衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
いつか、師匠と仰ぐ人物に言われたことがある。
『ありきたりではありますが、人を殺すということは、その者の罪を背負うということではありません』
手元が狂った、などと言い訳するつもりはなく、襲い掛かられて迎撃、つまりは明確に害意を持って為した行為。不意を打たれ、手加減の余裕も余地もなく、状況も合わせて流されるままに行われた私の『悪』。
『かくいう私も、誰かを憎んだことはあります。神も人も、ありとあらゆる全てを憎いと思ったことがある。この世には明確に強者と弱者が存在し、特に人類は、互いが互いに喰らい合い、命を浪費することでここまでの発展を成し遂げました。
ですから、言ってしまえば、貴女の葛藤は、人類におけるシステムの一つでしかなく、利害関係が成立する場合において、私は貴女の行為を否定は致しません』
でも、私は彼を憎んだわけではない。もしかしたら誤解から生まれた戦闘だったのかもしれない。話し合えば、全ては円滑に解決したのかもしれない。そうかもしれない。そうなるべきだった。そうするつもりだったのに、私は、その悉くを奪ってしまった。
『……あえてこのように表現しますが、貴女は何も知らないままに、容易く人を蹂躙できる力を手にしてしまった。この世界では弱者は踏み躙られる運命にあり、貴女は紛れもなくあの場面において強者だった』
お師匠様はそこで一度言葉を区切り、ここからが本題だと言わんばかりに告げる。
『ですが、貴女の行った罪は全て、貴女が持つ尊い想いから成るモノ。自分を、誰かを守りたい。そう願うことで、人々は悪を為してきた。そしてそれは、これからもそうでしょう』
ですので、そう続けた彼の表情は本当に穏やかで、私が為した悪など些細なこと、後悔はしても、背負い続けるほどのものではないと、諭すような口調で続ける。
『貴女の意思を、私は否定しません。それを悪だと、赦されないことだと悔いる前に、その行為によって守られたモノ、救われたモノに目を向けるといいですよ』
その言葉は、彼を表す肩書きの如く、まるで聖人のように優しくて、でも。そんな優しさを向けられることが、とても恥ずかしくて。それ以上に、罪悪感でいっぱいで。
結局、文字通り全てが帳消しになるような偉業を成し遂げた後も、私は名も知らぬ暴漢の一人である「誰か」のことを、最後の時まで、いつまでも忘れることはできなかった。
☆☆☆
「名前が、知りたいのです。誰かも分からない、その人の名前を」
ランサー。偽名と言うには些か記号的な意味合いの強い名前を名乗った少女は、この戦争に参加した理由についてそのように述べた。
聖杯戦争。聖杯と呼ばれる万能の願望器を巡る、七人の魔術師達による殺し合い。他でもない自分がその参加者になったのだと少女から聞かされ、仔細を訪ねた後の会話、自然と転び出た話題──つまるところ、参戦した動機について。
かつて自分が殺してしまった誰か、その名前を胸に刻みたい。愛らしい外観に反する物々しい願いではあるが、その心情はある程度理解できる。
かつて、冬木に起こった大災害──それにより「名前」を喪ってしまった自分も、己が真の名を知りたくない、と言えば嘘になってしまうからだ。
「じゃあ、あいつは……」
「マスターを襲ったのは、参加者であるサーヴァントの一人です。先程も言ったように、魔術師同士の儀式は一般に秘匿されるもの。そうでなくても、
「なんだよ、それ……!!」
険しい顔で淡々と語られる内容に、憤慨して唇を噛みしめる。
神秘の秘匿。理念こそ立派でも、やってることはあまりにも度し難い。そも、こんな街中で派手に殺し合いをやっている時点で、ロクな連中ではないことは明らかだ。
目撃者を始末する。ミステリー小説なんかでは良くある展開でも、深夜とはいえ、学校のグラウンドでドンパチやってるような連中に義務で殺されかけた身としては堪ったものではない。
止めさせないと。自然とそんな考えが浮かぶ。俺も立場的には彼らと同じ魔術師の端くれではあるが、それでもこんなことは間違っていると断言できる。ふつふつと湧き上がる義憤が身を焦がす。そうだ、この馬鹿げた争いは現在進行形で行われているのだ。藤ねぇを始めとした街の住民──罪もない人々が脅かされる可能性が、今も脅かされている可能性だって否定はできないのだから。
「そうですね。そういう話でしたら、最近この街で、何かおかしな事件はありませんでしたか? 例えば、おおよそ人の手によって起こされたとは思えない殺人があったとか、似たような不審死が多発しているだとか、最近妙に行方不明者が多いとかそういったものが」
「………!!」
言われて一つ思い立ち、衝動的にテレビの電源を入れ、ブラウン管の画面が徐々に明るくなるのも待ちきれずに最近の新聞を引き出し読み漁る。
偶然やっていたニュース番組、及び新聞の片隅に映るのは、冬木で最近起きている事故、冬木で多発しているガス漏れによる昏睡事件──
「──具体的な企業名が何処にも挙げられていませんね」
「ああ……」
「ガスによる昏睡は生命に直結します。しかもこれほどの規模、被害が多発しているとあれば、本来なら賠償責任の話、区画の閉鎖くらいはやって然るべきですが」
「魔術……でも、こんなことに、何の意味があるんだ?」
「サーヴァントの身体は魔力によって維持されます。今もマスターの身に多少の倦怠感があるのでは?」
「つまり、その負担を抑えるために、他人から無差別に魔力を奪ってるってことかよ……!」
「魂まで絞らないだけマシです。そして、現状をマシとまで言える悪辣さこそが魔術師の魔術師たる所以。
魔術の基本は等価交換。ですが、人一人を犠牲にようやく使える奇跡も、術者本人がその代償を支払う必要はありません──ないのです」
「くそっ」
いつか爺さんも言っていた気がする魔術師の当然、その真意と悪辣さに眩暈がする。
ああ、いくらせがんでも爺さんが俺に魔術を教えることに難色を示していた本当の理由が今更になって理解できた。この、見るからに純真な目の前の少女が、それでも魔術師を指す言葉として当たり前に用いた「ひとでなし」──であれば、養子とはいえ人の親が、そうなる要因を継がせたいなどと思うはずがない。
「とはいえ、魔術とは学問。使い方次第です。他所から持ってくるのが手っ取り早いというだけで、彼らにも彼らなりのリスクリターンは存在しますし、美学に類するそれなりのこだわりはあります。特にこれらの事故は明らかに最近のもの、となれば聖杯戦争絡みの事件に間違いはないでしょう」
「どうしてだ?」
「聖杯戦争という儀式において、召喚された英霊は現世との擦り合わせのため、今の時代や聖杯戦争そのものに対する知識が刻み込まれるんです。それによると、このフユキ市には御三家と呼ばれる管理人が存在し、それらが表立っての隠匿や制裁を行なっている。でも──」
「……ああ、今回の事件はその御三家とやらにも隠匿し切れていない。つまりは人知を超えた存在である英霊、サーヴァントの仕業である可能性が高いってことか」
妙に意識して論理的に並べて語ろうとする彼女の言葉からその先を推察し、誘導先である原因に当たりをつける。
……何故か目を見開いて驚かれた。なんでさ。確かに直情的な反応を見せてたけど、俺だって考えなしってわけじゃないんだぞ。
「でも、サーヴァントに立ち向かってましたよね?」
「うっ、でも、あの時はサーヴァント云々なんて」
「知らなくても、
サーヴァントとは見た目が全てではないのですから。そのように続けられて、事実、俺が手も足も出ずにいた見えない武器を構える怜悧な印象を受ける外人の少女を容易く退けた、少女と言うにも抵抗がある幼い子供、自称、人類史に刻まれた英霊であるランサーを見やる。
なるほど、襲撃者も撃退者も、互いにとても戦士とは思えない。そうでなくとも、同年代でも恵まれた体を持つ自分を、年下にしか見えない少女がやすやすと吹き飛ばすなど普通は無理なのだ。
であれば必然、俺が昨夜に相対した相手は普通ではない存在ということになる。しかも話を聞くに、あの少女も目の前の少女も、その正体は歴史で語られるほどの傑物。立ち向かうなど、勇気を通り越して無謀。だからこそ彼女は、僅かでも俺にその可能性があるのなら、この戦争に参加する資格はないと告げている。
「でも、俺は、このまま手をこまねいてるつもりはない」
「
我儘に近い俺の主張。それに対し、彼女の返答はまさかの肯定。てっきり咎められるか諭されるものだと考えていた俺は、思わず答えを返した彼女を凝視してしまう。そして、気づく。
「そうです。こんなことは、許されるはずがない──」
フルフルと、フツフツと、俯く彼女の全身から溢れ出す震えと怒気。俺が抱いた義憤をまとめて押し流すほどの本物の怒り。それほどの感情。
俺みたいなにわかではなく、本当の
「マスター、いえ、衛宮士郎さん」
「なんだ?」
「貴方は、ここまで話を聞いて、なお。この戦争に足を踏み入れるつもりですか?」
「…………ああ」
「その理由は?」
「アンタと同じだ。こんな非道は許されない。許されるはずがない」
「なら、ダメです。却下です」
「なっ………」
「
そして、と続ける彼女の言葉は妙に実感がこもっており、まるで友達が
「──私は、私の意思、私のワガママから、犯人を止めに行きます。
どうかご安心を、マスター。貴方は、貴方の街は、愛する人たちはこの私が守ります。七天の英霊が一角、
それでもなお、大真面目にそう告げる彼女に、俺は何の言葉も返す事はできなかった。
☆☆☆
「はい。まずは管理人の元へ進言しようと考えています」
「……管理人?」
あの話し合いからしばらくして。
時間は深夜。場所はそのままに、具体的にはどうするのか、せめてそれだけでもと尋ねると、意外にも素直にそのような回答が返ってくる。
管理人。そういえば、先程の会話の中にもちらっと出ていたような気もする。確か、御三家と呼ばれる魔術師の家系が、冬木の街を、もっと言うとこの聖杯戦争を管理している、だとか。
「そうです。遠坂、間桐、アインツベルン。聖杯からの知識では家名しかわかりませんが、特に遠坂は、この土地の
「………ん?」
「どうかしました……ああ。貴方もこの街の住民なら、もしやご存知だったりしますか? どうも相当古くからこのフユキとも関わりがあるようですし」
「知ってる………というか、遠坂はとにかく、間桐? まさか、そんな……でも」
あまりに聞き覚えのあり過ぎるその名前と、彼女達が持つ肩書きと関係性との齟齬が記憶を侵して眩暈がする。まさかそんなはずはない。そう確信している自分と、それでも現状の危機、特に自分が殺されかけた恐怖が疑心暗鬼を生み出し、探りたくもない腹を邪推してしまう。
間桐。すなわち間桐桜に間桐慎二。どちらも俺にとって得難い大切な友人であり、桜に至っては今でも毎日のように家まで遊びに来る可愛い後輩だ。そんな彼女が、彼が魔術師? しかもこんな悪趣味な戦争を創り上げた連中の一人だって?
浮かんだ疑問を、分かりやすく疑問符を上げる彼女に対して説明する。すると、
「むむむ。話を聞くに、モグリの魔術師の監視にしては行動が献身的過ぎますし、何より無駄が多いですね。なんでしょうか。最初はそういう目的もあったのかもしれませんけど、接していくうちに絆されてしまったとかはありそうですね。ただ、いずれにしろやぶ蛇であるのは間違いないかと」
「…………」
「その人たちの真意はどうあれ、今はまだ行動を起こさないようにお願いします。いざとなれば私を切り捨てても構いませんので、原則、いのちをだいじに、です」
「アンタは、それでいいのか?」
「願いについてはとにかく、せめて昏睡事件の犯人くらいは己が手で捕まえたかったのですが、それでマスターが傷つくようなら話になりません。サーヴァント失格です。そも、私は稀人……本来なら、この世界にいてはならない存在です。逆に、もし私の身柄や霊基と引き換えにマスターの安全が図れるようなら、喜んでこの身を捧げます」
「それは──」
直立してなお、正座する俺の頭を少し超える程度に位置する胸を張りながら、彼女はこちらを不安にさせまいと気丈に微笑む。サーヴァントだって、元は人間だ。その時が怖くないはずがないだろうに、それでも柔らかく笑う少女に見惚れそうになる。
(……ん?)
その時、ふと、彼女が先に述べていたサーヴァントについての解説が頭に浮かぶ。
サーヴァント。神話や伝説の中で為した功績が信仰を生み、その信仰をもって人間霊である彼らを精霊の領域にまで押し上げた人間サイドの守護者。魔術概念における正式名称は
(そして、サーヴァントはそれ故に、基本的には死亡時ではなく、その英霊が“最も強かったとき”である全盛期の姿で召喚される──なら)
未だ直立したまま、身の丈を超える槍を構える目の前の少女を無遠慮に眺める。今更、彼女の言葉を疑うつもりはない。つまり、この少女は。
「………なあ」
「──すみません。話の途中ですが、おそらく敵襲です。可能なら、息を潜めて適当な場所に隠れていてください。サーヴァントならともかく、人やワイバーンなら運が良ければ見つからないかも………っ、ごめんなさい!」
「なっ──」
瞬間、とても少女の力とは思えない尋常じゃない膂力によって襖ごと隣の部屋に突き飛ばされる。
直後に鳴り響く金属音と連続する震音。複数の足音と怒号には届かない高めの声が響きわたり、慣れ親しんだ我が家を異空間に染め上げる。
しかし、それも俺が身体を起こし終えるまでの僅かな期間。彼女たちサーヴァントにとってはそれだけで戦闘としては十分に成立どころか1R程度は余裕らしく、外れた襖の奥に広がる光景はこの短期間の諍いでできたとは思えない乱雑さであり、同時に背景に似合わないほどひどく滑稽な状況だった。
「
襲撃者と思わしき、鋼のような印象を受ける大男。
赤い外套を纏うその肉体は解析するまでもなく限界まで鍛えられ上げられていて、およそまともでない存在感が、あからさまに只者ではない雰囲気を醸し出している。
しかし。
「まさか
「ぐっ……」
そんな襲撃者に当然のように天井を仰がせ、身の丈を超える槍を首元に突きつける小学生にしか見えない少女。なんだこれは、と己が目を疑った自分は悪くないだろう。
いや、理解はできているのだ。男子高校生をやすやすと吹き飛ばせるならば、成人男性を転ばせる程度は訳無いと。そうでなくても、柔道や合気道なんかでは体格差をものともしない達人はいくらでもいる。彼女が歴史に名を刻む英雄であるならば、その程度はなんてことない。
だが、理解できるのと納得できるかは違う。一体、何の冗談なのだ。確かにあの俺を襲った少女も相当な力量だった。それを退けたなら、おかしくない光景であるはずなのに、どうしても常識が目を疑ってしまう。
──正義感だけで動くには、いくらなんでも相手が悪すぎます。
つい先程、彼女が言った台詞を思い出す。なるほど、そんな常識に縛られるようなら、確かに俺は命知らずだ。頑なに参戦を拒むのも、彼女が他のサーヴァントの凶行を止めたいと主張するのもよく分かる。
しかし、それでも。そう考える自分は、ある種の傲慢なのだろうか。少なくとも、彼女が言った通り、命知らずではあると思う。尤も、現状ではその実感が薄いのだが。
膠着した状況を呆然と見守っていると、今更ながらに視界の片隅で見知った顔が存在していたことに気づいて、そのことに愕然とする。もはや少女の言葉は疑いようもなく、確かに疑念は抱いていた。だが実際に目にするのとでは衝撃の格が違うことに、今になって俺は気がついた。
「遠坂……?」
「衛宮、くん……?」
何故なら、単なる同級生。その程度の印象しかなかった人物──遠坂凛が魔術師で、
存在からしておかしいから色々と魔改造しても大丈夫説。あると思います。
無窮の武練(偽):A+
自身に適正を付属・融合させるスキル、自己改造より派生したスキル。
ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の達人、あらゆる時代において頂点に位置する数多の人物と闘争、これを打破し、研磨され会得したもの。
ただし、彼女の持つこのスキルが可能とするのはあくまで自己改造による技量の底上げであり、また精神的に未熟な彼女は、『狂化』や『武器を失う』などによる影響は免れず、いかなる状態、いかなる精神的制約の影響下においても十全の戦闘能力を発揮できるわけではない。