「悟さまっ!ぁ…悟っ!見てみてっ、ほら!髪がっ」
「ほぉ?これは…」
野営の準備を終えて座り込んでいた悟の前へと駆け寄ってきたのはキーノ。
その顔はアンデッドの身にしては血色がよく、ほのかに上気し、頬がやや朱に染まっていた。
好奇心に満ちた猫のようにすり寄ってきたキーノは、自らの金髪を両手でかき上げるとくるりとまわってみせる。
悟はその流れるようにさらさらと舞う彼女の黄金の「長い」髪に目を奪われる。
「髪が伸びて・・・いや、再生しているな」
「うん、元に戻っちゃったっ!」
そう、戻っていた。
悟の手によって確かに断髪したはずだったキーノのショートカットの髪型。
それが出会った当初のような腰まで伸びるほどのロングヘアーへと完全に戻っていた。
興味深げにキーノへ質問しようとする前にあることに思い至り、ふと悟は辺りを警戒し出した。
なぜならアンデッドであるキーノの髪というのは特殊なもので
彼女がその身をアンデッドと化したその日から髪は肉体の一部として扱われているらしく、
ロングヘアーな状態あるこそが彼女の肉体の原形でありHP100%の条件なのだ。
つまりハサミで切ったりしただけでダメージとして判定される。
彼女はダメージを回復したのだ。
だがアンデッドを回復させる手段など普通は生者にとっては攻撃魔法でしかない死霊系の類の魔法ぐらいのはず。
王女であるキーノに面識を持ち、アンデッドに身をやつしたなんていう事情を知り、そして善意で死霊魔法を?
そんな都合のいい存在がなぜ彼女と今まで接触がなかった。
ありえない。
であるならば、十中八九キーノは何者かに攻撃を受けたのだと考えるべきだ。
悟が目を離したすきに、襲われたのだ。
「…っ」
正直なところキーノがどうなったところで、自分が逃げのびれれば態勢は立て直せるはず。
これと旅をはじめてからもまだ日は浅いし、そこまで執着があるわけでもない。
それでも、鈴木悟はなぜか強い不快感を抱いていた。
それはきっとキーノを境遇を自分に重ねてしまったことによるものだろう。
無駄な思考を省くためそう一瞬で結論づけた悟は、「半裸」のキーノをいきなり抱き寄せると詠唱する。
「俺から離れるな!上位転移魔法っ!」
「へ?…さとる!?・・・・・・・、・・え、ええぇぇぇえ!?・・・・・っ」
転移した先でしばらくの間
顔を真っ赤に紅潮させ、真顔に戻り、そして紅潮を繰り返したキーノであった。
この世界において、生まれて初めて下腹部を電流に締め付けられる感覚を覚えた日であり
また王女という身分を忘れて、自分を慰めるという行為に手を出した日でもあった。
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・
「なんてこともあったなぁ」
「ほんとにびっくりしたよ。はじめて会ったところまで戻ってきちゃってさ」
「咄嗟に浮かんだ安全地帯というか、リセット感覚みたいのが働いてしまったようでな」
「りせっ?そ、それに…よりにもよってお父様、とお、お母様の目の前で・・・あんな」
「しかしだ!あの時はアンデッドを治癒する温泉なんてものがあるなんて想像すらできなかったからな~」
もうっと年齢について揉めた時のように、露骨にごまかす悟をトンとこづいて見せるキーノ。
「はぁ~はじめて入った温泉に浮かれてたし、未知に触れてみて夢中になってたのは私もだけどさぁ」
「まあ思えばああいうことが何度もあって、未知を既知する旅ってのいうのが好きになっていったのかもなぁ」
「そうだねぇ、悟」
生者が入ればたちまちに命を吸い取られるという曰く付きの禁断の温泉に浸かり、肩を寄せ合う異様なアンデッドが2体。
しみじみと思い出を語りあうその姿は、親子のようにも、中のいい友人のようにも、長年連れ添った熟年の夫婦のようにも見えた。
不意にあの日の夜のことを思い出してしまったキーノは高ぶっていた。
はたまた温泉に特殊な未知の効果でもあったのか。
いつもなら発動するはずの感情抑制は働かないギリギリのラインを行き来してアンデッドの少女を大胆にする。
「未知を既知に……か、好奇心といえばさ……ねえ、悟」
「ん~?」
唐突におずおずといった調子で、コクリと鍔を飲み込んだ様子で悟に問いかけるキーノ。
なごやかだった雰囲気の少女は急に世話しなく、チラチラと上目遣いで隣の骸骨に視線を送る。
「悟が知らない未知が、さ……今、ここに、あるんだけど…?」
「あっダメッ」
「な!?」
「ダメッ!ぜぇったいにダメ!ダメダメッ!ダメェ~!!!」
「まだなにも言ってないよ!ケチ!悟のドケチ!いいじゃん!2回残ってるんでしょ!」
「コラ!アイウィッシュに目を向けちゃいけません!こんなのがあるのがいけない!はい!ないないしようね!」
「あ~!ずるい!」
「ずるくない!そもそも未知じゃないし!はいこの話おしまいっ」
睨み合う2体の間に沈黙が走る。
「…悟は、したことあるの?」
「……………………ん?あるにきまってるさ」
キーノがぐいっと悟の顔を覗き込んでくる。
相変わらずの真紅の大きな瞳が骸骨の目の空洞を捉える。
「………本当に?」
悟は黙る。黙っていればいい。
骸骨に表情もなければ心臓音もないのだから、真実などわかるわけがない。
だがキーノの細くした目に見つめられると心を切り裂いて中身を覗くかれるような不安を覚える。
―そして
「う、 そ―――だね」
「嘘じゃないさ」
即座に悟は答えるもだめだった。
キーノはブラフで言ったのではないとわかってしまった。
なぜなら彼女の真紅目は歓喜に満ちていた。この少女の中で真相は確定したのだ。
もういくらなにを言ってもそれは変わらないのだ。
ちなみに真実だし。
もう視界が緑色に染まっていた。
こうなったら。
「上位転移魔法!」
「あ!また逃げるぅ!」
悟は今の自分にとっての安全地帯、新生ギルドのもとへと逃げおおせるのだった。
それからしばらく全裸の骨姿をネタにいじられるというのは
またいつか別の思い出にて語られることになる。
~END~