか分からず呆然とする人たち。警備員が鎮圧に出ようとした瞬間だった。
「そう……言おうと思ってた……」
彼女の言葉が続いた。
「ついさっきまで、本当にそのつもりだった……だけど……だけどね……」
「加蓮と奈緒の二人と一緒に歌って……他の皆と一緒に歌って……ファンの皆の笑顔を見て……私の中の大きな物が、プロデューサーだけじゃなかったんだって気付いた」
「プロデューサーの存在に負けないくらい、私はたくさんの人に支えられてるんだって、ようやく気付けたんだ」
「だから……」
「私は!!まだアイドルを続けたい!!!」
凛の魂の叫びは、会場に再び熱気を取り戻した。割れんばかりの歓声と大きな拍手で、凜はこの場の全員から、アイドルとして迎え入れられた。
「ありがとう!!!だけど、私にはまだ、やらなきゃいけないことがある」
「今から言うのは、『アイドル渋谷凛』として言う、最後のわがまま」
「どうか、この瞬間……次の一曲の間だけで良いから。一人の人のために、歌を歌わせて欲しいの」
「そうしないと私、これからずっと、前に進めないから!」
「これからもアイドルを続けるために!!皆の時間を!私にちょうだい!!」
凛の想いに呼応するように、会場から肯定と取れる歓声と拍手が返って来た。それを見て、肌で感じた凛は、溢れそうになる涙を堪えながら、音響スタッフを見やる。いつでもいける。そんな力強い頷きを見て、凛はもう一度、前を向いた。
「これは、私が初めてアイドルとして歌った曲」
「あの人が、私のために用意してくれた曲」
「だから、今度は私があの人のために歌う曲」
「Never say never」
~Rin Side~
『ずっと強く そう強く あの場所へ 走り出そう』
聞こえる?プロデューサー。今、プロデューサーに向けて歌ってるよ。この始まりの歌。こんなに大勢の前なのに、プロデューサーのためだけに、歌ってる。だから、聞いて欲しいの。今までの全部を、ここに込めるから。届いて欲しい。この歌に乗せて。
『過ぎてゆく 時間取り戻すように 駆けてゆく 輝く靴』
最初の頃はさ、変に大人ぶっちゃって、全然素直じゃなかったよね。でも、それも持ち味になるから、なんて言ってさ。あの時はきっと、今みたいな気持ちを持つなんて思いもしてなかった。
『今はまだ 届かない 背伸びしても 諦めない いつか辿り着ける日まで』
初めてのステージ。凄く緊張して、声も上ずっちゃったりして、こんなに緊張するものなの?なんて思ってた。だけどね、あの時プロデューサーに「いつも通りでいい」って言われてさ、胸の中が軽くなったんだ。あの気持ちは今でも忘れない。
『目を閉じれば 抑えきれない 無限大の未来が そこにあるから』
事務所メンバー全員での周年ライブでは、今まで歌ってなかったいろんな曲を歌ったっけ。その度に、皆こんな難しい歌を歌ってたんだって驚かされた。それで、私もそれを歌ってもっと成長したいって、そう思えたんだ。
『振り返らず前を向いて そして沢山の笑顔をあげる いつも いつも 真っ直ぐに 見つめて』
いつしかアイドルの活動が楽しくなってた。最初は分かってなかったけど、多分、その楽しくなった時が、プロデューサーの事を好きになった時なんだと思う。プロデューサーは、いつも私のことを見ててくれてたけど、きっと気付いて無かったよね。
『弱気になったりもするよ そんな時には強く抱きしめて 強く そう強く あの場所へ 走り出そう』
一度だけ、プロデューサーは私のことを抱きしめてくれたよね。3年目のアイドルグランプリで、準優勝になった時。プロデューサーはよくやったって言ってくれたけど、私はどうしても悔しくて。涙を堪え切れなかった。そんな私を、優しく抱きしめてくれたあのぬくもり。あれのお陰で、また前を向けるようになったんだよ?
『薄もやに 夢が溶けてく朝は 手探りで 光さがす』
いい事ばかりじゃ無かったよね。ライブやイベントでの失敗が重なって、レッスンも上手くいかなくなってた時期もあったし、プロデューサーとも何度もぶつかって、何回もケンカしたっけ。
『今はもう擦り切れた思い出が 優しく 明日への道 照らしてくれる』
そんな上手くいかない時でも、ケンカした時でも、プロデューサーは真っ直ぐ私のことを見ててくれてた。その優しくて、力強い眼差しで、私のことを見続けてくれた。それだけで、私は何度も何度も勇気をもらってたの。前に進めてたの。
『目を開けば すぐそばにある 見つけ出した希望を信じているから』
加蓮と奈緒とのユニットが決まった時、私以上に心配してたよね。私は大丈夫だって言ってるのに。だけど、それも今なら分かるよ……。周りを意識しすぎて、いつもの私のパフォーマンスが出来なかったりするのを危惧してたんでしょ?ほんとに……私に対して甘いんだから、プロデューサーは。
『強くアスファルトを蹴って グラウンドのフェンス 軽く飛び越え 遠く 遠く まだ見えない 明日へ』
そこからはさ、あっという間だったよね。ファンも爆発的に増えたし、人気だって一気に上がった。もしかしたら、加蓮と奈緒のお陰かな~とかって少し思っちゃったけど、二人も同じように思ってたって聞いたら、なんか笑っちゃった。でも、プロデューサーだけは、「もっと行ける。まだ足りない」って言ってくれてたよね。
『キツい坂道にも負けない 君がくれた勇気がここにある 強く そう強く あの場所へ 走り出そう』
ソロでの活動が伸び悩んでた時、加蓮や奈緒に変な八つ当たりもしちゃった。あの時さ、プロデューサーが叱ってくれて、嬉しかった。全部を肯定するんじゃなくて、本当にしっかりと見て、上を目指すのに必要なことを私に教えてくれてるんだって分かったから。
そんな沢山の気持ちをくれたプロデューサーはさ……なんでこんなに早くいなくなっちゃうの?私……まだまだ教えてほしいことがあった。まだまだ見ていて欲しかった。まだまだ一緒にいたかった!
そんな気持ちでいっぱいになって、こんな事なら好きにならなきゃ良かった。なんて少しでも思っちゃったんだよ?だけど、それでも自分の気持ちに嘘は付けなかった……。だから、せめて思い出す機会が減るようにって、辞めようって思ったんだ。
でもね……
『愛に包まれて 気付いた いつも沢山の笑顔ありがとう』
私ね……私が思ってた以上に、たくさんの人たち愛をもらってたんだって気付いたの。加蓮、奈緒、アイドルの皆、スタッフさん、ファンの皆……。本当にたくさんの人が、私のことを見ててくれたんだって、さっきようやく気づけたの。遅すぎたかもしれない。そう思ったけど、皆はこんな私を受け入れてくれた。
『ずっと ずっと 真っ直ぐに 見つめて』
プロデューサーと一緒に、前だけを見てたからなのかな?……ううん。違う。私ね、前を見てたんじゃなくて、前で導いてくれてるプロデューサーを見てたんだと思う。だからね、突然視界が真っ暗になって、分からなくなってた所に、皆の声が聞こえたんだ。大丈夫。周りを見てって。
そしたら、皆がいた。皆が私を支えてくれてた。今まで見えてなかったものが、一気に鮮明に見えて、「あぁ……こんなにいろんな色がある世界を、私は見てなかったんだ」って。
『振り返らず前を向くよ だけどいつまでも見守っててね』
後ろを向けば、きっといてくれるって信じてる。だけど、それを確かめるのは、きっと、今じゃない。今向いちゃったら、きっと私の足は止まっちゃう。だから、振り返らないから……ずっとずっと……私のことを見てて……誰よりも輝いてみせるから。
『強く そう強く あの場所へ 走り出そう』
プロデューサーと目指したあの場所まで、絶対に止まらないから。私は、もう一人じゃないって分かったから。
だから!
『どこまでも走ってゆくよ いつか辿り着けるその日まで』
今までの弱い私を預かってて!この歌に乗せた、私の全部を!
~Out Side~
少女の最後に伸ばした腕は、見た人にどう映っただろうか
どうしたって届かない物への最後のあがきだろうか
自分も連れて行ってほしいという内なる願望の現われだろうか
未来を捕まえるという強い意志の象徴だろうか
その答えは、彼女にしか分からない
きっと彼女は、前を向き続けるだろう
歌に込めた想いを胸に
だけど、今は一度、足を止めなければならないようだ
涙と笑顔を浮かべた、二人の親友を抱きしめるために