衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
救う、という行為は、本来傲慢なモノである──と、師匠は言った。
そんなことはない、と反論したかった。しかし彼は、続けざまにこうも述べた。その傲慢さを容認しなくては、人は人を引っ張り上げられない。何故なら、
『個々人を救済するのは簡単です。救うべき者、救いたい彼ら彼女らに対し、思いを砕けばそれでいい。ですが、それには、どうしても救う人間の
彼が例として挙げた名前は、例えとしては最上であっても、されど比較するにはあまりにあんまりな、人類悪と呼ばれた者たち。
人類を愛するが故に人類を滅ぼし、その功績、本性によって人理を揺るがした大災害。欲望の化身としてその名を、そのクラスを当て嵌められた獣たち。
『彼ら彼女らの例を見れば分かるように「救い」とは身勝手な押し付けに過ぎず、度を越せばそれだけその者にとっても害になる。まあ、流石に貴女があそこまで突き抜けるなどとは微塵も思ってはいませんが、貴女が今後も誰かを救うつもりであるならば、それが決して押し付けにならないよう、そうでなくても、それは自分がそうしたいからそうしているのだ、ということを、心のどこかに留めておいてください』
言われて一つ、思い出す。忘れるはずもない私の原点。本来なら存在しないサーヴァントであるはずの私が、色んな人に支えられながら、助けられながら歩んだ軌跡。
──まだまだ未熟で、マルタさんに諭されていた自覚さえもなかった頃の、苦くて甘くて、けれど暖かい思い出。
それが、その想いがたとえ、
☆☆☆
「…………」
大仰な掛け声と共に振り下ろされる竹刀を、私は無感情に眺める。
全身に『強化』をかけてのその一撃は、確かに全力ではあるのだろう。でも、それには相手を打ち倒す意思、脅威というものがまるで感じられない。おそらくは彼も無意識のうちにしていること。だが、しかし、だからこそ。そんなことではお話にもならない。
「丸腰の相手だから。庇ってもらったから。幼い少女だから。敵ではないから。ただの手合わせだから──ダメですね、ダメダメです」
「ぐっ………ぅ!?」
あえて力の差を思い知らせるため、文字通り、指先一つで捻り潰す。具体的には、人差し指を刀身に合わせ、強引に竹刀を破壊して力任せに押し倒す。
私の筋力のランクはC。すなわち数多のサーヴァントにおける平均値だが、それはあくまでサーヴァントとしての括りで見た場合の話。たとえEランクでも人類の限界を軽々と超越し、Aランクともなれば素手で象をも叩き潰す。規格というただ一点、我々がグランドサーヴァントに太刀打ちできないように、サーヴァントとしての根本的な問題さえ、彼には解決もできないのだ。
「せめて殺す気で──とまでは言いませんが、最低限、外見だけで侮るのはやめてください。誰かに変装した逸話を持つ英霊は、少女どころか赤ん坊にまで化けられるようなのも存在します。手加減など烏滸がましい。それでも、と息巻くなら──」
「ぐっ──ぉぉお……っ、くっ……」
「…………」
それでも。諦められないのか、単なる意地か見栄なのか。必死に起き上がろうとする彼を片手で制しながら、努めて平静に、突き放すように。
「──そうであるなら、私が止めます。貴方が潰れる様を見るのは、私の方が堪えそうですから」
なるべく理不尽に感じるよう、力に飽かせてじんわりとマスターを絞め落とし、反論ごと封じ込めて道場の片隅に放り捨てる。扱いが雑に思えるかもしれないが、あのバーサーカー……ヘラクレスさんに対峙してなお、「俺がどうにかしないと」などと宣う命知らずなら、多少の生傷なんて気にもしないはずだ。
(…………)
ボロ切れのように転がるマスターと、それを無感情に眺めている自分を客観視して、今の私が、おそらく自分が思っている以上に
いや、そもそも私はこんな性格だっただろうか? お節介を焼くにしても、些か過激に過ぎる気がする。とはいえ、元々からして私は存在し得ない人格だ。であればこそ、むしろ私がこうして『◼️◼️◼️◼️・◼️◼️◼️』として現界している方がおかしいのであって──
(──止めましょう。不毛ですし、今はそんなことを考えてる場合でもありません。それに、戦力が足りないのは事実です。マスターを駆り出すのは論外としても、私一人では、到底……いえ)
そこでようやく、マスターが転がっている方向とは逆側、険しい顔で事の成り行きを見守っていた遠坂さんに向き直り、視線がそちらへ向いたのを察したのか、彼女が神妙な顔で声をかけてきた。
「……いいの? あいつは、アンタを心配して──」
「はい。あれを前にして『並び立つための力が欲しい』など、考え得る限り最悪の選択です。
足りないものは他所から。それが魔術師の基本。そうでなくても、私という武器の性能すら把握しようとせず、それを放り捨てて挑もうなどと愚の骨頂、です」
それに、と続ける。そもそも、一人で全てを成そうなど、誰であってもできるはずがない。その結末を目の前にして、何を考えているのだ。いや、彼自身、単なる善意ないし責任感から来るものだとは分かってはいるのだが。でも。
「残念ながら、人の出来ることに限界はありません。私の知る限り、ごく一部、真の意味で『全てを救う』と宣った輩は、本当にそれだけの能力があって、それ故にそのことごとくが特大の『悪』として立ち塞がってきました。私は彼の意思を尊重こそしますが、従者として、主人が誤った道を選んだのなら止める義務がある。
法螺吹きや大馬鹿者で済めばまだマシです。ですが、彼の目指す正義の味方の行き着く果ては、最終的な結論は、ごく僅かな例外を除いて『外道』だと相場が決まっています。……そうなる彼を見てしまうのは、あまりに偲びありませんから」
「………そう」
私の言葉に、何かしら思うところがあったのか、遠坂さんは一瞬だけ視線を明後日の方向へと向ける。
その先には何があるのか。世界の恒久的な平和を願う人物に心当たりがあるのか。それとも単にマスターを見ていられなかったのか。わからない。私には、何も。この選択が最善であるのかも。分かるのはただ、この選択が私の身勝手な傲慢であるということだけで。
(………お師匠様。私は──)
思い返すのは、奇しくも彼と同じ名前を持つ、私が世界で二番目に尊敬する人物の姿。彼がその人のようにならないためにも、私はサーヴァントとして、彼を導いてみせる。
きっとそれが、これほどまでに歪で曖昧な存在の私が、この地に呼ばれた理由なんだと思うから。
「それはそうと、どうして一人暮らしの高校生の家に道場なんかが……」
「あー……それは、あの後ちょっと調べてみたんだけど、あいつのお父さん、どうやら相当やばい魔術師だったみたいで、その関係ね。加えて、どうも話を聞くに無理な魔術行使が祟って、その……頭とか、色々とガタが来てたみたいでね。まともな継承を行なっていないのもその関係でしょう。正直、あいつの魔術を初めて見たとき、アタシは絶句するしかなかったわ」
「魔術については、私はあまり詳しく有りませんが……それほどに?」
「テレビの映りが微妙に悪いからって、それを横からバンバンと叩くためだけに右手を移植するようなことをたかが『解析』のために毎回やっているんだもの。流石の私も、あれにはドン引きよ」
なんと。あの後、私が命からがら逃げ帰った後すぐ、作戦会議の途中で遠坂さんが突然騒ぎ立てるから何かがあると思えば、確かにそれは恐ろしい。それが本当なら、いつ、不意に命を落としてもおかしくないほどに。でも。
「あれ? でもさっき、正直微妙でしたが『強化』っぽいものを」
「あんなのは即座に矯正よ、矯正。魔力不足はアンタがどっかから出したあのまなぷり?とかである程度解決したけど、その魔力をドブに捨てるような真似、させてたまるもんですか」
「……実のところ、アレはあまり大量にあるものではないので、助かります」
常日頃から資材不足に悩まされていた弊カルデアでは、プレゼントを集めるだけでも一苦労だった。それが直接的に戦闘に役立つものとなると、尚更。とはいえ、出し惜しみは厳禁。使うべきときには惜しみなく使う。基本である。
「それで結局、キャスターの対処はどうするの? 龍脈を一通り巡るって話だけど、まだ私は学生だから足はない。それに、士郎だって」
「それについてはご安心を。というか遠坂さんはまだサーヴァントを微妙に見誤っていますね。大陸横断するわけでもなし、足なんて極論、アーチャーさんに担いでもらえばそれで十分です。とはいえ、まだアサシンもキャスターの正体も判明していない今、それでは正直不安なので──」
マスターの保護。敵の攻略。両方をやらねばならないのがサーヴァントの辛いところ。しかし、幸いにも私は非常に特殊かつ混沌とした技能を持つ特別な存在。であればこそ、ここは私が一肌脱いで、協力者である遠坂さんに私の有用性を示すとしよう。
「ここは一つ。
☆☆☆
遠坂凛は困惑していた。
昨晩、殆ど成り行きで結ばれてしまった衛宮士郎との同盟。今となっては割と有用であることが逆に腹立たしいそれは、つい先ほど遭遇したバーサーカー及びアインツベルンのマスターの問題も含め、より強固なものになってしまったと言っていいだろう。
正直なところ、それ自体に異論はない。街を覆う脅威に対し私1人では手が回らないことは明白であるし、衛宮士郎とそのサーヴァントも人格的には好ましく思っている。聖杯戦争そのものを円滑に進めたい身としては、面倒なしがらみもない手札が増えるのはそれだけで便利ではある。
だが、現状、足を引っ張っているのはおそらくこちらだ。そのことが私のプライドを刺激する。貴重な宝石を消費してまで衛宮士郎に助力したのも、あのとき率先して殿を務めたこの可愛らしいサーヴァントに対する報酬の意図がなかったかと聞かれたら否定はしない。だからこそ私は、この少女の提案にも好意的に受領するつもりであった。
しかし──
「………何コレ」
「よくぞ聞いてくれました。これこそが私ことランサーの宝具……とは、少し違いますが、秘密道具が一つ。その名も、『ラムレイ三号』といいます」
「わざわざ庭にまで呼び出して何を出すのかと思えば………これは、ソリかしら? えーと、これをどうするって?」
「乗って飛びます。空に。こう、スィーっと」
「──できるわけないでしょうが!!」
たっぷりと溜めて反論する。言われたランサーは、あれから気絶したままの衛宮くんを軽々と担ぎながらも、無駄に得意満面な顔をしている。
本当になんなのだろう、これは。この際、どこからこんなものを取り出したのかはどうでもいいとして、こんな謎のメルヘンチックな乗り物でキャスターの根城を暴こうなどと正気か。
いや、そもそもこんなふざけた乗り物が浮遊するなどあり得るのか。空中浮遊は高位の魔術だ。それも、浮遊させる対象の質量があればあるだけ難易度は跳ね上がる。見たところソリ自体の大きさはそれほどでもないようだが、それでも人が乗り込むことを前提にすれば相当の重さになる。
当然ではあるが、それなりに優秀な魔術師であるこの私にも、これだけの質量を持ち運べる魔術を使用することはできない。なのに気安く飛ぶ、などと。この少女は魔術を馬鹿にしているのだろうか。いや、そうに違いない。
「失敬な。これは私が幾多の協力者を募って前任者より借り受けたものを解析、複製してスケールダウンさせた自慢の一品。オリジナルのような出鱈目な速度こそ出ませんが、耐久性や安定性はランクD相当の宝具並みというモンスターマシンですよ?」
「いや、ですよ? って言われてもねぇ……そもそも前任者って誰のことよ」
マジマジとモンスターマシンとやらを見つめながらそう問えば、流石の彼女も直接的に真名にかかるであろう情報は言えないのか、上手いことはぐらかされる。
それから数分は疑いの目を向けていたのだが、あまりに彼女が自信満々なのと、それまでのこの少女の色々な意味での非常識っぷりから半信半疑にそのソリを『解析』し……メルヘンな外見に隠された、冗談のように綿密に編まれた無数の術式と、それ以上に精密に組み込まれた機械群の数々に驚愕する。
「冗談でしょ……? いえ、完成度もそうだけど、こんなもの、まともな魔術師に作れるはずが──」
「製作者に言わせると、これほどまでに便利なものを排他する精神こそが非生産的である、だそうです。すなわち、魔術師こそがまともとは言えないと。ですので、キャスターの根城を暴く足としては、これ以上のものはないと思いませんか?」
「純機械製のかぼちゃの馬車なんて、また随分と夢のない話ね。いつから私はSFの世界に迷い込んだのかしら?」
「過去の英雄を蘇らせて使役するのも大概のような……」
「黙らっしゃい。……とにかく、アンタが改めて出鱈目なサーヴァントだってのは再認識したわ。アーチャー! アンタもそれでいいわね?」
「…………了解した」
いよいよ以って頭痛が酷くなってきたので、やや強引に話を切り上げ、念のために
無駄に座り心地の良い感触が、己の思考を正気へと誘う。すなわち、自分は一体何をしているのか、と。思えば、この生意気なアーチャーを召喚してからというものの、私の精神というか平静さ、余裕だとかそういうアレがみるみる削られているような気がする。尊敬していた両親を失った戦争、相応の覚悟はしていたつもりだったのだが、まさかこういう方向性で頭を悩ます羽目になるとは。
「……そもそも聖杯戦争が常識外のモノを呼び出すわけでして、貴女の常識が通用するはずも……」
「………アーチャー」
「………何かね?」
器用に衛宮くんを座席に座らせつつ、なおも不満げに呟く少女の姿に嫌な予感が拭えず、ある意味では順当な結果として、私の矛先が彼女と同じサーヴァントである自称:記憶喪失の大男へと向く。
端的に言えば、不安になってきたのだ。この嫌味ったらしい皮肉屋が、記憶喪失に託けて何かとんでもない地雷を抱えているのではないかと。
「アンタ、まだ記憶は戻らないの?」
「凛、彼女の前でその話題は………」
「うっさいわね。そもそもアンタが記憶喪失になんてならなきゃここでこんな話はしていないっての。……ああ、そうだランサー。アンタ、何故か他のサーヴァントに詳しいみたいだし、こいつについて何か知ってたりはしない?」
「え?? あ、その、それは──」
(──んん?)
予想外の反応に、思わず彼女のことを注視する。
惚けるでもなく、不安げに視線を彷徨わせる様は、まさしく親に叱られた子どもに近しい。既に私は彼女のことを見た目通りの年齢だとは微塵も思ってはいないのだが、それでも容姿からでしか判断できないものはあり、また逆に、その容姿に相応しい情報を照らし合わせることはできる。
そして私は、自身の勘を疑わない。だからこそ時折とんでもないミスを誘発してしまうのだが、今回に限ってはそれが上手く噛み合ってしまったらしく、強引に迫る私に、彼女はおどおどと所在無さげにしながら、アーチャーの様子を伺いつつも告げる。
「かつて、誰かが言っていました。
自分には名前がない。そういう存在として選ばれた
──すなわち、『無銘』と。
おっかなびっくり呟いた彼女を、アーチャーは無言で見つめていた。睨んでいた、わけではない。むしろその言葉に納得しているように、文脈からしてその『誰か』は明らかであるのに、それを否定するわけでもなく。罪を受け入れる咎人のように、無言でその場に佇んでいる。
(……つまりアーチャーのあの言葉、記憶が曖昧だってのは嘘じゃなかった、ってわけだ。そして、だからこそ彼女は……)
「……だから、貴女は衛宮くんを止めようと?」
「そういうことになるのでしょうか? 正直、私にもよくわかりません」
「でしょうね。結局、なんだかんだ置き去りにはしていないわけだし。でも、自分の名前さえ忘れても止まれない『誰か』。そういう存在を知っているからこそ、あいつに二の舞を演じて欲しくはない、と。そして、その口ぶりだと貴女、何かしらの機会にアーチャーと会ったことがあるわけだ?」
「はい。ただ利得からサンタクロースを目指した愚かな私を、彼は先達のサンタが一人、『サンタム』さんとして、我が道を示してくれました。つまりは恩師の一人になります。ですので、積極的に戦いたくないのが本音です」
「………は?」
「あ………」
なんだ今の世迷言は。サンタが何だって? 彼女はこれまでの対応からして、馬鹿げた内容も誤魔化したりはせず律儀に発言する困ったちゃんではあるが、だからこそ冗談を吐くようには見えなかったのだが。
「う……」
「あ、ああ! おはようございます、マスター。早速ですが出発しますよ! 念のため、しっかり掴まっていてください!」
「きゃっ──」
「あ……?」
思考を巡らせているうちに、ようやく、というべきか、もう、と表現するべきなのか、それまでぐったりとしていた衛宮くんの意識が復帰する。それに合わせて割と強引にソリを浮遊させる。あからさまにはぐらかされたが、それに関する追及も、本当に空を翔けた謎のソリの衝撃に打ち消される。彼の返事が空返事なのはまだ意識がはっきりしていないからか。まあ、それもそのうち醒めるだろう。
「……ヘリや飛行機なんかよりよっぽど静かで快適なのが逆に腹立つわね」
「凛……」
嘘だ。見栄を張った。私はヘリに乗ったことはない。飛行機だってケチってエコノミークラスに乗ったのが数回程度でしかない。しかし、それでもこの乗り物がそれよりも上等であろうことは想像に難くない。
そこでふと、喉元に引っかかっていた疑問が今更になって脳を巡る。
(……なんだっけ。よく聞き取れなかったけど……サンタクロース? まあ、そう言われると、確かにこの乗り物はそれっぽくはあるけど……)
冷静になって考えればむしろ何故それを連想しなかったのか疑問なくらいあからさまな乗り物なのだが、まさかサーヴァントとサンタクロースを結び付けられるはずもなし、迂闊だったとは到底思えない。
夜風に揺れる長いリボン、赤と緑を組み合わせた彩色は、まさしくクリスマスのイメージカラーとして──
(いやいやいや。ないないない。まさかそんな、いくらなんでもそんなふざけたことがあってたまるもんですか)
頭に過ぎる疑問は結局、カタチにするのもあまりに馬鹿馬鹿し過ぎてただそう考えるだけに留まる。
結論から言うと、この時の私の選択は誤りではあった。何もかもが謎に包まれたサーヴァントである彼女の情報を入手する機会を逃したのだから。しかし、仮にこのタイミングでその質問をしたとして、それが何の役にも立たなかったであろうこともまた事実である。
☆☆☆
──キャスターよ。侵入者だ。人数は4名、奇怪な馬車で空を飛んでいる。迎撃は一応試みたが、此処より移動できん拙者にはどうにもならん。
アサシンからのその凶報が私の耳に入ったのは、私が柳洞寺に拵えた工房内にて、我が最愛のマスター……宗一郎様と共に、聖杯戦争の賞品……大聖杯について、私なりに思案を巡らせていた時のことだった。
「何ですって……?」
無意識に天を仰いでの一言。役立たずめ、という悪態は宗一郎様の手前、辛うじて堪える。
わざわざ聖杯戦争のルール違反を犯してまで召喚した護衛。それを逃走防止のためにと門に縛り付けたのが仇となったか。いや、まさか山門以外は強力な結界に覆われたこの場所に、それでも強引に空から攻め入るのを想定していなかった私のミスでもある。アサシンの言う『奇怪な馬車』がどういうものかは知らないが、それがアキレウスの持つような宝具で、対城宝具クラスの特攻が来る仮定するとこのままでは拙い……!
「何か、あったのか」
端的な言葉。口数こそ少ないものの、彼は本当に必要だと感じたことは遠慮なく尋ねる。しかし、今の私にそれに回答する余裕はない。何せ既に外敵と思われる物体は柳洞寺の直上にまで迫っている。
まさか暗示をかけたとはいえ一般人が多数を占めるこの寺に問答無用で対城クラスの一撃を放つとは流石の私も想像もしていないが、万全とはとても言い難い現状、どのようなカタチであれ、単純に結界を抜けられるだけで厳しい……!
(くっ……)
慌てて工房中の迎撃術式を可能な限り起動させる。たったそれだけのことで街中から掻き集めた魔力が目減りし、やはり我々は仮初めの主従関係でしかないことをひどく痛感させられる。
しかし、そのことを悔いることはしない。望んだのは私だ。我儘を言っているのはあくまで私。ただ居心地が良いというだけで、私は彼を巻き込んだ。であればこそ私は、私の力で、
「──なるほど、敵か」
「っ……! そ、そんな、ことは──!」
「隠す必要はない。それで私は、何をすれば良い?」
「いえ、宗一郎様のお手を煩わせるなど──」
「キャスター」
(あ……)
ただのかりそめの呼名。本名でもないその一言に込められた強い意思が、私からあらゆる反論を封じ込める。
そして同時に、これを失いたくないと強く、強く決意する。そのためには、使えるものはなんでも──
「──たった今、柳洞寺に張っていた結界を破られました。感知した限り、おそらくは狙撃によるもの……アーチャーの仕業と思われます。しかし──」
「しかし、何だ」
「……報告では、敵は4名と。つまり、この戦争のルールから察するに」
「因果、というやつか。相手はそれを知ってか知らずか、いずれにしろ、そうされても仕方ない。そう思えるくらいには心当たりもある」
「…………はい」
あれだけ派手に街中から魔力をかき集めていたのだ。袋叩きにされる覚悟はあった。それが因果だと宗一郎様が言うのなら、なるほど私はその報いを受ける理由がある。
しかし、彼は別だ。最悪、私はどうなっても、宗一郎様だけは──
(──いえ、そんな弱気ではいけないわ。私は、何としても、宗一郎様と共に)
生前、終ぞ得られずにいた
「…………」
神経質なまでに張り巡らせた警鐘が、今も私に侵入者の存在を伝え続ける。敵集団の先頭に立つのは、身の丈以上の槍を持ったランサーと思わしき少女。どうやら相当高ランクの『対魔力』を保持しているらしく、作動する数々の罠を意にも介さず進んでいる。その整った容姿と愛らしい服装は、こんな状況でもなければ箱の中にでも閉じ込めて延々と愛でていたいくらいなのだが、あれだけ魔術の効果が薄いと拘束は難しいと判断せざるを得ない。
(頼みの綱の竜牙兵も、何故か手慣れた様子で撃退されている…彼女たちがここに着くのは、時間の問題ね)
「………宗一郎様」
「わかっている。そういうことが可能ならば、お前が知り得た情報があればなお有り難い」
「容易いことです。……ご武運を」
最後の激励には、ただ彼を心配する意図しか含まれていなかった。彼の武勇を期待したわけでも、言霊によるまじないをかけたわけでもない。でも。
「──了解した。期待に応えるとしよう」
その言葉に、一瞬だけ珍しく、本当に珍しく惚けたような表情を浮かべた後、滅多に見せない微かな笑顔を向けた彼に、私は彼への『強化』を更に念入りに、時間の許す限り重ね続けた。
………………
…………
……
「はぁっ!!」
大気に漂うマナを空間に収束・固定させ弾丸として構え、外敵に向けて撃ち放つ。
言葉で言うと単純で、これだけだと随分と安い表現ではあるが、これが容易い行為であるはずもない。そも、魔力という形のない概念に指向性を持たせることから魔術師としての修行は始まり、非力な私ですら「殴った方が威力が高い」と言われる未熟な期間を通り過ぎるまでそれなりの時間を要した。
こうして『攻撃手段』として期待できる威力まで練り上げたのはいつ頃からだったか。
しかし。
「──ふっ!」
槍を大きく横薙ぎ。ただそれだけの動作で、数えきれないほど存在していた弾丸のことごとくが大気へ霧散する。基本的に『実体』が無いのが魔術の利点にして、この魔力弾の最大の弱点でもある。せめて投石であろうと物理的な障害が後に残されれば彼女も足を止めざるを得ないのだろうが、これだから英雄という存在はタチが悪い。
(話し合いは……いえ、唯一の勝機であった不意打ちを防がれた時点で、既に──)
横目でマスターである宗一郎様の様子を伺うも、全力の強化の甲斐もあってかアーチャーを相手に白兵戦で優位に立っているものの、助力の類は期待できず、させる気もない。
(でも………っ、)
──大魔術を容易に無力化できる英雄が跳梁跋扈するこの戦争において、キャスターというクラスは最弱と評される。
それは何故か。決まっている。魔術師の英霊……「おとぎばなしのまほうつかい」、その典型例として呼び出される正統派の魔術師──つまるところ、単なる
(………でも!)
如何にどれほどの対魔力があろうとも、限度というものは存在する。事実、目の間にいる彼女は私の攻撃に対し、必要最低限の防御行為を示した。つまり、それがたとえ微々たるダメージだったしても、全くの無力というわけじゃない。ならば、
(たとえ常人の万分の一のダメージしか通らないとしても、万人を殺す一撃があれば──)
「ハァァァァアッッ!!」
「─むっ……!?」
工房に回していた魔力及び数々の足止め用の罠、その全てを彼女の足先へ集中させ、呪詛に変換して両足の動きを束縛する。
「………こっ、のぉ!」
「ッ──!」
即座に反応されて額に槍を投げられるも、魔力消費による蹌踉めきと攻撃そのものへの萎縮が奇跡的に噛み合い、辛うじて躱すことに成功する。凌いだ、とはとても言えないが、この際どれほど無様を晒そうとも最早どうでも良い。
「──っ、なら!」
高まる魔力に反応してか、彼女の手元に粒子が集うように『何か』が現れる。それは元々彼女の手にあったかの如くがっちりと握られて、動かない両足と併せ三角になるよう地面へ突き立て、投擲により崩れた体勢を修正する。
(宝具──!)
先に投擲された槍と外観はほぼ相違ないものの、一目で分かる明らかな相違点と、得物に籠められた段違いの魔力に怖気が走る。
(槍──じゃなくて、旗……!?)
持ち出した宝具に抵抗力を高める効果でもあるのか、流石に拘束から逃れることはできずとも、拘束をトリモチか何かのように引き摺りながらじわじわこちらへにじり寄ってくる彼女に冷や汗が隠せない。旗の先端に申し訳程度に備え付けられている穂先がこちらを貫くのが先か、こちらの魔術構築が完成するのが先か。残り10m。進行速度からこちらの方に分があるといえ、緊張で唇を噛みそうになる。しかし──
(
「『
「──!」
先の牽制とは比較にもならない、ランクにしてAの大魔術の重ねがけ、まともに喰らえば理論上はあのヘラクレスでさえ殺せる至高の魔術式──正真正銘、我が最強の一撃。無限の蓮撃魔弾。
迫る凶弾を、足を奪われた彼女に躱す術はない。これで──
「───『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️』!」
空を裂き、空間を歪ませ、轟音と共に降り注ぐ魔弾が彼女へ到達するその直前、愛らしい唇が微かに動き、何かしらの神言を紡ぐ。
内容は聞き取れない。収束する魔弾の音が轟いているのもあるが、そもそも術式に集中してそれどころではないからだ。だが、その抵抗とも言えぬ些細な行動も、直後に炸裂した魔弾により余すことなく包み隠され───…………!?
(な───)
魔術による魔弾は基本、実体として現世に存在を刻むことはない。つまり、仮にその全てが無力化された場合、必然、砂塵や煙となって視界に影響を及ぼすわけはなく──
「──あまり使いたくはありませんでしたが………」
(──無傷!? そんな馬鹿な……!)
「使えるものは何でも使う。そうでなくては、人理など到底救えない──」
「………かっ、はっ───!」
私の最強の一撃を、なんらかの方法で、それこそ砂塵を突き抜けるように無力化した彼女の、その細腕から出たとは思えない怪力によって腹を強打され、私の意識は闇に沈む。
最後に走馬灯のように過ぎるのは、宗一郎様が数分前に見せた微笑み──ではなく、生前、終ぞ味わうことはなかった幸せな家庭……柳洞寺における、仮初であったはずの日常生活のことばかりだった。
葛木先生は大健闘してるけど、それでも流石にサーヴァント一人が限界だよね、という話。
うたかたの夢:EX
個人の願望、幻想から生み出された生命体。
願望から生まれたが故に強い力を保有するが、同時に一つの生命体としては永遠に認められない。
しかしそれ故に彼女には限界が存在せず、自身が抱く自分勝手な夢に遵守し、本人にかかる制約やダメージといった不都合を一時的に無効化できる。
FGOではそもそもスタンしなくなったから別にスキルでフォローしなくてもいいんじゃね?というのは禁句。