焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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焔の錬金術、発射します。


第4話 悪魔の実の能力

 窓から差し込む爽やかな朝日が差し込む教室には、今俺と能力修練の担当教官だけしかいない。

 

「よく発火布なんて手に入ったねェ~高かったでしょ」

「ええ、本当に能力者への助成金がなかったら私には買えない額でしたよ」

 

 先日届いたばかりの発火布の手袋を摘み上げていろんな角度から眺める教官の中将を前に苦笑を零す。

 発火布の手袋は、本当に高かった。この世界に発火布が存在すると知り、ロイならやっぱりこれだよなと気軽に入手を試みて本当に驚かされた。

 どうも発火布は海楼石並みに希少な繊維らしく、布の状態でも目を見張るような価格で取引されていたんだ。

 その辺をまったく知らなかったもんだから、見積書が来た時に提示された金額のゼロが予想より二桁も多くて十回以上読み返してしまった。

 結局学生課に泣き付いて助成金をもぎ取った上に、十年ローン組んでまでして買った。

 ニコニコとした笑顔にサングラスを掛けた文字通りに上げるほどの長身の中将は、やっぱりねェ~と納得したように溜息を吐いた。

 

「わっしにも事前に相談してくれたら、都合付けてあげたのにィ~……」

「いえ、そこまでしていただくのは気が引けますよ」

 

 時々ビックリするような発言を投下してくる人だ。

 都合付けるってなんだよ。武器開発局とかに口を利いて、裏ルートから調達させてあげたのにってことか。

 それって学生に対して過剰な援助っていうか、他人にバレたら問題にならないのかすごく不安になるよ!

 

「良いんだよォ~? 遠慮なんかしなくてもさァ」

「お気持ちだけでうれしいです、ボルサリーノ中将」

 

 あんたに借りとか作りたくないんです、ってのも本音なんです。

 

 

 

 

 ……もう皆わかったかな。

 俺の担当教官、黄猿なんだ。あ、今はまだ中将だからボルサリーノ中将だけれども。

 

 悪魔の実の能力者の士官候補生には、基本的に能力制御のための特別修練が課され、担当教官として能力者の海兵が個別に当てられている。一対一で無意識に能力を出してしまわないようにする制御のやり方とか、どういう風に持っている能力を使っていくかについて相談に乗ってもらったりとかする。

 その制度によって俺はボルサリーノ中将に師事することになったというわけだ。

 

 初対面の時、内心でなんでだと絶叫しまくってしまった。

 だって黄猿だよ? なんというか、得体が知れなくて恐ろしい人だと思うのは俺だけだろうか。

 

 黄猿大将ボルサリーノ。

 

 シャボンディ諸島でドレークたち億超え海賊四人と麦わら一味相手に無双して、戦争編でも海賊たちを青雉と赤犬と見劣りしないくらいにボコッてたから強いことこの上ない。実力のある人だってことは確かだ。

 けれども、のらりくらりしていて意図が読みにくく、しっかりと自分の正義を掲げる青雉と赤犬に比べて、その正義がよくわからない。とりあえず軍の命令に忠実だってことはわかるが、そこから先、自分の裁量での正義が不透明な気がする。なんなんだ、「どっちつかずの正義」って。

 彼のことは俺の読んでいた辺りまでではわからなくて、それ以降に詳しいことがはっきりする事柄なのかもしれない。

 でもそのはっきりする辺りを知らない俺にとっては、底なし沼みたいに恐ろしい人に見えている。関わったらどうなるのかが読めなさすぎて怖い。

 赤犬が来て今すぐ徹底的な正義に精神を追い詰められるよりは良かったかもしれないが。

 

 とりあえず今の時点では、能力制御なんかの手解きを受けつつ、中将がどういう人なのか探ることにしている。少しでも情報が得られれば、距離を取るかどうかも考えられるんだが。

 畜生、なんで青雉が来なかったんだ。ある程度過去話とか考えていることとか明らかになっている彼なら、こんなに頭使って対応しなくてもよかったのに。

 世の中ってうまくいかないのな。

 

「ま~必要なものも揃ったようだし、今日は試し撃ちしてみようかァ?」

「はい!」

 

 俺に手袋を返しながら、中将が外を指さす。窓の外には、だだっ広いグラウンド、この士官学校の訓練場が広がっている。

 発火布の手袋が手に入り次第、考えていた技の一つを試すと予定していたのだ。

 そう、焔の錬金術の再現技を。

 

 

 

 さて、ここで一つ俺の能力について少しその詳細を語ってみようと思う。

 俺が食った悪魔の実、エアエアの実。

 超人系に属する実で、その力は大ざっぱに言って空気中の物質を意のままに操ることができる。

 ただし、何でもかんでも、どんなふうにでも、ではない。

 訓練していく中でわかったことだけれども、俺の能力には制約がいくつか存在したんだ。

 

 まず、能力で干渉できる物質に関する制約。

 俺は地表面上の大気を構成する成分の物質しか操れない。

 どうも空気=大気という定義らしい。酸素や水素は問題なく弄れたのだけれど、煙草の煙の成分や撒かれた毒ガスの成分には全く干渉できなかった。

 よって俺が使える物は、大気の基本成分である窒素、酸素、二酸化炭素、アルゴン、水素、一酸化炭素、ネオン、ヘリウム、メタン、クリプトン、オゾン、アンモニア、水蒸気、一酸化二窒素の十四種のみ。

 そして実戦でこうした気体を使用するなら、ある程度の攻撃力が望めて、かつ敵に気づかれにくい無色無臭の物の方が望ましい。

 となると実質使えるのは、酸素、水素、水蒸気、二酸化炭素、一酸化炭素くらいになってくる。案外少ないものだ。

 

 次に操作方法にも制約がある。

 まず俺にできる物質の操作とは、具体的に言うと指定した場所とその範囲の内での指定した物質の濃度調整と分解・合成である。

 本当にそれ以外の操作はできない。できるのは、場所と範囲と物質を指定してその中で変化を起こすことだけだ。

 合成・分解も操れる物質の制約との絡みか、大気に存在しない物ができてしまう操作はできない。たとえば水蒸気(H2О)を分解して水素と酸素は作れるが、二酸化炭素(CО2)を分解して酸素と炭素は作れないって具合だ。

 もう一つは、同時に操れる物質は二つまでというもの。これについての理由は仕様ですとしか言いようがない。

 なぜかはわからないが、三つ以上の物質を操ろうとすると二つめの操作は無効化されてしまう。

 修練を続ければその制限も上限が上がるかもしれないが、それも可能かよくわからない。

 

 うん、お前の能力って最強すぎるから、ある程度縛り付けとくよって感じだろうか。

 そんなに完全なチートが嫌いなのか、ここの神様は。

 

 でも、これだけ縛りがあっても恐ろしいほどの殺傷力を秘めた能力であることは確かだ。

 例えば、酸素や二酸化炭素、一酸化炭素を使った制圧や殲滅。

 酸素、二酸化炭素、一酸化炭素は、正常な空気の中では人体に害はない物質だ。だが、その濃度が変わるだけで猛毒に変化する。俺の能力を使えばこれらの濃度を意図的に弄り、低酸素症や酸素中毒、二酸化炭素中毒、一酸化炭素中毒といった中毒症状を対象に引き起こさせ昏倒させることができるんだ。

 しかもやろうと思えば濃度調整の匙加減一つで人を殺せてしまう。こうした中毒は、呼吸器や脳など生命活動に深い関わりを持つ器官へ大ダメージを与えるからだ。

 特に一酸化炭素中毒なんかは手遅れになるまで自覚症状がほとんどでないっていう凶悪な仕様。

 聞いたことはないかな。毎年冬になるとストーブの不完全燃焼とかで発生した一酸化炭素による死亡事故とか結構起きているんだよ。周囲に一酸化炭素が増えていることに気づかないまま吸い続けて、そのまま意識を刈り取られて逃げられず死んでしまうんだってさ。

 これを応用すれば、こっそり敵の周りの一酸化炭素の濃度を上げていき、静かに戦闘も起こさず殲滅してしまうなんて芸当も可能だろうな。

 この使い方は、結構暗殺に向いているかもしれない。

 

 じっくりゆっくりした攻撃ではなく、対象にすぐ大きなダメージを与えたいならば、それこそ今日試そうとしている焔の錬金術だ。

 焔の錬金術の仕組みは、対象物との間の酸素濃度を調節し、宙を舞う可燃性の塵(塵が殆どない場所では水蒸気から引っぺがした水素)を導火線に発火布で出した火花を伝わせて爆発炎上させるというもの。

 俺の能力なら、錬成陣がなくとも点火源さえ確保すれば再現可能だ。

 対象物の周辺の空気に大量の水素を混ぜ込んで爆発力を上げるなんてこともできる。

 さらにその辺の酸素と水素が材料だから弾切れはなく連射が可能。得られる攻撃力は十分すぎるほどだろう。

 白兵戦に有効なのはもちろんだが、戦場に出たらもの凄い戦略兵器になれてしまうぞ、これ。前線に俺が一人投入されるだけで、大砲や火炎放射器十数門分くらいの大火力が唐突に出現するんだ。敵に及ぼす被害もさることながら、戦意をかなり挫けるだろうし、戦局をひっくり返せる可能性すら出てくる。

 本当に最強にして最凶の錬金術だって言われるだけはある。

 まあ、雨の日は導火線が湿気っていてうまく確保できず発動がほぼ不能になるが、それは置いておいて。

 

 やっぱりこの焔の錬金術が俺の主力武器になるだろう。

 俺がロイだから、という先入観もあることにはある。だが、それだけではなくて戦闘に非常に有効だと思える決め手があるんだ。

 それは、大きな攻撃力、派手な効果、発動の容易さ。どれをとってもわかりやすくていい。わかりやすいということは、他者へのアピールになる。

 俺が焔の錬金術を駆使して戦っていたとする。対峙している敵は、よっぽどのことがない限り俺が炎使いか何かだと勘違いするだろう。そして、焔の錬金術での攻撃に意識を向けて対策を練ってくれればしめたもの、能力を使って他の物質を操って敵を落とすことができる。

 つまり卑怯かもしれないが、隠し玉として酸素・二酸化炭素・一酸化炭素での絞め落としを使うんだ。派手な焔の錬金術ならば隠れ蓑に最適だ。

 そういう方向で中将との話も進んでいる。

 こうしたいんですがどうでしょうって相談した時に、君えげつないねって言われたけど気にしない。

 

 

 

 さあ、そうこうしている間に訓練場に到着。

 せっかくだし、はじめては気持ちよくドカンと一発かましてみようか!

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 訓練場のあたりがなんだか騒がしい。

 わらわらとどっから集まったのか知らねェが、結構な人だかりができているのが目に入る。

 何があったってんだ、気になりつつも脇を通り過ぎようとした時、ふいに人だかりの中から聞こえてきた単語に足が止まる。

 

「ロイ……」

「……あの二年生の…」

「…能力使うって……」

「……危ないらしいぞ」

 

 ロイが能力を使う?

 それで危ないらしい?

 確かにあいつの能力は扱いが難しく、一歩間違うと味方や自分にまで被害を及ぼす難儀なもんだが。

 使う、ということは何かしらの技を発動させるってことだろうか。効果の出る範囲のでかい技でも使うから、下手によると巻き添えを食うってことか?

 あの変に人を心配させやがるチビのことと聞いてしまったら、妙に気になってしまった。

 仕方なしに様子を見に人だかりの側に寄ると、見慣れたオレンジ頭とピンク頭が揃っているのを先に見つけてしまった。

 

「おい、お前ら何してんだ」

「あ、スモーカーか」

「貴方も野次馬に来たの?」

 

 無理矢理人混みを掻き分けてドレークとヒナの下に近づく。野次馬という言葉が少々気に障るが、まあ今の状態を言い表すには的確な表現なので黙っておくことにする。

 二人は人だかりの前付近にいた。

 

「ロイ君が能力を使った技を試すんですって」

 

 ヒナの指差す先に目を向ける。

 訓練場の縁のあたりに、ロイとやけにひょろっとしていて馬鹿でかい将校、多分ロイの修練の担当教官だろう、が立っているのが見えた。

 今は何か話し合っているようだ。

 

「どんな技を試すんだろうな? 訓練場にいる生徒は全員追い出されてしまったんだ」

「見るなら距離を取って見るようにまで言われたのよ」

「……なんだそりゃ」

「すごく危ないんだと。巻き込まれたら死ぬかもしれないらしい」

 

 興味津々といった体で訓練場の中を覗き込んでいるドレークの言葉に眉を顰める。

 危ねェの程度がおかしくねェか。なんだよ、巻き込まれたら死ぬかもしれねェって。

 ロイの方を見るが、別段普段と変わらねェように思う。

 いったい何が危ねェってんだろうか。

 話し終わったのか、教官の将校がロイの側から離れて後ろに下がった。どうやら始まるらしい。

 教官が十分に離れたのを確認したのか、ロイが前に向き直る。

 そうして腕を前方へと突出すようにした。遠目にだが、出された手が白い物で包まれているように見えた。

 あれは、こないだの休みにあいつが買ってた手袋か? なんとかって特殊な布で作ったとか言ってた……。

 

 ロイの手の先をよく見ようと目を凝らそうとした瞬間、近くで大砲をぶっ放したより酷い、鼓膜を蹂躙するような爆音が響き渡った。

 同時に視界に強烈な光が叩きつけられ、思わず光から逃れようとして目を瞑る。

 悲鳴やらなんやら周りから漏れる声が聞こえた気がしたが、耳が痛くてそれが本当に聞こえたものか分からなかった。

 冬場に似合わない焼けるような爆風が止んだ後、ようやく目を開ける。

 土煙が濛々と立ち上り、土くれと焼け焦げた嫌な臭いが漂っている。すこぶる悪い視界が広がる中、何が起きたのか確認しようと必死で見まわす。

 

 ロイの奴はどうした。

 何が起きたんだ。

 何をあいつは起こしたんだ!

 

 ようやく薄れ始めた土煙の先に、ロイの姿を認める。

 ペタリと後ろの方に尻餅をついた形で座り込み、遠目にも蒼いとわかる顔でさっきと同じ方向を凝視していた。

 後ろにいた教官の方に目をやると、こちらも同じ方に顔を向けていた。

 

「あ……」

 

 少し耳鳴りが治まってきた耳に、息を飲むドレークの声が聞こえた。

 ドレークもロイの視線の先を見ている。何があるのだろうか。その視線を辿っていく。

 そして、言葉を失ってしまう。

 

「なんだ…これ」

 

 

 

 数秒前まで広がっていた訓練場の風景が、大きく変わっていた。

 どこまでも均等に均されていたグラウンドのど真ん中に、突如巨大なクレーターが出現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ロイは力加減を間違えたもよう。

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