衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです   作:融合好き

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アホみたいな短編書いたりこの世の終わりみたいなエロゲやって気分転換しながら書いたら遅れました。それもこれも全部無駄に重過ぎる展開が悪いんや。


■■■■■■■■■■■:EX

ギルガメッシュという人物について、私が語れることは驚くほど少ない。

 

偉大な人物である、ということは知っている。とはいえその事実についても、カルデアのデータベースからの引用、しかもそれを調べたのはリリィとしての私ではなく、すなわち又聞きの情報であり、当然ながら私にその実感はない。

 

更に言うなら、生前の、否、世に名だたる聖女としてのこの「私」は、生前に彼の逸話も、また彼の名前さえも聞いたことはなかった。古き良き時代の、と言えば聞こえは良いけれど、それはつまり黴の生えた昔話。現代とは違い保存技術の発達していない神代において、やはり完全な状態で物語を残すのは不可能に等しく、まして識字率もそこまでではない時代で、国も時代も遥か異なる英雄譚を知る者など、かつてあの私が過ごしたフランス全土を見渡してもおそらく片手で事足りるだろう。

 

実際の人物としても、賢王としての彼ならともかく、英雄王としての彼は、かつてカルデアで関わった限りではどうにも掴み所がなく、はっきり言って非常に取っ付き辛い人種だった。とはいえこれも責められないだろう。そもそも気難しい彼の気質や尊大な態度を除いても、下手に機嫌を損ねれば生命のみならず世界の危機にまで直結する人物が相手なのだ。ありとあらゆる時代の英雄から一目置かれていたあのマスターでさえ、彼と会話するときには無意識に一歩引いていた、となると、その面倒臭さは伝わるだろうか?

 

と、言うより、あくまで私の、ジャンヌリリィとしての彼の印象はと言うと、それはそれは散々なものとなる。理由はわかる。彼は何らかのスキルによってこの世のありとあらゆるものを見透かしていて、そして私が誕生した経緯が経緯だ。故に、彼はいつも私を視界に入れると含み笑いを漏らしていた。果てしなく失礼である。

 

彼は子どもには優しいらしい。らしい。あんな性格なのに。あんなにも偉そうなのに。それ以前に子どもとか畜生同然とか言って普通に見下してそうなのに。しかし、私がそれを実感したことは一度もない。その程度、そのくらいの付き合いしかないような関係だ。

 

でも。それでも彼はカルデアにおいて特別な扱いをされていた。確かに面倒な人物ではあったが、それに相応しいくらいの立ち振る舞いを見せた。己が世界の頂点であると自惚れている困ったさんではあったが、そのように錯覚してしまうだけの能力があった。

 

先程、自然と名前を出してしまったのは、以上を踏まえてもなお、彼の持つその超然とした雰囲気が私の目にも留まっていたからだ。もしかすると彼なら──言ってしまえば、その程度の期待。いや、単なる願望で、期待ですらないのかもしれない。でも不思議と、私の内の正しい私(ジャンヌ)は、さほど交流があったわけでもないはずなのに、何故か彼のことを一目置いていた。だから。だから。

 

「っ………」

 

でも(・・)。それでも私は──

 

「許可なく乙女の心を土足で踏み荒すなんて、相変わらずデリカシーがありませんね。英雄王ギルガメッシュ」

「──ハッ」

 

口が動く。殆ど反射的に、私たちの意見を統合するよりも前に、彼に対する苦手意識からか、つい辛辣な言葉が口に出る。

 

無論、彼に対して聞きたいこと、言いたいことはいくつかある。具体的にはなんで今鼻で笑ったのかとか、本当に許可なくしてどうやって当然のようにこの場に現れたのか、とか。しかし、彼については考えるだけ無駄だと本能が訴えている。だからこそ私は、ジャンヌは、この状況で彼の名前を挙げたのだから。

 

「ギルガメッシュ……?」

「察するに、この黄金のアーチャーの真名でしょう──しかし英雄王とは……いえ、なるほど、ギルガメッシュ。ギルガメッシュとは人類史に遺された最古の英雄譚の王。つまり英雄の原点と言っても過言ではない。あの無数の宝具はすなわち、英雄の王として、あらゆる宝具の原典を所有しているということですね」

「…………その話、私も生前に聞いたことはありますが、色々とおかしくありません? いえ、彼こそが『英雄』の源流である、という理屈はわかるんですが、そこで世界を統べたからと言って、現在過去未来まで、しかも他人が生み出したものを含め財宝であれば己がもの、というのは些か理解が及ばないと申しますか」

「──は。そういう無茶を通してこそ、神代の英雄というものよ。貴様らこの時代の人間が(オレ)どの程度(・・・・)と侮ろうが、(オレ)は常にその上を征く」

「……………」

 

無茶苦茶な理屈を強引な屁理屈で押し通そうとする英雄王。しかしどれだけ偉ぶったところで、私にとって彼が理解不能な存在であることに変わりはない。そもそも、彼はどうしてこの時代に現界しているのか。如何に今の私が彼の目に余るほどの脅威だとしても、流石にわざわざビーストみたいに墓穴から這い上がってくるのは彼の心情的に嫌だと思うのだが(不可能だとは思ってない)。

 

「それで、こうして割り込んできたからには、何か──いや、貴方は意外と気分屋でしたね。なら私としましては、なるべく早くそちらの二人を連れて脱出することをおすすめしますが………ああ、そうです。いい機会ですし、()から貴方に言いたいことが」

 

ただ一つ。湧き上がる感情に任せてその言葉を吐き出す。爪先と心臓から溢れ出す不快感が、彼に見透かされている現状の嫌悪感が、何より汚染された精神性が醸し出す暴力性が気持ち悪くて。否定したくて。

 

私は既に復讐者としては落第なのに、外見だけを取り繕っても、それでも私はサーヴァントとして、クラスという縛りからは逃れられなくて。せめて口で発散しようとして、それでも、それさえも気持ち悪くて堪らない。

 

「お節介が過ぎますね。気持ち悪いったらありゃしない。聞いてやろう? 白々しい。そんなだからロクに友達もいないのよ、悪趣味男」

「──言うではないか、雑種。されど、王とはすなわち、森羅万象全てを俯瞰する者。故に、時には見たくもないものを見てしまうこともある。そこな己すら見失いそうな雑種とは違ってな」

「っ………」

 

けれど、やっぱり(リリィ)では役者不足で、彼にしては随分と生温い反撃に黙り込んでしまう。恨まれるとは、悪態を吐くとはなんて難しいことか。黒い私ならここで更に煽ったりするのだろうか。それさえも分からない。できない。頭が痛い。

 

──結局のところ、どこまで行っても私は未熟者のリリィで、泥に染まって復讐者として世界を呪うのも、その真逆、聖女として我が身を犠牲に世界を救うのも、あるいは何もかもを投げ捨て、原初の海に溺れて獣に堕ちるのも、そのどれもが未熟故にできない(・・・・)

 

士郎さんの説得に関しても、結局は彼が何を求めているのかが分からず。彼が心の奥底では言葉とは違うことを求めていることは分かっても、それはあくまで推測の域は超えず、だからこそ説得も支離滅裂となる。

 

お師匠様なら、あるいは目の前の王様なら、彼の望みを理解できるのかな──などと嘆いても、この場に師匠はおらず、だからと言ってそれで目の前の王様に問いかけるのは、これは普通に不敬であろう。私ですら不躾だと思うのだから。

 

「…………」

 

(………どいつも、こいつも………)

 

しかし、理性が訴えかけるものと心に湧き上がるものは、今の私に限っては一致することはない。ああ苛々する。気持ち悪い。血管が切れそうだ。

 

思えば、召喚されて最初からそうだった。そもそも私は、誰かを率先して率いることには向いていない。友達の前では偉ぶっていても、それはマスターの真似事の域を出ず、そもそも私はサーヴァントであって、ならばやっぱり今の私は、どこか色々とおかしいのだろう。

 

気づけば、服装の一部が黒く変化している。全身から吐き気にも似た不快感が込み上げる。目の前のこいつら(・・・・)を、すぐにここから追い出したくて仕方ない。実のところ、マスターやセイバーさんを無理矢理ここの出口にまで追い遣ったのは、そういった面での理由がなかったわけじゃないのだ。

 

「…………」

 

今、この瞬間にもじわり、じわりと思考が黒く染まっていく。ふと深夜に厨房に忍び込んで摘み食いをしたくなるような、そんな昏い誘惑が沸き上がる。尤も、コレ(・・)は本来、摘み食いなどという生易しいものではないのだろうが、そういうところも、私が未熟者である証左だろうか。

 

幸運なのは、今の私が、かつての私がアヴェンジャーである故に思考が黒く染まろうとロジックそのものにさほど影響はないことと、侵食速度よりも私の破滅の方が早そうだ、という気休めにもならないこの状況か。

 

「………──ふぅ」

 

ため息を一つ。でも、まるで気分が落ち着いた気がしない。いずれにしろ、この調子では今の私にまともな話し合いなど出来そうにない。ただでさえ油断ならない相手に加え、自身の内側にまで気を張らなくちゃいけないとなると、やはり私には荷が重すぎる。気持ち悪い。気色悪い。吐き気がする。

 

それでも目を逸らすわけにはいかないと、どうしたものかと思考していると、意外にも、あるいは必然的に。当然、私の事情なんて無視して、誰にも憚ることはないとばかりに、目の前の王様は語り出す。

 

「やはり解せぬな。如何な固有結界内のこととはいえ、貴様の生み出した原初の海(アレ)(オレ)の知るものと同一であるならば、それが偽物とて、人の手でこのように燃え盛るとは、想像上ですらあるはずはない──道理に合わぬ。ならば」

違います(・・・・)。貴方にとってのケイオスタイドが如何なるものだとして、私にとってこれは燃やせるもの、燃えて当然のものでしかない。実際、私は本物のこれ(・・)が燃えたところを視認しています。仮に実際には不可能な理だとして、その事実が私にとって揺るがなきものであれば、世界なんて幾らでも誤魔化せる。それが私の強みであり、弱点でもあります。身の程知らず、と言われたらそこまでですが」

「何……?」

 

(………?)

 

無意識に紡いだ棘のある回答。そして掠める違和感。それは会話の中身ではなく、そもそも彼に対し、質疑応答という形式が成立したことに関して。しかしその疑問も、彼と会話を交わすごとに加速度的に肥大化する嫌悪感と忌避感、何より沸き立つ誘惑によって即座に引き剥がされ、更に、改めて彼を視認し、ここに来てようやく気づいた異常に私は驚愕する。

 

「な──」

 

(この感じ………まさか、彼も黒化して──既に、どうして……? 私の泥は、まだ誰も……いえ、それ以前に……)

 

「その霊基──その泥。貴方ほどの英霊が、どうして──いえ、それは、いつから……まさか、貴方は、もう正気では──」

「見縊るなよ、雑種。この程度の呪い、飲み干せなくて何が英雄か。この世全ての悪? は、 我を染めたければその三倍は持ってこいというのだ」

「──」

 

あまりに堂々と告げられた暴論に絶句する。何故ここでアンリマユさんのことを引き合いにしたのかはともかく、問答無用で納得しかねない何かよく分からない凄みがある。

 

しかし、彼が嘘を言っている様子もないし、これだけの泥を蓄えてなお受け答えは成立している。ならばそれは事実なのだろう。思い返せば、言峰神父も同等かそれ以上の泥を蓄えてなお正気だったように思えたし、一応はこの私の例だってある。ならば、アライメントが悪寄りのメンタル化け物みたいな怪物なら、この泥にもある程度は耐えられるのだろうか?

 

「そう、ですか………でも」

 

とはいえ、彼が私と同じ状況、この様子では、彼がどこか気が立っているように見えたのも錯覚じゃなさそうで、その原因が泥にあるのかはこの際おいておくとして、いずれにしろ、やはりこの人に頼ることはあり得ない。結局のところ、どう足掻いてもこの人は私にとって、決して信用していい人じゃない。今も私の精神を蝕んでいる、言峰神父と同等のものを身に宿している彼は。でも、それでも。

 

それでも、その上で。彼は未熟な私とは違い、確実にこの事態にケリをつけられる。

 

ヘラクレスさんと戦った時にも感じた感覚。つまり、どちらがより脅威になり得るか(・・・・・・・・・・)という話。確かに彼は危険な思想を持つ人物なのかもしれない。しかし、彼は曲がりなりにも、この状態のままおそらくは前回の戦争から世を乱すこともなく生き延びてきた実績がある。

 

私はどうだろう。私はこんな短時間で、既にこの泥が、こんな穢らわしい混沌が愛おしくて堪らない。そも、私と彼ではその規模が違う、余さず取り込んだ私とは違い、彼はただ染まっただけ。けれど、そういう要素があったとして、ならばより影響が低い彼を優先すべきなのは明白。

 

なら、なら、そうであれば、私は。どうしよう。どうしよう。ああ、マスター、マスター、マスター。

 

──………お師匠様。

 

(っ…………)

 

 

 

「………む?」

「ランサー?」

「………?」

 

ゆらり、両の手を持ち上げる。目指すは一点、自らの内に眠る物。我が固有結界の起点として取り込んだ、この光景の元凶とも呼べるもの。

 

どこか遠くから声が聞こえる。否、あらゆるものが遠くに感じる。そのくせ身体を焦がす熱が、内側を満たす泥がより鮮明に実感できて目眩がする。もはや一刻の猶予もない現状で、走馬灯のように過ぎったのは、いつだって私を導いてくれた、あの人の言葉。

 

『願わくばその力(・・・)が、正しく世界を救うことを信じて──』

 

それはかつてあの人が起こした奇跡の再現。その指向性を更に限定的にしたもの。空想の存在である私だからこそ扱える、彼にとっての理想の力(・・・・・・・・・・)。しかして彼のそれとは異なる、聖杯により形を成した私が、聖杯を起源として現界する私が想い描く彼の理想。彼がかつて民草に信じさせた曖昧な奇跡とは真逆、即物的かつ具体的。すなわち、聖杯を操るためだけの力(・・・・・・・・・・・)。その真名を──

 

 

「宝具解放──『双腕・聖杯掌握(ツインアーム・リトルクランチ)』」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

間桐桜は錯乱していた。

 

「あ………」

 

“それ”が再び私たちの目の前に姿を現したのは、突如として彼女を筆頭に洞窟の一角ごと数多の人達が消え果ててから実に30分が経過してからのこと。

 

漏れ出た声は、安堵。それはようやく状況が動いたことに対する反応ではなく、単純に私がいい加減この空間にいることに居た堪れなくなっていたから。キャスターさん曰く先輩やランサーちゃんの生命反応は明白で、加えて緊張で張り詰めていたから体感の時間としてはいつかの頃よりかは長くは感じなかったけれど、やはり実際に現場を確認できないでいるのは不安極まりなく、更に直前の出来事もあって居心地が悪いことこの上ない。

 

幸い、と言っていいのかはわからないけど、この場にいる誰もがそのことで私を責めたりはしなかった。むしろキャスターさんが定期的に挟む現状報告のようなもの以外は誰も言葉を挟まなかった。

 

理由についてはおそらく誰も明言しないけど、それだけの何かが、逆に30分もの間まったく状況が動かなかったにもかかわらず誰も離脱を試みなかったほど惹きつける何かが、もっと言えば「ここから目を離すわけにはいかない」という理屈を抜きにした漫然とした恐怖が、サーヴァントであるライダーたちさえ注視せざるを得ない脅威が、今まさに目の前で繰り広げられていたとしたら。

 

「何ですって……?」

 

当然と言うべきか自然にと表現するべきか、それまで沈黙を保っていた面子の中で唯一、内部の気配を探ってその結果を随時報告していたキャスターさんが怪訝な声を上げる。

 

それを疑問に思うより前に、どこからともなく私たちの前方に降り立った人物に着目する。まず何よりも目を惹くのは、黄金の鎧に身を包んだ金髪の男性。明らかにサーヴァントだとわかる、しかしこれまでに一度も存在を見せなかったされど異様な存在感を誇るその男は、如何にも不可思議、というような顔をして。

 

「よもや此処まで聞き分けがないとは。童の癇癪に付き合うのも億劫よ」

 

これまた見た目に違わず如何にも、という尊大な態度で呟いた彼は、事情は知らないが貴方がそんな態度だから相手も聞き分けが悪いのでは、と至極同然に疑問に思う私に、というよりこの場に集った誰にも視線を向けることはなく、ただ一点を見つめている。

 

(あの方向は……“あれ“があった場所……?)

 

あれ、とはすなわちこの地に眠っていた聖杯のこと。確かにあれは現物がない現在でもそこにあるかのような存在感を誇っているが、今はランサーちゃんの固有結界とやらに取り込まれて不自然な空白地帯と化しているその場所が。

 

(タイミングや方角的に、おそらくはその固有結界から脱出してきただろう彼がそれを分からないはずがない……ならどうして?)

 

いや、固有結界の説明を聞いた感じだと、内部がどのようになっているのかは千差万別かつ一切不明で、脱出出来たからといって何もわからない可能性は勿論あるのだが。

 

とはいえ、その真偽を図る暇もなく、件の黄金のサーヴァントとはまた別に、しかし優雅に降り立った彼とは違ってこの上なく無様に、けれどもそれ故に身近で、そして私が一番心配していた人物が文字通りに転び出る。

 

「──っが、」

 

くぐもった悲鳴。巻き上がる土煙と転がって来る何か。それが人間であると認識できたのはその人物が私の目の前で勢いを止めたが故であり、また同時にその人物の存在は、私の思考を止めるには十分過ぎた。

 

「………なっ、先輩!? その怪我は………!」

「う………? さ、桜……?」

 

意識はある。というよりよくよく見れば全身が土で汚れているだけで怪我も擦り傷がせいぜいと言ったところ。ただし状況がまるで掴めない。何故、先輩がこのタイミングで、ッ──…………!?!!

 

「──ひ、」

 

背筋が粟立つ。訳もなく悪寒がする。それが単なる気のせいではない証拠に、身体中の蟲があのお爺様の統率さえも無視して身体の中を無秩序に這い回る。

 

反射的に視線を黄金の彼と同じ方向へ向ける。──そこには、いつの間にか“彼女”が立ち尽くしていた。

 

「なんなの、あれ(・・)──」

 

姉さんの声。その意は困惑。無理もない。訳が分からない。でもそれ以上に恐ろしい。私はそれが見えているはずなのに、何一つとして理解ができない。

 

見覚えのある顔のはずだ。否、良く見れば随分と風体が変貌している。しかし、面影はある。けれど不思議と別人とは思えない。服装はともかく背格好がまるで別人のものだと言うのに。

 

ならば、何故。何故私は彼女に萎縮している? いや、私がサーヴァントに萎縮するのは当然のことだ。何なら私はライダーにさえ時々本能的に怯えてしまう。だからこの場でのこれはそういう意味ではない。

 

姉の言葉──正しく優秀な魔術師である遠坂凛の言葉は実に的を射ている。あれは何だ(・・・・・)。サーヴァントではない。人間ではない。お爺様のような怪物ともまた違う。それこそ、その方向性は真逆だが、異質さで言うなら先ほど現れたこの黄金の男に近しいものを感じる。

 

「あの……」

「………む?」

 

思わず口に出してしまったそんな呼び掛けに、どういうわけか件の黄金の青年は反応する。指向性すら定かではないそれを当然のように自分への呼び掛けだと断定したのは不気味だが、今はあまり関係がないと放っておく。

 

「彼女は──いえ、あれは一体、何なの、ですか……?」

「…………」

 

ゆっくりとその男が振り向く。整い過ぎたその容姿と、あまりに透き通った瞳に射抜かれて視線を逸らしそうになる、が、ここで視線を逸らせば彼の機嫌を損ねると本能的に察し、そのまま見つめ合うことしばし。

 

やがて話しかけたこと自体が拙いと気づくも既に遅し、逃れようもない死の恐怖に私が怯えながらその瞳を見つめていると、不意に、

 

「──アレはまさに、この地に巣食う呪いそのものよ」

 

とだけ告げる。意外だった。独り言のような呟きとはいえ、まさか返答が返って来るとは思わなかった。ただ、彼が物凄く不機嫌そうに見えるのは今の私のせいではないと信じたい。加えて内容も良く分からない。つまりはどういうことなのだろう。訳知り顔ではあるが、これ以上は僅かでも踏み込めば殺される気がして聞き出せない。

 

「桜……」

 

すぐ隣にいた兄が私の手を握る。どういう風の吹き回しだろうか。不思議なことに、普段は感じる肉体的接触に伴う嫌悪感は感じなかった。それは兄の手がかすかに震えているからか、私が目の前の光景を見て感覚が麻痺してしまっているのか。それまた別の理由か、分からない。しかし、やはり私がどれほど足踏みしようとも、時間というものは誰にも平等に紡がれる。

 

それは当然、目の前の彼女、異様な変貌を遂げたランサーちゃんも例外ではない。しかし彼女は聖杯のあったその場所に佇んだまま俯き、奇妙に不自然に、まるで時間が止まったかのようにピクリともしない。

 

「──シロウ!」

 

さほども経たず、また新しい声が一つ洞窟に鳴り響く。声の主である中学生くらいの少女は先輩や黄金の彼と同一の方向からまた不意に現れて、倒れた先輩を彼女から庇うようにして抱き寄せ、息があることを確認するや否やすぐさま反転しランサーちゃんへ向き直り、私たちに向けて大きな声で呼び掛けてから、

 

「──私ごとで構いません! 対城クラスの宝具をお持ちでしたら、今すぐ彼女に向けて解放してください!」

「は? いや、貴女誰? いえ、サーヴァント? 何をいきなり──」

「早く! 既にもう、アレに彼女の人格は残されていない──!!」

 

次の瞬間。

 

異様に緩慢な動作で、問題の彼女が首を起こす。

 

「っ…………!?」

 

それに呼応するように彼女から噴き出した瘴気に身体が反応する。蟲蔵なんか目じゃないくらいに原始的な恐怖を煽るそれは、わけもなく錯乱している様子である金髪の少女への信憑性を高めるものだった。

 

「…………!」

 

洞窟が震撼する。ゆらり、と覚束ない様子で周囲を見渡す彼女に悪寒が止まらない。そのままランサーちゃんは一番左に立つライダー、私、兄さん、倒れた先輩、遠坂先輩──と視線を向け、やがてある一点でその動作を止める。

 

(え……?)

 

視線の先──イリヤスフィールと名乗った白い少女はその視線に瞬き、けれど私同様に思考がまだ追いついていないのか、良く見れば僅かに震える身体を動かすこともできずに棒立ちで立ち竦む。

 

しかし、

 

「──I am the bone of my sword.」

 

そんな詠唱がどこから響いたのか、私には認識することができなかった。

 

詠唱、となると先ず最初に詠唱者(キャスター)であるフードの女性のことを思い出すが、それでも出処が不確かであったのは、その声が明らかに男性のものであったこと。その上でさらに、私にはその詠唱が、例えば姉さんやお爺様のように、とても魔術の工程の一部とは思えないくらいに独特なものであったからだ。

 

「………アーチャー?」

 

真っ先に違和感に気づいたのは、遠坂先輩。今度ははっきりと脳に刻まれている声色が示すその人物を見やると、そこには矢を番える白髪の赤い弓兵の姿が。どうやら状況からして、先ほどの声の主はこの大男だったらしい。

 

「ちょ、アンタ、何を勝手に」

「確かにそこのセイバーに対しての不信はあるが、それを押してもその内容には信憑性があると私は判断する」

「だからって、それは。それにアンタ、記憶が──ってそういう……ホント、アンタってば性格腐り果ててるわね」

「……………………」

 

アーチャーさんはその言葉に複雑そうな表情をするが、それも一瞬。良く見ると矢とはとても表現できない捻れた剣のような何かを弓に番え、そのまま彼女へ狙いを定める。

 

「──『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』!」

 

音を切り裂く衝撃。正確に彼女の頭部へ向かって進む弓兵の宝具は、しかし彼女の頭部に接触するも轟音と共に砕け散り(・・・・)、傍目には彼女にダメージを受けた様子はない。

 

「なっ──そんな馬鹿な、あんなのモロに食らって仰け反りさえしないとか全身が鋼鉄だとしても色々とおかしいでしょ!?」

「………いや、ランサーはダメージそのものを夢だと誤認する(・・・・・・・)ことができる。あの攻撃が彼女にとっての夢であるなら、当然、それは現実に影響を及ぼすことはない──」

「はぁ!? だったら何、今のあの子は無敵だって言いたいの!?」

「違う──アレはあくまで、問題を先延ばしにしているだけだ。効いていないわけじゃない。夢はいずれ醒めるもの。彼女が現実を再認識すれば、それまでの攻撃のツケが回る。だから──セイバー!」

「ええ、シロウ!」

 

だから彼女の目を覚まさせるほどの一撃があればいい、と先輩は告げる。そしてそのハードルはさほど高くはないのだと。何故なら、そもそもあんな非常識な防御手段があるのなら、彼女があの防御宝具を多用する理由も、全身をボロボロにしてまで戦う必要もないのだから。

 

いっそ単純に長時間弾幕を張るだけで事は済む、と先輩は言う。要は彼女に現実へ意識を向けさせればいいだけで、衝撃の多寡は無関係であるが故に。

 

しかし、やはり、攻撃の威力は即ち存在感の高さとも言える。迫力という言葉があるように、力強さはそれすなわち存在感の強さとして現実に轍を刻む。だからこそ、如何な彼女とはいえ、この一撃から目を逸らすことは叶わない──!

 

「──束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流」

 

それは星に轍を刻む剣。人々の想いを重ねた最強の幻想。魔術世界ではあまりに有名な、聖剣というカテゴリーの中において頂点に立つ最強の聖剣。その真名を。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』!!」

 

膨大な熱量が視界を覆う。洞窟の雰囲気を塗り替える閃光が迸る。……余波だけで、私の内に潜む蟲がいくらかが魔力に当てられて朽ちていく。

 

「…………!」

 

光が満ちる。光に飲み込まれる。纏った瘴気ごと、聖剣の光が彼女の存在を蹂躙する。

 

しかし。

 

 

 

 

「…………」

 

(無、傷──)

 

 

 

 

「………そんな──」

 

しかし、それでは足りないと、その程度では彼女の歩みを止めるに至らないでも言うように、彼女は僅かに後退しただけで、怯むことも臆することも身動ぎさえもすることはなく、受ける直前と一切の変化がないままに──

 

「──いえ、サクラ。これでチェックメイトです」

「ライダー………?」

 

不意に呟かれたその言葉に顔を向けると、いつのまにか普段から装着している両目を覆い隠すバイザーを取ったライダーが、その宝石のような瞳でランサーを睨みながら佇む。その事実に怯む私を安心させるような柔らかな口調で、彼女は私の疑問に回答する。

 

「というより、おそらくはきっと、最初から……そうですね。アレは抜け殻に近いものだったように感じます」

「抜け殻………?」

「あの彼女は、私の『石化の魔眼(キュベレイ)』の影響を一切受け付けていませんでした。いえ、あの様子を見るに、それ自体に驚きはないのですが……それ以前に、今の彼女からは血の気配をまるで感じません」

「ぇ……?」

 

ライダーがそう告げたのとほぼ同時に、前触れもなく彼女の身体がドロドロに溶け落ちていく。比喩ではなく、全身が急に液体と化したような不自然さで。

 

「ひっ、………え?」

「や、やったのか……?」

 

兄さんの声。それはフラグだからやめて欲しい、と思うより先に、まるで出来の悪い映画のCGのような現実味のない光景が、逆に異様な不安感を煽る。

 

まさかこれで終わるはずがないという予感が、悪寒が。これっぽっちも湧かないその実感が私を脅かす。震えが止まらない。歯がガタガタして噛み合わない。確かに、彼女は今、目の前でその器を失ったというのに──

 

「………ああ、終わりだ。マスター()にはわかる。ランサーは今、逝った。結局、俺は何も──」

「………そうか」

 

(…………え?)

 

「あ──」

 

だから、直ぐ側で行われたやりとりにもすぐには実感が湧かなくて、それでも確かに先輩が告げたその言葉にようやく力が緩み、がくんと体勢と共に気が抜ける。

 

そうだ。考えてみれば先輩に聞けばそれで良かったのだ。先輩の手に残された令呪。つまり彼がランサーのマスターであることは明白であり、ならば当然、彼女が消滅したか否かをその繋がりから否応なしに理解できる。それこそ、かつての私のように。

 

配慮がどうとか、遠慮がどうとか関係なく、そんなことさえ私は頭から抜け落ちていた。何がなんだかわからなくても、それだけさっきのアレ──否、彼女が強烈だったのもあるが、今となっては、それも、

 

 

 

 

 

「──娘。貴様は先刻、(オレ)に対し、アレを何だと訊ねたな」

 

 

 

 

 

鋭い声が静寂を破る。冷たい視線が私を射抜く。それは今にも気が抜けきって崩れ落ちそうな私を激するように、あまりに眩く、気高い言葉。

 

当然の返答(・・)にびくりと身体を震わせる私に対し、黄金の英雄は私とは対照的に堂々と、なおも不安に怯える私を笑い飛ばすように続けた。

 

「始めに言った通りだ──アレはこの地に巣食う呪いそのもの。故に、その清算は貴様らが為さねばならん」

「──!」

 

(な──!?)

 

──どくん、と。

 

まるでタイミングを見計らったように洞窟が鳴動し、霧散したはずの、否、未だ漂ったままだった瘴気が、悪意が、呪いが、彼女の残骸(・・)である泥に取り込まれ、徐々に一つの形を成す。

 

輪郭が形成されるにつれ、それまで抱いていた漫然とした不安が、恐怖が、絶望が這い上がる。それは、どこまでも暗く深い底無しの沼のように。

 

「気張れよ雑種。アレこそが、あの小娘にとって最大の“悪”──人の業が生み出した災厄の獣。あやつが分かり易い形に纏めた、貴様らが積み上げた負積だ。

 

なればこそ、貴様らがこの地の管理人を名乗るなら、見事、アレを己が全霊を以て打倒してみせよ」

 

黄金の英雄は宣告する。その言葉はまさしく英雄としての理論であり──同時にそれは、魔術師(負債者)である我々にとって、あまりに受け入れ難い最後通牒でもあった。










ギルガメッシュがデウスエクスマキナな所為で最終戦に緊張感が出ない。

ギルガメッシュが触りたくもないような人をラスボスに据えよう!

モノホンじゃないからヘーキヘーキ。てなわけで次回は多分最終決戦です。


ムール・ウ・テュ・ドワ:EX

聖杯の毒に侵され、アヴェンジャーとして変生したサンタリリィに発現したスキル。
正確には“Va où tu peux, meurs où tu dois”(ヴァ・ウ・テュ・プー、ムール・ウ・テュ・ドワ) 。
『行くべき場所まで行き、死ぬべき場所で死ぬ』というフランス語の諺。
他のサーヴァントと比較しても異質極まりない彼女は、常日頃から自身の存在そのものに対し、『こんなにも歪な自分はここにいてもいいのだろうか』という疑問を抱えていた。
それに加え、此度の聖杯戦争における変則的な召喚により更に曖昧となった自己は、それまでに抑圧されていた不安や恐怖といったマイナス感情を聖杯の呪いが増幅することによって疑心暗鬼を生み、本来であればアヴェンジャーであるオルタにしか発現し得ないスキルの獲得に至り、それに引き摺られる形で霊基に歪みが生じている。

スキル自体の効果としては、言ってしまえば『最適な死に場所を見出す』というもの。また、そのために最適な行動を取ることが出来る。
自身を侵す呪詛があまりに強大なものであると悟った彼女は、このスキルを用いることでやがて訪れるであろう自身の暴走を未然に防ぐことに成功している。

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