焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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新米海兵さん編スタート。


第12話 東の海での出会い

 

「おい……俺たちは遠征に来たんだよな?」

 

 手元の作業を止めず、ぼそりとスモーカーが呟く。

 

「そうだな。任官後初の遠征に参加中だよ」

 

 その問いかけに俺は顔も上げずに答える。もちろん作業を続けながら。

 

「海賊の討伐が遠征の目的だったよな?」

「ああ、何個か海賊団を捕まえて今は補給のために、ここの港に停泊しているところだ」

「俺の勘違いじゃねェよな」

「うん、勘違いじゃないから安心しろ」

 

 会話が途切れる。さざ波の爽やかな囁きとカモメの可愛らしい鳴き声に、俺たちの手元からシュコシュコとポンプを押す小さな音が混じるだけの沈黙が流れ出す。

 ふいに一定間隔で聞こえていたポンプの音が止んだ。

 どうしたのかと隣の親友を見上げると、お世辞にも良いと言えない人相をもの凄く凶悪に歪めて震えている。

 

「じゃあ……」

「じゃあ?」

 

 絞り出すように吐き出された言葉を、反射的に鸚鵡返しにしてしまう。

 

「なんで俺たちゃ呑気に風船なんぞ膨らまさせられてんだァァァっ!?」

「知るかーッ、私もその理由を知りたいッッ!」

 

 

 

 やあ、海軍本部准尉のロイです。

 現在俺たちの所属するガープ中将隊は、遠征に出た先の東の海のとある島の港に停泊中だ。

 スモーカーと一緒にここへ配属されてそろそろ半年、正式な海兵になって初めての遠征なんだ。

 結構他所の部隊より遅いらしいけど、今まではガープ中将の予定の都合で遠征が入ってなかった。それでずっと中将の副官をしているボガード中尉に付いて、陸上勤務や事務仕事の手解きを受けていたんだ。

 実のところ、遠征に出られなかった中将の都合ってのは、書類が溜まり過ぎてやばかったからだったりする。

 予想通りというか、中将は事務仕事を溜め込むタイプで、書類仕事がワンサカ山積み状態。中尉に手順を教えてもらって期日が早い順に中将の決済が要る書類を整理し、すぐに逃げ出す中将にサインを書いてもらうため追い掛け回すの繰り返しだった。

 本当にガープ中将は良い意味でも悪い意味でも原作通りの人だよな。快活で気のいい人で、驚くほどにフリーダムだ。

 配属された時からまめに気遣って指導してくれているけど、ちゃんと自分のデスクワークもこなしてくださいってば。

 書類の海に溺れてアンタ探し回って残業って毎日は、けっこう辛いんですから!

 

 でも先日ようやく書類仕事が落ち着いて、遠征の申請に許可が出たんだ。

 遠征先は俺たち見習士官や新兵に配慮して、まずは海賊があんまり強くない東の海を選ばれていた。ちなみに期間は一ヶ月だとか。

 今回の遠征の主な任務は、すごくスタンダードな任務内容だ。最近海賊が増えてきて周辺の島に被害が報告されている地域での海賊掃討だそうだ。

 事前の情報によると最弱の海だからそれほど強い海賊はいないらしいし、こっちには中将をはじめとして腕が確かな将校もそれなりにいる。

 そんなにきつい任務じゃないとボガード中尉が緊張していた俺に言ってくれたが、果たしてその言葉通り四年次の最終航海実習と変わらないものだった。

 艦上攻撃も戦闘もやったが、はっきり言ってどちらも拍子抜けするほどあっさり終わった。

 大砲に混ざって焔を撃たされたり、空気中毒技で制圧戦をやらされたけど、ほとんど投降するとか速攻気絶するんだ。殺し切る前に片が付いてしまうんだよ。昔のことを思い出してドキドキして損した。

 最初は勝手が掴めなくてぎこちなかったが、すぐ無難に俺もスモーカーも任務をこなせるようになった。

 

 そうしてガープ中将から筋が良いとお褒めの言葉をもらったりとか、ボガード中尉から細かい注意や指導なんかを受けたりとかして過ごすこと、二週間。

 遠征も折り返し地点に至り、今朝がた弾薬や食料等の補給のためこの島の港に入った。

 午前中からいろいろ関わってる雑務や中尉のお手伝いなんかのために駆けずり回り、一通り仕事を終えて昼食を摂って休憩をもらったところで二人纏めて中将から呼ばれたんだ。

 何事かと思って行ったら、ほれ、とばかりに小さめの軽い箱を押し付けられた。

 きょとんとしている俺たちに、中将がニカッと明るい太陽みたいな笑顔で命令したんだ。

 

『お前ら、儂が帰るまでにその中の風船を膨らましといてくれ!』

 

 俺の能力でヘリウム入れて浮く風船にしとくようにまで言って、頼んだぞーってバシバシ俺らの肩を叩いてから、バタバタどっかに出かけて行ったんだ。

 呆然としちゃったけどどうにか再起動して箱を開けたら、そこには大量のカラフルなゴム風船と留め具付きの紐が無数に付いた縄みたいなもの、そして空気を入れるためのポンプが二つ。

 マジで風船膨らませっていうのか。しかもこんなにたくさん、ざっと見て百枚以上はあるんじゃないか?

 説明もないままで命令の意味がまったく分からなくて、この時点でスモーカーがイラッとしていた。

 俺ももう少し説明してくれよって思ったが、とにかく上官の命令には従わないといけない。

 こうしてイラつくスモーカーを宥めながら作業を開始し、今に至るって感じだ。

 

 うん、作業をする中でこれをやる理由とか考えてみたさ。でもまったく浮かばなかった。ほとんどの風船を膨らましてしまっても、本当にこれっぽっちも浮かばない。

 スモーカーの方も同じらしく、気が短いこいつは先に痺れを切らしちゃったようだ。

 ポンプを投げ捨てて乱暴な手つきで煙草に火をつけ出した奴を横目に、放棄された風船を取り上げて深い溜息を吐く。俺もそろそろキレたい。

 場所を取る作業だし広い甲板に出てやってるから、通り掛かる人間全員に珍獣を見るような目で見られたり、事情を知らない某少佐に遊んでいるなとどやされかけたりしてるんだ。

 その恥ずかしさやいたたまれなさは、もう若者のデリケートな心を痛めつけるには十分だった。

 くそ、本当にこんな物を大量に作らせて何するんだ? 海賊討伐に使うわけないだろうし、港街の子供に配れってか。

 訳が分からなくて嫌になるが、とりあえず今俺の手にある風船で最後だ。とっとと全部紐に繋いでヘリウムを入れてしまおう。

 手早くポンプで空気を送り込み、口を結んで紐の留め具を填める。よし、全部膨らんだ。

 あとはヘリウムを入れるだけか。入れた途端に飛んで行かれては困るので、スモーカーに風船が大量についた綱を持ってもらう。

 

「気持ちはわかるが私を睨むな。上官命令なんだから」

「チッ、とっととやれ」

 

 機嫌を急降下させるスモーカーに苦笑いをしつつ、風船の大群に向かう。

 範囲指定、良しっと。じゃ、いきますか。

 一つの風船の中に照準を絞り、パン、と両手を勢いよく合わせる。一拍置いてふんわりと空中にその真っ赤な身を浮かばせた。

 成功だな。じゃあ次々行ってみよう。

 パンパンと軽く手を叩きながら、色とりどりの風船にヘリウムを入れていく。

 案外ピンポイント範囲指定の訓練になるかもな、と思いつつ繰り返すことしばらくで、すべての風船が宙に浮き、海風に吹かれていた。

 

「よし、完了だ」

「っと、ロイ、お前も綱掴め! 引き摺られるッ」

 

 全部浮かせると浮力が半端なかったらしい。大量の風船たちは風に煽られ、数の力で行きたい方へ既に結構な筋肉達磨のスモーカーを引き摺ろうとしていた。

 うおッ、なにこれ凄くやばくない? 慌てて俺も縄に飛びつき、体重を掛ける。

 

「ハァ、止まった……」

 

 大の大人の男二人分の体重を掛けて、ようやく風船たちは言うことを聞いてくれた。

 何度目か知らない溜息を吐く。

 

「すっげー!」

 

 ホッとした雰囲気が僅かに流れた俺たちの背中に、突然黄色い歓声が飛んできた。

 軍艦に似つかわしくないそれに驚いて、声のした後ろへ首だけで振り返る。

 

 え、子供?

 

 なんと後ろには俺と同じ黒髪の小さな子供がいた。ぽかんとしている俺たちの方へ、トテトテと可愛らしい足取りで駆けてくる。

 足元まで転がるようにやってきたその子は、近くで見るとどうやら三つか四つくらいの男の子だった。

 キラキラさせた目で鮮やかな風船の大群を見上げて、興奮に頬を上気させている。

 

「ふうせんいっぱい! すげーなあー!!」

 

 子供らしい高音で凄い凄いと連発する様はすごく可愛い。ちょろちょろ動けない俺たちの周りを回っていろんな角度から見上げる姿にめちゃくちゃ和まされる。

 

「なあ、いっこくれよ!」

 

 ちんまりとした手のひらが、ずいっと伸ばされてきた。

 やっぱり欲しがるよな。このくらいの子供にとっての浮く風船なんて、とんでもなく楽しい玩具だものな。

 でもこれ中将に頼まれた物だし、流石に許可を取らないとあげられない。ちょっとかわいそうだけれど、ぴょんぴょん飛び上がって頂戴コールを掛けている男の子に謝る。

 

「すまない、坊や。これは人に頼まれている物だからダメなんだ」

「ええーけちー」

 

 男の子は途端にふっくらした頬をさらにふっくらさせて、俺を上目づかいに可愛く睨んでくる。

 クッ、良心が痛む。そんな目で見ないでくれ。

 

「一個くらい良いんじゃねェか?」

 

 そんな俺と男の子のやり取りを見ていたスモーカーが、煙を吐き出しながら言い出した。

 

「え、でも」

「こんだけあったらバレやしねェよ。おら、坊主、何色が良い?」

「あか!」

 

 こいつってやっぱり子供に優しい男だよ。リクエストされた赤い風船の付いた紐を手早く外すと、男の子に渡してやった。

 ま、確かにこれだけあれば一個くらいわからないか。俺たちが黙ってればいいだけだ。そういうことにしとこう。

 

「しっかり持ってろよ。手ェ放すと飛んでっちまうからな」

「うん! はなさねぇ! ありがとっ」

 

 風船をもらえてとても嬉しいのだろう。男の子はにぱっと太陽のような笑顔を俺たちに披露した。

 あれ、これと似たような笑顔、どっかで見た気がする。

 というか、この子どこから来たんだろうか。急に今更な疑問が浮かび上がってきた。

 この島の街の子が紛れ込んだのか? それともうちの艦の海兵が小さな我が子を乗せてあげたとか?

 とにかく確かめてみよう。キャッキャとはしゃぎ回る男の子に、訊いてみることにする。

 

「坊や、坊や」

「なんだ?」

「坊やはどうしてこの船に乗っているんだい?」

「んー、じいちゃんがのっていいっていった」

 

 風船を持った男の子は、俺の質問に元気よく答えた。

 父ちゃんじゃなくて祖父ちゃんか。乗って良いって言ったってことは、海兵の誰かだな。祖父さんになれるくらいの年齢の人って、今この艦に何人くらい乗っていただろうか?

 たぶんガープ中将隊古参の誰かの孫だろう。あの人たちなら年齢的にいてもおかしくないし、東の海の出だって人もいたはずだ。

 

「坊主、お前の祖父ちゃんの名前は?」

 

 スモーカーも男の子に訊ねる。強面のスモーカーに見下される形になるのに、男の子は怯える気配を一向に見せない。

 マイペースに、うーんと困った顔をしながら首を傾げている。

 まだこの子にとって祖父さんは祖父さんで、その名前なんて聞き覚えていないのかもしれない。

 じゃ、これはどうだろうか。

 

「じゃあ、坊やの名前を教えてくれるかな?」

 

 これならこんなに小さくても答えられるだろう。後で来るだろう中将にこの子の名前を伝えれば、多分古参の人の孫なら知っているだろう。

 自信を持って答えられる内容の質問だったからか、男の子は困った顔を止めてまた太陽の笑顔を浮かべた。

 

「おれ、ルフィ!」

 

 え?

 ニコニコとした男の子は、今なんと名乗ったんだろう?

 もの凄く聞き覚えのある名前を名乗られたような気がするんですが、気のせいでしょうか。

 

「すまないが、もう一回教えてくれるかな? お兄さんさっき聞き逃したみたいだ」

 

 落ち着け。落ち着くんだ、俺。もう一度聞き直すんだ。

 聞き間違いって可能性も有るんだから。似たような名前が波の音に混ざってあの名前に聞こえただけかもしれないから。

 

「おお、ルフィ! ここにおったんか!」

「じいちゃんだー」

 

 聞き慣れたガープ中将の良く通る声が、嬉しそうにその孫の名を叫ぶのが耳に届いた。

 再度名前を言いかけていた男の子は、その呼びかけに嬉しそうな顔をして身を翻して駆けだす。

 中将が男の子に向かってよく似た笑顔を向けながら、飛びつく彼を受け止めていた。

 

 間違いない。この子、ルフィだ。

 原作の主人公で、将来幾つも死線を越えて四億の賞金首になる、あのルフィだ。

 今会っちゃうとか予想もしていなかったよ。

 

 

「お前ら、ご苦労じゃったのう」

 

 衝撃のあまりボーっとしている間に、ルフィを抱えた中将が大股でこちらにやってきていた。

 言葉が何も出ない俺に代わって、スモーカーが中将たちと話し出す。

 

「中将のお孫さんだったんスか」

「おお、可愛かろう!?」

「……元気が良すぎるほどで」

「じいちゃん、おれ、ふうせんもらった!」

「そうかそうか!」

 

 持った風船を見せるルフィを上機嫌で撫でる中将は、孫を溺愛するどこにでもいるような祖父さんにしか見えない。

 ルフィも嬉しそうに中将の手を受け入れていて、すごく仲が良いんだって雰囲気がいっぱい出ている。

 愛情たっぷりだな。漫画で見ている時も愛情が深そうだって思ったけど、実際に見るとすごくそれが伝わってくる。

 微笑ましい光景が目の前に繰り広げられて、ちょっと落ち着いてきた。

 

「ルフィは風船が好きか」

「うん! ぷかぷかしてておもしろい!」

「じゃあもっとたくさん欲しいか?」

 

 ルフィと話しながら、中将はちょいちょいと俺たちを手招きする。

 綱を二人で力いっぱい引きずりながら側まで行くと、中将は俺たちから大量の風船たちのそれを受け取った。

 すごいな。俺たちが二人掛かりで掴んでた風船たちの綱をビクともしないどころか、片手で普通に持ってるよ中将。

 腕力が半端ないんだな。さすが砲弾を大砲以上の速度と威力で投げる男だ。

 

「これ、ぜーんぶルフィにやるぞ!」

 

 ガハハハ、と中将が笑ってルフィに大量の風船たちを揺らして見せる。

 なるほど。孫へのプレゼントだったのか、風船。

 なかなか会えない孫のためにプレゼントを用意するなんて、良い祖父さんだ。

 職権乱用して部下にそれを制作させたり、行き過ぎ感が否めない規模の物を用意しちゃったところはどうかと思うが。

 ルフィもこんなにもらえるとは思っていなかったらしく、目を真ん丸にした後、さっきよりも大きな歓声を上げて中将に抱き着いた。

 

「じいちゃん、ありがと!」

「おうおう、喜んでくれたか」

「うん、こんないっぱいあったら、おそらとべそうだな!」

 

 飛べそうも何もルフィ。成人男性で、しかも軍人である俺とスモーカーですらその風船たちを一人で持ったら飛ばされそうだ。

 確実に小さなお前なんか飛んでいくよ。

 

「よし、ならばちょっと飛んでみるか!」

 

 あれ、今中将は何を言った? なんて言ってるんだ?

 中将の発言があんまりにも軽くてその意味をうまく汲み取れない。

 鼻歌を歌いだしそうな感じで中将が風船たちの綱をグルグルとルフィの胴体に巻きつけていく。

 現実味が無さ過ぎてアニメの中のワンシーンみたいに見えた。

 何、何してるのこの人。自分の孫に風船を繋いで何するつもりだ?

 

「ルフィ、行ってこい!」

 

 中将は高い高いをするみたいにルフィを掴んだ両の手を空に向けて―――放した。

 

「じいちゃぁーんっ、じいちゃぁぁーんっっ」

 

 見る見るうちに風船たちはルフィを連れて、海風に乗って大海原へ向け飛んでいく。

 悲鳴そのものの祖父に救いを求めるルフィの泣き声を聴きながら、中将は小さくなるルフィの姿を眺めて手を振った。

 

「ルフィー! 強くなってこーい!!」

「「中将ーッ!?」」

 

 その瞬間、シンクロ率が百を超えるんじゃないかというほどにピタッと俺とスモーカーの絶叫が重なった。

 

 

 

 

 

 


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