焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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士官学校編はこれにて終わり


第11話 卒業

 遠征から帰ってすぐ、センゴクから執務室まで来いと連絡があった。

 至急儂に相談したい案件があるのだと告げる奴の副官の様子からして、何ぞ厄介なことでも起きているらしい。

 本当は煎餅と茶で一服してからにしてほしいが、仕方なしに本部へ向かうことにした。

 最近移動したセンゴクの執務室のドアを開けると、奴は真新しい元帥の軍装を纏って執務机にしかめっ面を向けておる。

 

 

「遅いぞガープ」

 

 書類から顔を上げんまま開口一番に吐き出されるのは相変わらず文句だ。元帥になってもわしとのやり取りはほとんど変わらんもんじゃな。

 軽く流して適当に執務机近くのソファに腰を下ろす。

 

「何ぞあったか」

「不本意ながらお前に頼みたいことがある」

 

 これを見ろ、と投げつけられたファイルを開く。中身は士官候補生の内申書。記載された候補生の名を見ると、聞き覚えのある名じゃった。

 ふむ、ロイとかいうこの候補生は確か、ボルサリーノが修練指導に当たっとった奴じゃないか?

 

「そのロイ候補生をお前に預ってほしい」

「はあ?」

 

 唐突なセンゴクの発言に思わず間抜けな声が出る。

 士官候補生の卒業直後の人事に、元帥が口を突っ込むなんぞ聞いたこともなくて、さすがの儂も首を捻った。

 予想通りの反応だったのだろう。センゴクの奴はやはりといった感じで溜息を吐きながらその頼みごとの理由を話し出した。

 

「取り合いが起きた」

 

 なるほど。三年ほど前の繰り上げ卒業騒動の第二ラウンドが起きたんじゃな。

 以前からずば抜けた悪魔の実による戦闘能力によって、是非ともロイ候補生を自分の部隊にと望む声は、軍内のあちこちで上がっとった。

 特にサカズキやら過激な奴らが大きな声を上げて強引な手段を取ろうとし、それに嫌悪感を抱いたクザンを始めとする奴らと対立しおってな。

 結局繰り上げ卒業が当時のコング元帥の一声で阻止されてからも、何やかやと揉め取ったんじゃが、案の定勧誘の時期になって再炎上ということか。

 

「クザンとサカズキの周りが揉めて収拾が付かん。サカズキ共の強引な勧誘に対する批判や、クザンたちがそれに対して妨害工作をしているという噂などが軍内で飛び交い過ぎていてな」

「どうにもならんので揉める原因のロイ候補生を、奴らが落ち着くまでしばらく儂預りにして取り上げておくっちゅうわけか」

「ああ、まったくあいつら、面倒事を起こしよってからに……」

 

 頭痛を堪えるようにしてセンゴクは額を抑えつつ、苦虫を噛み潰したような渋面を浮かばせている。

 苦労しとるようだな。組織であるがゆえに主義主張の対立が生まれるのは仕様がないこと。揉め事なんぞ起きないはずがないもんじゃ。

 主張し合っておる立場ならば自分の意志を曲げずに上手くやることだけ考えとればいい。

 だが組織の上に立ってしまうと、それだけではいけない。組織が内部の対立で崩れんように調整する努力が必要になってくる。

 それぞれの主義主張を戦わせるのは組織の健全化のためになるので構わんが、組織のトップは双方がやり過ぎんよう利害調整に走ったり穏当に済ませるよう説得したりすることで組織の形を守るのも重要な仕事なんじゃよ。

 組織が崩れてしまえば元も子もない。主張し合い押し通そうとするものの意味がなくなってしまうからのう。

 今センゴクはその苦労をヒシヒシと感じとるんじゃろう。たった一人の士官候補生の存在だけでこんなに苦労するとは思ってもみなかったに違いない。

 ま、争いの種なんぞそんな些細なもんばっかりなんじゃし、諦めて元帥の仕事を務め切るんじゃな。

 サポートくらいはしてやるから頑張ってほしいもんじゃわい。

 

「で、頼めるか?」

「ええぞ、引き受けてやる。で、どこまで仕込めばいい?」

 

 取り上げるというても、ずっと儂の元に置いておくわけにもいかん。長く見積もって二年か三年ほどか。

 その間にロイ候補生には周りに揺さぶられんよう基本的な海軍の内情などを仕込んでおいてやる必要がある。

 本人がきちんと状況を見て意思を示すことができれば、また取り合われる様な事態になっても比較的マシに収めることができる。最低でも自分にとって何が良い選択かを考えられる程度には持っていってやればいいじゃろうか。

 それに内申書の成績や素行に関する評価からして、彼はそれなりに勤勉で真っ当な倫理観も持った人間のようじゃ。能力者という点を含めれば、おそらく最低でも将官に登ってくるじゃろう。

 つまりは近年稀にみる将来有望な人間というわけじゃ。下手に人間兵器として使い潰されたり、正義と現実の重みに耐えきれず脱落したりせんように慎重に教育をせねばならんと思う。

 

「様子を見ながら、一通りは頼みたいがどうだ」

「二年ならば、万全にフォローできてシャボンディのことまでくらいじゃな」

 

 天竜人関連は、大抵の海兵にマイナスの方面で影響を与えやすい。特に若く無垢な正義感や摩れていない倫理観を持つ者にはきついもんじゃ。事前に指導して帰ってきたらフォローして落とし所を見つけさせるには結構掛かる。

 そう計算するとそこから先、政府関係の胸糞悪い仕事まではどうにも手が回らん。知識として教え込むくらいしかできん。

 

「そこまでできるならば比較的軽めのものを見繕っておく」

「おう。しかし上手く仕込めんかったらどうする?」

「足りんと思えばそれとなくおつるちゃんに頼んでもう二年ほど面倒を見てもらう」

「四年か。不満が上がるぞ」

「……できる限り二年で仕上げてくれ」

 

 これ以上面倒が増えんようになと、長い長い溜息を吐き出しつつセンゴクが呻いた。

 

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

「ロイ、掲示板見に行くぞ」

「嫌だ」

 

 皆さんおはようございます。只今絶賛ベッドに立て籠もり中のロイです。

 士官学校も残すところあと半月で卒業式の時期になった今日の頃。卒業後の配属先が正式決定したらしく、本日掲示板に張り出される。

 さっきから毛布被った俺をガンガン揺すってくれているドレークは、それを見に行こうと誘ってるんだ。ちゃんと確認しておかなくちゃいけないって。

 この顎野郎さっきから本当にしつこいな、もう!

俺の勧誘騒動の裏でちゃっかりしたリーヴィス大尉に勧誘されて配属希望出してるから、まったく掲示を見に行く必要なんかないくせに。俺の世話なんか焼かなくていい。

 

「いい加減出てこい、スモーカーはもう行ってしまったぞ」

「知らん。私は見に行きたくない」

 

 嫌な予感しかしないんだもん。サカズキ中将が来た日のことを思い出しながら、毛布を剥がそうとする手と格闘する。

 あの日、サカズキ中将に何を言ったか実はよく覚えていない。勧誘を断る理由を訊かれた辺りからもう頭真っ白で、気づいたらサカズキ中将に頭を撫で繰り回されていた。

 予想だにしない状況にきょとんとしていたら、妙に楽しげな顔してあのオッサンは言った。

 

 もし最初にうちの部隊に割り振られたら可愛がってやるからなって。

 

 可愛がるって、なんだ。何をしようっていうんだ。

俺が言ったことで何か気に入らなかったりしたのだろうか。こんな甘ったれこってりビシバシしごき上げてやろうって思っちゃったりしてるのだろうか。

 もう死刑宣告された気分だった。とりあえず勧誘を諦めてくれたようだけれど、完全に目を付けられたのだけはわかる。任官してからもずっと睨まれ続けるのは確定ですね、ありがとうございます状態だ。

 その後卒業の前祝って飯に連れ出してくれたリーヴィス大尉の爆笑にもダメージを食らわせられた。

 居酒屋で生中を吹き出す勢いで大笑いしてあの大尉愉快そうに言ってたんだ。理由訊かれたらまずはうちの中将にお礼奉公しようと思ってますって言えばよかったろうにって。

 ……そうだよ、思いっきりお礼奉公とか逃げ道があったこと忘れていた。

 一番真っ当で角が立たない言い訳じゃん、お礼奉公。ヒナがおつるさんとこ行くらしいし、俺もそうするつもりって言っても何にもおかしくない。

 畜生、何で頭からそれを飛ばしてたんだよ、俺!

 しかも誰のとこにも配属届出さないって、ボルサリーノ中将のとこにも出さないってとられてもおかしくない断り方だったことまで思い出した。ランダム配属でサカズキ中将とその仲間の部隊になることもあり得るのに、何で退路断つようなこと言ったんだ、俺。

 ショベルカーで盛大に墓穴を掘ったような状況に自分で飛び込んだことに気づいても、思いっきり後の祭り。

 心の中で転がり回って後悔している内にとうとう今日になってしまった。

 配属先は気になるが見たくない。マジでサカズキ中将の部隊だったらと思うと、ベッドから出る気が裸足で逃げ出すんだ。

 配属されていない可能性も大きい。でもあの人の信奉者って結構多いらしい、どっかで引っ掛かる可能性も同じくらいある。

 うおお、此処から出たくない、というかこのまま時が止まってくれればいいのに。

 

「んだよ、まだ籠ってたのかよ。その馬鹿は」

 

 毛布から顔を突き出すと、そろそろ取っ組み合いになりかけていた俺たちをスモーカーが面倒くさそうに見ていた。

 もう帰ってきたのかよ。早いな、おい。

 スモーカーの方に気を取られていたら、ドレークにベリッと毛布を引き剥がされた。籠っていた湿気が一気に失せて、一瞬だけさらりとした爽快感を感じる。

 

 

「よし、ようやく剥がせた!」

「ちょ、ドレーク、何をするんだ」

「手間取らせるな、ほら、さっさと行くぞ」

「嫌だと言っているだろうが、この顎!!」

「なんだと!?」

 

 俺の暴言にさすがのドレークもイラついたのか、無理矢理腕を掴み上げてドアの方へ俺を引き摺ろうとする。

 連れて行かれてたまるかと必死な俺も、一番近い所にあったドレークの太い二の腕に噛みついてやる。

 痛みに怯んだのか一瞬手が緩んだ。その隙に手を振り払って距離を取れば、怒りに染まりかけの蒼い目に睨まれた。

 こ、怖くなんかない。あんまり怒らないドレークは怒るとかなり怖い。だが怒らせたとしても俺は掲示板を見に行きたくない。

 現実逃避だとしても、現実が変わらないとしても今は目を逸らしていたいんだ。

 

「その辺にしとけ、お前ら」

 

 蚊帳の外にいたスモーカーが、呆れたように溜息を吐き出す。

 二人分の殺伐とした視線を受けても、何ともなさそうにドアに凭れ掛かって煙草をふかしている。

 

「ロイ、行く必要はねェよ」

「スモーカー、お前まで何を言うんだ!?」

 

 お、スモーカーが俺の味方に付いた?

 慌てたようにドレークが咎め、俺は内心親指を立てておく。気が利くじゃないか、今度煙草奢ってやろう。

 

 

「お前の分も俺が確認してきてやったからな」

 

 前言撤回。水蒸気集めてお前のマッチ全部湿気させてやるからな、この裏切り者!

 何してくれちゃってんだ。俺の分とか確認して来なくていい。そんな優しさ要らない。

 

「何だ、そうか。それでロイの配属先はどこなんだ?」

「おう、俺と同じだった」

 

 代わりに慌てだした俺を他所にドレークがスモーカーに訊いた。

 ちょっと待て、なんでお前が訊くんだよ。スモーカーもメモ取り出すな、それに書き留めてきただろう俺の配属先を言うんじゃない!

 

 

 

「ロイ。俺とお前の部隊は、モンキー・D・ガープ中将直卒部隊だとよ」

 

 

 

 ……なんですと?

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

「それではみなさんご一緒に!」

 

 誰か調子のいい奴の音頭に続き、ワァッと盛大な歓声と真っ白な制帽が、抜けるように蒼い初夏の空に向かって乱舞する。

 制帽投げは卒業式の定番だな。

 そう、本日は遂にやってきました卒業式だ。

 とうとう俺も士官学校を卒業して、明日からは正式な海軍本部准尉になる。

 士官学校生活を振り返ってみて、まず浮かぶのは濃密さだ。

濃かった、本当に濃かった。この約三年半は日本で過ごした学生生活よりも濃密で、ボリューム満点だった。

 何の因果かサラリーマンから士官候補生になって、遂に俺も海兵さんか。

 しかも海軍本部の海兵だ、恐ろしいほど遠い所まで来たものだと思う。ここまで来ると、もう日本には帰れないだろうな。

 手にした士官学校修了証書を高揚と僅かな感傷に浸りながら見つめる。

 そこには俺の名と学年の上位四分の一くらいの位置のハンモックナンバー、士官学校の教育課程を修了した旨と准尉に任ずる旨が記されている。任官状も兼ねているんだ。

 四年間の士官学校生活とこれからのキャリアの出発点が詰まっているのかと思うと、重みを感じる気がせんでもない。

 新しい部屋に引っ越したら、額に入れて飾っとこうっと。

 

 結局俺の配属先はサカズキ中将やその周辺のところではなかった。卒業後に即徹底的な正義を押し付けられるフラグが折れたってわけでホッとした。

 代わりにルフィの祖父さんであるモンキー・D・ガープ中将の部隊に配属されていた。

あの海賊王と何度も殺り合って何度も追詰めた海軍の英雄、生ける伝説、全海兵憧れの存在のガープ中将の直卒部隊が俺の配属先なんだ。

 ここ何年か彼の直卒部隊には准尉が配属されることはなかったのに、突然二人も入ることになってちょっとした話題になった。

 どうやって潜り込んだんだとかしつこく聞いてくる奴らもいたが、なんでこうなったか俺は全然わからない。何にもしてないんだからそう答えるけれど、いまいち信用されてないみたいだ。

 どこに行っても上手いことやりやがったって嫉妬とか羨望とかの視線が刺さりまくって、卒業までの数週間は本当に参った。

 でも、この配属は悪くはないと思う。むしろラッキーかもしれない。

 ガープ中将っていい加減なとことか破天荒過ぎるとこがあるけど、根は真っ当で面倒見のいい人だ。無茶なこと、はするかもしれないが、それにしたって味方を傷付けるような真似はしないはず。

 それにガープ中将は海軍の英雄だ。その旗下は海軍の中でも歴戦の精鋭部隊。きっと学ぶことが多いに違いない。士官としての経験値を積むにはお誂え向きだろう。

 当たりって言えば当たりな上官だろう。今から万歳昇進で少尉になるまでの最低一年は精神面の平穏と充実した生活が約束されたようなものだ。

 うん、若干明るい未来が見えてきた気がする。何とか海軍でも生きていけるかもしれない。

 

 

「ロイくーん、記念写真撮りましょう!」

 

 

 手元の証書からふと目を上げれば、校門の前でひらひらと制帽を振りながらヒナが俺を呼んでいた。その側にはいつの間にかスモーカーやドレークもいる。

 その辺に転がっていた自分の制帽を拾い、真っ白な正装のスーツ姿がちょっと眩しい奴らの元に足を向けた。

 遠くに見える海は、今日も今日とて青く澄んで、地平線の彼方まで広がっている。

白い花を乗せた波のきらめきに、不思議と胸が躍った。

 

「ああ、今行く!」

 

 よし、いっちょ頑張って海の平和を守る海兵さんやりますか!

 

 




次回より、新米海兵さん編開始です。
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