衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
「…………ぅ、くっ……」
意識が覚醒する。何よりもまずそのことに驚く。
視界は朦朧としていて、軽く拳を握るとそれだけで激痛が走る。どうやら今はうつ伏せの状態のようだが、立ち上がれる気がまるでしない。どころか何もしなくても全身がとても痛い。間違っても霊基が万全だとは言えないが、それが逆に先の出来事がゆめまぼろしの類ではないことを証明している。
一体、何が起きたらこのような事態に陥るのか。実のところ、推測はできる。できるが、それだけだ。私が予想するそれはただの願望でしかなく、そんな都合の良い話などあるはずはない。
だが、しかし。まさか、まさかまさか本当にそれが真実であるのなら、私は何を押してでも、為さねばならないことがある。
「あ、っ、ぐっ、ぅ………」
立てない。痛みもそうだが、そもそもそういう次元の話ではなく力むための力が入らない。実はこの体勢でいるのも割と辛いのに寝返りさえ打てる気がしない。
でも、不幸中の幸いか、痛みで意識ははっきりしている。意識さえ無事なら、夢を見ることができる。そうであるなら、私はまだ戦える。
「……………………ふぅ」
身体を組み替え、ムクッと立ち上がり、パンパンと服に付いた砂を払う。………手に付いた血によって余計に服が汚れてしまった。痛みや負担を無視出来るのは良いことだけど、どうにも夢という仕様上実感が薄くなるというか、触覚が鈍るのだけは勘弁してほしい。槍がすっぽ抜ける可能性があるから。
「貴女、どうして………」
「…………遠坂さん? ああ──無事で、何よりです」
そうこうしていると、不意に投げかけられた声。それに反応すれば、そこにいたのは目を見開いてこちらを見る遠坂さんの姿。見たところ外傷はなく、私の記憶が正しければ彼女もあの聖杯の中に飲まれていたと思うのだが、ここにいるということはつまりそういうことなのだろうか。なら、なおさら引くわけにはいかない。
「いえ、そうじゃなくて………さっきまであんな、そんな有様で、どうやって突然………」
「…………」
しどろもどろな発言。………見られていたのか。そんな余裕は無かったとは言え、傍目にはどう足掻いても異様な光景にしか映らないのでなるべく見せたくはなかったのだが。
「…………そういえばアンタ、バーサーカーとの戦いの後も、いつのまにか外観だけはいくらかマシになっていたわね」
ぎくり。
(そこに気づきましたか………)
そう、よく考えなくても、あの時の私の回復能力は宝具によるそれを遥かに凌駕している。
あの時はまだ私の真名も明かしておらず、それ故に『そういう宝具』を持っているで誤魔化せたのだが、いや、実際にそういう回復宝具は保有していたのだがあれはせいぜいが止血ぐらいで、ってそれはともかく。というか今になってそんなことを掘り出されても困る。今更そんな追求をして何のつもりなのだ。
「…………何をするつもり?」
「…………」
核心を突く一言。やや唐突な話題にも思えるが、まどろっこしいのが苦手な彼女らしくはある。現状、万が一にも妨害の可能性を鑑みるなら、私はそれに答える筋合いはないしその余裕もない。しかしその質問は、どうしてか私に、はぐらかすことをとても躊躇わせた。
「私がここにいるということは、つまり、聖杯が正常な動作を始めたということ──それは、すなわち」
まだ戦いは終わってはいない──そう告げ、彼女に背を向けて歩き出すと、驚くほどの力を以て肩を掴まれ無理やり振り向かされる。否、私がロクな抵抗も出来ずに為すがままとなる。
「くぁ、っ………」
「……ああ、キャスターの言ってた『スカスカ』ってのはそういう。あの時は鋼鉄かってくらい硬かったのに、今なら魔力無しでも握り潰せそうじゃない?」
「…………」
あの時、とはライダーさんとの戦いの直後のことを言っているのだろうか。いや、そうでなくても、こうして直接触られてしまっては、明らかに感触がおかしいことには気付くだろう。
夢の本質とは、現実から逃避することにある。したがって、誰かの夢より生まれ出た私は、たとえ如何なる状況下においても、外観だけは綺麗に取り繕うことができる。………そのためのリソースをどこから持って来ているのかは、もはや言う必要もないだろう。
「…………」
周囲を見渡せば、そこはまさに死屍累々と表現すべき状況。あたり一面が瘴気に染まり、強大な力を持つサーヴァントの半数が消滅し、そのマスターであった魔術師も一様に倒れ伏している。例外は私と、キャスターさん、王様、そして──目の前の女性、遠坂凛。
「もう、いいでしょう?」
不意に告げられたのは、そんな一言。それは、何を指しての言葉なのか、どういった意図の台詞であるのか。
視線が重なる。ボヤけた視界の中、彼女の瞳の輝きだけが強調される。分からない。私には分からない。彼女が何を求めているのか理解できない。でも、それでも。
(この眼は、あの人と同じ───)
彼女の瞳に、私の知るあの人、底無しのお人好し、誰よりも優しい彼の姿が重なる。
「…………」
彼女は言う。もう大丈夫だと。貴女の役目は終わったのだと。
柔らかな口調で、その胸の内の不安を押し殺しながら。大丈夫なはずはないのに、それこそ彼女は私に気遣う理由なんてないのに、それ以前に、今更彼女が何をしようともはや手遅れなのに、それでも。
それでも彼女は、気丈に微笑む。私の大好きな、あの優しい笑顔で。
ひとでなしの魔術師である彼女と、どう足掻いても人としての括りから外れない彼。性別から役職から何から何まで異なるはずなのに、根っこの部分でこれほどに酷似する。
(ああ───)
これこそが、人間。押し寄せる矛盾、溢れ出る不条理をごちゃ混ぜにしてなおも足掻く。あまりに見苦しく、それ故に愛おしい。
最初から完全なる存在と望まれた私には、その姿はとても眩く、けれども非常に疎ましくて───でも。だからこそ。
だからこそ私は、聖杯に。あの万能の願望器に。それを守りたいと願ったのだ。
「………心配せずとも、見ての通り、まだ私は槍を構えるだけの力は」
「嘘。なら、どうしてとっとと私を振り解かないのかしら?」
「………ええ、嘘です。虚言です。誤魔化しです。ですが、それは」
「それは衛宮くんのためこの街のため私のため。良かれと思って、
真摯な瞳が私を射抜く。それがあまりに眩し過ぎて目を逸らしてしまう。
どれほど力量が隔絶していても、偽物の私に本物の輝きは放てない。そんなこと、わかり切っていたはずなのに。
「…………どうして」
「ん?」
それは正しく愚問。思わずこぼしてしまった愚痴。問いた段階で納得する答えなど帰って来ないと明白にわかる質問。否、既に答えなど分かり切っているそれは、最早問いかけでさえない。
「どうして、こんな、私なんかに……」
「…………あのね」
頭に手を当て、溜息を吐く。特に注目する理由もないはずのその自然な動作は、不思議と私の目を惹きつける。
「私が貴女にちょっかいかけて、困ることなんてないでしょう?」
「でも、それは論理的ではありません。合理性もありません。理屈にも合いません。感情としても、魔術師である貴女には……」
言い訳だ。分かっている。彼女がいわゆる一般的な魔術師とは違うことなんて。
「確かに、貴女の本質は嘘かもしれない。はっきり言って、私は未だに貴女が何を求めているのかも分かってない。でも、貴女が私達を想うその気持ちに、その行動に嘘はないでしょう?」
「…………」
そして、その通り。彼女なら───あの人なら、迷いなく告げるだろうそんな善性の台詞に、私は返す言葉もなく押し黙る。
もはや大勢は決した。否、既に分かっていた。巻き込むことが迷惑になるなんて、理屈ではない、そんなことよりも大切な信念が彼女の中にはあるのだから。
観念して、話し始める。実のところ、彼女が思う以上にこちらには余裕が残されていないのだ。
「一つだけ、この状況を打開できるかもしれない策はあります」
「へぇ……?」
「まず前提として、今の私はマスターの見るうたかたの夢であり、2015年の時点で、ヒトは眠るとき、レム睡眠ノンレム睡眠とは無関係に一晩に数回、断続的な夢を見ることが判明しています」
「………は?」
「とはいえ夢を見る具体的な時間、その長さについては未だ明かされていない部分も多く、それは一瞬とも15分とも一時間前後とも寝てる間全てではないかとも言われていますが、私の場合はレム睡眠時における夢を採用していて、時間にして最長で約20〜30分、これが今の私が存在できる時間になります」
「………。………意外と長いわね」
難しい顔で遠坂さんが呟く。それが最初の反応なのもどうなんだろうと思いつつも、私自身かなり唐突な話題転換をした自覚はあるのでそれに反応はせずに「ですが」と続けて、
「当然、夢が現実になることなんてあってはならない──であれば、それを引き起こすためには何らかの力がいる。そして、それは」
「…………ああ。ただでさえ魔術師としては未熟な上に、今のぼろぼろな衛宮くんじゃ最長の時間まで魔力が追っ付かないし、加えて貴女が衛宮くんの見る夢だってんなら私が肩代わりすることも出来ないって?」
「…………はい」
がくりと項垂れて答える。認めたくはないのだが、ここを誤魔化してもどうしようもない。実際、勝算があって活動していたわけでもない。どちらかといえば強迫観念に近いだろうか。いや、もっと単純に、早くなんとかしないとという焦り、か。
「それで、打開策ってのは?」
「…………」
遠坂さんが発言を促す。そう、ここまではただの前提。本題となるのはこの先の話だ。
「問題なのは、今の私が通常の契約状態とは異なること。ただサーヴァントを維持するだけなら今の彼にもできる。だったら、どうにかして今の私の状態を、元のサーヴァントのものに
──『霊基復元』
召喚反応──霊基グラフをデータとして保存できるカルデアならではの反則技。
聖杯の内部で私が士郎さんに対して行ったそれとは真逆、精神をそのままに肉体を
しかし、それには、そのためには。
「令呪三画──それが最低条件。その上で、霊基グラフの解析が可能──それこそ、あの汚染された状態の聖杯で正しく願いを叶えられるくらい、魔術についての造詣も深くなくてはならない」
「──!」
私達と出会う頃には、既に令呪を一画消費していた遠坂さん。魔術については言うまでもなく、あんな物を現代の魔術師に扱えるはずがない。
確かに策はある。いや、あった──しかし、それはあくまで机上の空論でしかない。
結局、全てに都合良く物事が進むことなんて、それこそ抑止力の影響でも受けていたのではないかと疑うあの人くらいのもので、そんなあの人でさえ取りこぼしたものは無数に存在する。
私はどうだろうか。運は良かったと思う。今はマスターに引き摺られてだいぶ下降しているが、生前(?)の私の幸運のランクはA++。これはサーヴァントの中でも上澄みの上澄み、トップクラスの数値に該当し、私の他にはあのアルジュナさんくらいのもので、けれどそんな彼でさえ、むしろそれ以上の幸運を持つ彼ら彼女らとて数え切れないくらい取りこぼしたものはあるのだ。
「…………離してください。もう、時間がありません」
「…………」
気付けば肩の拘束は解けていた。そのまま肩に乗ったままの手を振り払って踵を返す。
そうだ。だからといって諦めるのは違う。間違っている。この状況を見過ごすわけにはいかない。ロジカルじゃないし、単なる意地、見栄の類だとは自覚しているけど。
でも、それでも、私にとっては譲れないことなのだ。
「………話が纏まったところ、悪いけど──」
「え──」
不意に、気怠げな声を掛けられる。どこか艶のある、大人の魅力に溢れたその声の主は、これ以上にないタイミングで、彼女が持つ肩書きのごとく、まるで御伽噺の魔女のように都合良くこう告げた。
「それは例えば、あのヘラクレスを一度殺すより簡単なことかしら?」
☆☆☆
その腕は、哀れな程に震えていた。
その目は、明らかに焦点が合っていなかった。
その槍は、もはや持ち上げることさえ叶わずにいた。
しかし、その足は、その歩みは、間違いなく我の方へと向いていた。
「…………」
槍の先端が床に擦れる擦過音。がりがりと喧しいそれとはまた別に眉を顰める。
サーヴァント、アヴェンジャー。聖杯により生まれ出た偽りのサーヴァント、ジャンヌ・ダルク・オルタ。此奴は一見にして我とは無関係に思えるが、魔術とは縁。故にこの女がこの地に召喚されたのは、此奴が生まれた経緯からその関係を否定できない。
とはいえ、それがどうした、という話。例えどこかで奴と我とで関わりがあったとて、それは今の我とはまるで関係がない。むしろ我の財宝より派生した形態であるならば、首を垂れて感謝を告げるべきであろうに。
しかし現実に、この女はこんな無様な有様で、それでも外見だけは小綺麗に、敵意を以って我と対峙する。
その意は義憤──即ち、義理人情の類。肩書が示す身を焦がすような怨念も、張り裂けるような怨讐も、奴の歩みを止める理由にはなり得ない。まさに不可解。それ故に興味深い。
やがて我の眼前に立ち止まった女は言う。お前は邪魔だと。裁定者は現代には不要だと。臆することはなく、感情からではなく理性からそう告げる。
まあ──尤もな話。もはやこれほど神秘が薄れたこの時代、我のような超越者は疎まれるであろうことは容易に想像がつく。だが、
「それは、貴様が決めることではない」
「……ご尤もです」
回答を予想していたのだろう。引き摺っていた槍をこちらへ向け、「では、いざ尋常に」などと戯言を吐かす此奴をじろじろと見つめる。
「……なんです?」
「いや、なに。我ながら随分と愉快な生き物を生み出したものだ、とな」
一通り
くつくつと思わず含み笑いをすれば、只でさえ仏頂面をした道化がますます不機嫌になる。道化とは常にへらへら笑っているものであろうに、この程度の煽りで精神を乱すとは。
だが、感情的であることは恥ではない。我を排除する理由など、「気に入らないから」で事足りる。結局、此奴は小難しい理屈を盾にして、己が抱いた
なんともまあ、人間のフリが上手いモノだ。言峰と並べたら、よほど此奴の方が人間らしいと評されるであろう。
「だが──不敬であるぞ、雑種。何の権利があって、我にソレを向けている」
「…………ふふ。ああ、この感じ、懐かしいですね」
疾く失せよ──そう告げれば、雑種は不可解にも嬉しそうに微笑う。構えた槍を収めることもなく、むしろ無駄に戦意を滾らせて手に力を込める。
元より素直に従うとも思わなかったが、些か不愉快なその反応に少々面食らう。この雑種が我を知るのは視た通り。が、ここまではっきりと
(…………)
しかし、それでも我は王として、少なくとも現時点で剣を抜くつもりはない。それはこの雑種も理解していることだろう。だからこそ、此奴は堂々と我に対峙する。
「──フン」
不機嫌を隠すことなく声に出し、まずは小手調べと宝物庫より比較的価値の低い宝剣を二振り投擲する。
「──ハァッ!」
──キキィン、と甲高い擦過音と共に、ほぼ同時のタイミングで我が財宝が地へと突き刺さる。半ば見えていた結果だが、実際に目にすると、これが存外──………
「…………」
舌打ちを一つ。次いで4本、更に8本と同様に繰り返す。
弾く、躱す、逸す、落す。弾き逸し落し弾き躱し躱し切り裂き──弾き返す。
「…………ハ」
こちらへと飛来した一振りの宝剣は、意識を向けるまでもなく地へ落ちる。攻撃の切れ目、最後の一振りを利用して行われたそれは無論、偶然による結果などではなく、明らかに狙ったモノ。
成果はどうあれ、明らかに対応が初見ではない。はっきり言えば、模擬戦とはいえ我と此奴が割と頻繁に戦っていたというのは眉唾物であったが、疲労困憊の状態でこれならば、にわかには信じ難いギル祭りとやらの経験も嘘ではなさそうである。
(………七つの人類悪、か。よもやここまで早く現れるとはな)
この聖杯戦争が何を模したものなのかは理解していた。模擬とはいえ儀式が成立したからには、近々それが必要になる事態に陥る可能性があることも。だが、それでも。
(…………)
我は冠位のサーヴァントなどではない。故にそれが顕現する兆しは察すれど理解はできない。ありとあらゆるものを見通す眼も、人理焼却の影響やそも此奴の世界がこの世界と平行でないのも相俟ってはっきりとは見通せない。
だが、ビーストとは、人類悪とは本来、人類種そのものの自浄作用のようなものであり、現界した時点で到底抗えるようなものではない。
したがって、この女がそれを退けたというならば。
すなわちそれは、この女が、あるいはこの女が所属していた組織は、人理すら歪めかねない、極めて例外的な存在であるという証明である。
そう──それこそ。その有り様は、今の此奴のクラス同様、あまりに歪で。我の眼でさえも見通せないほどに。
「…………」
(…………よかろう。ならば)
その剣に銘は無い。大層な逸話も由来も持たない。ごく一般的な外観をした、ただ良く切れるだけの、悪く言えば凡庸な剣。
しかし──そうは言っても、この剣はこの我が自らの宝物庫に収めるに相応しいと認めたモノ。価値自体は数ある宝剣の平均に届くかも怪しいが、これは確かに我の剣に違いない。
そして、この剣を選んだのにも理由はない。たまたま取り出し易い位置にあって、気紛れでそれを掴んだだけのこと。決して、手心を加えようなどとは微塵も考えていない。
「──我が引導を渡してくれる」
「…………!」
思えば、この思考自体が傲りであったのか、あるいは初めから、この女は勝利など求めてはいなかったのか。
限界を迎えていたアヴェンジャーは、振るった剣を避けることも叶わず、元より見えていた
「ああ──ほんとうに」
その瞬間。
精も根も尽き果てた女が、突き立てた剣に倒れ込みながら呟く。
同時に、まるで縋るように右手を両手で絡め取られる。流石に違和感を抱き咄嗟に身を引こうとするが、それを制すようなタイミングで、
「本当に、お優しいんですね──ギルガメッシュ王」
「何………?」
不可解な言葉。先程までの敵意は何処へやら、なんならそのまま「ありがとう」とでも告げそうなほど柔らかい口調。その意を掴む間、こんな状況でもなければ気づかないくらい微かな力で、されどその意思だけは、我の腕を握り潰すかのように苛烈に、
「──『
「──…………な」
一言。それが真名解放の言葉であると気づくも既に遅し。炉から火の粉が溢れ出すように、貫いた霊核から剣を通して黒いナニカが侵食し──我の意識は、そこで途絶えた。
☆☆☆
「………ねぇ、生きてる?」
恐る恐る、そう話し掛ける。大丈夫?と聞かなかったのは、どう見ても彼女が大丈夫ではないからだ。
『霊基復元』とやらによって、彼女の身体は修復された。しかし、そうは言っても、彼女がサーヴァントである限りそのポテンシャルは魔力に依存する。キャスターが行ったのは契約を正常にすることで、そもそも衛宮くんがあの有様では、いずれにしろ先は長くないとわかり切っていた。
でも、返事が返って来なかった場合のことは考えなかった。単なる希望的観測、あるいは甘えではあったが、それくらいは夢見てもいいだろう、と。
「もう、2度とあの人とは戦いません………」
しばらく待つと、こふ、という咳き込みと共に、やはりというか非常識なことに、割と余裕のありそうな声でランサーは呟く。
「………まあ、見るからに玉砕戦法だったしね」
その返答に、やや呆れながら私は答える。どうやったのかは見当も付かないが、直前の戦いで彼女が何をしたのかはわかる。すなわち、サーヴァントに対する毒である聖杯の泥を、彼女の身体を通して直接ぶつける。それはもはや戦術として破綻している、手榴弾を持って特攻するのと大差ない愚行である。
「あの人はその気になれば過去でも未来でも何でも見えるらしいのですが、そのせいか、どうも彼は潔癖症のきらいがありまして……」
故に、見たくないものは見ない。聖杯の泥は、極まれば彼すら汚染しかねない猛毒だが、それさえも容易く退けるほど万能であればこそ、彼はそれを脅威としてではなく、あくまで穢れたモノとしか扱わない。だから正確には、なるべくなら
「…………あとは、まあ、そうですね。あの人、は、女性の心理を覗くのは、無粋と思っている、みたいですし………あの人に限らず…………普通は、私の、戦歴、なんかより────経歴、とか。そういうのの方が、興味が、湧きそうですし…………」
そこまで聞いて、しばし沈黙が場を支配する。見れば、既に彼女の四肢は大地を透過し始めている。魔力の都合かダメージの問題か、もはや現界を保てなくなっているのだろう。
「………どうやら、限界、みたいです。というより、実は今の姿も幻覚で、既に私はヒトの形を保てていません。そのことに、思うところはありますが………」
なんかさらっととんでもないことを暴露したランサーであったが、それ以上にある種の納得をする私。いや、だって、今の彼女はボロボロであるが、まさしく消滅寸前の状態だが、それよりもあんなものを扱っては、下手しなくてもあの金ぴか諸共融けてしまっておかしくなかったからである。
「色々ありましたが……とりあえずなんとかなりましたね」
「…………そうね」
アンタはなんとかなってないでしょうに、とよほど突っ込みたかったが、敢えて同意する。ここで無粋な真似をする趣味はない。
「更に言えば、七人で行う聖杯戦争ですが、聖杯は七騎の魂を捧げなければ完成しないという、その実態はどこまでも魔術師のための悪辣な儀式でした。とはいえ、キャスターさんくらいの技量と願いであれば、完成を待つ必要も、七騎分の魂も不要でしょう」
「………アンタがここでいなくなったら、アサシンはどうなるのよ」
「ああ………そうでした。それが、ありましたね。────…………困りました。何も対抗策がありません………」
「おい」
「ま、まあ、こればっかりは、アサシンさんが一枚上手だったと………ごめんなさい。後はキャスターさんにお任せします………」
「………思ってはいたんだけど、アンタはどうしてそんなキャスターを信頼しているのよ。アレ裏切りの魔女よ?」
普通に私より信頼しているっぽいのが腹立たしい。付き合いの長さは隔絶しているとかそんなレベルじゃないのに、つーか今でも普通に敵なのに何故だろうか。
そんな当然の発露に、彼女は如何にも予想外です、という顔をして、しばらく考え込んだ後に、
「……サーヴァント化の弊害ですかね。どうも生前の感覚が抜けず……だからメディアさんにも、アーチャーさんにも、マスターにもあんな態度で……」
「そうね。貴女にとってどうだか知らないけど、私からすればたかだか数回顔を合わせた程度の魔術師に身を預けるなんて、はっきり言って正気の沙汰ではないわ」
「メディア、さん───」
「っ………!」
唐突に割り込んできた声に思わず身構える。陰口に近いことを話していたこともあるだろう。もはや状況からしてキャスターは味方側のはずであるが、それでも魔術師の端くれとして、私よりも遥かに位の高い神代の魔術師を警戒するなと言うのが無理な話だ。
「メディアさん、ね。名乗った覚えはないはずなのに、貴女はそれを確信して言っている。確かにそれを否定はした覚えもないけれど、それは貴女を騙るためかもしれない。でも、違うのでしょう?」
「……そう、ですね。迂闊でした」
「そうそう、迂闊と言えば、ご懸念のアサシンのマスターはこの私よ。ただでさえ景品が
「………な」
絶句する。キャスターが何かを企んでいる予感はしていたが、そこまでの横紙破りをしていたとは想像もしていなかった。どうりであれだけ簡単に重過ぎる契約を結ぶはずだ。いざとなれば
そして、今になってそれを明かしたということは、いや、それ以前に、今のランサーに急襲を防ぐ手立てはない。衛宮くんは言わずもがな、所詮は人間でしかない私だって不可能だし、さっきから何故か倒れ伏しているあのアインツベルンでさえ、神代の魔女が相手では荷が重いなんてものじゃないだろう。
「……時間もないようだし、本題よ。ここで貴女を出し抜くのは容易い。そもそも私が手を下すまでもなく実質的に勝者はこの私。景品の不具合も貴女が是正してくれたし、それ以前に私はあの状態の聖杯からでも願望器としての機能を引き出せる」
「……」
「けれど、この結果に漕ぎ着けたのは間違いなく貴女のお蔭。加えて私は貴女に一つの恩がある。そして、英霊が受肉を果たすのに、七騎分もの魂は必要ない──」
だから、これは貴女の成果よ──そう告げて、キャスターは今まで隠していたのだろう令呪を手に浮かび上がらせて、あることを願う。その内容に驚く私を他所に、キャスターはランサーに問う。
「今、アサシンを自害させたわ──これで五騎分。これだけの容量があれば、万能とまではいかなくても、大抵の願いは叶えられる。
願いなさい、ランサー。貴女もこんな戦争に参加したからには、譲れないものがあったのでしょう?」
「願、い──?」
呆然とランサーは呟く。まるでその言葉の意味を理解していないかのように。そんなはずはないのに、それだけ自分を擦り減らした少女は迷う。
「ああ、安心なさい。貴女はともかく、貴女が取り込んだその魂は超級のもの。おそらくはそれだけで受肉には十二分だわ」
「そう、ですか………」
無論、その言葉に安心したわけではないだろう。しかし、幻覚であろうと幾分か和らいだ表情を見せたランサーは、ぼそぼそと力の抜けた声を漏らす。
「──………そう、ですね。私の、願いは──」
やがて、ランサーは告げる。意地っ張りなこの子が秘めていた、こんな状況でもなければ吐露するはずもなかったであろう、その願いを。
次回はエピローグです。
霊基復元:EX
霊基グラフと呼ばれるサーヴァント召喚の波長を分析し、それを利用することでサーヴァントの肉体を召喚時の状態まで復元する。
実際に再度召喚するわけではないので記憶はそのまま、回復とは異なるので一部デバフや状態異常も引き継ぐ等、決してゲームのように反則的な技ではないが、それでも肉体的な損壊であればどのようなものでも直すことができる。ちなみに描写はされていないが、衛宮くんの令呪を勝手に使われてる。
実はいずれにしろアンリマユを使った玉砕戦法をするつもりだったので、やってもやらなくても勝敗自体に影響はなかったりする。ただ、その場合は残り時間の関係で、最後の会話はできなかった。