衛宮士郎が大真面目に存在が不真面目なサーヴァントを呼ぶようです 作:融合好き
気が狂いそうだった。この世界に対してただ一つ、カルデアとは違うこと。ただ一つだけ欠けたそれがないのが、こんなにも辛いことだなんて。
こんな私が
故に私は、結果で示すしかないのだ。どれほど立派なことをしても、肩書きだけで馬鹿にされるのなら、実績を重ねて黙らせるしかない。
私は知っている。世界の誰よりも格好いい人が、この世の何よりも立派な彼が、ただ一般人であるというだけで馬鹿にされ、侮られる現実を知っている。
黒い焔が思考を染める。本来の私の、復讐者としての怨念。霊基が歪められたことで、私のものと化してしまった彼女の闇。
ああ、トナカイさん。トナカイさん。愛しい私の、ただ一人のマスター。私は、どうすればいいのでしょう──。
『──とはいえ、悩むにしても、まずは先立って必要なのは力です。
この世全て、万物を公平に見定める、無慈悲なまでにあらゆるものを救済する力。
だから、貴女が私を師と仰ぐなら、私は喜んで、我が力の一端を授けましょう。………願わくばその力が、正しく全てを救うことを信じて』
☆☆☆
遠坂凛は戸惑っていた。
目下、悩みのタネとなるのは当然、我が同盟相手であるランサー主従について。同盟を組むに至った経緯から始まり、バーサーカー戦、キャスター戦と無駄にアグレッシブに行動して次々と事態を解決しては新たに問題を引き連れてやってくる彼らをおいて他にはいない。
私自身、段々と対応に慣れてしまったのが嫌になる。とはいえ、彼らがいるだけで勝手に事態が加速度的に進むのもまた事実。良くも悪くも魔術師思考な私は、彼ら、特にランサーが好むような急激な変化を苦手とする。特にキャスターの件に関しては、彼女がいなくてはあれほど迅速な解決は不可能だったと言えるだろう。
嫌な予感はしていたのだ。彼らと離れて行動する、言葉にすればごく当たり前の行為が、まず間違いなく頭を悩ませる事態と化して襲いかかってくることを。
それがこの男、間桐家長男にして後継者と思わしき少年、間桐慎二。その身柄。よりにもよって優先度の高い事案たるライダーのマスターとして引っ捕らえられた彼は、辺り一面血だらけでしかも串刺しにされて炙られている女性がいる地獄のような光景を一顧だにしない件のランサーに、反転させた旗の先端部に襟首を軽々と持ち上げられた状態で項垂れていた。
「あ、遠坂さん。いいところに。早速ですが、人払いをお願いしてもいいですか?」
「まずは説明を………って、この惨状を人払いも無しにやってたの!? いや、そうでもなきゃ私も気付かないだろうけど、ああもう!」
慌てて手持ちの宝石の一つを地面に投げつける。粉々に砕かれた宝石の破片が空を舞い、それに含まれる魔力が周囲の空間を惑わせる。
咄嗟の行動だったので必要量より一回り大きい宝石を消費してしまったのに、大赤字だ、と考えるよりも先に安堵が出るあたり、私も相当彼女に毒されている。ともあれ、何よりまず現状の把握を優先しなくては。
「で、これはどういうこと?」
「彼はライダーのマスターです。彼はマスターに対し、友誼を以て同盟を結ぼうと迫りました。マスターはそれを拒否し、それに不満を抱いた彼はライダーを差し向けました。そこで………」
「迎撃してこの有様って? あのね……いえ、今更言っても仕方ないわね。それに、神秘の秘匿云々に関しては、仕掛けた側に責任があるわけだし」
慎二の方を睨みながら言う。当然ながら、項垂れた彼に反応らしい反応は見られない。
しかし、ライダーと来たか。この騒動に関しての問題はともかく、それが正しいのなら嬉しい誤算だ。何せライダーと言えばこの学校に邪悪な結界を張っていた張本人。それを仕留めたというのなら、バーサーカー戦に向けて全力を注ぐことができる。裏付けだって、同じギリシャ出身であるキャスターに依頼すれば容易いだろう。否、それよりもマスターである彼に話を聞いた方が早いか。
(しっかし、よりにもよって彼がマスターだったなんてね。どんな裏技を使ったんだか)
私の記憶が正しければ、彼にマスター足り得る素質は無かったはずなのだが。まあ、老獪な間桐のこと。令呪というシステムそのものを作り上げた彼らなら、裏技の一つや二つ隠し持っていてもおかしくはない。
「……ランサー。彼を、どうするつもり?」
「殺さない、で意見は一致しています。それ以上については……ああ、その前に」
「うぉっ!?」
言うや否や、ランサーは慎二を上空に放り捨て、現界していた旗を霧散させる。と思えばすぐに別の旗を構え直して軽く一回転。穂先を地面に突き立てて対面の先端で改めて慎二を拾い直す。
(………)
相変わらず、妙に技量が高いというか、さらっと超人的な曲芸を熟す少女だ。サーヴァントだから、で納得してしまえば楽なのだろうが、彼女の場合、容姿からしてそれで済まない訳がある。
バルトアンデルス──魔術協会における三大部門の一角にして、存在さえ定かではない最古の魔術棟。原初の魔術工房。そこの出身だと宣う彼女は、どれほど出鱈目な人物であるのか。少なくとも、彷徨海を引き合いに出した時点でまともな存在であるはずがない。
現に、偶然か必然か、彼女は昨日の今日でまたしてもサーヴァントを打破してみせた。朝の話だと、今日の夜にでもバーサーカーと交戦するつもりらしいし、もはや翌日にも「ヘラクレスの首をもぎ取ってきましたよ」とかほざかれても彼女ならばと納得しかねない。
それはそうと、今の行為に何の意味があったのだろうか。パッと見た範囲では、ただ単純に武器を入れ替えただけにも思えるが、無論それだけであるはずがない。
そんな考えが視線にも現れていたのか、ランサーは何でもないことのように。
「ああ、結界が保てなくなったようですので、ライダーさんを解放しました。………実のところ、随分と粘るもので、このまま消滅したらどうしようと内心思っていました」
「アレ、そういう目的だったのね……」
だけど安心した。いくらサーヴァントとはいえ人を炙る行為、これを「趣味です」なんて言われたら何をしてでも同盟を破棄しなければならないところだった。
「というより、何かおかしいですね。なんといいますか、色々と試したんですが、どうも彼とライダーさんとの繋がりが感じられません」
「………何ですって?」
「いえ、私には魔術の心得がないので、あくまで勘ですが……何でしょう。上手く言えませんが、魔力不足以上にライダーさんの抵抗が薄かったのがどうも気になってしまって」
曰く、彼が本当にマスターであるなら、よほど不仲でない限りはあれほど手緩い攻撃は仕掛けないとのこと。私はその場面を直接見ていないので詳細については不明だが、こうして無傷で彼女が立っているあたり、彼女なりの考えがあるのだろう。それに。
「根拠についてはわからないけど………慎二がマスターじゃない、っていうのはそれなりに納得できる話ね」
心当たりもなくはない。先の思考にも被る願望に近い強引なこじつけだが、慎二がマスターであるというよりは説得力がある。
その返答がお気に召したのか、途端にランサーは元気になって、
「とはいえ、『間桐』が参加者であると判明した以上、もはや遠慮する必要はありません。正直なところ、マスターの友人である彼らを放置するのは心苦しかったので、ひとまず桜さんごと匿いましょう!」
「は?」
「れっつ、いざ鎌倉! です!」
何を言ってんだコイツ。脊髄反射で喋るな。何故日本人特有のごった煮表現を使いこなしている。聖杯からの知識供給は万全だってか畜生。
私が何かを言う前に、ランサーは屋上の様相もそのままに、つい先日にも使用したソリをどこからともなく取り出して設置、担いだ慎二と気絶したままのライダー、そして先ほどから何故か呆然と立ち尽くしていた衛宮くんを乗せ、そのまま出発………って、
「ちょっ、待っ──アーチャー! 何ぼさっとしてるの!」
「あれに追従しろなどと、無茶を言う……!」
愚痴りながらも、何だかんだ意図を的確に察したアーチャーが私を抱き上げ、そのままサーヴァント特有の跳躍力を以ってしてソリの上に飛び乗る。
これが普通のソリならば、いや空を飛んでる時点で普通のソリではないのは確定なのだが、とにかくこのソリの耐久性については彼女のお墨付きだ。多少乱暴に扱っても彼女の思考と違って壊れることはないだろう。
「くっ……!」
昨夜とは違い、隠密性よりも速度を重視しているのか、耐えられないほどではないもののかなりの風圧が顔にかかる。が、これしきで怯んでもいられない。声を張り上げる。
「ちょっと、ランサー! あの惨状はどうする気!?」
「件の監督役にお任せします! おそらくですが、その方が色々と都合が良いはずです!」
「はぁ!?」
「だって、言峰綺礼さんなんですよね!?」
いや、そんな当然みたいに同意を求められても困る。割と普通に意味がわからない。なんだその理由は。確かに気に入らない奴ではあるけど、だからと言ってこの私が神秘の秘匿を怠る理由にはならないだろう。
その旨を伝えると、彼女は豹変したように意地の悪い笑みを浮かべて吐き捨てる。
「ハッ、その理屈、ちゃんちゃらおかしいですね! ちゃんと知ってるんですよ!? 聖杯戦争の騒動のどさくさに、遺体を偽造して人体をくすねる魔術師がいたことを!」
「っ………」
「この街に如何程の魔術師が潜んでいるかは知りませんが、彼ら以上に神秘を晒そうとする輩はいません! 何より! この国ではこう言うではありませんか! そう──
天を指差し、彼女が吠える。人外の肺活量から放たれる声量が、有無を言わさぬ堂々とした口調が、何より児童特有の妙なエネルギーに満ちた根拠のない勢いが主張を強引に押し通す。
「…………」
(そういえば、こいつ見た目はガキだったわね…………)
もう、何も言うまい。既に腹は括っている。彼女がそれで納得すると言うのなら好きにしてやろうじゃないか。実際、聖杯戦争のどさくさに紛れて人攫いを行った魔術師が居たのは知っている。確かにそれも悩み事ではあった。それもついでに解決してくれるなら万々歳だ──って。
「………っん、なわけ、あるかぁぁあああぁあああ!!」
「へぶっ」
懐から一握りで取り出せるだけ取り出した宝石を、全て魔力に変換してランサーの頭をひったたく。どうせロクに効いちゃいないんだろうが、こちらを向かせる程度は出来たらしい。恨みがましい視線で彼女がこちらを睨む。
「な、何をするんですか! 必要とあらば友人を害せるような人を育てた親がまともであるはずがありません! そうであるなら、なおさらこの事態は迅速に対応するべきです!」
「それはいいわ。言いたいことはわかるし、納得もできる。だけど──」
言葉を溜めて、彼女にも届くようはっきりと言い放つ。ずっと言いたかったこと。遠慮して言えなかったこと。されど今後においては必ず必要になる問い掛けを。
「……ねぇ、そんなに私は
「ッ──」
「いえ、違うわね。──貴女から見て、私達はどれほど………」
「やめて、ください………!」
「私が頼りにならないのは、なっていないのは自覚している。セカンドオーナーとしての責務を果たしていないのもわかってる。でも、私は」
「──五月蝿い!」
荒々しく放たれたその言葉に呆気に取られる。丁寧な物言いを心掛けている彼女の口から発せられたとは思えない暴言。感情そのままの発露。私の発言が、意図せずして彼女の根幹に触れた証。
「あ………」
互いに続く言葉を何も紡げずして黙り込んでいると、失言に気づいたランサーがハッとしたように目を瞬かせる。
無意識だろうか、未だ呆然としてる
(…………)
これは果たして、どういうことだろう。蒙昧さを粧っての誤魔化しか、それとも。………肩書きや経歴、戦果、聡明さにばかり目が行っていて、目を曇らせていたのは、私の方だったのか。
彼女は見るからに普通ではなかった。それは今まで接した範囲でも、そしておそらく今後においても印象が変わることはないだろう。何故ならば、サーヴァントとは魔術師にとってそれだけ貴重な存在だ。仮に彼女が一般人であったなら、あるいは、もしや、私は。
(………本当に、彼女はどういうサーヴァントなのかしら)
純粋かと思えば狡猾で、成熟しているように感じてその実は異なる。実のところ、今も所持している『旗』や、キャスターとの戦いで見せた宝具から、彼女の真名に見当はついていたのだが、今朝の言い訳でそれも怪しくなってしまった。真実を知るのは、きっと彼女のマスターである彼一人。
(………そして、その彼は魔術や戦術に関しては素人で、お世辞にも頼りになるとは言い難い。だからこそ、彼女はここまで頑ななんでしょうね)
足を引っ張っている自覚ある自分には、彼女が望む言葉をかけることはできない。そもそもからして、指摘しても彼女は絶対にそれを認めないだろう。
私自身、彼女が求めるものは明白でも、それを信じられない気持ちはある。無論、間違っている可能性だってある。迂闊なことはできない。
「……はぁ」
「ぅ………」
溜息を一つして、怯える彼女をじっくりと見据える。目が合うと、瞳だけで僅かに視線を逸らされる。が、それでも見つめ続けるとやがておずおずと視線を向き直す。
しっかりと視線が噛み合ったのを確認して、
「ほら、しっかりなさい」
「わ──ちょ、何を………」
彼女がいつも額に装着している謎の装飾を取り上げて、頭を乱暴にがしがしと撫で回す。
突然の行動に困惑しつつもランサーは抵抗するが、その抵抗は弱々しく、うーうー唸りながらもされるがままとなる。
(………ってかコレ、地味に重いわね。こんなん付けてあんだけアグレッシブに動き回ってたのかコイツは……)
途中、どうでもいい理由で手が鈍るも、何も言わずにそれでもひたすらに撫で続ければ、段々とランサーの抵抗が無くなっていき、更にしばらくすると、彼女は小さく語り出す。
「先の態度については謝罪します。ですが………すみません。少し、少しだけ、時間をください」
「ん。わかった。待っててあげる。………ごめん。この流れで聞くのも何だけどコレ、何? 額当ての一種? それともカチューシャ的な何か?」
「え? いえ、普通にサークレットですが………」
「サークレット? ………変な形ね」
「そうでしょうか? 金属製なのはともかく、『風と谷のナウシカ』でもクシャナ殿下が似たような装飾を付けていましたが」
「アニメ作品と比較されても……ん?」
おかしい。何で彼女は日本のアニメ作品なんかを知ってるのだ。流石の私でも知っているような世界的に有名なタイトルとはいえ、それを英霊である彼女が知っているのはおかしいだろう。
私が疑問に感じていると、ランサーはその疑問を更に加速させるように告げる。
「これもいずれ話しますが、私がその作品を視聴したのはこうして召喚されるより前の話です」
「…………は?」
「魔術は、いえ、人間は常識に囚われない──貴女も、これから魔術というものに関わり続けるつもりなら、肝に銘じておいてください」
「…………」
(…………)
───残念ながら、人の出来ることに限界はありません。
最後に告げられたその言葉に、いつだったか、他ならぬ彼女が衛宮くんを見つめて放った台詞を思い出す。
何を評して『残念』なのか。彼女が立ち向かったという『特大の悪』とは何なのか。あの時は確か、アーチャーが召喚時に言っていた願いを思い返していて流してしまったそれが、今更になって引っ掛かる私だった。
☆☆☆
「………どうするつもりだよ。僕や、桜を匿おう、だなんて」
ついに我慢ができなくなったのか、それまで黙り込んでいた慎二が口を開く。
とはいえ、その問いは当然の疑問ではあるが、それを聞くには些か遅すぎるきらいがある。何せこの問いを投げた時点で交渉は完了した。慎二の命を保証する代わりに身柄を確保する。桜についても監視役という名目の人質として扱うことを間桐家当主である間桐臓硯に認めさせた直後の話だ。
立場や扱いに不満があるならば、交渉の時にでも口を出すべきだ。
故に、この問いの真意は確認。『嫌い』と明言し、敵だった自分を匿おうと宣う彼女を、単純に不思議に思っただけなのだろう。
ランサーもその疑問は当然だと受け止め、律儀に慎二へと回答を行う。
「あー、その………実のところ、理由らしい理由はないといいますか、ですが、もしもがあった際にこれを見逃してはマスターや私が後悔するので保険をかけたと申しますか、ええと」
「………保険?」
「はい。………言ってしまえば私は、この街にいる魔術師のモラルに期待をしていません。えっと、慎二さん、でいいでしょうか。貴方もライダーさんを嗾ける直前、マスターに対して仰ってましたよね。遠坂さんは根っからの魔術師だから何をしてるかわかったものじゃない、と。これはまさしくその通りだと思います」
だからといいますか、と一度言葉を区切り、遠坂、慎二、俺。そして先ほどまで訪ねていた間桐家の方を見比べてから続ける。
「私は死を厭います。ですが魔術師はどうも共通して命を軽く見る傾向がある。それは望んでこの戦争に参加した遠坂さんや、マスター……は方向性が少し違うので省きますが、とにかく。あの御老体……間桐のおじいさんも、孫をこの戦争に参加させた時点で信用に置けません。無論永遠に、とは行きませんし、私の自己満足でしかないのですが、せめて私がいる間くらいは、と」
「………ふーん」
慎二にも思うところがあったのか、ある種の傲慢であるランサーの選択に彼は否定することも、それ以上を追及することもなく、彼にしては意外なほど素直に引き下がる。
それまでは単なる友人としてしか接していなかった彼の、それまでとはまるで異なる側面に、自身の目を疑うような、フィルター越しに世界を見つめているような錯覚に陥る。が、どれほど世界を否定したところで、現実は俺の前に重く深く立ち塞がるのだ。
(俺は、どうするのが正解だったのか──)
そんな光景を見ながらも、俺は今更すぎる自問を繰り返す。結局、令呪を奪うこともなく、ランサーが言っていたように遠坂に頼んでガンドとやらで彼を縛ることもなく、監視というお題目で実質的にお咎めなしで解放した彼の扱いについてを。
彼女が聖杯に願いとして掲げ、きっと他の何よりも厭うであろう『死』。それは万人に共通するだろう価値観であり、魔術師であっても変わらない、否、神秘を尊ぶ魔術師であればこそ、人よりも重要視するだろう概念。
(でも、だからこそ)
生贄、という思想は、万国共有で強大な力を生むとされる。魔術師にとっても、死は重要なもの。でも、だからこそ、
「しかし、変ですね」
「……アンタの行動以上に変なものなんてあったかしら? こう言ったらなんだけど、アンタみたいなのが出張ってた割に交渉はスムーズにいったと思うけど」
「それです遠坂さん。スムーズに物事が運ばれたのが変なんです。如何にサーヴァントと言えどこの見た目、普通だったら侮られて当然なのにそれもありませんでしたし」
「交渉相手が普通じゃなかったからだろ。爺さんはああ見えて500年以上生きていて、それまでに冬木で起きた4度の聖杯戦争を全て見てきたらしい。単純計算で28騎のサーヴァント……その中には、お前のような目を疑うサーヴァントがいてもおかしくはないさ」
「いいえ、逆ですね。聖杯戦争やサーヴァントに詳しければ詳しいほど、私という存在は彼らにとって鬼門となります。単にあの人がポーカーフェイスなだけ、という可能性もあるんですが、それにしても」
(考え過ぎ──でも、ないのか。何せジャンヌダルクオルタサンタリリィだもんな………)
改めて言葉にしても頭が痛くなる名前だ。しかも彼女がその名前を口にしてからというものの、マスターである自分には目を凝らせばクラスやステータス、スキルの他にはっきりとその名前が見て取れてその度に眼を疑ってしまう。
こう言っては失礼かも知れないが、慎二の祖父は魔術師だと前提にして見ればこう、『如何にも』という厳格な雰囲気があった。下手に造詣が深いからこそ、その存在を疑わずにはいられない──彼女がそう考える理由は、彼女の真名を知る俺にはよく分かる。
自分でも似たようなことは考えたのだろう。自身の言葉を否定された慎二は、しばらく考え込んだあと、ふと気付いたように、
「だったら、さく──」
「──ちょっと待って。何か………」
当然、意図して、ではないんだろうが、いつのまにか小さな宝石を手にしていた遠坂が、まるで慎二の言葉を遮るように声を上げる。
どうしたんだろうか。今俺たちがいるのは間桐家からの帰り道。日は既にどっぷりと沈み、こうして魔術の話を堂々とできるほど人気も無いこの道路に、何が──人気の無い?
(いや、そうだ。おかしい──今は夜中とはいえ、ここは普通の住宅街だ。それなのに、これまで誰一人として──)
「──やっと気付いた。全く、こんなにかかるなら、罠の一つや二つ仕掛けた方がよかったかもね」
「アンタは──」
コツ、コツと、ブーツがコンクリートを叩く音が響く。
その音は軽く、間隔も狭い。それこそ隣を歩くランサーのように、体重や歩幅が俺たちと異なることがわかる。そして、その間隔はランサーとほぼ等しい。この場面で、この状況下において、俺たちに話しかける子どもとは、やはり──
「久しぶり、ってほどじゃないけど──また会ったわね。………そこのランサー」
「アンタ、バーサーカーの……」
「そうよ。悪いけど、今回は悠長に挨拶するつもりもないわ。どっかの誰かさんが城の仕掛けを片っ端から
「バーサーカーなんて呼ぶから……」
「黙りなさい。私のバーサーカーは最強のサーヴァント。卑怯な手さえ使われなきゃ、勝てる英霊なんて何処にもいないんだから」
誰もいない住宅街の道路を我が物顔で闊歩し、闇に紛れて現れるのは、つい先日に知り合ったバーサーカーのマスター。確かその名を、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。遠坂や間桐と同じ冬木における御三家にして、現状、単騎でこの聖杯戦争の優勝候補として挙げられている人物。
あのランサーをして、正面から打倒することは不可能だと言わしめたバーサーカーは、なるほど確かにこうして真正面から挑めば、たとえ相手がどんな英霊だろうと最強の名を欲しいままにするだろう。
更に一歩、足を踏み入れたイリヤスフィールの庇うように、眼前に鉛色の巨人が現界する。
ギリシャ神話に登場する半神半人にして、ギリシャ最大最強と名高い英雄。昆虫の王者、世界最大のカブトムシに彼の名前が付けられていることからも、その知名度は計り知れないと言っていい。
「──宣言するわ。今日は誰一人、逃がさない」
それは正しく死刑宣言。圧倒的な力を持つが故の確定事項。驕りではなく、一切の誇張なくそれが成せる力を保持しているからこその台詞。
「皆殺しにしなさい。バーサーカー!」
「▪️▪️▪️▪️▪️▪️──!!!」
鉛の巨人が吼える。斧と言うにはあまりに無骨な塊が空を裂き、その圧だけで生命の危機を抱く。
全身が震える。無理だ。こんなもの、人間がどうにかできる相手じゃない。ただひたすらに隔絶した暴力が、最低限の指向性を持つだけの狂戦士が、これがこんなにも恐ろしい。
「▪️▪️▪️▪️▪️──!!」
バーサーカーが大きく、大きく斧剣を振りかぶる。野球のワインドアップにどこか酷似したゆったりとした動作にどうしてか目が離せない。全身を飽和する警鐘に、どういうことか身体が反応しない。
否、仮に全力で逃げたとして、バーサーカーが俺を捕捉する僅かな時間、ほんの少しだけ生が延びるだけだ。それこそが、ただの人間でしかない俺の限界。であればこそ、その未来に真っ向から立ち塞がるは、彼と同じ、英霊でしかあり得ない。
「──『
ごっそりと魔力が抜け出る感覚と、空間そのものがひしゃげたような奇妙な音。そして何よりも視界に映る常識にはあり得ない光景。即ち、旗を掲げたランサーが、そこから放たれる柔らかな光によって凶刃を押し退ける姿。
救国の英雄として語られたジャンヌ・ダルクが、常に先陣を切って走りながら掲げ、付き従う兵士達を鼓舞した旗。それは天使の祝福によって、あらゆる悪意から味方を守護する聖なる結界となる。
「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️!!!」
「ぐっ………!」
しかし、それでも狂戦士であるヘラクレスは止まらない。狂化しているが故に猪突猛進を地で行く彼は、一度で駄目なら二度。三度、四度、五六七と愚直に攻撃を繰り返し、9頭の頭を持つヒュドラを落としたという本人の卓越した武技とも相俟って、重なる連撃は、徐々にランサーを結界ごと押していく。
「あ──………」
──ピシッ、
微かに聞こえる破滅の音。攻撃一辺倒で攻め続けるバーサーカーと、防戦一方で凌ぐしかないランサーを分かつ決定的な悲鳴。
矛盾の辻褄に使われる最強の矛と最強の盾。それが互いに実在した場合の結論。どちらが
「ッ──………」
時間にして一分も経たないうちに、そこかしこに亀裂が生じ始めた旗を、ランサーは眉間に皺を寄せてしばらく見つめ、やがて諦めたように目を閉じる。
しかし、すぐに覚悟を決めたように目を見開き、血を吐くような声で叫んだ。
「っ、………──反転。『
「な──!?」
その言葉を
発生した衝撃の威力たるや凄まじく、まるでそれまでに受けた攻撃を吸収・増幅し、そのまま反射させたような、苛烈極まるもの。
前方全てを薙ぎ払い、辺り一面を黒い焔で染め上げる少女は、聖女という肩書からは程遠い姿。
彼女ほど悲惨な目に遭ったのなら復讐を考えていないはずがない──という、本人とは無関係な民衆の想いを基に存在を確立した彼女は、故に、ジャンヌ・ダルクの
「や、やったのか………?」
バーサーカー諸共にあらゆるものを吹き飛ばしたからだろうか、怯えた様子で慎二が声を出す。しかし、それは──
「いえ、まだです。この程度では──」
「▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️▪️──!!」
「………覚悟はしていましたが、もはや一度も殺せませんか。本当、厄介極まりますね……っ、くぅ、はぁ」
既に握ることも辛いのか、ガシャン、と地面に投げ出されるボロボロの旗を尻目に、絶望の化身が吠え猛る。
あれほどの焔を意にも返さないその姿は、正しく神話における怪物の再来だった。
クラス:ランサー
真名:ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ
時代:2016年〜
地域:南極
属性:混沌・善
性別:女性
【ステータス】
筋力:C
耐久:D
敏捷:A+
魔力:B
幸運:C
宝具:A+
【宝具】
我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)
ランク:C
種別:結界宝具
レンジ:1〜10
最大捕捉:???
天使の祝福によって味方を守護する結界宝具。使用者の対魔力を物理的霊的問わず、宝具を含むあらゆる種別の攻撃に対する守りに変換する。
ただし、使用中は一切の攻撃が不可能というデメリットがあるほか、攻撃を防いだ代償は旗に損傷となって蓄積され、対城クラスの宝具による攻撃を何発も受けるというような形で濫用すれば最終的には使用不能になってしまう。
説明文は本家のものを引用しているが、本作においてはとある理由により大幅に弱体化している。