焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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第19話 任務開始、直前

 一、必ず身なりを整え、正装で任務にあたるべし。

 一、天竜人に命じられたことは、何であろうと絶対服従すべし。

 一、任務の出来事は基本的に三猿(見ざる・聞かざる・言わざる)に徹せ。

 一、以上の注意事項は何事があろうとも厳守せよ。

 

 初回の事前会議で配られた注意事項をまとめたメモを見ながら、こっそり何度目か知らない溜め息を吐く。

 とうとう天竜人の護衛任務の日がやってきてしまった。

 前日からシャボンディ諸島の駐屯地に入って準備を進めてきたけれど、どうにもこうにも不快感が拭えない。

 わざわざ胸糞悪い連中を守ってやって、中世ヨーロッパ貴族も真っ青な御乱行を間近で見たい奴がどこにいるか。

 変な話だが、天竜人やシャボンディの実情をよく知らないドレークを始めとした他の奴らが羨ましい。少なくとも任務が始まるまでは、この憂鬱な気分を味わわずに済むのだから。

 それに今回は臨時任務手当とやらと任務後に三日間の休暇が出るってことで、浮かれている奴も多いのだ。確かに昼間の数時間に命の危険がまったくなさそうな仕事するだけで、それなりの手当と休暇がもらえるなんて美味しすぎる。俺だって少しは嬉しいような気もする。

 だが任務が任務だけに、その手当や休暇は口止め料とかそういうのだろうと簡単に予想できる。それがあるから他の奴らみたいに素直には喜べなくて、嫌な気分になるばっかりだ。

 

 本日の任務は午前十時に駐屯地を出発、港で護衛対象の天竜人のお姫様二人をお出迎えして、一番グローブのヒューマンオークション会場までエスコート。

 天竜人が奴隷を買っている間は外で待機し、お帰りの際はまた護衛しながら港まで送る。

 終了予定時刻は午後三時。その後駐屯地に戻って臨時任務手当を受け取れば、任務終了で解散。すぐ帰ってもいいし、一晩シャボンディに泊まって翌日帰るでもいいそうだ。

 俺が想像していた天竜人のお出かけプランそのままだ。任務中どれだけ胸糞悪いものを見せられるのだろうか。不安でいっぱいだ。

 今日もらう手当は自棄酒にパッと使っちゃおうかな、と宿舎の部屋で正装のシャツの襟を直しながら考える。

 白いダブルスーツに、黒シャツとスカイブルーのネクタイの正装。それに正義コートを羽織れば、完璧な海軍本部将校の出来上がりだ。

 正装を身に着けるのは、そういえば士官学校の卒業式以来だ。清廉な感じのする正装は気に入っている。

だから、二度目に着る機会がこんな最低な任務だなんて最悪だ。

 

「ロイ、どうかしたか?」

 

 ひょこっとドレークが俺の顔を覗き込んできた。知らず零していた溜め息に気づかれたらしい。

 何も知らない青く澄んだ目に、心配そうな色を乗せている。相変わらずお人よしの、優しい目だ。

 この目が今日の夕方には濁らされてしまうんだろうなと思うと、沈んだ気持ちがさらに沈むような気がした。

 

「なんでもない。少しばかり襟が苦しくてな」

 

 せめてこんな気持ちを気取らせないように、襟元を指で弄って見せる。

 どうやら上手く誤魔化せたようで、ドレークはそうか、と安心したような笑顔を浮かべた。

 

「でも、緩めるなよ。身嗜みは周到に整えておけとのことだからな」

「わかってるさ」

 

 肩を竦めて制帽である『MARINE』キャップを被る。せっかく心配してくれたドレークに嘘を吐いてしまったことへ、ほんの少しの罪悪感を覚えながら。

 

「さて、もうすぐ集合時間だし行くか。スモーカー、そろそろ煙草消せよ」

 

 後ろめたいそれを振り切るようにして、俺はベッドの縁に腰掛けて煙草をふかしていたスモーカーに携帯灰皿を投げつけた。

 舌打ちしながらもしっかり灰皿を受け止めたスモーカーが面倒くさそうに煙草を揉み消すのを横目に、ドアを開けて廊下に出る。

 廊下の窓の向こうに見える朝の光の中で煌めくシャボン玉が、嫌味なほど爽やかで少し眉を寄せてしまった。

 

「ひゃあああああ!?」

 

 突然ドガシャッと何か重い物同士がぶつかったような痛々しい音と、情けない悲鳴が窓の向こうから届く。

 ……なんだか嫌な予感がする。

 知らず眉間に寄った皺が、更に深くなっていく。そっと窓際へ寄って、ガラスのそれを開け放つ。

 下を見ると、宿舎の外壁に寄せてあった木箱が派手に壊れて崩れ、その残骸のど真ん中に奴が転がっていた。

 思わず目を逸らして顔を引っ込める。おいおい、あれはなんだ。何であんなことになっているのだ。

 一呼吸置いて混乱しかけの頭をなんとか落ち着け、もう一度窓の下を覗き込む。

 埃が舞い上がり壊れた箱の破片や箱の中身が散乱する中から、こちらに気づいた奴が泣きそうな顔でこちらを見上げている。

 

「ろ、ロイ少尉……助けてぇ、痛いよ~っ」

「何をしているんですかッ、シラヌイ大佐!!」

 

 泥とヤルキマン・マングローブの樹液まみれで助けを求めるシラヌイ大佐に、俺は何度目かもう忘れた頭痛を食らわせられた。

 誰かこれは夢だって言ってくれ。

 

「だ、だってここ地面がぬるぬるしてるから、走ったら転けちゃった……」

「昨日この島では走らないでくださいってリーヴィス少佐が言われたでしょう!? 何でちゃんと守らないんですかッ」

「でも、でもね、僕は指揮官だし、早く集合場所にいなくちゃって思ってね……」

 

 少し荒くなってしまっている俺の声に涙目になりながらも、大佐は子供の言い訳めいたことを一生懸命言っている。

 ダメだ、埒が明かない。騒ぎを聞きつけた人間が集まり出している。グズグズ泣きかけの大佐を戸惑うように遠巻きにしてざわついている野次馬どもを見たら、もう色々と我慢できなくなってしまった。

 

「とにかく、大佐! そこを動かないでくださいっ。今そちらに行きますからね。絶対に動くんじゃないですよ!?」

 

 言い聞かせるように叫んで、窓から離れる。振り返るとドレークとスモーカーも、廊下に出て来ていた。どっちも何とも言えない顔をしている。

 

「……ちょっと大佐を保護してくる」

「わかった。シャワーとお前の予備の正装を用意しておく」

 絞り出すように告げると、気遣うようにドレークは頷いた。

 すまんと手を合わせてから走り出すと、黙ってスモーカーも付いて来てくれる。手伝う、と短く言ってくれるのが死ぬほどありがたかった。

 

 あの会議に遅刻した日以来、俺はシラヌイ大佐に妙な縁ができてしまった。

 どういうわけだか、大佐がドジを踏む場面への遭遇率が滅茶苦茶高くなっているのだ。

 あの時のように迷子になっているところへ行き合うに始まり、食堂で昼飯の定食の乗ったトレーをひっくり返したところや、階段から落ちて泣いているところ、中庭のもの凄く浅い池に落ちて溺れているところまで遭遇しまくった。

 大佐は俺のお近づきになりたくない赤犬派らしくないが、れっきとした赤犬派。それも赤犬大将の側近中の側近だ。見捨ててもよかった、というか、赤犬派にお近づきにならないように、見捨てて放っておくべきだったんだと思う。

 でも悲しいかな俺の性格上、困っている大佐をどうしても見捨てられず、その度に片付けを手伝ったり、手当てをしてあげたり、人を呼んであげたりしてしまったのだ。

 そのせいだろうか、いつの間にやら俺は大佐に懐かれていた。犬猫みたいな話だが、すごく懐かれてしまった。

 俺を見かける度に嬉しそうに声を掛け、手を振って寄ってくる。青雉派に睨まれても、嫌味を言われても、まるで気にしていない。というか、気づいていない。俺やスモーカーたちに鬱陶しそうな目で見られていても、こっち来んなって雰囲気を出されていても同じ。

 ロイ少尉、ロイ少尉、と俺を呼んで、ぽやんと柔らかく笑っているばかりだ。

 軍内では謀将として名が売れているらしいので、最初は赤犬大将に命ぜられて俺を懐柔しようと演技しているのかとも思った。

 でもそれは杞憂だったらしい。大佐に懐かれ出してから、時たま遭遇する度赤犬派の人によく謝られる。オニグモ准将とか、ドーベルマン大佐とかにね。シラヌイが迷惑を掛けとるようですまん、あれは本当に素でああいう奴だから許してやってくれと言われた。

 あの謝罪は嘘ではないだろう。皆、目がマジだった。どうも同陣営故に俺と同じような苦労をしているみたいだ。この辺りからもう馬鹿らしくなってきて、大佐を疑うのを止めた。

 まったくドジっ子で天然なワンコって生き物が海軍、それも赤犬派にいるとは思わなかった。これが可愛い女性なら俺としては大歓迎だが、三十代のオッサンがそうとか何の冗談だ。

 マスコットキャラとかのつもりか、赤犬大将。そんなの需要なんかないのだが。

 

「ロイ少尉~っ」

 

 大佐が俺を呼ぶ声がいっそう情けなく耳に届く。

 まったく手のかかる面倒な人だが、どうしてだろう。俺はこの情けないシラヌイ大佐が憎めないでいる。

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

 ロイとスモーカーに救出されてきたシラヌイ大佐をどうにか急いで綺麗にして駐屯地を出発できたのは、午前十時十分。予定時刻よりも十分遅かった。

 事の顛末を聞いたリーヴィス少佐は怒り心頭の様子だったが、時間が押しているので何も言わず、ただ急ぐように全員に命令した。

 どうしてこんな人が任務の指揮官に選ばれたのだろう、と失礼ながら思う。直属の上司である少佐が副指揮官であるために、俺は事前準備の会議以外にも任務関連の雑務で大佐に出会う機会が多かった。 そうして二人を並べてみるたびに思うのは、少佐の方がよっぽど指揮官らしい仕事をしているということだ。

 もしかして大佐はこう言ってはなんだが、お飾り、という奴なのだろうか。上は少佐を指揮官にしたかったが、若すぎて階級が指揮官を務めるには少し足りない。だから大佐をお飾りの指揮官に据えて実際の指揮は少佐に執らせている、とか。

 だがそれならば、もっと面倒事を起こさない、扱いやすいタイプを選ぶはずだよな。常にドジを踏んで少佐やロイの手を焼かせている大佐は、まったくお飾りに向いていないように見える。

 やはり能力で選ばれた、ということなのか。任務本番になれば、指揮官に相応しい能力を発揮できると判断されたからこそ、大佐はここにいるのだろう。

 ……そう思わないと、不安で心臓が潰されそうだ。少佐に小言を言われて頭を掻く大佐の後ろ姿に、こっそり溜め息を吐く。

 

 そうしている間に部隊は港に着いた。時刻は午前十時二十六分。天竜人の方々の到着が三十五分と予定されているから、一応は間に合ったようだ。

 ホッとしたいところだが、時間が無いのには変わりはない。急いで整列し、諸々の最終確認を行った。指示を飛ばしている少佐を窺がう。少し精神的に疲れているようで、心配になってしまった。

 整列が完了して、しばらく。海の向こうからしつこいほど豪奢な船が近づいてきた。優美な船体を港の中へ滑り込ませ、接岸する。そしてこれまた凝った装飾の階が、地上へと下された。

 

「総員、跪け! 天竜人様の御成りだよ」

 

 普段と打って変わった朗々とした良く通る声で、大佐が命令を出す。

 予想通り切り替えのできる人だった、ということか。少し驚いたが、命令に従って跪く。天竜人の前では、許可があるまで跪き顔を伏せるのが基本だそうだ。

 その場の人間すべてが跪き、顔を伏せているせいだろう。一瞬でそれまで周囲に溢れていた音が止まり、今は波のさざめきしか聴こえない。

 

「ご機嫌麗しく、オフェリア宮、メラニア宮。お待ちしておりました」

 

 穏やかな大佐の挨拶が発され、天竜人が姿を現したと知れた。無意識のうちに緊張したのか、自分の身体が強張るのを感じる。

 コツリ、コツリ、と階をヒールの高い靴を先頭に幾人もの人が階を降りる音や衣擦れらしい音などが耳を打つ。

 それに少し遅れて、鎖だろうか? 金属が擦れ合う奇妙で不快な音や人間が苦痛などに呻くような声らしきものがした。

 一体なんなんだ? 非常に気になってしまうが、顔は上げられない。こっそりと目だけで両隣のスモーカーとロイの様子を窺う。スモーカーはその読みにくい表情の中に、俺と同じ僅かな困惑を乗せていた。対してロイの方はというと、嫌悪感、いや、諦観のような表情で俯いている。

 どういうわけだろうか。その顔の理由を訊ねてみたいが、やはり言葉を発することはできないので、押し黙るしかなかった。

 

「貴様らが我らの護衛かえ」

 

 足音が止まり、高い女性の声が落ちてくる。これが天竜人なのだろうか。

 

「海軍本部大佐シラヌイと申します。本日は我が部隊に護衛の任をお申し付けいただき、恐悦至極に存じます」

 

 腰が低い、低すぎるほどの受け答えだ。事前会議の中で最上級の礼を常に取るように、としつこく言い聞かされてはいた。だがこれには、そこまでしなければならないほどなのかと、改めて驚いてしまう。

 鼻を鳴らす気配がして、ヒールが地面を踏みつける音が再び進み始めた。

 

「精々励め」

「ハッ」

 

 言い捨てるような短い言葉に、歯切れのいい大佐の答えが返る。

 流石と言うべきか。人に仕えられ、尽くされることを当然としている生粋の貴種らしい気位の高い、悪く言えば高慢そうな振る舞いだ。

 段々と天竜人たちがこちらに近づいてくる。足音、衣擦れなどに混じって、近寄りがたさを感じさせる芳香が漂い、鼻先に届いてきた。

 

「そこな者」

 

 天竜人の声が、頭の真上に落ちてきた。予想外のことで、心臓が飛び跳ねかける。

 気づけば裾を長く引き摺る衣装とそこから覗く踵の高い女性の靴先が、伏せた視界の端に映っていた。

 近い。いつの間にこんな近くにという驚きと、何か不興を買ったかという焦りで腹の奥にひやりとしたものが落ちてくる。

 

「面を上げりゃ」

 

 ペシリ、と軽く頬を扇のような物で叩かれた。面を上げろ? よくはわからないが、逆らわずにゆっくりと顔を上げる。

 上げた視界の中には、二人の女性がいた。滅多に見ないほどの、どこか作り物めいた雰囲気のある美女と、彼女よりいくらか幼い白磁の人形のような美少女。どちらも気位が高そうだ。

 しかしその美貌よりも、その奇妙な姿に目が行きそうになる。幾重にも重ねられ着ぶくれたような衣装を纏い、シャボン玉ですっぽりと首から上を覆っている様は、異様としか言いようがなかった。

 これが天竜人。内心で呆気に取られていると、年上の方の天竜人が先ほど俺の頬を叩いた扇で顎を持ち上げさせた。

 

「それなり、といったところかえ」

 

 品定めをするかのような目で俺を見下ろして言い放つ。何を言われているのか皆目見当がつかない。

 ゆったりとした動作で天竜人は扇を俺から放すと、そのまますぐ側に跪いていたスモーカーとロイにも同じように頬を打って顔を上げさせた。

 顔を上げた二人も彼女に扇で顎を取られ、不躾な視線を向けられる。どちらも眉が寄りそうになるのを捻じ伏せたポーカーフェイスでそれを受けていた。

 

「貴様ら、今日は我らの側近くに控えさせてやろう」

 

 側近く? 護衛のための陣形の配置を変えろということか?

 さらりと言い放たれた言葉に、俺たちはギョッとしてしまう。事前に決定された護衛のための陣形の配置は、効果的に護衛対象を守る為に計算されて決まったものだ。そう簡単に変えることはできない。

 変更は不可だ、と本来なら言うべきなのだろうが、今回の相手は天竜人。口応えはするなと言われている。彼女の意向に従わなくてはならないのだが、しかし……。

 

「オフェリア宮の御心のままに。ドレーク少尉、スモーカー少尉、ロイ少尉、こちらへ来なさい」

 

 返答にまごつきかけた俺たちに代わってか、彼女らの側に控えていたらしいシラヌイ大佐が口を開いた。

 天竜人の命令を優先しろ、ということか。

 許可が下りた俺たちはすぐに立ち上がり、そして立ち竦んでしまった。

 目の前にいる天竜人たちの後ろにシラヌイ大佐とリーヴィス少佐、すぐその側に天竜人を側近くで守る為に配された数名控えている。海兵だけではなく、幾人ものスーツに身を包んだ使用人も従っていた。

 そして、少し離れた位置にいる使用人たちの方を見て、その場の光景があまりにも常識の外過ぎて思考が止まりかける。

 

 鎖に繋がれた人間が、いた。

 

 見るからに薄汚れ傷だらけの男数人が四つん這いになり、首輪を付けられてそこに繋がる鎖を使用人たちに引かれている。見ればその背に荷物らしきものを背負わされていた。

 奴隷。そんな単語が脳裏に浮かび上がってくる。

 馬鹿な、人身売買は政府が禁止しているはずだ! 奴隷なんてものは、現在存在しない、してはいけないものなのに!?

 理解が追い付かない。違うのではと思いたくても、目に映る彼らは奴隷としか言いようがなかった。

 

「何をしている、早く来い」

 

 困惑している俺たちをリーヴィス少佐が強めの語気で促す。顔つきにほんの僅かに焦りのようなものを見せている。

 天竜人たちが怪訝そうな顔を見せていた。慌てて彼女らの側を固めていた者と場所を変わる。

 

「オフェリア姉さま。そちらの黒髪、あたくしの近くに置いてくださいまし」

 

 俺たちが側に着いた途端、少女の天竜人、メラニア宮がロイを指して強請り出した。

 

「言うと思ったえ。好きにおし」

「ではお言葉に甘えて、お前、あの黒髪と入れ替わるアマス」

 

 近くにいた俺の足を蹴飛ばし、甲高い声でメラニア宮が命じてくる。

 彼女のような子供の蹴りなど痛くもなんとも無いが、予想もしなかった暴挙に内心困惑を深めてしまう。相当我が儘な人々であるとは事前に聞かされていたが、護衛を始めて五分も経たないうちにこれとは、俺の予想が甘かったんだろうか。

 とにかく黙ってロイと場所を変わる。すれ違う時に見えたロイの顔には、うんざりした色がちらりと覗いていた。目も一瞬合う。我慢しよう、とでもいうような目だった。

 

「まったく、お前という子は、細い脆そうな男ばかり囲って。呆れるえ」

 

 その様子を眺めながらオフェリア宮は呆れた顔を見せ、溜め息を吐いた。細い脆そうな男、とは明らかにロイを指して言っているのだろう。

 姉の言葉に機嫌を斜めにしたのか、メラニア宮は白い頬を膨らませてロイを指さして言い返している。

 

「暑苦しいのは嫌アマス。こういう見た目が涼しいのが一番でしょう? 今日はこの黒髪みたいなの買いたいアマス」

「見た目が良くてもすぐ壊れては意味がないえ。侍らせるならこれのような頑丈そうなのにしておきなさい」

「では見目が涼やかで頑丈なのを探すアマス」

「ふん、そう都合の良い者などおらんえ。無駄遣いしないように妾の言うことをお聞き」

「もう! 姉さまは分からず屋アマス!!」

「現実を見ているだけだえ。前の不届きで汚らわしい魚の襲撃のせいで、使えるものが減ったのだから、ただの観賞用は二の次だえ」

 

 おい、一体俺たちをなんだと思っているんだ。アクセサリーや道具扱いか?

 俺たちを指し示しながらなされる天竜人の姉妹のやり取りに、嫌な気分が込み上げてくる。

 世界貴族・天竜人。世界政府を作ったという二十人の王の末裔。この世でこれ以上はいないと謳われる貴種の実態が、こんな嫌悪感を催させるものだったとは……。

 今から数時間は彼女らの側にいなければならないのかと思うと、思わず眩暈がしてきそうだ。

 これ以上不愉快なものを見せられなければいいのだが、何故か嫌な予感がしてやまない。

 歩き始めた天竜人に従いつつ、俺は重い気持ちを紛らわせるためそっと溜め息を零した。

 

 頼むから何事も無く終わってほしい。

 そんな細やかな願いが、わずか数十分後に踏みにじられるとも知らずに。

 

 

 

 

 


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