焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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第17話 海軍の事情

お冷と一緒にメニューを渡され、俺たちは空腹に任せて一斉に主張を始める。

 

「わたくしこの揚げ物三種と今日のカルパッチョが食べたいわ」

「刺身盛り合わせ、それと焼き鳥盛り合わせ、どうだ?」

「いつも通りデラックスで頼んでおこう。あ、ギョーザと春巻きも」

 

 俺が指したのは、どこの大食いメニューですかってくらい焼き鳥は皿てんこ盛り、刺身は船形に山盛りのランクだ。だって軍人らしく健啖家な俺たちだと、普通の量じゃどうしたって間に合わない。追加で頼むくらいなら、最初からガチな量を頼んでおいた方が財布にも優しい。

 

「たこわさ、冷奴、枝豆」

「相変わらず親父くさいな、スモーカー」

「うるせェ」

「じゃがバターと、出し巻き卵も欲しいわね」

 

 ここまで来て一切ご飯系を頼んでないな、こいつら。米喰えよ、米。酒を飲むにしたって米が必要だろうと思うのは、俺が元々日本人だからだろうか。そんなことを考えつつ、ご飯系メニューに目を滑らせる。

 

「おい、海鮮レタスチャーハンを特盛で頼んでくれ」

「はいはい」

「サラダは海藻サラダでいいかしら?」

「ああ、それも特盛でな。飲み物はどうする?」

 

 飲み物のページを見ながらドレークが全員をうかがう。そんなの決まってるじゃないか。飲みに来たんだから、まずはこれから始めるもんだ。

 

「「「生中」」」

「いつも通り生中四つ、と」

 

 すみませーん、と座敷の入り口から身を乗り出したドレークが手を上げると、間を開けずに可愛らしい店員が伝票を抱えて走ってきた。

 うん、すっごく有り触れた居酒屋の風景だ。ストレスでささくれた心が、妙にほっこりした気分になってきた。

 

 

 結構前に万歳昇進で少尉になり、真新しい正義コートにも慣れてぼちぼち経った今日この頃。

 ただいまいつもの四人で飲み会を開催中だ。

 海軍将校のくせにノリが学生とか若いサラリーマンじみているって言わない。まだ俺たちは若いし階級は将校の中でも新米だからこんなものなのだ。

 所属先にもよるけど、月に一回くらいは友達と飲みに行ける程度の暇はあるんだ。忙しいっちゃ忙しいけど、上の人より重責を担ってないし、できることも限られている。

 ちょうど今はみんな本部付将校の部隊にいる。所属部隊が遠征を計画しない限りは陸上勤務だから、案外定時には上がれやすい。事務仕事がメインになるためだ。

 特にさ、今俺とスモーカーはセミナーや勉強会回りをさせてもらっている。だから本当に定時の六時に本部を出て帰れちゃうんだ。中将が書類から逃げてなければだが。

 

 なんでセミナー&勉強会回りなんかになったのかって?

 それは無人島で怪我して以降しばらく遠征に出られなくなった代わりにって、ガープ中将が勧めてくれたからだ。戦術とか部隊運営とかそういうのについて、もっと踏み込んだ勉強をしてこいということらしい。

 海兵、特に将校クラスになると、任官後も常にセミナーや勉強会といった場所で、最新や実戦型の知識を学ばなきゃならない。

 感覚としては企業や役所に勤めていて、例えば業務で必要な資格検定や語学とかのセミナーや勉強会を受けるのに似ているかな。必要な知識や技術をそこで学び取って、仕事の中で効率的に生かす。それが出世の足掛かりにもなりえるから、みんなそこそこ真面目に受けるものらしい。

 能力者は最低でも大佐までは昇格確実といわれる海軍だが、そうした知識や技術を習得しているのとしてないのでは、断然前者の方が扱いは良い。単に個人戦が強い海兵ではなく、個人戦も強い上級指揮官になれるからだ。

 そういう事情もあるし、俺もどうせなら好条件の下で働きたいので、遠慮なく中将の好意を受け取っておいた。

 

 最近は新米専用の奴だけでなく、尉官や佐官の若手士官が参加するようなものにもボガード大尉や中将に頼まれたらしいリーヴィス少佐が連れて行ってもらっている。怪我させたお詫びにたくさん学べるようにって中将が口を利いてくれたのだ。

 ありがたいことだ。確かに新米用の基礎的な知識や技術のセミナーや勉強会のやり方の勉強会みたいなのも大事ではあるよ? でも、そこにプラスで応用の仕方についてのセミナーや実戦経験を基にしたディベートが聴ける勉強会に参加すると、将校たちの生の声を見聞きして学べて結構タメになるのだ。

 しかもこうしたセミナーや勉強会、新米用のと違って紹介制だったり人数制限付き(階級が上から優先)だったりするものが多い。本来なら参加できるようになるまで順番や機会を待たなきゃならない。

それを一足飛びに中将の口利きで潜り込めたんだから、俺たちは運が良い。近年稀に見るVIP待遇だろう。

 これはしっかりやらなきゃいけないぞ、ってことで頑張っている。事務仕事と自主訓練や能力制御の訓練の合間を縫って、二人でせっせと通っているんだ。

 

 

「スモーカー君もロイ君も、なんだか今日は凄い顔しているわよね」

「そうか?」

 

 ふと、向かいの席からヒナが心配そうに俺とスモーカーの顔を覗き込んでくる。

 まずいな、見てわかるほどイラつきとか自己嫌悪とかいろいろ出ているみたいだ。

 

 セミナーや勉強会に出始めて一年近し。最近、段々と組織の黒い部分って言えばいいのかな、なんか嫌なものがくっきりはっきり見え始めてきた。

 具体的にどんなものかというと、たくさんあるのだが、一番目立つのは派閥抗争と嫉妬やっかみだ。

 どんな世界でも、人間が寄り集まると意見の対立が発生し、派閥が湧いて出てくるものらしい。

 薄々気づいてはいたけど今の海軍内では、穏健派に当たるクザン大将率いる青雉派と、過激派に当たるサカズキ大将率いる赤犬派の二つが、勢力争いに精を出していたんだ。

 なんか怖いくらいお互いをライバル視しているといえばいいのだろうか。ディベートすればしつこく噛みつき合うし、嫌味はバカスカ投げつけ合うし。いったいどこの泥沼国会中継だって様相を呈することも珍しくない。

 しかも俺たちを味方に引き込みたいのか、相手を悪い部分を吹き込んできたり、自派の素晴らしさを語ったりしてくる人が多い。あんまりなのは少佐や大尉がシャットアウトしてくれてるけど、気持ち悪いくらいに双方必死でなんか怖いし、煩わしい。

 それから嫉妬やっかみ。ガープ中将やボルサリーノ中将に何くれとなく面倒を見てもらっているせいなのだろうが、俺やスモーカーはだいぶ年や階級の近い海兵に妬まれている。傍から見たら依怙贔屓されているように見えているんだろう。

 中将の側にいる時はさほど気になっていなかったけれど、その側を離れるとそれはもう凄い。嫌味は当たり前に飛んでくるわ、シカトとか陰湿な虐めに遭うわ、もう本当に大変な目に合っている。出る杭が滅多打ち状態だ。

 面倒事は避けたい日本人気質の俺としては、無視して済まそうと思っていたのだけど、あんまりにも酷くて若干グロッキー。短気でこういったのが大っ嫌いなスモーカーの方はもうプッツンときて喧嘩した末に、何度か始末書を書いたり懲罰を受けたりしているのだ。こっちもかなり厄介だし、迷惑させられている。

 何だってこんな目に遭わなきゃなんないんだろうと、時々嘆きたくなる。

 

「今日は勉強会に行っていたんだったよな? 良くないことでもあったか?」

「……まぁな」

 

 俺もスモーカーも溜息を吐いてしまう。あんまりにも腹が立つから愚痴りすらしたくなかったけど、今ぶちまけておいた方が良いかな。

 ドレークの指摘通り、今日出る予定だった勉強会で揉めてしまったんだ。

 リーヴィス少佐とボガード大尉の付き添い無しで行ったら、廊下で感じの悪い人たちに取り囲まれて、嫌がらせされた。

 どうも俺たちが贔屓されているって思って嫉妬しているらしく、やたらとしつこくてさ。ネチネチとちょっとばかり良い能力持っているだけで調子に乗っているとか、ガープ中将のとこに帰って尻尾振ってろとか、言いたい放題だった。

 もちろん最初は穏便に済まそうとした。腹は立つけれど少佐たちに迷惑が掛けるのはいけないし、必死で半ギレのスモーカーを抑えたんだ。でも思うような反応が出ないことで連中の不満を、返って爆発させちゃってさらに酷く罵られた。

 もう、最後の方は放送禁止用語連発で、流石に俺もキレかけた。口にもしたくない下衆の勘繰りもいいところなことを言われた時点で、マジで燃やしてやろうかと発火布を出しかけるくらいに。

 そしたら相手側は喧嘩なら買うぜ! と勝手にヒートアップするし、騒ぎを聞きつけた野次馬は湧きまくるし、あわや乱闘ってことまで行きかけてしまった。

 結局暴力沙汰には及ばなかったけど、騒ぎが大きくなりまくったところでまとめ役の大尉が止めに来てくれて、ついでにやんわり蹴り出されたんだ。

 もう俺たちじゃ収拾できない話になっていて、少佐たちに後始末を押し付ける形になって迷惑掛けちゃったし、もう散々だった。

 そんだけ迷惑を掛けまくったのに、今日はすごく疲れたろうから帰んな、飲みに行って憂さ晴らししといでって言われて帰らされてしまった。残りますって言っても聞いてもらえなくて帰されて……もう、居た堪れない。穴があったら飛び込みたい。

 

「愚痴りたいことがあるなら、聞くぞ?」

 

 俺たちを気遣うようにドレークが優しく言う。

 微妙な空気が湧きかける中、ようやく生中と枝豆が届いた。ハァ、とりあえず飲みながら愚痴らせてもらうかな……。

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

 伝電虫の受話器を置いたと同時に、ヒンヤリと濡れて冷たいもんが頬にくっついてきた。反射的に背筋が大きく震えてしまう。くっついてきた冷たい物を思わず手で掴むと、ガラスの硬質で滑らかな感触がした。

 ガラス瓶? 引っ張るとあっさり俺の手元にやってきたそれは、未開封のコーラ瓶だった。うん、よく冷えてやがる。飲み頃だな。

 

 

「お疲れさん、リーヴィス」

「……びっくりさせんな」

 

 頭上から面白そうな声が落ちてくる。目だけで見上げると、同期のボガードがいた。

 目深に被った帽子のつばのせいで目元は見えないが、口元はしっかり端を上げてやがる。手にコーラ瓶を持っているところからして、さっきのはこいつか。

 

「ボガードー、俺は酒の方が良いんですけどー?」

「馬鹿、まだ残業中だろう」

 

 我慢しろという言葉と一緒に投げてよこされた栓抜きで、瓶の王冠を外す。炭酸が気持ちのいい音を立てて、コーラの甘い香りが広がった。

 ボガードと軽く乾杯めいたもんを交わして、一口。あー、冷えたコーラって美味いわ。ビールだったらもっとよかったけど、そりゃ無い物ねだりか。

 口寂しいので、引き出しから補食用のクラッカーを引っ張り出して、二人してコーラをちびちびやりつつ食べる。

 

「さっきの、どうだった?」

 

 飲み食いしながら、思い切ったようにボガードがさっきの電話の結果を訊ねてくる。

 

「苦情のオンパレード」

 

 受話器越しに今日の勉強会のまとめ役が、申し訳なさそうに告げた内容を伝える。

 

「これからはちゃんと付き添ってやってくれとか、赤犬さんに呼び出されて生きた心地がしなかったとか言って、あいつら泣いてたぜ」

「やはりか。すまん、嫌な仕事を一人でさせてしまったな」

 

 深く息を吐き出して謝るボガードの肩を叩く。

 俺がついさっきまで電話していたのは、今日あったとある尉官用の勉強会で、あのロイ君とそのお友達のスモーカー君が起こしたトラブル関係だ。こいつが中将へ報告している間に、俺が後始末に走っていた。

 苦労性の同期はそこんとこを気にしてくれてるらしい。

 

「別に構わねェさ」

 

 あいつらには好きで世話焼いてるんだし。こういうこともままあるだろうってわかってたさ、気にすんなって。

 

 ロイ君とスモーカー君に海軍の内情を見せる手伝いをしてほしい。

 唐突に海軍の英雄ガープ中将に呼び出され、そう頼まれたのは、一年ほど前だった。

 中将は彼らに、派閥争いを始めとした外に言いづらい組織の事情を教えたいらしい。

 海軍は、表面上は一枚岩に見えているんだけど、実はそうじゃない。背負う正義は同じだが、それをどう解釈して実行するかで常に対立が燻ぶってる。

 前からあったこの問題が、ここ数年で大きく二つの意見に割れて派閥を形成、本部内での対立が目立ってきてる。

 その二つの派閥のうち一つは、最近昇格した赤犬大将サカズキ率いる、秋霜烈日と疑わしきは罰せをとにかく地で往き、悪を裁くに一瞬たりとも臆するなという過激な勢力・通称、赤犬派。

 もう一つは、青雉大将クザンが形成する、緻密な検証や調査、議論を持って物事を見極め、慎重に悪を裁こうという比較的穏当な勢力・通称、青雉派。

 そう、本部大将っていう軍の最高戦力がお互いのやり方に不満を持っていて、あんまり隠すことなく角を付き合せてんだ。

 おかげで対立は、一応水面下ではあるが、うんざりするほど酷い。上から下までどちらの派閥に属しているかで相手を図る、作戦一つとってもどちらの派閥の意見が取り入れられるかで神経を立てる、何か事が起きればどちらの派閥も水面下でお互いの足を引っ張って出し抜こうとする。

 つまり、今海軍本部のどこにいても何していても、赤犬派と青雉派が派閥争いをしているってことだ。

 二つの派閥の言うことはどちらもとも正しいし、どちらも間違っている部分があると思う。今までどちらが絶対正しいって結論が出なかったのは、そのせいだ。

だっていうのに、赤犬派も青雉派もそこのところをわかろうとしない。自分らの主張を繰り返すばっかりで、お互いを必要最低限しか許容しようとしたがらない。

 センゴク元帥と長老格のガープ中将やおつるさんたち、わずかに存在するボルサリーノ中将を慕う中立っぽい立ち位置の連中が、双方を繋いで穏当に済ますよう調整して、なんとか表面上は一枚岩にしている状態だ。

 組織として、どうかと思うって状態が、今の海軍の現状だ。いくら組織に派閥争いは付き物としても、これはない。大海賊時代の弊害って奴なんだろうか?

 で、だな。こうした面倒な二つの派閥が小突き合ってる状況を二人に見せて、その中でどう自身を処するかを考えさせてサポートしたいってのが、中将のご希望だ。

 普通に考えりゃたかだか新米少尉二人には過保護過ぎる対応だが、どっこいこの二人にとっちゃそうでもない。

 まずロイ君は、単純明快。赤犬派と青雉派に取り合われてる。

 最初は単に戦闘能力がずば抜けていて使えそうだからだったが、今じゃ拗れて双方の意地の張り合いって面も大きくなっているのだ。そうした面倒な立ち位置に置かれている上に、次世代を担う素質を備えているので余計ややこしい状況になってしまっている。扱いに気を付けなきゃならんから中将預かりになっているわけだ。

 スモーカー君の方は、出身地が問題の発生源だ。

 彼の出身地は、東の海のローグタウン。海賊王ゴールド・ロジャーに大海賊時代を宣言させてしまった地だ。

そんな場所で生まれ育ったってのに海兵になったスモーカー君は、もの凄いレアケース。その上、士官学校出の優秀な海兵で貴重な自然系の能力者だ。将来的にローグタウンの印象を海賊王の街から、海軍の英雄の街に塗り替えさせ、海軍の失態を名声で覆い隠せる可能性を秘めている、と周囲からは見られている。このせいで手元に置いてその挙げるであろう名声を派閥のものにしたいと、ロイ君よりは静かだが取り合われてたりする。そのために中将は個人的に思うところもあって、ロイ君同様に気に掛ける必要があると思い、手元に置いたんだそうだ。

 こんな感じにどちらも上が育成に気を使いたいのに、派閥の争いに巻き込まれて揉みくちゃにされそうでいるってことだな。

 派閥からいったん距離を置かせて守りながら、派閥の争いを俯瞰させて現状を教え込み、身の振り方を考えさせ、自己防衛の手段を身に付けさせて、地に足の着いた将校に育つよう仕込もうってのが中将の腹だろう。従順で我慢ができる子のロイ君はともかく、特にスモーカー君は道理に合わないことを酷く嫌い、抵抗を示す。早めに自分の目の届く場所にいる内に対処していかないと、悪い方へ転ぶかもしれないとも考えてるようだ。

 中将が俺に求めたのは、派閥の縮図ともいえる研修や勉強会に二人を連れて行き、二人のサポートをしながら様子を観察、それを中将に事細かに報告することだった。些細な変化も見逃さず、できるかぎり万全の体制を整えて二人を育てたいってことか。

 信用できるのが、自分の副官のボガードとボルサリーノ中将の部下で二人に縁を持つ俺の二人しかいない。人が少なくて大変だろうが頼む、とのことだった。

 断る理由もないから了解したよ。妙な縁で知り合った可愛い後輩だし、上に貸しを作っておけるのも悪くはない。何かしら良いリターンはあるだろう。

 そういうことで、ロイ君たちを研修と勉強会めぐりに連れ回して今日までに至るわけなんだが。

 

「しかし、しくじったな。赤犬派のやつだったから、統制だけは取れてると思ったのにさー」

「ああ、やはり行かせなければよかったな」

 

 ボガードがコーラ瓶を握り締めて溜息を吐いた。

 基本的に新米用以外の研修や勉強会には、俺たちがロイ君たちに付き添うようにしている。新米用より派閥色が出ていやすいのと、奇異の目から庇うためだ。

 必要以上に派閥の争いを目にしたり変な話を聞いたりしないように誘導し、何か思うところはないか様子を見て話させることで軌道を逸れないよう見守る。そして傍から見たらお偉いさんに贔屓されて見える二人に浅はかな連中が突っかかってきたり、下衆な奴らが馬鹿なことを吹き込まないよう監視していたんだ。

 だが今日に限って俺もボガードも手の離せない仕事があった。いつもなら今日は欠席させるんだが、もうそろそろロイ君たちも勉強会に出始めて一年が経つ。軍内に派閥があること、気に喰わなくても下手に手を出すと不味そうなことくらいはわかってきていた。一回くらい付き添わずとも大丈夫かと思い、二人だけで行かせてしまったのだ。

 それがまずかったんだな。勉強会に出ず二人が帰ってきたってボガードが連絡してきて、トラブったことがわかった。

 できるかぎり早めに仕事を片付けてから様子を見に行くと、もの凄く腹を立てているロイ君とスモーカー君、それを宥めているボガード。結構危うい雰囲気が漏れていた。

 俺も加わって何が起きたのか訊くと、会議室から締め出されて突っかかられて侮辱されたらしい。

 やった奴は俺も良く知っている、程度が低いので有名な連中。上の人らに目を掛けられたり縁があったりする二人を、お目付け役の俺たちがいない間にイジメようとしたみたいだ。

 会議室前の廊下で二人を待ち構え、取り囲んで嫌味を言いたい放題だったという。

 更に声高に二人に罵声を浴びせまくったせいで、野次馬が集まって更に騒ぎは大きくなり、空気はもう最悪。

 もうロイ君たちの堪忍袋が粉砕寸前にいたって、ようやく駆け付けた勉強会のまとめ役が割って入り、その勧めで二人はそのまままっすぐにガープ中将隊の元に帰ってきたんだそうだ。

 これがトラブルの全容。完全に俺たちのミスだ。ロイ君たちを始めとした多くの人間に迷惑を掛けてしまったとわかり、頭を抱えてしまった。

 とにかく完全に今回は被害者のロイ君たちにフォローを入れて帰らせてあげて、トラブルの後始末に走ったのだ。

 その仕上げに同期でもあるまとめ役にトラブルを起こした謝りを入れるついでに、あちらさんの状況を訊いてみた。

 案の定彼らは悲鳴を上げてた。喧嘩のことで赤犬のオッサンに呼び出されたらしい。勉強会で騒ぎがあったらしいけどロイ君に何かあったのか? と。大尉といえども直接大将とお話しする機会も滅多にない奴らは、それだけでもう死にそうになったらしい。

 大将お気に入りのロイ君に何かあって青雉派に転ばれたら、もう軍内で生きていけない。どうかどうかフォローを入れておいてくれ、俺を助けてくれと泣かれた。

 大げさなとも思うが、あいつにとっては死活問題なのだろう。泣き止ませて落ち着かせるのに一番時間が掛かった。

 

「今後は気を付けよう。こんな騒動になるなんて、もうごめんだしな」

「だな。あ、話変えるけどな。来月のシャボンディ任務の部隊構成が決まったぜ」

 

珍しい自分たちのミスに段々気が重くなってきたんで、話題を転換するため、今日決定された任務関連の話を持ち出す。

クラッカーに伸びかけていたボガードの手が止まった。

 

「シラヌイ大佐が指揮官になった」

「¨昼行灯¨か」

 

 帽子の影から、僅かに目を覗かせる。こいつ独特のびっくりした時の癖だ。

 驚くだろうと思ってたけど、予想通り過ぎて笑えた。

 

「そう、あの昼行灯のシラヌイ。赤犬のオッサン子飼いのな」

 

 来月にシャボンディ諸島における要人護衛任務、つまり天竜人のお守りがある。

 天竜人関連は、ぶっちゃけちまうと政府や軍の黒い部分。正義もクソもない不愉快なもんだが、海兵にとって飲み下さなくてはならない負の部分だ。

 だから定期的に、若手にこれを教えるためのシャボンディ任務が計画される。任官二年目か三年目あたりの若い海兵を集めて事前教育を施し、物のわかった上級将校に率いらせて実地で見せるのだ。

海兵の試練の一つって言ってもいいかもな。

 

「青雉派のモモンガ大佐も候補に挙がっていると聞いたが?」

「こないだお前んとことの合同任務であの人、ロイ君と接触しただろ。そこ突っ込まれて不採用になったみたい」

 

 この世界の理不尽を飲み込まされる試練に、今回の任務でロイ君は挑むことになっている。

 別におかしなことはない。頃合いだから、順番が回ってきたってだけの話だ。

 ただ、周りがざわついている。どっちの派閥の誰が護衛部隊の指揮官に就くかでだ。今回指揮官になると、もれなくガープ中将の目のない所でロイ君と接触することができる。ロイ君の配置換えがもう目の前に迫っている今日この頃、こんなに美味しいポジションはない。ここでアピールして自派閥に引っ張りたい、赤犬派も青雉派もそう考えたようだ。

案の定、双方選りすぐりの人材を幾つも推してきた。

 その中でも一番有力とされていたのが、青雉派のモモンガ大佐だった。良識があって腕も確か、何より部下を大事にする人だ。その頼もしい背中に憧れる奴も多い。他の推薦を受けた将校の誰より、未熟な部下たちを安心させて指導できるだろうと皆思っていたし、俺も同感だった。

 だが蓋を開けてみれば、その彼がまさかの不採用。どうしても青雉派に譲りたくない赤犬派の徹底的な粗探しの結果、先月のガープ中将隊とモモンガ大佐隊の合同任務のことでケチを付けられたらしい。海賊の一斉検挙中、一時的にロイ君が大佐の直接指揮下にいたことを調べ上げてきたんだとか。

 これをネタにもう青雉派はロイ君と任務で密に接触してアピールできてるだろ、こっちにも機会を寄越せコラァ、と赤犬派が上に詰め寄った結果、派閥の均衡調整ってことでモモンガ大佐の指揮官就任はお流れにせざるを得なくなったみたいだ。

 そしてモモンガ大佐の代わりに指揮官の座を射止めたのが、件のシラヌイ大佐。

 赤犬派で、しかも赤犬のオッサンの部隊に任官以来ずっといるっていう、いわゆる子飼いの人物。赤犬派の中でもオッサンに一番信用されている海兵で、数えきれねェほどの戦場へオッサンと共に赴き、その度に徹底的な正義の完遂に貢献している。

 その経歴と立場は、モモンガ大佐に勝るとも劣らない。モモンガ大佐が青雉は一押しの将校であるのと同様に、シラヌイ大佐もまさに赤犬は一押しの人材であろうと思わせる人物だ。

 うん、そう。経歴と立場だけ見れば。経歴と、立場だけ、見れば、ね……。

 

「リーヴィス、こういっちゃなんだが、大丈夫なのか?」

 

 ボガードにしては不安そうな声が訊ねてくる。帽子の奥から送られる視線が心配を満載で俺を直撃している。

 やめろよ。そんな目で見んなってば。副指揮官で参加する俺から、何らかの安全保証が欲しいってのはわかるのだが。

 

「一応、物はわかってる人だしさ、俺がサポートすれば、何とかなる、はず?」

 

 ダメだ、目がどうしたって泳いでしまう。俺も心配すぎて、ボガードの求めるような返事ができない。

 縋るような目でボガードが俺の目を見ようとする。全力で外して明後日の方向を向く。

 ついにボガードが、掌で顔を覆って呻き出した。

 

「不安なことを言わんでくれ、お前はロイ少尉たちが可愛くないのか?」

「戦場にいない昼行燈との任務だぞ? 何の心配もないなんざ、俺にゃ口が裂けても言えねェよ……」

 

 俺も天を仰いで目元を手で覆う。執務室に重たい沈黙が落ちてきた。どちらからともなく漏れ出した心配の溜め息が、蒸し暑い空気に溶けて消えていく。

 そういや明日は、準備会議か。うわ、もう今から気が滅入ってきた。

 とりあえず、今からでもシラヌイ大佐に明日の念押しの電話しといた方が良いかな……?

 

 

 


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