焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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ロイ現実を知る編、周りの海兵さんの回。


第7話 南の海にて後編

 今にも泣きそうな表情だと思った。

 

 海賊の砲撃が掠った場所の近くにいた新米三等兵の俺は、その衝撃で起こった激しい揺れで飛び散る船の木片や仲間と一緒に甲板の上に放り出された。

 木片か仲間に当たったか、床への転がり方が悪かったか知らないけど、飛ばされたと思った次の瞬間、息ができなくなりそうな痛みが襲ってきた。

 痛すぎて、一瞬意識が飛びそうになるのを堪えて、とにかく目を開ける。目を瞑ったらそのまま起きれなくなるかもしれないって怖い想像が頭の中に浮かんだから、必死で瞼を押し上げる。

 ようやくちょっとだけ開けたら、驚いたことにエリート坊やだって先輩の二等兵が言ってた士官候補生の人が俺を見ていて、その視線が重なった。

 不安になるような真っ黒い目が、じっと俺を見下している。

 血が目に入ってよく見えない。霞んでいるはずの視界なのに、候補生の人の顔だけよく見えたような気がする。

 見る間に歪んでいく俺とそんなに年の変わらなそうな顔だけが。

 

 視線が重なったのは、実際ほんの1秒ほどだと思う。

 よくある話だけれど、物凄く長く感じる一秒の後、奇妙な何かが燃えて焦げるような嫌な音がした。

 

 空耳かと思えるくらい遠く聞こえる音に続いて、大砲の重たい音がズシンと傷に響く。

 続けざまに、撃ち続けられているみたいだ。空気が盛大に震えて止まなくて、吹き付ける風が熱い。傷がズキズキ悲鳴を上げる。

 何が起こっているのだろう。

 必死に音のする方向を見上げる。

 ぴんと伸ばされた士官候補生の腕の先から、あの奇妙な音がしていた。

 白い手袋に包まれた手から、朱色の火がヒラヒラと飛ぶ度に、少し間を置いて大砲の音がして熱い風が吹いている。

 まるで、大砲を撃っているみたいだ。

 

 そういえば、この人は悪魔の実の能力者だったっけ。

 ふとまた先輩の言葉が頭に浮かぶ。

 この艦に乗ってる士官候補生は、お偉いさん垂涎の高い攻撃力を持った能力者だって言っていた。

 人間兵器、なんだとか。

 確かにその言葉は正しいかもしれない。一人で大砲を連発するみたいなことができるんだ。十分兵器って言える強さだろう。

 

 

「ハイそこまで~」

 

 ボルサリーノ中将が、いつの間にか士官候補生の腕を掴んでいた。

 白い指先から飛び出していた火は、もう止まっている。

 腕を掴まれたまま、彼は中将を見上げる。

 そしてゆっくりと、その場に座り込んでしまった。

 それと同時くらいに、先輩や同期が俺を助け起こしてくれた。

 座り込んだまま中将に何か話しかけられている彼の背中を見つつ、ぼんやりと運ばれていく中で思う。

 

 

 人間兵器。人の形をした、兵器。

 

 

 あの人にはなんだか似合わない言葉な気がする。

 だって、大砲は攻撃しながら泣いたりしない。

 あの人みたいに、苦しそうにしたり、怖がったりもしないのだから。

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 朱色の蛍火みたいな焔が幾つも舞い飛んで、嫌になるくらい鮮やかに海賊船を燃やし尽くす。

 

「リーヴィス大尉、これは……」

「すごいですねェ、まったく」

 

 隣で絶句している艦長の大佐殿に相槌を打ちつつ、俺も思わずため息を漏らしちまう。

 砲撃なんかしなくても、あれだけ盛大に燃えれば幾らもしないうちに沈むだろう。

 結果は上々だな。ま、ちっとばかり撃ち込み過ぎな気がしないでもないが。弾みがついて止まらなくなっちまったんだな、ありゃ。

 噂には聞いていたけれど、まったくもって規格外な攻撃力だ。さすがお偉いさん方に取り合いをさせるだけはあるってか?

 

 うちのボルサリーノ中将が出航間際に引っ張り込んだ、士官候補生のロイ君。今は2年生、いや三年生目前か、今海軍本部で一番有名な士官候補生だ。

 中将の能力修練の担当学生で、エアエアの実の能力者。

士官学校の訓練場にでかいクレーターを軽く刻めるほど抜群の攻撃能力を有した攻撃特化型の能力者と評判だ。

 そのおかげでサカズキ中将とその周辺が実戦投入したがって繰り上げ卒業をさせようと動き、中将とクザン中将に阻止されたなんて事件もあったな。

 この中将三人が絡んだ事件で、ロイ君の存在は海軍本部中に知れ渡ったんだっけか。

 その後もその後ですごかった。しばらくしてから中将が繰り上げ卒業を阻止した理由が、ロイ君を気に入っているからだって知れて、囲い込みだってサカズキ中将隊の奴が食堂で文句を垂れていた。で、そこを通りがかったクザン中将隊の奴にどの口がほざくかって言い返されて喧嘩になった。

 結構派手な喧嘩だったから本当に目立ったもんだ。下の方まで名が売れちゃった原因の一つがこれだ。上から下までやり合うくらい欲しがられる人材も珍しいし。

 ロイ君が正式に任官する再来年には、仁義なき争奪戦でも起こるんじゃねえかってのが大方の海兵の予測だ。

 

 本人はいたってごく普通の士官候補生なのにね。

 御大層な尾ひれ背びれをビラビラ付けられた噂ばっかりが独り歩きしているロイ君の実態は、かわいそうなほどに普通の少年だ。

 覚悟してたはずの人殺しや兵器扱いに拒絶反応を示す自分に苦しんで、周りや自分の命が危険に曝されて咄嗟に引き金を引いて、自分がもたらした結果に立ち尽くす。

 新兵、いや、士官学校を出たばっかりの奴の方が近いか。若い新米海兵によくいるタイプだ。特に争いごとが少なかったり平穏が保たれていたりする地域から来た奴に多い。

 あいつらも頭では軍にいると殺戮に手を染めなければならないことを理解して覚悟している。そのくせに、いざ直面すると今のロイ君のようになる。

 たぶん、平和な場所で生まれ育ったから、高い倫理観や潔癖さとか人として上等な価値観を深い所まで刷り込まれているせいだと思う。

 それは真っ当な世界で生きていくなら何の不都合もない美点だろう。けれどもその真っ当を守る海軍では、大きな欠点でしかない。そんなもん親の腹に忘れてきたような連中を相手にするんだ。こっちも相応の価値観でぶつかるしかない。

 ゆえに海兵として生きていくため、俺たちはそんな上等な価値観を海の底に捨てちまう。捨てられないと、必要以上に苦しむ羽目になる。人として正しい選択かは何とも言えないが、その方が楽にはなれちまうから捨てることを選ぶ。

 ひっくり返すと、上等な価値観を捨てられるかどうかが海兵であり続けられるかどうかの分かれ目だとも言えるかもしれない。

 捨てられれば、海軍(ここ)で生きていける。捨てられなければ、海軍(ここ)にはいられない。

 現に捨てることができずに退役した奴も知っているだけで両の手に余るほどいる。色んな意味で死んじまった奴らよりは少ないけれど。

 さて、ロイ君はどうなるかね?

 

 

「ハイそこまで~」

 

 これ以上やったら塵も残らないんじゃないかと心配になるほどになって、ようやく中将が止めた。

 中将に右手首を掴まれたまま、ロイ君がその場にへたり込んだ。中将もその傍らにしゃがみ込んで、ロイ君の耳元で何か言い聞かせている。たぶん、今回の命令の目的とかその辺りを教えているはずだ。

 色々限界が近いんだろう。項垂れたまま、顔を上げずに中将の言葉に頷くばかりだ。

 あーもう中将、もっと早くに止めてやってくださいよ。予定よりもロイ君がボロボロになり過ぎでしょうに。

 

「……今日はゆっくり休みなァ、航海中にじっくり悩んだらいいよォ」

 

 ま、一応これで今回の遠征中の目的は一つ達成されたし、今日はここまでってとこかな。

 観察を止めて二人の元へ近づく。

 

「大尉、付き添ってやってくれねェかい?」

「ハッ」

 

 命令を受けて微動だにしないロイ君の右腕を取る。立って歩くように促すと、よろよろと立ち上がり、重たそうに足を動かし始めた。

 脇から支えてやりながら艦内に戻る。扉を潜ってから、少し暗い廊下の途中でロイ君の様子を窺ってきた。

 今にも泣き喚きだしそうな顔してやがる。恐怖とか嫌悪感とかいろんなもんが、心の水嶺線を越える寸前なんだろう。

 

「あー……おつかれさん?」

 

 とりあえず、声を掛けてみる。反応は無し。うん、これ相当キてる。

 

「月並みな言葉で悪ィけどさ、こんなの能力者が任官したら嫌になるほどあるんだぜ?」

「……」

「特にお前さんは目ェ付けられてるし、今のうちにそれを知って悩めるだけマシだって」

「……」

「あ、今回はそれを教えるためにやらせただけだしな。お前が自分の意思でどうしてもやりたいって言わない限り、中将も俺たちも絶対にさせない。信用しろよ?」

 

 これでも返事無しか。今の状態で会話できるとは思ってなかったけれど、フォローのしようがますます狭くなってしんどい。

 しばらく黙ってロイ君に宛がわれた部屋への道程を行く。

 

「……な、海賊船撃ってみて、どうだった?」

 

 掛ける言葉が見つからん。ここは一つ、率直に言ってみるか。

 

「人間や人間が大勢乗ってる船とか焼いたりすんの、今日が初めてだったんだろ?」

 

 目を合わせないまま、訊ねてみる。相変わらず反応はほぼ無い。いや、今肩に添えてやってる手のひらに、心なしか震える気配を感じた。お、脈ありかもしれないか?

 

「どんなふうに感じたり思ったりした? ちょっと教えてくれや」

 

 急にロイ君の足が止まる。その場に氷漬けにされたみたいに動かない。

 無理に動かさず一緒に立ち止まる。

 色の無い目が、下から掬い上げるように見上げていた。相変わらず表情は死にかけだ。

 虐めているみたいで心苦しいな、これ。気まずいわ、馴れねェことはするもんじゃあない。

 でも途中で止めるわけにもいかんし。さっさと続けよう。

  

「怖かった? 苦しかった? 辛かった?」

 

 ロイ君の真正面に立って、虚ろな視線と向き合う。

 

「どうだったのよ? あ、それとも……楽しかったりした?」

 

 俺が言葉を放つのと同時くらいか。

 握りしめられた拳が士官候補生らしからぬ速度で放たれていた。

 でも、俺に止められない速度じゃない。難なく受け止める。

 掴まれた腕が俺の手を振り解こうとめちゃくちゃに暴れるのを後ろ手にひねり上げて、力ずくで壁際に押し付けて抑え込む。

 

「オイオイ、上官に殴り掛かってくるとか……」

「“アレ”が楽しいわけあるか!」

 

 薄暗い軍艦の廊下に、傷だらけの悲鳴が木霊する。

 首を捩って振り返ったロイ君の顔の表情はさっきのように死んでいない。いろんな感情をぶち込んで煮え滾らせたような激情を滲み出させていた。

 

「たった一発で、船も、人も、燃えて、生きたまま燃えて、焼け焦げてく臭いをさせて、恨み言を叫んで、燃えながら私を見て、海に、呑まれて」

 

 叫ぶようにして連ねられた言葉の山が途切れる。

 まだ幼さが多分に残った顔が、遂にぐしゃりと歪む。

 

「一人で、あれだけ簡単に焼いて殺して壊して……楽しいわけ、ない」

 

 手のひらに感じていたロイ君の抵抗する力が抜け落ちる。ガクリ、と項垂れ顔を伏せてしまったせいで、その表情は窺い知れない。

 磨き抜かれた木の床に、さっき被った水飛沫の名残がぽつぽつと零れ落ちていた。

 

「楽しくなかったか」

「当たり前だ」

「そうか」

「そうだ」

 

 それ以上ロイ君の口は開かない。不安定な状態でもぎりぎり語れる言葉が尽きたらしい。

 何とはなしに、自分のコートを頭からひっ被せてやる。

 すっぽりと白いコートに覆われた姿は、守られているようにも、押し潰されそうにも見えた。

 そのまま背中を押せば、また素直に歩き出す。

 二人きりの廊下に下りた静寂に、二人分の足音だけが追ってきていた。

 

「楽しくないのが当たり前って言えるなら、お前さん上等だよ」

 

 頭の辺りに、手を添えて軽く叩いてやる。

 薄く反応があったけれど、拒絶のようなものはなかった。

 すぐに一番右端にある、ロイ君の部屋に着く。ドアの向こうの殺風景な船室に小柄な身体を押し込んでやる。

 

「今日知ったこと、中将の言ったことはな、全部お前さんが抱える現実と問題だ」

 

 ロイ君の振り返るような動作に伴って、被せたコートが滑り落ちる。

 相変わらず悲惨な色をした目に、小さく笑いかけてやる。

 

「ま、せいぜい悩んどけ。今は悩むべき時なんだよ」

 

 制限付きといっても、その答えのない問題に悩むための時間は、たっぷりあるのだから。

 

 

 

 

□□□□□□□

 

 

 

 

 ロイ候補生に実戦体験をさせるか否か。

 

 遠征初日、艦長たる大佐の私をはじめとした士官と下士官を幾人か集めての会議の席で中将が持ち出した議題だ。

 規定上、士官候補生は最高学年の最終実習に入るまで戦闘に投入されない。これは能力者であってもそれは非能力者の者と同列に扱うことが原則となっている。戦闘力はあっても精神力が未熟であると、 どちらも似たような程度の戦力にしかならない。だから、最低でも四年かけてとりあえずは両面を鍛えないとまず実戦で通用しないと判断されてこうした取り決めがなされている。

 また下手をすれば、候補生におかしなPTSDを負わせてしまう可能性すらある。そうなっては軍務に就くことができなくなってしまう。せっかくの将来の戦力を早くに潰さないように保護するための規定でもあるのだ。

 全員周知の規定であるから、当然皆反対した。いくら今本部で期待の大型候補生と噂されるようなロイ候補生であろうとも、それは同じだろうと。

 

『でもねェ~……ロイ君の状況で四年生まで待つとか、言ってられねェからさァ』

 

 だがこの時の中将は、代案を出したり出させようとしたりしなかった。とにかく一度だけでもやらせておきたい、と俺たちを説得しようとさえした。

 ほんの半年ほど前、ロイ候補生が有名になったあの繰り上げ卒業騒動は、まだ水面下で続いているのだと言って。

 コング元帥が繰り上げ卒業に同意しなかったことで終結したと思っていたが、ロイ候補生を引き込むことは諦めない人間は、サカズキ中将を含め多かったらしい。彼ら再来年の正式任官の際に自部隊への配属させることを狙い始め、そのために動き出しているそうだ。

 

『下手すりゃロイ君は任官直後から前線行き。これじゃァ~今回繰り上げ卒業止めた意味がないでしょォ~?』

 

 いきなりあの正義を見せつけられるとしたら、その中で人間兵器として戦わせられるとしたら、それはもう正式任官だろうが繰り上げ卒業任官だろうが、ロイ候補生に与える影響はさほど変わらないだろう。

 よほどの人間でない限り、新兵にとって耐えがたい環境と境遇だ。飛び込む前に必ず心の準備が要る。それをやってもなお、あまりの過酷さに打ちのめされる者は多い。

 ロイ候補生は見たところ、少々平和に浸り過ぎている少年。今のまま任官して引っ張られてしまっては、死んでしまうか外れてしまう危険性はかなり高いだろう。

 だからこそ、早めに自分の目の届く範囲内で直面しつつあるそれらについて実践で教え、今から本人に覚悟させておきたい。そう中将は考えているらしい。

 

『それと……ロイ君がどういう反応を示すかも、確かめたくてねェ』

 

 ロイ候補生が命令を受けた時、どうするかについて確かめる。それも今回の実戦体験の目的の一つだという。

 嬉々として撃つか、それとも撃つことを躊躇うか。それに応じてロイ候補生の今後の指導方針を決めたいそうだ。

 前者ならば、以後心配はしない。このまま流れに任せて好きにさせる。

 後者ならば、その後の程度に応じてフォローして今まで通り面倒を見る。

 要はロイ候補生がこのまま手元に置くにふさわしいかどうか考える材料が欲しい、ということだろうか。中将は腹の底を中々見せる人ではないが、少なくともそのあたりが真意ではないかと思う。

 

『つまり、ロイ候補生を試されるので?』

『うん、わっしの読みが当たってりゃァ嬉しいんだけどねェ』

 

 当たっていてほしい中将の読みが何かは知らない。

 そう悪いものではないとは思うが、その確認のために規定を破ってロイ候補生に実戦をさせる必要があるのだろうか。今回の経験で歪む可能性も有るであろうに。

 

『大佐』

『ハッ』

『その時はその時、だよォ』

 

 思考を読まれたらしい。ニッコリとした中将の笑顔に何やら薄ら寒いものを感じた。

 

 

 

 そして翌日、ロイ候補生の実戦体験が行われた。

 海賊船に一撃入れることを命じられた彼は、ひどく動揺し撃つことを嫌がる素振りを見せた。やはり撃てないまま終わるかと思いきや、こちらに被害が出たのを見て攻撃した。味方が傷付けられて反射的に引き金を引いた、というのと同じケースだろう。

 その後は中将が止めるまで悲壮な顔をして焔を舞わせ続け、中将の副官の大尉に連れられ悄然としながら退場。

 その様子に危うさを感じてはいたが、事後処理のために甲板を離れることはできなかった。ロイ候補生の燃やした海賊船と海賊の回収と、こちらの受けた被害の確認と対応などに追われ、一段落させたのがつい先ほど。

 今は中将の執務室において、中将と共に大尉のロイ候補生の様子に関する報告を受けている。

 

「おー…大尉ィ、コートはどうしたんだい?」

「えーっと、ロイ君に貸してきました」

「なら仕方ねェなァ、ロイ君が落ち着いたら返してもらっときなよォ~代わりが要るならわっしの持って行っていいからさァ」

「Aye ,Sir」

 

 軍服をホイホイ他人に貸し与えるのはいかがなものかと思うのは、私だけだろうか。

 ボルサリーノ中将も大尉も揃ってロイ候補生を少々甘やかし過ぎではないかと思う。

 確かに能力者の将校が能力制御の修練生を取ると、その士官候補生に対して愛着が湧き、子や孫、弟妹のように可愛がる例は多い。

 身近で一生懸命な年少者に世話を焼いてやりたい、その気持ちはわかる。気持ちはわかるが、焼き過ぎるのもどうか。一応、今回のような手厳しい方法での指導を選んでもいるから、単に甘やかしているとは違うだけマシかもしれないが。

 

「で、中将ォ、そのロイ君のことですけど」

 

 話題を移す大尉の顔に真面目さが舞い戻ってくる。作戦中に近いその表情にトラブルでもあったのかと自分も聞きの姿勢に入る。

 

「どうかしたのかい?」

「必要だったのはわかりますけど、ありゃやり過ぎです。愛の鞭が利き過ぎてロイ君が虫の息でしたよ」

 

 しかめっ面を見せる大尉に、天を仰いでため息を吐きたくなった。

 多少は心配していたが、この男にそんな顔をさせるほどなのか。

 中将もさすがに困った顔をして、指先で頬を掻いている。

 

「ちょいときつかったかなァ? どういう状態だい?」

「恐怖とか嫌悪感とかいろんなもんで、頭ン中がぐっちゃぐちゃみたいですね。しばらく船室に引き篭もりそうな感じがしますよ」

「立ち直れそうなのか?」

「そのあたりは見当がつきません、大佐」

 

 肩を竦めている場合じゃないだろう、大尉。それは精神的な傷を負った可能性が高い状況ではないか。

 もしPTSDなんて負わせてしまったら、ロイ候補生が軍務に就けなくなる。確実に彼のためにならない。

 

「中将、ロイ候補生は精神にかなりの深手を負っている可能性があります。十分に注意を払われるべきかと」

「そうだねェ~過ぎちまったことだから仕方ねェけど、大佐の言う通りまめに気ィ配ってやってくれる?」

「了解です」

 

 中将も私と同意見らしい。

 ロイ候補生へのフォローを大尉に命じた。おそらく年の近い方が話しやすいだろう。親身に声を掛けてくれる人間がいれば、多少なりとも精神的には良い。悪い方向へだけは転ばないでほしいものだ。

 

 その後細かな対応について少々話している内に、近隣の支部に到着した。

 海賊の遺体と生き残りの引き渡しなどの業務のため、いったん私と大尉は執務室から退室することとなった。

 

「……さっきのことで、唯一の良かったことといえば」

 

 退出する間際、大尉がキャップのつばを弄りながら、ぼそりと呟く。

 

「ロイ君が攻撃して楽しかったと思ってないってことですかね」

 

 じっと中将が、大尉を見つめる。

 おもむろに帽子を脱いで、軽く息を吐いた。

 

「そうかい……なら後は、うまいこと落ち着いてくれたらいいんだけどねェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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