衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
「どうしてお師匠様は、私の前ではいつも仮面を被っているのですか?」
ふとした疑問。それを師匠に問いたのは、果たしていつのことだっただろう。
たまたま仲のいい友達も居らず、彼と二人きりだったことは覚えている。逆に言えば、その程度の記憶しかない些細な出来事。しかし、その問答の内容だけは、深く心に刻まれていた。
「仮面をつける。それにはいくつかの意味があります。ですが貴女が聞きたいことはもっと単純な理由のようですので、私で良ければお教えしましょう」
未だ年若く見える師匠は、私と同様に、見た目通りの年齢ではない。否、私とは真逆、彼は肉体だけは年若くして、そこいらの老人よりも遥かに深く、過酷な人生を歩んでいる。それこそ、こうして笑っていることが奇跡であるかのように。
「とはいえ、私の理由は基本も基本、仮面の本質に拠るものです。本当の自分を隠す。そのために私は、貴女の前では、いえ、貴女の師匠として振る舞う際は、なるべく仮面をつけるよう心掛けています」
どうして。そのように問い返す。師匠は立派な人物だ。今だってハキハキと、私の知らなかったことを優しく丁寧に教えてくれている。貴方の行為は、誰にも恥ずべきことではないのに。
「ははは。まあ正直な話、それはぶっちゃけ認めたくないからと言いますか、いや、流石にこれは冗談ですが、仮面の本質はズバリ本当の姿を隠すことに他なりません。私は本来であればとても貴女の師として振る舞えるような人間ではありませんので、こうして仮面をつけてカタチだけでも正体を誤魔化してるわけです。貴女もいずれは、そういう機会が訪れるやもしれませんね」
何故、疑問は続く。何故、彼はそう言うのか。確かに私たちの関係は、例えばスカサハさんとクー・フーリンさんのような、一般的にイメージされる堅苦しい印象を受ける師匠としては物足りないのかもしれないが、先達として、尊敬する人物としてならお師様は十二分に役目を果たしているのではないか。
「いえ、こうして仮面でもつけなければ、私に貴女の指導役など勤まりませんよ。それを自覚させ、また本来の私を抑制するために私にこの役目を押し付けたのなら………あの方は本当に、我々をよく理解していますね」
仮面には、様々な意味があっても、根本は同じものである。あの時はよく分からなかった言葉だけど、今なら多少は分かる気がする。
私もいずれ。彼は言った。その行為は、必ずしも悪であるとは限らないと、つまり。
──遠坂凛は、彼の前では、ううん、きっと常日頃から仮面を被っている。
しかしそれは、師匠と同じように、悪意から成るものではない。
隠したモノが、誰かを傷つける、その真実が害になる。そういった思いやりこそ、彼女の動機。
魔術と呼ばれる
そしてそれ故に、彼女は
☆☆☆
懸念していた管理人との話し合いについては、非常にスムーズに終わったと言っていいだろう。
何せ事前に相手の最大戦力を無力化しているのだ。マスターと彼女の関係がなくても、相手がこの戦争に関わるつもりである以上は、その時点で何かしらの譲歩をせざるを得ない。尤も、私にとってもマスターにとっても、彼女と共同戦線が組めたのは偶然の要素が大きい。何だかんだと子どもには甘いアーチャーさん……サンタムさんが油断していたのと、私自身が彼と幾度となく矛を交えた経験がなくてはああもあっさり伏せることは不可能だっただろう。
その上で、事情を聞いた彼女との目的がこちらと対立することはなく、共同戦線を結べた。これが奇跡と言わずに何という。特異点においてはどの英霊であっても共通する「人理のため」で割りかし成立した利害関係も、こと魔術師による悪趣味な儀式下においては信じられないことだ。
しかし、だからこそ、彼女が我々を謀る可能性は非常に高い。マスターの意向から、同盟を結ぶ条件に令呪だって使わせていない(そもそもマスターに令呪の説明をまだしていない)。故に、私は警戒する。それが例え、見知った性格の人物であったとしても。
そうこうしていると、不意に件の彼女が私に話しかけてくる。大した度胸だと思う。仮にも私は少なくとも、彼女の護衛を下す実力はあるというのに。
「貴女も、座ることはしないのね」
「貴女『も』? ですか?」
「あいつよあいつ。口だけ立派なくせして、実は大したことないあのアーチャーも、見張りだのなんだのと理由をつけてどっかに行っちゃったし」
「ああ……」
「あ、私の方が非常識って思ったでしょ。まあ否定はしないけど、既に今更よ。まさか衛宮くんが理由なく私を殺すとは思えないし、その気があるなら同盟なんて成立しない。貴女が私達を見張るのは順当ね。あんな事件を前提に、仲良しこよしができるわけないもの」
「…………」
サバサバと、半ば諦めたように彼女は呟く。とはいえ正直なところ、私は彼女の善性については疑っていない。
聖女として定義されたこの肉体は、自身に注がれる悪意を多少なりとも見透かしてしまう。便利だとは思わない。むしろ辟易するだけだ。言葉の裏表を読んで答えると、反応を伺うのが定石化すると、自分も同類だと思わされてしまうから。
「遠坂さんは、眠らないのですか?」
「眠れないのよ。色々とあったし、そもそもこの時間は本来、魔術の修行に費やしていたから。そもそも衛宮くんだってあれ、眠るってよりかは気絶でしょう?」
「なるべく魔力消費は抑えたつもりなんですけど、召喚したてで二連戦は流石に厳しいものがあったようで。霊体化を多用して消費を抑えることも出来ましたが、何よりもまず説明が先決かと」
「ま、聖杯戦争を知らなければそうでしょうね。たった一晩で二騎のサーヴァント相手によくもまあ上手く切り抜けたもんだと感心するわ」
「…………」
「………悪かったわよ。私だって、彼を巻き込むつもりなんてなかった。いえ、これも言い訳ね。彼が魔術師であるはずがない、そう思い込んでいた。だけど、事実が異なっていたからには、それは単なる私の不得。でも、まさか刻印の継承どころか魔術についてロクな知識もないモグリの魔術師が潜んでいたなんて思うわけないじゃない。
そして、彼が魔術師であったにも関わらず余計なお節介を試みた私も、そんなど素人にあっさりと負けた事実も、聖杯戦争そのものを管理しきれずに被害を出している現実も、ぜんぶぜーんぶバカみたい。愚痴の一つや二つ、勘弁して欲しいものだわ」
……ああ、本当に、この人は変わらない。
もちろん、私が知るカルデアでの依り代としての彼女と、ここにいる人間としての彼女は規格からして異なる存在であるのは理解している。でも、それでも、人間とは
(………いっそ気付かなかったのなら、もっと
とはいえ、それは不可能だと理性が訴えている。そもそもマトモな英霊とは言い難いエミヤさんに気づいた時点で、私の知るエミヤさんに関わりが強い人物に焦点が当たるのは必然。
その上で、カルデアにおいても異質な特異点である炎上都市フユキに興味を示すサーヴァントは沢山いた。であれば、生まれた時から
でも、それはきっと、貴重な情報と引き換えに己を削る諸刃の剣。多用すれば、私は私でいられなくなる。そして私にはその素質がある。望めばいくらでもカタチを変えられる、逸脱者としての素質が。
だから私は、彼女を羨ましく思うのだろうか。神霊に憑依されてなお、自分は自分だと言える頑なさ、いっそ憎らしくもある頑固さを。
「でも、まさか貴女のようなちみっこいサーヴァントに負けるなんてね〜…」
「……お言葉ですが、私は単純なステータスではあのアーチャーさんより一回り高いですよ?」
「それでもよ。いや、そもそもそれが驚きなんだけどね。こうなったからには言っちゃうけど、これでもアタシはアーチャーのことをそれなりに信頼していたわけ。そりゃあ皮肉屋でナルシー気味の変なヤツではあったけどさ、それでも」
「──でも、彼は……」
「ん?」
「いえ。失敬、なんでもありません」
ついうっかり滑りそうになった口を噤む。正直に言えば、色々と物申したいことはあるのだが、ここで私がアーチャーさんを知ってることを彼女にバラすわけにはいかない。
今でこそ味方でも、いずれ敵となる関係。
「それより、眠らないとしても、本当にここに泊まるつもりですか? いえ、今のマスターが貴女に狼藉を働けるとは到底思えないですけど、念の為に」
「ええ、そのつもり。成り行きとはいえ、一度告げたことを翻すつもりはないわ」
「ですが、その、ずばり世間体とかは」
「……薄々思ってはいたけど、アンタやっぱり見た目通りの年齢じゃないのね」
何を今更、とは思ったが、改めて言うまでもなく英霊とは奇跡の産物。そうそうと目にする機会などあるはずがない。かくいう私ですらアンデルセンさん、エレナさん、エジソンさんと言った面子なんかは未だ伝承との齟齬に戸惑うことがあるのだ。そう考えると、その反応も当然と言えるだろう。
尤も、厳密には私は、彼女の考えているものとは逆なのだが。
そのまま頑として譲らない遠坂さんと暫し他愛のない話などを繰り広げ、やがて彼女にとっての寝る時間が近づいたのか、居間から客間へと歩いていく後ろ姿を見送る。
部屋を静寂が支配し、本能的に湧き立つ恐怖心を抑えるため、小さく呟く。
「見た目通りじゃない、ですか……」
『私』が複数人存在したカルデアとは違い、今の私は『◼️◼️◼️◼️・◼️◼️◼️』として、その名に相応しいよう霊基を歪められている。そも、元より私が具体的には何者であったのか、私自身すらはっきりしていなかったのだ。この程度の変質は当然だろう。
何故ならば、『◼️◼️◼️◼️・◼️◼️◼️』とは、歴史上に一人しか存在しないのだから。
「……まあ、成長した私も、正しく成長した私も、夏の暑さでおかしくなった私でも、私は私です。問題は無いでしょう。モーマンタイ、です」
その呟きは、虚しく虚空へ消え果てる。そして、そんな仮面を塗り固めた無貌の如く曖昧な存在であればこそ存在できるこの私に、私は深く、深いため息を吐くのだった。
☆☆☆
間桐桜は喜んでいた。
先日、
肩の荷が下りた、というのだろうか。依然として自宅は厄ネタの宝庫であるが、兄さんの自己顕示欲とお爺様の方針が上手く噛み合った結果、召喚したサーヴァントへの魔力供給さえ十全にこなせば聖杯戦争中でありながらも私は普段通りに過ごしていい、むしろそうしないと不自然という状況に持ち込むことができたのだ。加えて、お爺様の関心もそちらへ向いているのか、明らかに私への対応がおざなりになっている。これを喜ばずしてどうしようか。
まあ、召喚したライダー……神話に語られるあのメドゥーサにすら心配されるような状況で何を、というものはあるし、実際、正直なところライダーの魔力供給だけでも割と一杯一杯ではあるのだが、ライダー自身は善良であるし、何より本当に今更だ。僅かな希望にでも縋らなくては、いつか心が壊れてしまうだろう。
それでもほんの僅かの期間、この倦怠感に耐えるだけ。それだけでこの日常を謳歌することができる。更に、その記念すべき初日には朝から先輩と二人きり。表面上はいつも通りながらも、はっきり言って間桐桜は内心ウハウハ状態だった。
お爺様に不自然に思われないくらい、気持ち早めに家を出て、浮かれ気分で何時もの道を歩き、然程も経たずに呼び鈴を鳴らす。この家に暮らす意中の人は一人暮らし。となれば必然、応対するのは彼となる。ごくたまに職員会議なんなりで藤村先生が扉を開け放ったりすることもあるにはあるが、今日に限ればそれもない。
『はーい、今開けますね〜』
しかし、ここに例外が存在する。予想だにしないその声に身構え、私は怪訝な顔をする。
(………誰?)
聞き覚えのない声だ。それはまあいい。そもそもここは先輩の家、たとえ中に誰がいたとして、私は口出しできる立場にない。
女性の声だった。それもいい。いや、良くはないが先輩のことだ。彼に一晩やそこらで女性をコマすような度胸も能力もない。そうであるならいつでもウェルカムな私の立場がないので、これは限りなく正解に近いだろう。
だが、それが明らかに未成熟の少女が放つような甲高い声で、それも玄関を任される状況とはどういうことなのだ?
そのように考えていると、ガチャリ、と扉が開き、中から現れた声相応の姿と、あからさまに奇異な格好に目眩がする。
「えっと、貴女は………」
「あ、もしかして間桐桜さん、ですか? マス……げふんげふん。士郎さんから話は伺っています。中へどうぞ」
「は、はい……」
混乱する脳をフル回転させてかろうじて対応するものの、正直言って叫びたい気分でいっぱいだった。
マスター、上手く誤魔化したつもりかどうかは知らないが、彼女はまず間違いなく先輩のことをそのように定義した。それに加え、不自然なほど整った容姿に奇異な格好。何よりもライダーに勝るとも劣らない異常な魔力…!
おまけに、目を凝らせば私のマスターとしての能力で、彼女のステータスを視認することもできる。ここまで材料が揃えば、私がどれほど愚鈍でも、彼女の正体については察せられる。すなわち、サーヴァント。
でも、どうして先輩の家にサーヴァントが。だって先輩には、魔術なんてそんな穢れたモノは、きっとだれより似合わない人、なのに──
私が玄関前で呆然としていると、件の彼女が話しかけてくる。
「あの、大丈夫ですか? 低血圧でしたら、よろしければ肩をお貸ししますが」
「あ、いえ、貴女は──」
「ああ、私ですか? 諸事情により昨日からこちらに居候しています。ランサーとでもお呼びください」
隠す気ねぇなこのガキ。
昨日から唐突に現れた居候を自称する少女。それだけでも役満なのに、クラス名まで名乗られてはもはや誤魔化しようもない。というかもう少し考えてから発言しろと言いたい。サーヴァントを兄に譲ったとはいえ私はマスターだぞ。仮に私が兄さんのように血気盛んな人物だったらどうするつもりだったのか。それともこれは余裕の表れか。だれが何をしようとも迎え撃つ、と。
ともあれ、ここまで明け透けに対応されると流石の私も彼女のことを報告せざるを得ない。そうなると必然、この家にもお爺様の干渉が及ぶわけで、彼女がどういうつもりで話しかけて来たのかはわからないが、敵のマスターである私を絶望させるために言い逃れできない状況を作り出したのなら大したサーヴァントであると思う。まさか彼女が私の事情を知る由もないし、そんなはずはないと分かりきっているが。
軽く絶望したまま、されるがままに衛宮家の居間にまで案内され、そこでようやく意識が回復する。その時、胃痛のタネにして元凶が柔らかな口調で声をかけてくる。
「粗茶ですが、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。ええと、ら、ランサー……ちゃん?」
テーブルの上に置かれる湯呑み。私はそれを、特に警戒もせずに受け取ると………いや、待て。
(………これ、どこから──)
今、私が手に持っているどこにでもあるような湯呑み。並々とお茶と思しき液体が注がれているこれを、彼女はどうやって用意した?
いくら呆然としていたからと、事前に湯呑みが置いてあれば気づくし、要注意人物である彼女からは片時も視線を逸らしていなかった。それは細かな所作まで確認できるほどの精神状態ではなかったが、彼女がキッチンへと向かっていないのは明確な事実。彼女の能力ないし魔術の一種、だろうか?
「お越しいただき誠に申し訳ありませんが、今、家主は体調不良で寝込んで……あ」
「?」
「いえ、訂正します。どうやら起きたみたいですね。グッドタイミング、です」
待て。今、どうやってそれを知った。物音一つしなかったぞおい。サーヴァントとしての力か。マスターと繋がってるから? そうなんだろコラ。
あ、怪しすぎる……。正直、先輩のサーヴァントじゃなかったら今すぐに兄さんを煽って突撃をかましたい。兄さんの現状からして実に名案だと思う。それはできない、という一点を除いての話だが。
そもそも、この子の格好はどういうことだ。全体的に子どもっぽいのは外見に合っているからともかく、妙に露出度が高いのは一丁前に先輩を誘惑しているつもりか。ふざけるな、先輩はその程度の露出では靡かんぞ。なんせ風呂上がり濡れバスタオル姿の私が目の前を通っても料理に集中しているくらいだからな!
(あ、やばい。なんか泣けてきた……)
だが、悪いこととは重なるもので、直後に私は、とんでもない光景を目にすることになる。
「士郎〜〜、牛乳〜〜」
「わかった、わかったから離せ遠坂! 俺を揺すっても牛乳は出ないぞ!?」
「わぁってるわよ〜〜、胸を絞るんでしょ〜〜」
「違う! というか触るな! 寄り掛かかるのもいい加減に……桜!? いつのまに──」
「…………」
ぴきり。私のこめかみに、そんな効果音が鳴らされた気がする。
否、気がする、どころではなく、比喩表現ではあるが、推定サーヴァントである隣の少女が思わず後ずさる程度には態度にも出してしまったらしい。失態だ、と悟るよりも先に、私は感情に任せ、この状況に激昂する。
「──遠坂先輩?」
「ん〜〜? って、さくら……桜!? どうして──」
「どうして、は私の台詞です。先輩も、もっと抵抗らしい抵抗を示してください。まさかとは思いますが、役得、なんて思ってはいませんよね?」
「っっ〜〜!!」
そこでようやく戸惑いよりも羞恥心が勝ったのか、慌てて彼は遠坂先輩を引き剥がす。この時点で多少の溜飲は下りたが、まだ納得はしていない。むしろこっちが本題だ。何故、こんな朝早くから、遠坂先輩がこの家にいる?
言い逃れができないようにやんわりと追い込みながら追及すると、遠坂先輩はバツが悪そうに、
「あー……そのね、桜。私実は、士郎と付き合うことになって」
「言い訳はいりません。というかそれ、言い訳としては最上ですけど、それはそれで問題が大きくなってる気がします。うっかりそう言ってしまったのなら改めてください。……この尻軽」
「うぐっ……って。なんか今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんだけど」
「気の所為では? 一晩でロクに交流のない同級生と恋人になった遠坂さん?」
「あーもう! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
右拳を外受けの如く天に構えて遠坂先輩が吠える。言いたいこと、それは山程あるとも。しかし私は、それを面と向かって言う気はない。いきなり脈絡もなく同級生の家に泊まり込むような慎みのカケラもない尻軽女とは違うのだ。
「やれやれ。これで乗せられるようなら、まだまだ未熟者だな、凛」
「アーチャー! 勝手に出てきて、いきなり言う言葉がそれ!?」
「勝手に、とは心外だな。この家の者の許可は得ているとも。そこの小僧の代わりに朝食を用意するよう依頼されてな。身から出た錆だ、まさか断れまい?」
「くっ……!」
(………アーチャー?)
またしても唐突に、今までいつのまにかキッチンを我が物顔で支配していたらしい色黒の男性が、いくつかの器を持ちながらひょいと顔を出して遠坂先輩を煽る。
何を勝手に、と先に黒い感情が漏れ出そうになったが、状況を推察することを優先して無理やり気を落ち着かせる。
アーチャーと、確かに遠坂先輩はそう言った。聞き覚えがあるのは、それもそのはず、その称号は、今もまだ隣にいるこの少女と同じ、聖杯戦争の──
(まさか、同盟? 昨日の今日で──でも、先輩も姉さんも、今起きてる昏睡事件のことを気に病んでるとしたら、あり得なくは──)
今ひとつ経緯こそ掴めないが、彼女がこの家にいる理由は納得した。とはいえ、流石に泊まり込むのも抱きついて牛乳をねだるのもどうかと思うが。もしも最悪の事態に陥っていた場合、私は彼女を包丁なりで刺す必要があるため、互いのためにもここは追及を避けるべきであろう。
そうだ、そうするべきなのだ。ああ、でも、でも! どうして、よりにもよって遠坂先輩なのだ。もし、もしも彼女と比較されでもしたら、私は身を引くしかないだろう──!
「………桜?」
「あ──せん、ぱい?」
「ごめんな、桜。なんか騒がしくて。俺も正直、よく状況が掴めていないんだけど、いずれ事情を話すから今は我慢してくれ」
「が、我慢だなんて、そんな──」
「ほら、まずは食事だ。なんかあのアーチャーってやつが用意してくれたみたいだし、今日のところは有り難くご相伴にあずかろう」
「………はい」
──ああ、なんて。なんて安い女なのだろう、私は。
何一つ解決していないのに。何も説明されていないのに。誤魔化されたに等しいのに。ただ優しく、先輩に声を掛けられただけで、それで全てを許してしまう。
結局、私はそれ以上の追及も詮索もできず──ただ、この状況を伝えなくてはならない己の立場を、心底憎らしく思うのだった。
「あら、美味しいわね、これ」
「くっ、負けた……!?」
「──ふっ」
「あ、ほんとに美味しい……」
(……フレンチトーストって、割と近年にレシピが広まったような──いえ、似たような料理は5世紀からあったみたいですし、気の所為ですよね)
ただ、まあ、当然。追及しないのであれば、謎は無限に積み重なるばかりではあったが。とりあえずやたら料理が上手いアーチャーさんと、そんな彼の料理を黙々と頬張るランサーちゃんの姿がとても印象的だった。
☆☆☆
「『
「はい。ゴルゴン三姉妹が追放された島に作られたという、訪れたものを石にする結界です。また、内部の者を吸収して生命力を奪う能力もあるんだとか」
「……なんでそれを知っているかはともかく、学校内に結界の基点らしきものがあるのは既にいくつか確認したわ。これが世に聞くゴルゴーン、つまりはメドゥーサのものだと言うなら、中にいる生徒はイチコロね。もちろん、私たちも例外じゃない。どちらが本当の狙いかは知らないけど、やってくれるじゃない」
「なっ……!」
学校の屋上にて。ランサーを召喚し、遠坂と成り行きで同盟まで結んだ翌日……否、その日の正午。
「いつ狙われても不思議じゃない」とのことで『霊体化』という幽霊状態となってわざわざ学校まで付いてきたランサーだったが、学校についてまず発言(『念話』とかで脳内に直接伝えられた)したのが「この学校に結界が張られている」という物騒極まるもの。
加えて、詳しく話を聞いてみれば先ほどの内容。流石に杞憂だろうと昼休憩に遠坂を呼び出して、念のために確認をすればむしろ後押しをされて驚愕する。
この街が戦場と化しているのは理解していたつもりだったが、まだ認識が甘かった、甘過ぎた。魔術師にとって、一般人とは本当に餌でしかなく、本当の意味で、彼らに良識など存在しないのだ。
「対策は大きく分けてみっつです。
ひとつ、結界をどうにかする。無力化ないしは破壊して機能しない状態にする。おそらくは一番楽な選択肢ですが、対処療法でしかないのが欠点……でしょうか」
「コレと同じモノがいくつ張られているかも分からん。無論、壊せるなら早めに壊した方がいいのは確かだが、根本的な解決にはならんな」
その理由は分かる。確かに比較的妨害は少ないだろうが、人の命が懸かっているんだ。イタチごっこでいたずらに時間を消費するようでは話にもならない。それは分かる。わかるのだが……何故だろうか。ランサーはともかく、それをこのアーチャーに言われると非常に腹が立つのは。今朝の料理の件が自分で思っている以上に堪えているのかもしれない。
「ふたつ。下手人を打破する。連鎖してこの結界が消滅するのかは分かりませんが、そうすれば少なくとも起動することはなくなります。ただ…」
「難易度はひとつめと比べて桁違い。加えて慌ててこの結界を起動させられる可能性もある。マスターについても同様ね。サーヴァントを繋ぎ止めるマスターはその英霊の弱点と同じ。死に物狂いで守るでしょう」
「ええ、ですので、みっつめの案です」
ランサーはそこで一度言葉を区切り、もこもこした白い服と、頭の長いリボンを風に靡かせて告げる。
「みっつ。説得して止めさせる。如何にもマスターが好きそうな案でしょう? まあ尤も、いくつか下準備が必要となりますし、一番困難な道であるのは否定しませんが、貴方はそういう苦境で諦めない。ですよね?」
「……ああ、そうだな」
同意を求められ、静かに、力強く頷く。そうだ、戦争だからと破壊だと打破だのと物騒なことばかり考えてはいたが、説得が出来るようならそれに越した事はない。そもそも、すぐ隣にいる遠坂だって話し合って同盟を結んだのだ。仮に交渉が決裂して対峙することとなっても、やってみる価値はある。
決意を新たにしていると、不意に遠坂が告げる。
「……わかったわ。どうせ貴方のことだから、反論なんて聞き入れないんでしょうし、説得が出来るならこれ以上はないのも確かね。だけど今日から早速、というわけにはいかないわ。まずは先に町外れにある冬木の教会に向かうわよ。この結界も、今日明日で起動するわけじゃなさそうだし、新たな参加者を監督者に伝えておかなきゃ」
「監督者?」
「そう。嫌な奴だけど、もしも私や衛宮くんが敗北してサーヴァントを失ったとして、魔術師だからとこの結界みたいに餌にされては堪らないでしょう? そういった人を保護するために、この聖杯戦争には監督者と呼ばれる人間を一人置いてるのよ。他には、戦争により街に及んだ被害を誤魔化したりもしてるわ」
「へぇ……じゃあ、あの昏睡事件をガス会社の仕業にしてるのもそいつか?」
「そうね。今はまだ昏睡程度だから見逃されているみたいだけど、隠蔽しきれないとそいつが判断したら討伐依頼が降ることもある。そういったことも、あいつの仕事だから」
「さっきからあいつ、嫌な奴、とか言ってるけど、知り合いか?」
「当然でしょ、私の後見人だし。名前は言峰綺礼って言うんだけど、はっきり言って、綺礼なんて名前に見合わない、腹の底から真っ黒な奴よ」
「──!」
心底うんざりした顔でそう締め括る遠坂に、何故かランサーは驚愕の眼差しを向けていた、ような気がした。
………………
………
…
「はじめまして、わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
白い肌に白銀の髪。満月に足りない月光と、門燈の淡い明りでも、最上級の紅玉を思わせる瞳は明らかだった。年齢は小学校の高学年ぐらいか。
その身を飾るのは、いかにも高価そうな紫色のコートと帽子。それが余計に、少女を等身大のビスクドールのように見せていた。整いすぎるほど整った顔立ちは、一度目にしたら忘れないだろう。
当然、俺も覚えていた。一度すれ違った程度の関係だが、郊外の道の中心に我が物顔で居座り、優雅にコートの裾を持ち上げて貴婦人の礼をする彼女に見覚えがあった。
「あら、返事はなし? 日本人は礼に厚いって聞いてたけど、貴方は随分と無礼なのね」
しかし、そんなことは些細なことだ。たとえ彼女の位置に最上の美女が裸で居たとしても、そちらに視線を向けることはしないであろう。何故なら、何よりも本能的に目を惹くのは、彼女の後ろに立つ、異様な存在──!
「………やば。あいつ、桁違いだ」
そこに、鉛色をした死の具現が立っていた。巨人だった。荒々しく削りだされた巨岩の彫像のような筋肉に鎧われた。絶対に人ではない。三メートル近くはありそうな巨躯だが、巨人症の人間ではありえない、黄金比の体格を持っている。
「まあいいわ──やっちゃえ、バーサーカー」
鉛色の巨人が、おどろに乱れた髪を振り立てて咆哮する。人知を超えた存在であるサーヴァント、そのあまりにも無骨な剣と呼ぶにも不適な石塊の斧の一撃は、ただでさえサーヴァントの脅威を見誤っていた自身に避けられるはずはなく。
「っ──」
ギィィン!! と、火花が夜の帳を一瞬とはいえ搔き消すほどの衝撃が空を舞う。
嵐のような一撃を受け止めたのは、ともすればイリヤスフィールと名乗った少女と同年代にも見える、こちら側にいる誰よりも幼い少女。そんな彼女が、倍近くある体格の怪物の攻撃を受け止める様は、悪い意味で現実味がまるで湧かない光景だった。
「っっっ、メガロスよりはマシ、ですが……長くは──マスター!」
「あ、ああ、何だ!?」
「宝具を使用します。この私では
「宝具?」
「説明は後です、早く──っあああ!!」
彼女が言い切るよりも先に、身体からごっそり魔力を奪われて目眩がする。が、先の発言を思い出してどうにか持ち直し、彼女も、と視線を向けると。
「──これは憎悪によって磨かれた、っ、ぐぅっ…!?」
瞬間、彼女の身体から黒い炎が燃え盛る。怨念をそのままカタチにしたような
反射的に思わず手を伸ばすも、それは彼女の意を察した遠坂によって引き離され──
「擬似解放──『
その絶叫と共に、周囲の空間を染め上げんと漆黒の火柱が舞い踊る。俺はその光景を前に、何もせず逃げ帰る事しか出来なかった。
戦闘撤退:A
「戦闘を続行する」能力ではなく、『仕切り直し』と同様の「戦闘から離脱する」ための能力。また、敗戦において自軍領地まで生きて辿り着く能力でもある。
数多の強敵と対峙し、幾度となく立ち向かい、しかし決して諦めることはなかった少女の意地。
不利になった戦闘を初期状態へと戻し、技の条件を初期値に戻す。同時にバッドステータスの幾つかを強制的に解除する。
ぶっちゃけゲームにおける撤退のことである。