焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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タイトルの『祖父心』は『じじいごころ』と読んでください。


第13話 破天荒な祖父心

 最初に動いたのは、ロイだった。

 ポケットから出した発火布の手袋に右手を突っ込むと、流れるような動作で腕を中将の孫を連れて行く風船に向ける。

 

「スモーカー!」

 

 鋭いその声が耳に届くのと同時に俺の身体もようやく動き出した。

 すぐさま船縁を乗り越え、視界の端にロイの焔が飛ぶのを映しながら海に飛び込む。

 間髪入れずあたりに響いた破裂音を合図に、落下していく中将の孫を目指して泳ぎ出した。

 少し遠くに飛ばされてやがるが、幸い波は穏やかだ。それほど流される前に捕まえられた。

 

「坊主! 生きてるか!?」

「う゛ん゛……ッ」

 

 割れた風船と紐に絡まれてもがくチビの襟首を掴んで引き寄せる。持っていたナイフで紐の束を根元で切り取ってやった。

 途端に小さな手を伸ばして俺にしがみついてくる。自分が助かったんだと、どうやらわかったらしい。甲高く絞り出すような泣き声を上げ始めた。

 様子を確認すると顔を涙と鼻水まみれにしているが、水はそれほど飲んでいないようだ。

 たぶんこいつの身体には何の問題はねェだろう。精神的には大ダメージを食らってやがるのは確実だが。

 ったく、あのジジイ何考えてやがんだ。普通自分の孫に風船を括り付けて飛ばすか?

 しかも、強くなってこいとか言って笑ってやがった。それと飛ばすのがどう関係してくるんだよ!?

 これ、新手の虐待とか育児放棄とかじゃねェか。こんなガキを殺しかけといて、あのジジイ、何が海軍の英雄だ。ふざけんじゃねェぞ!?

 

 絶対一発入れてやると濡れてしまった煙草を噛みしめ、いまだに泣き喚く中将の孫を抱えて艦に引き返す。

 春先の海はいくら寒さが和らいできたとはいえ、結構冷たいもんだ。早く上げてやらねェと、こんなチビなんかすぐ低体温症になっちまう。

 できるかぎり急いで泳いでいると、艦の方からボートがこっちに向かってきた。船医の婆さんとボガード中尉が乗っている。

 すぐに俺たちの横に付けてくれたので婆さんに中将の孫を渡し、俺も中尉に引き上げてもらった。

 

「スモーカー准尉、ご苦労さん」

 

 タオルで濡れた髪を拭いていると、中尉が珈琲を渡してくれた。受け取ったマグカップはまだ温かくて、肌寒さがほんの少し和らいだ気がする。

 婆さんたちの方を見ると中将の孫はタオルに包まってまだ泣いていたが、どうやら怪我も何もなかったみたいだ。

 僅かに張った緊張が緩んで、思わず深く息を吐き出す。

 

「心配いらんよ。ルフィ君は無事さね」

 

 視線に気づいた婆さんが振り返ってくすりと口の端を歪めた。

 なんだかばつが悪いような気がして、黙って珈琲に口を付ける。

 むず痒いような気持ちが湧いてきて顔を顰めていると余計に笑われた。

 

「よしよし、怖かったねえ。まったく、ガープも無茶するよね」

 

 泣き疲れたのか大人しくなった中将の孫をタオルごと抱え上げた婆さんは、あやすように小さな背中を撫でさする。まったくその通りだというふうに中尉も肩を竦めてオールを漕ぎ出した。

 おいおい、この二人、反応が軽過ぎねェか。

 海に向かってこんなガキを風船に括り付けて飛ばしたってのに、単に構い過ぎて泣かせたのに溜息を吐くみたいな反応っておかしいだろうが。

 理解できねェという違和感が顔に出ていたのか、婆さんは困ったように笑った。

 

「海兵にしちゃあ奇想天外な奴なんだよ、ガープって男はね。別に虐待しているわけじゃないのさ、これもきっとあいつなりの愛情表現さね」

 

 表現される方にゃ災難でしかないがねえ、と諦めたような溜息と一緒に呟く。

 そんな祖父さんいて堪るかと思うが、付き合いの長いらしい彼女が言うなら本当にそうなのかもしれねェ……のか?

 納得できねェまま艦に戻ると、大声で言い争うのが甲板の方から聴こえてきた。

 その途端に中尉と婆さんが面倒くさそうな顔になる。

 

「……中将と大佐ですな」

「何をやっているのさね。あいつらは、もう」

 

 確かに声の主の一人は中将で、もう片方はこの艦の艦長である大佐だ。

 揉めている理由はなんとなくわかる。行きたくはないが甲板に上がると、いつの間にかそこにはかなりの人間が集まっていた。

 騒ぎはその中心で起きているようだ。先頭の婆さんが声を掛けると、気づいた奴らはさっと道を開けた。

 堂々とそこを中将の孫を抱いて進んでいく婆さんの後ろを、行きたくはないが中尉に促されて付いていく。

 

「中将! 何度も言うが、ロイ准尉に非はないぞ。アンタが全面的に悪い!!」

「なんでじゃい! 儂はルフィを鍛えたいだけなのに、准尉が邪魔したんじゃぞっ」

 

 人だかりの中央では、こめかみに血管を浮かせた大佐と、拗ねた子供のように口を尖らせた中将。そしてその間に挟まれて蒼い顔をしたロイがいる。

 よく見るとあいつは中将に襟首を掴まれ、大佐には腕を掴まれていた。捕まっちまって逃げられねぇのはわかるが、どうしてそうなったと理解に苦しむ状況だ。

 

「あんたら、何してるのさね?」

 

 婆さんの呆れたような大きい溜息に、いがみ合っていたジジイ二人が一斉に振り返る。

 

「おいねちゃん、この馬鹿を止めてくれ。自分の孫を風船で飛ばしたのは強くなるよう鍛えるためだと抜かすんだ!」

「儂はルフィに強くなって立派な海兵になってもらいたいんじゃッ。それのどこが悪い!」

「やり方が全部悪いんじゃ! アンタの孫は何のサバイバル技術も体力もない三歳児だぞ、殺す気かーッッ」

「心配するな、儂の孫だから問題ないわッ」

 

 そんなわけあるかよ。ふんぞり返る中将を見ていたら苛立ちが突き抜けて呆れがやってきた。

 驚いたことに婆さんの言う通りみてェだ。小さな孫を将来海兵にするため鍛えようと風船に括り付けて飛ばしたとかほざく中将には、悪意の欠片がこれっぽっちも見当たらない。やましいことなど何もないと思っているのが嫌ってほどわかる。

 まったく何をどう考えたら普通の三歳のガキを風船に括り付けて飛ばせば鍛えられるって結論に至ったんだよ。いろいろガキにはガキに相応しい鍛え方とかあるだろうが。

 

「はいはい、そこまでにしておきな」

 

 黙って言い合いを聞いていた婆さんが、いつの間にか中将と大佐の間に入っていた。

 二人に掴まれたままのロイをあっさり引っ剥がすと、ポイッと俺の方に押し付けてくる。

 唐突に解放されて呆然としているせいか、ロイの足元がおぼつか無い。支えてやると力なくすまんと呟いた。

 顔色はまだ蒼いが、助かったとでも言うようにホッとした顔をしている。俺が飛び込んだ後にかなり酷い目に遭ったのは間違いないな。

 しばらく婆さんが中将の鳩尾に拳を叩き込むのなんかを遠い目で見ている。

 

「なんかあったか?」

「中将に襟首掴まれて振り回された」

 

 何するんじゃーってな、とロイは笑ったがその黒い目には力がほとんどなかった。

 何するも何もそっちが何するだってんだ。あんなもん見たら誰だって風船割って子供を助けに走るってのがわからねェのか。

 ロイの海兵服の襟周りを見ると襟もスカーフも見事に伸びきって、一部に突き破ったみたいな穴が開いていた。あのジジイ、頑丈なだけが取り柄の海兵服に素手で穴を開けちまうって本当に化け物だ。

 よくそんな化け物に掴み上げられて気絶しなかったな、ビビリのくせに。

 

「首がもげるかと思っていたら、大佐が騒ぎを聞きつけて止めてくれたんだ。それからあんな感じかな……」

「ああ、そうか」

「死ぬかと思った」

「……お疲れさん」

 

 子供を助けようとしてそんな目に遭えば、こいつでなくとも精神的に疲れ果てるだろう。

 察して余りあるほど疲れているであろうロイの頭に手を置いてやる。

 いつもなら振り払うはずなのに、今日は俺の手を乗せたままボーっとしている。そこまで疲れてるのか。

 今日はそっとしといてやろうと思いながら視線を移すと、ちょうど中将は婆さんの前で正座をさせられたところだった。

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

 もうすぐ午前十時か。朝の仕事は一段落したし、そろそろニュース・クーが来る頃なので休憩がてら甲板に出る。

 甲板に通じるドアを開くと、朝の眩しい光とほんの少し暖かくなってきた春の風に全身を包まれた。すごく気持ちが良くて、鼻歌でも出てきそうなくらいだ。

 ぐっと伸びをしてから出ていくと、緩い潮風に乗ってキラキラしたシャボン玉が鼻先を掠めて行った。

 シャボン玉の流れてくる方に振り向くと、そこには船縁に凭れ掛かって煙草を吹かすスモーカー。その足元にはルフィがいて、シャボン玉を飛ばして遊んでいる。

 へえ、今朝は艦内を走り回っていないなと思ったけれど、早くから甲板に連れ出していたってわけか。

 

 ガープ中将がルフィを風船に括り付けて飛ばした事件から三日。

 あの中将の非常識っぷりを証明するかのようなエピソードにまさか遭遇するとは思わなかったよ。しかもその暴挙に加担させられるなんて、もう眩暈がしそうだった。

 飛んでいくルフィの泣き声で反射的に俺が風船を撃ち落として未遂に終わったんだが、やっぱり中将の目的はルフィを鍛えるためだった。

 落ちていくルフィを助けにスモーカーが海に飛び込んだ後、中将が俺の襟首を掴んでせっかく孫を鍛えようと思っているのに邪魔するなとお怒りでな。

 文句言われながらガンガン振り回されて、首はもげそうになるわ、昼飯が口から帰ってきそうになるわ、もう大変だった。

 半分くらい死にかけたところで、なんとか古参組の艦長の大佐と船医のお婆ちゃん先生が中将を止めてくれて助かった。

 結局その二人から拳を交えた説得を受けてしぶしぶ今回は諦めたらしいが、たぶん今年中にまた変な鍛え方をしようとするだろうな。うん、絶対やるつもりだ。

 

 現在この軍艦は進路をドーン島フーシャ村に進路を取っている。目的はルフィを帰すためだが、ここからドーン島までは約四日らしい。

 航海の間、俺とスモーカーはルフィのお守りを命ぜられた。

 今のルフィは三歳。まだ自分の世話をするのもいっぱいいっぱいな幼児だ。付きっきりの世話係が必要だろうってことで、俺たち新米准尉コンビが指名を受けた。

 ちなみに指名の理由は、ちょこまかたくさん動き回るこれくらいの子の相手をするなら若い方が良い、と船医さんに推薦されてしまったからだ。

 そんなわけでその日から通常勤務を大幅に減らしてもらって、代わりに朝から晩までルフィの面倒を見ている。朝起こすところから始まり、夜寝かしつけるまでだ。

 海兵になって保育士の真似事をさせられるなんて予想外にもほどがあったが、二人とも子供は嫌いではないので嫌ではない。

 上官とかに「オイ、保父さん」とからかわれるのにはムカッとするのは仕方ないけれども。

 

「マッチのにいちゃんだー!」

「おはよう、ルフィ。ロイお兄ちゃんだよ」

「うん、おはよう、マッチのにいちゃん!!」

 

 俺の姿に気づいたルフィがこっちに駆けてくる。にぱっと満面の笑みを浮かべて寄ってくる様はすごく可愛いけど、マッチの兄ちゃんって……。

 訂正しても直らないし、諦めるしかないのか。

 ルフィの他人に妙なあだ名をつける癖は、この頃からのものみたいだ。

 俺は現在、ルフィにマッチの兄ちゃんとあんまり嬉しくないあだ名で呼ばれている。

 みんな何でマッチ? と思うだろう。その理由は、俺がランタンとかの照明や煙草の火を焔の錬金術で点けているところをルフィが見ていたからみたいだ。

 その時にすぐ近くで一般兵の誰かが「ロイ准尉ってマッチ要らずで便利な能力者だよなァ」とか言ったのも聞いていたらしい。

 その日の晩には、もうマッチの兄ちゃんと呼ばれていた。初めは訳が分からなくてぽかんとしたが、理由を聞いて何とも言えない気持ちにさせられた。

 だって、マッチだぞ。鋼錬でよく原作ロイがネタにされる「湿気たマッチ」を連想させられてさ。俺も今後そう呼ばれることがあるのかなって、変に憂鬱になってしまった。

 こうして俺は不本意ながらマッチの兄ちゃんなんて呼ばれるようになったわけだが、スモーカーの方は原作通りケムリン呼ばわりされている。

 原作補正ではない。俺がこっそりルフィを誘導しました。

 だってあいつがルフィにスモーカー兄ちゃんて呼ばれているより、ケムリンって見た目に合わない可愛いあだ名で呼ばれている方がしっくりくる気がしたのだ。

 教えてやると、どうやらルフィはケムリンという語感が気に入ったかしたらしい。

 すぐにケムリンケムリンとスモーカーを呼びまくって、周りを笑わせて本人をフリーズさせていた。

 滅茶苦茶面白かった。ケムリンってルフィに呼ばせるようにしたのは、決して憂さ晴らしとか八つ当たりとかじゃない。ないったらない。

 

「子供の前では禁煙しろと言っただろう」

「うるせェよ」

 

 足に絡みついてくる小さな身体を蹴飛ばさないように気を付けながら歩き、船縁で脱力中の白髪頭に携帯灰皿を突き出してやる。

 子供の前ってのもそうだが、まだ見習士官なんだし就業中の喫煙は止めた方が良いと思う。絶対上官の誰かに因縁つけられるんだから。

 いつものスモーカーなら無視するところだが、ルフィがいるからなんだろう。俺の出した灰皿をひったくるとまだそれなりの長さの銜えていた煙草を揉み消した。

 思わずニヤッとしていると、無言で凄まれた。怒るなって、ケムリン。

 ルフィに構ったり世間話をしたりしていると、ようやく待っていたクーッと丸みを帯びた可愛らしいニュース・クーの鳴き声が辺りに響く。

 頭上を旋回していた彼に腕を突き出してやると、ひらりと白い身体を舞い降りさせた。

 毎度っと挨拶をするかのように一声鳴いてくれるのが愛らしい。

 

「ご苦労様、一部貰うよ」

 

 ぶら下げている鞄から新聞を一部だけ抜いて代金を払い、ついでにパンの耳を咥えさせてやる。

 ニュース・クーは嬉しそうにパンの耳を飲み込むと礼を言うように鳴いて、また飛んで行った。

 

「ニュース・クーなんぞ手懐けて何するつもりだよ、てめェは」

「別に何も。可愛いは正義だ」

 

 俺とニュース・クーのやり取りに、スモーカーが変なものを見たような顔をしている。意味わかんねェと言われるのはいつものことだ。無視して新聞を広げる。

 食いしん坊のルフィがパンの耳を食べたがって騒ぐので、代わりにコック長にもらったおやつ用のクッキーを与えて静かにさせた。

 

「うわ、イルトゥリル王国で先住民族との対立激化、か」

 

 そのページを開いた瞬間、自分の表情が渋いものになっていくのを感じる。

 西の海、それもロイの故郷の国の記事が上がっていた。

 どうやら燻っていた先住民族との内戦の兆しが大きくなっているらしい。

 士官学校三年の夏季休暇に里帰りした際に雲行きが怪しそうなことを叔母さんも言っていたが、これはますます不安定な状況になったものだ。

 あの時に見た感じでは相変わらず先住民族や俺みたいな大部分の国民と違う奴には風当たりのきつい国だったけど、先住民族との間の問題はあんまり表面化してなかった。綱渡りながら均衡は保たれていたし、その綱もそれなりに太いって感じだったんだ。

 しかしここ二年ほど不自然な速さで状況が悪化の一途を辿っている気がする。

 裏側で革命軍でも動いているのかな?

 

「もう叔母さんをマリンフォードに呼ぶべきか……」

 

 叔母さんは俺の養母であるし、海兵の家族枠で居住区に引っ越してもらえるはずだ。世界で一番安全な街といっても過言ではないマリンフォードにいてもらえれば俺も安心だし、帰ったらさっそく相談してみるか。

 帰港後のことを考えつつページを繰っていると、明るい日の光に照らされていた紙面が唐突に翳った。

 え、急に曇ってきた? 雨でも降るのかな、と空模様を確かめようと顔を上げる。

 

「ガープ中将!」

「お前ら、ルフィのお守りをご苦労さん」

 

 慌てて直立不動の姿勢で敬礼を取る。

 曇ったんじゃなくて、笑顔のガープ中将が前に立っていた。新聞を横から覗き込んでいたスモーカーも、あからさまにゲッとか言いながらも俺に倣って敬礼をする。

 声を掛けられるのなんて二日ぶりくらいだし、あんなことがあってからだから非常に気まずい。一応部隊の上級幹部全員の判決でお咎めなしだったけれど、中将の意向に逆らったには変わりはないのだから。

 内心ビクビクして中将の出方をうかがう。まさかこんなに日を置いて、中将ともあろう人がたかが准尉二人にお礼参りはないだろうとは思うけどさ。不気味には変わりない。

 

「ルフィ、おはようさん! 祖父ちゃんだぞ~」

「ヒィィィ!!」

 

 中将はそんな俺たちを他所に、影から見上げていたルフィにデレデレとした猫撫で声をかけている。

 だが当のルフィは相当先日のことが、頭にこびり付いて離れていないみたいだ。中将が手を伸ばした途端に悲鳴を上げて、スモーカーのズボンにしっかり縋りつき顔を埋めてしまった。

 

「る、ルフィ!?」

「やっ! じいちゃんこわい!!」

 

 完全に怯えられてるな、中将。そんな切ない顔したってダメです。だったらルフィに怯えられるようなことしなきゃよかったのに。

 漫画ならガーンという効果音が付きそうな、この世の終わりって表情の中将はかわいそうっちゃかわいそうだが、完全に自業自得なのでフォローはしないでおく。

 可愛い孫にちょっと嫌われて多少なりとも反省すればいいと思う。

 しばらく中将はどうにかルフィを振り向かせようと努力していたが、また何かされないかと警戒しているルフィに拒否されまくっていた。

 この人、何しに来たかと思ったけれど、ルフィと仲直りするのが目的なのかな?

 だったらもう少し時間を置いた方がいいし、これ以上やるともっと怖がられるから離れた方が良いのだが。

 

「中将、もうその辺にしておかれては」

「くぅっ、どうしてこうなった……」

「アンタ自身のせいでしょうよ」

 

 俺に止められて嘆く中将はストレートに傷を抉るようなことをスモーカーに言われても聞こえていないようだ。

 とりあえず話を聞いてもらえるかはわからないけれど、何か他に用があったのかどうか聞いておくことにする。

 

「失礼ですが中将」

「なんじゃい」

「我々に何か御用がおありでしたか?」

 

 ハンカチで涙を拭っていた中将は、少し考えるような素振りを見せてから思い出したとでも言うようにポンと手を叩いた。

 

「おお、忘れとったわい。お前らに頼みたいことがあったんじゃ!」

 

 やっぱりね。予想はしてたけれど、やっぱり用件を忘れてたのかい。

 しかし頼みたいことってなんだろう。仕事とルフィの世話で手一杯なのにこれ以上何をしろっていうんだ。

 絶対に厄介ごとを押し付けられるんだろうな。確実に面倒なことを言ってくるに違いないだろうから、身構えつつ中将の言葉を待つ。

 

「ルフィを鍛えるのを手伝ってくれんか?」

 

 世話をするついでに、と軽い調子で言われた頼み事は予想通りといえばそうだった。

 中将がルフィの修行を諦めはしないと思ったけど、まさかそのサポートを俺らに頼むとは思いもしなかった。

 いや、現状から言えば妥当な提案なのかもしれないか。俺たちが中将以外でルフィに一番関わっている軍の人間だし、士官学校で一通りの訓練は受けている。基礎を教えるにはもってこいな人材なのは確かだ。

 

「ルフィを修行に出すなら最初は誰ぞを付けて基礎的な知識や技術を学ばせてからにしろ、と大佐に言われてのう。確かに言われてみればその通りじゃし、ならばまずはサバイバルの基本から学ばせようと思ってな」

「それで我々にルフィ君を指導せよ、と?」

「おう! 頼めるか?」

 

 どうしても鍛えたいって譲らないから、妥協案として誰かに監督させて鍛えるよう提案されたのだろう。保護者付きならなんとか安全確保くらいはできるだろうし、知識を身に着けさせるだけならば、家でもどこでもできる。

 まあ年齢が低すぎるって問題があるが、ギリギリのところで許容範囲ではある。風船に括り付けて飛ばすよりは遥かに良い。

 ちらっと横に視線を上げると、スモーカーと目があった。大丈夫そうか、と目で聞いてくる。

 大人二人で教えるし、内容も基本だろう。艦上でも十分できるだろうし、フーシャ村に着いたらちょっと森の方とか行けば技術の方も教えられそうだ。多分、危なくはないし大丈夫じゃないだろうか。

 いけると思うという意味を込めて頷くと、スモーカーはわかったという感じで中将の方に視線を戻した。

 

「ハッ、我々でよろしければ」

 

 中将がルフィを海兵にしたがったのって、孫くらい自分側にいてほしいって結構切ない理由もありそうだ。常識の範囲内で鍛えるぐらいなら手伝ってあげよう。

 その結果ルフィが将来どうなるかはわからないけどそれは人の人生だし、基本を教えてくれたのが海兵だろうと海賊だろうと、あんまりそこに関係してこないだろう。

 

「よし、じゃあさっそく頼むぞ」

 

 俺たちの了承を聞いて中将は嬉しそうに笑った。

 さっそくって、気が早いなぁ、もう。

 とりあえずどこから手を付けるかなと考えつつ、ちょっと落ち着いたらしいルフィが抱っこをせがむので抱え上げる。

 基本サバイバルの教本をどこに仕舞ったか思い出そうとしていると、いつの間にか後ろに立っていた中将に腰の辺りを引っ張られて足元から床の感触が消えた。

 

「うぇ!?」

 

 いつもより視界が高くなって、驚いた顔をしたスモーカーと目線が同じになっていた。

 足元に目を落とすと、スモーカーの方も宙に浮いている。お互いに掴まれて宙吊り状態だった。

 突然のこと過ぎて何が起きたのか頭が追い付いていかない。何するんですかと言いたいけれど言葉が絡まって、一言もまともに喋れない。

 隣でスモーカーがジタバタと手足を振り回しているが、流石拳骨のガープと言うべきか、ビクともしない。それどころか持ち上げて頭突き食らわせている。

 

「中、中将ッ?」

「あそこの島でサバイバルしてきてくれ」

「痛ェな、クソジジイィッ、放せェッッ!!」

「心配するな、十日後に迎えに行ってやるわい」

 

 硬直したルフィを腕にしっかり抱えて中将の視線を辿ると、そこには無人島らしき島の影が見えた。

 無人島でサバイバルするのは、百、いや、千歩譲ってまだいい。ルフィを連れてって言うものこの際気にしないことにできる。

 でも、どうやってあの島まで行くんだ。ここからたぶん五百メートルは離れているのに、軍艦は島へ近づく気配もないし、ボートも出されてない。

 その状況でこうして掴み上げられているわけだけれど、だんだん嫌な予感がしてきた……!

 

「それッ! 行ってこぉーい!!」

 

 耳元で風が唸った。絶叫マシーンに乗った時みたいな日常では滅多に体験しない浮遊感とスピードが襲ってくる。

 ああ、中将。アンタって人は……。

 

 

 人間で拳骨隕石(げんこつメテオ)をやるとか、マジでふざけるなァァァッッ!!!!

 

 

 ぶっ飛ばされながら目を開くと、ちょうどスモーカーも投擲されたのが視界の端に映っていた。

 

 

 


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