息抜きに投稿。タイトル通りのお話です。

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バーン様が五指爆炎弾を撃つだけの話

 それは、遥か昔の出来事。

 大魔王バーンがまだ「魔界最強」の呼び声を得る前の話。

 

 暗雲立ちこめる魔界の空。その中で一点、不釣り合いな程輝く白い鳥があった。

 生物の鳥、ではない。それは所有者の魔力によって飛行を成す魔鉱石で出来た鳥だ。

 

 大魔宮バーンパレスと呼ばれるその鳥は魔界でも高い勢力を保つ大魔王バーンの居城であった。

 

『……大魔王様。魔王コルトーの支配領域の制圧が完了したとのことです』

「漸くか。小物にしては中々の粘りであったな」

 

 血のようなワイングラスを片手に、若々しき大魔王は口元に小さな笑みを浮かべた。

 比較的新しい勢力である大魔王バーンであるが、その実力は大魔王を名乗るだけあり他の魔王たちとは一線を画する実力を持つ。

 勢力争いをしていた相手の陥落の報であるが、バーンの興味は他のところにあった。

 

「して、ミストよ。例のものは見つかったのか」

 

 主人の問いにミストの肩が小さく震える。

 白い衣に包まれたその素顔は見えないが、たったそれだけの仕草でバーンには十分であった。

 

「良い。『魔族喰らい』の情報が収集困難であることなど判り切っておる。そのまま捜索を続けよ」

『……慈悲深きお言葉に感謝の言葉もございませぬ。シャドーを始め、我が配下達を総出で捜索に当たらせておりますが、影も形も見つからぬこの失態に、何とお詫び申し上げればよろしいのか……』

「見かけた、という魔族は全て消息不明。余の配下にもそれらしき被害が出ている以上は流石に捨て置けぬ。早急に情報を集めよ」

『仰せの通りに』

 

 『魔族喰らい』とは現在魔界を騒がせている正体不明の存在だ。

 わかっていることといえば強い魔力を持つ魔族を狙うこと。そして狙われた獲物は僅かな血痕を残し、まるで「食べられた」かのように遺体が消え去っていることのみである。

 

 ここで恐ろしいのは遺体のみが消えていることだ。

 

 話によれば消えた魔族が装備していた武具や防具が残るのはともかくとして、その魔族が直前まで着ていただろう服すらも現場に残っているというのだ。 

 魔界において死は日常茶飯事であるが、遺体も残らないそれはさしもの魔族達にとっても不気味な話であった。

 

 強大な魔力を持ち、自らの強さに絶対の自信を持つ大魔王バーンはそれに襲われても返り討ちにできる自信があったが、万一ということもある。

 魔族としては珍しいくらいに慎重派であるバーンはこの不気味な存在を正確に把握すべくミストに探らせているのであった。

 

「余がこの身体で全盛期を迎えている今の内にそのようなものは排除しておかねばならぬ。強さは落ちぬとも年老いれば体力だけは落ちてしまう……この時ばかりは、歳をとらぬお前が羨ましくなるな」

『そ……そのような勿体なきお言葉……!』

「ふふ、本音を言ったまでだ。……ああ、そういえばコルトーめの顔を見ておかねばならなかったな。曲がりなりにも魔王である奴の力は惜しい。

 余に仕える気がないか……確かめておく必要があろう」

 

 主人の言葉に即座にミストは頷いた。

 

『は。すぐに連れて参ります』

 

 白い衣が地に着くのも厭わずに跪いたミストの姿が搔き消える。瞬間移動呪文でコルトーの元に向かったのだろう。

 忠臣の迅速な行動に満足げに頷き、バーンは空になったグラスを空へと放った。

 パリン、と小さな音を立て瀟洒な装飾を施されたグラスが砕け散る。

 その様子を無感動に眺めながらバーンは第三の眼に手を当てた。

 

「『魔族喰らい』……余にとって有益なものであれば良し。そうでなくば……」

 

 常の通り葬れば良い。

 

 ◆

 

 魔王コルトーの居城へ移動したミストは困惑していた。

 何しろ静か過ぎるのだ。

 魔王らしくそれなりに規模の大きい城に、人っ子一人どころか配下の怪物の息遣いすらも聞こえないのだ。

 

 以前訪問した時は小物にしては数を揃えていたコルトーの軍勢に歓待を受けたミストであったが、それにしては一つの音もないこの状況は異常過ぎた。

 

『……』

 

 白い衣に包まれた暗黒の中、思考に耽るミストは自身の影を鳴らした。

 するとそこから一体の怪物が現れ、主人たるミストに跪いた。

 

「これはこれは我が主人ミスト様。此度はどのようなご用件で……」

『……我が分身シャドーよ、軍勢を率いてこの城の周囲を虱潰しに探索せよ。これは当たりやもしれぬ』

「! もしやそれは例の……!」

 

 配下の言葉にミストは小さく頷いた。

 当初の目的である魔王コルトーは最早眼中にない。これまで『魔族喰らい』に遭遇した生存者はゼロ。中にはコルトーと同規模の魔王もいたのだ。

 生きている可能性は限りなく低いだろう。

 

 もぬけの殻となったコルトーの居城を悠々と歩く。

 

 城内の明かりは無事であったのか、それなりに飾られた通路が煌々と照らされている。

 その明かりの中、至るところにコルトーの配下が使っていたであろう装備や衣類の残骸を見つけ、コルトー軍も多少の抵抗をしたのかとミストは感心した。

 

『……』

 

 一際激しい戦闘痕の見られる玉座の扉まで辿り着くと、ミストは中途半端に開いていたその扉を蹴破った。

 べったりとついた血糊で靴が汚れるも無視し、空になった玉座と飛び散った血痕に彩られたその中を睥睨する。

 

 そして、それはいた。

 

 もっとも近い形を上げるのならスライムだろうか。

 しかし目の前のそれはスライムのような愛らしさは全くない。凝り固まった血のようなドス黒い体色に、のっぺりとした球体とでもいうべきか。いずれにせよスライムとは次元の違う強さだろう、とミストは判断した。

 

 玉座に隠れるようにいる目の前のこれこそが主人の探していた『魔族喰らい』だろう、という確信を持って。

 

 ーーバーン様。『魔族喰らい』を発見致しました。

 

 ミストは敬愛し崇拝する王に念話を送った。魔界でも類い稀なる頭脳を持つ主人はこの程度の報告ですら全てを把握するのだ。

 数秒も経たない間にミストの脳裏に主人の声が届く。

 

 ーーほう。そこでその名を聞くということはコルトーめは喰われたか。

 ーー恐れながら、奴は大魔王バーン様にお仕えする器ではなかったということでしょう。如何致しますか。

 ーーふむ……。

 

 何かを貪っているのだろうか。時折何かの折れるような音を立てながらも『魔族喰らい』は動かない。

 第三の眼を通しこの状況を見るバーンの顔には小さな愉悦が浮かんでいた。

 

 ーーミストよ、お前の裁量に任せよう。余が最も信ずる忠臣であるお前であれば、余の意を汲むことなど呼吸と同じであろう。

 

 主人の落ち着いた、しかし確信を持った言葉にミストの衣が震え上がった。

 

 それは歓喜の表現。

 主人に全幅の信頼を寄せられた、ミストにとって何にも代えがたい夢のような言葉であった。

 

 幸福に打ち震えるミストを余所に『魔族喰らい』は食事を終えたのか、ゆっくりと玉座の影から姿を現した。

 移動音なのか粘着質な液体を撒き散らしたような不快な音が響くが、その程度を気にするミストではない。

 

 様子を伺うようにそこに留まる『魔族喰らい』の様子に、ミストは少しばかり考え……暗黒弾を放った。

 

「!!?」

 

 『魔族喰らい』は突如飛来してきた攻撃に驚いたように震えた。

 しかし即座にその身体を膨らませると、まるで大口を開けた怪物のようにぱっくりと暗黒弾を飲み込む。

 まるでダメージの入った様子のないそれにミストは小さく頷いた。

 

 なら、これはどうか。

 

 そう言わんばかりの様子でミストは足元に張り巡らせていた暗黒闘気の陣を起動する。

 闘魔滅砕陣。

 暗黒闘気を操るミストの得意技だ。

 

 対象を暗黒闘気で縛り上げ、拘束するもそのまま捻じ切るも自由自在であるその陣に囚われた『魔族喰らい』の身体が絞られた布のように変形していく。

 

 抵抗しているのか全身をブルブルと震えさせる『魔族喰らい』であったが、その程度でミストの呪縛から逃れることはできない。

 その直後。まるで巨大な手に握りつぶされたかのように『魔族喰らい』の破片が辺りに散らばった。

 

 数秒。数十秒。一分。

 

 まるで動き出す様子のないその破片にミストは大きく落胆した。

 この程度の相手に大魔王バーン様を煩わせてしまったのか、と、自身の不甲斐なさに苛立ちが募る。

 

 一向に動き出す気配のない破片に八つ当たりの意味も込め、一際大きいそれにミストは再度暗黒弾を放った。

 

 その時である。

 

「ヒドイ……コトヲスル……」

 

 酷く掠れた男のような声が響くと同時に、一際大きな破片が蠢いた。

 ミストはその声に聞き覚えがあった。それは確か魔王コルトーの声だったはずである、と。

 

 浮かんだ疑問を嘲笑うかのようにミストの放った暗黒弾が『魔族喰らい』に飲み込まれた。

 

「八ツ当タリニ死体蹴リトハ……中々趣味ガワルイ……」

『……貴様、喋れたのか』

「オマエハ食事ト会話スルカ? マサカコノヨウナトコロデ同類ニ会エルトハ思ッテイナカッタゾ……」

 

 散っていた破片が収束し、『魔族喰らい』は元の球体を取り戻すとその表面に魔族の男の顔が浮き出た。それは魔王コルトーの顔だった。

 それを見てミストは『魔族喰らい』の正体を悟る。

 

(これは新手の怪物か)

 

 魔界では稀に、従来の怪物とは全く異なる生態を持つ怪物が生まれることがある。

 それがこの『魔族喰らい』なのだろう。察するところに、飢えて死んだ生き物の怨念か何かの集合体か。

 

 ミストは無言で再び闘魔滅砕陣を展開するも、今度は学習したのか『魔族喰らい』は大きく飛上がり柱に足を着いた。

 

「コワイコワイ。シカシ好都合。オマエノヨウナ強イ同類ヲ喰ラエバ、俺ハモット進化デキル……」

『……』

 

 徹底抗戦の意を込め、ミストの全身から暗黒闘気がオーラとなって溢れ出る。そんなミストの様子を見て『魔族喰らい』は鼻で笑った。

 

「アア、腹ガ減ッタ。オマエノ強大ナ暗黒闘気、スベテスベテ喰ライ尽クシテヤルゾ!」

 

「ーー……それは困る。此奴は余の計画に必要なのでな」

 

 爆炎と共に聞こえた声にミストの思考が停止した。

 見れば、『魔族喰らい』の姿は巨大な火柱に包まれており、ミストの前には長い銀髪を優美にたなびかせる男の姿がある。

 

 大魔王バーンが、そこに降臨していた。

 

 全く思いも寄らない主人の登場に、そこだけ局地的な地震でも起きたかのようにミストの白い衣が震える。

 

『……バーン様ッ!? なぜ直接足をお運びに……!?』

「何、観戦だけではつまらぬ。身体が動く内に外へ出るもまた一興よ」

 

 燃え盛る『魔族喰らい』に向けて大魔王バーンは三つ指を立てた。

 

「余はな、『魔族喰らい』であろうと余の役に立つのであれば配下に迎え入れようと考えていた」

「ーーーー!!!」

「しかし貴様はあまりに不出来だ。まず知性が足りぬ」

 

 一本目の指が折り畳まれる。

 

「強さが足りぬ」

 

 二本目。

 

「何より、余の忠臣を餌呼ばわりしたことが頂けぬ」

 

 三つの指が全て折り畳まれた。

 大魔王バーンは心底失望したように溜息を吐くと、閉じた掌を大きく開いた。

 

 絶対的な強さを宿す優美な指先一本一本に、炎が灯る。

 

「冥土の土産だ。余の不死鳥を心ゆくまで味わうといい」

 

 それは五発の最大炎系呪文を一度に撃ち出すという、極めて禁呪に近い大呪文。

 その名の通り五指爆炎弾と呼ばれる大技であるが、それを大魔王であるバーンが使えばどうなるか。

 

 卵から雛が孵るように。小さな炎から生まれた鳥が成長し、五羽の不死鳥と成って未だ炎に燃え盛る『魔族喰らい』へ喰らい付くように飛び掛かった。

 

 その直後。魔王コルトー城は一瞬で炎に包まれ、一つの島ほどもあるその支配領域全てが灰と化した。

 

 ◆

 

 バーンパレスに戻ったミストは震えていた。

 当初の目的を果たせなかったばかりか主人の手まで煩わせてしまったのだ。忠臣である彼にとってそれは死よりも堪え難い苦痛だろう。

 

 そんな忠臣の姿を見てバーンは小さく肩を竦めた。

 

「ミストよ。此度の件、余は処罰を下すつもりはない」

『し、しかし……!』

「お前はこれからも余の計画に必要なのだ……永い時を掛けて、余が全てを手に入れるその計画に。故に、余はお前の全てを許そう」

「……有難き幸せっ! このミスト、より一層の忠誠と献身を貴方様に捧げることを誓います……!」

 

 借り物ではない、自身の声をあげ平伏するミストの姿に満足げに頷き、大魔王バーンは遥か彼方の空を見つめた。

 

 神々を討ち滅ぼし、太陽を手にせんとする彼の計画は、まだ始まったばかりだ。



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