焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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今回はロイ、現実を知るの巻前編。


第6話 南の海にて前編

 こっちにやってきてから、もう二年近い。

 俺ことロイは無事に二度目の進級試験に合格し、ようやく2回目の夏季休暇を迎えることに成功できた。バンザイ!

 

今回の試験も正直しんどかった。座学や訓練や演習は年を追うごとに厳しくなるもんだから、付いていくのが大変で大変で。

 元々の俺は文系でロイはどうも理系が得意だったから、どうにかこうにか座学は両方の知識と頭脳を総動員し、中の上と中の中でフラフラしながら無難にクリア。

 ただ、問題は実技だ。艦上作業や銃器の扱いはともかく、白兵戦の訓練は死にそうだった。

 学年一小柄な俺vs.理想的な軍人体型のドレークとかいう対戦はザラなんだぞ?

 最初は本気で勝てる気がしませんでした。だって、見上げるほどのマッチョがものすごいスピードで攻撃してくるんだ。もう避けるので精一杯。二分も掛からずホーイと投げ飛ばされて地面に這わされるとか、毎日の話だった。

 

 これには能力者といえども、あまりにもダメすぎると危機感を抱かされた。

 それで六式とナイフによる接近戦格闘術の訓練を付けてもらうことにしたんだ。最低でも接近された時に自分の身は自分で守れる程度の力は付けておくのを目指してね。

 必死で取り組んだ結果、六式は剃、月歩、紙絵を無事に習得できた。

 何で攻撃技を習得しなかったって? それは、俺には焔の錬金術や空気中毒技があるからだ。指銃や嵐脚より攻撃力も発動スピードも上の攻撃できるんだしそっちに比重を置いている。そもそも俺の真価は能力を使った攻撃なんだ。

 鉄塊は訓練を始めて早々に習得を諦めた。直接攻撃を受け止めるって、めちゃくちゃ怖かった。怖い思いするくらいなら当たらないようにした方が断然マシだと思って、剃とかの方に重点を置いたというわけだ。

 ナイフはほぼ急所を狙う一撃必殺系の技を磨いている。刺して相手を動けなくし、追ってこないようにして逃げるためだ。合理的だろう?

 

 逃げてばっかりと言わないでほしい。

 ちゃんと敵に攻撃をして、近づかれたら尻尾巻いて逃げてまた遠距離から攻撃するんだ。如何なる状況でも戦略的撤退を成功させるための技術を磨いてるってだけなんだ。

 ようやく最近では、こうした訓練が功を奏して何とか白兵戦の模擬戦も無難にこなせるようになった。学年の半分くらいには素手で勝てるようになり、試験にも無事合格できる程度にはモノになってきてる感じだ。

 ま、同室のお二人さんにはいまだに勝ててないが。ドレーク相手に引き分けに持ち込んだのがせいぜいで、いまだスモーカーには五分以内に沈められている。あの煙野郎、強すぎだ。

 

 ……別に悔しくなんかない。俺が能力を使えば、まだ能力者じゃないあいつら相手になら有利に戦えるからさ!

 

 

 

 

 

 さて、近況はここまで。

 現在の状況について話していこう。

 今俺は、ボルサリーノ中将と一緒に軍艦に載って南の海を航海中だ。

 夏季休暇初日に寮でゴロゴロしていたら、急に中将が部屋に来たんだ。

それでさ、「ちょっと職場体験しないかい?」ってニッコニコ笑いながら言い出すんだ。

 あんまりにもあんまりに唐突な登場とお誘いに唖然としてしまった。

え、職場体験? 職場体験って何それ、そんな中学校の社会科の行事みたいなもんあったっけ??

 驚きすぎてはいとも何とも言えないまま、ハッと気が付けば部屋から担ぎ出されていた。

 うん、文字通り担ぎ出されていた。俵担ぎにされて士官学校から運び出されたよ。一緒に部屋で寛いでいたドレークとスモーカーにも、廊下や訓練場にいた教官や生徒たちにもドナドナされる子牛を見るような目で凝視されながら。

 そのまま港に直行して艦に放り込まれて、ようやく少し落ち着いて甲板に出たらマリンフォードから結構離れていた。

 それだけでも予想外の出来事なのに、帰港できるのは二週間後だとか。

 ちょっと待って。この夏は遠く西の海の叔母さんに会いに行こうかと計画していた。士官学校の夏季休暇は大体一ヶ月で、故郷の島まで大体片道一週間で、往復なら二週間。完全に帰省は無理じゃないか。

 ロイが出ていって一人で暮らしている彼女に顔を見せてあげるのも大事な孝行だってのに!

 

「そいつァ残念だったねェ~また次の休暇で帰るといいよォ」

「はい」

「便箋あげるから、叔母さんには手紙書いてあげなァ~。何にもしないより喜ぶんじゃねェかァ?」

「お心遣い、ありがとうございます」

 

 海軍オリジナルの青い便箋を渡してくれる中将に向けた俺の笑顔が僅かに引き攣っていたのは、この際仕方のないことだと思う。

 このオッサン、出会ってからこの方、俺を振り回し過ぎだろう。そういうのって、ガープ中将とか青雉辺りの役割じゃないのか。

 でも、悪い人ではない。

 学生の俺に対して、振り回す代わりに懇切丁寧に指導してこまめに相談にも乗ってくれる。フリーダムに見えて案外面倒見がいいんだ。加えて仕事をきちんとこなすってことも今回艦上の業務を側で見学していて良くわかった。その姿勢はワンマンでもなく、丸投げして責任だけ取る方式でもない。部下の人たちともちゃんと言葉を交わしながらことを進めている。自分がやるべきことはやり、任せるべきところは任せ、ちゃんと監督して部下の手に余れば手を差し出す。艦内の気が張りつめ過ぎた時は、適度にとぼけたところを見せたりしてガス抜きしている。

 あれ、ボルサリーノ中将って、理想の上司じゃないか。強くて面倒見が良くて、ユーモアもありちゃんと仕事もしてくれるって、一緒に仕事がやりやすい良い上司だろう。

 学校の中ではなかなか知ることのできない中将の姿を見て、その人物評価を上方修正しておいた。ちょっとだけだけど。いまだに読めない行動や思考が少し不気味だし、ふいに振り回してくるところが困りものだから信用しきれない。どうしたものだろうか。

 

 

「ボルサリーノ中将、失礼いたします」

 

 航海中の俺の学習日程について中将と話し合っていたところに艦長である大佐が入室してきたのは、出航2日目、カームベルトを越えてしばらくした午後だった。

 正義の文字が入った白コートをスーツの上に羽織って『MARINE』のキャップを被る、如何にもONE PIECEの海軍将校といった雰囲気を持つ大佐が、中将にピシリとした敬礼を向ける。

 

「報告します。先ほど見張りの者が、不審な船影を発見いたしました。海賊旗は上がっていませんが、船の形状などから海賊であると予想されます」

 

 海賊船発見!

 海賊船と遭遇するなんて初めてのことかもしれない。ビリッと緊張が背筋を駆け上って、心臓が少しだけ早くなる。

 海兵になったらそうそう珍しい事態でもないんだろう。大佐も中将も落ち着いている。馴れないでビクついているのは俺だけだ。

 どうなるんだろうかと中将の方を見る。目があったら、ニコッと小さく笑いかけられた。

 

「おー…ちょうどいいねェ。とりあえず職務質問のための停船命令出しといてくれないかい?」

「ハッ、直ちに」

「わっしもロイ君連れて甲板に上がるからよろしくねェ~」

 

 見学に組み込むつもりなのか。海兵の代表的職務を知る絶好の機会だもんな。見ないって選択肢はないか。

 停船命令から追撃、それから捕縛かその場で討伐って感じかな。どう艦内が動くか、どういう対処がなされるか、それを実地で知ることができるなんて滅多にない。艦上勤務と事務処理の科目ですごく役立つはずだ。俺って運が良いかもしれない。

 

 

 大佐が退室した後、中将の後ろにくっついて戦闘要員の海兵が揃った甲板に上る。

 揃いの白い海兵服に身を包んだ一般兵と正義コートをはためかせる将校たちが、一斉に中将へ敬礼をする中を足早に歩く。ちょっと張りつめた空気と俺に向けられた好奇の視線が肌を刺激しピリピリするような気がした。

 船縁の近くには大佐と中将の副官の大尉がいた。

 

「不審船はどこだい?」

「1時の方角、約五〇〇メートル先であります」

 

 中将と大佐の会話を聞きつつ、大尉が貸してくれた双眼鏡を覗き込む。

 えっと、一時の方角……あ、見つけた。一見民間船くらいの大きさと船装している船がぽつんと浮かんでいた。報告通り海賊旗は上がっていない。だが自衛の武装にしては大砲が多く装備されているように見える。うん、怪しい船だ。たぶん海賊船なんだろう。

 そうそう、こっちに来て知ったんだが、海賊はいつでも海賊旗を掲げているものではないそうだ。

 原作のルフィみたいに常日頃堂々とあげている奴はもの凄く少ない。普段は隠して海軍の目を逃れたり、狙う船や街に海賊と悟らせず近づいたりするために隠す奴の方が圧倒的多数だ。その代わりに名を売りたい時、誇りを掛けて戦う時は堂々と掲げる。普段は隠してここぞという時に掲げるのが海賊旗、ジョリーロジャーらしい。

 この船もそうなんだろう。って、なんかあの船、急に遠ざかろうとしてないか。

 

「報告します。不審船は停船命令を無視。逃走する体勢にあります」

 

 あ、やっぱり逃げるのな。海賊船確定だ。

 停船命令の手旗信号を送っていた通信兵の報告に、じゃあこれから追跡かと次の艦内の動きを予想しながら双眼鏡から目を離す。

 大尉にお礼を言って借りていたそれを返し、中将を見上げる。双眼鏡を覗き込んだまま指示を出していた。

 

「あ~仕方ないねェ~追跡するよォ。ここからじゃ砲撃も当たんねェもんなァ~」

「ハッ。総員配置に付け、不審船追跡を開始する!」

「「「Aye,Sir!」」」

 

 中将の意を受けた大佐の命令に、搭乗員全員がバタバタと各々の所定の位置に付く。一分も掛からないうちに、軍艦はその航行スピードを上げ始めた。

 さすが中将座乗艦ってところか。戦闘だけじゃなくて航海に関しても本当の精鋭揃いなんだろう。

 多分民間船を改造したであろう海賊船と海軍本部の精鋭軍艦じゃ勝負は見えているというものだ。

 幾らもしないうちに距離は詰まり、こっちの大砲の射程距離に十分入るところまで迫った。目をよくよく凝らせば、なんとか海賊船の上で動く人影が見えるほど近い。

 あっちの甲板の上では慌てたように武器を持った人間が走り回り、大砲がこっちに向けられつつある。逃げ切るのを諦めたみたいだ。返り討ちにするつもりなのか、勝てる気なんかなくてやけっぱちなのかはわからないけれども。

 さぁ、次は砲撃開始か。直接海兵が乗り込まなくても、砲撃だけで沈むと思う。あの程度の船なら、本部の大砲と砲手の手に掛かれば簡単に海の藻屑だろう。

 あ、今2度目の停船命令と武装解除命令を無視したな。しかも大砲撃ってきた。こっちに届いてないけれど。

 海賊の皆さん、御愁傷様。撃沈確定だ。

 

「おーい、ロイ君」

 

 間延びした、いつも通りのボルサリーノ中将の呼びかけに、我に返って海賊船から視線を外す。慌てて横を見れば、中将が俺の方を覗き込んでいた。

 

「ここらで一つ、能力使用の実地訓練やろうかァ?」

 

 ニコニコといつも通り笑って中将が言う。

 大きな手のそれ相応に長い指が、ひょいっと海賊船の方を指し示す。

 

 

「あの船をォ~沈めてくれねェかい」

 

 

 その口調はまるで、そこの書類取ってよ、と頼むみたいに軽かった。

 何の気負いもなくあまりにも自然な様に思わず、「Aye,Sir.」といつものように答えてしまいそうになる。

  

「あー…いつものあれでいいよォ、ここからなら十分届くよねェ~」

 

 いつものあれとは、焔の錬金術の再現技のことだ。

 冬に訓練場を吹き飛ばしたあれならば、あの程度の海賊船を沈めるだけの威力なら簡単に出せる。距離も問題ないだろう。十分届かせる自信がある。

 あれから制御の訓練に力を入れてきたから、それなりに威力も効果範囲も射程距離も思うように操れるようになったんだ。

 海賊船を沈めてしまうなんて、俺には造作もないことだ。

 能力上では、な。

 

「沈める、んですか?」

 

 喉から思ったように声が上がってこない。

 無理に出したら、無様に掠れて萎びた言葉しか出なかった。

 俺が沈める。

 俺があの人間が乗っている船を沈める?

 砲撃ではなく、俺自身が能力で手を下す?

 腹の奥に、重く気味の悪いものが落ちてきたような感覚を覚えた。

 事が俺の中で現実味を帯びた。そういうことなんだろうか。砲撃で撃沈かな、なんてさっきまで軽く思っていたのが嘘みたいだ。

 

「止める、ではな」

「止めるんじゃァなくてェ~海賊共ごと沈めて欲しいなァ」

 

 煩い胸の内のざわめきを抑えて俺が絞り出した言葉を遮るように、中将が言う。

 いつの間にか手にしていた書類を一枚、俺の方へ差し出す。

 これは、報告書?

 

「あの不審船、いや、海賊船についてこっちで目視確認したことと、近隣支部から提供された情報をまとめた物だよォ」

 

 少し読め、との言葉を受けて食い入るように文面を目で追う。

 あの船は海賊船で間違いなかった。乗っているのは、懸賞金八二〇万ベリーの賞金首『野狐』トレイシー率いる海賊団。

 船長のトレイシーが野狐と呼ばれる通り、狡猾で残忍な性質の海賊団としてこの辺りで忌み嫌われ怖れられている悪党らしい。

 今日も民間船のフリをして侵入した近隣の島で略奪行為を行い、島民を多数死傷。討伐に出た支部の部隊を返り討ちにして逃走した。その途中で俺たちの軍艦と行き合ってしまった、ってところみたいだ。

 

「あれに乗ってるのはァ、今まで散々民間人を蹂躙してきたクズ共。捕まえたとこで縛り首さァ~それならロイ君の練習台になってもらった方が有益じゃねェかァ?」

 

 確かにこれだけ悪行を積んでいるのなら、中将が言う通り海賊団丸ごと処刑台送りは確実だろう。ここで討伐してしまおうが、捕縛して地元の司法組織に引き渡そうが、海賊共の死期が僅かに変わる程度の違いしかない。

 だから海賊ごと船を沈めて死体だけ回収して支部に引き渡すでも構いはしない。その方法が軍艦による砲撃ではなく俺の攻撃でも、相手を確実に始末できるなら構わない。

 

「砲手に命令だよォ、只今よりロイ候補生が海賊船に一撃を入れるまで一切の砲撃を禁じる」

 

 中将の命令に一般兵がほんの僅かにどよめく。

 しかし士官や下士官たちは、変わらず各々の配置について平然としていた。もしかして、こうなることを事前に知ってたのか。

 

「さァ、始めようかァ」

「え……」

「やりたくねェのかい?」

「いえ、その」

 

 腹に落ちた気味の悪いものが、身体の中でぐるぐる暴れている。気持ちが悪くて堪らない。口を開けば何か出てきてしまいそうだ。

 そう感じるがゆえに、はからずとも口ごもってしまう。

 いつも通りの笑みを浮かべたままの中将が、自分でも蒼いだろうとわかる俺の顔を覗き込んでくる。

 

「砲手たちに砲撃させるのは良くてェ、自分が手ェ下すのは嫌なのかい?」

 

 心臓が止まるかと思った。

 血が冷たくなってそこに流れ込んでいく錯覚を覚える。

 

 まさに、わかりたくないけれど、俺の本音はそうだった。

 軍艦からの砲撃で海賊船を沈めると聞いても、その準備を見ても、あまり思うところがなかった。当たれば乗っている人間は死ぬか大怪我をする、人死にが出るものだ、とは理解していた。だがそれでも、映画のリアルな戦闘シーンを見ているような感覚しかなかった。

 撃ったところを見ても、海賊船が沈むのを見てもそのままだったろう。

 いくら近くで見聞きしても、俺が直接引き金を引いたわけではない。ゆえにどこか現実味を感じない、というか、当事者意識が湧かないままだろうから。

 

 だから、お前自身が引き金を引け。命じられて初めてそんな自分に気が付かされた。

 自分があの船を沈める。そう思って改めて海賊船を、そこに蠢く人間を見て愕然とした。

 俺は軽くあの船を沈めることができる。人を殺してしまえる。そのための方法だって考えてきたし、実践するための技術も磨いてきた。

 けれども、実際にあそこに乗っている人間を船ごと焼き殺すことは……できるだろうが、恐ろしくてやりたくないと、思った。

 自分の手で人を殺したくない。自分以外の誰かがやるなら、もしくは考えるだけならそれは別に構いはしない。でも自分の手を染めるは、怖いし厭わしいしやりたくない。

 そんな自分勝手な気持ちばかりが、胸を埋め尽くしている。

 

 

 ああ、腹に落ちたと思った気持ち悪いものの正体がわかった。

 俺の中にある殺人に対する忌避感とか醜い身勝手さとか、そういったもの。それと、そんなもの抱えている自分自身に対する反吐が出るような嫌悪感。

 それらがごちゃ混ぜになって俺の腹に落ちてきたってわけなんだ。

 

 

「どっちが撃っても結果は同じだよォ。早くて玉が無駄にならねェから、ロイ君の方が都合が良いけれどねェ」

「都合が、良い」

「そ~……君の能力は高性能で便利な大砲みたいなもんさァ」

 

 中将の言葉がさらに突き刺さる。

 つまり俺は人間兵器、便利な道具と思われているってことか。

 常人が持ちえない攻撃力を持っている時点で、鋼錬のロイ・マスタングの如く今後軍内で俺は兵器扱いされるだろうなとは予想していた。

 頭では分かっている。所属している組織が軍隊である上、兵器扱いは避けられない。それだけの力を示してしまった以上、それを覚悟していなければならないことも。

 それでも、人間として見られず物として扱われることへの苦痛が無視できない。

 

「早くしねェとォ~海賊共の弾が当たっちまうよォ?」

 

 まごつく俺に中将が催促してくる。

 気が付けば、海賊船にさっきよりも近づいていた。砲弾も当たってはいなかったけれど、わりと近くに着弾してその衝撃が軍艦を揺らしている。

 俺が撃たなければ、軍艦に当たるのは時間の問題だろう。

 甲板を見渡せば、そこにいる人間全員が俺と中将のやり取りを見ていた。

 向けられた視線が、早くしてくれと催促しているみたいに思える。

 俺が一撃入れなければ、この人たちは海賊船に攻撃できないんだ。早く討伐を終えたい、何をもたついているんだと皆思っているだろう。

 高々一発撃てば、後は砲撃なりなんなりできる。万一沈まなくてもいいからとにかく撃て、そういう雰囲気が漂い始めるような気がした。

 一発。そうだ、一発でいい。もし沈まなくても、まだ学生だし言い訳は立つ。

 わざとマストに当ててそれなりに被害を与えるだけでもいいんじゃないか?

 周りの声に出さない催促を感じても、自分に色々な言い訳を自分にしても、撃ちたくない気持ちは湧き上がる一方だ。

 

 逃げ出してしまいたい。

 できませんと叫びたい。

 でも、逃げられはしない。

 畜生、どうすればいいんだ……!

 

 

 

「っわ!?」

 

 

 唐突に、足元が激しく揺れた。

 その場に踏ん張りきれず、揺れと一緒にバランスを崩して滑り、倒れ込んでしまう。

 大きな水飛沫が軍艦の真横から飛び上がって甲板めがけ降り注ごうとするのが視界の端に映る。

 咄嗟に倒れ込んだまま身体を俯せにして、身体で手袋をした右手を庇う。

 背中に海水の冷たさと濡れた不快感、能力者ゆえに海水を被って感じる倦怠感があるが、なんとか右手は濡れなかった。

 濡れた床に右手が触れないよう注意しながら起き上り、いまだ大きく揺れる甲板を見て息が詰まる。

 ついさっきの衝撃は、どうやら海賊の大砲が軍艦を掠めて着弾したみたいだ。

 俺が今いる艦首よりも右手の船縁が一部欠け崩れている。そこから揺れるたびに高く波立つ海水が飛び込んできていた。

 

 次は当たる。確実に当たる。

 

 知らず後退りかけて、後ろ足に何かが引っ掛かった。

 ……嫌な予感はしていた。

 でも、恐る恐る後ろを覗き込む。

 そこには、真っ白な海兵服に身を包んだ三等兵が倒れていた。大きな揺れのせいか、掠った砲撃の余波でか、吹っ飛んで床に倒れたのだろう。

 同じように倒れた海兵の姿を、砲弾の掠った付近に幾つも見つけた。単にこけただけの俺と違い、怪我をしているみたいだった。皆痛そうに顔を歪めているのが見て取れ、低い呻き声が耳に届く。

 

 その瞬間、頭がぼうっとなった。

 息が、動悸が、おかしなリズムを刻み出す。

 頭の中で、色んなものが駆け巡る。

 気持ち悪い、怖い、苦しい、泣きたい。

 中将が何か話しかけてくるけれど、耳に膜が張ったみたいに聞き取りづらい。

 

 答えられないまま、視線を後ろの倒れた三等兵にもう一度向ける。

 同い年くらいの彼の額には、真っ赤な血が一筋。

 流れる先にある目が、薄く開いた。

 目が、合う。

 

 

 今の攻撃で、こうなった。

 俺がもたついたから、砲弾が掠って、軍艦も欠けて。

 こいつも他の海兵も怪我をして――

 

 

 

 右腕が勝手に上がる。

 伸ばした先には、近くなった海賊船。

 そこには大砲を装填している人間、何か叫んでいる人間、走り回っている人間が見える。

 もう何も考えられなかった。

 向けた右手の親指と人差し指を重ねる。

 

 

 鮮やかな朱の焔が、躍る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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