クザン中将、ご存知ですか、と何人もの部下が報告してきた。
海軍本部内で、妙な噂が流れているって。
曰わく、今朝マリンフォードを騒然とさせた爆音は士官学校の訓練場で起きた大爆発のものだ。
曰わく、グラウンドを抉り巨大なクレーターを刻んだそれを起こしたのは一人の士官候補生のようだ。
曰わく、その士官候補生はボルサリーノ中将が面倒を見ている悪魔の実の能力者らしい。
……全部本当なら、めちゃくちゃ大事じゃないの。
そういえば、ボルサリーノ、昼ごろにコング元帥に呼ばれてたな。
士官学校の校長と教官数名が珍しく本部にいるのも見たし。
噂はガセじゃないってことか?
あいつの担当してた学生ね……西の海から来たあの子のことだろうな。
ロイ君、だっけ。
去年の夏くらいにチラッと見かけたことがある。ボルサリーノの後ろに縮こまって隠れてた小さな男の子だ。
あの子の能力ってそんなに凶悪な攻撃力を持ってたのかな?
ボルサリーノの奴、捕縛と制圧が主体になるんじゃないかって言ってたんだけれど、使い方次第で化けちまったってこと、か。
……気にかかるね。
海賊王が処刑されてこの方、海賊は増加の一途を辿っている。
力のある奴ない奴、有象無象が一斉に海賊王の最期の言葉と時代の熱に浮かされて、力任せに欲望のままに海を荒らしているんだ。取り締まりを強化しているんだけれども、こちらを叩けばあちらで暴れ、あちらを抑えればそちらが蹂躙され、とイタチごっこの様相を呈してやがる。
人手不足は慢性化しつつあり、借りれるもんなら猫の手でも借りてぇのは否定できない海軍の実情だ。
最近は革命軍だとかいう連中まで現れ、不穏な動きを見せているしな。こっちに対応する戦力も欲しがられてきている。
こうした状況下で、圧倒的で広範囲に及ぶ攻撃力、敵をいとも簡単に無力化できる力を持つ者が現れたら?
ましてやそれが海上でも、陸上でも、集団戦でも、白兵戦でも、あらゆる場所や対象に有効な能力であるならば?
断言できる。
こんな状況にこんな能力者、今すぐにでも欲しいと思うやつは、この海軍には山ほどいると。
特にあいつや、あいつに近い連中は必ずロイ君に目を付ける。
そして主張するだろう。即実戦に投入すべし……絶対正義の実現のために、ってな。
主張を通した後は、無理矢理士官学校を繰り上げ卒業させて、准尉任官。そのまま前線や激戦区に連れて行って、ひたすら悪を焼き尽くさせるってとこだろう。
ただひたすら、ロイ君は悪を滅ぼすためだけに力を揮わせる。そのためだけの人間兵器となることを強いられる状況に置かれ続ける。
そんな中で、彼はいつまで自分を保てるかな?
殺せと言われれば、どんな相手でも、どんな場所でも殺さなければならない。自分の意思など無視されて、正義の名のもとに命をひたすら刈り取るばかりの毎日で、十六の少年は心を死なせてしまうんじゃないだろうか。
うん、ゾッとしねえ未来だな。
海賊を始めとする悪を打ち倒すために力を揮うって点は否定しないが、だからと言って1人の少年を兵器として扱うってのがいただけねぇ。
確かに黙って軍の望む通りに敵を薙ぎ払う海兵はさぞ使い勝手がいいだろう。
そんな海兵を手に入れるために、士官候補生を1人精神的に殺しちまうことがはたして正しいことなのだろうか。
それは味方を殺すような真似じゃあ、ないのか。
まだ、そうと決まったわけではない。
けれども、そうなる可能性は高いだろう。
良いか悪いかは別として、気分が良くない結果になるとわかっているから、できれば止めたいと思う。
俺が口を挟んで少しでも回避する可能性があるのならば、とボルサリーノの執務室まで来たんだよ。
直接ロイ君を指導してるあいつを説得して味方に付け、反対すればどうにかなるはずだ。
ま、あののらりくらりとした男を説得できる自信はあんまりないんだけれどね……。
「ボルサリーノ、いる?」
勝手知ったる同期の部屋だ。ノックをして、声を掛けつつドアノブを押す。
開いたドアの向こうには、部屋の主と、いてほしくなかったフード野郎がソファに向かい合って座っていた。
こちらを向いたサカズキと一瞬目が合ってしまう。
思わず、眉間に皺が寄ってしまう。サカズキの方は、不機嫌そうに目を逸らした。
やっぱりこいつ、来てやがったのか。俺は出遅れちまったのか。
「あれェ~クザンじゃないのォ。もしかして用件は君もロイ君のこと~?」
「……君もって、そこのサカズキの用件もそうだったわけ?」
「うん、そうだよォ。ちょ~ッと待っててねェ」
もう話は終わるから座ってなよ、と変わらぬゆったりと間延びした口調で勧めるボルサリーノに従い、不本意ながら彼の向かい、サカズキの横のソファに腰掛ける。
話が終わる、やっぱり出遅れちまったのな、畜生。
やり場のない気持ちが、舌打ちという形で小さく出てしまう。
フードの奥から、少し苛立った視線が放たれたが、気になどしてやるもんか。
「サカズキ、そういうわけだからァ~了見してくれないかい?」
「……」
話の続きをボルサリーノが始める。
不満なのかなんなのか、サカズキは黙りこくったまんまだ。
どういうこと? サカズキの不満に思うことでも起きたのかね?
いつまでたっても続く言葉を出さない2人。室内の空気が、重苦しく強張っているのに今頃気づかされる。
手元に用意されていた湯呑に、ボルサリーノが口を付けた。ゆっくりと中身を飲み干して机に静かに戻した時、その表情を見てぎょっとする。
いつもの貼り付けたような笑顔が、なかった。
「……ロイ君の繰り上げ卒業は、わっしが認めない。元帥から同意するって旨の言質も取ってあるから諦めなァ」
「……そうけ、わかったわ」
「じゃあ話すことはもうないねェ~」
「そうだな、邪魔したのう」
サカズキが隣から立って出ていくまで、俺は動けなかった。
とりあえずロイ君の繰り上げ卒業は回避されたのはわかったけれども、俺が来る前にそれがなされちまったってのが驚きだった。
これってボルサリーノが、ロイ君を自主的に庇ったってことになるのか?
一介の士官候補生にここまでこいつがやるなんて、今まであったっけな。多分、なかったと思うんだが。
「どういうこと?」
「ん~何が?」
「お前にしちゃ珍しいことしたなあと思ってね」
「そうかな? ま~、ロイ君は良い子だしねェ。わっしも、気に入ってるからさァ」
俺の茶を手ずから注いでくれている同期は、肩ごしにそんなことを言う。
気に入ってるか、ますます珍しいね。
「良い子なんだ?」
「そうだよォ、聡くて臆病で、真っ直ぐな子なんだァ。一生懸命修練にも励んでくれるしねェ」
「へぇ、本当に気に入ってるのね」
「もちろんさァ~彼の臆病なところが特にねェ」
「臆病なのって、そりゃまたどうしてさ」
「自分の力にまで怯えるから、きっと驕ることはない。強すぎる自分に箍を掛けて適切な行動を心掛けてくれるし、周囲への注意を行き届かせることができるからさァ」
「指揮官向きってこと?」
「そうそう、繰り上げ卒業に反対したのもねェ~ちゃぁんと士官のなんたるかを学ばせた方が良いと思ったからねェ」
ただの人間兵器にするには惜しい子だよ、と言いつつ差し出された湯呑を受け取る。
一口だけ口を付けて向かい合うボルサリーノを見れば、さっきと違って笑ってやがった。
作ってない笑顔だな、そんな珍しいことしちゃうくらいロイ君のこと可愛がってるってわけね。
「……何でそこまで肩入れしてあげるわけ?」
「気になるかぁ~い?」
自分用に新しい茶を淹れ始めた彼に、一番気になる疑問をぶつけてみる。
やっぱり、これはロイ君を気に入っているってだけでは説明しきれていないと思う。
気に入ったと言うのは本当かもしれないが、それ以外の計算や意図もあるのではないか、そう勘ぐってしまう。
気になる、と頷いてみせると、ボルサリーノはにっこり笑って答えた。
「内緒だよォ」
□□□□□□□
「日が暮れる……」
鮮やかすぎるほどの夕陽が放つ金朱と夜が連れてきた濃藍が入り混じる美しい空を見上げる。
冬って日暮れが早いな。
さっき十六時を告げる鐘が鳴ったところなのに、もう太陽が水平線の向こうにさよならしてらー。
午前中に焔の錬金術もどきを試した。
広い訓練場で、周りから人を遠ざけて、グラウンドの中心に目印の石を置いて、きっちり被害が他人に及ばないよう注意してだ。
結果は大成功。
狙った場所に酸素と水素を望む通りに展開できたし、発火布の火花もちゃんとそこまで行き着いて爆発してくれた。
でも、力加減っていうか、思いっきりやってみたら、どうも酸素と水素を多めに撒いちゃったようだ。
うん……大成功させ過ぎた。失敗じゃない。思っていたより、うまく大爆発が起こってくれちゃっただけだ。
グラウンドのど真ん中から直径三〇〇メートル程度、抉り取ってクレーター作っちゃっただけなんだ。
本当にそれだけなんだよって、言い訳になってないですか……?
『壊したものは自分で直さねェとなァ~、頑張んなさいよォ』
試し撃ちの後でボルサリーノ中将に野次馬してた生徒たちと一緒に訓練場の整地を命じられた。すっごくいい笑顔で俺の頭撫でながら、子供に言い聞かせるみたいに。
しかも何か言う前にピカッと光になってどっか行っちゃったんだ。
おかげで俺一人で校舎から慌てて出てきた教官たちに事の次第を説明したり、整地を一緒にしろって命じられたいつもの三人を含む野次馬どもに謝り倒したりしなきゃならなかった。
あの人俺の担当教官なんだから、学校の教官たちへの説明くらいは付き合ってくれてもいいんじゃないか?
「オイ、なに黄昏てやがる。とっとと手ぇ動かせ!」
思いっきりイラついていることが丸わかりな怒声が、隣でトンボ掛けしているスモーカーから飛んでくる。
こいつに怒鳴られるの今日何回目だろ? 十回から先数えてない。
きっと終わった後にも寮で試し撃ちの詳細をドレークと一緒に根掘り葉掘り聴取されるな。それからそのまま説教されるんだろう、危ないことするなら十分気を付けてやれとか、人に迷惑をかけるんじゃないとか。
あいつらが俺の友人兼保護者やってるって自他ともに認識される節があるんだよ。一応俺、あいつらより精神年齢だけは十歳以上も年上なんで、お兄ちゃん二人と弟みたいな扱いが少々不満だ。
「ああもう! 何でこうなったァァー!!」
「ロイィィっ! 聞いてンのかコラァッ!!」
ちょっとした怒りと悲しみを込めて叫んだ俺の後頭部にスモーカーの拳骨が決まったのは、約二秒後だった。
たんこぶできたよ。超痛い。
知らないところでロイは赤犬にロックオンされた模様です。
三大将の関係、海軍の内情、いろいろ捏造してます。
人間2人集まると派閥ができるってことです。
赤犬好きな方ごめんなさい。