俺の容姿についてだが、ロイ・マスタングそのまんまだ。
黒髪に切れ長で一重の黒目、肌は白というよりは象牙色という、東洋系の特徴を押さえた風貌をしている。
目鼻立ちは整っているが、かなりの童顔でもある。童顔が多いと言われる日本人の目で見ても、絶対に十六歳よりも下では、と思うほどだ。
おまけに背が高くない。背の順で並んだら一番前、座学の教室でも最前列といった具合だ。この低身長が童顔に拍車を掛けて年齢詐称に貢献している気がする。
急に自分の容姿について言い出して、どうしたんだって?
別に自慢しているわけじゃない。まぁ昔よりは涼やかな見た目だし、ちょっと嬉しかったけど。
それは置いといてだ。
この容姿のどこが問題なのかはだ。
「じゃあコーヒー三つと、ロイはココアでいいな?」
周りからやたらと子供扱いされることなんだ。
メニューを示すドレークが、俺に訊いてくる。
お前って原作では出る度仏頂面ばっかりだったくせに、今の時点は爽やかな笑顔を浮かべていることが多いんだな。
若々しいし、しっかりしすぎな顎にも、すでに綺麗に割れて六つの腹にもⅩの印が入っていないから、ちょっと前まで本当にこいつがⅩ・ドレークなのかと疑ったものだ。
将来海軍を辞める時に、相当酷い目にでも遭って荒んだからああなったのだろうか?
「…コーヒーくらい飲めるが」
「おい、背伸びしてんじゃねぇぞ。せめてカフェ・オレくらいにしとけ」
俺の主張に困った顔をするドレークの横から、面倒くさそうにスモーカーが睨んでくる。
原作よりも十歳以上若いくせして、こいつだけはあんまり漫画で見たのと変わらない。不機嫌そうな面に、ゴツイ図体、あと煙草。
今みたいな妙に気を回してくれるところもそのまんま。ズボンがアイス喰っちまったってぶつかってきた女の子に怒らずアイス代やるエピソードに繋がる、子供向けの優しさだ。
やっぱり俺を子供扱いしてんのか、この野郎。
「あのな、私はもう十六なんだ。子供扱いしないでくれ!」
「あ?」
「十六歳?」
「えっ、ロイ君って十六歳なの? わたくしより年上なの?」
目を丸くして固まる二人。俺の横ではヒナが、驚愕よ、ヒナ驚愕!!とか騒いでいる。
あのクールビューティーなアラサー女将校様、学生時代はこんなにまさに女子高生な性格をしていたんだな。今も基本は優等生で冷静だけれど、オフになるとこんな風にしている時もある。
オンオフを使い分けているのかもしれない。そういや扉絵のスピンオフでそんな一端が見えていたような、いなかったような。
「なんなら学生証で確認するか?」
「……」
「あら、本当にそうなのね…」
「……すまん」
「お前ら…私がいくつに見えていたんだ」
「十二、三くらいかと思っていた」
「わたくしもそうだとばっかり」
「俺もだ」
ちょっとこの人たち酷くないですか?
本日は待ちに待った休日。
たまには遊ぶぞってことで、例の赤旗・白猟・黒檻、いや、将来にはそう呼ばれる予定の3人とマリンフォードの繁華街に繰り出してお茶している。
あの日から、もうそろそろ一年が経つ。
ロイになってぶっ倒れて、彼らに出会って助けてもらって、そして士官学校の苛烈な日々と人間関係にヒイヒイ言っていたら、いつの間にか一年が過ぎていた。
その濃厚な1年を過ごす内に、俺は三人とこんな風によく行動を共にするようになった。まあ、友達になった、と言っていいのかもしれない。
え、原作になるべく関わらないようにしようって言ってなかったかって?
予定は未定なんだ。世の中なんかどう転ぶかわからないことだらけなんだよ。
そもそもな、ドレークとスモーカーは俺の寮での同室だ。二人と関わらないでいるという選択ができなかったんだよ。やろうと思えばできたけれども、それができるほど俺は孤独を愛せる人間じゃない。
徐々に普通に日本での学生時代の友人と接していたようにしていたら、自然と親しくなっていた。
ヒナに関しても似たような経緯で仲良くなった。彼女も悪魔の実の能力者だったので、特別修練を一緒に受けていた。
修練を受けているのは俺たちの学年では俺とヒナだけで、もう友達になっとけと言わんばかりの環境だった。それに元から周りよりは若干ロイも彼女に心を開いていたし、難なくよく話せるようになっていった。
そうやっていって今でこそ普通の友人付き合いして気楽に話しているが、最初の頃は三人とも三様の変わった反応を見せてくれたものだ。
ドレークに座学でわからなかったところを訊ねてみたら、なんだか「クララが立った!」みたいな驚きと嬉しさが混ざり合って滲み出す表情を向けられた。
スモーカーの時は上級生に手荒く可愛がられそうだったのを助けてくれたので礼を言ったら、ぎょっとした顔をしてまじまじと見下された。
ヒナは二人と違って特に変わった態度も言動もなかったが、ふと気づけばもの凄く優しげで母性を感じさせるような眼差しで俺を見ていた。
三人の様子を見る度に、ロイってどれだけ人付き合いが苦手な奴だったんだと愕然とさせられた。
それなりに近い位置にいた三人にここまでさせてしまうくらいだ。
怯えるハリネズミみたいに周りを遠ざけようとしてはいるが、周りの人間が心配してしまうような雰囲気を出していたのだろう。
周りから理不尽に迫害されていた過去のことを考えたら仕方ない部分もあるが、かなり面倒くさい奴だったんだな……。
まあ、三人と親しくなれたことで、最近はようやく他の同期たちとも何の変哲もない付き合いができるようになってきた。
いわゆるボッチを卒業したと実感した時、感動のあまりベッドの中でちょっと泣いたのは秘密だ。
しかしさ、本当にどうしてこうなったのだか。
原作で主人公の一味と根深い因縁を作っていたり、明らかに海軍の闇の部分を握ってそうだったりする奴らと仲良しになるなんて思ってもみなかった。
でも、悪くはないな。みんな基本的に良い奴らだ。友達になって後悔はないし、これからもそうであり続けられればいいと思う。
ただね、スモーカーと一緒にルフィたちと直接ガチでやり合うフラグとか、ドレークと一緒に海軍の暗部を掴んで堕ちた海軍将校になるフラグとか、結構危ないフラグが立った気がしないでもないけれどな!
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ずいぶん肩の力が抜けた、とでも言えばいいのだろうか。
拗ねたように尖らせた口でコーヒーを啜るロイを見て俺、X・ドレークは思う。
西の海から来たこの友人は士官学校に入学してからしばらく、人と上手く関われないでいた。悪魔の実の能力者であることで、故郷の島では酷い迫害を受けていたせいらしい。
そのため常に周りの人間と距離を取ってしまい、時に相手の反応に怯えるような素振りを見せることもあった。
同室であった俺やスモーカーにさえその調子だ。そうとう酷い目に遭ってきたのだろう。
ロイが好きで人と距離を取っているわけではないことは、しばらく寝食を共にしていてわかった。寮の部屋で俺に話しかけようか迷っている素振りを見せたり、雑談している奴らの輪に入りたそうにしていたりすることが時折あったのだ。
だから本人に歩み寄る意思があるならば、と空いた距離を縮めようとした。自己満足かもしれないが、一人寂しそうにしているのをどうにかしてやりたかった。そうする度にやはり怖いと思われたのか逃げられていたが。
そういえば俺がロイを虐めているのではと勘違いしたヒナが、俺とスモーカーに怒鳴り込んできたのも確かこの時だ。能力者同士であり二人でいることが多かった彼女もロイを気にかけていたので、もしそうならばと我慢ならず行動したらしい。
逃げていたロイの方も、俺たちの行動に何か感じるものがあったようだ。
半年ほど過ぎた頃から、徐々に自分からこちらへ歩み寄ろうとし始めた。
同じ頃に航海実習の時に倒れた彼を助けたことが転機だったのかもしれない。初めてロイの方から出た言葉は、そのことに関する礼だった。
それからゆっくりと、恐る恐るといったふうにロイは俺たちと会話を交わすようになり、こうして休日に遊びに出るくらいに親しくなった。
最近では他の同期たちともこれもまたゆっくりと溶け込んでいっている。以前のように寂しそうな顔をすることもなくなった。
良い傾向だと思う。これから同じ旗の下で正義のために戦うんだ。同期として、戦友として仲良くありたいものだ。
「そういえば、それは何なのかしら?」
「これか?」
「ええ、珍しくロイ君が武具用品店なんて行くんだもの。何を取り寄せたのかしら」
ケーキを突いていたヒナが、思い出したかのようにロイの足元にある紙袋を指して言った。
ロイが持ち上げてみせると、興味津々といった体で彼女は頷く。
薄茶の袋には、さきほどロイの希望で寄った武具用品店のロゴが描かれている。確かご注文の品、とか店員が言ってロイに渡していた木箱が入っているはずだ。
士官学校生でも、学校の貸し出し品ではなくて自前の武器を用意する者は多い。特に刀や銃器関係をメインに扱う者、または珍しい武器を使う者ほどその傾向にあり、ちょくちょく武具用品店に通っているものだ。
だがロイはそうした武器を使ってはいなかったと思う。訓練だって、剣術や槍術、銃火器の訓練ではなく、六式とナイフを用いた接近戦用格闘術の訓練に重点を置いているようだった。
専用のギミックでも仕込んだナイフでも買ったのだろうか?
「開けてみるか」
「良いの?」
ちょっと考えた後、ロイは袋から木箱を取り出してヒナに渡した。
受け取ったヒナは、そっと箱の蓋を外す。
カコ、と木が擦れ合う小さな音を立てて開いた蓋の下には、白い手袋が一揃い納まっていた。
武具用品店で手袋? どういうことだろうか。ヒナもスモーカーも、俺と同じように妙な顔をしている。
触ってもいいと言うので、手に取って検分してみた。手触りは滑らかで織りのきめは非常に細かい。シルクかと思ったが、それにしては生地に厚みがある。
しかしそれだけだった。表も裏も良く見てみたが、これと言った細工は見当たらない。
仕立ての良い白手袋。そうとしか言いようがない。これが武器とは到底思えなかった。
「ロイ、これは?」
コーヒーを開けたロイと目が合う。
切れ長の目が愉快そうに細められ、薄い唇の端だけがキュ、と上がった。
今まで見せたことがない不敵な笑みを浮かべて、ロイは俺の疑問に答えた。
「発火布の手袋……私の専用武器だよ」