衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
今回、ついに彼女の真名が明らかに……!?(別にそれほど隠してもない)
セイバーは苛立っていた。
今際の際の夢、というかなり特殊なカタチで、知り合いの
正直なところ、自身がそのような儀式に参加していることに思うところはある。如何に祖国を救うためとはいえ、そのために他のマスター……要するに未来の人々を犠牲にするのはどうなのか、という葛藤なのだが、まあ、その点はぶっちゃけ、初めて私をこの戦争に呼び出したマーリンに勝るとも劣らない糞野郎のおかげでだいぶ軽減されたと言っていいだろう。無論、だからと言ってあの男に感謝どころかほんの僅かな好意すら抱けそうにはないのだが。
何だかんだと最終的にはあの糞野郎のせいでこの上なく無様な大敗を喫し、もしや次ならいけるのでは、とつい血迷って再び召喚されてしまったのが数日前。マスターとしてそこにいたのはあの屑とは比較にもならない高潔な女性。否、女傑と呼ぶに相応しい人格者で、加えて下手をすると私さえもワンチャンありそうな武人であるときた。
実は前回の戦争でも割といいセン行っていた私が、『あれ、これは本当に行けるのでは』と判断したのも致し方ないことだろう………その数日後、件の高潔なマスターが、卑怯卑劣な騙し討ちによって討ち取られ、しかも私を令呪ごと奪われてしまうという失態を犯さなければ、の話だが。
「…………」
夜空に浮かぶ月を眺めながら思い耽る。いつの時代も、この風景は変わらない。これは私に限った話ではなく、あの豪快な征服王や、気障ったらしい黄金のアーチャーですら同様のことを月に見出していたように思う。どうやら我々人間は、いつの時代もどんな立場であったとしても、不意に故郷を想わずにはいられないらしい。
「………くそっ」
己が口から出たとは信じ難い悪態が、堪えきれなかった不満が漏れ出る。騎士である自分が斥候か暗殺者の真似事をしているのも、あの男よりも更に悪意を煮詰めたような人間に使役されていることも腹が立つが、何よりそいつの野望の片棒を担ぎ、無辜の民を傷つけたこの私が憎らしい。
あの赤毛の少年は、あの後上手く逃げることができただろうか。加害者が何を馬鹿げたことをと彼は激昂するだろうが、偶然か必然か、その時に得た小さな牙で、いつか私という巨悪を討ち果たし、それを無窮の慰めとしてくれることを──私は、強く願う。それがせめても罪滅ぼしにならんことを。それさえあまりに傲慢な願いであることを自嘲しながら。
挙句、もう一つ。
「──は。何を感慨に耽っていると思えば、またぞろ随分と物憂げな顔ではないか。それほどあの男が勘に触るか?」
後方から聞こえてくる傲慢な声。声質や顔のパーツなんかは極上なくせしてそれを全て性格だけで台無しにしている
「………」
「ふっ──強情よな。まだ口を開かんか。我慢比べにもいい加減飽きてきたぞ?」
(何を戯言を──そんな台詞は、せめてその不快な薄ら笑いを消してから吐いて欲しいものだ)
心底からうんざりして内心で吐き捨てる。
そいつ、つまり彼は、前回の聖杯戦争からの生き残りであり、未だ私なんぞに付き纏うどことなくマーリンに似た雰囲気をしたロクデナシ。もとい、無駄に整った顔や黄金比の肉体を持つライダースーツのような悪趣味な服装をしている男──黄金のアーチャー。
所構わず求婚してくるような色狂いが身近にいるだけで怖気が走るというのに、こいつの場合、私のことを景品か何かだと思ってる節がある。そのような稚拙な技術で女性を口説けるなどとは烏滸がましい。生前は何らかの王だったようなので、おそらくこんな適当極まる口説き文句にもホイホイ引っかかる女性がいて、彼自身は女性に困ってはいなかったのだろうが、私をそんな一山いくらの女性と同じとして並べられるのは大変に気分が悪い。
(しかし──)
改めて、ハンドポケットのままダラダラと歩み寄ってくるこの不快な男に視線を向ける。
思えば、この男にも謎が多い。然も当然のように前回の戦争から生き残っているのもそうだが、マスターとの不仲を差し置いてもこの男の正体を掴めていたかどうか。
(…………やはり)
自然体、どころか無防備そのものな姿であるはずの彼は、その上でどういうわけか隙が見当たらない。風王鉄槌で吹き飛ばそうにも単純に斬りかかろうともあるいは宝具をこの位置から放ったとしても、おそらく彼は無傷で立っていることだろう。こういう時ほど、自身の直感が恨めしく思うことはない。いっそ再会の時にそうしていれば、彼も私を「話も聞かない荒くれ者」と認識して、その興味を失ったやもしれないのに。
加えて、比喩ではなく湯水のように宝具を放出する特殊な戦闘スタイル。清貧な国を必死になって営んだ身としては羨ましくもある。とはいえ、私ならあれほどの財宝を己が物とするくらいならば、むしろ手持ちの剣であったとしても、それを手放すことで国が救われるというならば、喜んで我が身ごと国に捧げたであろう。
話が逸れた。つまるところ、ここで彼に斬りかかるのは得策ではなく、その気力も湧いてこない。湯水の如く降り積もる後悔が倦怠感を生み、ただでさえ抵抗のある命令の行使が煩わしい。
何を間違えたのか。決まっている。死人が蘇るなどあってはならない。そんな当たり前の摂理に反した私に、罰が下っただけなのだ。
(それと、あのバーサーカーのマスターは、もしや……)
加えて、個人的な事情もある。因果とは、得てして悪い方向に進むものとはいえ、推測通りならなかなかに笑えない現実が立ち塞がる羽目になる。もはや私にできることは、ただこの悪夢が終わることを望むことだけだ。
願わくばそれが、ここにいる最低最悪な陣営を除いた、誰にとっても望ましい形になることを。
☆☆☆
「全く──マスターにも困ったものです。あれほど派手にやりあったので、否応にも格の差を思い知ったはずなのに、まだ頑としてそれを受け付けない。なまじ力があるからか、どうにかして自分が、という意識が抜け切らない。餅は餅屋、荒事は傭兵に──この戦争を理不尽に感じてるのなら、なおさら他に自分ができることはあるでしょうに」
「………」
静寂の立罩める深夜の屋上で、大きめの愚痴が虚空に消える。
本来であるなら親に抱きついて布団でぐっすり眠っていてもおかしくない彼女の外観は、その発言の真っ当さに反して奇抜極まるもの。
そも日本という国に相応しくない、否、年若い少女の外見に似つかわしくない
絵本の中から飛び出して来ました。そう言われて納得してしまいそうな出で立ちの彼女は、しかしそのようなメルヘン要素をまとめて吹き飛ばす隙のない警戒によって、やや面積が広くて申し訳レベルの結界(警報装置)が張られている以外は何の変哲も無い一般家庭の屋上を異界へと塗り替えていた。
「そもそも、どうして遠坂さんまで普通に前に出ようとするのでしょうか。分かりません。人数の優位はこっちにあるわけでして、私とアーチャーさんに任せていつでも逃げられる位置にでも潜んでいるのが最善なのに、論理的ではありません」
「…………」
緊張感のない声だ。──彼女が臨む儀式には、あまりに不釣り合いな。陽気で、呑気な明るい声。彼女が述べる割と殺伐とした発言を抜きにしても、この舞台には相応しくない役者。まるで彼女だけが別の世界の住人であるような、何か致命的な部分を掛け違えてしまったかのような。そんな異様な雰囲気が、彼女にはある。
いや、そもそも彼女はどういった存在なのか。自分も大概まともな存在だとは言えないが、それにしても彼女は群を抜いて出鱈目に過ぎる。どうしてか私を知っていることといい、とても真っ当な手段で生まれた英霊だとは思えないのだ。
「──君は」
「はい?」
「君は本気で、あの魔女を味方に引き入れるつもりなのか」
「…………」
気づいたら、そのような言葉を口に出していた。否、これは当然の疑問であった。今の今まで追求しなかったのが、疑り深い自分がそうするつもりが起きなかったことが不思議であるほどに。
「理屈はわかる。ライダーに関しても、バーサーカーに関しても、我々には戦力が致命的に足りていない。だが、君が凛に言っていたように、あの小僧を駆り出すなどして頭数だけを揃えたところで無駄死にするだけ。あの小僧に限らずとも、凛や、いや、この時代でも最高峰の魔術師を以ってしても、バーサーカーに対抗する手札となるのかは正直わからない。故に、確実に戦力になるだろうキャスターを味方とする。理屈はわかるのだ、しかし──」
「しかし──信用できない、あるいは使えるとは限らない? でも、そんなこと、まずは話を聞いてみなくては分かりません。
それとも、『かもしれない』からとそうして何もかもが信じられなくなって、魂まで疑心暗鬼に縛られて、やがて感情を殺して目的も忘れて、ただ機械的に正義を執行する装置に成り果てるつもりですか?」
「そこまでは言っていないだろう。私は──」
「………でも、貴方は、彼女を率いることを恐れている。信頼関係を築くことを忌避している。遠坂さんとも私とも、極力利害関係のみで関係を繋ごうとしている」
──そうですよね、エミヤシロウさん。
「───」
泣きそうな顔で告げられたその言葉に、それまで目紛しく動いていたはずの思考が、完全に停止する。
久しく呼ばれなかったその名前に、今の今まで意識すらしていなかった自分に、そして何より、その程度で頭を殴られたような衝撃を受けた事実に、私は何も言えなくなる。
そうだ。思い出した──否。私は、仮初とはいえ、”彼女”との主従関係があまりに好ましくて、心地良くて、意識してそのことを考えないようにしていたのだ。自分の名前も、召喚に応じた理由も、その目的も、あまりに愚かしい生涯についても。
「だから、というわけではありません。正直なところ、私は貴方を知っているだけで、貴方とマスターの関連性についてはよくわかっていません。
ただ、私の知る貴方は、いえ、もう戻れなくなった
「………」
貴方のような人間は沢山いる。真剣な顔で彼女は告げた。その行いが愚かだとも、また立派であるとも明言することはなく、ただの事実として、同じ思いを抱く人間は沢山いるのだと。
無銘。彼女がいつか凛に教えたその名について想いを馳せる。
おそらくだが、彼女が言う『私』と今ここにいる『私』は同じであっても微妙に異なる存在なのだろう。少なくともこの私は彼女についての知識はない。彼女の出自がどれほど特殊なもので、どうして私を知っているのかはともかく、その記憶を共有していないのであればそれは別人と言う他はないのだ。
「私も
「ええ。ですから、咎める気はありません。頼ってくれ、とも言いません。この身があまりに頼りなく、それ以上に不審である自覚はあります。ですが。
──アーチャーさん。貴方の望みが何であれ、私たちは
だから、と区切り、少女は天を仰いで語る。いつの間にやら、その手に握るは普段の得物ではなく、キャスターとの戦いでも使用した旗が握られている。
この何もかもが謎に包まれた少女の視線の先にあるものが何なのか、彼女の目指す道とはどこにあるのか。それとも単に我儘なだけか。いずれにせよ、彼女は私が予想もしない道を歩いている。唯一それだけは確信を持って言える。
「もしも、それでも貴方が諦めきれず、師匠のように、魔神王のように、キアラさんのように真なる救済を望むなら──」
視線を寄越さず、彼女が告げる。澄んだ瞳は、どうしても後ろ暗さが滲むこの私を糾弾しているようで、
「──その時は私が、我が契約者の未来を取り戻すため、貴方の道を阻みます。人理の英雄として、あらゆる障害を跳ね除けて」
それでもなお、最後の最後まで『善意』によって塗り固め構成されたその言葉に、私は何の言葉も返すことはできなかった。
☆☆☆
キャスターの協力を要請するにあたり、彼女からの要求は以下の二つ。
一つ、我々に極力干渉しないこと。特にマスターであった葛木先生に危害を加えた場合、故意過失を問わず即契約違反と見做す。
一つ、優勝の暁にはその権利の一部を預けること。具体的には自身の受肉を希望する。ただし、これはそちらの願いの余剰分で叶えられる範囲で構わない。
はっきり言えば、信用ならない、というのが本音だ。あの後裏付けや証拠も確認し、キャスターが冬木における昏睡事件の犯人であると判明した。つまり彼女は必要に迫られれば、あるいは単にその方が楽であるなら、他者を巻き込むことを是とする人間だということになる。
だがしかし、彼女はその所業とはまるで不釣り合いなささやかな懇願を通すため、魔術に詳しくない俺ですら過剰とわかる制約の数々を自身に課した。それさえ守られれば何もいらないと、それさえあれば何を犠牲にしようとも構わないと血を吐くように。
もしや彼女が起こした凶行は、彼女が抱いたそんな些細な幸せを維持するためだったのか。ただ命を奪う方が手間も効率もいいのにそれをしなかったのは、彼女にも罪悪感があってのことかもしれない。いずれにしろ、被害を考えると同情はできないが。
「意外かしら?」
「あ、ああ………いや、そうだな。その通りだ」
「そうね。でもまあ、彼女の目的を考えれば、それほど不思議な話でもないわ。それなりに位の高い魔術師は基本、それに相応しいプライドを持っていて、それ故に契約には誠実に対応する。特に今回は、お互いに命懸けなわけだしね。油断ができないのは確かだけど、少なくとも自身の日常を脅かしかねないヘラクレスという共通の敵が存在する限りは、彼女も下手な行動は起こさないでしょう」
遠坂は語る。魔術師という存在について、まだまだ無知な自分を諭すように。ただ、意外に思ったのは間違いない。未だに俺の中での魔術師の認識は、ランサーの告げた『ひとでなし』のレッテルで固着している。だから驚いたのだ。それまでは単なる外道に思っていたキャスターの動機が、あまりに人情に満ち溢れていたのに。
「ひとでなしであることと、人間らしい情があること。矛盾しているようだけど、魔術の世界ではそれが互いに成立する。
何故なら、魔術師は文字通りの意味で『ヒト』ではない。だからこそ、広義的な人間と同じ存在であるとは言い難い。でも、それでも魔術師は人としての情を完全には捨てられない。いや、捨てることはできない、かしらね」
曰く、ランサーが定義している『本物の魔術師』とは、まさしくそういった存在であるとのこと。ただ、それでも彼ら彼女らにもそれぞれの価値観は必ず持っていて、後から聞いた話だが、ランサーも基本がそうであると評しただけで、それ故に可能性を信じてキャスターの説得に踏み切ったのだと。
(魔術師、か……)
つくづく、爺さんが俺に魔術を引き継がせようとしなかった理由を痛感する。ほんの少しの良識がある人の親なら、こんな業を背負わせたいとは思わない、思うはずがない。
俺の中では良識のある人間に見える遠坂でさえ、時折平然と『口封じ』なんて発想が出るくらいなのだ。きっと俺が今思っている以上に、彼女らと俺とでは価値観が異なるのだろう。
(……ランサーは正しい。俺は絶対に、魔術なんかに足を踏み入れてはいけない人間だ)
──
平然とそんな思考を繰り広げる自分が嫌になる。何たる傲慢、なんて我儘な人間なのだ、俺は。あの少女の説得も、誘導も献身もその全てを理解してなお踏み躙ろうとしている。
『ひとでなし』とは、一体誰を指す言葉だったか。いや、よくよく考えれば、俺だって余人から見れば魔術師ではあるのだ。であれば、その呼び名は、まさしく魔術師を呼び表すにこれ以上はないだろう。
俺の考えを知ってか知らずか、遠坂はしばらく俺の方を眺めていたが、やがてひとつ大きめの息を吐くと、半ば諦めたように呟く。
「それよりも問題なのは、あのバーサーカー……ヘラクレスについてよ。真名についてはキャスターからの情報もあってか確定したけど、いや、ランサーの根拠も無い情報の時点で確信してはいたのだけど、あれが本当にギリシャ最強の英雄だとしたら、キャスターの勧誘にかかる問題なんて大したことないでしょ」
「………」
そう。実のところ、キャスターの処遇や俺のくだらない葛藤なんかより、可及的速やかに処理しなくてはならない問題がひとつ残っている。それが何だかんだ言ってあの遠坂やアーチャーさえもがキャスターを引き入れることに賛成した理由であり、それだけ困難極まる障害でもある。不可能なんじゃないか、と諦めから入るくらいには。
「というか、十一回の蘇生に加えてランクB以下の攻撃を無効化かつ一度食らった攻撃は効かないとかどんなチートよ……おかしいでしょ……」
「『宝具』ってやつか………ヘラクレスの逸話は、確か」
「サーヴァントは神秘で編まれた死者であればこそ、信仰がそのまま存在に結び付くため、その英雄が持つ『死因』が弱点となる。でも」
「ヒュドラの毒、だっけか。………持ってないよな?」
「当たり前でしょ。神代の怪物が持つ毒なんて、現存しているかも怪しいのに、取り寄せたりなんかすればいくらかかるか想像もしたくないわ」
無論、単純に値段だけの話ではないわけだが、まさか俺も本気で用意できるものだとは思っちゃいない。
しかし、そうでもしなければ、攻略法がまるで思いつかないのも事実。宝具、ランク、といった概念はつい先ほど聞き齧った程度だが、要するにラ◯ダーキックを12回ぶちかます、それもただのラ◯ダーキックではなく、炎、水、風、雷と。しかも全てを異なる攻撃方法でぶつけなければならないと来ればその理不尽さが多少は伝わるだろうか。
加えて、例として挙げはしたが、単純に別の属性を上乗せしただけでは『同じ一撃』として処理される可能性が非常に高いとのこと。ますます一人二人三人程度ではとても手が付けられないんだが、どうすればいいんだ?
「……とりあえず、あの時ランサーは『一回が限度』って言ってたわね。あの後何事も無く戻って来ているからには時間稼ぎには成功している。当人の証言と合わせて、まず一度」
「アーチャー、キャスターがそれぞれ同等の一撃を持っていると仮定しても三度。よしんば何かの間違いで俺や遠坂が何らかの方法で殺害に成功したところで五度。半分にも満たない」
「下手したら、バーサーカー対その他全員でも勝てないんじゃないかしら……少なくとも、バーサーカーを見た直後、積極的に
「いや、判断としては正しくても、行動としては割と無謀じゃないか……? というか、よく考えたらランサーはあの後なんで普通に連戦してるんだ……?」
「……言われてみれば、確かにその通りね」
遠坂と二人、自然と顔を見合わせる。今の今まで意識していなかったのは、当の本人が無傷であまりに平然と帰還したからだろうか。あるいは全ての意識がバーサーカーに向かっていたからか。俺に至ってはそれどころじゃなかったとはいえ、そういう部分に気が回らない時点でもう色々と危ういのがわかる。
「見通しが甘かったのかしら………うん。よく考えなくても、私、アーチャーに何ができるのかすら知らないし、流石に猛省するわ……」
「………俺も、ランサーともっと話し合ってくる。このままじゃ、露払いすらままならない」
本来ならば、まずは何よりも優先して臨まなければならなかったこと。彼女のマスターである自分が、まず第一に把握しておかなければならないこと。
──彼女は一体、何者なのか?
……………………
……………
………
「聞くのが遅いです」
「………面目無い」
「私がこんな形だからと、あまり甘く見ないでください。私は、自ら望んでこの戦争に参加しました。必要とあらば手を汚すことも、使い潰されることにも躊躇いはありません。無論、限度はありますが」
「…………」
何一つとして言い返せない。正論であるという以前に、迂闊すぎる自分に恥じ入って萎縮してしまう。
そうだよな。普通に考えて、彼女の存在は怪しいなんてものじゃない。なまじ下手に魔術なんて知っていたせいで「お前は誰だ」なんて常識的な思考を失していた。 「ランサー」があからさまな偽名であることは明白だったのに、彼女の事情を優先して追及を遠慮してしまっていた。
だが、思えば最初から、彼女はいつだって俺のことを優先していた。聖杯戦争についても、キャスターのことも、元はと言えば俺がそのことに気を病んでいたからだ。それは弱点にもなり得る真名はむやみに吹聴したいものではないんだろうが、きちんと筋道を立てて話せば彼女は応えてくれる、その程度の信頼はあったはずなのに。
「──最初にはっきり断っておきますと、私の真名を聞いても役に立たないどころか、逆に聞かなければ良かったと思うはずです。そうでなくても、ほぼ確実に疑問符が先に浮かぶことでしょう。それでも?」
「ああ」
仕方ありませんね、と続け、居住まいを正す少女に緊張が走る。頭から爪先まで謎に包まれたランサーを名乗る少女。その正体をようやく知ることができるのだ。動機が早まるのも、無理はないだろう。
「私の真名は『ジャンヌダルクオルタサンタリリィ』と言います」
「…………ん?」
「ジャンヌ、ダルク、オルタ、サンタ、リリィです。3度は言いません」
「いや違う。聞き取れなかったわけじゃない。ただ……何だって?」
「──はぁ………」
特に溜める事もなく、自身の真名を言い放った少女──ジャンヌダルクオルタサンタリリィは、先の言葉通りに俺の反応を予想していたのか、小さく溜息を吐き、無武装で正座していた状態から立ち上がり、いつもの槍ではなく、いつかのキャスター戦でも見たその槍に非常に酷似する旗を取り出す。
(旗──ジャンヌダルク、に……何だ?)
再度言うが、別に単語を聞き取れなかったわけじゃない。ただ、それを咀嚼するにはあまりに俺の──その、常識とか、そういうアレが理解を阻むだけであって。
「その──何だって? オルタ……サンタリリィ?」
「……………。……………『ジャンヌ・ダルク』の
おかしいな。俺は真面目な話をしに来たつもりだったんだが。よもやついうっかり遠坂の悲願らしい第二魔法を会得してしまったのか。どうやら俺は、自分で思っていた以上に、魔法とやらへの適正があったらしい──って、なんでさ。
(サンタを目指す──のは。まあ、ともかく。リリィ化って何だ……? コ◯ンよろしく子どもになるって認識でいいのか?)
だから異様に戦闘力が高かったり、妙に背伸びした印象があったのだろうか。というか、英霊ってのはそんなにポンポンと側面を入れ替えたり小型化できたりするのだろうか。多分、彼女が特殊なだけだとは思うのだが、そもそも別側面を小型化して更に行動原理を塗り替えたら最早それは別人と言っていいのでは。
「──別人ですよ。紛れもなく。私はジャンヌ・ダルクでも、そのオルタナティブとも違う、サンタに憧れたリリィですから」
「──」
ボソリと呟かれたその言葉に、その静かな迫力に、冷や水をかけられたような衝撃を受ける。
そういえば最初、彼女は自分の真名には疑問を抱くはずだ、という旨を俺に宣言していた。だからきっと、彼女は俺以上にその混沌とした名前に思うところがあるのだろう。あまり彼女の真名についての話題は控えた方がいいのかもしれない。………単純に、俺が混乱しそうだから、というのもある。
「加えて、言っておきますが、私も大概ですが、私と同等以上に混沌としたサーヴァントは割といます。それは私のように存在そのものが歪んでいたり、逸話や信仰から霊基に歪みが生じていたり、単に当人の宝具などによる偽造であったりと様々ではありますが、安直に『エクスカリバーを使うからアーサー王だ』なんて判断をすれば、私のように、どこかで足を掬われる羽目になりますよ」
「…………じゃあ、実はあのヘラクレスもそうだったりするのか? 明らかに人間にはあり得ない体格をしていたが」
「いえ、あれは素です。詳細は伏せますが、私はヘラクレスさん本人どころかその
「………あえて今は追及しないが、その上で──ええと」
「リリィ、あるいはサンタリリィとお呼びください。おそらくは一番適切な呼び名です」
「じゃあリリィ。君は、あのヘラクレスに本気で勝とうとしているのか?」
「…………え?」
きょとんとして目をしぱしぱさせる彼女を、不覚にも愛らしいなどと思ってしまう。だが、今はそれよりも優先すべきことがあるのだ。特に彼女の
「えっと、何か話が微妙にずれてるような……何かありました?」
「ああ、実は……」
自分でもその自覚はあったので、つい先ほどに行われた遠坂とのやり取りを赤裸々に語る。無論、彼女と腹を割って話そうとした経緯や、キャスターに抱く疑念も含めてだ。
すると彼女は、しばらく考え込んでいたが、やがて内容が纏まったのか、妙に理路整然とした口調で諭すように語る。
「なるほど。主張は納得しました。実に論理的です……が、まだまだマスターには『戦争』の意味を理解していませんね」
「戦争?」
「あのですね。まずは大前提として、あれほどの英雄をバーサーカーとして従えているからには、士郎さんの比じゃないくらい、マスターである彼女にも相応の負担があるはずです。その上で、こちらには遠距離攻撃を得意とするアーチャーさんと、索敵においても一流であるキャスターさんがいる。となると必然、取れる戦術なんて一つしかないですよね?」
「………まさか」
俺の呟きに対して、どこか彼女に受ける印象とはちぐはぐな、妙に似合わない意地の悪い笑みを浮かべた彼女は、手に持ったままの旗を大きく縦に一回転させる。
すると、どういう手品か。旗の模様や色合いが変化して、全体的に黒く染まったそれを彼女は再び構え直す。
その行為に何の意味があるのか。きっと俺には理解できない。いや、俺じゃなくても、おそらくは彼女以外には理解できないであろう確信がある。何故なら彼女は、それほどまでに混沌とした存在で、それ故に相手がどんな強敵であっても、自らの存在を示すため、負けじと立ち向かうことができるのだ。
「卑怯上等──何せ私は、仮にもあのジャンヌ・ダルクなのですから」
その日、冬木郊外にある広大な森中の一部にて、終日爆発音や衝撃が鳴り響いていたらしいが、ただでさえ街から離れた場所であったのと、その地に張り巡らされていた認識阻害が正常に作用し、そのことに気付いた一般人は、誰一人として存在しなかった。
繋ぎの回。それぞれのスタンスや、今後はどのように戦うか、という話。戦争では非常にクレバーな女、ジャンヌ・ダルク。当然、彼女もその影響を受けています。
次回、タイガー襲来。(多分)
啓示:─
神ならぬ者の手によって生まれ落ちた彼女に、神の声は聞こえない。
何が正しくて何が間違いなのか。それを教えてくれる誰かはここにはいない。
全ては彼女の判断に委ねられる。
どうせ聞こえたところでまあロクなことにならないだろうから別にいらないとか言った奴には天罰が下ります。