焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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第23話 任務と転属先探し

 こっちに向かってくる海賊が数名。慌てずに右手を突き出す。

 間髪入れずに発火布の手袋に包まれた親指と中指の先を重ね、勢いよく擦り合わせて導火線に向けて火花を乗せる。

 見えない導火線が朱の焔を伝わらせ、俺に向かってサーベルを振りかざそうとした先頭の海賊の前に辿り着けば、途端に海賊たちを取り囲むように激しい爆炎が巻き起こった。

 その衝撃と爆風で船から悲鳴や罵声が上げて落ちていく奴らを横目に、逃げる海賊船に手だけ向ける。距離は十分射程距離、第二撃目の展開は完了済み。発火布に包まれた指先を摺り合わせる。

 ジョリーロジャーを掲げるメインマストに焔を撃ち込めば、瞬時にマストの根元で焔が弾け飛んだ。鮮やかな朱色の焔が膨れ上がって甲板に広がり、轟音を上げてマストが圧し折れて海上に倒れ落ちる。

 よし、後は他の部隊があの海賊船を制圧する手はずだ。ここでの俺の役目は終わり。それらを背中に、次の標的の元へ向かう。

 

「スゲェー……」

 

 背後から、感嘆と畏怖混じりの小さな声が俺の耳に届く。

 

「……さすが、朱焔(しゅえん)

「化けモンじゃねェか」

「違いねェ」

 

 こそこそ聞こえてくる会話が鬱陶しい。いちいち焔の錬金術くらいで化け物とか言うなっての。

 どうせ騒ぐのなら、その辺で馬鹿でかいガレオン船を真っ二つにしているモモンガ大佐や、覇王色の覇気を使って海賊船に乗り込むだけで制圧しているシラヌイ大佐、今日も元気に拳骨流星群やっているガープ中将にしてろ。

 あの人ら、非能力者だぞ。悪魔の実の力で下駄を履いている俺より、よっぽどお前らの言う“化け物”だ。

 

 

 やあ、海軍本部少尉のロイです。ただいま偉大なる航路の前半某海域で海賊の一斉検挙中だ。

 まだ俺って少尉なのに、いつの間にやら二つ名が付いたよ。普通二つ名ってもっと活躍するようになってから付く物らしいけど、いろいろあって元から有名だったせいで、もう付いたみたいだ。

 で、その二つ名なんだが、“朱焔(しゅえん)のロイ”というらしい。

 奇しくも鋼錬のロイ・マスタングと同じ焔の字を冠する二つ名だ。

 その意味は、文字通り朱い焔。朱い色の焔を操って、海賊どもを爆破し燃やし尽くすところからそう呼び出されたんだとか。短絡的過ぎるだろう。もっと捻れよと思う。

 それは置いといてだ。シャボンディから帰ってきてから、もうすぐ一ヶ月経つ。

 もやもやと胸にわだかまる何かについて悩む暇もなく、ガープ中将から厳しすぎる現実を突き付けられた。

 俺の転属の時期が、もう二ヶ月後まで迫っているんだとか。

 俺が中将の隊にいるのは、赤犬派と青雉派の争いが原因だ。俺の取り合いで揉めるから、いったん取り上げておく意味で配属になったわけだが、その際中将の隊には二年までしかいさせないと取り決めてあったらしい。

 理由は単純。ずっとお預けにすると両派閥が横暴だと騒ぎ出す可能性があったからだ。

 俺が負傷するという不測の事態もあったため、期間が半年長くはなったが来月めでたく俺はどっちかの派閥の部隊に転属させられることに相成ったらしい。

 うん、俺の意思は無視か。転属云々なんて、今の今まで聞いたことなかったんだぞ。急にそんなこと言われてびっくりしてものも言えなかった。

 今回の転属先の決定権は人事ではなく、異例ながら俺に委ねられるそうだ。俺の意思で選び取らせ、どらちが選ばれても恨みっこなしってことにするためだな。

 ちなみに選択肢は、赤犬派か青雉派の二択だ。

 他に選択肢はない。本当にない。

 中将の隊に残留もダメ。ボルサリーノ中将の元に出戻りもダメ。おつるさんやその他中立派の人たちの隊を選んでもダメ。

 必ず赤犬か青雉のどっちかを選べって中将にきつく申し渡された。

 もし二つの選択肢以外を選ぼうとしたら、センゴク元帥と二大将の前に引きずり出されて、楽しく強制四者面談になるらしい。

学校の怪談の赤い紙青い紙も真っ青な究極の二択を本人たちの前でやらされるとか、笑えなさすぎる。本気で笑えない。

 でも、すぐ決めなくていい。そう中将は言ってくれている。判断材料は用意するから、一ヶ月考えろとのことだ。

 その判断材料っていうのが、今やっているみたいな二つの派閥所属の部隊との合同任務だ。両者の生の仕事ぶりを見て、実際派閥の人たちと会話して自分に合う方を選べということだ。

 実は少し前からちょくちょくそんな機会があったんだけど、実はこういう理由があったとは思いもしなかった。

 知っていたらもう少し注意していたのにと不満にも思ったが、とにかく教えてもらってからは頑張って任務をこなしつつ両派閥を観察している。

 喧嘩してばっかしてる印象しかなくてどっちも嫌になってきたが、どっちが俺向きか考え中だ。

 

「ロイ少尉ー! いつもながらすごいねー、早くうちの隊に来て一緒に戦おうねー!!」

「シラヌイ大佐っ、アンタはこっちの担当でしょうがッ! ロイ君誘ってないで自分の仕事やって!!」

 

 ブンブン隣の海賊船から手を振っているシラヌイ大佐と、敵を蹴っ飛ばしつつ叱っているリーヴィス少佐が横目に映る。

 またか。というかこんなとこで勧誘とか何考えているんだ。相変わらずめげないシラヌイ大佐の勧誘に、知らず知らず頬が引き攣る。もう何回となく断るって言っているのに、しつこいことこの上ない。いい加減諦めろよと俺はこっそり深い溜め息を吐いた。

 シャボンディの任務以降、シラヌイ大佐が自分の隊に来てほしいって説得というか、お願いしてくるようになった。

 説得に来た理由は、もの凄くシンプル。面倒をあれこれ見てくれた俺を気に入ったんだとか。世話を焼いたのがやっぱり仇になっているよ、おい。つか、ちょっと構われてすぐ懐くとか、アンタは犬猫か。

 熱心に誘ってもらっておいて悪いんだが、俺としてはシラヌイ大佐の元に行くのは避けたい。

 ああ見えて彼は赤犬の側近中の側近。つまり彼の部隊に行くということは、赤犬の側近くで働くということになる。赤犬派の徹底的な正義のど真ん中に飛び込むようなものだ。派閥の長の隣という特等席で、その苛烈さを学ばされることになるだろうことは間違いない。

 うん、無理だな。今の俺に、あの激しい正義から目を逸らすことなく遂行できる自信はない。甘ちゃんの俺は絶対に心が折れる。命令が履行できなくてダメになる未来しか見えない。自派の奥深くに俺を取り込もうって赤犬たちは思っているのだろうが、そんなに強くない俺は間違いなく醜態を晒す。

 嫌な未来予想図が見える場所に、特に理由もなく行くことはない。だから即お断りした。

 シラヌイ大佐自体は扱いが面倒くさいがそう悪い人でもない。あれで任務中はちゃんと考えて行動しているようだし、脳筋な連中と違って一歩引いて物事を俯瞰するだけの冷静さもある。平時の勤務態度もサボり癖はなく、むしろ真面目にやっている。面倒事は起こしやすいけれども。

 だが、そのポジションが悪い。赤犬派でも赤犬と遠い位置にいれば考えたんだけれど、シラヌイ大佐は赤犬に近すぎる。だからすっぱりと断ったんだけどさ、めげずにさっきのように事ある毎に、うちに来い、うちに来いと繰り返してくるんだよね。駄々をこねる子供並みのしぶとさに、近頃は本当に辟易してる。来てほしいと純粋に思ってくれるのは良いが、正直困る……。

 どうにかキチンと諦めさせる方法はないもんなのかね?

 

 

「少尉、ロイ少尉!」

 

 戦闘の合間のほんの数瞬、考え事をしていた俺の意識が轟くようなガープ中将の声に引きずり戻される。

 何があったんだろ? 慌てて大砲の弾の補充待ちをしている中将の元に駆け寄る。身に染みついた通りの敬礼を送ると、すぐさま命令が下された。

 

「ロイ少尉、今すぐ二時の方角に逃げた海賊船を追え。今回の討伐対象の一人、“血浴”のマリーが包囲網を破りそうじゃ」

 

 中将の言う方向には、薄くなっている軍艦の陣列の間から逃げ延びようとする一隻の海賊船があった。掲げられた海賊旗は中将の言う通り、今回の一斉検挙での討伐優先順位トップの海賊、懸賞金五千九百八十万ベリーの“血浴”のマリーのものだ。

 あれを捕まえろか。少尉には少し大物過ぎるような気がする。もっと上の人が捕りに行くものじゃないだろうか。中将たちが行かないのかと問うと、ちょうど手が空いた者が近場にいないんだと返された。

 

「マリーに関して、昨今巷を騒がせとる麻薬密売に絡んでおる可能性が高いとの情報が入った。ゆえにそっちの捜査のために尋問せにゃならん」

 

 中将は戦場に相応しい不敵な笑みを俺に向け、ゴツイ腕をさあ行けとばかりに勢いよく二時の方角へと振り抜いた。

 

「マリーと幹部クラス数名は殺すな。生け捕ってこい。儂やおつるちゃん、大佐連中がおらんでも、お前ならできると期待しとるぞ。往け!」

「Aye,Sar!!」

 

 その言葉と同時に、躾の行き届いた猟犬のように俺は海賊船目掛けて飛び出す。

 船縁を乗り越え、月歩で空中を駆ける。まだマリーの船はあまり離れていないから、月歩で追いつける範囲だ。幸い薄くなったとはいえ、軍艦の方も粘ってくれている。この調子ならすぐ追いつくだろう。

 

「おい、ロイ!」

 

 空中を踏みしめて駆けること数分。海賊船にそろそろ追いつく辺りで、真下から名前を呼ばれた。

 ふと下に浮かぶ軍艦の一隻に、見慣れた光景を見つける。スモーカーの奴が派手に煙まき散らして、敵を締め上げているその艦の船縁にいったん降り立つ。

 すぐさま立ち込める白い煙の中から、スモーカーが実体化して俺の側に現れた。

 

「派手にやっているな、スモーカー」

「てめェもな。で、次のお前の標的はどれだ? 付き合せろ、暴れ足りねェ」

 

 暴れ足りんて、お前は海賊か。不敵に嗤うスモーカーに、知らず片頬が引き攣った気がした。案外今のスモーカーは血気盛んなんだよな。

 付いて行きたい理由に思うところはあるが、捕縛向き能力者のこいつがいると中将の命令を遂行しやすい。来てもらえると鎮圧後の敵の拘束や、万一の取り零しの対処が楽になる。

 

「……ここの始末は?」

「もう済む。今すぐ行ける」

 

 とりあえず聞いてみると見事に即答された。周りを見れば、バタバタと下士官や兵卒が、煙に捕まった海賊どもに錠や縄を掛けている。スモーカーの言う通りみたいだ。

 こいつが離れても一応問題はなさそう、かな?

 

「じゃあ、協力を頼む」

「ロイ君、わたくしも混ぜてちょうだい」

 

 不意に新たな声が割り込んでくる。声の方を向けば、薄くなりつつある煙幕の向こうからヒナがこっちに駆け寄ってくるところだった。

なんだよ、これでドレークが来たらいつもの同期メンバー勢揃いじゃないか。任務中に揃うのは珍しいな、とふと思う。

スモーカーとは同部隊だから、一緒に任務に就くことは多い。しかしヒナとドレークとは一緒になることがあんまりなかったんだよね。あってもどっちか片方だけの場合がほとんどだったと思う。

 

「ガープ中将から聞いたわ。血浴のマリーの海賊船に行くのでしょう? あれにはわたくしたちの部隊も手を焼かされてきたの、手伝わせて」

 

 俺の真正面に現れたヒナが、瞳に強い炎を揺らめかせて言う。そういや近頃のマリーの出没頻発区域って、おつるさんの管区に引っかかっていたような。

 捕まえようとしてもその都度巧みに出し抜かれていると聞いた気がする。あの大参謀の手から逃れ続けるってかなりの強者だと思うが、その分堪ったおつるさんたちの鬱憤も凄いんだろう。今回もマリーに引導を渡してやるって部隊全体が息巻いていたらしい。そのせいか定期の一斉検挙任務だってのに、彼らはガチで戦争でもするのかというような作戦を推し、採用に漕ぎ着けて今に至る。

 例に漏れずヒナもそうだってわけだな。まあいいか。ヒナのオリオリの能力も、手錠を持ち運ぶ手間が省けて重宝するし、来てもらえるとありがたい。

 

「わかった。では俺が先行して空気毒を使って敵戦力を無力化する」

「ありがとう、ロイ君」

 

 断る理由なんてないので了承すると、ヒナはにっこり艶やかに獰猛に笑った。本気モードだな、これは。ヒナもなんだかんだ言って案外好戦的だったりする。戦場限定だが。

 

「無力化には何秒掛かるのかしら?」

「十五秒は見てくれ。二人にはその後乗り込んでの海賊共の捕縛を頼む」

「おう」

「わかったわ、ヒナ了解」

 

 手短に制圧の手順を二人に伝える。月歩が使えない二人はそこらの船伝いにマリーの海賊船まで渡るために、空から直線距離で向かう俺より到達に時間が掛かる。だから先に出発してもらい、俺は少し間を置いて月歩で走ることとした。

 そろそろ包囲網も破られそうだし、急がなくちゃならないが、まあ大丈夫だろう。二人とも結構な速さで向かっているように見えるし、海賊船と対峙している軍艦ももう少しは粘ってくれるはずだ。焦らないで行動すれば十分対処できるさ。

 さてと。そろそろ俺も行くか。スモーカーたちがじわじわ海賊船に近づいていくのを確認して、再度空中へ踏み出そうと船縁から足を踏み出しかける。

 が、視界の端に映った夕日色に、思わず足を戻してしまった。

 

「ロイ」

「ドレーク?」

 

 甲板の向こうに見慣れた親友の姿。獲物のサーベルとメイスを携えてコートを翻し、こっちに近づいてくるところだった。

 ちょっと息を乱していて、焦っているような色を顔に浮かべている。どうやらここまで急いで来たみたいだ。

 

「どうした、何かあったか?」

 

 珍しいドレークの様子に、内心首を捻りつつ問う。どうしたんだろう。なんか緊急連絡でもあるのだろうか。

 そんなことを考えつつ向き直った俺にドレークは僅かに安堵したような気配を覗かせ、その割に急き込むように話し出した。

 

「急ですまないが、俺も連れて行ってくれないか」

 

 え、と一瞬固まってしまう。自分も制圧に連れて行けって? お前の持ち場はどうするんだよ、おい。

 

「俺の持ち場はあらかた落ち着いてな、良ければ手伝わせてほしいんだ」

 

 浮かんだ疑問を言葉にする前に、ドレークが答えを出してくれた。持ち場が落ち着いて余裕があるのか、なるほどね。でも上司のリーヴィス少佐の許可はどうした。上官の許可なく勝手な行動をすると面倒だぞ。

 

「リーヴィス少佐の許可はもらってあるから大丈夫だ」

 

 あ、やっぱり。あまりの準備の良さに内心ビックリする。さすができる男。準備が常に万端過ぎて尊敬するわ。

 自分の仕事をちゃんとこなして、かつ同僚の仕事状況にも気を配って援護できるなんて素晴らしいよ。自分で手一杯な俺にはできない芸当だ。こいつ将来は結構良い指揮官になるんだろうな。

 さすが俺の親友。未来の海軍本部少将で億超え超新星(ルーキー)。味方だともの凄く頼もしいから、敵に回したくないよ。身近にいるからよくわかる。将来海賊にならないでくれないかな。

 それに人手は欲しかったところだ。三人よりも四人の方ができることは多いんだもんな。スモーカーとヒナは制圧後捕縛に集中するから、船内の探索に当たれない。捕り漏らしがいるかどうか、麻薬売買などの犯罪の証拠がないか俺だけで見なきゃならないのは骨だし、少々危ないのも確かだ。ドレークが来て一緒に似てくれるともの凄く助かる。

 

「じゃあ悪いが、制圧後の船内の探索と万一の捕り漏らしの対処を頼む」

「ありがとう、了解した」

 

 渡りに船とばかりに頼んで、再度空中へ駆け出す。俺にドレークも続いて、空中を走ってくる。最近六式を習得し始めたってのは本当だったのか。やっぱりこいつ才能もあれば適性もばっちりなんだな。

 しかし、まあ、凄いもんだ。通常の武器や徒手での戦闘技術でもあいつは群を抜いているが、それに加えて六式まで習得するとか半端ではない。同期主席なだけはある万能っぷりだ。この調子じゃそのうちに覇気に目覚めるんじゃないだろうか。

 なんにせよ俺より戦果を上げまくって階級を駆け上がるんだろうな。急激に階級が上がるんだとしたら、友人として誇らしくもあるが少し心配でもある。シャボンディで見たような、海軍の矛盾や政府の闇を一気に見せられてしまって、善人のドレークが苦しまないだろうかってさ。そのせいで原作通り海賊に身を堕とされたりしたら、俺は酷く辛い思いをしなくちゃならないだろうなあ。親友を敵だと見なして命を取りに行くなんて、考えたくもないよ。

 ちらっと背後から追ってくるドレークを見る。相も変わらない海兵の見本のような姿に、ほんの少しだけ安心する。

 あいつはまだ海兵だ。俺の仲間で、大事な親友でいられる立場にいる。俺というイレギュラーもいるんだし、ドレークが海軍を辞める結末も回避できる可能性はあると思う。海賊にあいつが身を堕とさないように、できるかぎり足掻いてみよう。

 そっと胸の内で小さく決意し、俺はもう目の前に迫った海賊船に意識を移す。さあお仕事の時間だ。中将の期待に応えられるよう、頑張りますか。

 

「そこまでだ、海のクズ共」

 

 海賊船の甲板の飛び降り、正々堂々と声を張り上げる。

 戦闘真っ只中で刀剣や銃、大砲を抱えていた海賊共の視線が一斉に闖入者の俺へ突き刺さった。それだけで人を射殺せそうな殺気立った視線ばかりだが、戦場の空気でハイになった俺には心地良くすら感じる。

 結構これで、俺も変わってきているんだよな。一般人からかけ離れて、この世界で生きる海兵になってきていると感じる瞬間だ。

 

「一人で何しに来やがった海兵さんよ!」

「そんななまっちろくてひょろいくせに一騎駆けとか死ににきたのかぁ?」

 

 俺が一人だと思って油断したらしい。侮るような空気が流れて小馬鹿にするような嘲笑や挑発が、さっきの代わりに飛んでくる。

 男性海兵には珍しい細面や軍内では細身で小柄な方の身丈は、こういう油断を誘うのに以外に使えるもんだ。まことに不本意だがな!

 俺の容姿を馬鹿にするなと腹の底に湧く苛立ちを抑えつつ、涼しい顔を繕っておく。

範囲指定と一酸化炭素の展開準備、完了っと。吠えて俺を嘲笑う海賊共め、そうしていられるのも今の内だ。覚悟しやがれ。

 

「何をしに来た? 愚問だな――――チェック・メイト」

 

 両の掌を打ち合わせ、能力発動させる。

 範囲は俺の周囲を除く海賊船全体。瞬く間に展開された一酸化炭素は、確実に海賊共の意識を刈り取っていく。一瞬の出来事に驚愕の目を俺に向け、何か言おうとすれどもなす術もなく昏倒した奴らを睥睨して、不敵な微笑を浮かべる。

 

「貴様らを捕らえに、だ」

 

 完全に甲板が沈黙したところで、スモーカーたち三人が飛び込んできた。

 

 

 

 

「呆気ねェな、つまらん」

 

 甲板の海賊共を煙にした腕で捕らえながら、心底つまらなそうにスモーカーが呟く。

 

「当たり前でしょ、これは制圧戦でロイ君がいるのだもの」

 

 戦闘らしい戦闘があるはずないわ、とヒナが呆れたように返して確認を終えた海賊に能力で錠を掛ける。

 戦闘は予定通り呆気なく俺の一撃で幕を閉じた。生け捕り命令が出ていたから、迷わず空気毒で海賊共を気絶させたんだ。スモーカーが望んでいたような暴れられる場面は、結局訪れなかった。

 それが不満らしくうだうだ言いつつ煙草をふかしているスモーカーに、俺も苦笑いを向けておく。曲がりなりにも偉大なる航路の海賊なんだし、俺の技を掻い潜ってくる奴らもいるんじゃないかと思ったんだろうな。俺もその可能性は考えていたし、だからこそ協力を頼んだんだが、予想外に上手くいき過ぎてしまった。任務としては上々、でも思ったように戦えなかったってところだ。

 すまんと言ってやるべきか、ぶーたれるなと言うべきか。とりあえず笑って流して、手配書を基に海賊共の仕分け作業を続ける。気絶してもらってるうちに中将に言われていたマリーと幹部たちと、その他下っ端などを分けておけば、牢にぶち込むとき手間が省ける。

 

「もうすぐこいつらの拘束も終わるし、そうしたら別の現場に行けばいいじゃないか」

 

 終わったら別の現場に行っていいと言ってやったが、舌打ちが返ってきた。もう作戦も終盤近く、包囲網に引っかかっためぼしい海賊は粗方片付いている。別の現場に行っても、大したことはないだろうと予想は付く。だから俺の方に付いて来たってのにって顔をしている。

 慰めにもならないって感じだが、仕方ないか。残念スモーカー、思う存分暴れるのはまた今度だな。

 

「っロイ君!」

 

 唐突にヒナが俺を呼んだ。冷静さを欠いたその声の調子に、ぎょっと振り返る。手配書を片手に、焦りでいっぱいの面持ちのヒナがいた。

 

「捕らえた海賊の中にマリーがいない! わたくしたちが来る前に逃げたか、まだこの船のどこかに隠れているかも!!」

 

 なんだと!? まさかの捕り漏らしが肝心のマリーとか、笑えない事態だ。

 ヒナの言葉に俺もスモーカーも、一気に緩みかけた気を引き絞る。マリーは動物系の能力者らしいし、身体能力は生半可ではないはず。見つけても逃げ切られる可能性は低くないし、どこかに隠れていられて逆襲されたら下手すればスモーカー以外倒されることもあり得る。

 今すぐ四人で固まって警戒しなくちゃ……って。

 

「あ、ドレーク……」

 

 スモーカーとヒナも、俺と同じくぎくりとした表情を見せる。

 今、甲板の上にドレークはいない。一緒に船内の捜索を終えた後、もう一回見て回っておくと言ってまだ帰ってきていないんだ。

 しかも、周到に証拠とかを浚ってもらえるならそれに越したことはないし、俺もこの船の奴らは捕まえたと勝手に油断していたから、ドレークに一人で行かせてしまっている。

 非常に拙い。もしマリーがまだ船にいて、ドレークと遭遇したら拙い。ドレークの力量を疑うわけじゃないが、腐っても相手は五千万ベリーを超す猛者だ。能力者相手で、しかも相手に地の利がある場所で、一対一なんて条件が良くない。

 

「今すぐドレークを探すぞ!」

 

 一気に三人揃って船内に駆け込む。早く見つけてドレークの無事を確認したい。この際任務は達成できなくてもいいから、マリーには船から逃げ出していてほしい。

 正直に言って、ドレークの方が俺には大事だ。親友に危害が加わるのは見逃せないし我慢ならない。もう任務失敗で始末書を書かされてもいいくらいの気分だ。

 船内に飛び込んで、名前を呼びながら次々と船室を覗いていく。いない、いない、ここにもいない。もっと下、船倉まで回っているのか!?

 慌ただしく駆け回り、どんどん下へ三人揃って警戒しながら向かう。薄暗い廊下の中で神経を研ぎ澄ましながら気配を探る。

 ぎしり、と。床が軋む音が鋭角になった聴覚に届く。全員が瞬時に身構える。ギシ、ギシ、と一定の間隔で床を鳴らすのはおそらく誰かの足音。ドレークか、それともマリーか。

 頼むからマリーは出てくるなよ。ドレークで頼む。薄闇の奥から近づく影に目を凝らしてじっと息を潜める。

 

「あれ、ロイか?」

 

 聞き慣れた声に、張り詰めた感覚が少したわむ。果たして現れたのは、ドレークだった。片手に抜身のサーベルを下げ、もう一方に書類らしき紙束を持ってきょとんと俺たちを見ている。

 どうやら無事だったみたいだ。ほっとするのも束の間、俺たちの様子に何かあったことを読み取ったのかドレークも表情を引き絞めた。

 

「何かあったのか」

 

 硬い声で問われ、それにこくりと頷いて見せる。早く伝えてこんな場所から出ないと。

 

「甲板にマリーの姿が無い、逃げたか、まだ……」

「私がどうしたって?」

 

 薄い闇の奥から這いよるねっとりとした囁きが、突然俺の声に重なる。

 

「ッ後ろ!」

 

 ぞわりと嫌な気配が膨らみ、思わず叫ぶ。それと同時に反応したドレークが身を翻す。

 視界の中に踊る、薄闇にも白い正義。コートの後ろ襟から覗く、鮮やかな夕日の色。

 その向こうには、爛々とした猫のような獣の双眸と、振り翳された鉤爪がギラリと不吉に閃いている。

 

「ドレーク!!」

 

 スモーカーの叫び声と同時に、真っ赤な血が飛び散った。

 

 

 

 




来月から年始にかけて多忙につき、更新速度が落ちます。
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