衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
サンタクロースを信じなくなったのは、果たしていつ頃のことだっただろう。
正確な時期は覚えていない。が、同年代の友人と比較しても相当早い段階であったように思う。そもそもそんなものに縁がある生活をしていなかったし、現実の重みがそれを許さなかったからだ。
両親……特に父親は当然ながらそんな催しには無縁だったし、母を含むそれ以外、つまり今まで関わった人間はほぼ例外なく悪い意味で現実的な人間だった。だからこそ、そんな幻想はいつしか忘我の彼方へと消え果ててしまったのかもしれない。
しかしまあ、そんなことはなんら珍しいことでもない。私のように特殊な家系に生まれずとも、そんな幻想は存在しないことは直ぐに実感する。現実的な話、そんな誰の得にもならない行為に耽る阿保が、この残酷な世界にいるはずもないからだ。
信じるものが救われず、情けは仇となって自らを襲い、好意は悪意によって食い破られる。そんな現実を、私はこの地の管理人として飽きるほど見てきた。
だから、今回のこれも、そのうちの一つ。単に対象が身内だというだけで、魔術師なんぞが世に蔓延る限りこんな悲劇はありふれたものでしかない。嘆くのは間違っている。憤るのは間違っている。何故なら私もそれと同じ、
「……とはいえ、そう簡単に解決したら苦労しないわよね」
漁夫の利を狙う、という、単純ながらも脅威である予想された展開は意外なことに訪れなかった。
これについてはそもそもその心配が懸念だった、なんてことは当然なく、おそらくは生き残ったのがよりにもよってキャスターであったからだと思われる。
この状況で襲撃をするとなると、必然としてキャスターの真名やその実力も窺える状況下にあるということ。であれば現代の魔術師が、まさか間違ってもキャスター相手にどうにかできるはずもない。
「…………」
あの時点で既に、その襲撃者(予定)の目星はついていた。仮に私が魔術師でなくても、あれだけ露骨に匂わされたら分からないはずがない。そして今、当然の流れとして、私はそれの対応に追われている。
いっそキャスターに丸投げするのも一つの手だったが、私はランサーと違ってキャスターをそこまで信用し切れなかった。それでもキャスターの力は破格なのでとりあえず対価を求められない程度の
──あれから10ヶ月。世間はもう、恋人たちがクリスマスに向けて準備を進めるような時期。それだけの時を経ても、私は問題を何一つ解決できずにいた。
☆☆☆
「………また、やってるの?」
放課後、玄関を訪ねても不在であったため、どうせいつもの土倉だろうと当たりを付けて扉を開け放つと、彼──衛宮士郎は悪戯を咎められた子どものようにびくっと震えてこちらを見つめ返す。
そして、表現に語弊があるようだが咎められたという言葉も強ち間違いではない。何だかんだあの時から継続している師弟関係の中でも、彼の
「言ったわよね? 貴方の
「だけど、遠坂……」
「だけど、じゃない。
これがその問題。すなわち、戦争中に発覚した衛宮士郎という弟子に埋め込まれた聖遺物の存在について。
これはランサーがいつしか言及していたが、その場はそれどころじゃないと流してしまい、結局はそれきり聞く機会を失ってしまったもの。例の頭がおかしくなった彼の養父が彼に埋め込んだらしいそれは、どうもあのアーサー王が失ったはずの鞘であるらしい。
なんでこんなど素人にそんな超一級の聖遺物が埋め込まれていたのかとか、何を思って埋め込んだのかとか、そもそも埋め込む意味はとか、同年代にそんな異常な存在がいて気付かなかった事実とか、何もかもが馬鹿馬鹿しくなっていて、今はその理由についてを考えるのはやめている。
重要なのは、今後彼が間違いなく狙われる立場にあるということ。エクスカリバーの鞘なんてもはや歴史的な価値だけでも計り知れない。魔術的には言わずもがな、伝承科にも色んな伝手やギアススクロールなんかで過剰なほど情報を規制してその上で当日はキャスターにも随伴願うくらいだと言えば多少は想像もつくだろうか。とにかく、あらゆる意味で凄まじい地雷なのだ。
「ったく………」
溜息と共に、土倉に転がる剣の一つを手に取る。ずっしりとした重量と、思わず見惚れるほどの刃紋。前回彼の投影を見たのはほぼ同様のシチュエーションで半年くらい前になるが、成長が早過ぎて寒気がする。存在を知られただけで、封印指定は確実だと確信するほどには。
いっそこの剣を突き立てて楽にしてあげた方が彼のためではないか。なんて危険な思考も過ぎるが、流石にそれはないとかぶりを振って彼を問い詰める。どうせ動機なんて丸わかりだ。それでも私は、彼の師として弟子の暴走を諫めなくてはならない。
「まだ、アインツベルンのことを気にしてるの?」
「…………」
無言。そして苦虫を噛み潰したような表情。つまりは図星。返す言葉もないという有り様。半年前とまるで同じ反応に頭が痛くなる。そもそもどうして彼はそんなにアインツベルンにご執心なのか。ガチで対立していた記憶くらいしかないだろうに。
「あのね。前も言ったけど、あの子はもともと短命なホムンクルスだったのよ? そのことを死ぬ直前に伝えられて、それをどうにも出来なかったから悔いるって、そりゃあ確かに悲しいことかもしれないけど、いい加減割り切りなさいよ」
「…………」
返答は無い。表情も変わらない。頑固として譲らない構え。慣れてしまった自分が嫌になる。何だかんだと、そんな彼を見捨てられない私自身にも。
(……こいつ、今後もちょっと会話しただけの知人が死ぬたびにこんな無茶をするのかしら)
内心では冗談めかして言ってるが、おそらくこれは真実だろう。でなければ、この彼があそこまで変貌するとは、今でも到底思えないのだから。
(アーチャーの正体が、まさかねぇ………)
魔術の副作用か、色素が狂って色黒くなってきた肌。身長はまるで似つかないが、身長なんてそれこそ魔術とは無関係に伸びる奴は伸びる。白髪については知人が死ぬたびにこんなことしてるんじゃ、それはまあストレスでハゲるくらいはありそうだなと。
「…………」
ランサーに取り込まれたことで知ってしまったアーチャーの正体。私はそれを、衛宮くんには伝えていない。けれど、彼も馬鹿だが頭は悪くない。身長が伸び始める頃には気付くだろう。いや、今も薄々と察しているのかもしれない。
彼を見て私は思う。アーチャーが初対面の時に告げた願い。あれは本気のそれだったのではないのか、と。
彼のクラスメイトが旅行中に事故で死んだ話は聞いた。確かに嘆かわしいことだし、悲しくもある。来世を祈るくらいはする。けれどそれに事件性はなかった。本当に単なる偶然の産物だ。こんなありふれた悲劇にいちいち突っ掛かってどうなるというのだ。
(ああ、その結論が
殴っても彼は止まらないだろう。というか前回殴られたはずなのにちっともこいつは懲りてない。そのくせ足元にある
でも、それでも。
(………それでも、私にどうすればいいのよ)
それから一月後、間桐のご老公が亡くなった。否、私が明白な殺意を以て始末した。想像以上に抵抗が激しく、多くの市民に巻き添えが出た。それでも、なんとか穏便に自然死や事故という形で辻褄を合わせた。しかし、衛宮くんは、その犠牲者に紛れるように、いつの間にか姿を消していた。
☆☆☆
最近になって、どうしてランサーがキャスターをあれほど信頼していたのかが理解できた気がする。
(まさか、本当に借りられるとはね……)
手に持った歪な短剣。かつての戦争では披露されることも、その能力が明かされることもなかったキャスターの宝具。思い返せば何故かアーチャーが持っていたような気がするこれは真名を『
「…………」
今日は藤村教諭の結婚式だ。お相手がどのような方なのか私は知らないが、遠目には誠実そうな人物に見えた。藤村教諭は行方を晦ませた衛宮くんのことを相当気に病んでいたが、彼と付き合うようになってからは笑顔も増えたと聞いている。
同窓会は当然のこと、慎二の結婚式にも、綾子の結婚式にも、藤村の代表の葬式にさえ衛宮くんは姿を見せることはなかった。今回も例に漏れず、私の試みは無駄に終わるのかもしれない。
しかし、今回ばかりはという期待もあった。家族同然だった彼女の結婚式であれば、遠目にも様子を見にくるはずであると。何よりも、桜はそうであることを望んでいる。私もそうだ。何処の誰ともしれない人を救うことを慰めとするより、身近な人の幸せを喜ぶだろうと。
「あ──」
その姿を見てしまった時、思わずあの皮肉屋の名前を叫びそうになる。
事前に警戒していなくては気づかなかっただろうその視線。それはいつかの私と同じ、ここ冬木でも一際高いビルの屋上から、地上の人を見下ろす鋭い視線。けれど人によっては冷たい印象を受けるだろうその鷹の眼も、今回ばかりは優しげに感じられた。
「…………
即座に、街中の至るところに仕掛けて置いた罠の一つを作動させる。直ぐに気付かれるだろうが、私は
それでも時間があれば彼の特殊性からいずれ何らかの反則で抜けられるだろうが、私が駆けつけるまでの足止めにはなるだろう。
「………久しぶりね、衛宮くん?」
「人違い──………。………いや、まさか。知っていたのか?」
意外にも、到着した時点であと一時間くらいは拘束できそうに見えた彼の姿に、やや呆れながらも納得する。何故なら今の彼は、あの特徴的な赤い外套も、それどころかなんら魔術的な防護も施していない、ただの一般人にしか見えなかったからだ。
「顔は出してあげないの?」
「…………」
返答はせず、反撃のように問い掛けながらも、その内容に自嘲する。その言葉は違うだろうと。それは押し付けちゃダメだろうと。
彼を殴って止める役目は、師である私以外にはあり得ない。たとえ藤村教諭が彼にとってそれほど特別な存在でも、彼のような
衛宮くんがダンマリを決め込んだことで、場に奇妙な沈黙が降りて、そのまましばらく無言で藤村教諭の式を眺める。ここからでは距離にしてのべ1キロは離れているが、魔術師である私ならば肉眼でもその幸せそうな顔が窺える。それは衛宮くんも同様だろう。しかめっつらではあるものの、その表情は幾分か安らかに見える。
でも。
「………羨ましい、とか、思わないの?」
「は?」
思わず、そんな言葉が漏れ出る。けれど、返答はある意味では予想通りの疑問符。その心底不思議そうな答えに、無駄だと思っても、感情が抑えられずに続ける。
「貴方にとって一番身近にいた女性が、こうしてわざわざ姿を見せてまで執着するほどの人物が、あんな誰とも知れない男のモノになるなんて、悔しいとは思わないの?」
「──」
「本来、あの場所にいるべきなのは、きっと貴方でしょう? 姉代わりだからそういう目で見れないってんなら桜でも綾子でも、いっそアインツベルンのガキんちょでもランサーでも誰とでも、その程度の人並みの幸福では満足できないの?」
「…………」
一瞬、ランサーという単語に彼はピクッと身体を震わせる。もちろん、それは結婚相手云々が理由ではなく、彼も彼で、あの子には思うところがあるからだろう。
あの子の最後を、彼は知らない。それを彼は、行方を晦ます直前までずっと悩んでいた。否、この様子だと、今でも悩んでいるのだろう。だからこそ、彼は今もこうして足掻いている。おそらくは、常人には理解できない漫然な理由で。
「………まあ、いいわ。で? そんなになるまで暴れたんだから、代償くらいは分かったんでしょ?」
「……….………。…………俺の投影は、俺自身の心象風景からまろび出たモノだ。だが、その心象は、俺の中にある鞘に由来する。すなわち、その機能は無限に剣を登録し、内包するというもの。それだけなら、大した問題にはならないが……」
「心象を現実に、って、まさか──」
心象風景を現実に侵食させる魔術。魔法に最も近いと呼ばれる技法──固有結界。魔術師の到達点の一つであるその大魔術を、こいつは断片的にでも扱えるというのか。
「剣を記録するたびに、俺の身体は
「つまりあいつの記憶喪失は、文字通り身から出た錆ってわけだ。…………なーんて、笑えないわね」
無理に茶化そうとして失敗する。渇いた笑いさえも出せない。起源が『剣』の時点である程度予想はついていたが、思った以上に彼の聖遺物は彼の根幹にまで浸透しているらしい。
「………あの子は言ってたわ。私が何をしたところで、貴方の道は変わらないだろうって」
ぽつり、ぽつりと雨が降る。天を仰ぐも雲は薄く、これを狐の嫁入りと呼ぶのだったか。まあ、こんな気まぐれの通り雨なんて、直ぐにでも止むことだろう。
「ジャンヌ・ダルクのコピーとして生まれた彼女は、元になった女性の心が理解できなかった。その行為は合理的じゃないと、論理的じゃないと常に不思議に思っていた。全ての人の幸せを願うなんて、狂っているとさえ思っていた」
『だって、そうじゃないですか──死んだら全てが終わるのに、それを、投げ捨ててまで、他人のために尽くすなんて…………それがまだ、恋人だとか、家族………とか、で、あるならばまだしも、
けれど、彼女は『ジャンヌ・ダルク』として召喚されたせいで、その心の一端に触れた。その心理を己がモノとして獲得した。故に、彼女は最後に願ったのだ。彼女が憧れた生き様と、彼女が夢見たその願いを。
『信ずるものは救われる───そんな世の中を夢に見て、叶えようと足掻く
「全ての人に等しくなんて自分にはできないけれど、それでも、自分にとって大切な人たちに祝福あれ───そう言って、彼女はいなくなった。どんな効果があるのか、具体的な内容についてはその時点では分からなかったけど、おそらくは、こういうことだと思う」
「な──遠坂………?」
そう言って、未だ拘束されている衛宮くんの元へ、キャスターから借り受けた短剣を懐から取り出しながらゆっくりと歩く。突然の凶行に衛宮くんは驚愕するも、今の今まで害はなさそうだと油断し切って拘束状態に甘んじていた彼に私の行動は止められない。
「───『
「………!」
短剣を肩に突き立てた時、一瞬だけ人体にはあり得ない硬い感触が走るも、すぐにこの剣は肉を僅かに食い破る。それに一番驚愕したのは受けた当人だろう──彼の体質か小癪にも防御しようとしたのかは知らないが、彼を戒めていた拘束魔術を含めて、あらゆる魔術的な効果が無効化されたのだから。
そして、それは、即ち──
「ふーん………?」
「この場合はこうなるのね──………宝具には効かないって話だったから、肉体の状態をリセットできれば御の字ってところだったけど、それほど──」
「何を──したんだ……?」
分かっているだろうに、私の持つ鞘を凝視しながら、衛宮くんは震える声で問う。………そんなに怯えられるようなことをしただろうか? いや、拘束して短剣を突き立てたら十分かもしれないけど。
「祝福なんて言ったら大袈裟だけど、それってつまり幸運ってことだろうって。だから私はあの子の願いは、私たちの『総合的な幸運値の上昇』であると思ってる」
「幸運値の上昇……?」
「そ。ただこの場合の幸運ってのは、単に宝くじに当たり易いとかそういうのじゃなくて、運命だとか、そういった意味のね。結末は変えられなくても、せめてその道中に救いがあるように──なんて。泣かせるじゃない」
「…………」
嘘だ。私はおそらく、結末が悲劇であるなら笑えない人間だ。だからこうして、わざわざこんな場所にまで出張っているのだから。
しかし、そんなことは噯気にも出さず、私は彼から取り出した鞘をそのまま彼へと投げ渡す。咄嗟にそれを受け止めて、キョトンとする彼に、私は告げる。
「ま、今のでだいぶ後の話になったかもしれないけど、いつかどっかでアンタがくたばっても、骨くらいは拾ってあげるわ──あの子の祝福が本物なら、偶然、そんな場面に巡り合えるかもしれないしね」
返事はなかった。私もそれを求めなかった。遠くで祝福の鐘が鳴る。隣の馬鹿が求めなかったもの。あの子が守りたかったその光景を遠く見つめる。
彼はきっと、止まらないだろう。本物であるこの男に、偽物の彼女が勝る道理はない。けれど、それでも、叶う可能性はゼロじゃない。なら、それを夢に見てもいいだろう。何故なら彼には、いつだってあの子が見守っているから。
「………雨、止んだわね」
「そう、だな──」
穏やかな日差しが、小雨で濡れた身体を癒す。祝福の鐘が、空を彩る虹を飾る。そんな光景を、私たちはいつまでも眺め続けていた。
これにて本作品は完結です。ご愛読、本当にありがとうございました。