焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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ワンピのアニメの第一期EDをBGMにしてもらえるといいかもしれません。


第16話 思い出を繋ぐ約束

 黒光りする鋭い鉤爪を備えた太い四肢の痙攣が止まった。

 首は明後日の方向へ圧し折ってやったし、これでもう二度とこの化け物は起き上がらねェだろう。

 硬い毛皮に覆われた胸元に、深く刺し込んだ軍用ナイフを抜き取る。流れ落ちるどす黒い血が手を汚した。

 ようやく、狼を倒せた。

 奴が完全に事切れたことを確認した途端に、どっと身体の奥の方から泥のような疲労感が溢れ出してくる。

 足元がふらつき、その場に座り込んでしまった。圧し掛かる疲れが重すぎて、後ろのデカイ死骸に凭れ掛かれて溜まっていた息をすべて吐き出す。

 

「ケムリン!」

 

 いつの間にか風雨が落ち着いて静かになりつつある中に、幼い声が響き渡る。

 重い頭をなんとか上げると、ルフィがこっちに寄って来ようとしていた。

 ロイも運んできたいのか、必死で横たわった身体を引っ張っている。当たり前だが三歳のルフィに大人の男が動かせるはずもなく、うんうんとロイの腕を掴んで唸っているだけだ。

 どうしても煙から戻せなかった左腕を伸ばす。痛みを堪えて二人を側に引き寄せる。

 

「待たせたな、怪我、ねェか?」

 

 煙に掴まれて目をぱちくりさせているルフィの頭に、元に戻せた右手を置く。

 手のひらの下からロイに似た黒い目が俺を見上げる。

 一呼吸、二呼吸。黒目の輪郭が涙にぼやかされ出し、震える感触が手のひらに伝わってくる。

 引っ込んでいた涙を、驚きなんかで塞き止めていた分一気に溢れさせ、しっかりと頷いた。

 泣きながら真っ赤に濡れた右肩近くに、躊躇いがちに手を伸ばしてくる。そっと制服を握り、泣き顔をもっとぐしゃぐしゃに歪めた。

 

「い、いたい? ケムリン、ち、が……いっぱい……!!」

「気にすんな、大したこたァねェ」

 

 ほら、と腕を回してやると、更に泣かれた。おいおい、これくらいの嘘は信じとけよ、ガキのくせに。

 

「そっち、も?」

 

 鼻水まで垂らし出したルフィが、煙のまんまの左腕を指さす。

 相変わらず肩口から先が元に戻らない。意識を集中しても、まったく思う通りにならねェし、能力制御ができてねェってことか。

 これはもう、迎えが来たら海楼石の手錠でも借りるしか、戻す術がなさそうだ。

 

「大丈夫だ、こいつは俺の能力でこうなってんだよ」

「のうりょく?」

「悪魔の実を喰っちまったんだ」

「あくまの……あ、あのへんなの?」

 

 ようやく悪魔の実のことを思い出したらしい。丸く見開いた目が信じられねェもんを見たってふうに俺を見上げてくる。

 そういや悪魔の実を喰ったら特殊な能力が手に入るって教えてなかったか。喰わせねェようにするために、デメリットしか言ってなかったな、ロイの奴。

 

「あくまのみくうと、けむりになるの!?」

「俺の場合は、な」

 

 実にはいろいろ種類があるから手に入る能力も千差万別。説明してもルフィにはよくわかんねェだろうから、とりあえずそう言っておく。俺の喰った実は煙になる能力を寄越してきたんだ。意味は違わん。

 ち、雨が止む代わりに冷えてきやがった。夜になったせいもあってか、ずぶ濡れの身体から容赦なく体温を奪われていく。急いで寒さに震え出したルフィと、ぐったりとしたままのロイをもっと引き寄せて抱え込んだ。

 暖を取ろうにも、火を起こすだけの体力ももうない。できるは三人一塊になってそれぞれの体温で凌ぐぐれェだ。

 俺とロイでルフィを挟むようにして、しっかり抱えた。

 冷えちゃいるがルフィは子供らしい高めの体温を維持していて少しホッとする。だが氷みてェに冷たくなったロイの肌にゾッとさせられた。

 生きてる、よな? 不安になって口元に耳を寄せれば、辛うじてまだ呼吸はしていた。背中の傷も確かめる。鉤爪にやられた傷は痛々しいが、ありがたいことに血は止まっていた。

 それでも目を覚まさねェのは、体力が落ちすぎたせいか、それとも頭でも打ち付けやかったか。

 折れた肋骨やらなんやらが痛むのを堪えて、ロイに回した腕に力を込める。あんまり良い状態じゃねェのは確かだが、ここじゃどうしてやりようもねェ。迎えが来るまで生きててくれって祈るぐらいだ。

狼を倒したってのに、まだ俺はこいつを守り切れてねェって現状が、心底嫌になる。

 

「ケムリン、にいちゃんどうなっちゃうの?」

 

 俺の不安を感じ取ったルフィの揺らぐ目が見上げてきた。

 ロイに忍び寄っている死の気配かなんかがわかるのか、ちいせェ手でロイの顔に触れようとしている。

 

「大丈夫だ、もう少し寝たら、起きるだろ」

 

 声が震えそうになるのを抑えて、いつも通りの調子で返した。

 本当にそうなの? と探ってくる幼い視線を振り払うように、ルフィの頭を自分の腹に押し付ける。温さがもっと強くなった。

 

「俺たちも寝るぞ」

「ええーはらへったー」

「我慢しろ、明日になったらいっぱい食える」

「じいちゃんきたら?」

「ああ、だから今日は寝ちまえ。寝りゃ腹も減らねェ」

 

 空腹に意識を逸らされたルフィがぐずるのをなだめる。

 俺だって腹が減って仕方ないが、飲み水や食えそうなもんはほとんどすべて狼に踏み荒らされてダメになってんだ。今から探そうにも辺りは暗いし、そんな中を動き回れるほど体力もない。

 ジッとして体力を温存しつつ、明日を待つのが得策だろう。腹が鳴って目が冴えて仕方ねェのはわかる。ガキには辛ェだろうが、我慢してもらわざるを得ねェんだ。

 畜生、本当に今日はついてねェな。俺も、こいつらも、何年分の不運が重なったんだって状況で泣きたくなる。

 ぐずぐずと何やら言っていたルフィも、そのうちに静かに寝息を立て始めた。

 疲れが空腹に勝ったんだな。でも少し寒そうに震えている。気休め程度にしかならねェが、自分のスカーフを掛けてやった。

 これで朝まで起きねェと良いが。夜中に小便行きてェなんて言われても、今夜は付いて行ってやれねェし。

 硬すぎてチクチクする毛皮に、更に体重を預ける。辺りは風と波の音ばっかりで、空を見上げると千切れて流れる雲の間に月が覗いていた。明日は晴れるな。

 

「ロイ」

 

 眠る前にもう一度呼んでみるが、返事は当然ない。

 普段より一層白くなったロイの顔を汚す泥を拭ってみる。ほんの僅かに瞼が動いた。大丈夫だ、まだ生きてる。まだ助かる見込みはあるんだ。

 

「生きろよ、ロイ……ッ」

 

 頼むから明日の朝まで持ってくれ、と心臓がせり出しそうな焦燥感を抑えるように願う。

 

 ガープ中将の軍艦が迎えに来たのは、夜が明けてしばらくした頃だった。

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

「やだぁぁぁっ!! おれもマリンフォードいくぅぅぅっ!!!」

 

 金切り声を上げてルフィが泣き叫ぶのに、俺もスモーカーもベッドの上で頭を抱える。

 説得開始からもうすぐ二時間。ルフィはマリンフォードまで何が何でも付いて行くと言って、俺たちの言葉にまったく耳を貸さない。お迎えにきてくれたマキノさんの腕の中で盛大に暴れまくって泣き喚くばかりだ。

 怪我人にはそろそろ精神的にも体力的にもきつくなってきてます。本当に誰かこの子どうにかして。

 

 サバイバル最終日前日に遭った巨大狼襲撃事件のせいで、全治二ヵ月の怪我を負ったロイです。

 あの日、迷子になったルフィを探して森に入ったら、あの有名なアニメ映画の山犬かといわんばかりのデカイ狼にルフィが襲われているところに遭遇した。

 もう俺が来た時には、飛び掛かる一秒前な状況だったんだ。慌ててルフィと狼の間に飛び込んだ。能力を使っている暇なんてない。身を挺していかないとルフィが死んでしまうかもしれなかった。

剃で飛び込んで真っ青なルフィを抱えて庇う姿勢に入ると同時に、背中を凄まじい衝撃と激痛が走った。ルフィを抱いたまま弾き飛ばされて、その先にあった倒木かなにかに強かに頭を打ちつける羽目になった。

しかも運が悪いことに打ち所がよろしくなかったらしく、グワンと視界が揺らぎ、音が全部遠くなってしまった。

 ヤバイ、これはヤバイと思っても、身体中痛くて痺れて言うことを聞いてくれない。ルフィに逃げろって言う間もなく、視界がブラックアウトしちゃったんだ。

 あの時はマジで死んだと思った。狼は倒せてない上に、幼いルフィを守るべき大人の俺は一発KOで沈んでいる。さあ狼さん喰ってくださいと言わんばかりの状況だった。

 だから軍艦の医務室で目が覚めた時は漫画かドラマみたいに、ここは天国か、と言ってしまった。看病してくれていた船医の先生に、馬鹿お言いでないよ、と苦笑いされて恥ずかしかった。

 様子見に来てくれたボガード中尉が教えてくれたんだが、俺が伸された後スモーカーが俺たちを見つけて守ってくれたらしい。

あの化け物狼に一人で立ち向かい、ズタボロにされながらも悪魔の実を喰うことでギリギリ勝ちを拾って、翌朝まで俺たちを守り抜いていたそうだ。

 スモーカーの喰った悪魔の実は、言うまでもなくあの島で拾った奴だ。種類は運命なのかなんなのか、モクモクの実。あいつは煙人間になったことで、俺より酷い怪我を負いながらも狼を絞め殺せたらしい。

 何とも奇跡的な幸運に恵まれたな、とボガード中尉が俺の隣のベッドで高鼾をかくスモーカーを見ながら溜息を吐いていた。

 痛みや出血で意識を飛ばしていてもおかしくない大怪我だったんだとか。なのにスモーカーの奴は迎えが来て中将に簡単にだけど状況を話すまでは意識を保っていた。

俺とルフィを守るって一点で踏ん張っていて、俺たちが無事収容されると同時にぶっ倒れて今に至るみたいだ。

 そこまでして守ってくれたなんて、こいつ本物の男前だわ。原作どうのこうの抜きにして、その男気に惚れそうだ。

 親友でいてよかったと改めて実感するのとともに、起きたらしっかりお礼を言おうと思った。

 スモーカーの怪我は全治四ヵ月だと先生が言っていた。自然系の能力者だけど、実を喰う前に受けた傷は修復されないから治るのに時間が掛かるようだ。

 しばらくは一緒に入院生活して順次リハビリって流れだろう。ここでしっかり治しとかないと、今後の軍務に影響するかもしれないって言われたし、ゆっくり治していくかな。

 

 そうして俺が怪我に伴う発熱でぼんやりしているうちにスモーカーの方も目が覚め、ガープ中将から謝り倒されたり同僚や上官の見舞いを受けたりしてここ数日は過ごしていたんだ。

 当然ルフィも一番に来てくれた。ワンワン涙と鼻水まみれで泣きながら。自分を庇って俺たちが死にかけたのが相当ショックだったらしい。ごめんなさいごめんなさいってそれしか言わず、俺たちの手を握って泣いていた。

 大丈夫だとか、お前が謝ることじゃないとか、二人掛かりで慰めていたんだけど、いまいち効果はなかったようだ。

その日から医務室に泊まり込む勢いで俺たちの側に陣取ってしまった。先生のお手伝いをして俺たちの世話をしたり、暇さえあれば痛くないかと心配しまくって過ごしていた。

 もの凄いトラウマとかの類をルフィに植え付けてしまったようで、泣きそうなルフィの顔を見ていると罪悪感が湧く。将来良きにせよ悪きにせよルフィの人格形成に影響が出たりしないか不安だ。

 この不安が、どうも当たらずとも遠からじって感じであることがわかったのは、早くも昨日のことだった。

 明日にはフーシャ村に着くって先生が教えてくれた途端、ルフィが村に帰らないと言い出したんだ。俺たちを看病するからマリンフォードまで一緒に連れて行ってと。

 

「おれ、ケムリンとにいちゃんのともだちだもん!」

 

 友達か、ちょっと感動するな。ルフィに友達認定されるなんですごくないか?

 まあ、そんなルフィの気持ちは嬉しいのけれど、あっちはこいつの受け入れ態勢が無い。

 中将も一緒に住めればそれに越したことはないんだろうが、如何せん任務で海によく出るし、家にルフィの面倒を逐一見ていてくれるような人がほぼいないそうだ。とてもルフィを一人置いておけるような状況じゃない。

 俺とスモーカーのどらちかが引き取るという選択肢は、端からない。

どらちも男性海兵専用の独身寮に住んでいるからだ。フラットを借りているか、持ち家があったなら何とかなったかもしれないが、あの寮はとても幼児を同居させられない環境だ。主に教育の面での悪影響が心配される。

それにしばらくは入院するだろうし、退院しても子供の面倒見て生活するなんて難しい話だ。

 結局のところ、ルフィにはかわいそうだけど村に帰らせるという選択が一番なのだ。あそこならスラップ村長やマキノさんを始めとした善良な村の人たちが、何くれとなくルフィの面倒を見てくれる。マリンフォードに行くよりよっぽど良い。

 やんわりと一緒に連れて行けないって言ってみたのだけれど、予想通り泣いて拒否された。なんでも我慢してわがまま言わないからとか、自分のことを二人とも嫌いになったのかとか、ずっと俺たちの枕元で叫び続けた。最後は床に転がってバタバタ暴れて手が付けられない状態だった。

 中将はもちろん艦長の大佐や先生、果てはボガード中尉まで総出で言い聞かせようとしたけど効果はほぼ無し。なんて意思の固さだ。

 誰もルフィを説得できないまま、ベッドの柵に齧り付いて梃子でも俺とスモーカーの側から離れようとしない状態でフーシャ村の港に着いてしまった。

 どうしても離れないからマキノさんが乗り込んで連れて帰ろうとしても、嫌がって暴れまくって医務室から出ようとせず泣きまくっている。

 仕方なくしんどい身体に喝を入れて二人揃って宥めたり賺したり叱ったりしても、全然うまくいく気配がない。

 

「ルフィ、もうロイさんとスモーカーさんを困らせてあげないで?」

 

 俺たちの様子を心配そうに見ながらマキノさんがルフィの頭を撫でて諭すように言った。

 まったく耳に入っていないのか、ルフィはもう涙で溺れきった声を張り上げて泣き続けている。いつの間にかもらったらしいスモーカーの海兵服のスカーフを握り締めて、嫌だ嫌だと絶賛駄々こね中だ。

 

「ルフィ、ワガママ言うんじゃねェよ。ここでお別れだっつってんだろ!」

「なんでずっとケムリンいじわるいうんだよぉ!」

「意地悪じゃない、ルフィ。マリンフォードにはルフィのおうちが無いから仕方ないだろう?」

「じゃあマッチのにいちゃんのおうちのこになるっ。そしたらにいちゃんのおうちがおれのおうちだろ!?」

 

 ああ言えばこう言う子だな、もう! ルフィはもう少し子供らしいぽやんとした頭をしているかと思っていた。この数週間の経験で変化でもあったのか?

 泣き声が傷に響いて死にそうだ。だってのに誰も助け舟を出してくれそうな人はいない。皆中将を抑えに行っている。

 中将は早々にルフィから「じいちゃんなんかだいっきらい! つれてってくれなきゃもっときらいになる!!」と宣言されて号泣。説得に参加させると嫌われたくないあまりにマリンフォードに行くのを許してしまいそうなので、大佐と中尉が引き摺って部屋に監禁、拘束した。絶対出てこないよう乗員士官総出で抑えておくから、お前らがんばれ、と中尉が申し訳なさそうに言っていた。

 唯一先生だけは医務室にいてくれるけれど、すでにルフィが言うことを聞かないのがわかりきっているので、溜息を吐きながら雑務を片付けている。

 助けてくださいって言っても、お前さんたちにしかできないことだから、と憐れむような微笑で切り捨てられた。酷いお婆ちゃんだ、この人。

 

「もっといっしょがいい、ともだちだろぉぉーっ!」

 

 しかしルフィ、友達は一緒にいるものだってことにすごく拘わるな。

 三歳児の世界観とか常識とかはよくわからないが、確か幼稚園とか行っていた頃は友達とはいつも仲良くとか、困ったら助け合うものだとか習った気もする。そういう大人の言っていたことからルフィの奴は、仲良くするイコール一緒にいる、困った時に助け合う時には一緒にいないといけないと考えたんだろう。

 同い年の子供同士なら、友達だから一緒にいるは十分に正解なのだと思う。

俺もスモーカーもルフィと違って大人だから、今回に限っては適応されないだけだ。大人になってしまった俺たちは、仕事や生活スタイルやごちゃごちゃ縛られるものが多くて、すごく残念だが子供のように単純にはなれない。

 可哀想なことを言っていると心が痛むが、どうしたってルフィにはさよならを納得してもらわなくちゃならない。

 どうすればいいだろう。離れていても友達ができるってわかってもらえる方法があればいいのだが。

 

「ルフィ」

「つれてってくれる!?」

 

 記憶を引っ掻き回している内に、一つ名案がひらめいた。

 一緒に行こうと言われるのを期待してか、ルフィは涙で潤んだ黒い瞳を輝かせて前のめりに俺の方へ顔を向けた。

 

「文通をしようか」

「ぶんつう?」

 

 初めて聞くであろう単語に、ルフィはきょとんと不思議そうに首を傾げる。

 よし、掴みはバッチリみたいだ。

 

「遠くにいる友達同士で手紙を出し合うんだ」

「てがみ……」

「自分は今何をしているとか最近何があったとか手紙に書いて、教え合うんだよ。そうすれば遠くにいてもお互いが元気かどうかも分かるし、一緒にいる必要がある時に会いに行けるだろう」

 

 俺がひらめいた名案とは、遠距離の友達付き合いの王道、文通だ。

 いやね、小学生くらいの頃もの凄く流行ったのを思い出したんだ。もっともあの時は雑誌で募集し合って顔も知らない子と手紙をやり取りするのが主流だったけれど、転校してしまう友達とやるのも結構あった。今の状況は後者と似たものだ。お互いの近況を報告し合ったり、長めの休みとかにまた会う約束をしたりしていた。

 独特のワクワク感があって子供には楽しい友達付き合いの形態の一つだったから、ルフィも少し文通するには幼すぎるけど興味を持つかもしれない。

 そう思って言ってみたんだけど、どうやら大当たりだったみたいだ。文通の話に惹かれるものがあったらしく、表情に迷うような色を浮かべて、うーんとかでもとか呟いている。

 

「いつも一緒にいられなくても、手紙を通して繋がっていられるんだ」

 

 左の腕を伸ばして、小さな黒髪の頭に手のひらを置く。じんわり伝わってくる温もりに小さな笑みを零れた。

 

「一緒にいるだけが友達じゃない。離れていても友達でいる方法は、文通みたいにいっぱいあるんだ、ルフィ」

 

 目線を合わせて、揺らぐルフィの目を正面から見据える。

 

「マリンフォードに帰ったら、すぐにルフィに宛てて手紙を書こう。だからお前も、私たちに手紙を出してくれないか?」

 

 噛んで含めるようにゆっくりと言葉を繋ぐ。

 返事は返ってこない。ただ、じっとお互いに見つめ合って、医務室は静まり返っている。

 

「ほんとに?」

 

 不安げなか細い声がルフィの唇から零れる。黒い目にはまた涙の膜を張り出していた。

 

「いっしょにいれなくても、ともだち?」

 

 ちら、とスモーカーの方に視線を送る。わかってんだろうな、ケムリン。付き合いが深い分、それだけで俺の言いたいことが何かわかったようだ。スモーカーは軽く口の端を上げて見せた。

 今にも泣き出しそうなルフィの頭にスモーカーの右の手が伸びる。先に乗っかっていた俺の手のひらに、デカイ手のひらが重なった。

 

「もちろんだ」

「だから、心配すんな」

 

 手のひらの下で、ぶるぶるとルフィが震えている。

 やっぱり涙腺を決壊させて、それでも泣き喚きたいのを我慢するように、唇を噛み締めていた。

 泣き虫だよなぁ。頭に乗せていた手のひらを滑らせて頬に宛がい、流れてくる涙を指で拭ってやる。小さな手のひらが俺の手に触れるのがくすぐったくて、ほんのり胸が温かくなった。

 

「ちゃんと手紙、出してやっから」

「おれも、だすっ……!」

「今はさよならだが、また会いに来るから」

「また……っ、あえるの? ほんとに、ほんと?」

 

 まだ心配なのか。俺もスモーカーも、ボロボロ泣きながら念押ししてくる小さなルフィに、思わず笑ってしまう。

 泣き虫で心配性なんて、俺が知っているあのルフィと違うね。悪くはない。小さな弟みたいで、すごく愛おしさみたいなものを感じる。

 重なっていた小さな手を取って、細い細い小指に自分のそれを軽く絡める。約束する時の定番、指切りげんまんだ。

 何のことかわかっていないのか、目を丸くしたルフィにとびっきりの笑顔を送ってやる。

 

「約束するよ。また会おう、ルフィ」

 

 だから今は、これでさようなら。

 俺たちの、小さな小さな友達。

 

 

 




東の海でサバイバル編、これにて終了。

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